2024/05/24 - 2024/05/25
1304位(同エリア9896件中)
れいろんさん
2024年元旦に発生した能登半島地震では、奥能登エリアを中心に広く人々の生活に被害を被りました。
直接、被災し亡くなられた方、また間接的に震災の影響を受け亡くなられた方々に、謹んでお悔やみを申し上げます。
6月1日が、発災後5か月の節目という事で、テレビや新聞への報道で能登の「現況」が多々報道されました。
未だ手つかずの朝市通りの火災現場、津波や地震で倒壊した家屋。
また、整備されつつある仮設住宅、家業の再建に取り組み出した人々など・・・。
映像をご覧になり、痛みを共感し、また応援の気持ちを持ってくれた人達が多かったのではないかと思います。
お願いです。これからも能登に心を寄せてください。
私は富山在住で元旦の地震を直接体験しました。
大きな揺れ(震度5強)に驚愕し、その後1週間以上、何度も起きる余震に恐れを抱いて過ごしました。
富山県内の氷見、高岡でも家屋の倒壊など含め、少なくない被害が生じました。
どこに住んでいても、被害の大小はあれど、被災した方々は今も引き続きご苦労されています。
あえて「しかし」と言いますが、しかし、奥能登の惨状は凄いものです。
少し状況が落ち着いた3月頃から、少しづつ、そして手前の方から能登の状況を見に行っていました。
旅行記をあげるつもりは、全くなかったのですが、6月3日(月)早朝、また能登の珠洲沖を震源とする大きな地震(最大震度5強)が起きました。
この地震で輪島市では新たに倒壊する家屋もありました。
元日の大災害に遭い、避難所生活(離れた地での二次避難を含む)を余儀なくされ、少しずつ、本当に少しづつ回復してきたタイミングで、また、大きな地震です。
今後、更なる余震も予見されるとのことで、能登の被災者の方々は気が休まる時がありません。
私は、寄付以外何もできないのですが、これからも能登へ気持ちを向けていたいと思います。
そして、震災ボランティアの方々には頭が下がる思いでいます。これからもよろしくお願いします。
表紙は5月25日の輪島朝市エリアの写真です。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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被災地を定期的に訪ねて行こうと思ったのは、1月7日(日)、毎月第一日曜日に、近くの護国神社で開かれている「朝市(蚤の市)」で、被災地の氷見から来ていた干物販売店の方の話をお聞きしたからです。
「うちは母屋の被害はなかったが、倉庫はダメージがあって、電気系統の確認も済んでいない。停電になったら保管している干物が全部駄目になってしまうので、今日の朝市で沢山売りたいと、持ってきたんです。」と。
写真は能登半島地震で台座から落ちてしまった神社の狛犬さん。
石川県七尾市に近い氷見市の某神社にて、3月撮影。 -
「被災者でも立ち止まっていられない。被害の少なかった所から、食堂なども再開しているので、是非、また氷見に足を運んでほしい・・・」と。
なので、2月から徐々に被災地の状況を見て回ることにしました。
最初は富山県内から。
新湊市、高岡市。沿岸部を中心に液状化で広く道路が歪み、家屋が傾くなどの被害。電信柱が傾いて立っている事にぎょっとしました。
能登半島の付け根にあたる氷見市は、揺れの大きかった箇所での住宅の全壊、半壊も多く(もちろん一部損壊ははるかに多い)、市街地を車で走っただけで、嫌でもその惨状が目に入ってきます。
氷見では、道路の陥没や、沿岸部を中心に広く液状化も生じ、また、震災直後には断水も生じるなど、富山県でないでは一番被害の大きかった自治体です。
写真は上と同じ、氷見市内の某神社です。 -
この写真は4月上旬、富山城跡の北側を流れる松川です。
写真のように、地震で護岸が一部崩壊していますが、桜を見る遊覧船も運航されて、富山では被害状況の把握がほぼ終了し、再建に向けての様々な動きが本格的に始まりました。
それなら、ぼちぼち、石川県へ入ってみましょう。
氷見に連接する七尾市の和倉温泉や牡蠣養殖の中島地区など。
地元のJA直売店で野菜や(JFが出品している)魚を買って、牡蠣養殖業者直営のレストランで食事するなど、「地元」をキーワードにした日帰りドライブです。松川辺り 公園・植物園
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七尾から穴水を結ぶのと鉄道は、4月3日に全線運航を再開しました。
桜並木の中にある某駅のホームの通過して、のと鉄道の短い車両が走る映像が、地域ニュースでは良く流れました。穴水駅 駅
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その穴水駅から、震災後初めて奥能登エリアへ足を踏み入れた今回の旅行記になります。(5月24日、25日)
生来、ビビリなので、倒壊した家屋などの写真は撮っていません。
そこで被災した人を思うと、カメラを向けることができないのです。
報道記者にはなれませんね。でも、自分の心には焼き付けてきました。 -
まずは、のと鉄道の運航再開をお祝いします。
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皆、同じ気持ちです。
穴水駅前のさわやか交流館プルート(遠藤関 展示室が隣接している)は、現在、地域の避難所になっていて、災害関連ボランティアの受付も行っています。穴水駅 駅
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交流館の敷地内には、「能登半島地震(2007年) 復興之碑」が建っているようです。
近い将来、今回の地震に関しての「復興の碑」が建てられることを期待しています。 -
さだまさし氏が穴水駅に来て、復興を祈念する色紙を描いてくれたようですね。
しかし、駅周辺の住宅チには、手つかずの状況に見える全壊、半壊の家屋が目立ち、駅の東側にある正一位 式内社 である穴水大宮の鳥居・手水舎は倒壊し、玉垣は広い範囲で崩落したままになっています。
私には、「頑張れ!」という言葉を口から出せる気持ちにはなれないのです。 -
珠洲市の見附島にやってきました。
砂浜手前の見附公園には、仮設住宅なのか、ボランティアの宿泊拠点なのか、トレーラーハウスが並んでいました。見付海岸 自然・景勝地
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見附島は、2022年6月の震度6弱、2023年5月震度6強の地震で大きく崩落したと報道されてきましたが、この度の震度6強の地震と津波(4m 越え)で更に崩落が進んだようです。
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この写真の、島の右側の肩のあたりが落ち込んでいるように見えませんか?
そこから「裏」側が崩落個所なんだそうです。
海岸からは、あまり目立たず、「見附島」の姿を保っています。 -
見附島はその姿から「軍艦島」の愛称で呼ばれてきました。
「でも、この時代に軍艦ってどうよ?」
「干潮時に陸と島が結ばれる(歩道は整備済み)から、これは、もう縁結びだよね~!」、という地元のアイディアで設置された「えんむすび~ちの鐘」。(「」内のセリフは私の想像です。)震災で足元が崩壊してしまいました。
でも、愛の鐘はしっかり立っています。良かったです。 -
と、見附島の話を書いてきましたが、珠洲市宝立町地区、特に内灘街道周辺とその内側は、直接の揺れの被害に加え、最大4mとも言われる津波が到来したことから、建物の被害は凄まじく、本来あるはずのない場所に車があるなど、私では語り切れない状況でした。(発災から5か月近くたっているのに・・・です。)
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同地区の鵜飼漁港も津波被害が大きく、港内に漁船が沈み、岸壁の崩壊箇所も多かったことから、復旧の目途が立たない状況なのです。
見附島 自然・景勝地
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この日は能都町の九十九湾に面した百楽荘という温泉宿に泊まります。
震災以来、奥能登に宿泊するのは初めてです。(氷見では1泊しました。)
奥能登エリアでは、まだ食事つきで宿泊できる施設の多くが再開していません。
貴重な1軒です。和心のおもてなし。震災に負けずに頑張っている素晴らしい宿。 by れいろんさん能登九十九湾 百楽荘 宿・ホテル
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輪島市でいえば、ルートイン輪島が2食付きで宿泊できますが、現時点の宿泊者は復旧工事関係、お仕事関係の人が多いようです。
Google mapの口コミには、震災前の宿泊の口コミを、震災後に投稿しているものもあるので、ご利用の際は、内容の確認をお願いします。
(ルートイン輪島、頑張っていますよ~。応援しています。) -
さて、今、宿泊しているのは能都町九十九湾の百楽荘。
「じゃらん」などではハイクラスにカテゴライズされる温泉宿です。
この宿では、海上の食事処、小舟で行く釣り桟橋、洞窟風呂など、九十九湾の自然を満喫できる施設がご自慢なのですが・・・ -
地震の影響で、これらの施設は利用できませんでした。
(洞窟風呂は5月31日からの再開だそうです。)
HPに明記されていますが、予約直後に、宿からメールにて、使用できない施設があること、能登の道路状況などに関する詳細で丁寧な案内をいただいています。 -
それでも、ここに決めたのは、他に選択肢がない事のみならず、「地元能登」の食材をふんだんに使って工夫されたお料理が提供される事、スタッフに能登半島出身者が多いことなど、能登を大切にしている宿だからなんです。
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穴水、珠洲と回って、お疲れ気味の夫。
もう一度、温泉に入って、早めに休みましょう。 -
九十九湾に面した他のお宿も営業しているようですね。
宿泊客が戻り、元気な夏になると良いですね。 -
おはようございます。
百楽荘から下に遊歩道が整備されています。
「まだ、海まで降りることは出来ないのですが、展望台までは整備が完了していますので、是非、歩いてみてください。」と。 -
森の中を抜け、下りていくと、こんなモニュメントが設置された展望台があり、
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九十九湾の綺麗な海を眼下に見ることができました。
九十九湾 自然・景勝地
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今日は良いお天気。頑張るぞ~!
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遊歩道散策の後は、九十九湾が見えるお食事処で朝食です。
能登の食材を使った和食膳。 -
この時、私たちの給仕をしてくれた若いスタッフは輪島市出身。
輪島のご実家は能登半島地震で大規模半壊になってしまったとか・・・。
大変ですねと言うと、「いやあ、半壊から大規模半壊に認定が変わって良かったですよ。公的支援の金額が違ってくるので・・・。」 -
若いのにしっかりしている。いや、しっかりしなくちゃいけなかったんだろうな。
「うちは全員怪我もなかったので。」
今日は輪島へ行くというと、「朝市通り、見てきてください。全くあのまま、手つかずのままなんですよ。」と。
朝食は、宿のご自慢の自家製プリンとコーヒーで締めです。 -
この日は、宿のすぐそばの「イカの駅 つくモール」からスタート。
イカの駅つくモール 名所・史跡
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地方創生臨時交付金を用いて製作された烏賊のモニュメント。
この烏賊をめぐっては、賛否両論あったみたいだけれど、人を引き付ける効果も十分あるし、製作費をかけただけ「ちゃんとした仕上がり」になっています。イカの駅つくモール 名所・史跡
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せっかく作るのなら、このくらい実際の烏賊に忠実に作る方が良いに決まっています。
口の中に入って「食べられた~」とか、烏賊の腕にまきつかれた~とか、遊ぶこともできます。
全長13m、全幅9m、高さ4mだそうです。 -
ひとしきり遊んだところで、後ろに見える「イカの駅 つくモール」に行ってみます。
いわゆる「道の駅」で、観光インフォメーション、お土産屋さん、食堂などが入っているようなのですが、震災の影響もあり、食堂は休止中でした。
(Google mapの口コミによると、食堂の営業は再開したようです、良かった。) -
目玉は、やはり烏賊漁に関する展示かなぁ。
烏賊釣り船の模型や、イカの駅つくモール 名所・史跡
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餌木(エギ)の種類とその説明が興味深いです。
カラフルな餌木だけど、海中では(烏賊から見ると)透明に見えるらしい。
何かお土産を・・と、思いましたが、冷凍の魚介類以外、地元で作られているものがなくて、残念でした。 -
途中の道路(国道か県道)、被災し、波打っている路面や、大きく崩壊した跡が良くわかります。このような個所はいくつもあります。
場所によっては片側交互通行になっていますが、瓦礫は綺麗に除去されていて、きちんと簡易舗装などの修復もされているので通行に支障はありません。 -
能登里山空港に立ち寄りました。
空港内にある「能登の旅情報センター」で情報収集するためです。
まだ、奥能登の道路は震災前の状態には戻っていません。
「奥能登2市2町の通れるマップ」は国交省のHPからダウンロードできますが、最新情報が確認できるし、印刷版を貰うこともできます。
石川県出身力士のパネルと夫。身長は遠藤関と同じくらいなんだな。
そうそう、トイレも使っておきましょう。奥能登エリアの道の駅はボランティアの活動拠点になっている所が多いので、極力、邪魔にならないように準備します。道の駅 のと里山空港 道の駅
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輪島市に来ました。
市街地に入ると倒壊した家屋も多く、息が苦しいです。
写真は全て焼失してしまった朝市通り。
車を降りて歩く気持ちは持てず、車内から撮影したものです。輪島朝市 市場・商店街
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河原田川の対岸からも一枚。川のあちらとこちら。
こちら側も家屋の倒壊など大きな被害が認められるのですが、向こう側の何もない状況に比べると、その違いに、なんとも言えない感情が浮かんでしまいました。
私は2023年9月に輪島に2泊し、舳倉島や、間垣の里である大沢、上大沢の集落を観て回ったので、個人的に、輪島には思い入れがありました。 -
輪島の漁村地区は古い家屋が多かったので、大きく被災していましたが、住民が、少しづつ手を入れて入るようで、復旧の兆しが感じられてほっとしました。
昨年9月に1泊したペンション ベッセル まで足を延ばしたところ、窓枠に猫ちゃんの元気な姿が確認できて一安心しました。
写真は、ペンション ベッセル の北側の海岸、袖ヶ浜。
この地震で海岸線が隆起したのかなぁと感じました。袖ヶ浜 自然・景勝地
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次は夫が気にしていた輪島市門前(旧門前町)の總持寺 祖院へ。
かつて、曹洞宗の大本山「總持寺」だった由緒あるお寺です。
横浜市鶴見にある曹洞宗の大本山「總持寺」は、ここから、1911年(明治44年)に移転遷祖されたものです。大本山總持寺祖院 寺・神社・教会
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夫の実家は曹洞宗なので、以前からこのお寺には興味があったようです。
このお寺は、2007年3月の能登半島地震で、伽藍が傾くなど、境内の全ての建物が被災し、やっと3年ほど前に修復が完了したのですが、今回の地震によって、七堂伽藍や回廊の倒壊など、再び大きな被害を被りました。 -
被災後しばらくは一切の参拝ができなかったのですが、現在は山門まで参拝できるようになっています。
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山門手前の右手にある芳春院は完全に倒壊していました。
前田利家の正室・まつが、利家の死後出家した際の「芳春院」の名が付いています。
「まつが總持寺を参詣し、その際に塔頭を建立したいと希望した」という史実に基づき、「芳春院」名付けたようです。 -
『山門は、総欅造りで、高さ17.4m、間口20m、奥行14.4m。
昭和7年に完成し、楼上に観音菩薩、五百羅漢の古仏を祀ってある。
二階正面に畳一枚もある大きな「諸嶽山」の扁額は前田利為公の筆によるものである。』
總持寺のHPの解説を転記しました。大本山總持寺祖院 寺・神社・教会
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山門の先、仏殿や法堂などの建物も大きく被害を受けています。(確認はできません。)
総持寺では復興支援クラウドファンディングを開設しています。
目標金額が大きいこともあり、まだ、半分も達成できていないようです。
感心がある方は、総持寺のHPを確認してみてください。 -
ここからは私のターン。
2024年1月の能登半島地震で2m~3m隆起したと言われている鹿磯海岸です。 -
この地震で、能登半島の東側に津波が押し寄せ、西側が隆起したとのこと。
地震の力は、人知を超える働きをするのだなぁ。
(震源地と断層のずれが大きかった場所も異なる。) -
砂浜の真ん中に取り残された波消しブロック。
映画のセットの造りものみたい。 -
ご存じだと思いますが、波消しブロックはその名前のとおり、波のエネルギーを減衰、消散させる目的で設置されるものなので、砂浜に並べていても何の役にも立たないんです。
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なので、発災前はあの地点までは波が来ていた=海だったというわけで・・・。
自然の力って凄まじい。
奥の方に小さな港が見えるので行ってみます。 -
既に港ではありませんでした。
海水で満たされていたであろう湾内は、砂地になってしまっていました。 -
う~ん、凄いとしか言えないです。
背後の半島の反対側には鹿磯漁港があるので、回り込んで行きます。 -
鹿磯漁港。
これは、もう・・・・。 -
漁港内の岩礁が隆起し、船着き場に船は入れないし、向こう側に見えるJFの施設も使用することはできません。
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沖側の堤防を見ると・・・
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堤防には亀裂が入って、その下にピンク色の船が底を見せてひっくり返っています。
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あそこに見える船が、再び海に浮かぶ日は来るのでしょうか?
明るい青空の下、切ない気持ちになります。 -
国道249号線を南下していきます。
本当にこの海岸線では隆起した様子が良くわかります。 -
以前の海岸線を知らなくても、岩礁が隆起している事が良くわかります。
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あの白い部分は、「天然岩海苔」を採るために、コンクリートを敷いて平らにした「海苔苅場」です。
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波が被らない(満潮時は海面下にないと)と海苔は繁殖しないので、あの場所で海苔が育つことは、もうないのかもしれません。この想像が間違っていますように。
能登半島1泊2日、重かったけれど、充実した旅ができました。
また、機会があれが能登の情報を発信していきます。
少しだけ、耳を傾けていただければ(お目を拝借できれば)幸いです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- TKさん 2024/06/07 11:56:27
- これからも北陸の事は忘れません!
- れいろんさん
こんにちは!
6月3日の早朝のアラートにはびっくりしました。幸い、東京には揺れはほとんどなく、どこなのだろうと思っていました。TVをつけると、なんとまた、能登地方。しかも震度5の大地震。今年の元旦にも大被害を受けたばかりなのに、大変ですね。
思ったようには復興の進まない輪島の写真を見ると心が痛みます。当たり前の生活ができるまでは何年もかかるのですね。東京に大地震が起きたときは、さらに厳しい災害になると覚悟しています。少なくとも、1~3週間は、自立で生活できるような準備をしていかないといけないと。
実は、今年の4月上旬の桜の花咲くころ、富山へ行きました。桜満開で大変美しい川ですが、れいろんさんの旅行記にも出ている、松川の美しい桜並木のところどころに、青いビニールシートがかかっているのが、痛々しく、印象的でした。
富山は、見どころ沢山・美味しい食べ物沢山の素晴らしい街ですね。隈研吾の図書館兼ガラス美術館も美しいし、富山城址公園も面白かったし、富岩運河環水公園の橋上から満開の桜並木越しの雪をかぶった立山連峰の景観には感動いたしました。あのスターバックスの建物が、少し邪魔でしたが。。。。
そうそう、富岩運河環水公園といえば、ラ・シャンスのデナーへも、東京から予約していきました。席からの壮大な景色もすばらしいし、料理も素材から心を込めて手をかけた超一流の味ばかり。
古い味のある街並の岩瀬エリアにも行きましたよ。ここは、昔、ロシアとの貿易拠点だったとか。知りませんでした。新鮮でほっぺたが落ちるほどおいしい富山湾鮨。東京ではなかなか食べられません。
多くの人が、富山駅を降りて、そのまま立山へ行ったりしてしまうのがもったいないです(昔の私達です:すいません)。最初は、震災でご迷惑かなと思ったのですが、地元活性になるので却って訪問者は歓迎されているのですね。それを知って、富山へ行きました。少しは、復興に貢献したかもしれません。(北陸復興割は使っていませんが:念のため)
これからも大変だと思いますが、あきらめず、どうぞ、頑張ってください。これからも北陸の事は忘れません。
TK
- れいろんさん からの返信 2024/06/07 23:14:58
- RE: これからも北陸の事は忘れません!
- TKさん、こんばんは。
本当にありがとうございます。
元旦の地震は大きく報道され、皆さまの関心も高く、様々な方々お心使い等いただいたと思います。
しかし、徐々に行政の対応の不備などを責める報道等が目立ち、被災した住民が置いてけぼりになっているなぁと感じていました。
幾度か足を運ぶ中で、「再建を頑張っても、来てくれる人がいなくて寂しい」「外の人が足を運んでくれないと、見捨てられたような気持ちになっちゃう」という声もお聞きしていたので、旅行記を上げた次第です。
TKさんも、機会があれば、能登へ行ってみてください。
のと鉄道も復旧しましたし、皆が足を運ぶことによって、絶対、お店や、宿を再開した人達の励みになりますから。
(もちろん、場所によっては、まだ訪問に適さない所もありますが、TKさんのように高い理解力を持っていらっしゃる人なら、心配いりません。)
また、4月上旬に富山にいらっしゃったとの事。
私が大好きな富山の名所を回られ、美味しいものも堪能されたとの事で、俄か富山市民ですが、とても嬉しく思います。
県内の砺波市では、これから庄川の鮎のシーズンにあります。
南砺市の山の中には有名なジビエ料理のオーベルジュもあります。
言わずもがなですが、立山も初夏〜晩秋まで様々な美しい表情を見せてくれます。
これからもよろしくお願いします。
北陸応援割も利用できるのなら、是非、利用してください。
れいろん
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