2024/05/31 - 2024/06/01
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nao520さん
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仕事で何度か来たことはあるけれども、一度満州国の遺構を中心に街を歩いてみたいと思っていた長春。それと当時満州の京都と呼ばれていた吉林市。
昔買った『満洲鉄道まぼろし旅行』という平成の本があり、昭和12年の時刻表の通りに当時の満州国の都市を仮想で旅するという内容。貴重な写真を交えながら満州国の生活文化などを紹介していて、いつかこの本の通りに行ってみたいと思っていた。それと古地図を見ながらのシティウォーク。と言ってもそんなに詳しく探索はしておらず天気など状況に応じて無理せず散策。
5月31日(金) 北京朝陽駅 15:00 長春西駅 18:53
6月1日(土) 長春駅 16:55 吉林駅 17:35
6月2日(日) 吉林駅 15:00 北京朝陽 19:44
国都であった旧新京の政府系の建物は威信をかけたものなので御影石作りのかなり立派なもので構造も優れているのでしょう、現役で使われているものも多いですが、吉林市の満州国時代の建物はどうもそこまでではなく、また説明もあまりされていないので新旧地図を見ながらという感じで。探せば色々あるはずです。
- 旅行の満足度
- 4.0
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15:00 北京朝陽駅始発長春行
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2時間半ぐらいであっと言うまに瀋陽へ。隣は北京への寝台車両。昔はこれしかなかった。今でも寝台車は情緒があって魅力的だが、最近乗るのは高速鉄道ばかりになっている。
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瀋陽から長春間にある四平の町を通り過ぎる。昔は四平の駅は小さな駅で町はどこだかわからないくらいだったのに、今は高層ビルが遠めでも多く見えるくらいの都市に発展したようだ。
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東北の典型的な大地。
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長春西駅19時。この時分はまだまだ明るい。雨の後で気温は15度は随分と涼しい。
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ホテルは長春駅前なので、西駅から2号線と1号線を乗り継いでいく。
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20分強で巨大な長春駅到着。旧新京の駅舎部分は取り壊されたので残ってないのだろう。気温14度なので肌寒い。半袖はありえない。
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泊まるのは、駅のロータリー向かいにある旧大和ホテル。現在は長春春誼賓館。4つ星です。迎賓楼が旧大和ホテルそのもので隣の貴賓楼は比較的新しい建物。こだわるならば予約時に迎賓楼にしましょう。
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1909年に建てられた。大和旅館。当時の超最先端で各都市を代表するホテルを威信をかけて作った。なんと、当時で水洗トイレまで完備していた。瀋陽の旧大和ホテルに続き二つ目の大和ホテルの宿泊になる。
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迎賓館楼のチェックインホールは昔そのままだと思う。
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入り口から入ってホールを抜けて2階に上がる大理石の美しい階段。
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これも当時のまま保存されている壁の飾り絵
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2階のホール。パーティーなどが行われたのだろう。
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2階ホール奥は会議室? ガラスが洒落ている。
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2階ホール部分には約100年の歴史を物語る写真が飾られている。
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溥儀が使用していた鏡。
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李香蘭山口淑子
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部屋は全て完全リフォームされているので部屋には昔の面影はない。
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まずは夕食を食べに歩いて数分の漢口街へ。石焼ビビンバを。本当は冷麺が名物だが寒いので食べる気になれず。
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長春駅から南に走る人民大街。当時の『中央通り』でここから人民広場まで両側には満州国の政府機関の建物の多くが残っている。
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説明プレートが着いているものが多い。
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明日は雨の予報なので今日中に大通りを南に歩いてみる。ここは昔の西公園だと思われる。ここより南は荒れ野だったそうだ。
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遠くに長春駅が見える。新京は国都として全く新しく設計開発された街だったので当時としては斬新な大きく緑の多い道路、電線を地中に埋め込むなどの日本では難しかった都市設計でつくられている。
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旧国防会館。今は美術書画の展示。
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関東軍司令部現共産党委員会
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これも絶対当時のたてものだろう。
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新京の中心だった旧大同広場。今の人民広場。
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巨大な円形の広場の周りに満州国の重要な機構の建物が建っており今でも使われている。これは中央銀行。今の人民銀行。これらのライトアップは夜10時まで。きりがいいので地下鉄で長春駅まで戻る。
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翌日、朝食はビュッヘ。味は普通。
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10時前に行動開始。偽満皇宮博物院へ。地下鉄でも行けるがそれだと街が見れないのでバスで行く。アリペイのバスアプリが何故かワークしなかったが、万が一のために持っていた小額紙幣1元札で解決。
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偽満皇宮博物院
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10時過ぎには同徳殿へ。
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溥儀がここで謁見した。
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溥儀はピアノを弾いた。
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ビリヤードも好きだった。
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映画上映室。椅子は二つ。
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この廊下には歴史写真が多く展示されていて興味深い。
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溥儀は2度日本へ訪問した。天照皇大神へのお参りというのか何というのか。先祖と古来の薩満の神を大事にする溥儀が進んで行くわけはない。関東軍の意向。
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協和会ビル。協和会は関東軍参謀の石原莞爾が中心となり、満州国政府を補佐するような組織。政治家ではない歯科医だった小澤開作氏などがリーダー的に参画。小澤氏は息子に板垣征四郎と石原莞爾から一字ずつもらった名前を命名。後に指揮者となる故小澤征爾氏。小澤征爾氏は70年代からいち早く中国で演奏会を実現し、その演奏に感銘して音楽家を目指すようになったという中国の著名演奏家が何人もいる。
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満州国のお金。一から国の機構と全ての国家に必要な文物、ハンコ、紋章、軍服、など細部を全て作り上げるというのはとんでもない労力がいるというのを実感する。
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大日本帝国米英宣戦の詔書。1941年12月8日。
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勤民楼
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溥儀、皇后婉蓉。
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私的に出かける時の車。アメリカ製。
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日満議定書調印の場。大学受験勉強の時は暗記対象としてのものでしかなかったが目の前にするとリアリティがある。
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地元の子供達
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西便殿。溥儀の執務室。当初は熱心に政務を行い、勉強していたとが満州国が実は日本の傀儡だと気が付いてからはやる気を喪失していってこの部屋に来ることも少なくなっていった。
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寝室は特に大きいわけでもない。
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理髪室。この椅子、鏡は当時のものなのだろうか。少なくとも椅子は違うと思う。
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皇后婉蓉の寝室。溥儀とは結婚後一緒に寝たことがなかったと言う。
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女性としての喪失感、寂しさの結果として侍従との不倫、友人との関係などで精神的に疲れていってアヘンを常用するようになっていった。
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溥儀には二人妹がいた。
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譚玉齢。側室。22歳でお亡くなりになる。毒殺との噂もある。
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慈禧太后
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庭園にある防空壕。扉がものすごくぶ厚い。
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天照大神防空壕。中には祠があるという。
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興運門が出口になる。
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歩いて10分かかる立派な地下鉄の駅。ここから、人民広場に行く。
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昨夜片側だけ歩いてみた人民大街へ。旧三中井百貨店、日本の植民地の都市を中心とした百貨店グループ。今は長春百貨店。スタバも入っている。
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しばし、休憩。100年前を想像してみる。その前は元の住民がいたはずだ。
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昨夜来た人民広場をひと回りしてみる。
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旧満州国電信電話局。
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その後、雨なので地下鉄で10分の満州国国務院へ。晴れていたら歩いていた。
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文化広場駅。向かいは元皇居と幾つかの建物が残っており吉林大学として使われているが文化広場の大規模工事中でよく見えない。雨なので歩いて見に行く距離にしては遠い。他にもいくつか行ってみたい旧跡はあったが雨なので切り上げて高鉄で吉林へ向かう。
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17時の吉林行き高鉄。46分で着く。
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世貿万錦ホテル。駅からTAXIで15分ぐらい。荷物を持って歩くのはちょっと遠い。
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松花江沿いにたつ高層ホテルで、部屋によって松花江がよく見える。眺望の良い部屋はもちろん値段は高い。ここに泊まるならばリバービューにしないと意味ないと思う。
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29階のリバービューの部屋から。吉林自体は2000年の歴史ある町。高句麗の城跡は今でも残る。渤海国の時に吉林烏拉と改められる。大きな川に沿うと言う意味で、この烏拉と言う文字は街中でよく見かける。
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餃子の地元有名店。
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中華老子号認定なのでそれなりにおいしい。でも餃子なので飛び抜けて美味しいというわけでもない。
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帰りはバスで。終バスは総じて早い。これは8時半で終バス。
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天主堂。これは中国人が大好きなライトアップの構図。
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さすがにここでは漢服ではない。
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松花江遊歩道は賑わっていた。
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川のそばも歩けるようになっている。流れは思ったよりある。
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遊歩道を歩きながら泊まっているホテルも見える
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ホテル29階から吉林の街が見渡せる。
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朝食、松花江を見ながら。
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街歩きは、古地図を見ながら。満州国時代の主要な道路だった粮米街と河南街を歩いてみることにする。ホテルの上から見て大体の当てはつけていたので普通の住宅路を通って行く。
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粮米街と言う名前はもうなく、北京路。
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市政府の一部は恐らく当時のもの。長春のようにそれぞれの歴史建築に説明プレートが付いていないので分かりにくい。
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烏拉の文字がつく吉林市で最も大きい病院。トイレを借りました。
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富裕街という名前だが至って普通の社区。
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河南街にでる。当時は吉林銀座と呼ばれていて流行の発信地だった。
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昨夜食べた餃子名店の本店。片方のおっちゃん倒れているんだけど。
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河南街、牌坊がある。ここまで歩行者天国で賑わう。
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河南街。すごい古そうな劇場の廃墟。お化け屋敷にすると流行るかもしれない。
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こんなマネキン、誰が買う? いくらで?
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カサブランカだと。洒落てる音楽バー。
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吉林市では犬肉屋をよく見かける。朝鮮族レストランには普通にメニューにある。
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北大街に出たが大通りには古い建物は残ってなさそうなので、バスに乗って北山公園へ。10分。吉林はバスが便利。
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今も昔も市民の憩いの場であるのは変わらない
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延吉線は現役のようだ。昔は奉吉線と言った。
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緩やかな上り坂を20分ぐらい。
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高台からは吉林の街並みが見えるが木々が多くて全景ではなかった。
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100年前の人々もここから見ていたのだな。
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帰りの道は南口へ。北山公園は滞在一時間強。
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北山駅。今は使われていないはず。近くまでは行けない。
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北山駅を見たので、そこからタクシーで文廟へ。この街は流しのタクシーが普通にある。
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15分で文廟。大きくはない。もうすぐ、高考の試験なので願掛けの学生が多い。
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科挙の資料館併設。こんな狭い間仕切り空間で何日も試験させられたらプレッシャーと閉所でおかしくなる受験生が出てくるのは当たり前。
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一位である状元の解答。吉林から状元は出なかったようだ。科挙の基本は昔の経典の暗記。作詩もあるがそういうのは今的には政務とは関係なさそう。この暗記至上システムは今の中国の受験制度にもしっかりと受け継がれている。
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カンニングの服。もし、試験官が試験内容を漏らしたり採点の不正をしたら死罪。
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門前のガラクタ市が一番面白かった。
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こういう掛け軸は、鑑定団に出したら100円ぐらいなのだと思う。
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なんでもあり。
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目の前の店で冷麺10元。
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この日は前日とは違って気持ちのいい良い天気。小ぶりな町でシティウォークとしては一日で十分だった。もう少し時間があったら、満州族博物館に行ってもよかった。松花江沿いの街路樹の樹氷が有名だがそれだけの為に極寒の吉林には来る気にはならないですね。
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駅の隣には旧満州国吉林鉄道局
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15:00の高鉄で北京朝陽駅へ。4時間46分。
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吉林の車窓。
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瀋陽駅では予め鉄道アプリで頼んであった駅ナカ店のデリバリー。瀋陽出発後に車掌が受け取り座席まで運んでくれる。車両の弁当より安くて選べば美味しいのがある。このサービスは日本でも導入したらいいと思うが難しそう。携帯電話番号と個人情報前提の全席指定でしかも前払いのシステムだからできるのだろう。
帰ったら『ラストエンペラー』見よう。
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