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”高野山と熊野古道を歩く”、というグループツアーを見つけたので、参加しました。実は和歌山県を訪れたことはなく、いい機会だと思いました。関西出身の家内は和歌山は何度も訪れておりますが、熊野古道は歩いたことがないということで、ふたりで参加することに。2泊3日の行程、あいにく2日目、3日目は雨で、天候には恵まれませんでしたが、いにしえの巡礼者同様、きつい悪天候下で熊野三山を参詣したことで、一段の御利益が期待できるかも知れません。

世界遺産・高野山と熊野古道の旅 その①

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2024/05/26 - 2024/05/28

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xindeさん

”高野山と熊野古道を歩く”、というグループツアーを見つけたので、参加しました。実は和歌山県を訪れたことはなく、いい機会だと思いました。関西出身の家内は和歌山は何度も訪れておりますが、熊野古道は歩いたことがないということで、ふたりで参加することに。2泊3日の行程、あいにく2日目、3日目は雨で、天候には恵まれませんでしたが、いにしえの巡礼者同様、きつい悪天候下で熊野三山を参詣したことで、一段の御利益が期待できるかも知れません。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
ホテル
3.5
グルメ
3.5
交通
3.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
観光バス 新幹線 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
クラブツーリズム
  • 5月26日午前7時、東京駅日本橋口。各旅行会社の団体ツアーはここでの集合が多いようです。例えばクラブツーリズムだけでも、行き先毎に参加者が列を作って点呼をしたり。<br />7時30分の”のぞみ”で名古屋へ。

    5月26日午前7時、東京駅日本橋口。各旅行会社の団体ツアーはここでの集合が多いようです。例えばクラブツーリズムだけでも、行き先毎に参加者が列を作って点呼をしたり。
    7時30分の”のぞみ”で名古屋へ。

  • 午前9時すぎ、名古屋駅”銀の時計”前。<br />本ツアー、我々は東京駅で乗りましたが、品川から乗るひと、新横浜で乗るひと、更にここ名古屋でジョインするひとなど、様々。<br />名古屋で観光バスに乗り換え、一路高野山に向かいます。<br />今回の行程、高野山から熊野古道を経て、熊野三山を参詣し、そこから三重県側に抜けて名古屋に戻る。その間ずっと同じバスで移動します。なので、新幹線は東京~名古屋の往復、ということになる。<br />

    午前9時すぎ、名古屋駅”銀の時計”前。
    本ツアー、我々は東京駅で乗りましたが、品川から乗るひと、新横浜で乗るひと、更にここ名古屋でジョインするひとなど、様々。
    名古屋で観光バスに乗り換え、一路高野山に向かいます。
    今回の行程、高野山から熊野古道を経て、熊野三山を参詣し、そこから三重県側に抜けて名古屋に戻る。その間ずっと同じバスで移動します。なので、新幹線は東京~名古屋の往復、ということになる。

  • 10時半、名阪関ドライブインにて休憩。<br />

    10時半、名阪関ドライブインにて休憩。

  • ここで各自昼食を買って、移動中のバス車中でいただく。<br />松坂牛の巻き寿司と鯖寿司。<br />

    ここで各自昼食を買って、移動中のバス車中でいただく。
    松坂牛の巻き寿司と鯖寿司。

  • 奈良県を抜けて和歌山に入り、2度目の休憩。午後1時前、かつらぎドライブイン。

    奈良県を抜けて和歌山に入り、2度目の休憩。午後1時前、かつらぎドライブイン。

  • 午後1時40分、高野山”中の橋大駐車場”に到着。<br />高野山のマップはこれ・・・https://www.town.koya.wakayama.jp/img_data/2022/04/map.saisyu.pdf<br />今回のこのツアーは奥の院周辺を歩くことがメインで、金剛峯寺などの伽藍が集まったエリアには行きません。家内は既にひと通り見ておりますが、私は初めてなので、ちょっと残念。今回は時間的に熊野ハイキングのほうに重点があるので、やむなし。

    午後1時40分、高野山”中の橋大駐車場”に到着。
    高野山のマップはこれ・・・https://www.town.koya.wakayama.jp/img_data/2022/04/map.saisyu.pdf
    今回のこのツアーは奥の院周辺を歩くことがメインで、金剛峯寺などの伽藍が集まったエリアには行きません。家内は既にひと通り見ておりますが、私は初めてなので、ちょっと残念。今回は時間的に熊野ハイキングのほうに重点があるので、やむなし。

  • 現地ガイドさんの案内で、奥の院に向かって歩き出す。

    現地ガイドさんの案内で、奥の院に向かって歩き出す。

  • 参道の両側、会社関係の慰霊塔が多く立ち並ぶ。<br />飛行機などを作る新明和工業のロケット型の慰霊塔。

    参道の両側、会社関係の慰霊塔が多く立ち並ぶ。
    飛行機などを作る新明和工業のロケット型の慰霊塔。

  • ヤクルトの慰霊塔。

    ヤクルトの慰霊塔。

  • 日産自動車。後ろに作業服姿のひとがふたり。

    日産自動車。後ろに作業服姿のひとがふたり。

  • UCC上島珈琲。慰霊塔なのか、各社の宣伝目的なのか、疑問。

    UCC上島珈琲。慰霊塔なのか、各社の宣伝目的なのか、疑問。

  • 東日本大震災の物故者慰霊塔。

    東日本大震災の物故者慰霊塔。

  • 阪神淡路大震災物故者慰霊塔。<br />ガイドさんによると、高野山のすべてが世界資産になっているわけではなく、このあたりまでは世界遺産の領域外だそう。<br />

    阪神淡路大震災物故者慰霊塔。
    ガイドさんによると、高野山のすべてが世界資産になっているわけではなく、このあたりまでは世界遺産の領域外だそう。

  • 杉の巨木が立ち並ぶあたりから世界遺産の領域になる。

    杉の巨木が立ち並ぶあたりから世界遺産の領域になる。

  • 加賀前田家二代目藩主利長の墓所。<br />高野山は宗派に関係なく、受け入れるそうです。<br />

    加賀前田家二代目藩主利長の墓所。
    高野山は宗派に関係なく、受け入れるそうです。

  • 徳川家康の次男、結城秀康の墓所。

    徳川家康の次男、結城秀康の墓所。

  • 豊臣家墓所。階段を登ったところに秀吉の墓があるが、階段下からは見えない。

    豊臣家墓所。階段を登ったところに秀吉の墓があるが、階段下からは見えない。

  • 奥の院からの帰り道、ちょっと離れた場所から見える秀吉の墓。

    奥の院からの帰り道、ちょっと離れた場所から見える秀吉の墓。

  • 丸い石の上に円錐が乗っているような墓、織田信長の墓石。本能寺で亡くなった織田信長の亡骸は見つかっていないので、これは墓というより供養塔と呼ぶべきもの。

    丸い石の上に円錐が乗っているような墓、織田信長の墓石。本能寺で亡くなった織田信長の亡骸は見つかっていないので、これは墓というより供養塔と呼ぶべきもの。

  • 御廟の橋。この奥に弘法大師大師御廟=奥の院があるが、この橋から先は撮影禁止になっている。<br />奥の院の画像はこちら・・・https://wakayama-rekishi100.jp/story/025.html<br />ガイドさんによると、奥の院では自身のことのほか、家族や友人のこと、あらゆる願い事をしてよく、帰ってから家族・友人に願い事をした旨を伝えるとよいそうです。<br />奥の院地下には”地下法場”があり、弘法大師の肖像画があります。暗くかすんでよく見えませんでした。それは私の功徳が足りないせい?<br />

    御廟の橋。この奥に弘法大師大師御廟=奥の院があるが、この橋から先は撮影禁止になっている。
    奥の院の画像はこちら・・・https://wakayama-rekishi100.jp/story/025.html
    ガイドさんによると、奥の院では自身のことのほか、家族や友人のこと、あらゆる願い事をしてよく、帰ってから家族・友人に願い事をした旨を伝えるとよいそうです。
    奥の院地下には”地下法場”があり、弘法大師の肖像画があります。暗くかすんでよく見えませんでした。それは私の功徳が足りないせい?

  • 奥の院から違ったルートを通って駐車場に戻ります。<br />平和橋。

    奥の院から違ったルートを通って駐車場に戻ります。
    平和橋。

  • 駐車場近くのレストラン兼土産物屋。ここで高野山名物の胡麻豆腐の試食ができました。<br />

    駐車場近くのレストラン兼土産物屋。ここで高野山名物の胡麻豆腐の試食ができました。

  • これも名物の草だんごを買って、お茶とともにいただく。

    これも名物の草だんごを買って、お茶とともにいただく。

  • お世話になった現地ガイドの西さん。若くてイケメン。<br />午後3時すぎ、高野山を出発し、和歌山県田辺市のホテルに向かいます。高野山滞在は1時間半ほどでした。<br />

    お世話になった現地ガイドの西さん。若くてイケメン。
    午後3時すぎ、高野山を出発し、和歌山県田辺市のホテルに向かいます。高野山滞在は1時間半ほどでした。

  • 午後5時40分、ホテルハーヴェスト南紀田辺に到着。<br />東急系列で、右がホテル棟、左奥がマンション棟になっている。

    午後5時40分、ホテルハーヴェスト南紀田辺に到着。
    東急系列で、右がホテル棟、左奥がマンション棟になっている。

  • ツインの部屋はこんな感じ。

    ツインの部屋はこんな感じ。

  • ベランダから見た太平洋の夕陽。

    ベランダから見た太平洋の夕陽。

  • 温泉に入ったあと、お楽しみの夕食。お刺身あり、牛すき鍋あり...

    温泉に入ったあと、お楽しみの夕食。お刺身あり、牛すき鍋あり...

  • 天ぷらに茶碗蒸し。

    天ぷらに茶碗蒸し。

  • 生ビールのあと、冷酒は和歌山の銘酒”黒牛”。<br />食後、もう一度温泉に浸かって、就寝。

    生ビールのあと、冷酒は和歌山の銘酒”黒牛”。
    食後、もう一度温泉に浸かって、就寝。

  • 2日目、朝7時。朝食はバイキング。<br />8時チェックアウトで出発。天気は予報通り朝から雨。

    2日目、朝7時。朝食はバイキング。
    8時チェックアウトで出発。天気は予報通り朝から雨。

  • ホテルから20分ほど、田辺市内にある世界遺産・闘鶏神社へ。<br />

    ホテルから20分ほど、田辺市内にある世界遺産・闘鶏神社へ。

  • 闘鶏神社本殿。<br />世界遺産は『紀伊山地の霊場と参詣道』であり、闘鶏神社もその一部とされている。<br />この神社の主神は”いざなみのみこと”。<br />

    闘鶏神社本殿。
    世界遺産は『紀伊山地の霊場と参詣道』であり、闘鶏神社もその一部とされている。
    この神社の主神は”いざなみのみこと”。

  • 闘鶏神社の名の由来...源平合戦の折、熊野水軍が源氏に付くか、平家に味方するか、が一大事であった。熊野の別当であった湛増(たんぞう)は赤と白の鶏を戦わせて、神意を占った。結果、白の鶏が勝ち、湛増は源氏に加勢することに決めた。<br />湛増と武蔵坊弁慶の像。湛増は弁慶の父、という言い伝えがあるそうです。<br />

    闘鶏神社の名の由来...源平合戦の折、熊野水軍が源氏に付くか、平家に味方するか、が一大事であった。熊野の別当であった湛増(たんぞう)は赤と白の鶏を戦わせて、神意を占った。結果、白の鶏が勝ち、湛増は源氏に加勢することに決めた。
    湛増と武蔵坊弁慶の像。湛増は弁慶の父、という言い伝えがあるそうです。

  • 大楠(オオクスノキ)。樹齢なんと1200年。

    大楠(オオクスノキ)。樹齢なんと1200年。

  • 梛の木(ナギノキ)。ナギは海の凪に通じる。海の安全を祈願して植えられている。<br />田辺は古来熊野古道の出発点でした。ここから熊野本宮大社まで中辺路(なかへち)ルートで約50キロ。<br />8時45分、闘鶏神社を出発、滝尻王子(たきじりおうじ)に向かう。40分ほどかかります。<br />

    梛の木(ナギノキ)。ナギは海の凪に通じる。海の安全を祈願して植えられている。
    田辺は古来熊野古道の出発点でした。ここから熊野本宮大社まで中辺路(なかへち)ルートで約50キロ。
    8時45分、闘鶏神社を出発、滝尻王子(たきじりおうじ)に向かう。40分ほどかかります。

  • 9時半、滝尻王子の駐車場。現在は滝尻王子が中辺路の起点となっており、田辺からここまで路線バスが走っているようです。<br />駐車場で現地ガイドさん2名と待ち合わせ。本ツアー参加者は30名弱で、これを2班に分け、それぞれにガイドが付く。ガイディング・レシーバーを使って、ガイドさんの指示や説明を聞くことができます。<br />

    9時半、滝尻王子の駐車場。現在は滝尻王子が中辺路の起点となっており、田辺からここまで路線バスが走っているようです。
    駐車場で現地ガイドさん2名と待ち合わせ。本ツアー参加者は30名弱で、これを2班に分け、それぞれにガイドが付く。ガイディング・レシーバーを使って、ガイドさんの指示や説明を聞くことができます。

  • 滝尻王子(たきじりおうじ)。王子というのは熊野参詣道各所にある神社のこと。”九十九王子”という言葉があり、実数は不確かですが、100前後あったようです。その中で重要な5つは”五体王子”と呼ばれ、滝尻王子はそのひとつ。

    滝尻王子(たきじりおうじ)。王子というのは熊野参詣道各所にある神社のこと。”九十九王子”という言葉があり、実数は不確かですが、100前後あったようです。その中で重要な5つは”五体王子”と呼ばれ、滝尻王子はそのひとつ。

  • 滝尻王子にある中辺路(なかへち)起点の道標。このような道標が500メートル毎に全部で75あります。終点は熊野本宮大社の裏で、全長37.5キロということになります。<br />右、皇太子とあるのは、現在の天皇陛下。<br />後鳥羽上皇が熊野参詣に訪れた際。ここで歌会を行った。大勢の随行者の中に藤原定家もおり、彼の歌碑があります。

    滝尻王子にある中辺路(なかへち)起点の道標。このような道標が500メートル毎に全部で75あります。終点は熊野本宮大社の裏で、全長37.5キロということになります。
    右、皇太子とあるのは、現在の天皇陛下。
    後鳥羽上皇が熊野参詣に訪れた際。ここで歌会を行った。大勢の随行者の中に藤原定家もおり、彼の歌碑があります。

  • 滝尻王子の裏手から始まる中辺路の登り坂。実は中辺路の中で、この最初の登りが一番きついそうで、我々はそちらには行きません。

    滝尻王子の裏手から始まる中辺路の登り坂。実は中辺路の中で、この最初の登りが一番きついそうで、我々はそちらには行きません。

  • 滝尻王子から道路と川を渡ったところにある”熊野古道館”に立ち寄ります。

    滝尻王子から道路と川を渡ったところにある”熊野古道館”に立ち寄ります。

  • 熊野古道に関する歴史や事物の展示があります。<br />女性が被った傘など。藤原定家の旅行記『熊野御幸記』の一部の展示されておりました。

    熊野古道に関する歴史や事物の展示があります。
    女性が被った傘など。藤原定家の旅行記『熊野御幸記』の一部の展示されておりました。

  • 熊野古道を説明するガイドの玉置さん。<br />熊野参詣道のマップ・・・https://www.wakayama-kanko.or.jp/plan-your-trip/model-courses/route-map/<br />参詣道の中で最も有名で、現在でも最も人気があるのは、田辺から紀伊山地を横断する中辺路。そのほか、紀伊半島の南端を周る大辺路(おおへち)、高野山から南東へ直線的に下る最も険しい小辺路(こへち)、伊勢から下る伊勢路、など。

    熊野古道を説明するガイドの玉置さん。
    熊野参詣道のマップ・・・https://www.wakayama-kanko.or.jp/plan-your-trip/model-courses/route-map/
    参詣道の中で最も有名で、現在でも最も人気があるのは、田辺から紀伊山地を横断する中辺路。そのほか、紀伊半島の南端を周る大辺路(おおへち)、高野山から南東へ直線的に下る最も険しい小辺路(こへち)、伊勢から下る伊勢路、など。

  • 熊野古道館での記念撮影。<br />10時すぎ、ここから道の駅なかへちまでバスで移動。つまり一番険しい部分はバスで登ってしまうわけです。

    熊野古道館での記念撮影。
    10時すぎ、ここから道の駅なかへちまでバスで移動。つまり一番険しい部分はバスで登ってしまうわけです。

  • 10時半、”道の駅中辺路”にてバスを下車。

    10時半、”道の駅中辺路”にてバスを下車。

  • いよいよハイキング開始。滑りやすい、狭い山道なのでガイドの指示で傘は禁止。濡れながらの登山。

    いよいよハイキング開始。滑りやすい、狭い山道なのでガイドの指示で傘は禁止。濡れながらの登山。

  • 午前11時すぎ、箸折峠(はしおりとおげ)の分岐。少し脇道に逸れて”牛馬童子像”を見に行く。<br />言い伝えによれば、このあたりを行幸中の花山法皇が昼食をいただく際、箸がなかったので供の者がカヤを折って差し出した。折ったカヤの軸から赤いしずくが垂れたのを見た法王が「血か露か」と尋ねたという。それからこの峠を箸折峠、このあたりの地名を”近露”(ちかつゆ)と言うようになったと。

    午前11時すぎ、箸折峠(はしおりとおげ)の分岐。少し脇道に逸れて”牛馬童子像”を見に行く。
    言い伝えによれば、このあたりを行幸中の花山法皇が昼食をいただく際、箸がなかったので供の者がカヤを折って差し出した。折ったカヤの軸から赤いしずくが垂れたのを見た法王が「血か露か」と尋ねたという。それからこの峠を箸折峠、このあたりの地名を”近露”(ちかつゆ)と言うようになったと。

  • 左が牛馬童子像。牛と馬に同時にまたがっている変な像だが、童子の表情が愛らしい。<br />右は”役行者”(えんのぎょうじゃ)のレリーフ。修験道の開祖。

    左が牛馬童子像。牛と馬に同時にまたがっている変な像だが、童子の表情が愛らしい。
    右は”役行者”(えんのぎょうじゃ)のレリーフ。修験道の開祖。

  • 牛馬童子の背後に、花山法皇の経塚(教典を彫った石塔)。<br />

    牛馬童子の背後に、花山法皇の経塚(教典を彫った石塔)。

  • 雨に打たれながら、黙々と歩く。

    雨に打たれながら、黙々と歩く。

  • 近露王子跡の石碑。社殿、祠などは残っておりません。ですが、ここも”五体王子”のひとつでした。

    近露王子跡の石碑。社殿、祠などは残っておりません。ですが、ここも”五体王子”のひとつでした。

  • この石碑の文字は大本教の教祖、出口王仁三郎(おにさぶろう)の筆によるものと伝わる。<br />新興宗教大本教は戦前激しい弾圧にあい、教祖出口王仁三郎の筆跡を示す石碑はここしか残っていない。弾圧、破壊を逃れるため、出口の銘を削って、横矢某の名に書き換えている。<br />

    この石碑の文字は大本教の教祖、出口王仁三郎(おにさぶろう)の筆によるものと伝わる。
    新興宗教大本教は戦前激しい弾圧にあい、教祖出口王仁三郎の筆跡を示す石碑はここしか残っていない。弾圧、破壊を逃れるため、出口の銘を削って、横矢某の名に書き換えている。

  • 近露王子跡から下って、国道311号線に出たところで我々のバスが先回りして待っている。ここまで1時間半ほどガイドの説明を聞きながら歩きました。これで午前の部は終了。<br />次の目的地、発心門王子(ほっしんもんおうじ)まで約40分。バスの車中で配られた弁当をいただく。地元名物の”めはり寿司”など。めはり寿司は高菜で包んだおにぎりです。<br />発心門王子から午後のハイキングが再開されます。以下、続く。

    近露王子跡から下って、国道311号線に出たところで我々のバスが先回りして待っている。ここまで1時間半ほどガイドの説明を聞きながら歩きました。これで午前の部は終了。
    次の目的地、発心門王子(ほっしんもんおうじ)まで約40分。バスの車中で配られた弁当をいただく。地元名物の”めはり寿司”など。めはり寿司は高菜で包んだおにぎりです。
    発心門王子から午後のハイキングが再開されます。以下、続く。

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