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大船観音寺、龍寶寺と巡り、蕎麦 ふる川で昼食。午後のスタートは、大船フラワーセンター。薔薇の花がきれいに咲いていました。大船フラワーセンターから遊行寺をめざします。遊行寺の正式名称は、藤澤山 無量光院 清浄光寺。遊行四代呑海上人の開山以来、遊行上人が住まわれるお寺として「遊行寺」の名で親しまれています。<br /><br />5月の大船・藤沢(前半)☆大船観音寺・龍寶寺☆蕎麦 ふる川☆2024/05/17<br />https://4travel.jp/travelogue/11905111

5月の大船・藤沢(後半)☆大船フラワーセンター・慈眼寺・清浄光寺(遊行寺)☆2024/05/17

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2024/05/17 - 2024/05/17

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杏仁豆腐

杏仁豆腐さん

大船観音寺、龍寶寺と巡り、蕎麦 ふる川で昼食。午後のスタートは、大船フラワーセンター。薔薇の花がきれいに咲いていました。大船フラワーセンターから遊行寺をめざします。遊行寺の正式名称は、藤澤山 無量光院 清浄光寺。遊行四代呑海上人の開山以来、遊行上人が住まわれるお寺として「遊行寺」の名で親しまれています。

5月の大船・藤沢(前半)☆大船観音寺・龍寶寺☆蕎麦 ふる川☆2024/05/17
https://4travel.jp/travelogue/11905111

同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
  • 大船フラワーセンター<br />かなり昔に来たことがあります。

    大船フラワーセンター
    かなり昔に来たことがあります。

  • 神奈川県立大船フラワーセンター、愛称「日比谷花壇大船フラワーセンター」です。<br />入園口から園内に入ると。正面に石のモニュメント「かたぐるま」があります。

    神奈川県立大船フラワーセンター、愛称「日比谷花壇大船フラワーセンター」です。
    入園口から園内に入ると。正面に石のモニュメント「かたぐるま」があります。

  • スイレン池

    スイレン池

  • ハスの花が咲いています。

    ハスの花が咲いています。

  • バラ園です。<br />原種、オールドローズ、四季咲きのモダンローズ、ツルバラ約370品種、1200株を系統ごとの特性を生かしつつ景観を重視した立体的な植栽をしているそうです。

    バラ園です。
    原種、オールドローズ、四季咲きのモダンローズ、ツルバラ約370品種、1200株を系統ごとの特性を生かしつつ景観を重視した立体的な植栽をしているそうです。

  • ラベンダードリーム

    ラベンダードリーム

  • しのぶれど

    しのぶれど

  • ジャルダンドゥフランス

    ジャルダンドゥフランス

  • ピンクサクリーナ

    ピンクサクリーナ

  • パーマネントウェーブ<br />皆さん、カメラやスマホで熱心に薔薇の花を撮っています。

    パーマネントウェーブ
    皆さん、カメラやスマホで熱心に薔薇の花を撮っています。

  • 花房

    花房

  • 花山吹<br />いろいろな種類の薔薇があります。

    花山吹
    いろいろな種類の薔薇があります。

  • カウンティフェア

    カウンティフェア

  • ゴスペル

    ゴスペル

  • ラブ<br />その後ろには、ピエール・ドゥ・ロンサール

    ラブ
    その後ろには、ピエール・ドゥ・ロンサール

  • マスケラード<br />開花時はピンクがかったクリーム色からオレンジ、ローズ色までグラデーションになります。

    マスケラード
    開花時はピンクがかったクリーム色からオレンジ、ローズ色までグラデーションになります。

  • シャクヤク園に来ました。<br />ケイウン

    シャクヤク園に来ました。
    ケイウン

  • ヤマトゴコロ

    ヤマトゴコロ

  • グリーンハウスに入ります

    グリーンハウスに入ります

  • バーバラ カースト

    バーバラ カースト

  • レインボー ピンク ゴールド

    レインボー ピンク ゴールド

  • サン ディエゴ レッド

    サン ディエゴ レッド

  • エンゼルス トランペット

    エンゼルス トランペット

  • マンゴーの実がなりましった どこだろう

    マンゴーの実がなりましった どこだろう

  • なんとマンゴーの赤ちゃん!

    なんとマンゴーの赤ちゃん!

  • 芝生広場には、幼稚園の園児たちが遠足で来ていました。<br />

    芝生広場には、幼稚園の園児たちが遠足で来ていました。

  • 和風庭園「吹合の庭」

    和風庭園「吹合の庭」

  • 大船フラワーセンターを出て、遊行寺をめざします。<br />途中にある、鎌倉トキワパンでパンを購入。

    大船フラワーセンターを出て、遊行寺をめざします。
    途中にある、鎌倉トキワパンでパンを購入。

  • 小袋谷藤沢線を歩きます。藤沢市に入ります。

    小袋谷藤沢線を歩きます。藤沢市に入ります。

  • 慈眼寺(じげんじ)に来ました。<br />第3代玉縄城主北条綱成を開基とし、創建は天文年間(1532~1555)頃と伝えられています。

    慈眼寺(じげんじ)に来ました。
    第3代玉縄城主北条綱成を開基とし、創建は天文年間(1532~1555)頃と伝えられています。

  • 山門にからみついている龍の彫刻に目が留まります。

    山門にからみついている龍の彫刻に目が留まります。

  • 平氏満の墓

    平氏満の墓

  • 混生樹<br />モチノキ4株・タブノキ3株・シイノキ1株が根本でくっついて一本の木のように見える混生樹。<br />樹齢300年ともいわれ、藤沢市の天然記念物です。

    混生樹
    モチノキ4株・タブノキ3株・シイノキ1株が根本でくっついて一本の木のように見える混生樹。
    樹齢300年ともいわれ、藤沢市の天然記念物です。

  • 二百観音霊場巡拝供養塔

    二百観音霊場巡拝供養塔

  • 本堂です。<br />本尊の十一面観音立像は秘仏です。

    本堂です。
    本尊の十一面観音立像は秘仏です。

  • 「木造十一面観世音菩薩立像」<br />平成元年(1989)12月15日指定/像高178.5、檜材寄木造、玉眼/慈眼寺の本尊です。水晶の玉眼をはめこみ、頭体とも四材矧ぎを基本につくられています。頭上中央の仏頂面と十面の化仏を頂き、左手に蓮華をもつ通常の尊容です。量感豊かな尊体、顔立ちはゆったりとした反面、知的に引き締まり、着衣の表現も巧緻です。慶派系の作風を窺わせる本格的な良作で、鎌倉後期の作と考えられています。解体修理で往古の優れた尊容に復された折、胎内文書が発見され、天正11年(1583)に鎌倉仏師快円が修理を加えたことなど、貴重な事実が新たに確認されました。秘仏ですので通常の拝観はできません。<br /><br />「旧江島寺梵鐘」<br />平成10年(1998)2月12日指定/総高100.5、口径54.0/銘文によると、元々この梵鐘は江の島に所在した金亀山江島寺の鐘として寛永6年(1629)に鋳造されました。追銘から、明和8年(1771)に江島寺の鐘が再鋳された際、この寛永の鐘を石井平七が買い取り、慈眼寺に施入したことがわかります。作者の酒巻庄五郎定勝は相模国外の鋳物師と思われます。元和(1615)以降に鋳造された梵鐘は、ほとんどが太平洋戦争中に軍事目的から金属資源として回収されたため、現存するものが少なく、中世の作例に劣らず貴重なものです。<br /><br />

    「木造十一面観世音菩薩立像」
    平成元年(1989)12月15日指定/像高178.5、檜材寄木造、玉眼/慈眼寺の本尊です。水晶の玉眼をはめこみ、頭体とも四材矧ぎを基本につくられています。頭上中央の仏頂面と十面の化仏を頂き、左手に蓮華をもつ通常の尊容です。量感豊かな尊体、顔立ちはゆったりとした反面、知的に引き締まり、着衣の表現も巧緻です。慶派系の作風を窺わせる本格的な良作で、鎌倉後期の作と考えられています。解体修理で往古の優れた尊容に復された折、胎内文書が発見され、天正11年(1583)に鎌倉仏師快円が修理を加えたことなど、貴重な事実が新たに確認されました。秘仏ですので通常の拝観はできません。

    「旧江島寺梵鐘」
    平成10年(1998)2月12日指定/総高100.5、口径54.0/銘文によると、元々この梵鐘は江の島に所在した金亀山江島寺の鐘として寛永6年(1629)に鋳造されました。追銘から、明和8年(1771)に江島寺の鐘が再鋳された際、この寛永の鐘を石井平七が買い取り、慈眼寺に施入したことがわかります。作者の酒巻庄五郎定勝は相模国外の鋳物師と思われます。元和(1615)以降に鋳造された梵鐘は、ほとんどが太平洋戦争中に軍事目的から金属資源として回収されたため、現存するものが少なく、中世の作例に劣らず貴重なものです。

  • 本堂の前にお腰さま石像

    本堂の前にお腰さま石像

  • 慈眼寺本堂横には鐘楼の基壇に梵鐘が置かれています。

    慈眼寺本堂横には鐘楼の基壇に梵鐘が置かれています。

  • 山王神社

    山王神社

  • 遊行寺坂<br />箱根駅伝・8区の15キロ過ぎの「 遊行寺 坂」です。約800メートルで標高差約30メートルを上る坂は、箱根の全コースの中でも屈指の急坂です。

    遊行寺坂
    箱根駅伝・8区の15キロ過ぎの「 遊行寺 坂」です。約800メートルで標高差約30メートルを上る坂は、箱根の全コースの中でも屈指の急坂です。

  • 小栗判官墓所入口の石柱があります。<br />石柱の先に、小栗判官の墓所のある長生院への小路が続いています。

    小栗判官墓所入口の石柱があります。
    石柱の先に、小栗判官の墓所のある長生院への小路が続いています。

  • 東門から入りました。<br />敵御方供養塔(国指定重要史跡)<br />怨親平等の碑とも呼ばれる南無阿弥陀仏」の碑は、室町時代の応永23年(1416)に、上杉氏憲(禅秀)が足利持氏に対して反乱を起こした時、幕府は持氏を援助したため氏憲は敗れ去りました(禅秀の乱)。この乱によって両方に死傷者が多く出たので、遊行十四代太空上人は、一山の僧と近在の人々と共に敵味方両軍の傷ついた人たちを収容して治療を行うとともに、戦没者を葬り敵味方の区別なく平等に供養し、供養塔を建立してその霊を弔いました。

    東門から入りました。
    敵御方供養塔(国指定重要史跡)
    怨親平等の碑とも呼ばれる南無阿弥陀仏」の碑は、室町時代の応永23年(1416)に、上杉氏憲(禅秀)が足利持氏に対して反乱を起こした時、幕府は持氏を援助したため氏憲は敗れ去りました(禅秀の乱)。この乱によって両方に死傷者が多く出たので、遊行十四代太空上人は、一山の僧と近在の人々と共に敵味方両軍の傷ついた人たちを収容して治療を行うとともに、戦没者を葬り敵味方の区別なく平等に供養し、供養塔を建立してその霊を弔いました。

  • 立派な本堂(登録有形文化財)

    立派な本堂(登録有形文化財)

  • 手水舎

    手水舎

  • 一遍上人像<br />戦中に鉄材供出のため撤収されましたが、昭和45(1970)年5月23日、林霊雲作「宗祖銅像」が仙台阿弥陀寺から寄進建立されました。また台石は川越浄国寺檀徒、さらに築山庭石も信徒から寄進されました。

    一遍上人像
    戦中に鉄材供出のため撤収されましたが、昭和45(1970)年5月23日、林霊雲作「宗祖銅像」が仙台阿弥陀寺から寄進建立されました。また台石は川越浄国寺檀徒、さらに築山庭石も信徒から寄進されました。

  • 本堂木造銅葺、木造としては東海道随一といわれています。関東大震災で倒壊したのち、昭和10年上棟、同12年に落成しました。<br />本堂に掛かる「藤沢山」の扁額。

    本堂木造銅葺、木造としては東海道随一といわれています。関東大震災で倒壊したのち、昭和10年上棟、同12年に落成しました。
    本堂に掛かる「藤沢山」の扁額。

  • 鐘楼<br />南北朝時代、正平11年、北朝の延文(えんぶん)元年(1356)に造られています

    鐘楼
    南北朝時代、正平11年、北朝の延文(えんぶん)元年(1356)に造られています

  • 南部右馬頭茂時の墓<br />南部茂時は陸奥国南部氏の十代当主。<br />1333年(元弘3年)、新田義貞の鎌倉攻めによって、鎌倉東勝寺で北条高時一族とともに自刃しました。

    南部右馬頭茂時の墓
    南部茂時は陸奥国南部氏の十代当主。
    1333年(元弘3年)、新田義貞の鎌倉攻めによって、鎌倉東勝寺で北条高時一族とともに自刃しました。

  • 歴代上人御廟所

    歴代上人御廟所

  • 中央正面に開山塔、左右に歴代上人の墓塔が並んでいます。

    中央正面に開山塔、左右に歴代上人の墓塔が並んでいます。

  • 美術工芸家 藤井 達吉の墓 1881~1964<br />愛知県出身。近代工芸の革新を志した人物。戦後は愛知県で和紙工芸を振興した。<br />遊行71代他阿隆宝上人との親交によりこの地に眠る。<br />2008年に碧南市藤井達吉現代美術館が開館した。

    美術工芸家 藤井 達吉の墓 1881~1964
    愛知県出身。近代工芸の革新を志した人物。戦後は愛知県で和紙工芸を振興した。
    遊行71代他阿隆宝上人との親交によりこの地に眠る。
    2008年に碧南市藤井達吉現代美術館が開館した。

  • 藤堂彦子の墓<br />筑前国秋月藩主黒田長興と佐竹氏の娘であり、伊勢国久居藩主藤堂高通の正室である。<br />遊行四十二代他阿尊任上人との親交により、当山に埋葬されている。

    藤堂彦子の墓
    筑前国秋月藩主黒田長興と佐竹氏の娘であり、伊勢国久居藩主藤堂高通の正室である。
    遊行四十二代他阿尊任上人との親交により、当山に埋葬されている。

  • 放生池<br />元禄7年(1694)五代将軍徳川綱吉の時代、「生類憐れみの令」発布にともない、次のような”おふれ”が出されました。 「江戸市中の金魚(赤色)銀魚(白色)を所持いたすものは、その数など正直に報告し差し出すべし」 こうして江戸市中の金魚・銀魚が集められ、この遊行寺の池に放生されました。 現在も、毎年、春季開山忌に放生会などでこの放生池で行われています。

    放生池
    元禄7年(1694)五代将軍徳川綱吉の時代、「生類憐れみの令」発布にともない、次のような”おふれ”が出されました。 「江戸市中の金魚(赤色)銀魚(白色)を所持いたすものは、その数など正直に報告し差し出すべし」 こうして江戸市中の金魚・銀魚が集められ、この遊行寺の池に放生されました。 現在も、毎年、春季開山忌に放生会などでこの放生池で行われています。

  • 御番方<br />本山の受付は近侍司寮(ごんじしりょう)と呼び、信徒・団参の方々は、この御番方と呼ばれる入口から入るそうです。この建物は明治13年(1880)11月の大火で類焼し、大正2年(1913)2月23日上棟されました。関東大震災によって、本堂・大書院その他多くの建物と同様に倒壊しましたが、すぐに倒壊当時の古材をもって再建されました。

    御番方
    本山の受付は近侍司寮(ごんじしりょう)と呼び、信徒・団参の方々は、この御番方と呼ばれる入口から入るそうです。この建物は明治13年(1880)11月の大火で類焼し、大正2年(1913)2月23日上棟されました。関東大震災によって、本堂・大書院その他多くの建物と同様に倒壊しましたが、すぐに倒壊当時の古材をもって再建されました。

  • 中雀門(市指定重要文化財)<br />安政六年(1859)に建立された、遊行寺境内で最も古い建造物です。四脚門で、高さ約6メートル、幅約2メートル70センチ。<br />大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。建立者は紀伊大納言徳川治宝(とくがわはるとみ)です。

    中雀門(市指定重要文化財)
    安政六年(1859)に建立された、遊行寺境内で最も古い建造物です。四脚門で、高さ約6メートル、幅約2メートル70センチ。
    大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。建立者は紀伊大納言徳川治宝(とくがわはるとみ)です。

  • 大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。建立者は紀伊大納言徳川治宝(とくがわはるとみ)です。

    大棟に皇室との深いつながりを示す菊の御紋、屋根の下に徳川家の家紋である葵の御紋が刻まれています。建立者は紀伊大納言徳川治宝(とくがわはるとみ)です。

  • 俣野大権現<br />埼玉県長久寺によって寄進建立されたものです。祭神は俣野五郎景平であり、開山呑海上人の兄であり、また当時の大檀越でもありました。

    俣野大権現
    埼玉県長久寺によって寄進建立されたものです。祭神は俣野五郎景平であり、開山呑海上人の兄であり、また当時の大檀越でもありました。

  • 酒井忠重逆修六地蔵<br />萬治3年(1660)1月15日に酒井長門守忠重が施主となって、藤沢山の住持十七世他阿慈光(じこう)上人(遊行三十九代)の代に建立されました。施主の酒井長門守忠重は出羽鶴岡城主酒井忠勝の弟で逆修のために建立されたとされます。

    酒井忠重逆修六地蔵
    萬治3年(1660)1月15日に酒井長門守忠重が施主となって、藤沢山の住持十七世他阿慈光(じこう)上人(遊行三十九代)の代に建立されました。施主の酒井長門守忠重は出羽鶴岡城主酒井忠勝の弟で逆修のために建立されたとされます。

  • 酒井忠重五輪塔<br />五輪塔には、「寛文六(1666)丙午歳 光岳院殿従五位 前長州太守 鏡誉宗円大居士 <br />酒井長門守忠重 九月十八日」と記されています。

    酒井忠重五輪塔
    五輪塔には、「寛文六(1666)丙午歳 光岳院殿従五位 前長州太守 鏡誉宗円大居士 
    酒井長門守忠重 九月十八日」と記されています。

  • 参道四十八段(いろは坂)から出ます。

    参道四十八段(いろは坂)から出ます。

  • 真徳寺(赤門)

    真徳寺(赤門)

  • 大きな黒の冠木門が遊行寺の惣門です。右に「時宗総本山」、 左に「清浄光寺」と彫り込んだ大きな木札がかかっています。今日では遊行寺の黒門と呼ばれています。

    大きな黒の冠木門が遊行寺の惣門です。右に「時宗総本山」、 左に「清浄光寺」と彫り込んだ大きな木札がかかっています。今日では遊行寺の黒門と呼ばれています。

  • 遊行寺橋を渡ります。<br />江戸時代に大名行列が渡ったといわれる橋で、旧東海道が境川を渡るところに架けられていました。<br />現在の橋は、昭和35年に造らました。

    遊行寺橋を渡ります。
    江戸時代に大名行列が渡ったといわれる橋で、旧東海道が境川を渡るところに架けられていました。
    現在の橋は、昭和35年に造らました。

  • 江の島弁財天 道標

    江の島弁財天 道標

  • 江の島方面と藤沢駅北口方面へ向かう道が交わる場所に「江ノ島弁財天道標」が設置されています。

    江の島方面と藤沢駅北口方面へ向かう道が交わる場所に「江ノ島弁財天道標」が設置されています。

  • 藤沢庚申堂<br />木造青面金剛像が祀られています。<br />堂の建立は慶安年間(1648年 - 1652年)と言われています。

    藤沢庚申堂
    木造青面金剛像が祀られています。
    堂の建立は慶安年間(1648年 - 1652年)と言われています。

  • 次の御開帳は2040年!!

    次の御開帳は2040年!!

  • 境内には、様々な「庚申供養塔」があります。

    境内には、様々な「庚申供養塔」があります。

  • 明治時代に小泉八雲が江の島を訪れた際に立ち寄ったそうです。<br />藤沢駅まで歩き、帰宅しました。

    明治時代に小泉八雲が江の島を訪れた際に立ち寄ったそうです。
    藤沢駅まで歩き、帰宅しました。

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