2024/05/08 - 2024/05/10
90位(同エリア675件中)
白熊爺さん
マンゴ~シ~ズンに誘われてやって来ました南国宮崎。
1日目の昨日は念願の完熟マンゴーを堪能しました~。
枝に下がった状態で完熟したマンゴーをお安く食べられるのは産地ならではの特権ですねー。
カットマンゴーもパフェもとても美味しかったです~。
マンゴー以外にも美味しいものが宮崎にはありました~。
もろもろたくさんいただけました~。
宮崎の意外なお楽しみスポットの日本一のスナック街も楽しめました~。
まことに美味しくも楽しい1日でした~。
2日目の本日は城下町の飫肥に出かけます。
生まれて初めて訪ねる街なので楽しみです。
山に囲まれた飫肥の街には歴史ある特有の名物料理があるようなのでそれも是非ともいただきたいですね~。
嫌な現実から逃げるようにやって来た南国宮崎での
うたかたの食べ物三昧の日々は今日も続くのであった~。
光溢れる南国宮崎へ愛の独り逃避行!!の旅のはじまりはじまり~~
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- その他
- 利用旅行会社
- 楽天トラベル
-
2024年5月9日(木) 晴
【5月9日の歩行数 18290歩】
おはようございます。
昨日の雨が嘘のような晴れわたった今日の空。
すがすがしすぎます~w
念のために、、
日焼け止めを厚め盛り盛りに塗りたくって
白塗り舞妓はん状態でお出かけドス~w -
今日は終日雨は降らなさそうです。
では荷物は少なめでレッツらゴー!(←昭和~w)
そうよ、わったぁ~しぃ~はぁ~昭和のぉ~生まれぇ~~w
(←さそり座の女では無いけどね~w) -
振り返ると、、
朝日を浴びてホテルが私を見送ってくれているぜ~。
じゃあ、ちょっくら行ってくるぜ~。 -
昨夜の賑わいが嘘のようなニシタチの街の朝
-
昨夜、私はお酒を結構な量を飲んだようです。
でも、なぜか全く二日酔い知らず。
逆に眠りが深かったようです。
今朝なんか目覚ましが鳴る前にすっきりと目覚めていましたもんね。 -
一番街の朝は静か。
しかも今朝の私の足取りはなぜか軽やか~。
もしかして、お酒を飲むと調子が良くなるのかしら~?
普段お酒飲む機会が自分の生活の中ではあまり無いのでなんだか意外です。 -
橘通りに出ます
-
スッキリ晴れ上がった青空にスックと立ち並ぶヤシの木の並木。
そして、あの空の青さったら~!
東京ではなかなか見られ無い空の色だわ~。
ん~~~。
これぞ南国の朝ですな~~。 -
ウキウキしながら橘通りを横断して若草通に入ります
-
若草通の朝も静かです
-
若草通を抜けました
-
そのまま真っ直ぐに行きます。
ここからは広島通りという風に名前が変わるようです。 -
歩道が整備されていて歩きやすい道ですが朝日がまぶしい~~。
広島通りは途中から「あみーろーど」という名前になっているようです。
これって、、
もしかして、、、
アビーロードにかけてたりするわけ~~????
(←野暮で意地悪な私~w) -
しばらく行くと右手にアミュプラザみやざきが見えて来ました
-
アミュプラザはJR九州が展開している駅ビルですね。
大分とか鹿児島とか博多とか小倉のアミュプラザは
なんとなーく行ったことがあるような印象が少しだけありますね。 -
アミュプラザはこの時間は当然オープンしていませんね
-
道の向こうにもアミュプラザがあります。
こちら側にあるのが「やま館」
向こうにあるのが「うみ館」
なのだそうです。 -
道を渡りました。
駅前広場はだだっ広い感じで特色がない感じ。
と言うか人工の構造物がほとんど見当たりません。
あえて言うならば茫洋とした雰囲気です。 -
アミュ広場
イベントなどをする場所のようです。
かなり軽量素材での簡易的な構造ですね。 -
バスターミナルもありますが軽量素材で簡易な構造ですね。
あとは、ひたすらだだっ広い感じですねー。
大きな災害を想定してのあえて物が少ない広場を作ったのかな??
なんて深読みをしちゃいました。 -
この看板の角度も、、、
海側に対して流線型になるように建てられているし、、、
見た感じ、、駅も比較的軽量な素材の構造だし、、、、
これって大津波で流されるのを想定してるのかしら??
ってついつい深読みをしてしまいます。 -
そんな物騒なことを感じさせる宮崎駅前に
こんな可愛いポストがありました。
とてもキュート!
こういうの大好き!
これって日向夏ですよね。
日向夏って酸味がほんのりで少しだけほろ苦くて全体に優しい印象の味で美味しいんですよね。
私の好きな柑橘類です。 -
駅に入って来たら中年の男性に後ろから声をかけられました。
私が日向夏のポストの写真を一心不乱に鬼気迫る勢いでバシャバシャと撮りまくっていたのを見ていたそうです。
それほど気に入ったのならば私と日向夏のポストの記念写真を撮りましょうかと言う申し出でした。
なんと優しい方でしょう!
どこからどう見ても、見た目がそうとう怪しい老人の私をわざわざ追いかけて来ての申し出です。
宮崎の方は本当に自然体でおおらかです。
でも流石に恥ずかしかったので丁重にお礼を言って辞退させていただきました。
本当にありがとうございます~! -
なんだか朝から心が温かくなりました。
宮崎っていい街~!
昨夜のスナックでも同じような感じの印象でした。
宮崎はおおらかでゆったりとした自然体な大人が普通にいるという街なんですね~。
こんな街って本当にあるのね~!
まるでパラダイス~!
同じ九州内でも福岡とは全然違うし、さらに言うならば隣県の鹿児島とも大分ともどこか印象が違う感じなんですよねー。
不思議ですー。
太陽の日射量の違いからくるのかな~~? -
とりあえずPASMOで入っちゃいましょう
-
電車の時間まではまだ時間が結構あります。
臆病な私はいつも早め早めに行動です。
そして、いつもかなり早めに来てしまいます。 -
でもね、、、
その割にはこの時点で大事な事に全然気がついていません~w
この写真を後からジックリ見返すと、、、
「志村!後ろ!後ろ!」
って言う状態ですよねーw -
そんな大事な事には全く気がつかない私は、、、
スルっと改札をPASMOで入りました
改札内には顔抜きのような感じの撮影スポット的なものがありました。 -
一旦ホームに上がって来ました。
ここでも臆病者の私は発車時刻を慎重に確認します。
無駄に用心深い私ですw
(←しかも結果的にホントに無駄だったw) -
時間はまだかなりあるので下のフロアに降りてきて椅子に座りました。
そこで見るともなく、、
ボンヤリと電光掲示板を見ていました。
すると、、
あれ???
電光掲示板の一番下に気になる一文が流れていました。
「日南線では「ICカード乗車券」のご利用ができません。」、、、、、、、
って書いてあった?? -
え?
なんか、、、
嫌な予感、、、
流石に気になったので路線図の料金表を見てみます。 -
あああーーーー!!!
PASMOが使えるのはピンクの線の中だけ!
目的地の飫肥はPASMOが使えないーーー!!! -
というわけで、、、
窓口の駅員さんに事情を話してPASMOの料金をキャセルしてもらい改札を出ました。 -
改めて現金で券売機から切符を購入しました
-
無事に切符で入場できましたー。
やれやれ、、、
危ないところだったぜ~~。 -
でも事前に気がつく自分の悪運の強さにも驚きますがね~w
長い人生振り返ってみれば、、
私って悪運の強さだけで生きて来たような気がする~、ホントに~w -
ホームに上がったら電車はすでに入線していたようです。
JR日南線日南マリーン号 志布志行
宮崎駅発 9時10分 → 飫肥駅着 10時15分
運賃 950円 -
この電車で間違いないようですね。
この電車は快速運転になるようです。 -
先頭部分も撮影しときます
-
車内はとても混んでいました。
空席どころか吊り革つかんで立ってる人もたくさんいます。
本当なら私が一番乗りだったんだからね!!
って言ってやりたい!
(←PASMOで入って、半泣きだったくせに~w) -
この列車は快速なのに1両編成という不思議。
平日でこれほど混んでいるのだから対処のしようがあると思うのだけどねー。
2両にできない事情でもあるのかな?
ワンマン運転だから? -
隣の番線に電車が入って来ました。
-
そちらの電車からこの電車に乗り込んでくる人も思ったよりいました。
結局この電車は発車時間には車内はかなり窮屈な状態になってしまいました。 -
今日は平日の朝なのでこの混雑ぶりは通常通りなのでしょう。
これでは首都圏の通勤ラッシュとなんら変わらないですね。 -
宮崎ではJR離れが言われて久しいらしいですが、、
これじゃーねー、、、、
多分こういう所に原因があるんじゃないかなー?
なんて感じてしまいました。 -
ぎゅうぎゅう詰めのバスの中~
ゆらりゆられて~夢ごこち夢ごこち~
(←榊原郁恵のバス通学ね~w)
そんな悪い夢ごこち気分の満員の車内でした~w
そんなぎゅうぎゅう詰めのJR日南線は大淀川を渡り終えました。 -
ぎゅうぎゅう詰めの車両でしたが、、、
青島駅でドッと人が降りました。
もしかしたら青島で働く人が多いのでしょうかね??
一気に車内はポッカリと空いちゃいました。
やっと座れましたー。 -
内海駅を過ぎると窓の外には日向灘の眺めが急に広がって見えてきます。
海の色は南国の光を集めて
まさしく南国色に輝いています。 -
私はその色に感動して盛んにシャッターを切ります。
私は美しい海を撮影しているつもりでしたが、、、、
私のオマヌケカメラはガラスに映った私にバッチリピントを合わせてくれていますw -
この時点では私はその事に全然気がついていません~w
-
この南の海の美しい景色を4トラベルの皆さんに分けてあげたい!
そんな事ばかり考えて一心不乱にシャッターを切り続けました~。
(←意外にけなげな私w) -
そして、この辺りからこのJR日南線沿線でも見どころの一つが見えてきます
(←ボケてますがw) -
青島にある鬼の洗濯岩と同じような洗濯岩の海岸の風景が見えてきます
(←ボケてますがw) -
少しづつ見えていますが、、
(←ボケてますがw) -
ここから本格的に見えました!
(←ボケてますがw) -
すごい眺めです!
(←カメラは私にピントを合わせてますがw) -
この眺めに誘われるように、
私の前の向かい合わせの席に隣のボックスに座っていた若い二人連れの青年が移動してきました。 -
彼らもこの風景に感激してるようでした。
お互いに盛んに何か言い合って感激しているようです。
でも、彼らの言葉は韓国語だったので内容は不明ですが、、、
もしかしたら、、、
A「見てみろよ、向かいに座ってる爺さん~w。安西先生かよ~w」
B「ホント~w、アニメに出てきそうな爺さんだな~w」
A「ホント、それ~、ウケる~~w」
ってなこと言われてたりして~w -
鬼の洗濯岩は見えなくなりました
(←ボケてますがw) -
それでも綺麗な海は見え続けています
(←ボケてますがw) -
綺麗な南の光溢れる色の海です
(←ピンボケなのに、、、まだ気づいていないw) -
漁港のある入り江を見ながら列車は行きます。
(←ボケてますがw) -
国道220号線が並走しています。
このあたりの国道部分は「ひむか神話街道」という愛称で呼ばれることもあるようです。 -
目の前を走る車にギョッとします。
国道が思った以上に近いです。 -
海も線路の近くまで迫っていますね
-
小内海駅あたりでようやくカメラのピントが合ってきました。
(←いまさらねーw) -
小内海駅を過ぎると列車はしばらく山の中を走りました。
その後いくつかの駅を過ぎました。
そして予想外に長い長い谷之城トンネルをようやく抜けました。
谷之城トンネルは3670メートル。
在来線トンネルとしては九州で4番目に長いトンネルです。
またこの直線のトンネルを含む直線鉄道の長さは5262メートル。
九州の在来線では一番長い直線線路です。
トンネルを抜けると、
次はようやく飫肥駅に到着するようです。 -
間も無く飫肥駅に入線です。
運転手さんの一連の確認作業をついつい見てしまいます。
カッコイイ~~。
男の子ってこういうのに憧れちゃうんですよね~。
(←とっくに男の子という年齢ではないですが~w) -
飫肥駅に到着。
JR日南線日南マリーン号 志布志行
宮崎駅発 9時10分 → 飫肥駅着 10時15分
運賃 950円 -
列車を降りました。
せっかくなので列車の先頭部分を撮影しちゃいましょう。 -
この飫肥駅では割と多くの人が降りました。
この駅あたりまでが宮崎市の影響が強いエリアなのかな? -
電車は終点の志布志駅へ向けて旅立って行きました
-
現在JR日南線の終点駅の志布志駅は、過去には薩摩線や志布志線の乗りつぎ駅だった事もあります。
そのため私自身も志布志駅には大昔に何度か行ったことがありますねー。
今は薩摩線、志布志線の両線とも廃線になってしまい終着駅になってしまいましたが、、、
ここから志布志駅まではまだまだ遠い。
気をつけていってらっしゃいー。 -
飫肥駅は静かな駅でした。
読めそうで読めない駅名はずっと気になってはいました。 -
私自身、飫肥駅は日南線の列車で何度か通過した事はあっても下車したのは初めてです。
もちろん観光客としても飫肥の街は初めての訪問です。 -
私は大昔から(←たぶん50年ちょっとくらい前から~w)
一人で日本交通公社の時刻表を持ってチョコチョコと日本中を旅をしていました。
それで日本の中をかなり旅をしていたつもりでいましたが、、、、
まだまだ日本の中でも行った事が無い所ってあるものなのですね~。
この駅からも行った事がない見所がいくつかあるようですねー。
飫肥城以外は今回は行けませんけどねー。
日本は小さい島国ですが密度がすごいという事なんでしょうかね~。 -
踊りの絵が描かれていますね。
地元の踊りなんでしょうかね。 -
飫肥駅に向かいます
-
昔ながらの駅舎という感じですね
-
一旦、線路を渡ります。
右は宮崎市方面です。 -
左は志布志方面です
-
では飫肥駅に入ります
-
切符はこの箱に入れます
-
昔ながらの駅舎なのかな?
-
天井は格天井になってました
-
近距離きっぷ券売機が小さな公共施設の食堂にある券売機のようなミニサイズw
一応お城の形だけどねw -
路線図は日南線のみという潔さw
-
上り下りともにだいたい1時間に1本弱程度は電車があるようです。
終電もソコソコの時間まであるようです。 -
この駅の事務室には女の人が一人いました。
駅員さんという感じなのかな?
案内員という感じなのかな?
よくわからない雰囲気でした。 -
飫肥駅から飫肥城までは少し歩かなければいけないようです
-
駅前広場に出ました
-
太陽を背に受けて陽気に踊る人がいました
-
先ほど駅のホームのところに書かれていた踊りの像でしょうか?
-
お店がありました
-
お休みのようでした、、
-
では諦めてこの道を左に曲がってこちら方面に行きましょう
-
この道は国道222号線です。
この道は別名、飫肥街道とも呼ばれているようです。 -
国道222号線をしばらく行くと大きな赤い鳥居が道路の左側に立っていました
-
こんもりとした山を背後に従えて立っているのでなんだか意味ありげです。
どうやら岩崎稲荷神社がこの先にあるようです。
新山古戦場跡とも書かれていますね。 -
調べてみたところ、
この岩崎稲荷神社は、
1337年(延元2年)に伊東祐持が伊豆から日向都於郡に下向する際に旧国の岩崎稲荷の霊を遷したものだったそうです。
1587年(天正15年)伊東祐兵が飫肥に移った際にそれをここに鎮座したようです。
1872年(明治5年)に村中の小社(栗野神社大明神、一ノ宮大明神、松尾大明神、尾崎大明神)を遷座して附祀したようです。
御祭神は倉稲魂尊(うかのみたま)と大宮比賣命(おおみやひめのみこと)のようです。
その岩崎稲荷神社の近くの山の頂には新山城というお城があったようです。
新山城は島津氏が伊東氏の攻撃に備えるために飫肥城の支城として築いたものを、伊東氏が攻略して飫肥城攻めの出城として利用したお城のようです。
その関係でこの付近は新山古戦場といわれ、新山城(島津方)と堰ノ尾砦(伊東方)の一騎討ちがあった場所だったという事のようです。
新山城の城跡は知識があればうっすらと確認できる感じで残っているそうです。 -
鳥居のすぐそばに稲荷下橋があります
-
この橋は酒谷川に架かっています。
この橋を渡ると飫肥城の城下町に入るようです。 -
稲荷下橋から酒谷川の下流方面を見てみました
-
なかなか雄大な川です。
この川は飫肥城の外堀の役割も果たしていたようです。 -
川の水の色も緑がかっていて不思議な色です。
この酒谷川はこの先の下流で広渡川に合流し日向灘にそそぎます。 -
酒谷川の上流方面は山沿いに流れていました。
左の山の上が岩崎稲荷神社方面という感じでしょうか? -
上流側の川の水の色もなかなか不思議な色をしていました
-
この酒谷川はハゼの稚魚を網にかける伝統漁「ノボリコ漁」が行われているらしいです。
ハゼの稚魚って食用なのでしょうかね?
日本には私の知らない事がまだまだ沢山あるんですねー。 -
稲荷下橋にはこのような飾りがありました。
この踊りは先ほどから見てたものと同じでしょうね。
泰平踊 亀組
と書かれていますね。
祭りの連のようなものでしょうか? -
稲荷下橋を渡ると市街地になっていました。
ここから飫肥城の城下町に入ることになるようです。 -
どことなく城下町風な装いの建物が散在していますね
-
案内板もありました
-
古いのか新しいのか判別に困る感じの建物が多い雰囲気です
-
この建物は古そうです
-
この建物も古そうです。
デザインがなかなか素敵です。 -
登録有形文化財の看板がありました
-
服部植物研究所
世界で唯一のコケ専門の研究所という風にこちらのホームページにはありました。 -
一応見学は可能のようですが、、、
コケについてそれほど興味がなければハードルが高そうです。 -
趣のある建物がありました。
こだま てんぷら専門製造元
飫肥の名物で飫肥天と呼ばれるさつま揚げのようなものを売っているお店ですね。
今日はまだお散歩が始まったばかりなので購入できません。 -
この通り沿いには大きなスーパーもありました。
買い忘れのものはここで揃いそうです。
スーパーとむら 飫肥店。 -
厚焼たまご あらたけ
他の地域とはかなり違う卵焼きは飫肥の郷土料理ですね。
このお店ではないですが後でこのたまご料理は食べようと思っています。 -
昔風な装いの建物が建っている通りですね。
-
本物の古い建物があります
-
白壁が目を引きます
-
どうやらお休みのようです、、、、
というかしばらく休館中らしいです。 -
旧高橋源次郎家
飫肥の実業家で多額納税者だったことから貴族院議員を2期務めた高橋源次郎が建築した家だそうです。
主屋の屋根は寄せ棟で飫肥地区において、
それまで茅葺きであった民家が瓦葺きへ転換していく初期の建築としても価値が高いという事らしいです。 -
平成22年9月10日、主屋や蔵などの5件が、国の登録有形文化財となったそうです。
-
せっかくなので左から右へ見てみます
-
白壁の覗き窓が面白い感じですね
-
確かに武家屋敷よりは自由な感じはしますねー
-
しかーし、大きなお家ですねー
中が見られないのが残念ですねー。
ま、中を見られないなら仕方がないです。
次に行きましょう。 -
古民家風なテイストのお家が多いですね。
雰囲気造りに配慮してるのでしょうね。 -
所々にこういった案内図があります。
町ぐるみで観光に協力的なのでしょうね。 -
この国道222号線は稲荷下橋を渡ったこの辺りは本町通りという名前で呼ばれているようです
-
本町通りは本町商人通りとも呼ばれていて400年前から商人が集まっていた通りだそうです
-
それで地元の有志でこの通り沿いにいにしえの歴史を忘れないようにとそれ風な建物を建てているという事らしいです
-
お城へ向かう道の交差点に小さな祠がありました
-
恵比須神社という神社のようです
-
この神社について表記されている物はあたりには無く由来などは不明でした。
この神社の左手の道を行くと飫肥城になります。 -
恵比寿神社の交差点を飫肥城とは反対側に渡ってみました。
こんないわくありげな石柱が立っていました。
飫肥郵便役所跡?? -
その石柱から奥に続く道を入ってみたら、、
予想外に良い感じです。 -
表通りよりも本物っぽい感じで落ち着いた感じの通りが続いていました。
-
振り返ると飫肥城まで続く道が一直線に見渡せます。
-
お城のある森に向かう風景がなかなか良い眺めです。
-
でもこの表通りの新し目の建物が少し作り物感があるような、、、
再び交差点を渡りましょう。 -
この道を行くと飫肥城です。
では少しこの道を入ってみましょう。
この通りは大手門通りと呼ばれているようです。 -
大手門通りを少し行くと右手に
小村寿太郎生誕地
という看板が出ていました。 -
中に小村寿太郎生誕地碑があるようです
-
小村寿太郎生誕地の解説
-
小村寿太郎生誕地の石碑
-
小村寿太郎生誕地碑
デカイです -
当時の家屋の配置図がありました。
お金持ちだったのですね~。
でもその後、生家は事業の失敗で没落したようです。 -
石碑
-
小村寿太郎生誕地碑
-
小村寿太郎のプロフィール
-
小村寿太郎生誕地碑
-
道の向こうに鯉のぼりが見えます
-
小村寿太郎生誕地を出ました。
隣には白壁の長屋が建っていました。 -
なかなか立派な長屋です
-
この長屋と道の向かいの石垣がなかなか絵的に映えますね。
-
しかーし、、
いざ写真に撮ってみるとイマイチ収まりが良くありませんね、、、 -
ふと気がつきましたが、、
雲一つない晴天です。
今日は本当に良い天気です -
この門もとても良い雰囲気ですね
-
この石垣と門の組み合わせも絵的に映えますね
-
とりあえずこんな感じで撮ってみました。
収まりはどうでしょう? -
んーー、、、
もうひとつ、、、
何かしっくりこない感じですねー、、、 -
横にしても間延びしちゃうし、、、
-
やっぱりこうですかねー。
カメラを少し右に寄せて、下を少し切って、向かいの門を少し多めに入れると良いみたいですね。
やっとうまく収まりましたーw
これで決定~~!(←ニワカアーティストw) -
この門の奥が気になってのぞいてみたら、、
建物が無い平地で普通に駐車場でした、、、、
建物は取り壊されたんでしょうかね? -
この長屋の入り口に来てみました。
旧山本猪平家 -
ここは中が見学できるようですね
-
解説がありました
-
豪商のお家だったようです
-
飫肥城入館料と書かれています。
-
6館共通券 800円を購入しました。
飫肥城の曲輪の絵図が書かれているのが城好きにとって地味に嬉しいです。 -
では入りましょう
-
この解説によると元々この場所は小林寿太郎の生家の敷地の一部だったようです。
小林家が没落した時に山本さんが小林家の敷地を購入してこの家を建てたそうです。
小林寿太郎がいつでも飫肥に帰ってこられる為に建てたという話も残っているようです。
ええ話やないか~い(←謎の関西弁~w) -
では、おじゃましまーす。
格子戸を~
くぐり抜け~ -
解説
-
通り土間のセンターに華やかなタイルがハイカラでございますね~。
ハイカラさんが通る感じです~。 -
ここで通り土間の上の屋根がなくなり空が見えます
-
ここから入れるようです。
床のタイルがハイカラ~。 -
玄関から入ったこちらは来客のための空間ですねー。
品良くまとまった空間が奥まで続いているんですねー。 -
いったん玄関を出て勝手口から入ってみた感じです。
こちらは日常の生活空間ですねー。
落ち着いた感じでくつろげそうですねー。 -
勝手口から入るとすぐにある土間には炊事場がありました
-
竃が三口
今でいう3口のコンロですねー。
自炊には3口のコンロは必須ですねー。 -
ここはお風呂?
-
そのようですね
-
洗い場がセットになってますね
-
脱衣場までセットになってますねー。
今でいうユニットバスみたいな発想ですねー。 -
炊事場の土間を抜けるとお庭でした
-
なかなか広い空間です
庭の端から母屋を見た感じ -
この広い場所には本来はお庭が作られていたのかな?
どこにもお庭があったような説明は無いので不明ですね。 -
こちらは裏門でしょうか?
-
離れのようなものもありました
-
母屋に近づいてみます
-
母屋の中をのぞいた感じ
-
向こうに離れが見えます。
この間にはかつてはやっぱりお庭が作られていたのかな?
そんな気がします。
今は芝生の広場だけがあります。 -
せっかくなので建物をぐるりと一周してみます
-
建物の南側に出ました
-
井戸がありました
-
船??
-
建物の南側。
日当たりが良い部屋です。 -
南側は落ち着いた雰囲気の良い感じの外観です
-
南国の直射日光を避けるためか日よけの植栽が植えられています
-
縁側が良い感じです
-
こちらは大手門通りに面した長屋の裏側。
ここにトイレがあるのが安心です。 -
こちらは母屋の縁側
-
では母屋の建物に入ってみます。
山本猪平さん -
では、おじゃましまーす
-
良い感じのお部屋ですねー
-
回り廊下も眺めが良いですねー
-
お座敷も良い感じー
-
明るい廊下です
-
おトイレは昔風
-
ほどよく陽の入る良い和室です
-
ここからの眺めを生かすお庭も整備されたら完璧ですね
-
一番日当たりの良い和室
-
そこの廊下にあった表示
-
さっき見た井戸が小林寿太郎の産湯の井戸だったんですね
-
こちら側は住居部分
-
欄間の細かい彫り込みが凝ってます
-
こういう所が武家屋敷には無いさりげない遊び心
-
普段はここで寛いでいたんでしょうね
-
こういう絵の描かれたガラスって昔は普通にありましたねー
-
通り土間の天井
なんだか料亭に来たみたいw -
思ったよりもゴテゴテしていなくてこざっぱりしたお家でした。
大きさも大きすぎず程々で嫌味がない感じでした。 -
大手門通りに出ました
-
ここは左に曲がって今朝来た道に戻ります
-
先ほど見学した小村寿太郎生誕地碑の前を通っていきます
-
本町通りが見えてきました
-
本町通りに出たら右に曲がります。
交差点の角には
ギャラリーこだま
というものがありました。
食べ物屋さんのようです。 -
この通り沿いにはチョコチョコと食べ物屋さんがありますね
-
商人街という感じがそこはかとなく漂っています
-
次の目的地に到着しました
-
厚焼卵 おびの茶屋
-
飫肥の名物の卵焼きは他の地域の普通の卵焼きとは違うようです。
色々と調べてみて大きなサイズで売られているケースが多いようです。
流石にお散歩中に大きなサイズを買うのはしんどいです。
こちらでは味見程度の少量を食べられるとわかったので来てみました。 -
お茶とセットがあるのでそれを試してみます。
下にある大きなものは流石に無理~w
お医者に叱られちゃう~w -
今日は暑かったので
冷緑茶セット 350円
にしました。 -
ほんのりと甘い卵の味でした
-
色々なクチコミを読むと食感はプリンという表現をされている方が多いようでした
-
私の印象は、、
食感はプリンよりも弾力とハリがあるように感じました。
例えるならば、
食感に関しては中華のピータンが一番近いような気がしました。
味は緑茶よりも抹茶が似合う感じの味でした。
これと似た味のお菓子を大昔に食べたような思い出があります。
あれは昔々の正月の親戚が集まるお茶会で出たお菓子だと思います。
私が半ズボンを履いていた昔々の子供の頃なのですね~w
それでもお菓子の記憶って残ってるものですね~w
それと、真冬のお茶会の子供の正装が半ズボンw
今思うとなんでやねんって感じですよね~w -
ラジオから邦楽百番が静かに店内に流れています。
物静かな女性店員さんがそれに聞き入っています。 -
静かに長唄が流れるレトロな空間。
こういう時間はゆるりと心がほどけてきて良い心持ちです。
私の好きな雰囲気の時間です。 -
このお店は度々マスコミにも取り上げられているようです。
-
それでもこのようなゆったりとした時間が流れています。
マスコミにも流されないマイペースな姿勢に感心いたしました。
だ・か・ら
ここに来て浮かれてキャーキャー騒ぐのはやめてね!
淳子のお願いw -
ゆったりしましたー。
お店を出てふと見たら、
ここにも昔風の建物がありました -
飫肥郷土芸能館
-
地元住民の寄り合いの場所らしいです。
観光客には縁が無さそうな場所でした。 -
そこから少し行くと
宮崎交通(株) 日南営業所
がありました。 -
そこは宮崎交通バスの飫肥待合所がありました
-
ここには飫肥バス停があります。
ここの窓口で係員さんに言えば宮交タクシーを呼んでくれるサービスもあるようです。 -
ここから宮崎駅にバスでも行けるようです。
JRの発車時間との兼ね合いでどちらかを使えるという選択肢があるのは便利ですね。 -
本数は少ないですがコミュニティバスの利用もできそうです
-
コミュニティーバスを使いこなせたら旅の上級者ですねー
-
地域の足として宮崎交通さんには頑張ってもらいたいですねー
-
はす向かいに大きな蔵造りの建物が見えてきました
-
これは昔からある本物の建物のようです
-
屋根からの垂れた墨の色が目立ちます
-
それほどに昔からある建物なのでしょうかね
-
商家資料館
この建物は元々は別の場所にあったようです。 -
日南市指定有形文化財だそうです。
-
表通り側は格子窓になっています
-
先ほどの6館共通券を使います
-
この建物は1870年(明治3年)に山林業の山本五平が建てたものだそうです。
-
この看板って、、、w
まるで、、
かすれ声でハスキーボイス解説~って言う感じです~w -
有名な方なのでしょうか??
-
歌碑??
-
この建物は本町では最も古い建物だそうです
-
本町通りの道路拡幅に伴い市が所有者から寄贈を受けて現在地に移転修復したと言う流れのようです。
-
ではでは中に入ってみましょう
-
天井高~~い。
樹齢200年以上の飫肥杉が使われているんだとか。 -
消防道具なんかも展示されてますね
-
自転車。
展示品、、ですよね? -
帳場も復元されていますね
-
時代劇でよく見る感じですね
-
ここでは明治初年にこの建物ができたと書かれていますね。
どれが本当でしょう? -
大八車がありますね。
私は子供の頃に見た記憶があります。 -
商家の展示らしく計量関係のはかりなどの展示がありました
-
展示ケースは奥まで続いています。
かなり大きい展示ケースですね。 -
はかりと言ってもいろいろ目的別に分かれてるのでしょうね
-
お金とはかり
-
お金とはかり
-
はかりとそろばん
-
そろばんと枡はかり
-
枡はかりとアイロン?
-
これは徳利と出前の弁当箱?
-
これも出前の箱?
-
カメラ?
なんか後半はよくわからない感じでしたw -
右手には広い板の間がありました
-
囲炉裏があるのでここで大勢の人が溜まっていたのでしょうかね?
-
向こうは2階建てになってますね。
この部屋は天井が高いですね。 -
奥はお座敷になってました
-
主人の生活の場だったのかな?
-
欄間が凝ってます
-
こういうところが一番持ち主の趣味が出ますね
-
繊細な堀込みですね
-
窓の外には100人乗っても大丈夫そうな物置w
-
眺めはイマイチです
-
離れなのかな?
-
囲炉裏が良い感じ
-
さっきの板の間にも囲炉裏がありましたね
-
上にも行けるようです
-
上はちょっと暗い感じです
-
従業員の部屋だったのかな?
-
上には2部屋ありました
-
こっちの部屋は少し明るくて綺麗です
-
こっちは家族の部屋だったのかな?
-
こっちの部屋は眺めも良いです
-
この建物は元はこの場所に無かったそうですから、ここからの眺めは昔とは違うでしょうね
-
上の部屋からは板の間が丸見えです
-
この部屋から気になるあの方を盗み見してた人もいたのでしょうか~?
-
などとアホな夢想はそれくらいにして下に降ります。
階段が急なので注意が必要です。 -
階段の途中で板の間を見下ろしてみました。
部屋の広さが実感できますね。
ちょっとした集まりもできる大きさです。 -
今朝から気になっていた泰平踊りの解説
-
泰平踊りは商家の踊りだったのですね。
泰平踊りの間というからにはここで踊りの練習していたのでしょうかね? -
写真がありました
-
解説
-
こんな衣装なのね
-
解説
-
本町通りは拡幅されたようですね
-
それの記憶を残すための版画だそうです
-
上の部屋から泰平踊りの練習風景などをみていたのかもね
-
この部屋は2階分あるので天井高がありますね
-
この板の間で泰平踊りの練習などをしたのかな?
それくらいできそうな広い板の間でした。 -
なかなか大きな建物でした。
これを他から移転してきたのはすごいですねー。
良いものを見られました。 -
では次に行きましょう。
本町通りを左に行きます。
今朝来た方に戻る感じです。 -
道の向こうは宮崎交通の飫肥待合所です
-
大手門通りの交差点に戻ってきました
-
本町通りを左に曲がります。
大手門通りに入り飫肥城に向かいます -
旧山本猪平家の長屋が見えてきました
-
さっき見た旧山本猪平家の前を通過します
-
お隣は普通のお家ですが外観はそれ風に整えられていますね
-
石垣が良い感じです
-
少し行くと右手に
鯉の遊水地
とありますね。 -
ここ??
まさかね、、
結局よくわかりませんでした、、
この近くでは無いのかも、、、 -
この辺りの石垣の区割りが良い感じ
-
この通りは後町通りというようです
-
後町通りは石垣のある趣のある通りですね
-
では大手門通りを行きましょう
-
大きな通りの交差点に出でました。
大手門交差点ですね。 -
大手門交差点を渡って真っ直ぐ行きましょう。
少しづつ上り坂になってきました。 -
左手からお城を感じさせる雰囲気が濃厚に漂ってきました
-
おふれ書き??
-
なるほど
-
お城が近い雰囲気が濃厚です
-
表示も急に沢山になってきました。
左側に書かれているものは鯉の遊水地と閉館中以外のものは見てきたねー。
まだまだこの先にたくさんあるみたいです。 -
こういう地図ってわかりやすいんだか
わかりづらいんだか、、、 -
ひときわ目立つ建物がありました。
長倉という建物のようです。 -
長倉の解説
-
大きな倉ですね。
ここは後でまた来ます。 -
ここはソフトクリームの看板がありますね
-
その先に飫肥城下町 案内処があります。
ここで地図を入手しました。 -
案内板がありました
-
今日はちょっと暑いのでこの建物の左側に休める所があったのでそこで小休止します
-
なにやらいろいろ情報があって忙しい感じです
-
泰平踊りの顔抜きがありますね
-
四半的射場
弓で的を射るお遊びらしいです。
私は鈍臭いのでこういうのは苦手ですw -
とりあえずアイスをいただく。
今日は暑い日なので美味しく感じます。 -
地元の飲料品が豊富な自販機です
-
よく見るとなかなかそそられます
-
大好きな日向夏の飲み物があったので迷わず購入。
しかし、、
右下に小さく書かれている注意書きには一切気づかず、、
そのままプルトップのフタを開けたら、、
中にはゼリーの塊が入っていましたが、、
どうあがいても全然外に出てきません、、
その時初めて缶の説明をよく読むと、、、
これってフタを開ける前に缶を強く降って、中のゼリーをクラッシュさせなければいけなかったようです、、、
時すでに遅し、、
私は口をヒョットコのような形にしてチューチュー吸いだそうとしました。
中からは全然出てきません、、
無理やり穴から舌を入れようとしましたが穴が小さくて舌が入りません、、
困りましたねー
ふと見たら、、
さっきのアイスの包み紙がテーブルの上にありました。
しめた!!
それで細いストローを作り、
缶の中に突っ込んで親の仇のように鬼の形相で激しくかき混ぜました。
「どうだ!思い知ったか!ファッファッファ!」
もうね、、
この不審者の様相はねーw
周りに人がいなくてよかったです~w
その後無事にトロトロに砕かれた日向夏味の美味しいゼリー飲料(←ここ大事w)を満喫できました。
これ、美味しかったのでまた飲みたいです~w
(←全然懲りてないw) -
さてさて小休止もできたことだし
そろそろ動きだしますかね~。 -
ふむふむ
こういう簡略化された地図は位置関係がよくわからないですな~。
ちゃんとした地図に慣れているので逆に理解しづらいです。 -
駐車場の隅のあそこに見えるのは公衆トイレですね。
なかなか立派です。
あとで利用しましょう~w -
次に行くのは長倉です
-
復元された建物ですね
-
現在は売店と食堂が入ってるようです
-
中に入りました。
入り口側は売店になっていて飫肥天を揚げていました。
食堂はその奥のようです。 -
売店奥に食堂がありました。
お昼はここで食べようと心に決めていた私です。
郷土料理 おび天蔵 -
中は意外にこじんまりしていました。
外から見た感じだと中はもっと広いかな~って思っていました。
でも後で調べてみたら2階に広い座敷やテーブル席があるようです。
休日は2階も開放してるのでしょうね。
この後、この店内も混んできて一通り満席近くなりました。
平日でもお客さんはかなり来るようですね。 -
来たー!
おび天定食(松) 1680円 -
飫肥の卵焼きもついてました。
飫肥天はふわふわで少し甘口でした。
飫肥天は豆腐を練り込んでいるのでフワフワ食感なのだとか。
その他のものも郷土料理だそうです。 -
無事に飫肥の郷土料理でお腹は満たすことができました~。
気持ちも満たされたので出発しましょう~。
散歩に出る前にとりあえずトイレw -
さてさて出発準備完了~
ではお散歩の後半戦にGOー! -
写真には映らないように配慮していますが
平日なのに観光客が割と来ています。 -
そういう意味で食堂が混んでいたのも合点がいきますね
-
大手門通りに出ました
-
なんか気になる看板
おび天茶屋 -
あそこかな?
行ってみましょう。 -
なんか静か、、、
閉まっているようです。
週末だけの営業なのかな? -
お城に近づいてきたせいか
どことなくお屋敷のようなお家がありますね。 -
さっき私が入った長倉のお店の入り口とは別に、こちらも入り口があるようです。
2階席はこちらから入るのかも知れません。 -
では飫肥城に向かいましょう
-
緑の多い気持ちの良い道です
-
右手に何かあります
-
小村寿太郎記念館ですね
-
解説
-
では入りましょう
-
入るとすぐに
旧伊東祐正家住宅
がありました。 -
解説
敷地は元は上級武士のあった場所のようです。
建物は藩主の分家のお家のようです。 -
旧伊東祐正家住宅の横の道を行きます
-
横から見ると旧伊東祐正家住宅は少し荒れていますね。
早急に修理が必要な気がします。 -
この施設は国際化に対応できる人材の育成のための施設らしいです
-
国際交流センター小林記念館
簡単に国際交流とはいうものの
ひとたび世界に出ると
一筋縄ではいかないのが国際交流って感じですかねー -
近くで見ると綺麗な建物です。
ちょっと和風旅館も意識してますか?
という感じですねw
いろいろ口コミを読んでいるとどうやら最近リニューアルして綺麗になったようです。
過去の口コミによると暗くて古くて入るのがためらわれると言った意見が多いようでした。 -
「郷土が生んだ」というフレーズは地方に行くと必ず見るフレーズw
-
なかなかキャラが立ってるお顔立ちですね。
ドロンジョ様と行動を共にしてるボヤッキー的な雰囲気がします~w -
館内の案内図
-
入って右手に展示スペースがありました
-
とりあえずそちらには行かずまっすぐ進んでみます
-
小村寿太郎記念館
-
実際の寸法らしいです
-
小柄な方だったようですね。
でも江戸時代の男性の平均身長は157㎝らしいのでこのくらいが普通だったのでしょうね。 -
ヒゲのところに自分の顔の部分を合わせたつもりが、、、
カメラ越しだと全然うまくいかなかったです~。
すっかりズレズレでした~w
でもすでに自前のヒゲがあるから全体的には問題なし~w -
なるほど~
-
ここから入るようです
-
ヒゲがトレードマークなんですね
-
スーパー外交官
でも、本人にはちょっと似てない気が、、、 -
ふむふむ
-
おばあちゃんっ子
-
地方にいても情報通
-
教え甲斐ありすぎる~w
まじですか~? -
次のコーナーに行きましょう
-
寿太郎だって最初はカタコト
私だったら最後までカタコト~w -
海を渡る
-
日本の大損だ!
すごい言われようw -
有名なポーツマス条約
-
ここで映像展示がありました
-
洋服のサイズがとても小さいです。
今の小学生高学年の子供のサイズくらいかな? -
亡くなったのは56歳という若さでしたか、、、
-
関係者
-
関係場所
-
これが通じない国もある
という事を現代の私たちは痛いほど実感しています。
そういう意味で小村寿太郎さんは良い時代に活躍されたとも言えますねー。 -
小村寿太郎さんの展示室を出ました
-
次はこちらの展示を見てみます
-
街の民俗的なものを展示しているようです
-
いろいろ展示されています
-
ここでイベントなどを行うのかな?
-
なるほど
-
なるほど
系統的に展示されているわけでは無いので
どことなく取り止めない印象でした。 -
小村寿太郎記念館を出ました。
目の前に少々くたびれた旧伊東祐正家住宅が嫌でも目に入ってきます。 -
せっかくの観光資源なので目につくところから整備して観光資源の厚みを増しましょう
-
お庭の手入れはとても良いのでもったいない感じです
-
大手門通りに出ました
-
向かい側に
豫章館
がありました。
6館共通券で入館できました。 -
解説
-
ここも植栽のお手入れが行き届いていますね。
気持ち良いです。 -
日南市指定有形文化財だそうです
-
右手の森は飫肥城になります
-
こちらの建物に来る観光客は多くないようです
-
そのためとても静かで良い感じでした
-
元々この場所は江戸時代には伊東家の家臣伊東主水(もんど)(御三家)の屋敷だったらしいです。
広い屋敷地に主屋や御数寄屋・雑舎・蔵を配し、入口には薬医門を構えている飫肥城下では最も格式のある武家屋敷だそうです。 -
その後ここに飫肥第14代藩主伊東祐帰(すけより)が飫肥藩知事に任命されて城内より移り住んだようです。
-
南側には庭園が広がっていました。
武学流の作庭ともいわれているそうです。
武学流は明治30~40年代に隆盛を極めたそうです。
とても綺麗に手入れされているのが印象に残っています。 -
市街地の中でも高台にあるので爽やかな風を感じました
-
縁側でこのお庭を見ながら涼めるのはさぞかし良い気持ちでしょうね
-
お庭に面して気持ちの良い縁側が続いています
-
お庭の隅に上向き地蔵さんがありました
-
飫肥城の森を背景に見るお屋敷はなかなかの風情です
-
豫章館という名前はこの屋敷が建てられた江戸時代の当時邸内にあった樹齢数百年の大楠にちなんで付けられたそうです
-
1983年(昭和58年)に伊東家から日南市へ寄贈されたそうです。
相続対策なんでしょうかねー。 -
勝手口?
-
刈り込みが綺麗です
-
リズミカルな感じですね
-
飫肥城の森に抱かれているような雰囲気もします
-
母屋は南に向けて開かれています
-
気持ちの良い縁側です
-
建物は明治になって飫肥第14代藩主伊東祐帰(すけより)が飫肥藩知事に任命されて城内より移り住んだ時に改修されたようです
-
ちょうど端午の節句の飾りがしてありました
-
こういう建物によく似合います
-
歴史ある城下町にはこういった立派な調度品がたくさんあったのでしょうね
-
こういう縁側は憧れますねー
-
母屋の裏に続く道があったので行ってみます
-
少し高い場所になるようです
-
緑の中の小径がありました
-
竹林を育てているのでしょうか?
-
奥に何かあるようです
-
右手に石仏?
-
謎の丸石?
-
御数奇屋という建物のようです
-
なかなか素敵な室内です
-
離れのような感じなのでしょうか?
-
それとも来客用だったのでしょうか?
-
ここからは酒谷川が眺められました。
植栽を整理すれば眺めの良い場所のような気がします。
やはり来客用だったのでしょうかね? -
建物の周りに色々置かれていますね
-
謎の石の器?
-
では戻りましょう
-
敷地はかなり広いですね。
庭師さんがいたと思いますが整備が大変だったと思います。 -
足元に気をつけながら石段を下ります。
母屋が見えてきました。 -
母屋の裏側を通っていく事にします
-
裏から見てもなかなかの立派さですね
-
それでも派手過ぎないのが日本建築の良いところですね
-
ではここを通って先に参りましょう
-
出口が見えてきました
-
ここはやはりお庭が明るい感じでとても良かったですねー。
-
観光客は全然いませんでした。
空いていたのでのんびりできました。
そこら辺も良かったです。 -
豫章館は穴場でした~。
-
次は飫肥城に行きましょう。
豫章館のすぐ横にありました。 -
ここは意外にたくさんの人が来ていました。
ここで写真を撮る人が結構多いので少し待ちました。
今日は平日なのでそれほど混んでいませんが休日だと順番待ちが長いかもしれませんね。 -
右手には横馬場通りが続いていました
-
正面に見える大手門は1978年(昭和53年)7月に復元されました。
でも外観の資料は無かったので各地の大手門を参考に想像で作ったそうです。 -
右手には横馬場通りに沿って空堀がありました
-
左手にも空堀が伸びていました
-
では入りましょう
-
樹齢100年以上の飫肥杉を4本使ったそうです
-
大手門を入って振り返ってみました。
大手門通りがまっすぐ伸びています。 -
解説
-
大手門を入ると桝形が広がっています。
ここから右へぐるりと見てみます。 -
門から入ったら広い桝形が迎えてくれる空間が良いですねー
-
目の前には
あなたを狙ってますよー的な狭間が取り囲んでいますねー -
この桝形も飫肥城の魅力のひとつですね
-
シラス台地を利用した高さのある桝形です
-
大手門の入り口
-
大手門から続く石垣
-
そして目の前には犬馬場に続く石段
-
後から考えると
この辺りが飫肥城で一番お城らしい雰囲気に浸れる場所のような気がしました -
正面に見える白壁の向こうが本丸になるようです
-
では石段を上がっていきます
-
幅の広い石段ですね
-
斜め奥まで見通せます
-
正面からの防備はそれほど強固な感じはしないかも
-
本丸は一段高い場所になっていますね。
ここで右のほうへぐるりと見てみます。 -
ここから見る本丸の白壁がかなり長くて良い感じ
-
すぐ右を見ると大手門正面の白壁の裏から大手門の入り口を狙っている感じがわかります
-
振り返ると大手門の入り口です
-
大手門からの白壁があそこでこちらに向かって伸びてきています
-
このすぐ横の白壁にも狭間がありますね
-
丸い狭間もありますね
-
ここまでがぐるりと見た感じでした。
-
一段上がると杉林になっています。
ここでも右へぐるりと見てみます。 -
財政が弱かった飫肥藩はせっせと杉を植えたのだそうです
-
それが飫肥の財政を支えた飫肥杉の始まりだったようです。
-
目の前には長大な白壁が続いています
-
なかなか見ごたえのある白壁です
-
一段高くなった白壁の向こうが本丸になるようです
-
こちらに行くと犬馬場
-
あちらが犬馬場
-
さっき来る時に上がって来た石段と大手門
-
さっき上がって来た石段
-
さっき上がって来た石段。
これでぐるりとみた感じです。 -
犬馬場に来ました。
ここでもぐるりと見てみます。 -
犬馬場からは本丸に上がる石段がありました
-
犬馬場の白壁。
白壁の向こうの一段高い場所は本丸。 -
前に見える出っ張った石垣は飫肥城の鐘楼のようです
-
犬馬場は空堀に面していますが空堀よりも一段高くなっています
-
犬馬場は広々としています
-
犬馬場のこちら側から大手門の入り口を防御する感じにもなっています
-
これでぐるりと見てみました
-
ではこの石段を登って行きましょう
-
思ったより高低差があるようです
-
石段は思ったよりも段数がありました、、、
天気が良いので暑いし、、
私はお年寄りだし、、
ちょっとたいへん、、、 -
ようやく着きました
-
本丸御殿を意識したのかな?
-
では入ってみましょう。
暖簾をかき分け入ります。 -
飫肥城歴史資料館
-
厳重な入り口
-
解説
この外観もオリジナルのお城とは関係がないようですね。 -
入り口に来ました。
ドアのガラスが家紋の飾り窓風です。
6館共通券で入りました。 -
撮影は大丈夫そうです
-
反時計回りで見る感じですね
-
では、開け~~ゴマ~~(←古っ!)
-
館内は誰もいませんでした。
左から右に見てみます。 -
目の前はプロジェクショッマッピングが模型に投影されているものがありました
-
そちらが順路ですね
-
甲冑がお出迎えしてくれます
-
最初に目の前にあったプロジェクションマッピングをみましょう
-
おおー!
古地図が投影されました。 -
色々な街の変遷が次々に投影されます。
結果的にはこの展示が一番私の心を鷲掴みにしましたねー。
私はこういうのが大好きみたいです。 -
では時計回りに回りましょう。
初代飫肥藩主の伊藤祐兵着用のものらしいです。
肖像画も伊藤祐兵らしいです。 -
家紋の入った瓦
-
籠
-
豪華な打掛
-
武具
-
武具
昔の人は本当に体が小さかったんですねー -
刀
-
古地図
-
着物
-
街の様子
-
これを見る感じでは街の様子は現在とはあまり変わっていないのかも
-
年表
-
結局は飫肥城の城自体のことは何もわからなかった、、、
せめて明治期の壊される前の飫肥城の古写真でもみられるかと思いましたが、、
飫肥城のおの字もここでは出ていませんでしたね、、、 -
まぁ、無い袖は振れないということなんでしょうねw
-
飫肥城歴史資料館という割には飫肥城のことについて全然わからないままに出ましたw
-
飫肥城歴史資料館を出るとすぐに下から上がってくる石段がありました。
こちらが表の入り口にあたるのでしょうね。 -
少し行くと左に入る道がありました。
松尾の丸という標識がありました。 -
で、行ったみた先に、、、
ゲゲゲ!
すごい上り階段!
今日は暑いし、、
私はご老人だし、、
しかも、、、
もうすぐ入院だし、、、
どうしましょう、、、 -
しばし、思案中、、、
-
この上にはこのような御殿があるのか、、
こういう御殿は本来は本丸にあることが多いのですが、飫肥城の御殿は本丸以外にあったという事なのですかね?
少し珍しいケースのような気がしました。
でも村上城のようなケース(←山上にお城本丸。山麓に居館がある)もあるのでいろいろあるのかも。 -
では、、仕方ないので諦めてこの石段を登りましょう。
初めて来た街ですし、もう来れないかも知れませんしね。 -
無理せず一歩づつ長い長い石段を上がりました。
やっとの思いで長い階段を登りきると目の前に書院造りの御殿がありました。 -
でも松尾の丸にこういう建物が実在していたかどうかはどうかは不明だそうです。
あくまでも想像の産物らしいです。 -
では入りましょう。
6館共通券で入りました。
これで6館分を全て使いきれました~。
ケチンボな私はそれが気になって気になってしょうがなかったんです~w -
玄関の間には家紋の旗と甲冑が飾られていました。
家紋は九曜紋なんですねー。
肥後熊本藩の細川九曜紋とかなーり似てますねー。
飫肥藩と細川藩は仲が良くないかと思ったけどそうでもなかったのかな? -
玄関の間の横には表玄関がありました
-
式台の立派さから格式の高さが偲ばれますね
-
では順路に沿って見学します
-
二ノ間
中に何か展示されていますね。
なんでしょう? -
飫肥藩の川御座船
参勤交代の時に使う船のようです。 -
大阪から伏見までの移動に使われたようです
-
なかなか大掛かりな船です
-
参勤交代なので相当な人数が乗船する必要があったのでしょうね
-
松尾の丸御殿 よくある質問
そもそもだけど、、
松尾の丸に何があったのかはいまだに明快にはわかっていないとの事ですよね。
ましてや、
この様な本丸御殿の様な建物があったとは、素人の私でもなかなか考えにくい気がします。 -
でも建物自体は良い感じです。
-
殿様気分~w
-
ここは自由に入って良いそうです
-
隣の二ノ間が開け放たれているので、この部屋から川御座船の前方を見られるのも嬉しい
-
右手に納戸というか武者隠しの様な扉がありますね
-
ここで撮影するには一人だと自撮りはなかなか難しいですねー。
-
先ほど見えていた扉の裏側に来ました
-
やはり納戸は毎回というわけではないですがたまには武者隠しの役割もあった様です
-
解説
-
賄方
-
畳が敷かれた廊下
位の高い方が利用された廊下でしょうかね -
外に見える風景
-
順路を行きます
-
ずっと畳敷きです
-
明るい部屋に来ました
-
御化粧の間
火灯窓があるのが書院っぽい -
廊下は板の間になりました
-
二ノ間
-
端午の節句の飾りがありました
-
御寝所
-
脱衣室
-
浴室
-
殿様御厠
使用禁止の赤い文字がw
浮かれたお調子者がウケ狙いで用を足すという事でしょうね。 -
ここで突然まさかのトイレクイズ~~w
-
御手洗所
-
トイレに関しては
やたらと説明が詳しすぎるw
でもすごく勉強になったけどねw -
板敷き廊下を行きます
-
広くて明るい和室
-
さらに狭い廊下を行きます
-
長持がある部屋
-
長持の説明
江戸時代の前半は押入れが無かったようですね。 -
長局
-
長持のある部屋
-
水回りの再現にこだわりを感じます
-
こちらは畳敷では無いのですね
-
もちろん使用禁止w
-
板敷で少し狭い廊下を行きます
-
小さな中庭がありました
-
あちらは土塁?
-
和室に来ました。
なにやら掲示されています。 -
飫肥藩成り立ち物語り
-
初代藩主の妻の松寿院がキーパーソンのようです
-
松寿院のルーツ
-
相関図
かえってよくわからなくなりますw -
お風呂拝見
-
中庭越しに見えるアレかな?
-
日当たりの良い廊下を渡っていきます
-
一段高くなってました
-
ここが脱衣場のようです
-
意外に広いです
-
湯上りにゴロリとしたのでしょうかね
-
これがお風呂ですか
-
銭湯の入り口みたいですね
-
中はそれほど広くないのかな?
-
蒸し風呂のようですね
-
これなら数人まとめて参ることが出来たのかもしれません。
江戸時代のサウナーですね。 -
ここで火加減を調整してたのかな?
-
なるほど
-
なかなか面白いものを見た。
次に行こう。 -
流石にこういう本丸御殿の茶室は招待客も多いだろうから普通の茶室よりも広いですね
-
なかなか開放的な茶室です
-
次に行きます。
廊下は畳敷きになってますね。
幅も広くなっています。 -
調理場のようです
-
こういうのは少し前まであったような気がしますね
-
賄方
-
さっき見た船を反対側から見る感じです
-
蘇鉄の解説
-
蘇鉄は沖縄とか奄美大島では食用としてたらしいですね。
でも猛毒があるので処理が大変だったみたいです。 -
館内は一通り拝見しました。
思ったよりも面白かった。 -
外も見学できるそうなので見に行きましょう。
-
ここはさっき通った廊下ですね
-
建物の裏に来ました
-
ここはさっき見た調理場ですね
-
お風呂の建物が見えて来ました。
地面に少し高低差があったのが外から見てようやくわかりました -
ここはさっき見た中庭ですね
-
石段に誘われて上に行きます
-
ここがお風呂の建物だったんですね
-
さらに上がってみる
-
土塁みたいな感じになってますね
-
一面に苔が生えています
-
ここがお風呂の建物だったのか
-
随分高低差があるなぁ
-
土塁の上は苔の緑の絨毯
-
さっきの廊下のところの戻って来ました。
なかなか面白かった。 -
では長い石段を注意しておりましょう
-
大きな木が立ってますね。
トイレもあるようなので小休止しましょう。 -
アクエリアスの自販機があったので水分補給。
-
次は旧本丸跡に行ってみます
-
こちらに行くようです
-
なかなか良い感じの道です。
右手には本丸跡があるのですが、現在そこには小学校があるので撮影禁止だし、中をのぞき見ることも禁止なのです。
城好きとすれば「なんでやねん!どこぞの人民共和国かよ!」って感じですけどね。 -
飫肥城の解説
-
まぁ、見てはいけない物はあえて見る気もしないので旧本丸に向かいます
-
石段の感じは良いですね
-
旧本丸はかなり高い場所にあったようですね
-
小さな桝形虎口のような感じがします
-
屈曲して旧本丸に入る流れですね
-
石垣が緑色
-
苔がビッシリと生えていました。
湿り気のある土地なのでしょうか? -
最後の登りです
-
登り切りました。
ここから右にぐるりと見てみます。 -
旧本丸は杉がビッシリと植えられていました
-
思ったよりも大きな曲輪ではない感じがします
-
植えられた杉の中には太い杉もありました
-
向こうに建物が見えます
-
比較てきコンパクトな本丸だったのかな?
-
シラス台地は比較的頑丈な地番らしいですが地震の揺れには弱かったらしく3回の地震で地割れを起こしたらしいです
-
それでここから下に本丸を移転したようです
-
地盤の修理をするより移転した方が安上がりだったのでしょうね、きっと。
なんといっても飫肥藩はお金持ちの藩でははなさそうですからね。 -
これで一周した感じですね。
次は気になったところに行ってみます。 -
さっき見えていた建物は門のようですね。
-
古い絵図にも載っていた北門ですね
-
北門から見えるこの場所には2つ曲輪が立ち上がっていたそうですが削り取られて跡形もありません。
飫肥城はシラス台地を削って13の立ち上がりのある曲輪と犬馬場があったそうです。 -
かなりの高低差のある曲輪です。
それぞれの曲輪の間にもこれくらいの高低差があったのでしょうね。 -
本丸から北門を通って城の北にあった曲輪に通ったのでしょうね
-
この北門に関してはなぜか全然資料が見当たりませんでした
-
というか飫肥城自体の再建の元資料がほとんど出てこないのでちょっと謎の多いお城です
-
まぁ、ない物は仕方ないのであとは男のロマンで補いますw
-
旧本丸は新本丸に移った後は特にこれといった使われ方はしていなかったようです
-
周囲を囲む土塁だけが往時をしのばせます
-
郷土の名木
-
確かに大きな木です
-
クスノキは環境が合えば巨木になるし長生きもします
-
このクスノキは飫肥城の栄枯盛衰を見てきたのでしょうね
-
旧本丸には一面にすぎが植えられていました
-
直線的に立ち上がる杉。
人の手によって植えられたことをしのばせます。 -
樹齢としてはそれほど古くはない感じの木もそこここに植えられてもいます
-
コンパクトにまとまった本丸でした
-
ここの虎口を見下ろすところにもおそらくは白壁で囲まれた門が存在していたのかもしれません
-
そんな事を想像しつつ旧本丸の石段を降りていくことにします
-
旧本丸はこうしてみるとかなりの高低差があるのがわかります
-
下に降りました。
左手が本丸跡の小学校敷地ですね。
見てはいけないのでみません。 -
右手が旧本丸跡の崖。
かなり高い崖になっているのがわかります。 -
正面に先ほど見学した飫肥城歴史資料館が見えてきました
-
飫肥城歴史資料館の手前に広がる石段を降りていきます
-
かなり広い石段スペースですね。
こちらは正門だったのかな? -
石段を降りてみると白壁で囲まれた枡形虎口風な広場になっていました。
-
大きな杉が角地に植えられています
-
四角の位置で植えられていますね
-
なぜこんな場所に植えたのでしょうか?
-
しあわせ杉
これが答え? -
よくわからないままに城を出ることにします
-
もう一度しあわせ杉を振り返る。
なぜしあわせ杉なのか?
その答えはわからないままだった、、、 -
ま、わからないのは仕方ないです。
そういう意味では飫肥城自体がわからいことだらけの印象でした。
破却以前のお城の資料が無くて、今ある再現された城郭は時代的に近い他のお城からの想像の産物だし、建物の存在すら確認されていない松尾丸に御殿があったりと城好きにとっては微妙な気持ちになるお城でした。 -
それでも往時の雰囲気は楽しめるスケール感は感じましたので来て良かったです
-
シラス台地を削って作られた曲輪のお城というのも珍しいです
-
こちらがお城の正門から続く道になる感じですね
-
正面に犬馬場が見える
-
振り返って登城方面を見てみる
-
お城の向かう雰囲気が伝わる風景です
-
今朝来た犬馬場に続く広場です
-
右手には杉の植林
杉の背後には土塁がありますね -
土塁は曲輪の縁を巡っているようです
-
土塁の解説がありました
-
今朝来た大手門まで戻ってきました
-
飫肥城の本丸あたりの曲輪がしっかりと残っていたのは良かったですね
-
この辺りから見る大手門の風景は良い感じですね。
でも今回訪問して資料館の展示を見ても飫肥城の建物に関する情報はあまり得られなかったのが心残りです。 -
実際問題、この大手門も破却以前のお城の資料ではなくて同年代のお城から推定して作られたものだし、、、
-
破却された時期が明治の頃ならば、商人が多かった飫肥ならカメラを持っていた人も何人かいたように思います。
それで破却前の飫肥城の写真の数点くらいは残っていても良さそうな気がしますがね、、、 -
ま、とにかくお城の跡の雰囲気は楽しめたので良しとしましょう
-
ここから眺める景色はお城時代とはそう変わっていないかもしれないし
そう思うと楽しい飫肥城の見物ではあった -
大手門から真っ直ぐに道は続いていました
-
飫肥城の城下町は石垣があるのが特徴的ですね
-
石積みもちょっと独特な雰囲気がします
-
飫肥城を出て左の道に行ってみます。
飫肥城は左手の森の中にあります。 -
この道の右手には石垣が続いていました
-
なかなか見事な石積みです
-
左手には飫肥城の空堀がありました
-
この辺りは日南市飫肥地区伝統的建造物群保存地区に指定されています
-
来た道を振り返ってみた感じ。
右手の森が飫肥城になります。 -
こちらに向かってお散歩していきます。
-
日南市飫肥地区伝統的建造物群保存地区のある横馬場通りを行きます
-
石垣が街並みを特徴づけています。
この横馬場通りは武家屋敷が並んでいたそうです。 -
左手に見学できる所がありました
-
小林寿太郎生家
-
古いのか新しいのか判別がつかない建物です
-
縁側から中は少しみられましたが普通の民家のようでもあります
-
玄関?
-
勝手口?
-
特に解説などもないのでちょっと困ってしまいます
-
元々はここにはなかったようですね。
今朝見てきた小村寿太郎生誕地碑のあった所に建っていたのでしょうか? -
なんとなくよくわからない展示でした、、、
ま、それはおいといて、先に行きます。
石垣が綺麗な通りですね。 -
この日南市飫肥地区伝統的建造物群保存地区のある横馬場通りは私がイメージしていたような通りではありませんでした。
私がここに来る前は飛騨高山のような古い建物が建ち並んでいる通りなのかなーなんて思っていました。 -
ここはどちらかというと地割が江戸時代そのままという部分が評価されているようです
-
小京都という風に宣伝されていましたが、、
実際に来てみるとちょっと違うかもなーという印象でした。
でも趣ある街並みな事には変わりはありませんがね。 -
こういうところに歴史あり
-
高い建物が無いので歩いていて気持ちの良い通りです
-
江戸時代の頃もこのあたりはこんな雰囲気だったのかもしれませんね
-
ここで終わりのようです
-
横馬場の銘板
-
曲がるとすぐに旧伊東伝左衛門家がありましたが
入り口あたりで大勢の職人さんが休んでいたので、一斉にこちらをガン見されちゃいましたw
それで入らずに逃げてしまいましたーw -
この建物は貸し宿泊施設として利用されているようでした
-
中を見られないのなら諦めましょう
-
さっさと次に行きましょう
-
緩やかに坂を下っていきます
-
こうしてみるとお城や武家屋敷のあるあたりは高い場所だったのですね
-
坂を下りきりました。
大きな通りの交差点の角に目をひく建物がありました。 -
なかなか良い感じです。
こじんまりしていますが目をひく建物です。 -
調べてみたら旧第百四十七銀行 飫肥支店 の建物だったらしいです。
昭和初期に建てられたようです。 -
それ以前にも大正時代に同じ場所にこの建物では無いようですが旧鹿児島銀行飫肥支店が建っていたようです
-
入り口上の窓あたりがキュートです。
でもアルミの引き違い扉がとてもチープw -
日南市飫肥地区伝統的建造物群保存地区の解説
-
交番が古民家風でした
-
歩いていたらとても目をひく建物がありました
-
これはかなり良いですね。
切り口によってはある意味街のシンボル的な存在にもなりえそうですね。
ちょっとベイツモーテルを思わせるような雰囲気もあります。 -
解体するんですか、、、
-
んーー、、、
これはかなりな観光資源になる気がしますが、、、
どうでしょう、、、 -
解体修理をして再築される事を願います
-
側面から見た感じ。
ストリートビューで見たときはここには大きな日本家屋が建っていましたが現在は更地になっていました。
なんとも勿体無いですなぁ、、 -
本町通りに出ました
-
本町通りは東にまいりましょう
-
稲荷下橋に来ました
-
酒谷川を渡ります
-
酒谷川はこの時間に見ても変わった色をしています
-
なぜこのような色をしてるのでしょうか?
そんな事には御構い無しに酒谷川は水量豊かに滔々と流れています。 -
道の向こうに今朝見えていた岩崎稲荷神社の鳥居が言えています
-
よく見たら鳥居に十曜紋が付いていますね。
これって伊東家の紋なの?
さっき松尾丸で見たのは九曜紋だったような気がしたけど? -
飫肥駅に近づきました
-
飫肥駅に到着
-
お城風の建物ですね
-
朝見た踊りの像です
-
飫肥駅をバックに元気に踊っています
-
この像は午後に見た方が光線の具合が良いですね
-
飫肥駅前にはタクシーが数台客待ちをしていました
-
飫肥駅に入ります
-
PASMOが使えない区間なので切符を購入します。
-
JR日南線 宮崎行
飫肥駅発 16時27分 → 宮崎駅着 17時49分
運賃 950円 -
下校時間なのか高校生が待合室でイキってましたw
-
そろそろ電車が来る時間なのでホームに参りましょう
-
志布志方面のあちらから電車は来るはずです
-
駅舎を振り返ってみた
-
看板も朝見た印象とは違って見えます
-
列車が来ました
-
遠くから近づいてきます
-
列車がホームに近づくこの瞬間がワクワクドキドキする。
このトキメキが乗り鉄の醍醐味です -
いよいよ列車が到着です
-
列車が到着しました
-
ゴトンゴトンと目の前を通っていきます
-
ゴトンゴトン
-
ゆっくり停車します
-
到着です。
-
JR日南線 宮崎行
飫肥駅発 16時27分 → 宮崎駅着 17時49分
運賃 950円 -
車内は空いていましたがそれほどはガラガラではありませんでした。
-
飫肥駅を出た列車はすぐに大きな川に沿って走ります
-
広渡川という川のようです
-
この川はもう少し下流で飫肥の街を流れていた酒谷川と合流して日向灘に捧ぐようです
-
谷之城トンネルを通過中
-
長いトンネルを抜けると、
そこは青い海。 -
良い眺めです
-
見える海は南国の海の色です
-
沖縄とはまた違った南国の海の色
-
少しだけ暮れなずんだ色の海
-
いい時間にこの海の色を見られてラッキーです
-
日南海岸は光溢れるイメージ通りですね
-
日南海岸という名にふさわしい明るい光の溢れる海の色です
-
こうして綺麗な海を見ているとぼーっとしてしまう
-
普段から何も考えない頭がさらに思考停止w
-
良いものを見ることができました
-
続きまして鬼の洗濯岩!
-
なぜか急にピンボケw
もう、、知らないっ! -
この駅で大量の人が乗り込んできて一気に車内がギュウギュウに、、、
この駅の近くに何かあるのかな? -
ギュウギュウ詰めの車内。
今列車は大淀川を渡ります。 -
この時間のこの混雑は東京でも無い感じのギュウギュウ車内です。
-
ようやく宮崎に到着。
ドッと人が車内から吐き出されます。
折り返し運転なのか大量の人が乗り込んでいました。
JR日南線 宮崎行
飫肥駅発 16時27分 → 宮崎駅着 17時49分
運賃 950円 -
宮崎駅は帰宅の通勤時刻なのか賑わっています
-
実は帰りに寄りたいところがありました
-
私が寄りたかったのは駅弁屋さんです
宮崎駅弁当 -
ここの椎茸めし弁当が欲しかったのです。
-
大昔から数回購入していました。
現在でも売っていて嬉しいです。
大正時代からあるんですね。
確かにさっぱり目の飽きない味のお弁当だと思います。
甘辛い椎茸の旨煮がアクセントになった私のための駅弁という感じです。 -
ちょうどバスが来ていたのでバスに乗って街中に向かいます
-
ちゃっかり乗車w
-
山形屋の前でバスを降りました
-
ドンキホーテがお出迎え
-
ホテルに到着
-
部屋に戻るとお掃除してくれていました。
畳まれた布団が休まる~。
こういうゆる~い感じの和室の部屋は大好きなので今回はラッキーです。 -
ではでは早速ですがー
待ちきれないのでーw -
宮崎駅で購入したお楽しみー
大昔からある駅弁です。
私自身も大昔宮崎に来た時に何度も食べたことがあります。
椎茸めし -
ワクワク
-
キター!
これこれ!
変わってない~~。
椎茸の旨煮好きな私にはたまりません~。
しばらくぶりに食べましたがさっぱりした味付けでやっぱり美味しかったです。
椎茸めし 美味しー。 -
その後、ホテルの大浴場で汗を流し軽くお昼寝。
夜に起き出して昨夜行ったスナックに再度行きました~w
(←よほど楽しかったらしいw)
お店の人も喜んでくれましたが、昨日来ていたお客さんもかなりの人が来て歓待してくれました。
さながら沖縄でいうところの「イチャリバチョーデー」状態でしたーw
昨日私が帰った後でお店の中で私の命名ランキングで盛り上がったがらしいですw
「カーネルさん」
「ケンタッキーおじさん」
「サンタさん」
「安西先生」
「雪だるま」
などなど予想通りのラインナップでしたがーw
結局カーネルさんで落ち着いたようですw
この日もおいしい食べ物がいっぱい出されたので食事してこなくて良かったよ~。
日本一のスナック激戦区の宮崎の夜は楽しかったです~w
そうして宮崎の夜は楽しく更けてゆくのでした~w
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
日南(宮崎) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
872