2024/04/09 - 2024/04/09
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hijunoさん
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古代メキシコ、、とてもミステリアスな世界でした。不思議な世界にさまよった感じでした。
紀元前15世紀から紀元後16世紀のころまで、スペインに侵攻されるまで栄えた文明、古代のメキシコ文明。
展示されていたのは主に「マヤ」「アステカ」「テオティワカン」など約140点の遺物でした。
自然の環境も厳しい中で、独自の神や自然への崇敬をもとに、独特の文化が発展していった様子がよくわかりました。
その後、この国立国際美術館から川べりを歩いて、大阪市中之島中央公会堂まで歩きましたが、途中、いろんな史蹟があって面白かったです。
適塾も目的だったのですが、HPをちゃんと読んでいなかったので、当日は休館ということを知らず。^^;
40年ほど前、学生時代にも一度見学に来たことがあります。そのころは、古い家屋だったように感じましたが、
周囲をみても、すっかり整備されて、綺麗な建物になっていました。
次回、内部見学のリベンジをはかります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 自家用車 徒歩
-
いきなりですけれど、
マンホールの観察、好きです。
先日、テレビ番組でもしてましたが、外国からの観光客の方々にも、日本のマンホールの蓋が人気だそうです。
ご当地のものがあって、いろんな種類、面白いです。 -
そして、今回の目的のひとつ、国立国際美術館へ。
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不思議な建物が見えてくる。。
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前の歩道には桜が散りかけていました。
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でもまだまだ、華やかな樹もあります。
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竹をイメージした建物らしいです。
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イチオシ
とりあえず、中に入ってみます。
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イチオシ
中の雰囲気。
竹、、というのがわかります。
静かに、でも、エネルギッシュですね~。 -
全体の建物の様子。
ユニーク。 -
エレベーターで、地下へ。
美術館で、展示室が地下というのは珍しいそうです。 -
メキシコ~いってみたいなぁ~
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マヤ文明。
今も鮮やかだというマヤブルーの青色。 -
アステカ文明の火鉢。
トウモロコシを持ち、装飾豊か。 -
夜空をテーマにした石版。
生贄や戦争で亡くなった兵士たちの魂が太陽とともに天球上を旅する、、、と説明にあります。 -
メキシコの中央高原に、紀元前100~紀元後550くらいまで栄えた文明、テオティワカン文明。
謎の多い文明のようですが、人々も多く住み、とても栄えた都市をが造られたようです。 -
死のディスク。
太陽が沈む→西→死 を意味するのだそうです。 -
高さ64mの、テオティワカン最大の建物、太陽のピラミッド。
王の墓でもあり、また神殿もつくられたようです。 -
埋葬墓からの出土品など。
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モザイクの像。
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サポテカ文明の人形型の骨壺。
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華美な装飾の香炉。
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マスク。
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1世紀ころのマヤ文明。
祭祀や王の権威を中心とした文明。
美しい画。 -
夜空を描いたもの。
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こちらも当時の様子がわかる像。
右は捕虜か、シャーマン、右は貴婦人、真ん中は闘士か戦士ではないかといわれています。 -
捕虜を描いたとされる石彫り。
マヤ文明、好戦的だったようです。 -
歴代の王が書かれた碑文です。
文字の発達、高度な文化ですよね~。 -
パカル王の頭部像。
やはりここでも、とうもろこし。 -
パレンケはマヤ文明が発達した都市の名前で、そこで統治していたパカル王の時代は栄えた時代。
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この香炉も素晴らしいです。
マヤブルーが今も鮮明に。 -
パカル王の王妃といわれている、赤の女王。
マスクなど。
赤い色は魔除けの色、、とも聞いたことがありますが。 -
マヤ北部の文明、、、ピラミッドも形がいろいろなんですねぇ~。
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豪華な装飾品。
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これは、テオティワカンの遺物であるマスクを掘りだし、
耳飾りをつけたもの。
過去の遺物には特別の力が宿っていると信じられていたようです。 -
アステカ文明。
鷲の戦士の像。 -
足の鋭い、鷲の爪。
不思議な像です。 -
宗教的なもの、儀式的なものが多いです。
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金の豪華な飾り。
不思議な世界へ迷いこんだような気持になって、鑑賞終了。 -
出たところにはおみやげ物。
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美術館、、あまり行かないんですけれど、やはり、日常から離れる気持ちになって、いいですねぇ~。
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再度、館内の竹をイメージした力強い雰囲気を感じて、
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残り少なくなった桜を観つつ、
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筑前橋を渡ります。
適塾を目指しますが、土佐堀川のほとりを歩いていると、様々な史蹟に出会います。
橋もいくつもあって、それぞれに歴史があって、それぞれが美しいです。 -
イチオシ
山内ビルがありました。
スパニッシュ風の褐色のタイル。
1930年に建てられたもの。 -
登録有形文化財。
法律事務所として建設された建物。
装飾も窓の形、アーチも素敵でした。 -
ひご橋があります。
このあたりに肥後藩の蔵屋敷があったことから橋の名前になっています。 -
橋のあたりから見た風景。
このあたり、沢山の橋がかかっています。
しかも、美しく、歴史的。 -
河は土佐堀川。
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堂々とした大きな建物が見えてきました。
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三井住友銀行大阪本店です。
色合いがとても高貴なふんいき。 -
イチオシ
1926年、1930年と工事を経て完成。
優雅ですけど、どっしりとした建物。 -
イチオシ
エントランスも素敵です。
雨樋も凝ってました。細部にわたって行き届いたデザインです。
本来はもっと高さのある建物の予定でしたが、関東大震災の悲惨さを観て
5階建てになったそうです。 -
町名の大川町は変わっていないのですね~大きな河、土佐堀川や堂島川が流れている町。
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河の有る風景。
河の向こう、大阪市役所の本庁や日本銀行大阪支店が見えます。 -
イチオシ
淀屋橋も見えます。河も街並みも調和している~。
この風景が大好きです。 -
静か。
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林市蔵の像が見えてきました。
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林市蔵は、民生委員の父と呼ばれる人物です。
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大阪府知事だった林市蔵によって、1918年に方面制度が創設されます。
救貧の目的で、地域を訪問して、困窮している人々を救済機関につなぐという活動、現在の民生委員の先駆けです。 -
林市蔵も早くに父親を亡くし、母親が苦労して育ててきました。
あるとき、散髪屋の鏡に映った、新聞を売る親子をみて、自分の経験とも重なり、救貧の必要性を感じたといわれています。 -
土佐堀川のほとりに像があります。
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熊本出身です。
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そして、少し先に、淀屋の碑がありました。
お米を船に運ぶ様子のレリーフです。
淀屋橋の名前は淀屋から。
初代の淀屋常安の名前の常安橋もあります。
淀屋は豪商で、米市を創設、他にも広く事業を拡げ、莫大な財産を築きましたが、幕府から闕所とよばれる、財産の没収と追放という重い処分を受けることになります。
一節によると、藩士たちに多額の貸付を行い、返済できない人が増えてきたため、処分したのでは、、、とのことでした。
真相はどうでしょう~。 -
淀屋橋。
淀屋からつけられた名前です。 -
土佐堀川。
河は大きく、ゆったりと流れています。 -
橋は昭和10年に完成したもの。
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イチオシ
周りの雰囲気を壊さない、調和のとれた橋。
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イチオシ
優雅なつくり。
夜はライトがつくのだろうか、、、 -
イチオシ
この付近には、多くの橋があって、どれも景観が優れたものばかりでした。
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いろんな記事を読みましたら、一日に人は7万人、車は6万台通のだそうです。
すごい交通量。
にぎやかな橋のはずですが、静かにどっしりとしています。 -
橋をわたって、そのたもとには、「陽だまりにあそぶ」の母子像。
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優しく、のびやかな雰囲気の像でした。
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そして、すぐ近くに、駅逓司大阪郵便役所跡の石碑。
1871年に郵便制度ができますが、ここは、現在の中央郵便局にあたるもの。
ここは、もともと島原藩の蔵屋敷があったところ。
東京まで郵便が届くのに75時間もかかったそうです。
今では考えられない時間です、メールもラインも電話もない時代。
それでも、画期的だったはず。 -
郵便は世界を結ぶ、、ポストがあります。
たしかに、、
最近はメールやライン、電話を簡単に使ってますが、子供のころや学生時代はよく手紙を書いていたなぁ~。 -
お隣は日本銀行大阪支店。
ここからは見えませんが、屋根にはドームがあります。
1903年 明治36年に建てれられたもの。
設計は辰野金吾。
ベルギー国立銀行などを参考に造られたようです。 -
橋の欄干の修復について。青銅製のものがつけられています。
淀屋橋も大江橋も美しい橋です。 -
御堂筋を隔てて、大阪市の庁舎があります。
ミャクミャク(マスコットキャラクター)がちらり。 -
大阪市中央公会堂へもこちらからでも行けます。
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ここを散歩するのも気持ちよさそう。
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イチオシ
もう一度淀屋橋を渡って、もどります。
川べりの様子、良い風景です~。 -
かつては、この大きな河が経済を支えてきたのですね~。
このあたり、藩の蔵屋敷も多くあった場所です。 -
適塾へ向かいます。
不思議なアーチ。さびていたけれど、こういうデザインなのかな。 -
周りはビル群。
適塾に初めて見学に来たのは、40年以上も前。
ほとんど記憶にないのですが、歴史好きなクラスメートたちと。 -
適塾の説明板がありました。
福沢諭吉もここの塾生でした。 -
入口、右、ここはちょっとした公園みたいになってました。
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緒方洪庵の像が見えました。
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緒方洪庵。
適塾の創設者です。
幕末の蘭学者の緒方洪庵の門下生には、福沢諭吉、大村益次郎、大鳥圭介など。
1938年に開塾しています。 -
建物左横の庭。
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入口あたり。
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建物正面。
こんなに小さかったかな、、、と意外。
かすかな記憶だと、もっと大きかったような、、、 -
説明板がありました。
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なんと、この日は休館になってました。
中の見学はできませんでした。
ちゃんとHPで確認しないといけません、、、泣 -
外から建物をまじまじと見つつ、次回の見学にリベンジをします。
散歩は続きます。
最後までお読みいただいて、ありがとうございます。^^
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この旅行記へのコメント (2)
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- sukecoさん 2024/04/21 12:03:28
- マヤブルー♪
- Reiseさん、こんにちは!
古代メキシコ文明、興味あります~。
ほんと、ミステリアスなことが多すぎて、より神秘的なものになっています(私の中では・笑)。
マヤブルー、落ち着いたブルーで綺麗ですね♪。
あんなに鮮明な色で見られるなんて、しっかり保存されているのですね。
アステカ文明の火鉢の写真を拝見して、ピースしている!と思ってしまった私。
平和を願ってなんて一瞬思っちゃいましたが、トウモロコシを持っていたのですねー(笑)。
豊作を願ってですかね。。。
林市蔵の像を見て、熊本で銅像を見た記憶が蘇りました。
民生委員の父ですよねー。
その時初めて知りました。。。
困窮している人々を救済機関につなぐという活動をした、立派な方ですね。
sukeco
- hijunoさん からの返信 2024/04/22 04:56:25
- いつもお便りをありがとうございます。
- sucekoさん
いつも旅行記も丁寧に読んでいただいて、ありがとうございます。^^
そうなんです。
おっしゃるとおり、マヤブルーって、あんなに鮮明に残っているとは思いませんでした。
不思議ですね〜。発掘されても、色があまり変わらなかったのでしょうか。
私もピースだと思いましたよ、あの像。笑
他にもトウモロコシを使った像があって、あの当時、貴重な食料であり、やはり
日本のお米のように、神に感謝して、祈りを捧げる対象でもあったのでしょうか。
古代メキシコ展、、とてもミステリアスな世界でした。
写真でピラミッドもみましたけれど、壮大です。
厳しい自然のなかでも、独自の文化や文明が発達してきたことがわかりました。
林市蔵、、そうそう、そうなんですね、熊本に銅像があるとか、知りました。
ご覧になったのですね〜。
母親の苦労を見て育ち、そのことが生涯忘れられなかったのだとおもいます。
母親思いの人だったのでしょう。
当時、米騒動も起こって、経済も厳しい時代で、弱い人々を救うために新しい制度ができていくのは、、根底にこんな思いや経験があってのことなんだ、、と
考えました。
机上の理想ではない、、、と。
このあたり、散歩が楽しいところです。
適塾や大阪市中央公会堂もあって、見どころもいっぱいです。
橋も景観を壊さないように造られたものが多くて、川べりを歩くのも楽しかったです。^^
Reise
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