2024/02/27 - 2024/03/05
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ハイペリオンさん
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東南アジアへ行くのはおそらく十年ぶり
ではないかと思う。
タイ南部の街、ラノーンまで行き、そこ
からミャンマーのコタウン(コートーン)
まで渡ったのが最後だった。結局これは
旅行記としてアップしなかった。
それ以降は台湾行きを繰り返し、そして
コロナ禍となり、海外旅行はできず、パ
スポートも期限切れ。異国は遠くになり
にけり状態となった。
しかし、コロナ禍は明け、仕事もやめて
ブラブラしているので、1~2週間くら
いなら海外に出ることも遠慮なくできる
ようになった。
そこで選んだのはフィリピン。別にお目
当てがあるわけではないのだが、気楽に
旅行ができそうなので行くことにした。
80年代はスケベ親父が大挙して女を漁り
に行き、今は犯罪者の潜伏先として名を
馳せてしまい、マイナスイメージが強い
国だが、行ってみると男には楽しい場所
だった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 1.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
出発は関空である。
昨年こっちに戻り、住む場所も空港に近
い場所にした。 -
エアアジアのチェックインカウンターは
すでに大勢の行列ができていた。着いた
のが出発2時間前だから仕方ないか。
チェックインには30分近くかかった。
さらに預け入れの手続きをしていなかっ
たので、カウンターで4000円の支払い。
今度はGlobal Wi-Fiのカウンターを探す。
カウンターはDとEの間にあった。
台湾人と思しき女の子が流ちょうな大阪弁
で何も知らない初レンタルWi-Fiのぼくに
もわかるように丁寧に説明してくれた。 -
エアアジアは食事は有料なので、コンビ
ニでパンを買って持ち込むことにしたの
だが、そのパンを預け入れ荷物に入れて
しまうというマヌケぶり。多分フィリピ
ンに着いて開けたら、べゃんこになって
中身がはみ出して、目も当てられない惨
状を呈しているんだろうな。
飛行時間は4時間。機内はほぼ満席。
隣は太目のフィリピン女性。後ろの若者
が窓際の初老の客に「日本人ですか?」
と話しかけていた。卒業旅行で、男女の
仲までセブ島へ行くらしい。
チェックインの行列で互いに写真を取り
合ってはしゃいでいたあの集団の一人の
ようだ。いいなあ、男女8人セブ物語か。 -
飛行機は定刻通りにニノイアキノ空港に到着。
イミグレーションも混雑しておらず、数
分で順番が来た。
パスポートをパラパラめくり、はんこを
押す段階で「eTravelは?」と聞いてきた。
「なんですかそれ? スマホ持ってない
んで」とごまかそうとしたが、許しても
らえず、「登録してください」と言われた。
どうやら、eTravelとかいうのに登録し
ておかないと入国できないらしい。
確かにイミグレの手前で、多くの人がス
マホ
と格闘しているが、皆eTravelの登録を
していたのだ。
ぼくが持ってきた『地球の歩き方』は
数年前の版のもので、当然そんなこと
は書かれていなかった。
そういえばエアアジアからのメールに
はeTravelのことが書かれていたよう
な気がしたが、英語だったので無視し
ていた。
登録しないと入国させてくれないので、
ぼくも白人さんたちと一緒にeTravelの
ページを出して質問に答えて行った。
しかし、なかなかうまく行かない。
近くの白人さんに「どう、うまいこと
行ってる?」と尋ねると「いやあ、職
業のところで先に行かない」などと言
っている。
周囲には空港スタッフがいて、彼らに
尋ねると親切に教えてくれた。彼らは
登録のサポート要因としてそこにいた
ようで、英語ができなさそうな日本人
高齢者にも手取り足取り教えていた。
スマホと数分格闘して何とか登録終了。
まあスマホを持っていたからいいよう
なものの、ガラケーの人、持っていな
い人はどうするんだろう。
入国審査は僕が最後だった。
荷物受け取り所に降りて行くと、ぼく
のバックパックだけがぽつんと置かれ
ていた。 -
1万円分だけを両替して、外に出た。
既に18時を過ぎ、周囲は暗くなっていた。
さてここからが難関の市内への第3ターミナ
ルからマニラ市内のLRT(高架鉄道)への
バスが出ているようなのだが、探すのもめん
どくさいので、多くの旅行者のいう「市内へ
の交通機関はGrab一択」という言葉を信じて、
Grabのカウンターで車を呼んでもらうことに
した。
車のナンバーを書いた用紙を渡され、運賃は
450ペソと言われた。行き先はマニラ湾に近
いマラテ地区のホテルである。Grabは変な
ぼったくりをしないだろうから、約1300円
というのはどうかなと思ったが、納得する
ことにした。
数分で指定された車がやって来た。きれい
な黒のRV車だった。
運転手は話好きな男で「フィリピンは初め
てか?」
「どこへ行くんだ?」「年はいくつだ?」
「なんで結婚しないんだ?」。いろいろ聞
いてきたが全部答えた。 -
けっこう渋滞もあったりしたが、レッドプ
ラネットマビニマラテに着いた。
レッドプラネットホテルズは東南アジアを
中心に展開しているホテルチェーンで、確
かタイが拠点だったと思う。最近は日本各
地にも進出している。
Booking.comで予約した。 -
部屋に入ったとたん、きついナフタリンの
臭いが鼻をついた。消毒でもしたのか。
それ以外は普通のきれいな客室である。 -
外に出てウロウロしたが、特に何もない。
歓楽街ということで、バンコクのナナプラ
ザ周辺を想像したが、カラオケクラブの前
に女が数人たむろしているくらいで、いた
っておとなしい。
1階の蘇州点心という中華料理屋に入った。 -
鶏のから揚げとサンミゲルライトを注文。
-
〆にワンタン麺を頼んだ。
出汁に塩をあまり使っていないのかひどく
味気ない。
勘定を見て目玉が飛び出そうになった。
500ペソ!?
合計1500円か。日本の中華料理屋より
高い。
これがフィリピンの物価水準なのか。
これからが大変だ。 -
朝起きてマニラ湾の日の出を見ようと思っ
たが、すでに日は上っていた。
マニラ湾は静かで、予想より涼しかった。
地元の人たちが遊歩道をジョギングをし
たり、散歩をしていた。 -
のらねこも結構いる。
鼻先に黒い模様がある面白い猫がいた。
向こうから寄って来て、体をさわっても逃げ
たりしなかった。 -
このねこも全く逃げようとしない。
そして、みんな耳の先端を切られていた。
犬猫に対していい加減な扱いをしてそう
なイメージがあるが、案外ちゃんとして
いる。 -
K-POPを聴きながら踊るおばちゃんたち。
-
公園ではエアロビクスに興じるおばちゃん
たちがいた。エアロビクスなんてほとんど
死語だが。
みんなピンクを身にまとって気合が入って
いる。 -
午前7時だとまだこの辺は眠っている感じ。
ジプニーだけが乾いた音と排気ガスをまき
散らして疾走していく。 -
どうなってんだ、この電線。
どことどこがつながってんのか、わからん
やないか。いい加減な国だなあ。 -
ホテル1階のセブンイレブンでパンとカフェ
オレで朝食。
昨夜入った向かいの点心屋では高齢男と若い
派手な女が並んで座って朝食を待っていた。
ゆうべホテルの部屋で何回戦か交えたんだな。 -
マニラは特に見に行くところもないようだが、
とりあえず、スペイン植民地時代を中心に造
られた教会を見に行くことにする。
ホテル前のマビニ通りをひたすら真っすぐ歩
けば、中華街まで名の知れた教会を見ること
ができるようだ。
ということで、ホテルを出て北島方面へ歩く
ことにする。
アジアの歓楽街はどこも韓国人が大勢いるの
で、韓国人客を当て込んだ韓国料理の店が多い。
これはサムギョプサル店。 -
しかし、そのまま行くとやがて中東系の店
が増えてきた。
ここはシーシャの店(水たばこ)屋である。 -
まあ日陰の石の上は冷たくて気持ちいいか
らね。 -
真っすぐ行けばマニラ大聖堂へ着くと思っ
ていたが、国立図書館に遮られてしまった。 -
図書館を右へぐるりと回ると、リサール
公園という大きな公園になっていた。 -
リサールとはホセ・リサールという人物の
ことで、19世紀にスペインからの独立を目
指して戦い、最後は処刑されたフィリピン
の国民的英雄である。
東京の日比谷公園にも彼の胸像がある。 -
公園の中にはなぜか唐突に日本庭園があ
った。 -
特に間違ってはいないが、なぜか違和感
を覚える鳥居。 -
その先には池があって橋が架かっていて
日本庭園のような感じになっていた。 -
親猫が仔ねこを街灯の下の空いたところ
に隠そうとしている。 -
公園を出てパドレブルゴス通りを渡り、
ヘネラルルナ通りに入る。
この辺りから城郭に囲まれた地区とな
り、イントラロムスと呼ばれている。 -
さっきいたリサール公園とパシッグ川の
間が城壁に囲まれたスペイン植民地時代
の中心部で、この中に市庁舎や教会、修
道院が建てられた。 -
城郭はかなり分厚く、砲弾が一発命中して
も崩壊しないような堅牢さだった。
太平洋戦争の日米によるマニラ決戦では10
万人の市民が命を落とし、建物も破壊され
たが、戦後いくつか修復された。 -
城砦に囲まれた内部はご覧の通り、まるで
スペインのとある街のよう。
石畳とコロニアル風の建物が続いている。 -
最初に見えてきたのはサンアグスティン
教会。博物館を併設している。
大勢の子どもたちが社会見学に来ていた。 -
ファサードの聖人像。
-
内部を見たかったが、掃除中なのか水を
撒いており、入ることができなかった。
サンアグスティン教会を後に、マニラ大
聖堂を目指す。 -
昼過ぎでいいかげん腹が減ったので昼めし
にする。
女の子二人が呼び込みをしていたレストラ
ンに入った。
ちょっと高そうだけど大丈夫だろうか。 -
ランチメニューを頼んだら、アイスティー
とともに、スープが出てきた。 -
メインは鶏肉のソテーにソースをかけたもの
とめし。うまい。
値段がなんと100ペソ(約300円)ちょっと。
料理のレベルから考えると安すぎる。 -
やっとマニラ大聖堂が見えてきた。
-
重厚感のある造りはさすが中世スペ
インの建築物という感じ。 -
何重にもアーチが施された入り口。
第二次世界大戦で破壊されたものの、
アジア各国の募金により、ネオロマ
ネスク様式の教会として再建された。 -
内部も見事。さすが世界遺産である。
-
タガログ語の説教が行なわれており、
信者たちは神妙な顔で聴いていた。 -
肌を存分に露出してそれを見ている白
人観光客。
南国のここでは誰も注意しないようだ。 -
説教が終わり、パイプオルガンの演奏と
共にタガログ語の讃美歌が歌われた。
ここのパイプオルガンはアジア最大級だ
そうだ。 -
讃美歌が流れ終わっても、女の子はずっ
と祈り続けていた。 -
正面のマリア様。
-
アジアの教会とは思えない出来栄えの聖
像が並んでいた。 -
マニラの喧騒の中にあるとは思えない静
かで厳粛な空間であった。 -
やっぱりガチのカトリック教国の聖堂っ
てすごいもんだなと改めて感じた。 -
城郭街を後にして、チャイナタウンを
目指す。 -
パシッグ川にかかる橋を渡ればチャイ
ナタウンである。 -
橋を渡ると「中国城」とかかれて門が
あった。
「城」は街のことだろう。 -
中華街特有の人のざわめきが聞こえて来
そうな空気が伝わってくる。 -
中国城門の先に菲中友誼門というのが
現れた。
「菲」はフィリピンのことだろう。 -
春節の時期だったので、このような垂れ
幕が連なっていた。 -
世界最古のチャイナタウンとはいうも
のの、他国のそれのように飲食店だら
けということもなく、漢字看板が目立
つ程度だった。
現在は、華人が一か所に固まって住ん
でいるということはないようだ。 -
かつてはマニラの金融、ビジネスの中心
地だったようだが、現在はマカティ地区
に移っており、日用生活品の店が目立つ
街になっている。 -
チャイナタウンのメインストリートを
歩いて行くと、 -
ビノンド教会があった。
-
色遣いにセンスを感じる。
-
宗教施設に入る瞬間はやはり厳粛な気
分になる。 -
ここにも熱心にお祈りする人たちがいた。
-
天井に描かれたイエスキリストの物語。
-
正面の祭壇。
立像はキリストではなかった。 -
聖人像たち。
-
涙を流すマリア像。
-
十字架を背負い、ゴルゴダの丘へ向かう
イエスキリスト。
赤い衣を着てずいぶん勇ましい感じにな
っている。
このキリスト像はブラックナザレという
お祭りで、大衆が引っ張る像ではないのか?
キアポ教会にあるはずだが、なぜここに
あるんだ?
赤い衣装が中華的な感じ。 -
元々中国人が多く住んでいたこの場所に
建てたため、中国人と中国大陸への布教
目的としていた。 -
ビノンド教会はロレンソ・ルイスという
人物によってその名を知られているとい
ってよい。
ロレンソ・ルイスは中国人の父とフィリ
ピン人の母の間に生まれ、やがてビノン
ド教会でドミニコ会の修道士から教育を
受けた。
大人になって妻帯し、子供をもうけたが、
ある時、スペイン人殺害の濡れ衣を着せ
られた。
ロレンソ・ルイスは、当時治外法権エリ
アであった聖職者が乗る船に逃げ込み、
数人のラテン人聖職者や日本人らととも
に琉球へ向かう船上の人となった。 -
当時の日本は江戸幕府で、キリスト教に対
しては残酷な弾圧が行なわれていた。
ロレンソ・ルイス一行は琉球で捕らえられ、
長崎へ送られ、長崎奉行において棄教を迫
る残酷な拷問が行われた。
ルイス・ロレンソは最後までキリスト教を
放棄せず、42歳で亡くなった。
ルイス・ロレンソは他の殉教したドミニコ
会修道士とともに1981年にマニラで列福
され、1987年には「日本の16殉教者」と
してフィリピン人初の聖人となった。 -
最後の教会訪問はすぐ近くにあるキアポ
教会。
現在修復中の上、こんがらがった電線が
邪魔でまともに写真が撮れない。 -
創建は1582年。最初は竹とニッパヤシ
で造られたものだったようだが、地震
や災害で倒壊と修復を繰り返し、
1933年に石造りとなった。 -
黒い衣に包まれたイエスキリストの遺骸。
-
平日の午後なので、人は少なかった。
-
キアポ教会周辺は大きな市場もある
ので、マニラらしい猥雑な街だった。
カリエド駅から高架鉄道に乗ってホ
テルへ戻った。 -
ホテルで一休みしたあと、ある女性
に会うためにホテルを出、再び高架
鉄道に乗り、エドゥサで乗り換え、
ブエンディアまで行く。 -
ブエンディア駅からタギッグ市にある
ボニファシオグローバルシティという
街に行きたいのだが、道路はご覧の通
りのえげつない渋滞。
タクシーはつかまらないし、どうやっ
て行けばいいんだ。
女はチャットアプリで「タクシーを使
えば来れるから」というのだが、その
タクシーがいないんだよ。 -
結局1時間歩いてボニファシオグローバ
ルシティまでやってきた。あたりはうす
暗くなっていた。
「えっ、歩いて来たの? うそっ!」と
驚く女はまだ家にいる。
あのなあ、おれがあんたの指定したとこ
ろに向かってんだから、そっちも家を出
とけよ。これだからフィリピン人は・・・。 -
相手の言うマーケット!マーケット!と
いうショッピングモールで相手が来るの
を待った。
ここは、新しく作られた街で、区画整理
された土地に高層ビルが建てられ、見た
感じフィリピンでも豊かな人たちが住ん
でいるようだ。
1時間ほど待って女はやって来た。
小1時間ほどファストフード店で話をし、
彼女が手配してくれたグラブタクシーで
マラテまで戻った。
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