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今回の旅は岡山県。お隣りの県なのですが、行きたい場所や気になる場所にどれくらい行ったかの尺度で言うと達成感は7~8割くらい。私の中では意外に低いランクの県になります。まあ、ここから9割くらいに持っていくのがいつも苦労するところ。ここから先はアクセスとか時期とかいろんな条件がだんだん厳しくなりますから、たびたび的にはそれを乗り越えるのが醍醐味と言えば醍醐味なんですけどね。<br />で、今回の一泊二日旅はその不足していた要素がかなり埋まる旅。西大寺会陽(はだか祭り)と吹屋ふるさと村を中心にして、リニューアルオープンされた井原市立平櫛田中美術館と矢掛の街のリベンジを組み合わせれば、これでやっと胸のつかえが取れるみたいな感じかな。その他、岡山県側の蒜山は投稿がないだけでどんなところかは分かっているし、笠岡諸島や夢二生家記念館ももう急ぐことはないでしょう。岡山県もこれで基本卒業した県に格上げしていいような気がします。<br /><br />さて、最初に訪ねたのは平櫛田中美術館。ずっと工事中でしたからね。平櫛田中は、明治5年生まれの彫刻家。時代的には高村光雲や朝倉文夫と並ぶビッグネームなんですが、知名度で言うとやっぱり高村光雲。ただ、平櫛田中が気になっていたのは、日本伝統の彫刻と西洋の彫刻のいいところを両方持っているように感じるから。保守本流の仏像は当然として日光東照宮とか寺社の彫刻などもあって、日本は彫刻の後進国ではないはずなんですが、明治期、西洋の彫刻に接すると日本の彫刻はまるで何もないところからスタートしたような感がある。高村光雲もその象徴なんですが、それまでの日本の彫刻は伝統工芸品的な扱いというか、少なくとも一気に芸術品とは違うものという位置づけになってしまったイメージですね。しかし、一方で、以降の彫刻にどのような意義があったのかはよく分からないところ。というのも、ルネッサンスの彫刻が素晴らしいのは説明なんか要らないほど明らかですが、その価値は、彫刻自体の魅力だけではなく、ロマネスクやゴシックとかのヨーロッパ建築との一体性といったものにも大きく関係しているのではないかと思います。彫刻のない建築なんて、そもそも成り立たないですからね。例えば、現代アートなんかも似たところがあって、数寄屋作りに飾っても映えないけど、無機質なビルとかを飾るにはぴったりすることも多いですよね。つまり、芸術品というとそれ自体に価値があるようですが、やっぱりそれだけではない。環境とか生活スタイル全般と密接に関係している側面を持ったものなのだと思います。そういう意味で、明治以降の彫刻というのはここでは必須という空間があったのかなかったのか。偉人たちの銅像とか公園や市街を飾る彫刻とかは明治以降の西洋化に伴うものですが、日本人の生活スタイルとしてそこまでなくてはならないものになっているのか。その辺りで私的にはあんまり積極的な評価ができない微妙なものがあるんですね。そういう中で、私としては平櫛田中はその辺りのもやもやを解くカギがあるのかなとちょっと期待していたというわけです。<br />で、結果として、その答えは半々。明治以降の彫刻が生活スタイル全般と関係していたかどうかの評価は曖昧なままですが、芸術作品としてのそれ自体の魅力はやっぱりすごい。作品群には確かに江戸期までの彫刻とは一線を画するものがあって、この迫真性とかからすると”江戸期までの彫刻は伝統工芸品だよね”という評価は残念ながら否定できないものがあるような気がしました。公園のアクセント的な作品が多い佐藤忠良や北村西望では今までのもやもやは解消できないものでしたから、やっぱりここに来たのは大いに意義があったかなと思います。<br /><br />二つ目の矢掛の街並は岡山県にある五つの重伝建の一つ。知名度はイマイチかもしれませんが、旧西国街道の宿場町にあって本陣脇本陣の建物がしっかり残っているし、街並みが全体としてよく保存されていて調和のとれた美しさがありますね。ちなみに、旧西国街道は京都から下関を結んでいた街道。宿場町は53あって、本陣建物が残るのは郡山宿(茨木市)、神辺宿(福山市)とここ。そして、本陣と脇本陣の両方が残っていて、その他の街並もしっかり残っているのはこの矢掛だけです。西国街道は西国の大名が参勤交代に使っていたわけですから、今の感覚で考えても賑わっていないはずはないのですが、当時の隆盛を留めているのはやっぱり稀有な例。他方、観光客相手ではなくて地元としての活気がそれなりにあることも含めて、街道に残る古い町並みとしては、大内宿、奈良井宿、大森銀山、脇町といった日本を代表する街並みに並ぶくらいの評価をしたいのですが、いかがでしょうか。 <br /><br />そして、最後は西大寺会陽。天下の奇祭として知られるはだか祭りです。歴史は奈良時代に遡り、始まりは正月元日より14日の間行われていた修正会から。修正会の結願の日参詣の信者に守護札を出したところ、大変な人気で奪い合いになったのだとか。で、現在の会陽のハイライトは守護札ではなく宝木(しんぎ)の争奪戦。西大寺観音院の本堂 御福窓から投下される2本の宝木を巡る戦いです。熱気を帯びた大勢の裸の男たちが本堂の中、周辺にぎっしり集まって、まずは、事前のポジション取りのためのもみ合いが始まります。やおら経って、一瞬、本堂の灯りが消えるとそれが宝木が投下される合図。その後は、手にした宝木を持って逃げる方とそれを逃すまいと追いかけて奪い返そうとする男たちの真剣勝負。宝木には枝宝木というのもあって、境内のあちこちでは横取りや騙し含めて何でもありの小競り合いが繰り広げられるのですが、どういう気持ちで見ればいいのかはちょっと変な気持ち。がんばれー!のようでもあり、あんまり本気になっているとまあまあまあみたいなところもありますから、正直けっこう戸惑います。たまたま隣りで見ていた経験者の話によると単独でのゲットはほとんど不可能。グループで守りと攻めの役割分担をしたり、一定の戦略も必要なのだとか。まあ、いずれにしても、確かに奇祭。単なるはだか祭りではないし、こんな祭りはないかもしれません。

西大寺会陽(はだか祭り)から吹屋ふるさと村へ(一日目)~境内に集結したふんどし姿の男たちが宝木を奪い合う熱いお祭り。日本三大奇祭の一つです~

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2024/02/17 - 2024/02/17

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たびたび

たびたびさん

今回の旅は岡山県。お隣りの県なのですが、行きたい場所や気になる場所にどれくらい行ったかの尺度で言うと達成感は7~8割くらい。私の中では意外に低いランクの県になります。まあ、ここから9割くらいに持っていくのがいつも苦労するところ。ここから先はアクセスとか時期とかいろんな条件がだんだん厳しくなりますから、たびたび的にはそれを乗り越えるのが醍醐味と言えば醍醐味なんですけどね。
で、今回の一泊二日旅はその不足していた要素がかなり埋まる旅。西大寺会陽(はだか祭り)と吹屋ふるさと村を中心にして、リニューアルオープンされた井原市立平櫛田中美術館と矢掛の街のリベンジを組み合わせれば、これでやっと胸のつかえが取れるみたいな感じかな。その他、岡山県側の蒜山は投稿がないだけでどんなところかは分かっているし、笠岡諸島や夢二生家記念館ももう急ぐことはないでしょう。岡山県もこれで基本卒業した県に格上げしていいような気がします。

さて、最初に訪ねたのは平櫛田中美術館。ずっと工事中でしたからね。平櫛田中は、明治5年生まれの彫刻家。時代的には高村光雲や朝倉文夫と並ぶビッグネームなんですが、知名度で言うとやっぱり高村光雲。ただ、平櫛田中が気になっていたのは、日本伝統の彫刻と西洋の彫刻のいいところを両方持っているように感じるから。保守本流の仏像は当然として日光東照宮とか寺社の彫刻などもあって、日本は彫刻の後進国ではないはずなんですが、明治期、西洋の彫刻に接すると日本の彫刻はまるで何もないところからスタートしたような感がある。高村光雲もその象徴なんですが、それまでの日本の彫刻は伝統工芸品的な扱いというか、少なくとも一気に芸術品とは違うものという位置づけになってしまったイメージですね。しかし、一方で、以降の彫刻にどのような意義があったのかはよく分からないところ。というのも、ルネッサンスの彫刻が素晴らしいのは説明なんか要らないほど明らかですが、その価値は、彫刻自体の魅力だけではなく、ロマネスクやゴシックとかのヨーロッパ建築との一体性といったものにも大きく関係しているのではないかと思います。彫刻のない建築なんて、そもそも成り立たないですからね。例えば、現代アートなんかも似たところがあって、数寄屋作りに飾っても映えないけど、無機質なビルとかを飾るにはぴったりすることも多いですよね。つまり、芸術品というとそれ自体に価値があるようですが、やっぱりそれだけではない。環境とか生活スタイル全般と密接に関係している側面を持ったものなのだと思います。そういう意味で、明治以降の彫刻というのはここでは必須という空間があったのかなかったのか。偉人たちの銅像とか公園や市街を飾る彫刻とかは明治以降の西洋化に伴うものですが、日本人の生活スタイルとしてそこまでなくてはならないものになっているのか。その辺りで私的にはあんまり積極的な評価ができない微妙なものがあるんですね。そういう中で、私としては平櫛田中はその辺りのもやもやを解くカギがあるのかなとちょっと期待していたというわけです。
で、結果として、その答えは半々。明治以降の彫刻が生活スタイル全般と関係していたかどうかの評価は曖昧なままですが、芸術作品としてのそれ自体の魅力はやっぱりすごい。作品群には確かに江戸期までの彫刻とは一線を画するものがあって、この迫真性とかからすると”江戸期までの彫刻は伝統工芸品だよね”という評価は残念ながら否定できないものがあるような気がしました。公園のアクセント的な作品が多い佐藤忠良や北村西望では今までのもやもやは解消できないものでしたから、やっぱりここに来たのは大いに意義があったかなと思います。

二つ目の矢掛の街並は岡山県にある五つの重伝建の一つ。知名度はイマイチかもしれませんが、旧西国街道の宿場町にあって本陣脇本陣の建物がしっかり残っているし、街並みが全体としてよく保存されていて調和のとれた美しさがありますね。ちなみに、旧西国街道は京都から下関を結んでいた街道。宿場町は53あって、本陣建物が残るのは郡山宿(茨木市)、神辺宿(福山市)とここ。そして、本陣と脇本陣の両方が残っていて、その他の街並もしっかり残っているのはこの矢掛だけです。西国街道は西国の大名が参勤交代に使っていたわけですから、今の感覚で考えても賑わっていないはずはないのですが、当時の隆盛を留めているのはやっぱり稀有な例。他方、観光客相手ではなくて地元としての活気がそれなりにあることも含めて、街道に残る古い町並みとしては、大内宿、奈良井宿、大森銀山、脇町といった日本を代表する街並みに並ぶくらいの評価をしたいのですが、いかがでしょうか。 

そして、最後は西大寺会陽。天下の奇祭として知られるはだか祭りです。歴史は奈良時代に遡り、始まりは正月元日より14日の間行われていた修正会から。修正会の結願の日参詣の信者に守護札を出したところ、大変な人気で奪い合いになったのだとか。で、現在の会陽のハイライトは守護札ではなく宝木(しんぎ)の争奪戦。西大寺観音院の本堂 御福窓から投下される2本の宝木を巡る戦いです。熱気を帯びた大勢の裸の男たちが本堂の中、周辺にぎっしり集まって、まずは、事前のポジション取りのためのもみ合いが始まります。やおら経って、一瞬、本堂の灯りが消えるとそれが宝木が投下される合図。その後は、手にした宝木を持って逃げる方とそれを逃すまいと追いかけて奪い返そうとする男たちの真剣勝負。宝木には枝宝木というのもあって、境内のあちこちでは横取りや騙し含めて何でもありの小競り合いが繰り広げられるのですが、どういう気持ちで見ればいいのかはちょっと変な気持ち。がんばれー!のようでもあり、あんまり本気になっているとまあまあまあみたいなところもありますから、正直けっこう戸惑います。たまたま隣りで見ていた経験者の話によると単独でのゲットはほとんど不可能。グループで守りと攻めの役割分担をしたり、一定の戦略も必要なのだとか。まあ、いずれにしても、確かに奇祭。単なるはだか祭りではないし、こんな祭りはないかもしれません。

  • 井原駅に到着。ここから田中美術館に向かいます。<br />田中苑は、田中美術館のすぐ隣り。平櫛田中から名付けられた公園で、

    井原駅に到着。ここから田中美術館に向かいます。
    田中苑は、田中美術館のすぐ隣り。平櫛田中から名付けられた公園で、

  • 公園の中央には田中の代表作である鏡獅子の像。周囲はきれいに植栽がされて、よく整備された感じがありますね。<br />鏡獅子は和ですが、結局、明治以降の彫刻はこうして庭園のアクセントとして使われるのが基本形。日本庭園だとありえないですが、洋式庭園だと普通ですよね。ただ、日本人の感覚としては、洋式庭園に彫刻はなくてはならないものかと言われればそうでもないですよね。もっといえば、庭園の位置づけも違います。庭園や公園または広場が街の中心だったり骨格をなすような例は札幌か名古屋がまあまあそんな感じがあるくらい。街には庭園が必須だったり、庭園には彫刻が必須だったりの感覚まではなっていないと思います。そういう意味で、西洋に学んだ彫刻はまだまだ限界があるのかな。明治期に世の中が変わったことを実感させるという効果のレベルから大きくは変わっていないのかもしれません。<br />たぶん、ここから先は人間と自然の関係に対する理解の違いとかの話にもなってくるんだと思いますが、もっと言うと神と人間の関係、仏と人間の関係とか。形式的なことは受け入れられたとしても、もっと深いところの違いは消えることはない。彫刻の文化としての限界もその一つの例と考えるのはそんなに間違ってもいないように思います。

    イチオシ

    公園の中央には田中の代表作である鏡獅子の像。周囲はきれいに植栽がされて、よく整備された感じがありますね。
    鏡獅子は和ですが、結局、明治以降の彫刻はこうして庭園のアクセントとして使われるのが基本形。日本庭園だとありえないですが、洋式庭園だと普通ですよね。ただ、日本人の感覚としては、洋式庭園に彫刻はなくてはならないものかと言われればそうでもないですよね。もっといえば、庭園の位置づけも違います。庭園や公園または広場が街の中心だったり骨格をなすような例は札幌か名古屋がまあまあそんな感じがあるくらい。街には庭園が必須だったり、庭園には彫刻が必須だったりの感覚まではなっていないと思います。そういう意味で、西洋に学んだ彫刻はまだまだ限界があるのかな。明治期に世の中が変わったことを実感させるという効果のレベルから大きくは変わっていないのかもしれません。
    たぶん、ここから先は人間と自然の関係に対する理解の違いとかの話にもなってくるんだと思いますが、もっと言うと神と人間の関係、仏と人間の関係とか。形式的なことは受け入れられたとしても、もっと深いところの違いは消えることはない。彫刻の文化としての限界もその一つの例と考えるのはそんなに間違ってもいないように思います。

  • では、田中美術館の方へ。<br />地元出身、平櫛田中の作品を展示する美術館は、想像していたよりもかなり立派。

    では、田中美術館の方へ。
    地元出身、平櫛田中の作品を展示する美術館は、想像していたよりもかなり立派。

  • リニューアルオープンの企画展は、「鏡獅子 20年ぶりの里帰り」です。

    リニューアルオープンの企画展は、「鏡獅子 20年ぶりの里帰り」です。

  • さきほどの公園にもあった鏡獅子ですが、そのモデルの歌舞伎役者や制作過程とかを詳しく紹介していましたが、私的にはちょっと大味な印象かな。

    さきほどの公園にもあった鏡獅子ですが、そのモデルの歌舞伎役者や制作過程とかを詳しく紹介していましたが、私的にはちょっと大味な印象かな。

  • 別のフロアには大作ではない作品も多く展示されていましたが、それらの作品の味わいがまたいい。写実を越え、確かに訴えるものがあると感じました。<br />まさに、工芸品から芸術品へ脱皮したいという強い思いの賜物ですが、その底辺には、明治の人の気骨もあるのかな。西洋に負けまいとする気概。平櫛田中にもそんなところが感じられなくもないですね。

    別のフロアには大作ではない作品も多く展示されていましたが、それらの作品の味わいがまたいい。写実を越え、確かに訴えるものがあると感じました。
    まさに、工芸品から芸術品へ脱皮したいという強い思いの賜物ですが、その底辺には、明治の人の気骨もあるのかな。西洋に負けまいとする気概。平櫛田中にもそんなところが感じられなくもないですね。

  • ただ、逆に、パイオニアとしての自覚から、自由さや個性はちょっと封印。それはまた次の時代を待たないといけなかったような気はします。

    ただ、逆に、パイオニアとしての自覚から、自由さや個性はちょっと封印。それはまた次の時代を待たないといけなかったような気はします。

  • 井原駅から矢掛駅に移動して、ここからは矢掛の街歩きです。<br />前回は一瞬立ち寄っただけ。天気も最高だし、今回はゆっくりと見て回りますよ~

    井原駅から矢掛駅に移動して、ここからは矢掛の街歩きです。
    前回は一瞬立ち寄っただけ。天気も最高だし、今回はゆっくりと見て回りますよ~

  • まずは、やかげ郷土美術館。<br />町木である赤松を使った立派な建物。水見やぐらも備えていて、この建物自体が見ごたえのあるものになっています。<br />

    イチオシ

    まずは、やかげ郷土美術館。
    町木である赤松を使った立派な建物。水見やぐらも備えていて、この建物自体が見ごたえのあるものになっています。

  • 佐藤一章の作品を所蔵しているようですが、ギャラリーは休館中。ロビーにはひな人形が飾られていたりしましたが、それと合わせて建物内の心地よさもけっこう印象に残りました。

    佐藤一章の作品を所蔵しているようですが、ギャラリーは休館中。ロビーにはひな人形が飾られていたりしましたが、それと合わせて建物内の心地よさもけっこう印象に残りました。

  • これが旧西国街道。<br />立派な街並みが続いています。

    これが旧西国街道。
    立派な街並みが続いています。

  • この堂々とした建物は、旧矢掛本陣石井家住宅。<br />屋敷は、間口36.4m、奥行90m、面積約959坪。

    この堂々とした建物は、旧矢掛本陣石井家住宅。
    屋敷は、間口36.4m、奥行90m、面積約959坪。

  • 入り口から入ると

    入り口から入ると

  • すぐに住宅の見取り図。<br />店・居住用、本陣用、酒造用の三つのエリアがあるのですが、意外に本陣用は一部に限られていて、酒造用のエリアが広いことが分かります。

    すぐに住宅の見取り図。
    店・居住用、本陣用、酒造用の三つのエリアがあるのですが、意外に本陣用は一部に限られていて、酒造用のエリアが広いことが分かります。

  • 店土間から中土間の先は酒造用のエリアにつながっています。

    店土間から中土間の先は酒造用のエリアにつながっています。

  • 店棚から奥に進むと本陣用のエリア。

    店棚から奥に進むと本陣用のエリア。

  • 御成門から

    御成門から

  • 玄関、

    玄関、

  • 十二畳の護衛室。

    十二畳の護衛室。

  • 宿泊した大名の宿札は、宇和島藩五代藩主、佐賀藩九代藩主、久留米藩七代藩主など。<br />ほか、有名どころだと長州藩の毛利敬親、薩摩藩の島津斉彬、福山藩の阿部正弘、幕臣遠山金四郎、天璋院篤姫も宿泊。年間に大名が14件、幕府御用関係が8件くらいの休泊利用があったようです。

    宿泊した大名の宿札は、宇和島藩五代藩主、佐賀藩九代藩主、久留米藩七代藩主など。
    ほか、有名どころだと長州藩の毛利敬親、薩摩藩の島津斉彬、福山藩の阿部正弘、幕臣遠山金四郎、天璋院篤姫も宿泊。年間に大名が14件、幕府御用関係が8件くらいの休泊利用があったようです。

  • 護衛室の裏手は、

    護衛室の裏手は、

  • すぐに御次席、

    イチオシ

    すぐに御次席、

  • 御上段の間。

    御上段の間。

  • 御上段の間からは

    御上段の間からは

  • 中庭がこんな風に見えていて、

    中庭がこんな風に見えていて、

  • ここで旅の疲れを癒したということですね。

    ここで旅の疲れを癒したということですね。

  • 今度は中庭を抜けて

    今度は中庭を抜けて

  • 酒造用のエリア。

    酒造用のエリア。

  • 蔵のひとつが「矢掛宿 本陣展示蔵」、

    蔵のひとつが「矢掛宿 本陣展示蔵」、

  • 随分と広い展示室です。

    随分と広い展示室です。

  • 本陣・脇本陣・下宿とは

    本陣・脇本陣・下宿とは

  • 矢掛宿の休宿利用状況

    矢掛宿の休宿利用状況

  • 酒造りの道具もあって

    酒造りの道具もあって

  • 豪商石井家の家業<br />ちなみに、石井家が本陣職を命じられたのは、徳川家光の時代。参勤交代が正式に制定された寛永12年(1635年)のこと。酒造業の開始が寛文9年(1669年)、町庄屋延宝8年(1680年)、小田郡の大庄屋宝永5年(1708年)。本陣職となった以降、豪商としての歩みも進めていて、私の理解だと本陣は兼業が禁止されていたはずなので、ちょっと違和感がなくもないんですけどね。<br />

    豪商石井家の家業
    ちなみに、石井家が本陣職を命じられたのは、徳川家光の時代。参勤交代が正式に制定された寛永12年(1635年)のこと。酒造業の開始が寛文9年(1669年)、町庄屋延宝8年(1680年)、小田郡の大庄屋宝永5年(1708年)。本陣職となった以降、豪商としての歩みも進めていて、私の理解だと本陣は兼業が禁止されていたはずなので、ちょっと違和感がなくもないんですけどね。

  • 裏門を確認して

    裏門を確認して

  • また中庭を抜けて

    また中庭を抜けて

  • 釜場から

    釜場から

  • 中土間で終了です。

    中土間で終了です。

  • 再びメインストリートを進みます。

    再びメインストリートを進みます。

  • 矢掛薄荷蒸留所は、薄荷を畑で育てることから始まって、ここで蒸留器で蒸留するところまで。

    矢掛薄荷蒸留所は、薄荷を畑で育てることから始まって、ここで蒸留器で蒸留するところまで。

  • これは蒸留器。<br />ただ、ペパーミントと言ったり薄荷と言ったりも含めて、そもそも薄荷ってなんでしたっけ?みたいなところからあれこれ話を伺いました。薄荷が日本のものというのはちょっと意外でした。

    これは蒸留器。
    ただ、ペパーミントと言ったり薄荷と言ったりも含めて、そもそも薄荷ってなんでしたっけ?みたいなところからあれこれ話を伺いました。薄荷が日本のものというのはちょっと意外でした。

  • やかげ町家交流館は、古民家風の建物ですが、古民家ではないですね。

    やかげ町家交流館は、古民家風の建物ですが、古民家ではないですね。

  • 中は

    中は

  • お菓子やその他加工食品のショップでしたが、

    お菓子やその他加工食品のショップでしたが、

  • その奥にお茶の用意された床の間付きの和室の休憩所があってこれがすごくいいですね。矢掛のおもてなしの心を感じます。

    その奥にお茶の用意された床の間付きの和室の休憩所があってこれがすごくいいですね。矢掛のおもてなしの心を感じます。

  • メインストリートは、江戸、明治、昭和の古民家が混じっているのも特徴です。

    イチオシ

    メインストリートは、江戸、明治、昭和の古民家が混じっているのも特徴です。

  • 旧木口紙店は、一階部分は水害のためサッシとなっていますが、その後、両側に格子の出窓を付けて整えました。二階部が天井の低い厨子二階。虫籠窓の意匠も定番ですね。当初は川上呉服店。昭和10年から小口商店。野菜用の紙袋等を販売していたそうです。

    旧木口紙店は、一階部分は水害のためサッシとなっていますが、その後、両側に格子の出窓を付けて整えました。二階部が天井の低い厨子二階。虫籠窓の意匠も定番ですね。当初は川上呉服店。昭和10年から小口商店。野菜用の紙袋等を販売していたそうです。

  • 旧新田製麺所は、新田と書いた表札があるだけで、建物の説明はありません。印象としては二階部の天井が低い厨子二階だと思いますが、そこから妻入りに屋根がさらに乗っていて、厨子二階かどうかはよく分かりません。

    旧新田製麺所は、新田と書いた表札があるだけで、建物の説明はありません。印象としては二階部の天井が低い厨子二階だと思いますが、そこから妻入りに屋根がさらに乗っていて、厨子二階かどうかはよく分かりません。

  • シーズ藤原家は、飲食店として活用されていますが、傍らに建物の説明書があって。<br />今にも倒れそうだった江戸時代の建物が立派にリニューアルされたものだとか。旧新田製麺所と同じ厨子二階もどきの構造です。

    シーズ藤原家は、飲食店として活用されていますが、傍らに建物の説明書があって。
    今にも倒れそうだった江戸時代の建物が立派にリニューアルされたものだとか。旧新田製麺所と同じ厨子二階もどきの構造です。

  • 明治中期築の井上邸。

    明治中期築の井上邸。

  • 満天茶屋は、ザ・昭和といった「まんてん」の看板の洋食店です。

    満天茶屋は、ザ・昭和といった「まんてん」の看板の洋食店です。

  • カウンターに座って

    カウンターに座って

  • 一番人気というチキン南蛮定食をいただきました。チキン南蛮はしっかりおいしいのですが、サラダのドレッシングも個性があるし、その他の付け合わせはどれもこれもひとひねりが入っていて、ここの大将は料理がすごく好きだというのが伝わってきますね。ごちそうさまでした。

    一番人気というチキン南蛮定食をいただきました。チキン南蛮はしっかりおいしいのですが、サラダのドレッシングも個性があるし、その他の付け合わせはどれもこれもひとひねりが入っていて、ここの大将は料理がすごく好きだというのが伝わってきますね。ごちそうさまでした。

  • 元気が出たところで、まだまだがんばりますよ~<br />矢掛ビジターセンター問屋は、堂々とした構えの古民家建物。<br />

    元気が出たところで、まだまだがんばりますよ~
    矢掛ビジターセンター問屋は、堂々とした構えの古民家建物。

  • 中は広々として休憩所みたいですが、

    中は広々として休憩所みたいですが、

  • 瀬戸内海の誕生、弥生の環濠集落、吉備国立つ、古墳に眠る豪族たち、日本初の国際人吉備真備、奈良と太宰府を結ぶ大路建設から庄氏と小田氏の備中動乱、秀吉来る、矢掛宿誕生と岡山全体を俯瞰して、矢掛の街の起こりまでつなげるパネル展示があって、とっても雰囲気が伝わりますね。街の成り立ちは周囲の歴史や自然環境と一体。そのコンセプトもとってもいいと思います。

    瀬戸内海の誕生、弥生の環濠集落、吉備国立つ、古墳に眠る豪族たち、日本初の国際人吉備真備、奈良と太宰府を結ぶ大路建設から庄氏と小田氏の備中動乱、秀吉来る、矢掛宿誕生と岡山全体を俯瞰して、矢掛の街の起こりまでつなげるパネル展示があって、とっても雰囲気が伝わりますね。街の成り立ちは周囲の歴史や自然環境と一体。そのコンセプトもとってもいいと思います。

  • メインストリート沿いに、またしても堂々とした建物が表れました。<br />

    イチオシ

    メインストリート沿いに、またしても堂々とした建物が表れました。

  • こちらは、旧矢掛脇本陣高草家住宅。<br />

    こちらは、旧矢掛脇本陣高草家住宅。

  • 冒頭にも触れましたが、矢掛は本陣、脇本陣がともに残るという全国でも唯一の街なんですよね。

    冒頭にも触れましたが、矢掛は本陣、脇本陣がともに残るという全国でも唯一の街なんですよね。

  • 一般的には、本陣は兼業を禁止されていて、それが明治以降の没落につながっていくのですが、こちらの本陣、石井家はなぜか酒造業も営んでいたことが幸いしたのかなと思います。

    一般的には、本陣は兼業を禁止されていて、それが明治以降の没落につながっていくのですが、こちらの本陣、石井家はなぜか酒造業も営んでいたことが幸いしたのかなと思います。

  • 脇本陣は兼業は可能でしたから、高草家は金融業。

    脇本陣は兼業は可能でしたから、高草家は金融業。

  • 庭瀬藩の掛屋や小田郡の大庄屋を務めました。<br />こちらの住宅は、敷地約600坪。

    庭瀬藩の掛屋や小田郡の大庄屋を務めました。
    こちらの住宅は、敷地約600坪。

  • 主屋から中へ入ると蔵座敷、内倉、大倉、中倉、門倉など9棟の建物が入り組んで建っていて、ちょっとした迷路のよう。

    主屋から中へ入ると蔵座敷、内倉、大倉、中倉、門倉など9棟の建物が入り組んで建っていて、ちょっとした迷路のよう。

  • そこにケヤキの大木や

    そこにケヤキの大木や

  • タラヨウの古木とかがあるとやっぱり旧家は違うなあと

    タラヨウの古木とかがあるとやっぱり旧家は違うなあと

  • 改めてその凄さを実感しました。

    改めてその凄さを実感しました。

  • メインストリートから少し離れて、今度は道の駅 山陽道やかげ宿へ。<br />ここは、国道486号線沿い。

    メインストリートから少し離れて、今度は道の駅 山陽道やかげ宿へ。
    ここは、国道486号線沿い。

  • 休憩室やトイレとかきれいだし、工芸品のショップなんかも素晴らしいと思いましたが、産直や食堂はなし。変だなあと思って尋ねたら、それは矢掛の市街の方に行ってもらうことを想定してのものだとか。つまりここは、駐車場や玄関としての機能に特化して、矢掛の市街と一体となった道の駅。それもなかなかいいかもしれません。

    休憩室やトイレとかきれいだし、工芸品のショップなんかも素晴らしいと思いましたが、産直や食堂はなし。変だなあと思って尋ねたら、それは矢掛の市街の方に行ってもらうことを想定してのものだとか。つまりここは、駐車場や玄関としての機能に特化して、矢掛の市街と一体となった道の駅。それもなかなかいいかもしれません。

  • 矢掛を終えて、ここからは西大寺(観音院)です。<br />創建は、天平勝宝3年(751年)。<br />観音菩薩の厚い信仰者だった周防国の玖珂庄の藤原皆足姫が千手観音を祀ったのが始まりとか。今では、高野山真言宗の別格本山。<br /><br />元文5年(1740年)再建の楼門式仁王門に<br /><br />

    矢掛を終えて、ここからは西大寺(観音院)です。
    創建は、天平勝宝3年(751年)。
    観音菩薩の厚い信仰者だった周防国の玖珂庄の藤原皆足姫が千手観音を祀ったのが始まりとか。今では、高野山真言宗の別格本山。

    元文5年(1740年)再建の楼門式仁王門に

  • 延宝6年(1675年)再建の三重塔に、文久3年(1863年)再建の本堂も立派。<br />

    イチオシ

    延宝6年(1675年)再建の三重塔に、文久3年(1863年)再建の本堂も立派。

  • さすが岡山を代表する大寺だけに

    さすが岡山を代表する大寺だけに

  • 威風堂々の構えです。

    威風堂々の構えです。

  • 本堂の中はお参りの人。

    本堂の中はお参りの人。

  • 境内は、会陽の準備が整っているようですね。

    境内は、会陽の準備が整っているようですね。

  • 有料席の方も早めにチェックして、なるほどここから眺めるということですか。

    有料席の方も早めにチェックして、なるほどここから眺めるということですか。

  • 昼間は子供たちの部。

    昼間は子供たちの部。

  • 赤い鉢巻をした子供たちが入ってきましたよ~

    赤い鉢巻をした子供たちが入ってきましたよ~

  • 本堂にまずはお参りですね。

    本堂にまずはお参りですね。

  • 今度は青い鉢巻の子どもたち。

    今度は青い鉢巻の子どもたち。

  • 少年はだか祭りの櫓の前に集まってきたのは、<br />これはもっと小さな子供たち。

    少年はだか祭りの櫓の前に集まってきたのは、
    これはもっと小さな子供たち。

  • お餅かお菓子のようなものが撒かれて

    お餅かお菓子のようなものが撒かれて

  • 下で受け止める。まあ、ここまではいいのですが、

    下で受け止める。まあ、ここまではいいのですが、

  • これは宝木かな。<br />もみ合いが始まって、ちょっとした争奪戦が始まりました。けがや事故がないように周りでは大人たちが見守っていますが、まあ、どうということはないでしょう。

    これは宝木かな。
    もみ合いが始まって、ちょっとした争奪戦が始まりました。けがや事故がないように周りでは大人たちが見守っていますが、まあ、どうということはないでしょう。

  • ちょっと大きな子の争奪戦も行われて、<br />勝利者の福男児が入場。高々と手を上げて得意げです。

    ちょっと大きな子の争奪戦も行われて、
    勝利者の福男児が入場。高々と手を上げて得意げです。

  • 本堂の横では

    本堂の横では

  • 女性の太鼓。<br />大人たちの本番に向けて気分を盛り上げます。

    女性の太鼓。
    大人たちの本番に向けて気分を盛り上げます。

  • 境内の石門。

    境内の石門。

  • その奥が水垢離の場になっていました。

    その奥が水垢離の場になっていました。

  • まだこれから先は長いし、ここで晩飯。<br />八方は、西大寺駅の周辺にはこれといった食堂がないので、この辺りではここがお勧めとなるでしょう。地元の人にそれなりの人気があって、店内も活気がありますね。きちんとして普通においしいラーメンだと思います。

    まだこれから先は長いし、ここで晩飯。
    八方は、西大寺駅の周辺にはこれといった食堂がないので、この辺りではここがお勧めとなるでしょう。地元の人にそれなりの人気があって、店内も活気がありますね。きちんとして普通においしいラーメンだと思います。

  • もうひとつチェックしたのは、五福通り。西大寺観音院の少し北の方なんですが、いわゆる看板建築の商家が建ち並ぶ昭和の街が現れます。

    もうひとつチェックしたのは、五福通り。西大寺観音院の少し北の方なんですが、いわゆる看板建築の商家が建ち並ぶ昭和の街が現れます。

  • 映画やドラマのロケ地としても使われたようですが、逆に、そのロケセットを保存したまま活用。音楽のグループが集まって、いい感じの店内をご披露しつつ楽しんでいたり。いい街を上手に活かしている姿にもちょっと心が動かされます。

    映画やドラマのロケ地としても使われたようですが、逆に、そのロケセットを保存したまま活用。音楽のグループが集まって、いい感じの店内をご披露しつつ楽しんでいたり。いい街を上手に活かしている姿にもちょっと心が動かされます。

  • 西大寺の境内に戻ってきて<br />女性陣の太鼓の方は皆さん正装に変わっていました。

    西大寺の境内に戻ってきて
    女性陣の太鼓の方は皆さん正装に変わっていました。

  • 三重塔も夜は夜でまた重厚感が出てきますね。

    三重塔も夜は夜でまた重厚感が出てきますね。

  • 仁王門の方から集団が入場してきました。

    仁王門の方から集団が入場してきました。

  • 石門に向かって

    石門に向かって

  • ここから水垢離。

    ここから水垢離。

  • いやいや

    いやいや

  • これは寒そうですが、

    これは寒そうですが、

  • それはそれ。

    それはそれ。

  • これからの熱い戦いに備えて

    イチオシ

    これからの熱い戦いに備えて

  • ビシッと気合を入れてます!

    ビシッと気合を入れてます!

  • 本堂前の広場も人が大勢。

    本堂前の広場も人が大勢。

  • と、福男児の入場。昨年の勝利者ということですね。

    と、福男児の入場。昨年の勝利者ということですね。

  • ここで、花火が上がるということで境内から川の方へ向かいます。

    ここで、花火が上がるということで境内から川の方へ向かいます。

  • またこれで気分が出てきましたね。

    またこれで気分が出てきましたね。

  • 有料席の方に戻ると、いよいよ始まりましたね。<br />群衆の中を本堂に向かうはだかの男たち。

    有料席の方に戻ると、いよいよ始まりましたね。
    群衆の中を本堂に向かうはだかの男たち。

  • 白い鉢巻をして気合十分。

    イチオシ

    白い鉢巻をして気合十分。

  • 肩を組んで

    肩を組んで

  • 意気軒高。

    意気軒高。

  • 本番の健闘を

    本番の健闘を

  • 誓いあいます。

    誓いあいます。

  • 群衆は退場となって、

    群衆は退場となって、

  • 本堂内には次々と男たちが上がってきます。

    本堂内には次々と男たちが上がってきます。

  • 本堂内で宝木が投下されるのを待つのですが、

    本堂内で宝木が投下されるのを待つのですが、

  • 少しでもいいポジションを確保するために

    少しでもいいポジションを確保するために

  • おしあいへしあい。

    イチオシ

    おしあいへしあい。

  • 高く差し伸べた無数の手には、男たちの必死さが表れています。

    高く差し伸べた無数の手には、男たちの必死さが表れています。

  • と、突然電気が消えて。。<br />これが宝木投下の合図です。

    と、突然電気が消えて。。
    これが宝木投下の合図です。

  • どこに落とされたのかはよく分かりませんが、ここで宝木をキャッチできたとしても、それを仁王門まで持っていかないと勝利者ではない。これほど多くの集団の中で奪い合いを征するのは容易ではないでしょう。

    どこに落とされたのかはよく分かりませんが、ここで宝木をキャッチできたとしても、それを仁王門まで持っていかないと勝利者ではない。これほど多くの集団の中で奪い合いを征するのは容易ではないでしょう。

  • 宝木には二本の宝木のほか、枝宝木というのもあって、奪い合いはあちこちで発生。

    宝木には二本の宝木のほか、枝宝木というのもあって、奪い合いはあちこちで発生。

  • 追っかけているのが宝木なのか枝宝木は確認すべくもないですが、

    追っかけているのが宝木なのか枝宝木は確認すべくもないですが、

  • 人の集まる先に何はともあれ突入するしかないですね。

    人の集まる先に何はともあれ突入するしかないですね。

  • だんごになった集団の中で必死の奪い合い。

    だんごになった集団の中で必死の奪い合い。

  • こちらでは階段を駆け下りて

    イチオシ

    こちらでは階段を駆け下りて

  • 逃げようとしますがすぐに捕まってしまったり。。

    逃げようとしますがすぐに捕まってしまったり。。

  • ゴールの仁王門まで続く争奪戦は、本当になんでもありのもみくちゃです。<br />職場のチームの参加とかでこれだけの人数が集まっているようですが、伝統の祭りですからね。事故とかのないよう、これからも長く盛り上げていただきたいと思います。<br />では、争奪戦が落ち着いたところで退散。西大寺駅に向かいます。<br />

    ゴールの仁王門まで続く争奪戦は、本当になんでもありのもみくちゃです。
    職場のチームの参加とかでこれだけの人数が集まっているようですが、伝統の祭りですからね。事故とかのないよう、これからも長く盛り上げていただきたいと思います。
    では、争奪戦が落ち着いたところで退散。西大寺駅に向かいます。

  • 西大寺駅の駅前広場を中心にした和テイストのイルミネーションがあって、これは西大寺夢灯籠。

    西大寺駅の駅前広場を中心にした和テイストのイルミネーションがあって、これは西大寺夢灯籠。

  • 特にカラフルな番傘を使ったイルミが映えています。

    特にカラフルな番傘を使ったイルミが映えています。

  • JR西大寺駅周辺はイマイチ賑やかさがないのですが、この時期、このイルミはそれを十分補ってくれていると思います。

    JR西大寺駅周辺はイマイチ賑やかさがないのですが、この時期、このイルミはそれを十分補ってくれていると思います。

  • 今夜の宿は、ホテルキャビンスタイル。岡山駅からでもしばらく歩きました。<br />カプセルではないですが、カプセルでない分狭さを余計感じるようなところもありまして。何といっても扉を開けたら押し入れというよりタンスの引き出しのようなベッドがあって、え?みたいな。建物は汚くはないのですが、これにはちょっとへこみました。シャワーのみで、駅からもけっこう遠いし、マイナスが多いかな。なかなか厳しいところです。<br />明日は、吹屋ふるさと村。もうひとがんばりです。

    今夜の宿は、ホテルキャビンスタイル。岡山駅からでもしばらく歩きました。
    カプセルではないですが、カプセルでない分狭さを余計感じるようなところもありまして。何といっても扉を開けたら押し入れというよりタンスの引き出しのようなベッドがあって、え?みたいな。建物は汚くはないのですが、これにはちょっとへこみました。シャワーのみで、駅からもけっこう遠いし、マイナスが多いかな。なかなか厳しいところです。
    明日は、吹屋ふるさと村。もうひとがんばりです。

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