2024/02/08 - 2024/02/13
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atapaさん
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タイでは、正月を祝う機会が1年に3度もあります。新暦の正月、中国における旧暦の正月(春節)、そして、タイ全土で水かけを行う「水かけ祭り」としてもよく知られているタイの正月「ソンクラーン」です。
今回は、春節に山岳民族の村を訪ねてみました。多くの山岳民族が暮らすメーホンソン県、中国から移り住んだ彼らは、春節を盛大に祝います。
メーホンソン県へは、バイクや乗合バンを利用することが多いのですが、今回は久々にチェンマイの自宅から車で向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 旅行の手配内容
- その他
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朝5時に家を出ます。観光地のパーイの町には寄らず、190キロ先のメーホンソン県パンマパー郡のソッポンという町まで一気に走ります。整備改良も行われていますが、きついカーブと急勾配のアップダウンが果てしなく続く道、何度も通っているので途中の風景に感動は全くありません。ただひたすら走るだけです。還暦を過ぎた私には、神経をすり減らすつらい道です。でも、早朝のこの時間は車も少なくマイペースで走れる分楽です。
3時間40分掛かって、ようやくソッポンの町に着きました。ここで小休止。今日の宿泊地のメーホンソン市まであと70キロ弱です。ここからは、車の往来もぐっと減りますが、相変わらずの山道、路面も悪くなります。10時前にようやくメーホンソン市に到着。この町に来るのは13年ぶりです。昼食にはまだ早いので、町の中心にあるサイユット市場を散策します。因みにチェンマイからメーホンソン市までのカーブの数は1864だそうです。 -
市場の隣にある複層の屋根が印象的なフゥアウィアン寺
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ブラウン管テレビがまだ売られています。
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炊飯器とギター
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農作業の帽子
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野菜を売る露店
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ウーロン茶(ラックタイ村産)1袋購入(1キロ160バーツ)
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携帯電話のトップアップ機
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お世話になるお宅に(3キロ180バーツ)
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野菜は、チェンマイより大分安いです。
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お昼は、ベトナム料理の店(バーンニントラー)で。洒落たカフェレストランで、ベトナム料理の他にタイ料理もあます。どれも美味しかったです。駐車場もあって便利です。
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マトゥーム(ベルノキ)茶
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牛肉のカオ ソーイ
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ベトナム伝来の料理ネームヌアン(ベトナム風生春巻き)
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ハーブや野菜もたくさん付いてきます。
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次に向かうのはカレンパドゥン族(首長族)の村、フゥアイ スア タオ村です。メーホンソン市内には、カレンパドゥン族の村が3カ所ありますが、その中で町から約10キロと一番近い村です。
2000年に日本からのツアーで初めて来た当時は、静かな村で観光客も疎ら、カレンの人と一緒に夕食を作り、村に泊まることができました。
今回は5回目の訪問ですが、生活感のない全くの観光村に変わりました。土産物屋が軒を連ね(村に入る橋の手前では、なぜかモン族が店を出しています。)、パトンカフェ(タイ人経営)なるものまでできています。品数は豊富ですが、チェンマイで売っているような物も多くあり、オリジナルの物は少ないようです。チェンマイのガートルアンや傘作りで有名なボーサンにまで買い出しに来ているのを見かけたこともあります。
ここへは観光ではなく、古くからの知り合いに会いに来ました。入場料も特別に安くしてくれました。 -
カフェ
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村のメインストリート
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村のメインストリート(奥の方)
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16、7年ぶりの再会です。お子さんが2人いて、上の子はもう高校生。子供に日本の名前を付けています。
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カレン族の服を着て行きました。
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24年前の写真
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カヨー族(耳長族)
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これも24年前の写真
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妹、こちらもお子さんが2人。首のコイルはもう付けていません。(恥ずかしがり屋さんなので)
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これも、24年前です。
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3人で一緒に撮りました。観光村の外に建てたお宅にお邪魔して、コーヒーをいただきながら少し話をしましたが、2人とも平和で幸せに暮らしている様子でした。
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村を後にし、本日の宿のインペリアル メーホーソン リゾートに向かいます。ここは、1996年と2001年にも利用した思い出深いホテルです。
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設備の古さはあるものの、客室の床や廊下、階段、ドアなどにふんだんにチーク材が使われていて、調度品も凝ったものが多く、格調高いたたずまいは以前と変わっていません。静かな環境の中、部屋も清潔に保たれていて、シャワーの水圧も十分です。ただ、朝食はとても簡素です。また、町から離れていますが、夕方から夜に、町の中心部への無料の送迎サービスがあるので、ナイトマーケットに行くには問題がありません。
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デラックスルーム(1,300バーツ)
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大屋根の下に朝食会場
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夕方になったので、夕食がてらナイトマーケットに出かけます。先ずは、メーホンソンに来た時にはいつも立寄るタイ料理の店バイフーンで夕食です。
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大好物のガイ ホー バイ トゥーイ
下味をつけた鶏肉をパンダンの葉に包んで蒸してから揚げたもので、甘い専用のつけダレで食べます。 -
北タイの郷土料理ゲーンハンレー
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トムジュート
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食後は、ナイトマーケットへ。市の中心にあるノーンジョンカムという池の周りに露店が出ています。露店も人出も少ない寂しいマーケットです。
池のほとりにあるジョンカム寺がライトアップされています。 -
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リス族の人が作って売っています。
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食べ物系の屋台が多いです。
Day2-5(2024.2.9~12) メーホンソン県(ムアン郡)→ラックタイ村→ナーオン村 -
明日10日は、春節です。今日は、パンマパー郡にあるリス族の村ナーオン村に向かいます。途中、タイ人に人気のラックタイ村に寄り道をします。ホテルで知り合ったタイ人ご夫妻に道案内を頼まれたので、あまり自信はありませんが先導します。狭く険しい山道なので、付いて来ているかを確認しながら、ゆっくりと車を走らせます。ホテルから45キロ、1時間少しで無事2台とも到着。
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24年前に一度訪れましたが、当時は貯水池の向こう側に、コクミンタンとタイで呼ばれる中国人(タイに逃れてきた中国国民党員)が暮らす小さな寒村があるだけの場所で、村には入らず引き返した記憶があります。
現在は、池の周りを囲むようにホテルが立ち並ぶ観光村になっています。標高1,100mにあるこの村は、冬の早朝、幻想的な霧に町全体が包まれます。霧を見にわざわざここまで来ようとは思いませんが、その景色を見るために、多くのタイ人が都市部から泊まりに来ます。
お茶を飲み、少し高台に上って写真を撮り、早々に村を後にします。 -
お茶は無料でした。(試飲のサービス?)
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茶畑の中に宿泊棟が点在しています。
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別のホテルの宿泊棟
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モノクロにすると中国感がより出ます。
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パンマパー郡のソッポンの町の手前の峠(チョン ヴィウ ルック カオラームという展望地)で休憩。ルック カオラームとは、この峠を下った所にあるラフ族の村の名前です。
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村の人がここで土産物などを売っています。
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昼食は、ラフ族の村ジャボー村で名物のクイッティアオを食べます。タイ人に混じって西欧人が多く来てにぎわっていました。ここも朝霧で有名な場所で、ホームステイもできます。
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展望台
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店内のカフェ
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バミー
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おなかすいていたので、クイッティアオも食べました。
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ユニークなトイレのマーク
さて、いよいよこの旅の目的地のナーオン村に向かうことにします。先ずは、ソッポンの町の市場で手土産の果物や野菜を買います。
そして、ソッポンの町外れから山に入って行きます。すぐにリス族の村ノントン村に着きます。ここから先は、普通車では無理なので、知り合いの家に車を置き、ピックアップトラックの荷台に便乗させてもらい、18キロ先ある一番奥の村ナーオン村を目指します。乾期にオートバイを運転して来たこともありますが、細かい赤土が積もった悪路で、村に着く頃には人もバイクも土ぼこりまみれになって大変でした。 -
50分ほどで村に着きました。標高950mにあるこの村は、冬の朝には、吐息が白くなるほどに冷え込みます。ただ、日中は日差しが強烈でとても暑くなります。
今日からこの村で4泊します。タイトルにホームステイと書きましたが、ジャボー村にあるような観光客相手の宿泊施設ではなく、一般の民家にお世話になります。 -
お世話になったお宅
ここに来るのは5年ぶりですが、村は随分変わりました。新しく建て替えた家も多く、村のミニマートも立派になりました。ミャンマーから人がたくさん移り住み(多くは不法入国者です。)村も大きくなっています。山を切り開いて、畑がどんどん拡げられています。でも、電気はまだ来ていません。小さなソーラーパネルで発電し、バッテリーに蓄電して使っていますが、携帯の充電と殆どつけない暗い照明ぐらいなの十分のようです。
さて、明日は春節ということで、村の人たちはさぞかし準備に忙しいかと思っていましたが、そんな感じはしません。正月の飾り付けやお餅の用意などは、午前中には終わっているそうです。 -
玄関の飾り
最近は、中国系の人が売りに来るので、買って飾っているだけのようです。中国語を話せる人はいますが、読める人はいません。 -
お餅は春節の朝は油で揚げ、翌日の朝は生のまま先祖や亡くなった近親者などにお供えをします。
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正月用の豚の干し肉(レルゥクゥワ)
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ゴシレズと呼ばれるもので、松の木に3色の短冊状の紙とバナナの葉で包んだ豚の干し肉とお餅がつけられています。日本の門松と似て、先祖を迎えるための目印のようなものです。
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お祈りをしているのは、モーピー(霊媒師)です。
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泊まったお宅のトイレ兼浴室
水の確保が難しい村なので、大きな水槽が各家にあります。手桶で水を汲み体を洗いますが、水はとても冷たいです。タイの手動式ウォシュレットもここにはないので、用を足すときは、ズボンを濡らさないよう工夫が必要です。
向かいの家には、ガス式温水器に付いたシャワーがあるので、そちらをお借りしました。 -
春節の伝統儀式の踊り(ゴーシャ)は前日の夜から始まります。
先ずモーピー(霊媒師)の家からスタートします。夜8時に会場に行きましたが、踊りは6時頃から始まっているようです。
残念ですが、肝心の夜の踊りの写真が上手に撮れていなくて、こんな写真しかありません。 -
9時にモーピーの家を皆で出ます。初日は、村の上から順に各家を回りながら下へと下りて行きます。これは、旧年を送り出す儀式だそうです。
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踊りは、何種類かあるそうですが、基本はフォークダンスのように手を繋いで輪になり、前後に手を振りながらゴシレズの周りを反時計回りに踊ります。時々、高く手を振り上げたり、止まって前後にステップしたり、足を踏み鳴らしたりしています。真ん中で楽器を演奏している人の動きや音に合わせて踊っているようですが、ずっと見ていてもそのタイミングが全くわかりません。これでは、踊り輪に加われません。
人が増えてくると、踊りの輪は2重3重と大きくなっていきます。着飾った若い男たちが少し離れた所に立っています。お目当ての女の子の隣に割って入るタイミングを待っているようです。昔は、若い男女の出会いの機会でもあったのでしょう。 -
寒いので焚火で暖をとります。
家々ではお酒などが振る舞われ、爆竹が鳴らされます。そして、ゴシレズに家主がろうそくを灯すと、踊りは次の家へと移動していきます。 -
村の人たちと一緒に家々を回りましたが、疲れたので途中で抜け、午前1時半に家に戻りました。最後は、村の小高いところにある精霊の祠(イダマ)の前で終わりますが、なんと朝の7時過ぎだったそうです。
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私の寝床です。
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寝床から撮った室内(扉が家の玄関)
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春節の日、中国系の人は朝食は食べません。昼食は近所の家に行きましたが、お餅を食べておなかがいっぱいだったので、食べられませんでした。
用意されていたのは。カノームジーンです。タイ中で食べられる料理で、そうめんに似ている麺は、米から作られています。スープはトマトベースの赤とココナッツミルクベースの緑の基本2種類です。 -
夕食、米は陸稲
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筍と豚肉の炒め物
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漬物(ネギの仲間のラーの根、高菜の花、粉唐辛子)と豚肉の炒め物
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豆とジャガイモと豚肉のスープ
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ラツペペ(粉唐辛子とトマト、パクチー、赤玉ねぎを使ったリス族の和え物)
今夜もモーピーの家で踊りがあるので、夜7時に会場に行きます。人が集まったところで家を出ます。2日目は初日とは反対に、村の下から順に各家を回りながら上へと上がって行きます。新しい年を迎え入れる儀式だそうです。
泊まっている家の所まで来たので、そのまま家に帰りました。時刻は0時半、今日も朝まで延々と踊りは続きます。 -
春節翌日の昼食
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豚肉と腸の炒め物
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プラートゥーの揚げ物
味はアジに近いですがサバ科の魚です。首を折られた状態で竹籠に入れられて、市場で売られています。 -
薪とかまど。今は隣にガステーブルもあります。
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台所
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昼食後に村の中を散策します。
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豚小屋、正月に豚を潰すので豚が少ないです。
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村にあるお寺
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東屋と椅子、誰でも座って休めるようにと置かれています。徳を積む行為として置いているそうです。
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道案内をしてくれた女性(顔出しはNG)
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村の学校(幼稚園から小学校3年生まで)
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学校に咲くヒマラヤザクラ
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少なくなった高床式の民家
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ミニマート
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町から車に積んで運んできたロティーの屋台
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隣村の村長がこの村を管轄していて、この村には、その補佐役(プーチュアイ)がいます。今日は、そのプーチュアイの家でダムフアの儀式が行われます。
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ダムフアとは、村の顔役を敬う正月の挨拶ようなもので、村の人々は、敬意と日頃の感謝の意を伝えるため、お酒やお餅、干した豚肉などを持って出かけます。白いものが撒かれていますが、これは、ポップコーンを作るようにフライパンで炒ったヒエ(稗)で、顔役からの祝福を表しているとの事です。
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踊りの中心にいる人が持っているのは、フルという竹と瓜で作った楽器で、笙(しょう)に似ています。この他にツブーというウクレレのような楽器が使われます。
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夜に比べてここでの踊りは地味で、若者も少ないです。
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着飾って踊ります。
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リスバッグもお正月バージョンです。
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若い子は携帯に夢中
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女性の新年の装い、銀の首輪とベスト、ベルトをつけています。
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料理が振る舞われます。
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プーチュアイの振舞い料理
ナーオン村滞在最終日
この日も村はずれの丘の上の方にある王室プロジェクトの事務所でダムフアが行われますが、遠いので行きませんでした。昼食は持参したカップ麺で簡単に済ませます。
夕方、家の人が畑に野菜を採りに行くと言うのでついて行きます。プチトマト、瓜、菜花を収穫、夕食の材料にします。写真はありませんが、菜花と鶏肉のスープ、辛くて少し酸っぱい瓜の和え物などをいただきました。 -
Day9(2024.2.13) ナーオン村→自宅
今日は、ソッポンの町で火曜日の定期市(タラーナット)が開かれます。山を下りる村の人がいるので、車を置いているノントン村まで送ってもらいます。
折角なので、定期市を少し見てから帰ることにします。周辺に住む人たち(リス族、ラフ族、シャン族など)で相変わらずにぎわっています。 -
中央下の茶色の丸く薄いせんべいみたいなものは、発酵させた大豆から作るトゥアナオと呼ばれるもので、メーホンソン県に多く住むシャン族(タイヤイ族)が主に作っています。我が家でも炒め物に入れたりして使うことがあります。
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常設市場の一角で遂に見つけました。中々お目にかかれない幻の牛肉の缶詰。実に怪しいラベルです。ビーフカレーと書かれていますが味は大和煮風、美味です。製造地はミャンマーのヤンゴンとあります。(値段は失念しましたが。60-70バーツ位だったと思います。)
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中高年のドイツ人女性グループも来ています。メーホンソン県を訪れる観光客の多くは、観光地のパーイの町を目指してやって来ますが、ここまで足を延ばす人は稀です。
小さな田舎町でロッド洞窟の他には、これといった観光名所もありませんが、静かでのんびりと過ごすことができます。また、チェンマイからの乗合のバンが止まる町で、ゲストハウスも数軒あり、今はセブンイレブンも2軒あります。
レンタルバイクやモーターサイと呼ばれるバイクタクシー(セブンイレブンの前に待機所があります。)で近くの山岳民族の村を訪ねてみるのも楽しいものです。
さて、11時を回ったので、帰路に就くことにします。いやな時間帯です。パーイの町に給油に寄りましたが、案の定、ここから交通量が増えます。そして、不慣れな山道にペースが全く上がらないバンコクナンバーの車や追い越しのチャンスを虎視眈々と狙って後ろにぴったりとついてくる車、平然と右カーブでショートカットしてくる対向車、道の真ん中をのんびりとバイクで走る外国人、ただでさえ過酷な道なのに・・・。運転に神経を使って本当に疲れましたが、何とか無事に帰宅できました。
山奥のリス族の村で春節を過ごした今回の旅、心に残る旅になりました。
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