2023/11/19 - 2023/11/27
158位(同エリア466件中)
がんてつさん
今日は、城壁の街オドビスと世界遺産のシントラ宮殿、ヨーロッパの最西端のロカ岬を周って、リスボンに戻ります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エティハド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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90Km移動して、オドビスに到着しました。
駐車場から見えてのは水道橋です。
オビドスの城壁外に3kmほど続いている水道橋で、中世時代に造られたそうです。水道橋 建造物
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駐車場に隣接したトイレで利用して、城壁の街に入ります。
ポルタデヴィラ通りを歩きます。 -
谷間の真珠とも呼ばれる中世の面影を残すオビドスは、城壁に囲まれ丘の上にある小さな村です。
城壁をくぐると、そこには花で飾られた白い壁の家々があり美しくまたかわいい村です。
1228年にデニス王は、この地を訪れ深く魅せられたイザベル王妃にオビドスをプレゼントしたことから、19世紀まで代々ポルトガル王妃の直轄地、別名王妃村として栄えてきした。 -
城壁の入口の門、ポルタ・ダ・ヴィラです。
1380年に建造されました。ポルタ・ダ・ヴィラ 建造物
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内部で折り曲がるように造られたクランク型の構造で、城壁内に敵が直接攻め込むことを防いでいます。
アーチ上部には18世紀のアズレージョで飾られています。ポルタ・ダ・ヴィラ 建造物
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白い壁に青色や黄色のカラフルな建物が並んでいます。
レストランやカフェ、お土産屋さんですが、まだ9時過ぎなので閉まっているお店が多いみたい。
路地に入るとホテルもありました。ディレイタ通り 散歩・街歩き
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サンタマリア教会までにトイレがあります。
ディレイタ通り 散歩・街歩き
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サンタマリア教会までやって来ました。
サンタ マリア教会 寺院・教会
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Pelourinho de Óbidos
オビドスのさらし台
奥に見える柱は、管轄権の象徴であり犯罪者処罰の場所で、市営のさらし台の柱だそうです。ディレイタ通り 散歩・街歩き
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サンタマリア教会の前のサンタマリア広場まで下りてみました。
サンタ マリア広場 広場・公園
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閉まっているみたいなので、後で来てみることにしました。
サンタ マリア教会 寺院・教会
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サンティアゴ教会が見えてきました。
Igreja de Santiago 寺院・教会
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サンティアゴ教会が建てられたのは1186年です。
しかし1755年のリスボン大地震で被災の後、建て直されます。
今は図書館兼書店に改装されいますが、まだ朝早いので閉まっていました。Igreja de Santiago 寺院・教会
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アルバラン塔は12~13世紀にはタウンホールや公文書館として使われ、刑務所にもなっていたことがあるようです。
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Castelo de Óbidos
古代ローマ時代に造られたという歴史を持つこの城は、オビドスの支配者が変わるたびに形を変え、現在の姿になっています。
12世紀に初代国王アフォンソ・エンリケスがアラブ人に勝利したレコンキスタからは何度も増改築が繰り返されています。
13世紀に国王ドン・ディニスが要塞としての役割よりも王室の居城の体裁をとるよう整備し、16世紀のポルトガル黄金期を築いた国王マヌエル1世によって、宮殿が建設されました。
歴史の経緯と今ある美しい村との奇跡的なコラボレーションから「ポルトガル7不思議」のひとつとされていますが、今この古城は国営のホテルになっています。Casa Senhoras Rainhas - Óbidos - by Unlock Hotels ホテル
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オドビス城の左側から城壁に登ってみました。
かなり足場が悪いので、スニーカーが良いと思います。オビドスの城壁 建造物
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幅もかなり狭く、すれ違う時はギリギリでヒヤヒヤものです。
オビドスの城壁 建造物
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城壁の外側は見渡す限り畑が続いていました。
オビドスの城壁 建造物
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城壁の内側。
オビドスの城壁 建造物
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たくさんの建物がひしめき合っているのがよく分かります。
オビドスの城壁 建造物
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お城の中庭です。
ホテルやレストランになりますが、中に入ることはできません。Casa Senhoras Rainhas - Óbidos - by Unlock Hotels ホテル
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なぜ入れないのか分からず、みんなここでウロウロ。
Casa Senhoras Rainhas - Óbidos - by Unlock Hotels ホテル
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今度はアルバラン塔の横を通って、右側の城壁に向かいます。
オビドスの城壁 建造物
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狭いけど、階段もあってここの方が登りやすいかも?
オビドスの城壁 建造物
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アルバラン塔とその後ろにお城が見えます。
オビドスの城壁 建造物
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こちら側の城壁の外も、一面畑でした。
オビドスの城壁 建造物
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こちら側も通路の幅は狭いです。
オビドスの城壁 建造物
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すぐ下にサンタマリア教会が見えます。
建物がひしめき合う中でも、緑の芝生の庭があるお家もあるんですね。オビドスの城壁 建造物
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何処に通じているかわからない裏路地を下りてみます。
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何とかサンタマリア教会の近くまで来ました。
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サンタマリア教会は元々8世紀にモスクとして建てられ、12世紀に建てられたロマネスク様式に改築された教会で、1448年のポルトガル国王・アフォンソ5世が挙式した教会です。
サンタ マリア教会 寺院・教会
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天井にはフレスコ画が描かれています。
サンタ マリア教会 寺院・教会
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祭壇の周りにはアズレージョが貼られており。主に聖母マリアをテーマにした絵画や彫刻に囲われています。
サンタ マリア教会 寺院・教会
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青いアズレージョは17世紀のものでが壁一面に貼られています。
サンタ マリア教会 寺院・教会
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サンタ マリア教会 寺院・教会
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サンタマリア広場にあるカタリーナの泉は、水道橋を築いた王妃が村人のために作ったものだそうです。
サンタ マリア広場 広場・公園
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次によってみたのは、サンペドロ教会です。
サン ペドロ教会 寺院・教会
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オビドス第2のバロック様式教会で、13世紀ごろに建てられたと言われています。
1755年に起きたリスボン大地震で崩壊しました。
その後再建したのちに外装の改修などが施され、白壁でシンプルな外観となっています。サン ペドロ教会 寺院・教会
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サン ペドロ教会 寺院・教会
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サン ペドロ教会 寺院・教会
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Capela de São Martinho
聖マルタン礼拝堂
サン・ペドロ教会の正面にある家族葬の礼拝堂です。
1331年にロウリーニャの牧師でリスボン大聖堂の受益者であるペロ フェルナンデス神父によって設立されました。 -
1913年にサカヴェム子爵によって買収され、オビドス市議会に割り当てられています。
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オビドス名物のチョコレートのカップに入った甘いジンジャが飲めるお土産屋さんが並んでいます。
ディレイタ通り 散歩・街歩き
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ポルタダヴィラまで戻って来ました。
ディレイタ通り 散歩・街歩き
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バスに乗って、次は90Km先のシントラです。
水道橋 建造物
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O Páteo do Garrett
シントラの外れにあるオ パテオ ガレットというレストランに到着です。 -
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シントラ宮殿前に到着しました。
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奥に見える山の上に、ムーア人の要塞跡が見えます。
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シントラ宮殿に到着です。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラ宮殿は10世紀に作られましたが、現在のシントラ宮殿の建築様式は15世紀から16世紀に生まれたゴシック様式、マヌエル様式、ムーア様式の混ざったものであるとされています。
シントラの王宮 城・宮殿
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少なくとも15世紀初頭から19世紀後半にかけポルトガル王家が住み続けており、ポルトガル国内で最も保存状態の良い中世の王宮です。
シントラの王宮 城・宮殿
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チケット売り場です。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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白鳥の間です。
宮殿で最も大きい間で、大きな催しがある際には必ず使われました。
ジョアン一世の統治時代に作られ、今でも外国の要人が訪問の際などに使われています。
1584年に天正遣欧使節団が、この地を統治していたアルベルト・デ・アウストリア公爵に謁見した部屋です。シントラの王宮 城・宮殿
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宮殿の模型が置かれていました。
シントラの王宮 城・宮殿
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ジョアン一世統治時代には偉大な部屋と呼ばれていましたが、後に王子の部屋と呼ばれるようになり、白鳥が27羽描かれているところから現在では白鳥の間と名付けられています。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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かささぎの間は王の執務室でした。
シントラの王宮 城・宮殿
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天井は多くのかささぎのデザイン画で埋められています。
それぞれのかささぎが善意からという文字を加えています。シントラの王宮 城・宮殿
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王ジョアン1世が侍女にキスしたところを王妃に見られたので、慌てておしゃべり鳥のかささぎを侍女の数だけ描かせて弁明したと言われています。
シントラの王宮 城・宮殿
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セバスチャン王の寝室です。
セバスチャン王は北アフリカ征服を夢に見てモロッコに遠征しましたが、24歳の若さで行方不明になってしまいました。シントラの王宮 城・宮殿
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これはポルトガル最古のアズレージョだそうです。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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ガレー船の間です。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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紋章の間です。
マヌエル一世の統治時代(1495年から1521年まで)に作られ、ヨーロッパでは最も偉大な紋章の間とされています。シントラの王宮 城・宮殿
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壁には一面大きなアズレージョのタイルで敷き詰められていて、この王宮で一番重要とされている部屋だそうだ。
シントラの王宮 城・宮殿
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天井にはポルトガル王室のロイヤルファミリーの8つの紋章と、その周りには全部で72の貴族たちの紋章72種類の紋章が描かれています。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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パラティーナ礼拝堂はディニス王時代に造られた部屋で、この王宮で最も古い建物の一つです。
タイル張りの床と木製の造りはムデハル様式と呼ばれるもので、元々はイベリア半島に勢力を広げていたイスラム文化が残留し、それがキリスト教文化と結合して融合した様式だそうです。シントラの王宮 城・宮殿
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オリーブの枝を咥えた、キリスト教では平和の象徴となっている鳩が沢山描かれているフレスコ画です。
シントラの王宮 城・宮殿
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アラブの間です。
ジョアン1世の頃には寝室として使われていてました。
その後、マヌエル1世時代に改装されて、この内装になっているようでジョアン1世時代のままではないようです。
アラブの間のアズレージョはポルトガル現存で一番古いものだそうです。シントラの王宮 城・宮殿
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噴水だそうです。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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厨房です。
19世紀末まではポルトガルとサヴォイの王国の武器庫となっていました。
この紋章はルイス1世の王妃マリア=ピア・デ・サボイアの紋章であるです。シントラの王宮 城・宮殿
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この城のユニークな煙突は、厨房の煙突で高さ33mあります。
狩で獲った鹿や猪を焼いたりして煙を出していました。
この高い煙突により王の権勢も見せていました。シントラの王宮 城・宮殿
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薪コンロ、オーブン、動物を解体した調理台などがあり、煙突の真下には料理を温めておく保温棚がありました。
王家のパーティーに出される食事は全部ここで調理されていました。シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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マヌエルの間です。
16世紀初頭にマヌエル1世により造られました。シントラの王宮 城・宮殿
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マヌエル1世は、ポルトガル王傍流の六男として生まれながら、偶然が重なって平和裡に王位につき、その治世においてインド航路の開設等の吉事に恵まれて、ポルトガル王国の黄金期を築いたことから、幸運王と称されました。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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キリスト教とイスラム教の両方の建築様式が現れている歩廊
シントラの王宮 城・宮殿
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歩廊の奥にあるアズレージョに囲まれた風呂の洞窟。
シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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シントラの王宮 城・宮殿
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女性用トイレが渋滞だったので、先に外へ出てタバコ休憩。
シントラの王宮 城・宮殿
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少し買い物タイムがあって、次は20Km移動しロカ岬へ。
シントラの王宮 城・宮殿
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ロカ岬到着です。
ロカ岬 海岸・海
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今日は天気が良いので遠くまで見渡せます。
ロカ岬 海岸・海
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ユーラシア大陸最西端の岬です。
位置、北緯38度47分、西経9度30分。
西には大西洋が広がります。ロカ岬 海岸・海
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ロカ岬灯台は、1758年2月1日のポンバリーン憲章によって建設を命じられた6つの灯台グループの一部であり、海岸で最も古い灯台の 1 つです。
1772年に操業を開始し、現在では沿岸で2番目に古いものです。ロカ岬 海岸・海
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ロカ岬 海岸・海
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ルイス・デ・カモンエスへの賛辞を記した象徴的なカモンイスの石碑です。
ロカ岬 海岸・海
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「見よ、全ヨーロッパのほぼ頭頂部、ルシタニア王国、陸が終わり海が始まる場所、そしてフィーブスが眠る場所。オーシャン」カモンイスの叙事詩「ウズ・ルジアダス」の第3詩201節から引用された1行です。
ロカ岬 海岸・海
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ロカ岬灯台も見学できるようですが、やめときました。
ロカ岬 海岸・海
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ロカ岬 海岸・海
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ロカ岬 海岸・海
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大分日が沈んできましたが、日没までは待てずバスは一路リスボンへ。
ロカ岬 海岸・海
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最西端到達証明書いただきました。
カッコいい。ロカ岬 海岸・海
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40Km移動してリスボン到着です。
いつもは1時間程の道のりですが、途中渋滞につかまり2時間弱かかりました。
リベルダーデ大通りで、バスを降りて夕食会場へ。
多分、グロリアのケーブルカー。ケーブルカーグロリア線 その他の交通機関
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Forno Velhoというレストランに到着。
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再びリベルダーデ大通りからバスに乗り、ホテルへ向かいます。
奥に見えるのはアオスモルトスダグランデ ゲッラ記念碑。リベルダーデ大通り 散歩・街歩き
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20時半過ぎに、今日のお宿マリオットリスボンホテルに到着。
バスの運転手さん、お疲れさまでした。
これからポルトへ戻るそうです。メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさんリスボン マリオット ホテル ホテル
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今日は、この旅行初めてのダブルルームです。
小さなながらもバルコニーもあります。メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさんリスボン マリオット ホテル ホテル
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今日から3泊です。
メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさんリスボン マリオット ホテル ホテル
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ところが問題発生。
テーブルのUSB充電が壊れてます。
フロントにお願いして、変換器を貸してもらいました。メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさんリスボン マリオット ホテル ホテル
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今日は、グラスがありました。
メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさんリスボン マリオット ホテル ホテル
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シャワーのみでした。
メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさんリスボン マリオット ホテル ホテル
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メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさん
リスボン マリオット ホテル ホテル
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お部屋は十分な広さです。
メトロからちょっと離れてはいるが、ゆっくりできるホテル by がんてつさんリスボン マリオット ホテル ホテル
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