2023/12/09 - 2023/12/10
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momotchiさん
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久しぶりの妻との一泊旅行、フルーツバス停と島原雲仙散策に続く中編です。当初は前半、後編の二部構成を考えていましたが、写真の枚数が多いようなので三部構成に変更します。
中編では長崎市内を散策し中華街でのディナー、その後長崎の夜景を楽しみ、翌日は早朝の散策や軍艦島ミュージアムなどを訪れます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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今日宿泊する「HOTEL NEW TANDA」(長崎市常磐町)です。チェックイン後長崎市内の散策に出掛けます。
※ 撮影は翌朝したものです。 -
ホテルの近くにある電停から路面電車に乗車します。
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メディカルセンター前電停から四駅目のめがね橋電停で下車し、眼鏡橋近くの常盤橋までやってきました。
見えている橋は眼鏡橋のひとつ下流に架かる袋橋という石橋です。眼鏡橋に比べると地味に見える橋ですが何か趣きを感じます。この橋の上から見る眼鏡橋は眼鏡のように見え、眼鏡橋のビューポイントの一つです。 -
その袋橋の橋上にやってきました。今回も川面に映る橋の影で双円になり綺麗に眼鏡に見えています。
国指定重要文化財の眼鏡橋は日本最古の本格的石橋で、眼鏡橋架橋後に架けられた中島川の石橋は全て単アーチのようです。眼鏡橋 名所・史跡
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今回は前回探しきることができなかったハートストーンを探します。眼鏡橋と一つ北側に架かる魚市橋との東側護岸にあることまでは下調べ済みです。
この写真の中にハートストーンがしっかり写り込んでいますが、分かりますか? -
これが眼鏡橋のハートストンです。
やはり日本の観光ポイント、すく傍に沢山の小銭が置かれていました。 -
修学旅行に来られていた学生たちもハートストーンを見つけ盛り上がっています。
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日が傾き眼鏡橋の後方に沈んでいきます。
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中島川に架かる石橋群は元々17世紀頃、風頭山の麓に創建された寺社の参拝者用に架けられたようで、長崎最古の商店街が軒を連ね賑わっていたそうです。
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長崎を代表するメインストリートの一つベルナード観光通りを散策します。沢山の店舗が立ち並び多くの方々で賑わっていました。
ベルナード観光通り 市場・商店街
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長崎新地中華街の北門に出てきました。
長崎新地中華街 名所・史跡
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長崎新地中華街を散策しながら、今夜ディナーをいただく江山楼に向かいます。
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新地中華街の東門、青龍門脇にやって来ました。
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その門のすぐ傍に「江山楼」(長崎市新地町)はあります。
中国菜館 江山楼 中華街新館 グルメ・レストラン
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入口にはメニューが並んでいます。
予約は受付けていないので土曜日ということもあり待つのを覚悟して来ましたが、開店直後だったためすぐに入店することができました。 -
ほぼ満席状態です。
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メニューです。
オーダーしたのは前回いただいき、とても美味しかった特上ちゃんぽんと特上皿うどん細麺です。二人でシェアーしていただきます。 -
メニューの裏面です。
福建省福州の郷土料理であり熊本県のご当地グルメでもある太平燕《タイピンイェン》や黒炒飯なども気になるところですが…… -
特製ちゃんぽんが出てきました。
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フカヒレ、海老、イカ、豚肉、アサリ、蒲鉾などなど、豪華な具材が盛り沢山、スープは脂っこくなく濃厚で深みがあり魚介系の出汁が効いた鶏がらスープです。
なかでもフカヒレはしっかりと食材の旨味が浸み込んでいて、ファッと感とシャキシャキ感が楽しめとても贅沢な味わいでした。
妻は今までこんな美味しいちゃんぽん食べたことない! と、とても喜んでくれています。 -
特製皿うどんが特製ソー酢と共に出てきました。
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餡は魚介系の出汁が効いた鶏がらスープです。特製ソー酢は濃厚で甘さ控えの細麺の皿うどんとの相性がよく、さっぱりとした感じが加わり一味違った美味しさが楽しめました。具材はちゃんぽんと同じようですが、皿うどんの細麺は最初パリパリで、途中から鳥ガラスープと具材の旨味が凝縮された餡がからんで柔らかくなった麺の二種類が楽しめます。
皿うどんも美味し~い! と妻はご満悦、遠路食べにきた甲斐がありました。
ごちそうさまでした! -
再び中華街を散策します。
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昔妻と訪れた際とても美味しかったゴマ団子を今回も購入することにしました。
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一つ100円、5個で400円、迷わず5個購入しました。
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中華街を抜け朱雀門の南側に向かい合うようにある中華門まで出てきました。
この門は中国の技術者を招き、中国産の御影石、太湖石等を使い中国の古典建築様式の本格的な中華門を建造されたようです。 -
ホテル近くにあるメディカルセンター電停まで歩き、路面電車で三駅目の終点石橋電停に到着しました。
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石橋電停からすぐ近くにグラバー園に向かうグラバースカイロードがあります。
乗口は普通のエレベーターですが、このスカイロードは山の斜面を斜めに上る全国で初めての試みとなる斜行エレベーターで、坂道の多い長崎では日常使いでもとても重宝されているようです。グラバースカイロード 乗り物
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前回訪れた際撮影できなかった展望ポイントで撮影しました。
この後夜間開園されているグラバー園に向かいます。 -
高台にある第二ゲートからグラバー園(長崎市南山手町)に入園しました。
ライトアップされた旧三菱第2ドックハウスです。
この建物は1896年(明治29年)、三菱造船所(現三菱重工長崎造船所)の第2ドックの建設時に建てられた外国人の乗組員用宿舎だそうで、1972年(昭和47年)まで同造船所で使用された後グラバー園に移築されたそうです。グラバー園 名所・史跡
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二階テラスから見える三菱重工長崎造船所の夜景です。グラバー園におけるベストビューポイントだそうです。
テラスに取付けられている柱間の欄間はお洒落な感じで、柱間から見る夜景はアーチ状に縁どられ西洋建築ならではの趣を感じます。
園内を下っていきます。 -
旧ウォーカー住宅です。
ウォーカー商会を設立したロバート・N・ウォーカーの次男ロバート二世の旧邸で、1890年(明治中期)頃の建物だそうです。
当初は大浦天主堂横の祈念坂沿いにあったようで、1974年(昭和49年)にグラバー園に移築されたそうです。 -
旧ウォーカー住宅の内部の様子です。
移築前は母屋の他、和室などもあったようですが、移築の際に洋風部分のみ再建されたそうです。 -
園内の木々は綺麗にライトアップされ、光のツリーも飾られています。
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リーガー住宅の入口付近にはフリーメイソンのシンボルが刻まれた門柱がありました。
この門は長崎市松が枝町付近にあった住宅のものを移築したようで、柱頭の彫刻がコンパスと定規を組合わせたフリーメーソンのマークのようです。
当時イギリスから渡来したフリーメーソンの人々が最初に住み着いた移住区のロッジのシンボルとしてマークを掲げられていたというような説明がありました。 -
リンガー住宅です。
長崎の明治期の産業経済界に大きな功績を残したイギリス人で、グラバー商会に勤務し、ホーム・リンガー商会を設立されたフレデリック・リンガーの住宅です。
国指定重要文化財で、 1868年(明治元年)頃の建物のようです。木造に石造の外壁、ベランダの床には御影石が敷かれていていました。 -
多角形の室内にはドアが取り付けられていて、とてもお洒落な感じです。
余談になりますが、外食チェーンのリンガーハットの社名は、フレデリック・リンガーに因んで付けられたそうです。 -
あちらこちらで長崎港の夜景が楽しめます。
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さらに下り、クローバーのような華麗な屋根が特徴的な旧グラバー住宅にやって来ました。
1863年(文久3年)に建てられた国指定重要文化財です。現存するわが国最古の木造洋風建築だそうで、スコットランド出身の商人トーマス・グラバーが親子二代に渡り暮らしていた住宅です。 -
採光と通風を意識した半円形が特徴的な建物で、日本瓦や漆喰の土壁が使われています。木造菱格子の天井があるベランダや石畳の床に立つ木製の円柱、柱間の吊束はアーチ型の欄間で開放的な雰囲気を作り出しています。
ここで探しものです。 -
み~つけた!
入園時いただいたパンフレットにハートストンの場所が記載されていて、しっかりとライトアップもされていたので、いとも簡単に見つけることができました。妻は大喜びでスマホで撮影していました。 -
1961年(昭和36年)に長崎市からの依頼で彫刻家の富永良雄が製作されたブロンズ像です。
トーマス・グラバーはグラバー商会を立上げ、坂本龍馬など幕末の志士たちに艦船や銃などを提供し、お茶や、絹などを海外へ輸出、貿易で多大な利益をあげたようです。
また、キリンビールの全身であるジャパン・ブルワリ・カンパニーの設立にも深く関わったようで、 キリンビールのシンボルマークの麒麟のデザインはグラバーの髭がモデルとも言われているようです。 -
展望デッキにやって来ました。とても素晴らしい思い出に残る長崎の夜景です。
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第一ゲートまで降りて来ました。
この後ホテルに向かいます。 -
大浦天主堂の前を通ると、クリスマスバージョンにライトアップされていました。
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ライトアップされた洋館群や長崎の夜景など、異国情緒あふれる雰囲気を感じながら素敵な夜の散策が楽しめました。
しっかりと長崎の夜景を楽しめたのでホテルに戻り、早々に休むことにします。 -
朝7時前に目覚め、朝食に向かいます。
バイキングなので私は和食コーナーへ…… -
妻は洋食コーナーへ……
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私の朝食です。
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妻の朝食です。
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ホテルのチェックアウトは11時なので、それまで近くの散策に向かいます。
ホテル脇の路地を進むとそのままオランダ坂に繋がっています。 -
オランダ坂の石畳を進むと洋風住宅が立ち並び異国情緒を感じます。
このブルーの洋館は東山手甲十三番館といいい、明治中期に建てられたそうです。昭和初期から中期にかけてフランス代理領事アンドレ・ブクリが住まれていた外国人居留地の代表的な建物のようです。木造二階建て寄棟造りで2007年(平成19年)には国登録有形文化財に指定され、CMのロケ地などとしてもよく使用されているそうです。オランダ坂 名所・史跡
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オランダ坂と活水女学校についての説明板がありました。
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オランダ坂と東山手甲十三番館、後方に活水女学校(現活水学院)の建物も見えています。
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オランダ坂を下り8時半過ぎ軍艦島ミュージアム(長崎市松が枝町)にやってきました。しかし開館が9時なので付近を散策しながら時間を潰します。
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軍艦島ミュージアムのすぐ近く、国道499号線の交差点角にある旧香港上海銀行長崎支店記念館です。
この建物は香港上海銀行長崎支店の新社屋として1904年(明治37年)に建てられたようで、 1931年(昭和6年)に閉鎖された後は、警察署や長崎市歴史民俗資料館として利用されていたようです。 -
銀行当時のカウンターなども見えていますが、こちらも9時開館なので入館することができませんでした。
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軍艦島ミュージアム近くにある駐車場の喫煙場所でモクモクタイムをしていると開館したので列に並び入館します。
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入館料は1,800円ですが、JAF会員割引で1,500円で購入することが出来ました。
チケットを購入し2階の展示室に上がります。 -
全長30mの巨大スクリーンに約3,000枚の写真を投影され、スタッフの方の説明と共に当時の軍艦島の様子が映し出されました。
※ 以下、軍艦島ミュージアムの写真については掲載許可の承諾をいただいています。 -
南北約480m、東西に約160m、周囲は約1,200mという小さな島に最盛期の1960年(昭和35年)には1,600世帯、5,151人という沢山の方々が生活されていたようです。
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炭鉱の仕事は高収入だそうですが、労働条件はかなり過酷だったようです。
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今は見ることができない炭鉱の坑道の様子が再現され、トロッコに乗って入坑していくようなリアルな体験ができました。
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端島炭鉱で採掘された石炭です。
端島の直下や周辺の海底から良質な石炭が採掘することができ、主に八幡製鉄所に製鉄用原料炭として送り出していたようです。 -
戦後復興の終了を宣言した神武景気の始まった1953年(昭和28年)当時、三種の神器といわれる、電気冷蔵庫、電気洗濯機、テレビのある生活の様子が再現されていて、裕福な生活が伺えます。当時のテレビは白黒なのに何故か画面はカラー映像でした。
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1/150のジオラマにプロジェクションマッピング、映像と共に島内のイベントや日常などを見ることができます。
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軍艦島の説明ビデオです。
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今は立入ることの出来ない島内の様子がよく分かりました。
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最新技術を駆使し再現された軍艦島を上下左右360°リアルに見ることができるコーナーもありました。
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65号棟といわれる9階建ての建物の最上階には、1953年(昭和28年)に高島町立端島保育園が開園し、建物の上にある日本一高い場所の保育施設だったそうです。
ただ、当時はエレベーターが無かったことから園児の送迎は大変だったようです。 -
立派な病院もあり日々のささいな疾病から、炭鉱事故の対応をはじめ伝染病などにも対応できる隔離病棟まで備わっていたようです。
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30号棟の模型が展示されています。この建物は1916年(大正5年)に建設された日本初の鉄筋コンクリート造りのアパートだそうです。
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内部の様子もリアルに再現されていました。
浴室やトイレは供用で、トイレは海水を使用した簡易水洗だったそうです。処理方法が気になりスタッフの方に伺うと、当時は処理施設などは無くそのまま海に放出していました。時代ですね…… と苦笑いしながら話してくださいました。 -
1955年(昭和30年)頃の30号棟の様子です。
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1916年(大正5年)の様子と2021年(令和3年)の様子の比較ができる模型が並べて展示されています。
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四階まで上がってきました。
軍艦島の立入禁止区域を仮想上陸体験ができる軍艦島VRコーナーではゴーグルを付け飛行体験することができ、軍艦島の立入ることのできない地区や建物の内部の様子などを細かく見ることができました。VRは初めての経験でしたが、とてもリアルで上下左右360°見渡すことができ、とても感動しました。このミュージアムに行くことがあれば是非体験していただきたいと思います。
エアロバイクはありませんでしたが、VR体験をされている方を見ると左側の写真のようにしきりに上下左右に顔を振っておられました。
※ 写真は掲載の承諾をいただき、軍艦島ミュージアムHPより引用しています。 -
端島銀座近くにあった急勾配の階段「地獄段」が再現されています。2017年(平成29年)東京で上演された~端島・軍艦島編~で使用されたセットをそのまま移築されたそうです。
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在りし日の端島神社です。
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地獄段を上ると、端島神社の参拝所がありました。
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御神体は石炭なのでしょうか……
ここの賽銭は端島整備基金に寄付され、端島の保存に使用されるようなので少しだけ協力させていただきました。
1時間半ほどかけしっかりと軍艦島ミュージアムを楽しむことができました。しかし最近のデジタル技術の進歩には只々驚くばかりでした。
軍艦島への上陸ツアーもありますが、天候に大きく左右され上陸できる確率は非常に少ないうえ、上陸できたとしても崩壊が進んでいるため限られたごく一部しか見学することができないこともあり、このミュージアムは軍艦島をより深く知るのにとても役立つ施設だと思います。
この後国道499号線沿いを歩きホテルに戻ります。 -
帰り道国道沿いに旧長崎税関下り松派出所(現長崎市べっ甲工芸館)がありました。
この建物は長崎税関として1898年(明治31年)に建てられたレンガ造、平屋建の擬洋風建築で重要文化財に指定されています。 -
長崎港の対岸に稲佐山山頂展望台が見えています。標高333メートルの山頂からは市街地の全景が望め360度のパノラマが楽しめるようです。天候の良い日は雲仙、天草、五島列島までも望め、夜には1,000万ドルの夜景ともいわれる長崎の夜景も楽しむことができる展望スポットだそうです。
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ホテルまで戻ってきました。
この後車に乗換えホテルのすく近くにある新地交差点から、ながさき出島道路に乗り、焼物で有名な伊万里を目指す後編に続きます。
※ 後半は現在作成中です。
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