2000/10/28 - 2000/10/29
695位(同エリア845件中)
リュックさん
朝食をしっかり取ったので、街の中心部にあるホテルの食堂で
の昼食は英国式に甘いケーキとティー。他の客も同じ様な食事内容。
一休みして身体も暖まり車に戻る。
これから今夜の宿のあるEdinburghに向かう。
再びもときたM90にはいり今度は南下する。
Forth橋(帰りは無料)を渡り環状線にはいりEdinburgh郊外の宿、
St. Albans Lodgeにつく。この辺りはB&B街。
宿に荷物を置きバスでEdinburgh市内まで行き夕食をとる。
・人は見かけによらない。
裸足の宿のおじさんに、この周辺でレストランはないか聞いたら、無い!
Edinburg市内まで行ったほうが良いとのこと。
Edinburg市内に行くには、
「往きは46番バス」、「帰りは42番バス」と教えられ、
バス停に5時過ぎ。辺りは真っ暗。雨に煙る街路灯が頼りない。
バス停で我々と若者2人がバスを待っていた。
彼らは17~18歳前後だろうか。
耳に沢山ピアスをつけ、服装もかなりラフ。
46番の2階建てバスが来た。
ドライバーに「Wavery Stationに行くか」聞いたら
行かないが近くまで行くとのこと。
「初めての街なので近くに着いたら教えてくれ」と頼みバスに乗る。
青年も一緒に。
初めて2階建てのバスに乗るので2階の最前列の席に。
しかし、窓にはワイパーが付いていないので水滴が
たくさん窓ガラスに付き、乱反射して外が良く見えない。
10分ほど経ったころ後部座席の青年が我々の処に来て
「Waverleyに行くにはxxxで降りたほうが良い」
「xxx?」
「近くに来たら教えてあげる」
しばらくするとバスは坂をくだる。前方が急に明るくなってきた。
先ほどの青年が近づいてきて
「この先の坂を下ったところがWaverley駅」
だと教えてくれた。
バスを降りるとき、ドライバーも「案内するところだった」
彼らはとても親切だった。
青年にも、ドライバーにもお礼を言ってEdinburgh
の街に無事着いた。
雨脚が強くなった。目に入ったイタリアンレストランで夕食。
帰りは42番バスで無事宿に着いた。
10月29日(日)晴れ強風、気温低く寒い。
Edinburgh 市内 英国滞在7日目
宿はSt. Albans Lodge.1820年建築のB&B
オーナーはGeoge Wright.
我々が来ても出迎えもせず、家の中を裸足でバタバタ歩く。
Wright夫人は「彼はemployee(従業員)だという。変わった夫婦だ。
家全体の掃除は不十分でシャワー室の狭くて汚い。
HPではきれいな画像を見て決めたが大失敗!
朝食は朝8時。
「あれ?誰もいない。照明も予備灯のみで薄暗い。
時間を間違ったかな?でも手元の時計は8時。おかしい」
すると調理場から奥さんが出てきて
「今7時です。サマータイムは昨日で終わり。
今日から1時間遅らせた時間になる」とのことで納得。
TVは盛んに英国南部とヨーク地方の河川氾濫と
付近の家屋の浸水のニュース。
10月25日に行ったヨークが大変。
われわれが車を止めた駐車場やヨーク城付近は
昨夜の大雨で、市内を流れるウーズ川が氾濫し
家々の一階の窓の中程まで水位が上がり、大洪水。
50年来の災害らしい。
もしも4-5日遅れてヨークを訪れていたらと思うとゾッとした。
大勢の観光客や住民が救助隊の用意したボートに
二階の窓から乗り移る映像が繰り返し報道されていた。
風が強いが天気は久しぶりに良いので
早くEdinburgh市内に行こうと早々に宿を出てバス停に行く。
時刻表を見たら始発が10時30分。
今、9時前。仕方がいので丁度来たタクシーに乗り市内に。
Edinburgh市内は昨夜の雑踏風景と打って変わり人影もまばらで
町全体がシーンと静まりかえり、まだ眠りから覚めていない。
駅から急な石畳の坂を上りEdinburgh城に行く。
城は小高い岩山の上に構え、城の正面入り口前の広場から市内の眺めは
すばらしい。
ロイヤルマイルはエディンバラ城とホリールード宮殿とを結ぶ
一大観光道路。
旧市街の中心部だけあって広い石畳の道路、古い石作りの大きな建物が
道路に立ち並ぶ。
エディンバラ城も含めこの旧市街はたくさん見て歩く場所が有り
一日はゆっくりしたい所。
昼過ぎ、ロイヤルマイルの中程でタータンチェックのキルトで正装し
バグパイプを吹く口ひげの立派な路上演奏者がいた。
バグパイプの曲にしばし聞き入る。
この演奏を聴くとScotlandに来て居るのだと実感する。
音色はなんとも言えない哀愁があり、
胸にジーンと来る物がある。感激!
一休みと昼食を兼ねバーに入る。中は人で一杯。
運良く二つ席があり1パイン,(570cc)の
Bitter(色の濃い、少し苦みのある代表的なビール)で喉を潤す。
英国のビールは殆ど常温で冷たくなく、
寒くても抵抗なく飲め旨い!
次から次ぎへと客が押し寄せ満員。
外にはかなりの人が並んで順番を待っている。
9時過ぎに宿に戻る。
TVは相変わらず洪水のニュースをどのチャンネルも大きく扱っている。
明日は南下してイングランド湖水地方を訪れる。
続く
-
早朝の市内。
-
市内からバスで30分ほどにある町,St Alban。
この辺りはB&Bが多い。
整然とした街並み。 -
宿泊したSt.Albannd's Loge
-
Waverley駅構内。
日本と異なり、駅構内、ホームまで自由に入ることが出来る。
早朝なので人影はまばら。 -
Waverley駅
-
丁度列車が入ってきた。
-
エディンバラ城はスコットランドのシンボル。
キャッスル・ロックという岩頸の上に建つ古代からの要塞。
人間の定住は紀元前9世紀前後。
城内で最も古い建築物は12世紀初期のセント・マーガレット教会堂。
かつて、イングランドとスコットランドの激しい戦争があった。
エディンバラの要塞は軍事活動の中心地で、かつてはロイヤル・スコッツ連隊やロイヤル・スコッツ・ドラグーン・ガーズ連隊の本部があった。 -
「寒いでしょう」
黙ってうなずく。
「写真撮っていいですか?」
黙ってうなずく。
ご苦労様です。
現在も城と陸軍のつながりは深く、朝6時から9時まで城の城門に歩哨が立ち、スコットランド王の宝冠の警護に当たっている。
エディンバラ城はいまだにセレモニー用の駐留部隊のいる数少ない城である。
背後の2体の像はイングランド軍と戦い、一度は勝利した英雄。 -
ホリールード宮殿(Palace of Holyrood)はエディンバラにある宮殿。正式名称はホリールードハウス宮殿。
1128年にデイヴィッド1世によって建てられた寺院が前身。
15世紀から、スコットランド国王夫妻の住居として使い、
宮殿はエリザベス2世の夏季の滞在地として使用。
女王は2022年9月8日に亡くなられた。 -
Brodies Clse
商業ギルドの長であったDeacon Brodieは夜に盗賊、殺人をする別の顔を持っていた。スティーブンソンの「ジキル博士とハイド氏」のモデル。
「Close」の意は大通りから大邸宅に続く小路。 -
Edinburgh城へ続く坂道
-
ロイヤルロードは必ず訪れる場所。
スコットランドのバグパイプ路上演奏。
チップを渡し、しばしその音色に聴き入る。
哀愁があって素晴らしい。
これだけでもスコットランドに来た甲斐がある。
蛍の光などのメロディーは日本人の心を揺さぶる。 -
ロイヤルロードの土産物屋で衝動買い。
大きくて重い。
帰路、搭乗前の検量で重量オーバー。
係員に説明したら、OK!
当時はおおらかだったと思う。
今も我が家の玄関先で」「悪」の侵入を見舞っている。 -
Edinburgh 城からセント・ジャイルズ大聖堂(St. Giles' Cathedral)が
良く見える。 -
セント・ジャイルズ大聖堂は、スコットランド、エディンバラにある
スコットランド国教会の大聖堂。別名をエディンバラ高教会。
ロイヤル・マイルの中間にある、
非常に目を引く冠塔で飾られた建物。
大聖堂はおよそ900年間、エディンバラにおける宗教の中心で
エリザベス女王が2022年9月8日にスコットランドのバルモラル城で
亡くなられたときに、生前の取り決めに従い12日に
追悼礼拝が執り行われた。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
エジンバラ(イギリス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
15