2023/12/02 - 2023/12/02
302位(同エリア353件中)
BO/Mさん
八芳園に姪の結婚式で行った帰り、白金台から白金高輪を歩き倒した。
この地域の特性は江戸に入る大名らの下屋敷として江戸時代に発展を遂げ、寺町でもあった点です。下屋敷、寺町、寺社仏閣、それを支える庶民群が住まうなど品川宿から江戸に登る最後の場でもあり栄えたのが御殿山辺りから泉岳寺辺りで、今の国道沿いが大体海岸線に近い場所だった筈ですから、高台や小山の場所は崖でその先は傾斜地で海岸に行き当たる場所だったのではないでしょうか。
歩き倒して倒しきれぬ程に寺社仏閣だらけである事が改めて分かりました。
14:30頃から歩き始め日没までに明治学院敷地内含め多くの建造物外観を見る事が出来ましたが、全然時間が足りませんでした。
泉岳寺には敢えて行かず、ぎっしりと固まった寺社を回り、福沢諭吉先生の史跡なども見てきました。
詰めに詰め込んだ画像をどうぞご覧あれ。
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八芳園スタートで、先ずは黄檗宗 瑞聖寺(ずいしょうじ)です
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撞鐘堂
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紫雲山瑞聖寺は江戸で最初の黄檗宗寺院
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釈迦如来像などは文化財指定だそうです
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なかなか、どっしりとした建屋です
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奥に控える社(本堂裏側に回れたので)
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池が作られ、本堂の左側一体を水面が覆っています
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風も無く水面もおちついており綺麗に本堂が撮れました
港区白金辺りは矢張り高層マンションが立ち並んで背景が現代的です -
さて、浄土宗 極善山 最上寺、6つ固まって寺が並ぶ場所です
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住所ではこの辺りです
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奥に見える建屋はどうやら新しいようです
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山門は古いままではないでしょうか
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本堂です
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正福山 常光寺
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ここに福沢諭吉史跡があります
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福沢諭吉先生は此処に埋葬されているとの碑
詳しくは後に福澤家意向により同家菩提寺である麻布山善福寺に改葬せらる、と記されています。 -
福沢諭吉先生の胸像
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敷地内の塔
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社寺建屋は新しい作で帽子のような形状です
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戒法寺(ここには6つの寺が集中して隣接しています)
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浄土宗、とあります
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正面の建屋
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掛かっているもの東照山とあります
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宝厳寺です
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門前の掲示板
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お寺としての建屋と言うよりも行きどまり感が強い場所でした
小さな石庭と奥には墓地があるのでしょう -
こんな新しめな宝仏殿のようなものがあります
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建屋として最近の作であることが分かります、中に3体の仏像と菩薩が祀られています
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こちらの3体だそうです
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ちょっと遠目から拝顔しました
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隆崇院と言う場所に来ました
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ガラスで仕切られた中に石碑が見えます
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こちらも新しめな建屋が見えます
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本堂向かって右側
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こちらが特徴的です
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延命地蔵大菩薩とあります
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本堂向かって左側です
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本堂を正面から
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善長山、とあります
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寺院名が左に
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清岸寺山門
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浄土宗です
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これは枯れた良いたたずまいです
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手水舎は一本柱が倒れそうな汲み上げ井戸です
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手動の汲み上げ井戸
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普請のし直しから結構時が経過している感じで枯れた印象です
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昭和39年寄進とありました、60年前ですね
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キレイに整備されていますが全体的にカネをかけていない感じの良いお寺でした
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子守り地蔵
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光取寺、こちらはコンクリで出来た現代の作
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光取寺
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浄土宗だそうです
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地蔵さんらが並びます
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街角に手汲み井戸
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樹谷山 正満寺
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こちらです
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この辺りは隣接地の住居との距離が狭く画像を撮るのが困難でした
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高層マンションが居並びます
材や量はしっかりと作られています -
松光寺は既に本堂などが見られずメモリアルガーデンとして墓地のみが遺されている場所となります
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あまり墓地は写さないのですが、高層ビル群に囲まれていますが実は結構な数の墓石が見られる場所です。港区の中心部でもこうして墓地は健在、と言うのも変な話ですがお参りに来られる方のお線香が漂う場でもありました。
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今では寺院などがなく衰退してしまった寺院の遍歴などが記されている
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清涼山 松光寺 とあります
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禅宗 黄梅院
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こちらが入って直角右に在る本堂、でしょうか
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反対側に見える石碑等
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おい佐川・・・と思わず口をついて声に出してしまいました・・・
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日蓮宗 長祐山 承教寺
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ここがなかなかな立派な山門
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そして本堂も立派、なのですが近隣駐車場として貸し出しているようで境内の半分は駐車スペースでした。
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撞鐘堂
ここからグルっと回ると泉岳寺に行き着ける様でしたが夕闇が迫りつつあり、結果的に泉岳寺には行けませんでした -
さて、高野山東京別院です
警察署に隣接しており、広い敷地を有しています -
いつも品川から白金に上がる道しにちらと見て通っていましたが敷地内に入るのは初めてです
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広々とした敷地
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表門から入り直します
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高野山の東京別院なんですね
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由緒、縁起が記されています、後藤田家寄進
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四国遍路のミニ版が向かって左側で出来るようです
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敷地内をとります
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お遍路がわりに
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本堂、大変立派です
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向かって右の堂
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幾つかお地蔵さんや菩薩がたっています
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本堂を斜めに
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正面の門を振り返ると矢張り高層住宅に囲まれています
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そして、日本基督教団 高輪教会
プロテスタント教会です。 -
日本基督教団 高輪教会は創立が1882年だそうです。
この礼拝堂は1933年の作のようです。 -
教会入口
質素にして華美過分を避ける、はプロテスタント教会ならではです -
道の反対側から
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斜め右より
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住所はこの辺りでした
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こんな感じで薄暗くなったので白金台から退散です
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ザックリ、今日歩いた道を一筆書きにしてみました。
白金台駅?八芳園?寺・寺・寺・神社・寺・寺・寺・寺・寺・教会、みたいな感じでした。申し上げた通り、当地は品川宿を越えたあたりで海岸線の崖の上に在り、幕末から明治初期には外国人居留地から徐々にこの辺りに人が移り住んだ、そんな土地柄で下屋敷や寺社仏閣が多く、最初のイギリス公使館などもこの辺りだったと言われています。(跡地は特に史跡無し)また、明石町が発祥の地だったプロテスタント系学校が移って来たのも頌栄女子、明治学院などはこの辺りに移って来た事も事実です。
また、最近の私の中のブームと言ったら変ですが、ヘボンさんに関わる土地である事も今回改めて見る事が出来、勉強になりました。
長々、有難うございました。
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