八頭・若桜・智頭旅行記(ブログ) 一覧に戻る
旅の最終日は、帰る途中の沿線に点在する街を歩く。訪れたのは、若桜、用瀬、智頭である。若桜では、投入堂を思い出すような御堂を観、用瀬では特産の茶を味わった。最後に訪れた智頭では、大正時代に建てられた豪壮な邸宅を拝見し、三泊四日の旅を終えた。<br /><br />(2023.11.30 投稿)

山陰をゆく・鳥取【4】~伝統的な町屋残る若桜・用瀬・智頭を歩く~

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2023/11/05 - 2023/11/05

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旅猫

旅猫さん

旅の最終日は、帰る途中の沿線に点在する街を歩く。訪れたのは、若桜、用瀬、智頭である。若桜では、投入堂を思い出すような御堂を観、用瀬では特産の茶を味わった。最後に訪れた智頭では、大正時代に建てられた豪壮な邸宅を拝見し、三泊四日の旅を終えた。

(2023.11.30 投稿)

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
グルメ
3.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 最近では珍しく、早朝の出発である。鳥取駅を6時34分に出る特急『スーパーはくと2号』に乗車し、郡家駅を目指す。

    最近では珍しく、早朝の出発である。鳥取駅を6時34分に出る特急『スーパーはくと2号』に乗車し、郡家駅を目指す。

  • 朝早くに置きて眠かったが、郡家駅には僅か9分で着いてしまった。郡家駅からは、若桜鉄道に乗り換え、終点の若桜駅へと向かう。

    朝早くに置きて眠かったが、郡家駅には僅か9分で着いてしまった。郡家駅からは、若桜鉄道に乗り換え、終点の若桜駅へと向かう。

  • 乗り込んだ列車は、洒落た内装であった。乗客は、私一人である。列車は、6時54分に出発。長閑の風景の中をのんびりと走って行く。

    乗り込んだ列車は、洒落た内装であった。乗客は、私一人である。列車は、6時54分に出発。長閑の風景の中をのんびりと走って行く。

  • そして、終点の若桜駅には35分で着いた。結局、最後まで貸切であった。

    そして、終点の若桜駅には35分で着いた。結局、最後まで貸切であった。

  • 降り立った若桜駅は、ローカル線の終着駅の風情が漂っている。

    降り立った若桜駅は、ローカル線の終着駅の風情が漂っている。

  • 構内が見学出来るとあったので、歩いてみる。片隅には、転車台もある。

    構内が見学出来るとあったので、歩いてみる。片隅には、転車台もある。

  • 駅舎も木造平屋で風情があるが、かなり綺麗に整備されていた。内装も、最近よく見かける意匠である。

    駅舎も木造平屋で風情があるが、かなり綺麗に整備されていた。内装も、最近よく見かける意匠である。

  • まずは、駅前の観光案内所の脇から、8時発の町営バスに乗る。

    まずは、駅前の観光案内所の脇から、8時発の町営バスに乗る。

    若桜町営バス 乗り物

  • 私だけを乗せたバスは、山間を走り、10分ほどで岩屋堂バス停に着いた。ここへ来たのは、バス停の名にもなっている岩屋堂を観るためである。

    私だけを乗せたバスは、山間を走り、10分ほどで岩屋堂バス停に着いた。ここへ来たのは、バス停の名にもなっている岩屋堂を観るためである。

  • 川沿いの道を歩いて行くと、赤い橋が見えて来た。その橋を渡ると、そこが岩屋堂のある場所であった。まずは、隣に立つ岩屋神社に参拝。その社殿は、洞窟に収まるように立っていた。

    川沿いの道を歩いて行くと、赤い橋が見えて来た。その橋を渡ると、そこが岩屋堂のある場所であった。まずは、隣に立つ岩屋神社に参拝。その社殿は、洞窟に収まるように立っていた。

  • そして、いよいよ岩屋堂を拝観する。その御堂は、崖の窪みにはまるように造られている。創建は大同元年(806)だが、舞台造りの現在の建物は、源頼朝により再建されたものと伝わっているそうだ。姿も場所も違うが、どこか投入堂を思い出す佇まいであった。

    そして、いよいよ岩屋堂を拝観する。その御堂は、崖の窪みにはまるように造られている。創建は大同元年(806)だが、舞台造りの現在の建物は、源頼朝により再建されたものと伝わっているそうだ。姿も場所も違うが、どこか投入堂を思い出す佇まいであった。

    不動院岩屋堂 名所・史跡

  • 岩屋堂の近くには、多くの五輪塔があった。岩屋堂のあるこの辺りには、かつて神光寺と言う寺があったが、兵火により焼失し、岩屋堂だけが残ったそうである。五輪塔は、その寺にあった墓のようである。

    岩屋堂の近くには、多くの五輪塔があった。岩屋堂のあるこの辺りには、かつて神光寺と言う寺があったが、兵火により焼失し、岩屋堂だけが残ったそうである。五輪塔は、その寺にあった墓のようである。

  • 8時36分のバスに乗り、若桜駅へと戻る。観光案内所で地図をもらい、今度は若桜の町を散策する。若桜は、鳥取と姫路を結んでいた若桜街道の宿場町である。今でも、宿場町の面影が僅かに残っている。

    8時36分のバスに乗り、若桜駅へと戻る。観光案内所で地図をもらい、今度は若桜の町を散策する。若桜は、鳥取と姫路を結んでいた若桜街道の宿場町である。今でも、宿場町の面影が僅かに残っている。

  • 裏道沿いには歴史のある寺院が建ち並び、芭蕉の句碑などもあった。寺の一部は、赤瓦を載せた本堂があり、なかなか趣があった。

    裏道沿いには歴史のある寺院が建ち並び、芭蕉の句碑などもあった。寺の一部は、赤瓦を載せた本堂があり、なかなか趣があった。

  • その内のひとつである西方寺の境内には、若狭鬼ヶ城城主で、関ヶ原の戦いで西軍に与して切腹した木下重堅の墓があった。帰ってから気付いたのだが、この寺には素晴らしい庭園があるそうだ。

    その内のひとつである西方寺の境内には、若狭鬼ヶ城城主で、関ヶ原の戦いで西軍に与して切腹した木下重堅の墓があった。帰ってから気付いたのだが、この寺には素晴らしい庭園があるそうだ。

  • その西方寺の前を通る細い道沿いは、ちょうど宿場の裏道に当たる。そこには、白壁の土蔵が軒を連ね、美しい町並みを造り出していた。

    その西方寺の前を通る細い道沿いは、ちょうど宿場の裏道に当たる。そこには、白壁の土蔵が軒を連ね、美しい町並みを造り出していた。

  • 近くには、伊勢道の古い道標もあった。

    近くには、伊勢道の古い道標もあった。

  • 町外れには、昭和20年ごろに架けられた若桜橋があった。鳥取県内では類のない、鉄筋コンクリート造りの三連アーチ橋である。橋の上からは、八東川と山が織り成す長閑な景色が観られた。

    町外れには、昭和20年ごろに架けられた若桜橋があった。鳥取県内では類のない、鉄筋コンクリート造りの三連アーチ橋である。橋の上からは、八東川と山が織り成す長閑な景色が観られた。

  • 若桜橋から宿場の方へ戻ると、裏道に、柿を吊るした民家があった。

    若桜橋から宿場の方へ戻ると、裏道に、柿を吊るした民家があった。

  • 街の西側を歩いて行くと、広場があった。お年寄りがゲートボールを楽しんでいる。ここが、かつての若桜陣屋のあった場所らしい。その向こうに見えているのが、若狭鬼ヶ城の跡のようだ。

    街の西側を歩いて行くと、広場があった。お年寄りがゲートボールを楽しんでいる。ここが、かつての若桜陣屋のあった場所らしい。その向こうに見えているのが、若狭鬼ヶ城の跡のようだ。

  • 若桜鬼ヶ城への案内板を左折すると、龍徳寺と言う寺があった。その墓地には、関ヶ原の戦い後に若桜城主となった山崎家盛の墓がある。傍らに立つ大銀杏は、子の家治が目印として植えたものだそうだ。

    若桜鬼ヶ城への案内板を左折すると、龍徳寺と言う寺があった。その墓地には、関ヶ原の戦い後に若桜城主となった山崎家盛の墓がある。傍らに立つ大銀杏は、子の家治が目印として植えたものだそうだ。

  • 龍徳寺の本堂裏手に綺麗に色付いたもみじがあった。今年初めてのまともな紅葉である。地元の方によれば、やはり遅れているそうだ。

    龍徳寺の本堂裏手に綺麗に色付いたもみじがあった。今年初めてのまともな紅葉である。地元の方によれば、やはり遅れているそうだ。

  • 龍徳寺の先には、若桜神社がある。鳥居を潜ると、樹々が色付き綺麗であった。今年は紅葉が遅れたり、色付きが悪かったりして観ることが出来なかったが、思わぬところで紅葉を観ることが出来た。

    龍徳寺の先には、若桜神社がある。鳥居を潜ると、樹々が色付き綺麗であった。今年は紅葉が遅れたり、色付きが悪かったりして観ることが出来なかったが、思わぬところで紅葉を観ることが出来た。

  • 石段を登ると、木漏れ日の中に手水があった。何気ない光景であるが、人が造ったものと自然が織り成す美である。

    石段を登ると、木漏れ日の中に手水があった。何気ない光景であるが、人が造ったものと自然が織り成す美である。

  • さらに石段を登ると、社殿が見えて来た。なかなか風情のある社である。かつては、若桜を含む八頭郡の大社として、大いに栄えたそうである。

    さらに石段を登ると、社殿が見えて来た。なかなか風情のある社である。かつては、若桜を含む八頭郡の大社として、大いに栄えたそうである。

  • 参拝後、駅へと戻る途中で見つけた太田酒造場で看板銘柄の『辨天娘』を二種類購入し、駅へと戻った。すると、駅舎に喫茶があったので、そこでひと休みすることにする。珈琲とチーズケーキを頼み、しばらく寛いだ。

    参拝後、駅へと戻る途中で見つけた太田酒造場で看板銘柄の『辨天娘』を二種類購入し、駅へと戻った。すると、駅舎に喫茶があったので、そこでひと休みすることにする。珈琲とチーズケーキを頼み、しばらく寛いだ。

    わかさカフェ retro グルメ・レストラン

  • 11時23分の列車で若桜を離れ、郡家駅に戻る。そして、12時18分発の因美線の普通列車に乗り換え、用瀬駅に向かう。車内はゆったりとした時間が流れていた。列車は、15分で用瀬駅に着いた。

    11時23分の列車で若桜を離れ、郡家駅に戻る。そして、12時18分発の因美線の普通列車に乗り換え、用瀬駅に向かう。車内はゆったりとした時間が流れていた。列車は、15分で用瀬駅に着いた。

  • 駅舎を出ると、すぐのところに店があり、カレーの匂いが漂ってきた。ちょうど昼時なので、その店で昼食とした。ポークとチキンの二種盛がお勧めらしいが、ポークが売れ切れだったので、チキンカレーを注文した。悪くは無かったが、倉吉で食べたカレーと比べると、かなり水っぽかった。

    駅舎を出ると、すぐのところに店があり、カレーの匂いが漂ってきた。ちょうど昼時なので、その店で昼食とした。ポークとチキンの二種盛がお勧めらしいが、ポークが売れ切れだったので、チキンカレーを注文した。悪くは無かったが、倉吉で食べたカレーと比べると、かなり水っぽかった。

  • 食後、とりあえず、カレー屋の脇の道を北の方へと歩いてみる。道沿いには水路が流れ、荷上場のある古い建物も観られた。

    食後、とりあえず、カレー屋の脇の道を北の方へと歩いてみる。道沿いには水路が流れ、荷上場のある古い建物も観られた。

  • しばらく歩くと街外れとなり、踏切に出た。その手前に、用瀬番所跡と言う石碑が立っていた。鳥取藩が幕末に設けた番所があったそうだ。その脇には、芭蕉塚と言うものもあった。

    しばらく歩くと街外れとなり、踏切に出た。その手前に、用瀬番所跡と言う石碑が立っていた。鳥取藩が幕末に設けた番所があったそうだ。その脇には、芭蕉塚と言うものもあった。

  • そこから用瀬の街並みを南へと歩いて行く。すると、途中に細い石段があり、そこから白壁と石垣が見えた。降りてみると、かなりの規模である。石垣の一部には井戸の跡のようなものもある。調べてみると、江戸時代の石垣であった。

    そこから用瀬の街並みを南へと歩いて行く。すると、途中に細い石段があり、そこから白壁と石垣が見えた。降りてみると、かなりの規模である。石垣の一部には井戸の跡のようなものもある。調べてみると、江戸時代の石垣であった。

  • 車道に戻り先へと歩く。道沿いには、古い町家が結構残っている。

    車道に戻り先へと歩く。道沿いには、古い町家が結構残っている。

    用瀬の町並み 名所・史跡

  • 用瀬は、かつての因幡街道の宿場町で、街並みには街道筋の名残りが息づいている。街の南に郷土資料館がある様なので歩いて行くと、閉館していた。その近くに、江戸時代に造られた石灯篭が立っていた。

    用瀬は、かつての因幡街道の宿場町で、街並みには街道筋の名残りが息づいている。街の南に郷土資料館がある様なので歩いて行くと、閉館していた。その近くに、江戸時代に造られた石灯篭が立っていた。

    用瀬宿 名所・史跡

  • 街道筋から裏道へ入ると、そこには水路が流れていた。脇を因美線の線路が走っていた。水路沿いに歩いていると、古民家を利用した洒落た喫茶があった。立ち寄ってみたかったが、とりあえず、街歩きを続ける。

    街道筋から裏道へ入ると、そこには水路が流れていた。脇を因美線の線路が走っていた。水路沿いに歩いていると、古民家を利用した洒落た喫茶があった。立ち寄ってみたかったが、とりあえず、街歩きを続ける。

  • その先に、江戸時代に架けられた石橋があった。下を流れる水路は、瀬戸川と呼ばれ、水中には梅花藻が見られた。近くには、参勤交代の大名が休憩した『お茶屋本陣』の跡もあった。現在も喫茶として営業していたらしいが、コロナの影響か、長期休業しているようだ。

    その先に、江戸時代に架けられた石橋があった。下を流れる水路は、瀬戸川と呼ばれ、水中には梅花藻が見られた。近くには、参勤交代の大名が休憩した『お茶屋本陣』の跡もあった。現在も喫茶として営業していたらしいが、コロナの影響か、長期休業しているようだ。

  • 用瀬には、雛祭りに、男女一対の紙雛を桟俵に乗せ、花等を添えて川に流す『流しびな』と言う風習があるそうだ。その流しびなが行われる千代川の向こうに、『流しびなの館』と言う施設があるというので立ち寄ってみる。しかし、中へ入ると真っ暗であった。しばらく待つと、係の人がやって来た。人が来るとは思わなかったようだ。電気を付けてもらうと、色々な時代の雛飾りが置かれていた。

    用瀬には、雛祭りに、男女一対の紙雛を桟俵に乗せ、花等を添えて川に流す『流しびな』と言う風習があるそうだ。その流しびなが行われる千代川の向こうに、『流しびなの館』と言う施設があるというので立ち寄ってみる。しかし、中へ入ると真っ暗であった。しばらく待つと、係の人がやって来た。人が来るとは思わなかったようだ。電気を付けてもらうと、色々な時代の雛飾りが置かれていた。

    流しびなの館 美術館・博物館

  • 建物の最上階に展望所があった。そこから外を眺めると、千代川の向こうに、用瀬の街並みが望めた。後になって考えてみれば、その施設で肝心の『流しびな』を観なかった。

    建物の最上階に展望所があった。そこから外を眺めると、千代川の向こうに、用瀬の街並みが望めた。後になって考えてみれば、その施設で肝心の『流しびな』を観なかった。

  • まだ少し時間があったので、先ほど見つけた喫茶に立ち寄る。店内には思いの外客が多い。通されたのは、一階の庭に面した席であった。

    まだ少し時間があったので、先ほど見つけた喫茶に立ち寄る。店内には思いの外客が多い。通されたのは、一階の庭に面した席であった。

  • お品書きを見ると、『用瀬茶』と言うものがあった。地元特産の茶のようなので、それを注文。急須と湯呑の他、茶の入れ方が書かれた紙も付いて来た。その通りに茶を入れて飲んでみると、少し渋みのある味わいで、結構好みである。結局、ゆっくりと三杯味わった。

    お品書きを見ると、『用瀬茶』と言うものがあった。地元特産の茶のようなので、それを注文。急須と湯呑の他、茶の入れ方が書かれた紙も付いて来た。その通りに茶を入れて飲んでみると、少し渋みのある味わいで、結構好みである。結局、ゆっくりと三杯味わった。

  • 用瀬駅に戻り、14時41分発の普通列車に乗り、最後の目的地智頭駅へ向かう。山陰地方には、まだまだ国鉄時代の車両が走り、ほっとする。

    用瀬駅に戻り、14時41分発の普通列車に乗り、最後の目的地智頭駅へ向かう。山陰地方には、まだまだ国鉄時代の車両が走り、ほっとする。

  • 15分足らずで智頭駅に着いた。ここの駅舎も、木造の平屋建てである。向かいに立派な観光案内所があったので、そこで地図をもらった。智頭も因幡街道の宿場町だが、その街並みは駅から離れた場所にあるので、歩いて行く。用瀬でも出会った千代川を渡ると、旧用瀬宿である。

    15分足らずで智頭駅に着いた。ここの駅舎も、木造の平屋建てである。向かいに立派な観光案内所があったので、そこで地図をもらった。智頭も因幡街道の宿場町だが、その街並みは駅から離れた場所にあるので、歩いて行く。用瀬でも出会った千代川を渡ると、旧用瀬宿である。

  • 近付くと、何やら人が多く騒がしい。ガソリンの匂いが漂い異様な感じである。この日、運悪くクラシックカーの催しをやっていたのだ。最後の行進が始まり、それで終わりのようなので、しばらく待ってから散策を始めた。多くの車が停まっていた場所も静かになり、宿場の風情がようやく戻って来た。最初に目に付いたのは、塩屋出店である。智頭で大庄屋も務めた塩屋の別家だそうだ。

    近付くと、何やら人が多く騒がしい。ガソリンの匂いが漂い異様な感じである。この日、運悪くクラシックカーの催しをやっていたのだ。最後の行進が始まり、それで終わりのようなので、しばらく待ってから散策を始めた。多くの車が停まっていた場所も静かになり、宿場の風情がようやく戻って来た。最初に目に付いたのは、塩屋出店である。智頭で大庄屋も務めた塩屋の別家だそうだ。

    旧塩屋出店 名所・史跡

  • その敷地内に、白い洋館が建っていた。昭和5年に建てられたもので、現在は、西河克己映画記念館となっていた。主屋の方は、明治22年の大火後に建てられたものだそうだ。催事があったせいか、休館であった。

    その敷地内に、白い洋館が建っていた。昭和5年に建てられたもので、現在は、西河克己映画記念館となっていた。主屋の方は、明治22年の大火後に建てられたものだそうだ。催事があったせいか、休館であった。

  • その先にあったのは、米原家住宅主屋である。黒漆喰の外壁が印象的な建物で、明治時代に建てられたものである。備前往来が智頭往来(因幡街道)と出会う角地にあり、智頭の一等地と言える。

    その先にあったのは、米原家住宅主屋である。黒漆喰の外壁が印象的な建物で、明治時代に建てられたものである。備前往来が智頭往来(因幡街道)と出会う角地にあり、智頭の一等地と言える。

    米原邸(米原住宅) 名所・史跡

  • 智頭往来に出て左へと進むと、すぐに海鼠壁のある大きな建物があった。銘酒『諏訪泉』で知られる諏訪酒造である。迷わず立ち寄り、三種類ほど試飲させていただいた。気になった酒を二本買い込み、送ってもらう。

    智頭往来に出て左へと進むと、すぐに海鼠壁のある大きな建物があった。銘酒『諏訪泉』で知られる諏訪酒造である。迷わず立ち寄り、三種類ほど試飲させていただいた。気になった酒を二本買い込み、送ってもらう。

    諏訪酒造 専門店

  • 江戸時代の道標が残る宿場外れまで歩き、元来た道を戻る。そして、米原家住宅の前を通り過ぎ、先へと進む。右手には、米原家住宅の上門と塀が智頭往来に面して建っていた。

    江戸時代の道標が残る宿場外れまで歩き、元来た道を戻る。そして、米原家住宅の前を通り過ぎ、先へと進む。右手には、米原家住宅の上門と塀が智頭往来に面して建っていた。

  • その向かいの街並みも風情があったが、まだ出店の片づけをやっていて、残念ながら建物を巧く撮ることが出来なかった。

    その向かいの街並みも風情があったが、まだ出店の片づけをやっていて、残念ながら建物を巧く撮ることが出来なかった。

    智頭往来 名所・史跡

  • その並びに、ひと際豪壮な屋敷があった。江戸時代に大庄屋を務めた石谷家の住宅である。屋号は塩屋。現在の建物は、大正8年から10年を掛けて改装したものだそうだ。

    その並びに、ひと際豪壮な屋敷があった。江戸時代に大庄屋を務めた石谷家の住宅である。屋号は塩屋。現在の建物は、大正8年から10年を掛けて改装したものだそうだ。

  • 国の重要文化財に指定されている建物には、多くの部屋があり、驚くほど広い。庭にある池も広く、個人の家とは思えない。ただ、大正という時代のせいか、江戸や明治の邸宅の意匠とは違い、どことなくな造りで軽いように感じた。

    国の重要文化財に指定されている建物には、多くの部屋があり、驚くほど広い。庭にある池も広く、個人の家とは思えない。ただ、大正という時代のせいか、江戸や明治の邸宅の意匠とは違い、どことなくな造りで軽いように感じた。

  • 石谷家を出ると、向かいに荒れ果てた屋敷があった。風情のある佇まいだが、朽ちるに任せているようだ。

    石谷家を出ると、向かいに荒れ果てた屋敷があった。風情のある佇まいだが、朽ちるに任せているようだ。

  • 最後に、裏道にあった本陣跡に立ち寄る。かつて、鳥取藩主池田家が参勤交代の折に宿泊した御本陣があった場所である。現在は、公民館などの敷地となっていた。

    最後に、裏道にあった本陣跡に立ち寄る。かつて、鳥取藩主池田家が参勤交代の折に宿泊した御本陣があった場所である。現在は、公民館などの敷地となっていた。

    智頭町 本陣跡 名所・史跡

  • 駅へ戻り、16時52分発の特急『スーパーいなば8号』を待つ。智頭駅に着いた時に、指定券を購入しようとしたのだが、JRの駅では取り扱えないという。そこで、隣の智頭急行の窓口で尋ねてみると、電話で予約を取り、判子と手書きで指定券を作ってくれた。まるで、国鉄時代の発券を見ているようであった。

    駅へ戻り、16時52分発の特急『スーパーいなば8号』を待つ。智頭駅に着いた時に、指定券を購入しようとしたのだが、JRの駅では取り扱えないという。そこで、隣の智頭急行の窓口で尋ねてみると、電話で予約を取り、判子と手書きで指定券を作ってくれた。まるで、国鉄時代の発券を見ているようであった。

  • 列車は夕暮れの智頭急行を走り抜けて行く。トンネルが多いので、景色はあまり見えない。そして、上郡駅に着いた時には、すっかり日も暮れていた。上郡駅からは、17時37分発の山陽本線の普通列車に乗り、ふたつ隣の相生駅へ向かう。

    列車は夕暮れの智頭急行を走り抜けて行く。トンネルが多いので、景色はあまり見えない。そして、上郡駅に着いた時には、すっかり日も暮れていた。上郡駅からは、17時37分発の山陽本線の普通列車に乗り、ふたつ隣の相生駅へ向かう。

  • 相生駅からは、18時発の『ひかり520号』に乗車。新大阪駅で18時51分発の『のぞみ452号』に乗り換え、三泊四日の旅を終えた。今回は、やはり、投入堂への参拝が一番印象的であったが、倉吉の街並みも良かった。久しぶりに鳥取砂丘も観ることが出来たし、天気は悪かったが浦富海岸も歩けた。振り返れば、良い旅だったと思う。

    相生駅からは、18時発の『ひかり520号』に乗車。新大阪駅で18時51分発の『のぞみ452号』に乗り換え、三泊四日の旅を終えた。今回は、やはり、投入堂への参拝が一番印象的であったが、倉吉の街並みも良かった。久しぶりに鳥取砂丘も観ることが出来たし、天気は悪かったが浦富海岸も歩けた。振り返れば、良い旅だったと思う。

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  • チーママ散歩さん 2023/12/14 17:12:17
    こんにちは。
    こんにちは 旅猫さん

    表紙の干し柿のお家の写真。
    最近あまり干し柿をしているお家を見ないので
    いいなあって…
    戻って再度拝見しておりました。
    今年も我が家も作りましたから♪
    なんでも手を出して凝るタイプ。
    梅干しもそう。
    ちょっぴり面倒もあるけれど
    手作りで 出来たらお配りするのがうれしいんです。
    皆がしなくなって来た昔行事をあえて大切に
    現代で楽しんでいます。

    古い町並みときれいな水が流れる川と水路。
    風情を感じながら歩く街歩きにぴったりな町ですね。
    転車台もあって、ノスタルジックな駅舎も素敵です。
    鳥取にこんな哀愁漂う街歩きがあったのですね。
    手書きの指定券。
    本当にタイムスリップした気分です。

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2023/12/15 06:59:01
    RE: こんにちは。
    チーママ散歩さん、こんにちは。

    書き込みありがとうございます。
    干し柿とか、大根干しとか、街中では見かけなくなりましたね。
    地方の山間の小さな町では、まだこんな光景が観られるので嬉しくなります。
    ご自宅で干し柿を手造りされているのですね!
    しかも、梅干しまで。
    いつか、手作りで味噌を造ってみたいと思っていますが、なかなか時間が無くて。

    若桜、用瀬、智頭は、それぞれ風情があって良かったです。
    特に用瀬は、特急も停まらない小さな町なので、静かで良かったです。
    駅舎もすべて木造平屋で、これぞ駅と言った感じでした。
    手書きの指定券は、正直驚きました。
    旅の思い出として、持ち帰りました。

    旅猫
  • ポテのお散歩さん 2023/12/01 13:41:34
    山陰の小さな町
    旅猫さん こんにちは。

    とても贅沢な事をしたのですが、先日 京都からスーパーはくとで
    姫路まで行きました
    新快速で行けば同じような時間で着くのに約半額で行けるし
    関西では当たり前の行き方なのですが、混雑をさけて特急に乗ったのです(^-^;
    帰りは新快速で帰りましたよ♪

    スーパーはくとで鳥取へ行けば、今回 旅猫さんが巡られた
    若桜・用瀬・智頭を通るのですね。
    智頭という地名は知っていましたが、若桜・用瀬は知りませんでした。
    智頭もいざというと、何があるのか知らないのですが
    古くからの街道で、鳥取や島根の藩が大名行列で通り、
    旅人の往来で賑わった街なのですね。

    姫路へ行った時、姫路には外国人観光客が多かったですが
    龍野へ行くと外国人は一人も見ませんでした。
    観光用ではなく、実際に住民が住んでいる古い町並みや立派な構えの商店が
    残っていました。
    嵐山で人並にもまれて歩くより、古くからの生きた町並みを見て欲しいと
    思いました。

    若桜・用瀬も風情のある建物が残る町ですね。
    人口が減る中で、このような町並を残すのは難しい問題になりましたね。
    いつかスーパーはくとで、智頭へ行ってみたいです(*^-^*)

      ポテ

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2023/12/02 09:16:38
    RE: 山陰の小さな町
    ポテさん、こんにちは。

    いつもありがとうございます。
    京都から姫路まで特急ですが。
    でも、私も使ってしまうと思います。
    さすがに、新幹線は使わないと思いますが。

    若桜はローカル線の終点ですが、なかなか風情のある町でした。
    用瀬は普通列車しか停まらない小さな町ですが、こちらも落ち着いた風情の良い街です。
    智頭は、さすがに大きな町でした。
    豪壮な庄屋の建物などもあり、他の二つの街とはあきらかに規模が違いました。

    姫路は、やはり姫路城が世界的な人気なのでしょうね。
    龍野は、小さな城下町ですからね。
    以前一度だけ歩いたことがりますが、当時はそれこそ人がいませんでした。
    欧州の人は、結構日本らしい場所が好きなので、最近のこの国の観光地は、あまり好みでは無いかもしれませんね。

    地方都市は、どこも人口が激減して、街を維持するのはこれから難しいでしょう。
    かといって、若い人の都会に出るなとは言えませんし。
    どうして、こうなってしまったのでしょうかね。。。

    旅猫

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