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2022年4月5日(火)12時過ぎ、りんくうシークルの大観覧車を楽しんだ後、りんくうタウン駅に戻り、18きっぷは使えないが今度は南海空港線で岸和田に向かう。12時15分の難波行急行に乗車(下の写真1)。<br /><br />空港線は関空駅からこの駅までは来た時に利用したJRの関西空港線と同じ線路を走っているが、関空と南海本線の泉佐野とを結ぶ南海線で、早朝を除いて南海本線直通の難波発着電車が運行されている。りんくうタウン・関西空港間6.9kmは新関西国際空港が所有し、南海とJR西が借用している。<br /><br />1988年に着工し、1994年6月に開業。全線電化複線で、3駅8.8kmを結ぶ。当初は泉佐野駅周辺に踏切があったが、2005年に全線高架化され、南海全体で唯一全区間踏切が存在しない線になった。全線の約42.6%が海上を走る稀有な線。私が海外によく行ってた時代には関空にはこの線の利用がメインだった。<br /><br />りんくうタウン駅を出るとJRや空港自動車道と離れて左に大きく曲がり、南海本線に合流し、泉佐野駅に達する。南海本線は大阪と和歌山を結ぶ関西の主要路線の一つ。南海電鉄の本線と云う路線名でなく、南海本線が正式な路線名。<br /><br />大阪の難波と和歌山の和歌山市間、43駅64.2kmを全線電化複線で結んでいる(岸里玉出・住ノ江間は緩行線と急行線との方向別複々線になっている)。JRの阪和線とほぼ並走しているが、泉南市以南はJRは山中渓を抜けて南に下がるのに対して、南海本線はそのまま海岸線を西に進み、岬町から南下している。<br /><br />1885年(明治18年)に難波・大和川(後に廃止)間が阪堺鉄道として開業。1888年(明治21年)に堺まで延伸される。1897年(明治30年)に南海の堺・佐野(現在の泉佐野)間が開業し、すぐに尾崎まで延伸され、阪堺鉄道との直通運転が始まる。翌年、阪堺鉄道は南海鉄道に事業を譲渡し、全線南海となる。同年、和歌山北口(現在の紀ノ川駅の前身)まで延伸され、1903年に和歌山市までの全線が開通した。<br /><br />現在は優等列車としては難波・関空間に特急「ラピート」、難波・和歌山市/和歌山港間に特急「サザン」が走っているが、かつては特急「くろしお」の前身である「南紀」や「きのくに」が南海本線から紀勢本線への直通運転を行っていたこともある(1985年に消滅)。<br /><br />12時半前、岸和田駅に到着(下の写真2)。岸和田市の中心駅で、関空特急「ラピートα」を除く全列車が停車する。1897年(明治30年)、南海鉄道の堺・佐野(現泉佐野)間開業時に設置された。1944年(昭和19年)には会社合併により近鉄の駅となったが、3年後には元に戻った。<br /><br />待避設備を備えた島式2面4線のホームを持つ高架駅。現在の駅舎は1994年に完成した3代目。先代は1929年(昭和4年)に建てられたもので、半円型のステンドグラスが特徴的な洋風の駅舎だったが、現駅舎にも2代目駅舎をイメージしたステンドグラスや半円型のガラス窓などが施されている。<br /><br />1階に改札、2階にホームがある。改札口は中央口(下の写真3)と和歌山市駅寄りの南口があり、両口とも団体専用口を備えている。 中央口に改札とホームを結ぶエスカレータ・エレベータ、南口に同じくエスカレータが設置される。<br /><br />岸和田市はだんじり祭が有名な泉南地域における行政の中心都市。和泉市、貝塚市、忠岡町と和歌山県の紀の川市、かつらぎ町に囲まれた泉南地方最北の市。<br /><br />岸和田の名の由来には諸説あるが、南北朝時代、楠木正成の一族の和田高家が当時単に「岸」と呼ばれていたこの地に代官として派遣され、城を築き拠点としたことから、「岸の和田殿」と呼ばれるようになり、地名の起こりになったという説が有力。<br /><br />大阪湾から和泉山脈に至る東西7.6km、南北17.3kmの細長い市域を持ち、面積約72平方kmは府内43市町村中8番目に広い。泉南では一番広い。人口は約18.5万人で、こちらは11位。泉南では一番多く、泉州地域全体でも和泉市を上回り、堺市に次ぐ。<br /><br />安土桃山時代の1585年に小出秀政が岸和田城主となり、岸和田藩が立藩。城郭整備と城下建設に取り掛かる。江戸時代に入り、1619年に松平康重が入封。総構えと城下の整備が進む。さらに寛永時代(17世紀初め)以降、岸和田藩主岡部氏の城下町として栄える。<br /><br />明治時代中期以後は泉州綿織物を主とする紡織工業都市として発展した。1966年には、臨海部の埋立により大阪鉄工金属団地と大阪木材コンビナートが造られた。<br /><br />1889年(明治22年)の町村制施行により岸和田町が発足。1922年(大正11年)に大阪府下で3番目に市制を施行、岸和田市となる。1942年(昭和17年)に春木町、山直町、南掃守村と新設合併し、改めて岸和田市となる。1948年(昭和23年)に山滝村を編入。2007年に飛地で市内にあった貝塚市清児新町地区を編入し、現在の市域となった。<br /><br />2003年に忠岡町との合併協議会を設立されたが、翌年の忠岡町で行われた住民投票の結果、反対多数となったため解散した。<br /><br />和泉山脈北麓と台地では溜池灌漑による米のほかタマネギ、みかん、桃、花卉の栽培が盛ん。春菊は府内において堺市に次いで2番目の生産量であり全国の自治体では7番目の生産量を誇る。<br /><br />岸和田漁港ではシラス漁が盛んに行われており、全国有数のシラスの産地として知られている。そのほか、毎年春先にはイカナゴ漁が解禁されており、大阪湾に春の訪れを告げている。<br /><br />江戸時代より綿花の栽培が盛んで、近代以降も産業の中心は繊維産業だったが、海外製品に押される形で多くの工場が姿を消した。<br /><br />ガラス・レンズ産業、特に乱視用のガラスレンズ生産が盛ん。ピーク時の1980年頃には市内に大小あわせて70件ほどのレンズ工場が操業していた。また、顕微鏡用スライドガラス、カバーガラスの生産も盛んであり、カバーガラスは一時期日本国内シェアの90%以上を独占していた。<br /><br />毎年9月に行われる岸和田だんじり祭が超有名。約300年の歴史と伝統を誇り、曳き手が走り、速度に乗っただんじりを方向転換させる「やりまわし」を見所として、多くの観光客を集めている。<br /><br />2011年の朝ドラ「カーネーション(尾野真千子主演)」の主人公小篠綾子(岸和田高等女学校中退)とその娘たち(コシノヒロコ(岸和田高校卒)、コシノジュンコ(岸和田高校卒)、コシノミチコ(和泉高校卒))の出身地。1996年からシリーズ映画化された中場利一の小説「岸和田少年愚連隊」の舞台でもある。<br /><br />野球の清原和博元選手は久米田中学からPL学園(富田林市)に進んだ。サッカー、現在はヴィッセル神戸に所属する初瀬亮選手は学校は不明だが岸和田出身で中学時代にだんじり祭りに専念するか迷った末にガンバ大阪のアカデミーに所属したそうだ。フィギュアスケートの山本草太選手は学校は不明だが、岸和田市内の小学校卒業後、フィギュアスケートのために名古屋に転居した。<br /><br />1996年に亡くなった俳優の高橋悦史は岸和田の洋品店が実家で、岸和田高校卒。1973年に「他人の関係」をヒットさせた金井克子は中国生まれだが岸和田で育ち、四天王寺高校(大阪市天王寺区)に進んだ。キングオブコント2022王者ビスケットブラザーの原田泰雅は桜台中学校から東住吉高校(大阪市平野区)に進んだ。<br /><br /><br />岸和田観光に入るが、続く

大阪 岸和田(Kishiwada,Osaka,Japan)

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2022/04/05 - 2022/04/05

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旅行記グループ 泉南

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年4月5日(火)12時過ぎ、りんくうシークルの大観覧車を楽しんだ後、りんくうタウン駅に戻り、18きっぷは使えないが今度は南海空港線で岸和田に向かう。12時15分の難波行急行に乗車(下の写真1)。

空港線は関空駅からこの駅までは来た時に利用したJRの関西空港線と同じ線路を走っているが、関空と南海本線の泉佐野とを結ぶ南海線で、早朝を除いて南海本線直通の難波発着電車が運行されている。りんくうタウン・関西空港間6.9kmは新関西国際空港が所有し、南海とJR西が借用している。

1988年に着工し、1994年6月に開業。全線電化複線で、3駅8.8kmを結ぶ。当初は泉佐野駅周辺に踏切があったが、2005年に全線高架化され、南海全体で唯一全区間踏切が存在しない線になった。全線の約42.6%が海上を走る稀有な線。私が海外によく行ってた時代には関空にはこの線の利用がメインだった。

りんくうタウン駅を出るとJRや空港自動車道と離れて左に大きく曲がり、南海本線に合流し、泉佐野駅に達する。南海本線は大阪と和歌山を結ぶ関西の主要路線の一つ。南海電鉄の本線と云う路線名でなく、南海本線が正式な路線名。

大阪の難波と和歌山の和歌山市間、43駅64.2kmを全線電化複線で結んでいる(岸里玉出・住ノ江間は緩行線と急行線との方向別複々線になっている)。JRの阪和線とほぼ並走しているが、泉南市以南はJRは山中渓を抜けて南に下がるのに対して、南海本線はそのまま海岸線を西に進み、岬町から南下している。

1885年(明治18年)に難波・大和川(後に廃止)間が阪堺鉄道として開業。1888年(明治21年)に堺まで延伸される。1897年(明治30年)に南海の堺・佐野(現在の泉佐野)間が開業し、すぐに尾崎まで延伸され、阪堺鉄道との直通運転が始まる。翌年、阪堺鉄道は南海鉄道に事業を譲渡し、全線南海となる。同年、和歌山北口(現在の紀ノ川駅の前身)まで延伸され、1903年に和歌山市までの全線が開通した。

現在は優等列車としては難波・関空間に特急「ラピート」、難波・和歌山市/和歌山港間に特急「サザン」が走っているが、かつては特急「くろしお」の前身である「南紀」や「きのくに」が南海本線から紀勢本線への直通運転を行っていたこともある(1985年に消滅)。

12時半前、岸和田駅に到着(下の写真2)。岸和田市の中心駅で、関空特急「ラピートα」を除く全列車が停車する。1897年(明治30年)、南海鉄道の堺・佐野(現泉佐野)間開業時に設置された。1944年(昭和19年)には会社合併により近鉄の駅となったが、3年後には元に戻った。

待避設備を備えた島式2面4線のホームを持つ高架駅。現在の駅舎は1994年に完成した3代目。先代は1929年(昭和4年)に建てられたもので、半円型のステンドグラスが特徴的な洋風の駅舎だったが、現駅舎にも2代目駅舎をイメージしたステンドグラスや半円型のガラス窓などが施されている。

1階に改札、2階にホームがある。改札口は中央口(下の写真3)と和歌山市駅寄りの南口があり、両口とも団体専用口を備えている。 中央口に改札とホームを結ぶエスカレータ・エレベータ、南口に同じくエスカレータが設置される。

岸和田市はだんじり祭が有名な泉南地域における行政の中心都市。和泉市、貝塚市、忠岡町と和歌山県の紀の川市、かつらぎ町に囲まれた泉南地方最北の市。

岸和田の名の由来には諸説あるが、南北朝時代、楠木正成の一族の和田高家が当時単に「岸」と呼ばれていたこの地に代官として派遣され、城を築き拠点としたことから、「岸の和田殿」と呼ばれるようになり、地名の起こりになったという説が有力。

大阪湾から和泉山脈に至る東西7.6km、南北17.3kmの細長い市域を持ち、面積約72平方kmは府内43市町村中8番目に広い。泉南では一番広い。人口は約18.5万人で、こちらは11位。泉南では一番多く、泉州地域全体でも和泉市を上回り、堺市に次ぐ。

安土桃山時代の1585年に小出秀政が岸和田城主となり、岸和田藩が立藩。城郭整備と城下建設に取り掛かる。江戸時代に入り、1619年に松平康重が入封。総構えと城下の整備が進む。さらに寛永時代(17世紀初め)以降、岸和田藩主岡部氏の城下町として栄える。

明治時代中期以後は泉州綿織物を主とする紡織工業都市として発展した。1966年には、臨海部の埋立により大阪鉄工金属団地と大阪木材コンビナートが造られた。

1889年(明治22年)の町村制施行により岸和田町が発足。1922年(大正11年)に大阪府下で3番目に市制を施行、岸和田市となる。1942年(昭和17年)に春木町、山直町、南掃守村と新設合併し、改めて岸和田市となる。1948年(昭和23年)に山滝村を編入。2007年に飛地で市内にあった貝塚市清児新町地区を編入し、現在の市域となった。

2003年に忠岡町との合併協議会を設立されたが、翌年の忠岡町で行われた住民投票の結果、反対多数となったため解散した。

和泉山脈北麓と台地では溜池灌漑による米のほかタマネギ、みかん、桃、花卉の栽培が盛ん。春菊は府内において堺市に次いで2番目の生産量であり全国の自治体では7番目の生産量を誇る。

岸和田漁港ではシラス漁が盛んに行われており、全国有数のシラスの産地として知られている。そのほか、毎年春先にはイカナゴ漁が解禁されており、大阪湾に春の訪れを告げている。

江戸時代より綿花の栽培が盛んで、近代以降も産業の中心は繊維産業だったが、海外製品に押される形で多くの工場が姿を消した。

ガラス・レンズ産業、特に乱視用のガラスレンズ生産が盛ん。ピーク時の1980年頃には市内に大小あわせて70件ほどのレンズ工場が操業していた。また、顕微鏡用スライドガラス、カバーガラスの生産も盛んであり、カバーガラスは一時期日本国内シェアの90%以上を独占していた。

毎年9月に行われる岸和田だんじり祭が超有名。約300年の歴史と伝統を誇り、曳き手が走り、速度に乗っただんじりを方向転換させる「やりまわし」を見所として、多くの観光客を集めている。

2011年の朝ドラ「カーネーション(尾野真千子主演)」の主人公小篠綾子(岸和田高等女学校中退)とその娘たち(コシノヒロコ(岸和田高校卒)、コシノジュンコ(岸和田高校卒)、コシノミチコ(和泉高校卒))の出身地。1996年からシリーズ映画化された中場利一の小説「岸和田少年愚連隊」の舞台でもある。

野球の清原和博元選手は久米田中学からPL学園(富田林市)に進んだ。サッカー、現在はヴィッセル神戸に所属する初瀬亮選手は学校は不明だが岸和田出身で中学時代にだんじり祭りに専念するか迷った末にガンバ大阪のアカデミーに所属したそうだ。フィギュアスケートの山本草太選手は学校は不明だが、岸和田市内の小学校卒業後、フィギュアスケートのために名古屋に転居した。

1996年に亡くなった俳優の高橋悦史は岸和田の洋品店が実家で、岸和田高校卒。1973年に「他人の関係」をヒットさせた金井克子は中国生まれだが岸和田で育ち、四天王寺高校(大阪市天王寺区)に進んだ。キングオブコント2022王者ビスケットブラザーの原田泰雅は桜台中学校から東住吉高校(大阪市平野区)に進んだ。


岸和田観光に入るが、続く

  • 写真1 りんくうタウン駅 南海難波行急行

    写真1 りんくうタウン駅 南海難波行急行

  • 写真2 岸和田駅に到着した南海難波行急行

    写真2 岸和田駅に到着した南海難波行急行

  • 写真3 岸和田駅中央改札口

    写真3 岸和田駅中央改札口

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