2023/09/18 - 2023/09/18
409位(同エリア1269件中)
あおしさん
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
日本史上もっとも有名な兵糧攻め、「鳥取城の渇(かつ)え殺し」。
織田信長の毛利氏の中国攻めの軍事司令官だった羽柴秀吉(豊臣秀吉)は毛利方の城将・吉川経家の守る鳥取城を徹底した兵糧攻めを行いました。
城内は阿鼻叫喚となり、日本の歴史史上、唯一「人の肉を食べた」という記録が残ります。
今回鳥取城の本丸まで山登りをしてみました。
https://www.youtube.com/watch?v=4l50F_hfwrI
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨夜、兵庫県の湯村温泉に入り、旅館に一泊。
朝、温泉街を散歩します。
昭和の温泉街の風情ののこるいい雰囲気の温泉街でした。湯村温泉 温泉
-
湯村温泉の中心・荒湯。
熱い温泉が湧き出ています。
ここで卵を熱い温泉でゆでている人が多くいました。荒湯 名所・史跡
-
湯村温泉は、昭和56年、吉永小百合さん主演のNHKのドラマ「夢千代日記」で全国的に有名になりました。
原爆症で余命3年の芸者の置屋の女将とその周りの人々のせつない生き方を描いた名作です。
吉永小百合さんの夢千代の銅像がありました。夢千代像 名所・史跡
-
温泉街の中には「夢千代館」という記念館もあります。
ドラマの舞台となった芸者置屋「はる屋」と旅館「煙草屋」、そのほか温泉街の街並みなどが再現されています。
主演の吉永さんや秋吉久美子さんは健在ですが、刑事役の林隆三さん、ニセ医者のケーシー高峰さん、芸者の樹木希林さんなど多くの方は鬼籍に入られました。
42年は長いですね。「夢千代館」 美術館・博物館
-
2時間ほど湯村温泉街をぶらぶらして、バスでJRの浜坂駅へ向かいます。
これだけ有名な温泉街とJRの駅を結ぶバスも地元の全但バスは路線が廃止され、今は町が全但バスに業務を委託している町営バスです。
地方のバス会社は今は本当に大変そうです。
浜坂駅までは約20分。
乗客は観光客だけで5人ほどでした。全但バス 湯村温泉営業所 乗り物
-
JR山陰本線の浜坂駅。
「夢千代日記」でも、林隆三さんの刑事がこの駅に降り立ったころと変わらない駅舎が残っていました。浜坂温泉 温泉
-
浜坂駅から鳥取駅へ向かいます。
1両のきれいなデイーゼルカー。
浜坂は兵庫県ですが、県境を超えて鳥取県に入ります。浜坂駅前 まち歩き案内所 名所・史跡
-
30分ほどで鳥取駅へ到着。
鳥取県は人口が55万人と最小の県、鳥取市も人口18万と県庁所在地としては小さな町ですが、それでも駅は新幹線の駅のように立派でした。JR鳥取駅構内にあります by あおしさん鳥取市観光案内所 名所・史跡
-
市内循環の100円バスで鳥取城へ向かいます。
鳥取城はかつての城内の一部が県庁がおかれていて、県庁のすぐ近くにあります。鳥取城跡へは100円で行けます by あおしさん鳥取市100円循環バス「くる梨」 乗り物
-
吉川経家の銅像と背後が鳥取城。
吉川家は鎌倉時代から続く武家の名門で、途中で本家と分家に分かれて、吉川経家は分家吉川家(石見吉川家ともいいます)の武将です。
本家吉川家は毛利元就により当主が殺されて、次男の吉川元春が当主となり、元就に乗っ取られていました。
34歳の経家は本家・吉川元春の命で鳥取城に救援に来て、城主として羽柴秀吉と戦うことになりました。その際自らの首桶を掲げて覚悟の出陣だったと伝えられます。
経家は肖像画がないため、その銅像は子孫である五代目三遊亭圓楽(「笑点」の司会で有名です)をモデルにしたそうです。
ちなみに本家吉川元春(その父・毛利元就)の子孫の1人が俳優の吉川晃司さん。
というわけで吉川さんは大河ドラマ「天地人」で織田信長を演じましたが、親戚中から「吉川、毛利を滅ぼそうとした織田信長役のオファーを何で受けたんだ」と非難轟轟だったとか。鳥取城攻防戦で羽柴秀吉と戦った悲運の武将 by あおしさん吉川経家公銅像 名所・史跡
-
まずふもとにある鳥取県立博物館の無料のコインロッカーに荷物を預けて身軽になって、山頂の本丸を目指します。
鳥取城はふもとに二の丸、三の丸があり、櫓や屋敷などの建物は取り壊されて石垣だけが残っています。山の上の本丸まで登りました by あおしさん鳥取城跡 久松公園 名所・史跡
-
二の丸から登ってきたところから見る、二の丸、三の丸跡。
二の丸は公園として整備され、三の丸には明治7年創立、甲子園大会にもたびたび出場している名門・鳥取西高校が建てられています。 -
二の丸から山頂へは足場の悪い山道。
かなりの急坂でハード。
兵糧攻めで食べ物もない状況では本丸とふもとの間を往復するだけでも大変そうです。 -
山道には「一合目」「二合目」の表札があります。
ちょうど中間地点の「五合目」のところに残る中坂神社の小さな祠。
鳥取城の石垣などは江戸時代、城主の池田氏によって整備されたものがほとんどですが、この祠は戦国時代から残るものだそうです。
この祠の前にも飢え死にした人々の死体が多くあったかもしれません。 -
ふもとから登ってくること約40分。
ようやく山の上の二の丸にたどり着きました。
戦国時代の鳥取城は山城で山の上に天守などの建物が置かれていました。
羽柴秀吉の兵糧攻めは、まず鳥取城のある因幡国から商人たちを使って、相場の2倍でコメを買い占めして、鳥取城の米蔵のコメさえも空っぽになるほど。
その後城を囲んだため、たちまち城内は飢餓地獄に陥りました。 -
鳥取城の本丸にようやくたどり着きました。
城内の飢餓地獄はすさまじく、一級史料とされる「信長公記」には「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず」と阿鼻叫喚、城内の馬、カエルやネズミ、草木を食い尽くしさらにはひん死の人間の肉を食いあったと記録にあります。
特に「脳みそ」がうまかったとか。
日本の歴史において、人を食ったという記録があるのはこの鳥取城攻めだけです。
この鳥取城攻めはその後「鳥取城の渇(かつ)え殺し」と呼ばれます。 -
吉川経家の本陣のあった本丸跡です。
籠城4か月、秀吉は吉川経家に降伏をうながします。
経家は無傷で城を退去してくれればよい、と寛大な条件で。
しかし、経家は城内の人々の助命を条件に、自ら城主としての責任をとって自刃、ここに鳥取城は落城しました。
秀吉は城下の何か所にも大釜を置いて、生き残っていた人々にかゆをふるまったそうですが、ここでも一挙に食べ過ぎてしまったため、頓死してしまった人も多かったそうです。 -
山頂の本丸から見た鳥取市街。
阿鼻叫喚、餓死者が相次いだこの城跡から見た景色はとてもいいです。
天気がやや曇ってきたのが残念ですが。 -
こちらは日本海側の風景。
海岸沿いには鳥取砂丘も見えました。 -
本丸に向かい合った山には羽柴秀吉が本陣を置いていました。
現在は「太閤ヶ平」と呼ばれ、この本丸から2時間ほどのハイキングコースになっています。
鳥取城攻めは昭和53年の大河ドラマ「黄金の日日」で2回にわたって描かれました。
個人的には、「太平記」の「鎌倉炎上」と並ぶ名作と思います。
秀吉は故緒形拳さん、私はまだ小学生でしたが浜畑賢吉さん演じる吉川経家が、とてもかっこよかったのを覚えています。 -
下り坂は30分ほど。結局往復1時間半ほどでふもとに戻ってきました。
雨が少し降ってきたので、ふもとにある仁風閣へ。
仁風閣は旧鳥取城主の侯爵池田家が大正天皇が鳥取に来られた際に宿舎として建てれられました。
江戸時代以降は鳥取城は池田家が城主となりました。
池田家は織田信長の重臣・池田恒興(「どうする家康」では徳重豊さんが演じていました)に始まる家で、恒興の子・池田輝政が世界遺産・姫路城を築城したあと、その子のときに鳥取に移封されました。
現当主池田百合子さん(90歳)にはお子様がなく、「池田家は私で終わりです」と絶家を宣言されています。鳥取城跡、久松公園内にあります by あおしさん仁風閣 名所・史跡
-
1階の広間。
ここで大正天皇と井池田侯爵家当主、そのほか鳥取県県知事、鳥取市長以下名士との会見が行われたのでしょう。
明治維新後、天皇陛下が鳥取に来られたのははじめてだったので地元は大感激だったそうです。
「仁風閣」とは大正天皇に随行していた日露戦争の「神様」・東郷平八郎海軍大将の命名です。 -
2階には大正天皇の御座所(居室)、寝室があります。
家具は当時購入され、実際に大正天皇が使われたものだそうです。
仁風閣は当時の鳥取市の予算5万円とほぼ同額で建てられました。 -
仁風閣には鳥取城や池田侯爵家に関する資料も多く展示されていました。
先ほど登ってきた鳥取城の全景を描いた絵も展示されていました。 -
仁風閣と鳥取城の石垣。
ガイドさんおすすめの撮影スポットです。 -
ふもとの二の丸など鳥取城跡を散策。
このあたりは江戸時代に池田氏によって整備された城跡です。
平和な江戸時代になると、山の上に城では不便なのでふもとに城主の屋敷などが建てられて、政治はここで行われました。
大手門から二の丸に入るところです。 -
池田輝政の妹・天球院の住んでいた天球丸にある「天球丸巻石垣」。
日本で唯一の球型の珍しい石垣です。
結局鳥取城跡散策は4時間ほどかかりました。 -
再度バスで鳥取駅へ戻り、大阪行の特急「スーパーはくと」」に乗ります。
「スーパー」と名乗るだけあって、とてもスピードの速い快適な特急でした。鳥取と大阪神戸京都を結ぶ快適な特急 by あおしさん特急 スーパーはくと 乗り物
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
鳥取市(鳥取) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 小京都・出石から余部鉄橋、鳥取城跡へ
0
28