2022/07/28 - 2022/07/28
302位(同エリア944件中)
zenkyou01さん
- zenkyou01さんTOP
- 旅行記423冊
- クチコミ2189件
- Q&A回答1件
- 435,106アクセス
- フォロワー38人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
港区散策(2) 東京都港区 全行程 4時間31分 東京メトロ日比谷線神谷町駅~(3分)専光寺・光明寺・光園寺・考寿院(18分)~(7分)雲晴院(3分)~(13分)青松寺(17分)~ (10分)伝叟院(1分)~(51分)芝公園四丁目芝公園(1時間2分)~(1分)増上寺(47分) ~(9分)増上寺の南の芝公園・芝東照宮(21分) ~ (7分)都営地下鉄三田線芝公園駅
「日時」2022年7月28日
「アクセス」東京メトロ日比谷線神谷町駅
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
専光寺本堂 浄土真宗単立寺院です。創建は1543年、開基じゃ山科専之助と源光明、開山は了誓和尚です。山門を通ると正面に本堂があります
-
光明寺本堂 浄土真宗本願寺派の一寺、創建は1212年、開山は了栄和尚、本尊は阿弥陀如来像です。山門を通ると、二階建ての鉄筋コンクリート造の本堂があります
-
光園寺本堂 浄土真宗大谷派の一寺、創建は1597年、開山は了空和尚です。山門を通ると、鉄筋コンクリート造の本堂、和夫地蔵尊、石地蔵があります
-
清岸院本堂 曹洞宗の一寺、創建は1601年、開山は青松寺九世住職麟曹和尚、本尊は釈迦如来像です。石段を登り、寺名標柱の先に、鉄筋コンクリート造の本堂があります
-
考寿院本堂 曹洞宗の一寺、創建は1649年、開山は青松寺十二世住職薫道和尚、本尊は釈迦如来像です。寺名標柱の先に、本堂と小さな祠があります
-
雲晴院本堂 浄土宗の一寺、創建は1633年、開基は松浦肥前守室(雲晴院尼)、開山は増上寺十七世照誉上人、本尊は阿弥陀如来像です。山門を通ると、正面に鉄筋コンクリート造の本堂、聖観世音菩薩像、地蔵尊があります
-
青松寺山門 楼門の山門内には四天王(持国天、多聞天、増長天・広目天)が安置されている
-
青松寺本堂 曹洞宗の一寺、創建は1476年、開基は太田道灌、開山は龍穏寺第五世雲崗舜徳禅師、本尊は釈迦牟尼仏如来像です。山門を潜ると朱雀門、朱雀門を潜ると正面に鉄筋コンクリート造の本堂、左に座禅堂、右手に観音聖堂があります。その他、鐘楼、日本家屋智正庵、法輪大観音があります。池泉鑑賞式の立派な庭園があるそうですが、檀家以外は入れません
-
伝叟院本堂 曹洞宗の一寺、創建は1646年、開山は青松寺第十一世十洲補道大和尚、本尊は釈迦如来像です。山門を通ると、鉄筋コンクリート造の本堂と石仏のあるお寺です
-
松蓮社山門 増上寺の子院で、洞窟に祀られている弁天堂の公開は毎月1日と17日なので、今回はスキップする
-
開拓使仮学校跡碑 北海道大学前進の開拓使仮学校は北海道開拓の人材を育成するために、増上寺内に明治5年に開設、明治8年8月、札幌に移転
-
日本近代初等教育発祥の地 日本近代初等教育は、明治5年の学制発布に先立ち、明治3年に、東京府は源流院(増上寺子院)を仮校舎として第一校を開設した
-
芝公園おもてなしの庭園 東京オリンピックにあわせ、東京を訪れる国内外の人々を花と緑でおもてなしをし、都民との交流の場となるのを目的とした緑の空間で、ここ芝公園に五つ目が出来ました
-
浅岡飯炊きの井 増上寺子院の良源院に伊達藩の支度所が置かれていた。伊達騒動の際、嗣子亀千代(後の伊達綱村)を毒殺から免れようとして母浅岡の局がこの井戸の水を汲んで調理したと伝えられる
-
天光院本堂 浄土宗の一寺、創建は1584年、開山は増上寺第十一世雲誉円也上人、本尊は阿弥陀如来像です。増上寺の子院。寺名標柱の先にコンクリート造の二階建てビル内に本堂があります
-
有章院霊廟二天門(個人所有) プリンスホテル正面にある門は徳川第七代将軍家継有章院霊廟の惣門で、二天門と言い、国重文です。門内には広目天と多聞天が祀られています
-
常夜燈 江戸時代、江戸の暗い夜の街筋を照らしていたのは、辻々に設けられた常夜燈でした。この付近にあったと思われる常夜燈を模造したものです
-
広度院練塀 増上寺の子院広度院の練塀です。練塀は低部に石を置き、芯柱を用いずに、瓦と土を交互に積み重ねて壁体とする構造、国指定重要文化財です
-
ペリー提督の像 1853年、来航して開国を迫ったペリー提督。日本開国100周年を記念して、ペリー提督の出身地ニューポート市から東京に贈られた
-
万延元年遣米使節記念碑 1860年、日米修好通商条約批准書交換のため、新見豊前守一行は竹芝より米国に赴く。100周年にあたり記念碑を建てる
-
増上寺三解脱門(三門) 1622年に再建された国重要文化財です。三解脱門とは、どんよく・怒り・おろかさの三悪を解脱する悟りの境地を表わしています。楼上には釈迦三尊像と十六羅漢像が安置されている
-
旧台徳院霊廟惣門 徳川第二代将軍秀忠の霊廟にあった惣門、空襲で殆んど建物は焼失した中で、残った建屋のうちの一つです。国重文ですが、現在は個人所有です。門内には区指定有形文化財の仁王像が安置されています
-
熊野神社社殿 創建は1624年、増上寺第十三世正誉廓山上人が寺鎮守として、東北の鬼門として勧請、ご祭神はケツミコノオオカミ、大己貴命、イザナギノミコトです。増上寺山内の北東の位置にあります。鳥居を潜ると、左にやたがらすが描かれた手水鉢、正面に社殿があります
-
増上寺拝殿 浄土宗鎮西派の大本山、創建は1393年、開基は浄土宗第八祖酉誉聖聡上人、本尊は阿弥陀如来像です。表門の大門を潜ると日比谷通りの前に大きな国重文の三解脱門がある。門を潜ると聖観世音菩薩像、グラント松(米国第十八代大統領グラントお手植えの松)、仏足石、魚供養の碑、詠唱発祥の碑、鐘楼(梵鐘は1673年鋳造、高さ3M、重さ15トンの大鐘で、時の鐘として庶民に親しまれていました)、水盤舎(甲府宰相綱重の霊廟にあったものを現在地に移築)等があります。南に黒門(増上寺庫裏の表門で都指定有形文化財の旧方丈門)、旧台徳院霊廟惣門があります。東に戻って、経蔵、慈雲閣、熊野神社、西向観世音菩薩像を見ます。千躰子育て地蔵菩薩(施主奉納)を通り徳川家墓所まえにある鋳抜門(第六代将軍家宣宝塔前の旧中門)に到着。墓所見学はスキップして次回再訪時に見学。このあと安国殿(徳川家康の像、黒本尊を祀る殿)、拝殿、光摂殿に寄る
-
芝公園平和の灯 港区が昭和60年、平和都市宣言を行ってから20周年を記念して設置する。灯された灯は広島の「平和の灯」、長崎の「誓いの火」、福岡県の「平和の火」を合わせました
-
芝丸山古墳 全長106M、五世紀築造の都内最大級の前方後円墳です。主体部はすでに失われており、遺体や副葬品は不明
-
伊能忠敬測居地遺功標 丸山古墳の上にあります。明治22年、日本地学協会が日本地図を作った測量の先駆者伊能忠敬の功績を顕彰して建てた。戦災で失われたために、昭和40年の再建される
-
大野伴睦句碑 句碑は丸山古墳上にあります。自民党副総裁を務めた政治家で、氏が長年調理師会の名誉会長として尽力した労に謝するために贈呈される
-
丸山随身稲荷大明神 稲荷は増上寺の鬼門に位置し、丸山古墳上にあります。由来は増上寺がこの地に移建当時、桑名よりお迎えしたご本尊を守護するためにお供された謂れより、以来永く鎮守する大明神です
-
丸山貝塚説明版 1997年確認調査が実施され、丸山古墳の台地のすそ野に貝塚が形成されていることが確認できました。遺物は少なかったのですが、形成時期は縄文時代の中期から後期のものである可能性が高いと考えられます
-
芝東照宮拝殿 創建は1617年、ご祭神は徳川家康です。元は増上寺の社殿(安国殿)であったが、明治時代初期の神仏分離令により、増上寺と切り離され、芝東照宮となる。鳥居を潜ると、都指定天然記念物、徳川家光お手植えで、ご神木の大銀杏、そのさきに拝殿、その奥に本殿がある
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
三田・田町・芝浦(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
31