2023/05/06 - 2023/05/06
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gianiさん
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伊野の名前で知られる土佐和紙の本場です。
魅力的なミュージアムと、こじんまりした古い町並みが魅力です。
土佐典具帖紙の伝統を受け継ぐ唯一の人物、人間国宝の濱田幸雄氏も住民です。
- 旅行の満足度
- 5.0
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高知駅から土讃本線でアクセスします。
伊野駅 (JR) 駅
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土佐の名産品和紙に特化したミュージアムへ。
まずは駆け足で、歴史を概観します。いの町紙の博物館 美術館・博物館
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紙の世界史
文字を記録することと寄り添い、エジプトではパピルス、前漢の麻紙といった、繊維を固めた記録媒体が誕生します。
※後漢の蔡倫という説は、その後の諸発見で覆されています。 -
唐紙の伝来
日本へは、渡来人が伝来した説が有力で、遅くとも中央政権が確立された4世紀末には使用の証拠が見つかっています。仏教の渡来による写経事業(国務)で、紙の需要は増大します(行政全般では木簡が通常)。 -
和紙の発達
奈良時代にネリ(結着剤)の添加や流し漉きが生み出されます。記録を見ると、様々な材質の紙が流通していたことがわかります。和紙は王朝文化の重要アイコンでした。陸奥国の檀紙などが珍重されました。表面の縮みの風合いなどが珍重されます。
927年刊行の『延喜式』には「紙漉き」という単語が登場し、土佐を始め42か国の貢ぎ物に紙が含まれました。 -
武家社会で
実用性が重視されます。社会が蓄積した情報量も累積し、紙媒体に記録することで文化の底上げが実現。公文書や書籍などで、奉書紙が活躍します。木版印刷や版画の誕生で、耐久性が重視されます。 -
大衆への普及(江戸時代)
紙は支配階級の特権から、広く大衆へも普及します。実用面では、商人のつける帳簿。大衆文学や瓦版も、紙の普及のおかげです。 -
用途の多様化
雨傘/合羽/着物や、照明具/工芸品/玩具/建材(障子紙)と、あらゆる用途に広がりました。和紙文化の全盛期です。 -
文明開化(需要増)
洋紙も伝来し、旺盛な書籍出版の需要で競合します。和紙需要のピークは明治30年代で、大規模手工業で対応しますが、洋紙(機械工業)に敗北します。一方で、近代和紙の革新は続けられ、タイプライター用紙は、和紙が独占するなど輸出産業でもありました。 -
パピルス(B.C.2000)
ナイル川に自生する葦が原料。針で茎の繊維を取り出し、縦横2層(繊維層)からなる単純なもの。耐久性は期待できません。 -
パーチメント(獣皮紙)
羊/山羊/牛の皮を薄くなめしたもの。保存に適さないパピルスは忘れ去られ、高価で重たくて耐久性のある羊皮紙がマーケットを席巻します。16世紀以降に活版印刷が普及すると、紙に主役を奪われます。
聖書写本を例に取ると、最高の状態で保存された(歴史から忘れ去られた)パピルス製の死海写本は傷みが激しく虫食い的欠損が多いのに対し、バチカン写本アレクサンドリア写本等の羊皮紙製は、長年閲覧が繰り返されても良い状態で保存されています。 -
天平経
730年に写経された部分。 -
土佐和紙の原料と用具から見ていきます。
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1.原料
土佐では、楮(こうぞ)雁皮(がんぴ)三椏(みつまた)が多く自生します。いずれも灌木で、雁皮は自生に頼っています。
皮の部分を使用します。 -
楮(こうぞ):クワ(桑)科
一般に楮/梶の木と呼ばれる落葉灌木の総称。畑の淵などで栽培し、株から出る枝を刈り取ります。繊維は長く(15-20mm)太いので、強靭な紙が出来上がります。土佐典具帖紙/障子紙/表具用紙/書道用紙など、強度を求められる紙に使用します。 -
三椏(みつまた):ジンチョウゲ(沈丁花)科
中国から帰化した落葉灌木で、枝が3本に分かれるのが名前の由来。
繊維は短く(4-5mm)細く、表面が平滑で光沢のある優美な紙が出来上がり、繊細な透かし模様なども入ります。紙幣/書道/美術工芸紙/版画/印刷/箔合紙等、表面に平滑性が求められる場面で用いられます。 -
雁皮(がんぴ):ジンチョウゲ(沈丁花)科
関西以西に自生する落葉灌木で、成長が遅いので栽培は行いません。繊維は短く(4-5mm)細く粘りがあり、光沢のある優美な紙に仕上がります。銅版画/日本画/箔打ち紙/写経用に用いられます。 -
伐採した楮
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伐採した雁皮
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1-1.蒸す
皮の部分を取り出すために、スチームします。
300㎏ほどの原木を束ねて平釜上の蒸籠(さなと呼ばれます)に載せ、こしき(木桶)をかぶせて強火で2時間蒸します。 -
1-2.剥ぐ
蒸しあがった原木に冷水を掛けると、皮が収縮して?がれやすくなります。スピード勝負で、原木が冷める前に迅速に作業します。床には莚を敷いて、熱が逃げないようにします。 -
三椏を剥ぐときには、三椏剥ぎを使用します。
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2.煮る
1日水に浸けてアク抜きした皮を、釜で2時間以上煮込みます。木灰を混ぜたアルカリ水です。 -
煮熟釜
このサイズで、75㎏(楮4束)に対応します。
※現在は、苛性ソーダ/炭酸ソーダ/消石灰等のアルカリ性薬品を使用します。 -
3.晒し
煮えた原料は川に運ばれ、一昼夜流水に晒します(水洗い)。薬品や繊維以外の不純物が除かれます。さらに3,4日流水に晒します(川晒し)。日光と流水の作用で、原料が漂白されます。写真のように定期的に表裏を変えます。水が冷たい時期の作業です。
水洗い/晒しは、流れの緩やかな場所に拳サイズの小石を積んで堰を作り、異物流入/原料流出を防止します。 -
広い川のない地区では、水田を利用します。原料を汚さないように、水田一面に竹を組んださなを敷きます。
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本晒しを終えた原料
上:三椏、下:楮 -
同上:雁皮
本さらしが終わった段階で、材料は生産者から紙漉きの元へ卸されます。原料/燃料/豊富な清水の揃った山から、里へ降ります。 -
4.塵取り
原料に混入した小さなごみを、手作業で取り除きます。通常は1回の工程ですが、高級品の場合は複数回かつ複数の方法を繰り返します。 -
上:水より
原料を少しずつ水に浮かべながら、塵を取り除く。
下:空より
よく絞った原料を板の上でさばきながら塵を取り除く。 -
5.打解
叩き棒で原料を40~60分叩き、繊維をほぐします。規則的な打ち方をしないと、繊維のほぐれ方にばらつきが生じます。
写真のような叩き台に原料を広げて、叩き棒で叩きます。叩き台は硬くて強い樫/桜材、叩き棒は樫を用います。 -
6.こぶり
流水中に、原料を入れた「こぶり籠」を沈め、こぶり棒でかき混ぜて繊維を分散させます。
丹念にこぶると繊維は良く分散し、良質の紙になります。アクを完全に抜き切る工程も兼ねます。 -
こぶり籠
右の状態に、左のような麻布(渋引)を被せて、繊維が籠の目から抜けないようにします。 -
こぶり棒
繊維をかき混ぜます。 -
こぶり作業を行った繊維の状態。
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7.紙漉き
7.1.ふね作り
水を張ったふね(漉き槽)に繊維を入れて、ざぶり(攪拌機)で分散させます。次いで、ねりを投入し、再びざぶりで攪拌。。最後に竹棒でかき混ぜて紙料水の完成です。ねりのおかげで水に繊維が溶け込み、繊維の重みで沈まない状態です。 -
ざぶり
目が超粗い櫛といった風貌です。 -
7.1.1.ねり
紙漉きの歴史とほぼイコールの粘剤の原料です。とろろあおいを原料とし、根の部分から成分を採取。品質向上のために、晩夏に咲く花を摘み取って、根に粘剤成分がふんだんに形成されるようにします。 -
トロロアオイの根を、のりつき石で打ち砕いて水に浸すと、粘液が出てきます。
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これを「糊搾り台」から採取し、布袋で濾します。
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7.2.抄紙(漉き)
漉き槽(ふね)の紙料水を、簀桁で手前から少し汲んで、桁を水平に保ちながら前後左右に激しく揺すります。紙料水は簀子全体に広がり、水は徐々に簀の目から抜けて、ふねに落ちます。 -
紙料水を汲み込んだ簀桁は重たいので、天井に取り付けた竹に吊るし、弾力を利用して調子を取りながら紙を漉きます(3つ上の写真参照)。
簀桁の上には、繊維だけが薄い層として残り、目的の紙の厚さになるまで、抄紙を繰り返します。専ら女性の作業なので、台所に近く、明るい南側の窓に沿って作業場が設置されます。 -
7.2.1.簀桁作り
紙漉きに必須のアイテムの製造も、手が込んでいます。
枠(木材)、外枠(金具)、竹ひごに分かれます。
枠は、木目の良く通ったヒノキ材を長年乾燥させ、狂いが生じなくなったものを使用します。桁は料紙水を汲んだ時に水平になるよう、僅かに山形に湾曲するように作るのがミソです。 -
竹ひご作り
竹(1段目)を薄く削り(2段目)、先端に割れ目を入れ(3段目)、割裂きにして角ひごを作ります(4段目)。ひご抜き器で丸ひごにします(5段目)。
簀子の素材は、漉く紙によって変えます。柿渋で塗装したりもします。 -
萱ひご
表具や書道用紙等をすく際に用いられます。原料の萱(すすき)は、霜が下りる前に細い穂軸を選んで採取します。乾燥/選別作業で、残るのは僅か1/3程。穂を除いたひごを継ぎ足します。萱は内部が空洞なので、継ぎ足し用の竹ひごを挟んで繋げます(写真左)。 -
簀編み
対になった絹糸を、一本一本ひごに掛けて編みます。糸は締まり具合を均一にするため、等しい重さのツチノコ(錘/おもり)が編み機全体に設置されています。約10日かけて、簀を編み上げます。 -
8.脱水
敷詰(木の板)に紙床(漉いた湿紙を200~300枚重ねたもの)を置き、重しをして一晩置きます。
翌朝、てこの原理を応用して、徐々に力を加えて脱水します。 -
9.乾燥
紙床(しと)から湿紙を剥がし、干板の両面に貼って天日で行います。 -
台の上に干板を置き、湿紙は皺になりやすいので、刷毛で丁寧に貼り付けます。
干板には、銀杏/松/朴(ほお)/栃材を用います。 -
干場に出して、並べて乾燥させます。
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干板に貼った湿紙。
乾かした紙は、1枚ずつ検品して不良品を取り除きます。
1帖(一般に20枚)毎に、目印の紙を入れて裁断に備えます。 -
9.1.刷毛
専門の職人が制作します。毛は、馬毛(殊にたてがみの毛先)が柔らかく最上のものとされます(写真左半分)。しゅろやわらすべといった植物性の毛は、馬毛に比べて劣ります(写真右)。 -
10.切本(裁断)
切本台の上で、サイズに合わせて裁断します。 -
切本台
木の切り株といった感じ。紙切包丁(写真中央)で裁断を繰り返すので、木口(年輪が現れる断面。木材の繊維に対して直角方向なので硬くて丈夫。)を使用。 -
切本
裁断する際の型。西洋紙でいえばA3,B4…といった感じ。一枚板だったり、大きい型では版木を組み合わせたりしています。 -
裁断作業
裁断者が体重を乗せて切本を固定しながら、四方を断ち切ります。熟練者の切り口は、美しく鮮やかです。 -
11.荷造り
製品は、帖/束(そく)/締といった単位でまとめられ、締毎に包装紙で包みます。包装紙には、紙の種類と製造元の印を押して問屋へ卸されます。
一帖の枚数は、和紙の種類によって異なります。 -
印の一例
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問屋では幾締かを、丸という単位にまとめて、菰包みにして全国へ出荷します。
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原材料が和紙になるまで、気の遠くなる旅でした。
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その他の和紙材料
麻(あさ):クワ科
材料としては最も古く、中国で最初に漉かれた紙も麻製。繊維は長く(20-30mm)細く、独特の風合いと紙肌が珍重され、書道/日本画用紙等に用いられます。 -
竹(たけ):イネ科
中国渡来だが、事実上在来種化しており、孟宗竹/淡竹(はちく)などを使用。中国では古来から使用されたが、日本では江戸末期に使用開始。繊維は非常に短く、吸水性に優れるので、書道用紙等に用いられます。 -
稲(いね):イネ科
お米でお馴染みの食材。製紙には茎の部分を使用します。締りが良く、書道用紙に向いています。
※王子製紙が開発した「わら半紙」は洋紙(パルプ)で、全く違う工程です。 -
洋紙
針葉樹パルプ
えぞまつ/とどまつ/もみ等を使用。広葉樹パルプに比べて繊維が長く(2-3mm)細く、強度があります。手漉き和紙の補助原料として使用されることもあります。
続いて土佐和紙の歴史を駆け足で巡ります。 -
土佐七色紙(1601-)
1601年に山内一豊が七種類の色紙を将軍に献上し、以降将軍御用紙として定番化しました。長宗我部元親妹の養甫尼が染色を、彼女の甥安芸家友が紙漉きを完成させました。
黄 紙:雁皮、染色はヤマモモにハイノキの灰による媒染。
浅黄紙:雁皮、染色は藍。
桃色紙:楮、染色は弁柄。
柿色紙:雁皮、染色はヤマモモにミョウバンによる媒染後に蘇芳(すおう)。
紫色紙:楮7:雁皮3、染色は蘇芳にハイノキ灰による媒染後に五倍子。
萌黄紙:雁皮、染色はヤマモモにミョウバンによる媒染。
青土佐:楮、染色は藍。 -
七色紙伝説
仁淀川上流の成山で、上記の尼甥コンビが開発しましたが、伝説では製紙法を伊予の新之丞が伝えたとされます。旅立つ際に、製法(染色)が漏れるのを防ぐために家助が新之丞を切り捨てたという内容です。
17世紀中盤の野中兼山による藩政改革では製紙が奨励され、田畑の支給、紙材料収集の自由、藩有林での薪伐採の自由など、多くの特権を得た半面、厳しい監視や長宗我部旧臣に対する厳しい目などの世相を反映した内容です。 -
商人の必須アイテム
売上帳簿として、和紙は大活躍します。火事になると水をかけて井戸に吊るし、火が収まると乾かします。和紙は、耐水性に優れています。用を終えると、襖の裏地などに再利用されました。 -
藩札
財政難に伴い、幕末には藩札を乱発。今も昔も、紙幣は和紙製です。透かしが入るなど、偽造防止も施されます。 -
写真のように、武士が着用する笠や下着(専ら防寒 紙子と呼ばれる)など、和紙の用途は多大でした。安価なのが最大のメリットですが、農作業には向かず、庶民は木綿を着用しました。
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油を染み込ませれば、雨具にもなります。
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布
紙を撚って糸にして、織機で布を織りました。縦糸横糸共に紙糸の場合は諸紙布(写真右)、縦糸に綿糸を使用すると綿紙布(中央)、縦糸に絹糸を使用すると絹紙布(左)と呼ばれました。 -
吉井源太(1826-1908)
伊野町で生まれ、手漉き和紙近代化の功労者。1860年に大型簀桁を考案し、手漉き効率を著しく向上させたのを始めに、明維持以降は世界市場に通用する紙製品を次々と考案。手書きから謄写版/活版印刷にも対応する丈夫な紙、タイプライター用の紙は、世界市場を席巻しました。印刷用化学インクの進歩にも対応し、色の乗りの良い紙などを開発し、世界中の見本市で発表しました。 -
『日本製紙論』(1898)
源太は、膨大なノウハウを全国へ惜しみなく公開した人物でした。続編を執筆中に亡くなります。源太の晩年(明治30年代)は、日本で最も紙漉き職人の人数が多い、和紙最盛期でした。 -
防寒着
土佐伝統の紙子を活かし、源太は日清日露戦争の前線での防寒具として紙着を納品するなど、進取の気性にあふれる人物でした。高知県は、山口を抜いて全国一番の紙生産量を誇りました。
1976年に高知県の和紙は、土佐和紙として国の伝統的工芸品に指定されます。 -
輸送手段
桟橋~はりまや橋と高知のど真ん中を走るとさでんの終点は、田舎町の伊野。なぜなら、和紙の運搬を目的に、1908年の開通。伊野駅前停留場 (とさでん交通) 駅
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朝倉までは40分に1本の運行。運転手と定期利用の児童が、●●さん家の子と認識されるレベルの地域見守り列車。
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線路の先は、完全な行き止まり。
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電停と町役場の間には、まるいち土佐紙株式会社が明治に建設した接待所が残っています。紙マネー凄いです。
琴風亭 名所・史跡
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製紙に欠かせない清らかで豊富な水。仁淀川は、清酒にも適しています。
仁淀川 自然・景勝地
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平安遷都の前年、793年に創建の神社。いのの大国さんの名称で親しまれます。
椙本神社 寺・神社・教会
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仁淀川の河川敷には、酒問屋が。
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お向かいには、伝統的家屋。
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味のある街です。
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市街地には、古民家レストランも。明治時代に、お食事処「富来繁(ふらいぱん)」で創業し、現在に至ります。一階は白漆喰、2階は松煙漆喰です。
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旧道沿いには、中田家住宅も。
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おまけ
紙の博物館の向かいの手作りカレー
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