2023/05/17 - 2023/05/17
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chiaki-kさん
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熊本城は、戦国時代の英雄、加藤清正が中世城郭を取り込み改築した平山城で、加藤家改易後は幕末まで細川家の居城だった。明治時代には西南戦争の戦場となり大小天守や御殿などが焼失したが、宇土櫓(うとやぐら)を始めとする櫓・城門・塀が残って、13棟が国の重要文化財に指定されている。
表紙の写真は天守をバックにした熊本城宇土櫓。江戸時代から残る唯一の櫓となっている。(加藤神社より撮影)今日も良いお天気なので時間があれば、もう一度阿蘇山に登ろうかとも思ったが、そこまでの時間は残念ながら無かった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
05/17
朝食後、熊本城方面へ朝の散歩。写真はドーミーイン向かいにある熊本城ホールだが、1Fがバスターミナルとなっている。 -
朝日を浴びるサクラマチクマモト。巨大な商業施設だ。
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では、お城方面へ行って見よ~。ちなみに右はNHK、左は熊本県物産館。
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加藤清正公がお出迎え。
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南口の入り口。開門は09:00から。
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桜の馬場 城彩苑という土産物屋などが並ぶ施設だが、一番賑やかな入り口はここ。観光バスなどは、この隣にある駐車場へ駐めるようになっている。
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二の丸駐車場は08:00から。最初の2時間まで200円で、その後は1時間100円とリーズナブルなのだが、平日は最も近い北口が閉鎖されているので、南口まで少し歩かなくてはならないのが残念。
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開門まで1時間あるので二の丸広場を突っ切って加藤神社まで行ってみよう。ちなみに、この広場にはかつて旧陸軍第六師団兵舎があった。
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また、ここは近代日本最大の内戦である西南戦争の激戦地でもある。
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戌亥櫓(いぬいやぐら)は2003年に復元されたばかりだったが2016年の熊本地震で石垣が大きく崩れ、分解解体されてしまった。
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加藤神社に到着。
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表紙の宇土櫓を再掲
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このコンクリートアンカーは石垣の修理に使用すると思われる。
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イチオシ
熊本城大天守、子天守は1877年の西南戦争で焼け落ち、1960年に鉄骨・鉄筋コンクリートで復元される。しかし2016年の熊本地震で屋根瓦や石垣などに被害を受け修復していたが、2021年3月に工事は終わり、2021年4月より公開された。
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今回の改修でエレベーターも設置された。
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再び広場から天守を眺めるが、宇土櫓が第三天守に見えてきた。
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二の丸駐車場から南口までは徒歩7分。帰りは上り坂なので足の弱い方はバス等で城彩苑まで来て、南口へ向かった方が平日は楽かも。
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南口手前に2003年に復元された未申櫓(ひつじさるやぐら)がある。木造だそうだ。
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南口に到着。入城料は大人800円。
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熊本城は特別史跡に指定されている。(宇土櫓などは重文)
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地震の跡があちらこちらに残されている。なお、この建物は数寄屋丸。
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このような臨時に仮設された通路を通って・・・
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本丸御殿の下をくぐって・・・
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天守前広場に到着。以前は旧陸軍第六師団司令部があった。
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イチオシ
綺麗に修復されている。
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では天守入城。
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小天守1Fはこのような耐震構造となったいる。
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現在公開されているのは大天守B1~6Fまでで、歴史を追った展示となっている。
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加藤清正公。地元では親しみをこめて「せいしょこさん」と呼ぶそうだ。
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西南戦争で天守が焼け落ちる前の写真と思われる。
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加藤家が、お家のゴタゴタ等で改易となった後、入ってきたのが細川家。細川忠利は第79代内閣総理大臣の細川護煕さんのご先祖。
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明治維新後、新政府の政策に不満を持つ不平士族らの反乱は、佐賀の乱、神風連の乱、萩の乱と相次ぎ、1877年には西郷隆盛を首領とする14,000人の薩摩士族が挙兵し東京を目指したが、進路の途中にあって政府軍4,000人が守る熊本城を襲撃した。
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政府軍は50日あまりの籠城戦を戦うが、清正公が心血を注いで築城した熊本城は、最初で最後の攻防戦でその防衛力の高さを存分に発揮し、なんとか持ちこたえた。西郷隆盛が「おいどんは官軍に負けたとじゃなか。清正公に負けたとでごわす」と嘆いたというエピソードが残っている。
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写真は石垣だけになってしまった天守跡だが、宇土櫓だけは奇跡的に残った。
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1958年、天守再建が決定。しかし・・・
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2016年、熊本地震で屋根瓦や石垣にダメージを受ける。
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被災当時の模型
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2021年、再び天守復活
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蘇った天守からの眺め。これは南方面
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西方面。宇土櫓が見える。
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まるで天守のようだね。
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天守から降りて広場にあったイチョウを見る。清正公お手植えのイチョウと言われ「この樹が天守と並ぶとき戦乱が起きる」と言ったそうだが、予言どおりに西南戦争が起きてしまった。
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熊本城から退城。昨日と逆コースで産業道路→国体道路を通って国道57号へ。途中で寄ったのは熊本地震の被災地「数鹿流崩れ(すがるくずれ)」現場。
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2016年4月14日21時26分、熊本地方を震源とするマグニチュード(以降Mjと表記)6.5の地震(前震)が発生し、同県の益城町で震度7を観測。その28時間後の4月16日1時25分には、同じく熊本県熊本地方を震源とするMj7.3の地震(本震)が発生し、西原村と益城町で震度7を観測した。なおMj7.3 は1995年に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)と同規模。
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16日未明の本震により南阿蘇村にある阿蘇大橋(国道325号)が地盤のずれで崩落した。国道57号から分岐した所にあるアーチ型が特徴の橋だったが橋の直下の断層が動き、橋脚を支える地盤がずれたことにより崩落。地震発生時に自動車で橋を通行していた阿蘇市在住の大学生が車ごと崩落に巻き込まれ、同年8月に遺体となって発見された。写真は震災遺構として今でも残る崩壊した阿蘇大橋の一部。後で向こう側へも行ってみよう。
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2021年3月7日にプレストレスト・コンクリート橋として復旧し、熊本県は新橋の名称を「新阿蘇大橋」に決定したと発表した。
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阿蘇寄りの橋の両側には駐車場が設けられ、交通量が多いので横断歩道は設置されておらず、人はこのように橋の下を通る通路で行き来するようになっている。
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新阿蘇大橋が完成するまで、写真の阿蘇長陽大橋が交通を支えた。
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南阿蘇鉄道第一白河橋梁も見えるが、この橋も橋台や橋脚の移動、部材の破断や変形といった甚大な損傷を受け、早期復旧のためには架け替えざるを得ないとされ、概算費用約40億円を費やして架け替え工事が行われた。2023年夏の全線開通を目指して作業が進められている模様。
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新阿蘇大橋の支柱下部にはこのような柱状節理が見える。断層の存在も指摘されて難工事だっただろう。
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崩落した阿蘇大橋の反対側にやってきた。
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青看板がそのまま残されている。
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橋のたもとには東海大学の入り口がそのまま残されている。この地震の影響で東海大学農学部は熊本空港近くへ移転し、旧阿蘇キャンパスにあった一号館は震災ミュージアムとして活用されているようだ。(実習フィールドなどは今でも使用されている)
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良いお天気なので再度阿蘇山に登ることも考えたが、今日は宮崎市まで行かなければいけないこともあり断念。国道325号を高千穂方面へとひた走る。写真は途中で撮影した阿蘇連山。電線が惜しい。
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この山は根子岳と言うらしい。山頂のギザギザが凄いね。
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阿蘇くじゅう国立公園高森展望所からの眺め。
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記念撮影(笑)これで阿蘇も見納めかな。
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この後、一挙に高千穂へ移動。写真は高千穂町内にある「高千穂トンネル」
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もう13:00近くとなり空腹を満たすため国道218号沿いにある「レストハウス雲海橋」へ。
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これが雲海橋
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隣に高千穂あまてらす鉄道(旧高千穂鉄道)の高千穂橋梁が見えており、丁度、観光列車が橋の上を通過していた。
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橋の中央からの眺めはこんな感じ。大型ダンプが通過すると揺れて怖かった。
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「レストハウス雲海橋」でたのんだランチはチキン南蛮、冷や汁などのふる里セット。(1,700円)
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チキンフライに掛けてあるタルタルソースが絶品。冷や汁は初めてだったが美味しかった。
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この後、高千穂峡を目指したが駐車場がどこも満杯!
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遠くに臨時駐車場のようなものが見えるのだが、シャトルバスを出すとか、なんとかならないものか。
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イチオシ
国道218号の橋から五ケ瀬川を眺めて高千穂峡は断念した。
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このまま高千穂を通過するのも面白くないので国道325号を戻り「トンネルの駅」へ。
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旧国鉄時代に延岡から熊本県高森町まで結ぼうという計画があり、このトンネルを掘ったが、出水事故などがあり工事は中断、そして国鉄も無くなってしまいトンネルだけが残った。そこで、このトンネルをなにかに利用できないか知恵を絞った結果、焼酎の貯蔵所となり現在に到る。
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トンネル貯蔵庫の内部は気温が10℃と寒いくらいで、沢山の樽が並んでいた。
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良く見るとこれってウィスキーのオーク樽では?
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無料の九州中央自動車道→延岡JC→東九州自動車道(有料)と順調に車を走らせ「かわみなみSA」で休憩する。
この東九州自動車道だが、殆どが片側一車線の為、遅い車があると金魚の○ンコになってしまう。また、SAはこの「かわみなみSA」ぐらいしか無く、おまけに「かわみなみPLATZ」のレストランは本日は休みときた。こういうできの悪い高速道はできれば無料化してもらいたいものだ。 -
宮崎西ICで高速を降り、国道10号を宮崎駅方面へ向かいドーミーイン宮崎に到着。
ホテルの口コミは下記をご覧ください。
https://4travel.jp/dm_hotel_tips/15016008 -
部屋から外を眺めると、R10の向こうにはドーミーのライバル、スーパーホテル。その左後ろには古めかしい県庁旧庁舎、右側にある灰色の大きな建物は県防災庁舎と思われる。
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明るいうちに着いたので、まずは部屋で到着祝い!
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チキン南蛮の有名店「おぐら本店」という計画もあったが、ホテルから遠いし混雑が予想されので、県庁裏にある「和食の橘」で夕食をとるが、これが大正解! まず、酒は宮崎県の焼酎「黒霧島」でスタート。
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またまたチキン南蛮を注文。鶏肉はジューシーだし、タルタルソースが絶品で、昼間食べたのよりさらに旨かった。
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メインは白身魚のフライ。これがまた美味しい。結局、焼酎を1杯お代わりして、お代は2,600円とリーズナボー! と、いうことで宮崎の夜は大満足で更けていったのでした。
これで「2023年 九州旅行記3:熊本城、高千穂&宮崎」は終了です。本日も最後までご覧いただきありがとうございます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Decoさん 2023/05/27 15:02:37
- 九州横断
- chiaki-kさん、こんにちは。
今回のご旅行、私もちょっとだけ知っている場所が多いので、興味深く拝見していますが…、別府→熊本→宮崎と九州横断を二回されたのですね。相変わらずタフなドライブだな~と驚きました。
高千穂ですが、皆さん駐車場に苦労されているようです。私も昨秋訪れて、二か所満車で、最後になぜか高千穂峡ど真ん中の場所に停められてラッキーでした。でも駐車場探しでかなり疲労してしまいました。おまけに台風か水害かの被害で川近くの遊歩道が立入禁止で残念。chiaki-kさんがおっしゃるように、シャトルバスでも運行してくれればと思うのですが。
チキン南蛮、昼夜連続だったのですね(笑)。私も好きですが、タルタルソースが厳しい年齢になってきました…。
Drive4はどんな所に行かれたのでしょうか。楽しみにしています。
Deco
- chiaki-kさん からの返信 2023/05/28 14:24:45
- もしかしたら3連続だったかも(笑)
- ・
Decoさん、こんにちは。こちらこそ九州旅行記に”いいね”を
ありがとうございます。
>別府→熊本→宮崎と九州横断を二回されたのですね・・
昨年の東北・北海道に比べればラクなもんです。
>高千穂ですが、皆さん駐車場に苦労されているようです・・
やはり、ですね。ちなみに五ケ瀬川を眺めている場所は道の駅
高千穂に近い国道218号の高い橋からですが、この橋のたもと
に駐車場があり、頑張ればここから歩いて行くのも可能でした
が帰りが登山になるので結局断念しました。
> チキン南蛮、昼夜連続だったのですね・・
もし、かわみなみSAのレストランがやっていれば3連続だった
かも知れません(笑)
次編は今作成中ですが日南は見所が多すぎるのでポイントを
絞ってUPする予定です。UPまでしばらくお待ちくださいね。
では、また。
chiaki-k
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