2023/04/28 - 2023/04/28
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ソウルの旅人さん
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50年の運転歴があり、この20年は無事故・無違反である。しかし、家族からは高齢者ドライバーの事故が報じられる度に「もう運転は止めてくれ。車も手放すこと。」と強烈な圧力がかかる。数年間は耐えたが、最早これ以上は猶予されなくなった。5月に車を手放す。この50年間に宗谷岬から摩文仁の丘まで日本列島47都道府県を走破した。走らなかった地域はない。最後のドライブ地は悩んだ。車でなければ訪問出来ない印象的な場所でなければならない。
夏山や通ひなれたる若狭人 蕪村
京都に住んでいた蕪村の句である。若狭人は山を越えて京都の出町柳まで魚貝類を運び、商いをした。その道が鯖街道である。現在は安曇川沿いの平坦地になっているが、江戸時代は山越えだった。その道はグーグルマップには載っているが、他の地図帳には記載されていない。この『江戸時代の鯖街道である針畑越え』を最終ドライブ地にした。若狭人が越えていった道とはどんな道だったのだろう?
通過点である京都・朽木・小浜の印象的風景を点描している。感傷的想い出を多く記載しているので、そこは無視してもらいたい。
- 旅行の満足度
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
早朝の名神西宮IC.。
東名・名神と走ってきた西の終点である。
この50年の間に名神を走った回数は年間30回は下回らない。とすれば1500回以上になる。少ない回数ではないだろう。 -
西宮から京都にむかっている。高槻付近。
昭和39年(1964年)に開通した日本最初の高速道路だった。
区間は兵庫県西宮から愛知県小牧まで。東京にはまだ高速道路はなかった。 -
梶原トンネル。大規模な工事が行なわれている。
梶原・天王山トンネルは渋滞の名所だった。大阪の本社から京都の客先に行く時はこの渋滞が最大の障害で、必ず渋滞するので渋滞の有無ではなく、何㎞渋滞かが注目だった。現在は新しいトンネルが出来て、渋滞など夢のよう。スイスイ走れる。 -
梶原トンネルと天王山トンネルの間。
前方の山が天王山。
ここに小規模なパーキングがあった。頻繁に利用していたが、何時の間にか消滅した。古い話だ。ここにパーキングがあったことを覚えている人も少ないだろう。 -
天王山トンネル。開通から59年か!!
昭和39年(1964年)京都に「ミロのビーナス」がやって来た。当時は高校生だったが、学校の課外学習としてミロのビーナス展を見に行くことになった。この時始めて名神高速道路をバスに乗ってはしったのだった。 -
天王山トンネルの内部。
排気ガス汚染対策の為に改修を幾度となく繰り替えした内壁。弱々しい天井の照明灯。薄汚れたトンネルになっている。
ミロのビーナス展を見に行く時に、開通直後の天王山トンネルを通った。トンネルに入るとバス内は大きな歓声に包まれた。そこは目映いばかりのオレンジ色の世界だったのだ。見たことのないオレンジ色の光の帯だった。ナトリウム灯など知る由もない。
東京オリンピックが開かれ、新幹線が開通し、名神が出来たあの年は高度成長の直前だった。確かにあのオレンジ色の光は夢と希望に輝いていた。
現在は薄汚れた白色光が鈍く光っている。あの光はどこに消えていったのか!! -
天王山トンネルをでて少し行くと桂川を渡る。
桂川を上流に遡り、京北に何度行ったことか。 -
すぐ京都南インターに近づく。当初は二車線で、ここも渋滞の名所だった。現在は四車線になって、圧倒的に走りやすい。便利にはなったが、側面は高い塀に囲まれて開放感はなくなった。
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本線から京都南インターへ向かう。今見ても驚くほど道幅が狭い。
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京都南インター。
ここは59年前と変わっていない。京都の中央玄関口なのに恐ろしく小さい。当時は勿論ETCはなく、現金の手渡しである。狭いスペースに少ないブース。車で犇めきあったのも当然だった。京都南の第2インターができて少しは解消した。
現在はこのように極めてスムースである。ETCの絶大なる効果!! -
京都南インターをでるとそこは国道1号線である。引っ切りなしに車が通る。だがここには信号が無い。車列の空いた隙にさっと1号線に滑り込む運転技術が必要だった。
これから京都市内を南から北に向かって縦断する。もうすぐ十条である。平安京の条内にはいる。車窓より京都の中心部を案内しよう。 -
1号線を北上すると左171号線、右1号線となる。直進も可能で市内に行くことは出来る。しかし99%の車は左右に分かれる。
171号(俗称イナイ)は西宮から旧西国街道に沿って京都に向かう道路である。西宮からは便利な道路なので、この道も数限りなく走った。
本日は右折する。 -
右に曲がってすぐに見えて来るのが東寺である。
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撮影のタイミングが悪く樹木が邪魔しているが、京都の南入口のランドマークである東寺の五重塔である。
この通りは九条通りになる。 -
九条堀川を左折して堀川通に入る。
八条には通りがない。それに相当するのがJR線路と京都駅である。
(この写真は逆方向の[北から南]に走っている。) -
京都の南北に走る大路は西から
西大路通
大宮通
堀川通
烏丸通
河原町通
東大路通
真ん中の堀川通りがもっとも走りやすい。京に来るとこの通りを走ることが多い。 -
八条通に相当するJR線路ガードを潜って七条に達すると、左側に巨大寺院が見えて来る。
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西本願寺
京都のお寺の大部分は観光寺院であろう。そうではないと寺院は言うが、観光客がこなければ成立しないことをコロナが証明した。「迷惑な観光客は来るな。京都は観光都市ではない」と責任者が議会で公言したが、コロナにて観光客が来なくなり、その人は青菜に塩。シュンとなって、一時神妙になった。しかし、既に迷惑顔が復活している。 -
但し、ここ西本願寺は観光寺院ではない。現在進行形で宗教活動が継続されている。観光は出来る。しかし、寺院内に入ればひと味違うことはすぐ解る。この大きな幟を
はためかしているのも観光目的ではない。宗教行事の一環である。 -
六角通り
東西の大路は一条から十条である。三条通り、五条通り等となる。しかし、その間には無数の小路があり、総て名前がついている。綾小路、蛸薬師、仏光寺・・・等々。限りない。六角通りなどは馴染み深い方であろう。
南北の小路も数えきれない程ある。総て名前あり。東洞院、室町、麩屋町、木屋町・・・等々。よって、交差点名は「五条堀川」「綾小路東洞院」となる。
写真の交差点は「六角堀川」である。 -
堀川通りのような大路にも京町家が建っている。
大路の一歩内側に入ると今でも町屋が軒を連ねる街が残っている。
この町屋の路地にこそ京都がある。 -
二条通りまで来た。
左側に濠を持ったお城が見えて来る。 -
二条城
江戸時代に徳川家が京都を支配した拠点である。 -
もう少し北へ行くと見えて来るのは安部晴明神社。
ダヴィデの星マークは異様である。 -
今出川通りまでやってきた。
ここを左に曲がると金閣寺、右に曲がると銀閣寺に達する。 -
銀閣に行くわけではないけれど、今出川堀川を右折する。
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右折して暫くすると右側に樹木に囲まれた長い塀が見えて来る。
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この塀が京都御所の北側の築地塀である。
御所の南側が一条通なので、ここは条内では無くなる。 -
今出川通の北側は同志社大学。各地にキャンパスが散らばっているが、ここが同志社の発祥地であり、大学本部である。
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そのまま今出川通りを東進すると、賀茂川に達する。
これは賀茂川大橋。 -
賀茂川大橋を渡ると出町柳である。
若狭人は京都の北入口であるこの出町柳にて魚貝類を商いした。ここが鯖街道の終着点となる。
現在も周辺には高級鯖寿司店があり、京都の鯖寿司は名物になっている。恐ろしく高価なので食べたことはない。
ここから国道367号線に沿って現在の鯖街道をはしる。 -
八瀬トンネル
京都の北東部を北上する。この辺りは八瀬である。
都人にとってはこの辺りでさえ山奥だった。 -
快晴、絶好のドライブ日和である。
八瀬を過ぎて大原に到着。 -
大原の里
新緑に囲まれた里は絵に描いたように美しい。
京北らしい絶景。 -
寂光院の標識。
三千院を含めここは超有名観光地。
寄り道をせず、367号線をそのまま進行する。 -
途中トンネル
10年前は短いトンネルなのに有料だった。途中村の中を通ってこのトンネルを迂回し、通行料を払わ無いことができた。何時からか知らないが、現在は無料。 -
花折峠への登坂とその周囲の景観
峠道を走っている。山々は新緑に輝き、窓から入って来る5月の風は爽やかである。こんなに心地良いドライブも久しぶり。 -
花折峠のトンネル。
いつも思うのだが、因縁があるとは云え、花を折る峠は名称とすれば相応しくないだろう。 -
トンネル内部
そこそこ長いトンネル。まったく対向車がない。一人で走っている気分。 -
このトンネルもこれで走り納めである。
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花折峠を越えると明王院。
比叡山延暦寺の奥の院。比叡山の僧侶は比良山系の山中を通ってここまで来る。『花折峠』の名前は習練の僧侶達がこの明王院に御供えする花をあの峠で摘んだことに由来する。 -
何時来ても人の姿は見ない。
清浄な砂利道は山中の道場に相応しい。 -
ここは367号線。
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京都方面を望む。
安曇川が流れている。
江戸時代の鯖街道はこの右側山中にある。 -
若葉に輝くこの山の奥に鯖街道がはしっているはずである。
果たして本当に京へ続く道があるのだろうか? -
道の駅朽木新本陣
明王院から朽木までは多くの焼鯖寿司の店舗があった。しかし、2~3軒が残っているだけだった。コロナの影響は大きい。
この道の駅で買う焼鯖寿司が大きな楽しみだったが、ここ数年は閉っていたり、売っていなかったりだった。本日もご覧のように全く車が駐まっていない。
期待できないだろう。 -
くつき新本陣の入口。10年前位は車が列をなし、地元野菜の朝市で賑わっていた。それに比べると淋しい。
しかし、期待していた鯖寿司は売っていた。 -
右:焼鯖寿司
左:朝取り筍
焼鯖寿司は美味しかった。900円は安い。記憶では1500円前後だった。
筍も超美味。
最後の訪問にて目的のお土産を獲得できた。嬉しい。 -
朽木から一山越えると熊川宿である。
ここも定番の途中下車地である。 -
若狭熊川宿。
名前の通りここは若狭の地である。 -
江戸時代の熊川宿
小浜から琵琶湖の港である今津への中継地だった。 -
琵琶湖方面から伸びる国道27号線に入る。小浜へのメインルートになる。
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周囲の田圃は水が引き込まれた直後である。未だ田植えが行なわれていない水だけの田圃である。『水田』(みずた)と呼ぶらしい。極短い期間だけの姿である。北陸地方はゴールデンウイークに都会より人々が帰省する時に田植えを行なうので、今日は「みずた」である。水が入るとその夜から蛙の合唱が始まる。
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27号線から東小浜駅方向に右折する。
想い出のルートを通るのが今回の目的なので、何回も迷った道を思い出しながら進む。 -
目的地は『羽賀寺』である。
初めて来た時はどうしても見つからない。ナビ等無い頃である。地図を見ながら1時間以上もこの近辺をグルグル走り回ってやっと見つけた。しかし、2回目に来た時も同じく迷子になった。この辺りは複雑な地形なのだ。途方に暮れた。現在は眼を瞑っても行けるようになった。 -
北川
この橋を渡り、堤防上の道を走って少し行くと右折出来る狭い農道がある。その道に入りあとはその道を直進すれば羽賀寺に到着する。 -
羽賀寺に到着。
目的は本堂に安置してある「十一面観音像」である。 -
本堂に向かう参道
春夏秋冬いつ来てもこの参道は懐かしさを感じさせる。 -
本堂を望む。
十一面観音は撮影禁止である。公開されている写真は多いが、その写真では実物の本来の姿は捉えられない。まったく異なった間違ったイメージを与えてしまう。この十一面観音はここ羽賀寺に来て、実際に見なければ実像は把握出来ない。
気品と慈愛に満ちたこの十一面観音の姿は、誤解を恐れずまた畏れ多いことであるが、平成の美智子皇后のお姿に似ている。イメージとしてはピッタリである。この十一面観音の素晴らしさを判って貰えるだろうか? -
本堂
気品に満ちたお姿を今日も拝むことができた。
10年以上前のことだ。訪問時が停電で、堂内は真っ暗だった。住職が懐中時計を持ってこられ、これでお顔を見てくださいと渡された。畏れ多くも下からの光に照らされた慈愛に満ちたお顔は少し恥ずかしそうだった。
ここもこれが最後になるかも・・・・ -
本堂の右側山中に猿が出現した。
羽賀寺訪問で初めて見た。この辺りは野生の猿が棲息出来る環境なのだ。 -
小浜湾
小浜湾は大きな湾である若狭湾の中にあるもう一回り小さな湾で、二重の湾になっている。港とすれば絶好の環境である。古代より日本海を通しての交流が、この小浜を通してあったことが了解される。 -
湾の東側。幾重にも半島が取り囲み深い入江になっている。
漁場としても最適。
ここで水揚げされた魚が京都に運ばれ、商いされた。 -
港に面してある魚市場。
現在も重要な漁港である。
魚貝類が所狭しと並べてある。 -
購入した鯖の一夜干し。
クーラーを持っていないので生魚は購入不可。 -
小浜道の駅
最近出来た新しい駅である。品揃え豊富でこの地方名産品も多い。 -
いつも混雑しているが、今日は連休前なので少ない。
-
購入品
焼鯖寿司1,400円。朽木の焼鯖寿司とほぼ同等の量で同様の味だった。朽木より500円も高いが、この価格が標準で、朽木が安すぎたのだ。 -
五月ケ瀬
福井県のお土産は五月ケ瀬が一番だと思う。ピーナッツ入の煎餅であり、ありふれているように思えるが、スーパーで売っている同様品とは全く異なる。香ばしさは群を抜く。全国の百貨店にて販売されているから是非賞味あれ。 -
道の駅内部にある『鯖街道ワンダーランド』
余分な思い出話の為、写真の枚数が多くなりすぎた。
江戸時代の鯖街道はこの後、遠敷川を遡っていく「その2」に記載する。
その2に続く
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この旅行記へのコメント (2)
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- 熟年ドラゴン(もう後期高齢だけど)さん 2023/05/23 05:55:28
- いよいよ免許返納、お床じゃなかったお車辞退ですか。
- 私は先月、後期高齢者運転講習受けてきました。ボケはまだ大丈夫です。車の運転はあまりしないかもですが、バイクであちこちはまだまだ続けようと思います。
5年前の今頃、坊村の明王院から武奈ヶ岳登りましたね。初心者コースと思いきやかなりのハードコースでした。
天王山トンネルのオレンジのライト憶えています。近未来社会に飛び込んだような記憶あります。今は暗くなったのですね。
またご一緒に山歩き出来るといいですね。
- ソウルの旅人さん からの返信 2023/05/24 06:19:43
- Re: 車の想い出
- お久し振りです。
ドラゴンさんはこれからもバイクにて走る意欲満点のようで、元気一杯ですね。羨ましい限りです。
50年以上も常にあった車が無くなるのは片足が無くなる喪失感を覚えます。年齢を重ねることは厳しい辛いことだと実感しております。
同時に車に関するあれこれの想い出が湧いて来ました。天王山トンネルのオレンジライトもその一つですが、最後のドライブの時に突然思い出されました。こんなことを覚えている人はいないと思っていましたが、同世代なら当然のごとく印象的風景として共有した記憶なのですネ。
強い運動は禁止なので山歩きはできませんが、今後は汽車・飛行機に乗って旅行をする積もりです。久しぶりにソウルにこの秋に行って来ます。
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