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大分県豊後高田市田染上野「三宮八幡社」<br />富貴寺から県道655号線と県道34号線を経由して南へ10分程の桂川右岸に鎮座し、一帯は田染の里「三の宮の景」として知られており、川岸に奇岩が続く景勝地となっています。<br /><br />鍋山摩崖仏。<br />『田染三宮八幡社』から、桂川沿いを下流に向け5分程歩いて行くと、鍋山摩崖仏の入口に到着します。<br />鍋山摩崖仏は、大分県豊後高田市にあり、国東半島周辺に点在する古代仏教施設の一つです。<br />一帯は国東半島の豊かな自然に囲まれ、ここ鍋山摩崖仏は眼下に桂川が流れ、桂川右岸の急峻な斜面に露出した岩壁に摩崖仏が彫られています。<br />周辺にはこうした地形から複数の摩崖仏が点在しています。<br /><br />鍋山摩崖仏は、国東半島の風土や長い年月をかけて形成された地域特有の文化が育んだ貴重な文化遺産だと感じます。鍋山摩崖仏を訪れる魅力の一つとなっています。<br />

田染三宮八幡社と鍋山摩崖仏

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2022/10/28 - 2022/10/28

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azusa55さん

大分県豊後高田市田染上野「三宮八幡社」
富貴寺から県道655号線と県道34号線を経由して南へ10分程の桂川右岸に鎮座し、一帯は田染の里「三の宮の景」として知られており、川岸に奇岩が続く景勝地となっています。

鍋山摩崖仏。
『田染三宮八幡社』から、桂川沿いを下流に向け5分程歩いて行くと、鍋山摩崖仏の入口に到着します。
鍋山摩崖仏は、大分県豊後高田市にあり、国東半島周辺に点在する古代仏教施設の一つです。
一帯は国東半島の豊かな自然に囲まれ、ここ鍋山摩崖仏は眼下に桂川が流れ、桂川右岸の急峻な斜面に露出した岩壁に摩崖仏が彫られています。
周辺にはこうした地形から複数の摩崖仏が点在しています。

鍋山摩崖仏は、国東半島の風土や長い年月をかけて形成された地域特有の文化が育んだ貴重な文化遺産だと感じます。鍋山摩崖仏を訪れる魅力の一つとなっています。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー
  • 大分県豊後高田市田染上野「三宮八幡社」<br />富貴寺から県道655号線と県道34号線を経由して南へ10分程の桂川右岸に鎮座し、一帯は田染の里「三の宮の景」として知られており、川岸に奇岩が続く景勝地となっています。<br />鎮座地傍らの観光案内図。<br />国東半島の根元にあたる当地は国東半島の六郷、田染・武蔵・伊美・国東・安岐・来縄の6つの郷があり山間には多くの寺院が建てられました。<br />鎮座地周辺は田染(たしぶ)郷と呼ばれ、三宮八幡社は田染郷の東外れに位置します。

    大分県豊後高田市田染上野「三宮八幡社」
    富貴寺から県道655号線と県道34号線を経由して南へ10分程の桂川右岸に鎮座し、一帯は田染の里「三の宮の景」として知られており、川岸に奇岩が続く景勝地となっています。
    鎮座地傍らの観光案内図。
    国東半島の根元にあたる当地は国東半島の六郷、田染・武蔵・伊美・国東・安岐・来縄の6つの郷があり山間には多くの寺院が建てられました。
    鎮座地周辺は田染(たしぶ)郷と呼ばれ、三宮八幡社は田染郷の東外れに位置します。

  • 桂川沿いに続く県道沿いの「三の宮景勝地」の看板と大きな「P」の看板が三宮八幡社の目印になるでしょう。<br />車はこの駐車場に停め、そこから神社社頭までは県道を上流に向け歩いて直ぐ。<br />桂川の対岸には奇峰が連なり、四季折々に美しい光景が見られる写真スポット。

    桂川沿いに続く県道沿いの「三の宮景勝地」の看板と大きな「P」の看板が三宮八幡社の目印になるでしょう。
    車はこの駐車場に停め、そこから神社社頭までは県道を上流に向け歩いて直ぐ。
    桂川の対岸には奇峰が連なり、四季折々に美しい光景が見られる写真スポット。

  • 県道沿いに社頭を構える八幡社。<br />石の明神鳥居の額には「八幡宮」とあり、鳥居は明治35年(1902)に寄進されたもの。<br />境内は正面に社殿と左の社務所が主な伽藍となります。<br /><br />八幡宮は宇佐神宮の荘園「田染荘」として成立した際、田染郷の鎮守として宇佐神宮から勧請された田心姫命・湍津姫命・市杵嶋姫命の三柱を祀る本宮八幡社から始まり。<br />観応2年(1351)神主に神託があり、湍津姫命を田染間戸に遷座し「二宮」、市杵嶋姫命を田染稲積に遷座し「三宮」として「田染三社」と総称するようになったと云う。<br />当八幡宮はその三宮にあたり、田染三宮八幡社と呼ばれているようです。<br />田染三社には前述した祭神の他、譽田別命、息長足姫命、足仲彦尊、大鷦鷯尊や応神天皇の妃、皇子・皇女らも祀られるようです。<br /><br />以後は田染三宮八幡社として記載させてもらいます。

    県道沿いに社頭を構える八幡社。
    石の明神鳥居の額には「八幡宮」とあり、鳥居は明治35年(1902)に寄進されたもの。
    境内は正面に社殿と左の社務所が主な伽藍となります。

    八幡宮は宇佐神宮の荘園「田染荘」として成立した際、田染郷の鎮守として宇佐神宮から勧請された田心姫命・湍津姫命・市杵嶋姫命の三柱を祀る本宮八幡社から始まり。
    観応2年(1351)神主に神託があり、湍津姫命を田染間戸に遷座し「二宮」、市杵嶋姫命を田染稲積に遷座し「三宮」として「田染三社」と総称するようになったと云う。
    当八幡宮はその三宮にあたり、田染三宮八幡社と呼ばれているようです。
    田染三社には前述した祭神の他、譽田別命、息長足姫命、足仲彦尊、大鷦鷯尊や応神天皇の妃、皇子・皇女らも祀られるようです。

    以後は田染三宮八幡社として記載させてもらいます。

  • 弘化5年(1848)の刻みが残る常夜灯。

    弘化5年(1848)の刻みが残る常夜灯。

  • 社殿全景。<br />拝殿の前には大きな球を持つ狛犬の姿と本殿右側に複数の石祠がある。

    社殿全景。
    拝殿の前には大きな球を持つ狛犬の姿と本殿右側に複数の石祠がある。

  • 拝殿前の狛犬。<br />大きなものではないですが、鋭い犬歯と直線的に描かれた鬣を持ち、強烈な目力を持つた勇ましい姿の狛犬だと思う。

    拝殿前の狛犬。
    大きなものではないですが、鋭い犬歯と直線的に描かれた鬣を持ち、強烈な目力を持つた勇ましい姿の狛犬だと思う。

  • 目を剥いた彫の深い形相、あまりの個性的な表情に寄進年を見忘れました。

    目を剥いた彫の深い形相、あまりの個性的な表情に寄進年を見忘れました。

  • 拝殿。<br />入母屋瓦葺の平入拝殿で後方に入母屋の幣殿が連なり、その先に本殿が建っています。

    拝殿。
    入母屋瓦葺の平入拝殿で後方に入母屋の幣殿が連なり、その先に本殿が建っています。

  • 拝殿から幣殿の眺め。<br />外観、内観ともに目立った傷みはなく、比較的最近補修の手が入ったようです。<br /><br />御祭神は市杵嶋姫命を祀り、譽田別命、息長足姫命、足仲彦尊、大鷦鷯尊、弟日賣命、大葉枝皇子命、小葉枝皇子命、根鳥皇女命、建内宿禰命、猿田彦大神、八重事代主神、久久能知神、木華咲耶姫命、比賣語曾神、大山祇命を合祀。

    拝殿から幣殿の眺め。
    外観、内観ともに目立った傷みはなく、比較的最近補修の手が入ったようです。

    御祭神は市杵嶋姫命を祀り、譽田別命、息長足姫命、足仲彦尊、大鷦鷯尊、弟日賣命、大葉枝皇子命、小葉枝皇子命、根鳥皇女命、建内宿禰命、猿田彦大神、八重事代主神、久久能知神、木華咲耶姫命、比賣語曾神、大山祇命を合祀。

  • 拝殿左から見る社殿。

    拝殿左から見る社殿。

  • 銅板葺の三間社流造の本殿、金色の飾り金具など見当たらずシックな佇まいのもの。<br />大棟に千木はなく、4本の鰹木が付き、棟に三つ巴の紋が入る。

    銅板葺の三間社流造の本殿、金色の飾り金具など見当たらずシックな佇まいのもの。
    大棟に千木はなく、4本の鰹木が付き、棟に三つ巴の紋が入る。

  • 本殿右の山肌に複数の石塔と桜の紋が入った石祠が見られる。

    本殿右の山肌に複数の石塔と桜の紋が入った石祠が見られる。

  • 境内から社頭の眺め。<br />狛犬が見つめる先は田染耶馬と呼ばれる奇岩、奇峰の連なる景勝地「三の宮の景」

    境内から社頭の眺め。
    狛犬が見つめる先は田染耶馬と呼ばれる奇岩、奇峰の連なる景勝地「三の宮の景」

  • 田染 「三の宮の景」<br />桂川左岸に巨大な岩峰が連なり、桜や新緑・紅葉の時期などは写真映えのする光景が広がる事だろう。<br /><br />一帯にはこうした岩峰が多数あり、岩肌を刻み仏の姿を現した摩崖仏が多く存在します。<br />宇佐神宮、富貴寺もそうでしたが、一帯には神仏習合当時の名残を留めた寺社や摩崖仏、仏塔など石像物がとても多く石の文化が栄えた地域です。<br />そうした背景にはそこかしこに巨岩が露出する地形と自然に対する畏敬の念を持つ土地柄もあるのかも知れない。<br />観光案内図に「三の宮の景」と表記され、入口の看板には「三の宮景勝地」と記されており、県外から訪れた者には統一感がなく戸惑いを感じる。<br />国の登録記念物には「鍋山(南屏峡)」とあり、ここから右岸下流の摩崖仏は「鍋山摩崖仏」とありスッキリして受け入れやすい表記だと思う。<br /><br />田染三宮八幡社<br />創建 / 観応2年(1351)<br />祭神 / 市杵嶋姫命、他<br />所在地 / 大分県豊後高田市田染上野1292

    田染 「三の宮の景」
    桂川左岸に巨大な岩峰が連なり、桜や新緑・紅葉の時期などは写真映えのする光景が広がる事だろう。

    一帯にはこうした岩峰が多数あり、岩肌を刻み仏の姿を現した摩崖仏が多く存在します。
    宇佐神宮、富貴寺もそうでしたが、一帯には神仏習合当時の名残を留めた寺社や摩崖仏、仏塔など石像物がとても多く石の文化が栄えた地域です。
    そうした背景にはそこかしこに巨岩が露出する地形と自然に対する畏敬の念を持つ土地柄もあるのかも知れない。
    観光案内図に「三の宮の景」と表記され、入口の看板には「三の宮景勝地」と記されており、県外から訪れた者には統一感がなく戸惑いを感じる。
    国の登録記念物には「鍋山(南屏峡)」とあり、ここから右岸下流の摩崖仏は「鍋山摩崖仏」とありスッキリして受け入れやすい表記だと思う。

    田染三宮八幡社
    創建 / 観応2年(1351)
    祭神 / 市杵嶋姫命、他
    所在地 / 大分県豊後高田市田染上野1292

  • 鍋山摩崖仏。<br />『田染三宮八幡社』から、桂川沿いを下流に向け5分程歩いて行くと、鍋山摩崖仏の入口に到着します。<br />鍋山摩崖仏は、大分県豊後高田市にあり、国東半島周辺に点在する古代仏教施設の一つです。<br />一帯は国東半島の豊かな自然に囲まれ、ここ鍋山摩崖仏は眼下に桂川が流れ、桂川右岸の急峻な斜面に露出した岩壁に摩崖仏が彫られています。<br />周辺にはこうした地形から複数の摩崖仏が点在しています。<br /><br />写真は県道沿いに立つ「鍋山摩崖仏」の案内板です。<br />ここから右の急斜面に作られた約80段の石段を登っていくと、鍋山摩崖仏に辿り着きます。<br />距離はさほどありませんが、草木に包まれた細くて急な石段が続きます。<br />時折人が訪れているようで、石段を上っていてもクモの巣一つ架けられていません。

    鍋山摩崖仏。
    『田染三宮八幡社』から、桂川沿いを下流に向け5分程歩いて行くと、鍋山摩崖仏の入口に到着します。
    鍋山摩崖仏は、大分県豊後高田市にあり、国東半島周辺に点在する古代仏教施設の一つです。
    一帯は国東半島の豊かな自然に囲まれ、ここ鍋山摩崖仏は眼下に桂川が流れ、桂川右岸の急峻な斜面に露出した岩壁に摩崖仏が彫られています。
    周辺にはこうした地形から複数の摩崖仏が点在しています。

    写真は県道沿いに立つ「鍋山摩崖仏」の案内板です。
    ここから右の急斜面に作られた約80段の石段を登っていくと、鍋山摩崖仏に辿り着きます。
    距離はさほどありませんが、草木に包まれた細くて急な石段が続きます。
    時折人が訪れているようで、石段を上っていてもクモの巣一つ架けられていません。

  • この様な急勾配の石段が摩崖仏まで続き、境内までは足元の注意が必要です。

    この様な急勾配の石段が摩崖仏まで続き、境内までは足元の注意が必要です。

  • 石段を登り切ると僅かばかりの平地が開けます。<br />写真は石段付近で見かけた手水石或いは礎石だろうか。

    石段を登り切ると僅かばかりの平地が開けます。
    写真は石段付近で見かけた手水石或いは礎石だろうか。

  • 上は境内に立てられている「国指定史跡 熊野摩崖仏 附 鍋山摩崖仏」の標柱。<br />鍋山摩崖仏は、大分県豊後高田市鍋山地区にある、鎌倉時代と推定される仏像が刻まれた岩壁で、昭和30年(1955)に指定を受けています。

    上は境内に立てられている「国指定史跡 熊野摩崖仏 附 鍋山摩崖仏」の標柱。
    鍋山摩崖仏は、大分県豊後高田市鍋山地区にある、鎌倉時代と推定される仏像が刻まれた岩壁で、昭和30年(1955)に指定を受けています。

  • 境内に立つ鍋山摩崖仏解説。<br />「鍋山摩崖仏 国史跡<br />所在地 豊後高田市大字上野字高取<br />指定年月日 昭和30年2月15日<br />制作年代 鎌倉時代と推定<br />解説<br />約80段の石段を登ると鍋山の中腹岩壁に不動三尊が雄勁に半肉彫りしてある。<br />中尊の不動明王立像は像高約230㌢右手に宝剣、左手に索を持つ。<br />脇侍は向かって右の矜羯羅童子像が像高約121㌢合掌姿勢、向かって左の制多迦童子立像が像高約121㌢の扼腕姿勢。<br />田染村〇に云う「上野不動堂2間4面の草堂なり丈余の摩崖仏を覆う。<br />また境内には山林5反22歩を有す。」<br />鍋山の盤石に安住する不動三尊盛行であった不動信仰、過ぎ去りし昔がしのばれる。<br />豊後高田市教育委員会」<br /><br />脱色し識別が出来なかったものは〇としてある。<br />富貴寺の国東塔や仁王像、そしてこうした摩崖仏等の石像文化や仏教文化が国東半島一帯で広まったのも<br />大陸に近い九州という土地柄と岩盤が露出した山々が連なる地形の影響もあったのだろう。<br />そうした自然と人々の暮らしが育んだ文化遺産とってもいいのかもしれない。

    境内に立つ鍋山摩崖仏解説。
    「鍋山摩崖仏 国史跡
    所在地 豊後高田市大字上野字高取
    指定年月日 昭和30年2月15日
    制作年代 鎌倉時代と推定
    解説
    約80段の石段を登ると鍋山の中腹岩壁に不動三尊が雄勁に半肉彫りしてある。
    中尊の不動明王立像は像高約230㌢右手に宝剣、左手に索を持つ。
    脇侍は向かって右の矜羯羅童子像が像高約121㌢合掌姿勢、向かって左の制多迦童子立像が像高約121㌢の扼腕姿勢。
    田染村〇に云う「上野不動堂2間4面の草堂なり丈余の摩崖仏を覆う。
    また境内には山林5反22歩を有す。」
    鍋山の盤石に安住する不動三尊盛行であった不動信仰、過ぎ去りし昔がしのばれる。
    豊後高田市教育委員会」

    脱色し識別が出来なかったものは〇としてある。
    富貴寺の国東塔や仁王像、そしてこうした摩崖仏等の石像文化や仏教文化が国東半島一帯で広まったのも
    大陸に近い九州という土地柄と岩盤が露出した山々が連なる地形の影響もあったのだろう。
    そうした自然と人々の暮らしが育んだ文化遺産とってもいいのかもしれない。

  • 石段正面に見上げるばかりの巨大な岩壁。<br />その岩壁に寄り添うように覆屋が建てられています。

    石段正面に見上げるばかりの巨大な岩壁。
    その岩壁に寄り添うように覆屋が建てられています。

  • 覆屋正面からそそり立つ岩壁と内部の鍋山磨崖仏不動三尊像。

    覆屋正面からそそり立つ岩壁と内部の鍋山磨崖仏不動三尊像。

  • 覆屋内から眺める不動三尊像の全景。<br />正面に右手で宝剣、左手に羂索を握りしめた不動明王の立像がこちらを見据えている。<br />長年の風化により左右の脇侍の姿はほぼ原形を留めていない。

    覆屋内から眺める不動三尊像の全景。
    正面に右手で宝剣、左手に羂索を握りしめた不動明王の立像がこちらを見据えている。
    長年の風化により左右の脇侍の姿はほぼ原形を留めていない。

  • 中央の不動明王。<br />像高約230㌢とあったが、間近で見る姿はそれ以上に大きく感じます。<br />長年の風化から、細部の表現が不明瞭なのが残念ですが、剣と羂索、それらを握りしめる手の描写など、数百年前の先人達が抱いた信仰心の集大成「摩崖仏」は今も見事に伝えられています。

    中央の不動明王。
    像高約230㌢とあったが、間近で見る姿はそれ以上に大きく感じます。
    長年の風化から、細部の表現が不明瞭なのが残念ですが、剣と羂索、それらを握りしめる手の描写など、数百年前の先人達が抱いた信仰心の集大成「摩崖仏」は今も見事に伝えられています。

  • 向かって右の矜羯羅童子像。<br />合掌姿勢とあるが、風化が進んだ現状から、そうした姿をイメージすらできないのが惜しまれます。

    向かって右の矜羯羅童子像。
    合掌姿勢とあるが、風化が進んだ現状から、そうした姿をイメージすらできないのが惜しまれます。

  • 左の制多迦童子立像。<br />岩肌の窪みに安置されている石仏は見られるものの、扼腕姿勢の像の姿はもはや見られません。<br />自分には中尊の不動明王しか見えませんが、ここに描かれている不動三尊の像容は、ここから車で2~3分程西の田染真木地区に鎮座する真木大堂の「木造不動明王・二童子立像」(国重文・平安時代後期)と類似しているとされ、これをモデルに鍋山磨崖仏の不動三尊像が造立されたとする説もあるようです。

    左の制多迦童子立像。
    岩肌の窪みに安置されている石仏は見られるものの、扼腕姿勢の像の姿はもはや見られません。
    自分には中尊の不動明王しか見えませんが、ここに描かれている不動三尊の像容は、ここから車で2~3分程西の田染真木地区に鎮座する真木大堂の「木造不動明王・二童子立像」(国重文・平安時代後期)と類似しているとされ、これをモデルに鍋山磨崖仏の不動三尊像が造立されたとする説もあるようです。

  • 上の写真は、覆屋の右側の岩壁に祠を作り、2体の石仏が安置されている様子が分かると思います。覆屋の左側の岩肌にも同様に石仏が安置されています。<br />鍋山摩崖仏は、国東半島の風土や長い年月をかけて形成された地域特有の文化が育んだ貴重な文化遺産だと感じます。鍋山摩崖仏を訪れる魅力の一つとなっています。<br />鍋山摩崖仏<br />所在地 / 大分県豊後高田市<br />田染三宮八幡社から徒歩ルート / 三宮八幡社から桂川沿いを下流に5分程

    上の写真は、覆屋の右側の岩壁に祠を作り、2体の石仏が安置されている様子が分かると思います。覆屋の左側の岩肌にも同様に石仏が安置されています。
    鍋山摩崖仏は、国東半島の風土や長い年月をかけて形成された地域特有の文化が育んだ貴重な文化遺産だと感じます。鍋山摩崖仏を訪れる魅力の一つとなっています。
    鍋山摩崖仏
    所在地 / 大分県豊後高田市
    田染三宮八幡社から徒歩ルート / 三宮八幡社から桂川沿いを下流に5分程

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