2023/04/15 - 2023/04/15
11位(同エリア227件中)
松本伸雄さん
強敵清水氏も退けた大友氏の堅城。
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豊後の大友義鎮(宗麟)が丹生島に弘治2年(1556)に築城した。キリシタン大名であった宗麟の城下らしく、丹生島を含む臼杵荘キリスト教の施設が多く、城内には礼拝堂もあった。
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天正14年(1586)に島津氏の軍勢に囲まれるが、持ちこたえた。
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明治維新後に西南戦争の戦場となり落城を経験した。
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大田氏時代には内堀をまたぐ橋が架けられ、稲葉氏時代に「古橋」とよばれていました。
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亭櫓跡。
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鐙坂。
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中門跡。阿蘇溶結凝灰岩です。
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「重箱造り」の畳櫓。解体修理の際に、下見板で隠された銃眼「隠し狭間」のあることがわかりました。
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17世紀初頭に城内通行の利便を高めるために造られた大門櫓。両脇の石垣は18世紀後半の「亀甲積」です。
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瓦の三は、稲葉家の家紋です。
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クルーズ船からの観光客が多かったです。
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大友宗麟公碑。
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国崩し。大友氏がポルトガルから入手しました。
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二の丸居館庭園跡。
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野上弥生子文学碑。
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本丸塁線石垣。南空堀。
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空堀。
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鉄門枡形石垣。
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ウイリアム・アダムスはオランダのロッテルダム港を出発。22ヶ月後に臼杵市に漂着。臼杵の人が食料や水を与えた。
アダムスは、大坂城で家康に謁見。家康は西洋の学問に大変興味を持ち、外交顧問に登用。その後三浦按針となりました。 -
井戸です。鳥居は卯寅稲荷神社。
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造船所方面です。
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卯寅口門脇櫓。嘉永年間に再建された櫓で、鉄砲薬櫓とも呼ばれ、火薬庫としても使われていたようです。一階と二階の面積が同じ「重箱造り」という古式の構造で半地下式になっています。
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天守櫓跡。
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天守台石垣。
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着見櫓跡。
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古橋口から見た大門櫓。
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女子プロゴルフ主催のフンドーキンは、九州一の醤油メーカーです。
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ホテルの前は、おさるの高崎山です。
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別府国際観光港に大型船が入港してます。
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別府 ホテルエールのお手紙。おわり
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