2023/04/14 - 2023/04/14
172位(同エリア4887件中)
松本伸雄さん
山上の天守と山麓の御殿。
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城の駅でスタンプをいただきます。
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関ヶ原の戦いで討ち死にした島津豊久。
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1625年、山上に位置していた本丸御殿を山麓の現在地に移した。宮崎市佐土原歴史資料館の鶴松館になってる。
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大手道を登ります。
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尾根を縦に断ち割って作られた非常に珍しい構造です。
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防空壕。
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裏から見た右、書院、左、大広間です。
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左奥に、大奥があったそうな。
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現在で言う官庁街があった所です。
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中の道。
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火山灰の下は岩盤なので根をはらないので、台風で木が倒れます。
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井戸跡。
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九州へと侵攻した豊臣秀吉の前に島津勢は降伏。島津氏は旧領を安堵されたが、家久死去を受け、豊久が佐土原城主となった。その豊久も関ヶ原で戦死し、遺領は徳川家康に没収され幕領となる。
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孟宗竹の筍。
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ぞろぞろ。
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説明を聞きます。
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谷の奥に造られた虎口には、門を建てたほぞ穴が残る。
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本丸と麓の高低差は、40メートルです。
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廃藩置県後、一時は佐土原県となりますが、明治9年には鹿児島県となりました。
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本丸。
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四角い竹のシホウチクです。
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虎口。
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南北にわかれる。南側は角に台状の高まりがあり、中央が窪んでいる。北側はれきや瓦の集積が見られ、端には天守台が残される。
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本丸からの眺望。
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天守台は江戸時代の初めに取り壊され、根石から1・2段を除き石材は持ち去られ、礎石も抜き取られていたことが判明した。
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南九州の城では唯一となる天守の存在が確認された。
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石材は割石が用いられ、石を割るときに開けられた矢穴も残ってます。
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太い孟宗竹です。
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島津家久 豊久の墓。菩提寺の天昌寺は明治に廃仏毀釈で壊されたそうです。
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関ヶ原で亡くなった家臣の墓が左側に並びます。おわり。
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