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2022年10月末に4日間ツアーにて四国を一周しました。その際松山の道後温泉に宿泊しましたが、松山のシンボルでもある松山城は市内からちらりと見ただけで行けずに残念な思いをしました。今回の松山訪問はそのリベンジ旅で、松山市内に4泊して近辺を歩きます。<br /><br />日程は下記。<br />12月5日 羽田→松山(泊)→松山市内散策<br />12月6日 ■松山城→二之丸史跡<br />12月7日 道後温泉→宝源寺→伊佐爾波神社→湯築城跡→石手寺<br />12月8日 萬翠荘→坂の上の雲ミュージアム→松山市内散策<br />12月9日 松山→羽田<br /><br />この旅行記は、松山城と二之丸史跡を掲載します。<br />表紙の写真は松山城天守閣から瀬戸内海方向の眺望。<br /><br />

愛媛県・松山を歩く(1)----松山城と二之丸史跡

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2022/12/05 - 2022/12/09

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旅行記グループ 愛媛県・松山を歩く

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2022年10月末に4日間ツアーにて四国を一周しました。その際松山の道後温泉に宿泊しましたが、松山のシンボルでもある松山城は市内からちらりと見ただけで行けずに残念な思いをしました。今回の松山訪問はそのリベンジ旅で、松山市内に4泊して近辺を歩きます。

日程は下記。
12月5日 羽田→松山(泊)→松山市内散策
12月6日 ■松山城→二之丸史跡
12月7日 道後温泉→宝源寺→伊佐爾波神社→湯築城跡→石手寺
12月8日 萬翠荘→坂の上の雲ミュージアム→松山市内散策
12月9日 松山→羽田

この旅行記は、松山城と二之丸史跡を掲載します。
表紙の写真は松山城天守閣から瀬戸内海方向の眺望。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
  • 松山市での宿は、大街道沿いのANAクラウンプラザホテル。ここに4泊します。<br />こちらは8階の部屋からの眺望。標高132mの城山山頂に松山城、山の麓に萬翠荘や裁判所の建物が見えます。

    松山市での宿は、大街道沿いのANAクラウンプラザホテル。ここに4泊します。
    こちらは8階の部屋からの眺望。標高132mの城山山頂に松山城、山の麓に萬翠荘や裁判所の建物が見えます。

  • 山の麓、ロープウェイ乗り場の先に立つ加藤嘉明の騎馬像。<br />松山城は、1602年に加藤嘉明によって築城が開始され、約四半世紀の後にようやく完成したお城です。

    山の麓、ロープウェイ乗り場の先に立つ加藤嘉明の騎馬像。
    松山城は、1602年に加藤嘉明によって築城が開始され、約四半世紀の後にようやく完成したお城です。

  • 松山城にはロープウェイで向かいます。ロープウェイの終点は長者ヶ平。

    松山城にはロープウェイで向かいます。ロープウェイの終点は長者ヶ平。

  • 長者ヶ平を出てしばらく坂を上ると右手に、ご覧の美しい石垣が見えてきます。<br />高さ10m~16m、石材は主に花崗岩で隅部は長辺と短辺とを交互に積み上げた算木積となっています(現地説明版)。

    長者ヶ平を出てしばらく坂を上ると右手に、ご覧の美しい石垣が見えてきます。
    高さ10m~16m、石材は主に花崗岩で隅部は長辺と短辺とを交互に積み上げた算木積となっています(現地説明版)。

  • こちらは現地にある石垣の説明図。<br />松山城内にはこのような説明版が要所要所にあります。この旅行記の説明は、これらの説明を一部引用しています。

    こちらは現地にある石垣の説明図。
    松山城内にはこのような説明版が要所要所にあります。この旅行記の説明は、これらの説明を一部引用しています。

  • 石垣に沿って直進し角を曲がると、正面奥に天守閣が見えてきます。

    石垣に沿って直進し角を曲がると、正面奥に天守閣が見えてきます。

  • 天守閣(左手)をズーム。

    天守閣(左手)をズーム。

  • 天守が見えている道は行き止まりで、180度向きを変えてご覧の石垣沿いの道を進みます。左側石垣の上には太鼓櫓が建っており、この道を登ってきた敵はあそこから狙われます。<br />正面は戸無門。

    天守が見えている道は行き止まりで、180度向きを変えてご覧の石垣沿いの道を進みます。左側石垣の上には太鼓櫓が建っており、この道を登ってきた敵はあそこから狙われます。
    正面は戸無門。

  • 戸無門を潜ると道は左側に折れ、その先左側に筒井門が現れます。筒井門は城内で最も堅固な建造物の一つで、その上は櫓が築かれています。

    戸無門を潜ると道は左側に折れ、その先左側に筒井門が現れます。筒井門は城内で最も堅固な建造物の一つで、その上は櫓が築かれています。

  • 筒井門と石垣を隔てて隠門があります。正門である筒井門に対して両サイドが石垣に挟まれた埋門形式で造られています。<br />戸無門を潜って筒井門の正面に迫る敵を、隠門側から敵の側面に奇襲攻撃を掛ける策略を秘めています。<br />

    筒井門と石垣を隔てて隠門があります。正門である筒井門に対して両サイドが石垣に挟まれた埋門形式で造られています。
    戸無門を潜って筒井門の正面に迫る敵を、隠門側から敵の側面に奇襲攻撃を掛ける策略を秘めています。

  • 筒井門を潜った正面はご覧のような石垣塀とその上に太鼓櫓が建っており直進はできません。櫓には石落としや狭間が幾つも備えられています。

    筒井門を潜った正面はご覧のような石垣塀とその上に太鼓櫓が建っており直進はできません。櫓には石落としや狭間が幾つも備えられています。

  • 石垣塀の右側角に櫓付きの太鼓門があります。

    石垣塀の右側角に櫓付きの太鼓門があります。

  • 太鼓門を潜ります。正面は太鼓櫓が建っており、やっぱり直進できません。<br />緩やかな坂を上った右側が本丸広場になります。<br />

    太鼓門を潜ります。正面は太鼓櫓が建っており、やっぱり直進できません。
    緩やかな坂を上った右側が本丸広場になります。

  • 山頂に広がる本丸広場に来ました。この広場は、もともとは谷を隔てて南北に2つあった峰を崩し谷を埋め立てて造ったもので、南北約300m、東西約30m~180m、約6000坪の広さがあります。<br />本丸広場 北側奥の高台に天守閣が見えています。

    山頂に広がる本丸広場に来ました。この広場は、もともとは谷を隔てて南北に2つあった峰を崩し谷を埋め立てて造ったもので、南北約300m、東西約30m~180m、約6000坪の広さがあります。
    本丸広場 北側奥の高台に天守閣が見えています。

  • 本丸広場の左側に直径約2m、深さは約44mの井戸があります。<br />この井戸は、本丸広場を造った際に南側峰の麓に沸いていた泉を井戸とするべく周囲を石垣で囲みながら積み上げ、外周に土を順次埋め立てて行き広場の敷地と共に井戸を築いたと伝えられています。

    本丸広場の左側に直径約2m、深さは約44mの井戸があります。
    この井戸は、本丸広場を造った際に南側峰の麓に沸いていた泉を井戸とするべく周囲を石垣で囲みながら積み上げ、外周に土を順次埋め立てて行き広場の敷地と共に井戸を築いたと伝えられています。

  • 本丸広場の石垣上から下を見下ろしています。<br />壮大な石垣が本丸広場の周囲を支えています。途中に折れ目が造られ、石垣の強度を高めるとともに敵を側面からも攻撃できるようになっています。石垣の上には、今は見られませんがかっては、石落としや狭間などを備えた渡塀が築かれていました。

    本丸広場の石垣上から下を見下ろしています。
    壮大な石垣が本丸広場の周囲を支えています。途中に折れ目が造られ、石垣の強度を高めるとともに敵を側面からも攻撃できるようになっています。石垣の上には、今は見られませんがかっては、石落としや狭間などを備えた渡塀が築かれていました。

  • 本丸広場の北側奥に天守の乗る本壇・石垣が築かれています。

    本丸広場の北側奥に天守の乗る本壇・石垣が築かれています。

  • 天守閣本壇・石垣下まで来ました。<br />本壇・石垣の高さは、本丸から8.3m、本丸の標高は約132mであることから、天守閣は標高約140mの本壇上に建っていることになります。

    イチオシ

    天守閣本壇・石垣下まで来ました。
    本壇・石垣の高さは、本丸から8.3m、本丸の標高は約132mであることから、天守閣は標高約140mの本壇上に建っていることになります。

  • 天守閣群の案内図。<br />中央に天守、右側に小天守、西側の各隅に隅櫓があり、それぞれを渡櫓で互いに結んでいます。天守下の西側は、渡櫓で囲まれた天守広場になっています。広場を囲んでいる天守建造物群は、わが国の代表的な連立式天守を備えた城郭といわれています。<br />赤点線矢印に沿って入城します。

    天守閣群の案内図。
    中央に天守、右側に小天守、西側の各隅に隅櫓があり、それぞれを渡櫓で互いに結んでいます。天守下の西側は、渡櫓で囲まれた天守広場になっています。広場を囲んでいる天守建造物群は、わが国の代表的な連立式天守を備えた城郭といわれています。
    赤点線矢印に沿って入城します。

  • 本丸から本壇・石垣沿いに入って来ました。<br />右側石垣上は一の門南櫓、その下奥に一の門、正面石垣上は筋鉄門東塀、その背後に天守、左側石垣上は小天守が建っています。したがって、この位置は三方が囲まれた形となっています。<br />

    本丸から本壇・石垣沿いに入って来ました。
    右側石垣上は一の門南櫓、その下奥に一の門、正面石垣上は筋鉄門東塀、その背後に天守、左側石垣上は小天守が建っています。したがって、この位置は三方が囲まれた形となっています。

  • 上の写真の位置から右側に折れると、ご覧の一の門があります。<br />一の門を潜った先は、四方を囲まれた枡形という方形空間となっています。<br />

    上の写真の位置から右側に折れると、ご覧の一の門があります。
    一の門を潜った先は、四方を囲まれた枡形という方形空間となっています。

  • 桝形空間から石段を上った先に二の門があります。<br />

    桝形空間から石段を上った先に二の門があります。

  • 二の門を潜るとようやく天守の建つ広場に出ます。<br />天守はこの広場から更に約4mの高さの石垣上に築かれています。<br />天守は三重三階 地下一階の層塔型天守です。

    二の門を潜るとようやく天守の建つ広場に出ます。
    天守はこの広場から更に約4mの高さの石垣上に築かれています。
    天守は三重三階 地下一階の層塔型天守です。

  • 天守の建つ石垣に沿って三の門があります。<br />

    天守の建つ石垣に沿って三の門があります。

  • 三の門を抜けた先の景色です。<br />右側に第4の門とも言うべき一重櫓門の筋鉄門があります。筋鉄門上の櫓は左手奥に建つ小天守と右側に建つ天守とを結ぶ渡り廊下となっています。<br />左側の漆喰塀は、筋鉄門東塀で狭間や石落としが備えられています。

    三の門を抜けた先の景色です。
    右側に第4の門とも言うべき一重櫓門の筋鉄門があります。筋鉄門上の櫓は左手奥に建つ小天守と右側に建つ天守とを結ぶ渡り廊下となっています。
    左側の漆喰塀は、筋鉄門東塀で狭間や石落としが備えられています。

  • 筋鉄門(右側)を潜って天守中庭(天守広場)に入ってきました。天守広場の四方は石垣や廊下櫓などで囲まれています。ここまで到達するのに幾つもの門やら桝形空間を潜り抜けてこなければならず、防御に徹した城づくりがなされていることが分かります。<br />左側の唐破風の屋根下は天守に入る公式の玄関です。

    筋鉄門(右側)を潜って天守中庭(天守広場)に入ってきました。天守広場の四方は石垣や廊下櫓などで囲まれています。ここまで到達するのに幾つもの門やら桝形空間を潜り抜けてこなければならず、防御に徹した城づくりがなされていることが分かります。
    左側の唐破風の屋根下は天守に入る公式の玄関です。

  • こちらは、天守の建つ基壇・石垣で天守の地下1階に相当します。<br />かっては、穀倉や米の蔵となっていて、約2000俵が貯蔵可能でした。<br />左手の扉は、天守への現在の入口で、観光客はここから中に入城します。

    こちらは、天守の建つ基壇・石垣で天守の地下1階に相当します。
    かっては、穀倉や米の蔵となっていて、約2000俵が貯蔵可能でした。
    左手の扉は、天守への現在の入口で、観光客はここから中に入城します。

  • 天守の地下入口にて土足を脱いでスリッパに履き替え、1階に上がり反時計方向に渡櫓を進みます。<br />正面奥は、北隅櫓になっており、その手前が天守への玄関となります。

    天守の地下入口にて土足を脱いでスリッパに履き替え、1階に上がり反時計方向に渡櫓を進みます。
    正面奥は、北隅櫓になっており、その手前が天守への玄関となります。

  • 急な階段を上って北隅櫓に来ました。<br />大きくて頑丈な梁が見えています。また周囲の壁には狭間が設けられています。

    急な階段を上って北隅櫓に来ました。
    大きくて頑丈な梁が見えています。また周囲の壁には狭間が設けられています。

  • 北隅櫓の窓から西北方向の眺望。<br />直ぐ真下に本丸広場が、その奥に瀬戸内海が見えます。本丸広場右手の建物は野原櫓、正面は乾櫓となります。

    イチオシ

    北隅櫓の窓から西北方向の眺望。
    直ぐ真下に本丸広場が、その奥に瀬戸内海が見えます。本丸広場右手の建物は野原櫓、正面は乾櫓となります。

  • こちらは南隅櫓方向の眺望。<br />左側の瓦屋根は南北の隅櫓を繋ぐ十間廊下の屋根です。

    こちらは南隅櫓方向の眺望。
    左側の瓦屋根は南北の隅櫓を繋ぐ十間廊下の屋根です。

  • 十間廊下から天守広場を見ています。<br />敵が幾つもの門を突破してこの天守広場に入ってきたとしても、広場を囲んでいる建物群から攻撃することができます。<br />

    十間廊下から天守広場を見ています。
    敵が幾つもの門を突破してこの天守広場に入ってきたとしても、広場を囲んでいる建物群から攻撃することができます。

  • 南隅櫓から見る天守閣。<br />安定感のある美しい日本のお城です。

    南隅櫓から見る天守閣。
    安定感のある美しい日本のお城です。

  • 小天守に登ってきました。<br />南方向の眺望です。ここから本丸広場、真下に一の門や二の門のある桝形空間を見下ろすことができ、敵の侵入状態が良く分かります。

    小天守に登ってきました。
    南方向の眺望です。ここから本丸広場、真下に一の門や二の門のある桝形空間を見下ろすことができ、敵の侵入状態が良く分かります。

  • こちらは小天守から天守広場を見下ろしています。<br />十間廊下の両側に南北隅櫓、奥に瀬戸内海が眺められます。

    こちらは小天守から天守広場を見下ろしています。
    十間廊下の両側に南北隅櫓、奥に瀬戸内海が眺められます。

  • 天守の最上階に来ました。予想していたよりも広い空間です。<br />中央に漆喰の下がり壁で囲まれる部屋があり、床に設けられた敷居の周りが回廊となっています。<br />中央の部屋はしっかりとした天井が付いているので、敷居に襖でも入れれば、住むことも可能な造りです。

    天守の最上階に来ました。予想していたよりも広い空間です。
    中央に漆喰の下がり壁で囲まれる部屋があり、床に設けられた敷居の周りが回廊となっています。
    中央の部屋はしっかりとした天井が付いているので、敷居に襖でも入れれば、住むことも可能な造りです。

  • 中央部屋のコーナーには、畳が敷かれた床の間も設けられています。

    中央部屋のコーナーには、畳が敷かれた床の間も設けられています。

  • 最上階の窓から外の風景を眺めてみましょう。<br />こちらは南方向。本丸広場がず~と延びており、その奥に四国山系の山並みが見えています。絶景~絶景。。。

    イチオシ

    最上階の窓から外の風景を眺めてみましょう。
    こちらは南方向。本丸広場がず~と延びており、その奥に四国山系の山並みが見えています。絶景~絶景。。。

  • こちらは東方向。<br />中央真下に見えている建物は長門東続櫓。

    こちらは東方向。
    中央真下に見えている建物は長門東続櫓。

  • こちらは北方向。<br />松山市街地、奥に瀬戸内海と島々が眺められ、絶景~絶景。<br />このような眺めを見たら一国一城の主になった気分です。<br />この眺めをしばらく堪能します。ただこの時は吹き抜ける風が冷たくて・・・トホホの鼻水王子となりました。

    イチオシ

    こちらは北方向。
    松山市街地、奥に瀬戸内海と島々が眺められ、絶景~絶景。
    このような眺めを見たら一国一城の主になった気分です。
    この眺めをしばらく堪能します。ただこの時は吹き抜ける風が冷たくて・・・トホホの鼻水王子となりました。

  • 城内や渡り廊下には、様々な展示物が見られます。<br />こちらは松山城を築いた加藤嘉明が使ったとされる甲冑。

    城内や渡り廊下には、様々な展示物が見られます。
    こちらは松山城を築いた加藤嘉明が使ったとされる甲冑。

  • 天守の基壇に沿って造られた仕切門を潜って退城します。

    天守の基壇に沿って造られた仕切門を潜って退城します。

  • 仕切門を出た先にある天神櫓。<br />元は東隅櫓と呼ばれていましたが、天守が建つ本壇の鬼門(東北隅)にあたるため、城の安泰を祈るとともに、後の城主であった久松松平氏の祖先神である天神(菅原道真)を祭ったのでこの名前が付いています。

    仕切門を出た先にある天神櫓。
    元は東隅櫓と呼ばれていましたが、天守が建つ本壇の鬼門(東北隅)にあたるため、城の安泰を祈るとともに、後の城主であった久松松平氏の祖先神である天神(菅原道真)を祭ったのでこの名前が付いています。

  • 三の門→二の門→一の門を潜って本丸広場に戻ってきました。<br />こちらは本丸広場の東隅に建つ長門東続櫓。天守の東側の防御を担っていました。

    三の門→二の門→一の門を潜って本丸広場に戻ってきました。
    こちらは本丸広場の東隅に建つ長門東続櫓。天守の東側の防御を担っていました。

  • 本壇・石垣の北側を反時計方向に廻ります。<br />こちらの石垣も本丸から結構な高さがあります。石垣上に造られている塀には、狭間や石落としの設備が設けられているので、こちら側から天守に向かうのは容易ではありません。<br />

    本壇・石垣の北側を反時計方向に廻ります。
    こちらの石垣も本丸から結構な高さがあります。石垣上に造られている塀には、狭間や石落としの設備が設けられているので、こちら側から天守に向かうのは容易ではありません。

  • 本壇の西側から天守の方向を見上げています。<br />左から北隅櫓・十間廊下・南隅櫓で、先ほどまで歩き回った建物です。<br />

    イチオシ

    本壇の西側から天守の方向を見上げています。
    左から北隅櫓・十間廊下・南隅櫓で、先ほどまで歩き回った建物です。

  • 本丸北西に建つ野原櫓。<br />本丸の北西側を防御する櫓で、日本で唯一現存する望楼型二重櫓です。

    本丸北西に建つ野原櫓。
    本丸の北西側を防御する櫓で、日本で唯一現存する望楼型二重櫓です。

  • 本丸の西側に突き出た部分に来ました。ここに、西側から本丸に入る乾門が造られています。<br />この乾門は、本丸から石段を下った左手にあり、写真では手前から乾門東続櫓・乾門・乾櫓が見られます。

    本丸の西側に突き出た部分に来ました。ここに、西側から本丸に入る乾門が造られています。
    この乾門は、本丸から石段を下った左手にあり、写真では手前から乾門東続櫓・乾門・乾櫓が見られます。

  • こちらは乾門を潜って外側から見たもので、右手石垣上に乾門櫓が迫り出しています。<br />松山城の搦手(裏)の門の中で、最も重要な構えとなっています。<br />

    こちらは乾門を潜って外側から見たもので、右手石垣上に乾門櫓が迫り出しています。
    松山城の搦手(裏)の門の中で、最も重要な構えとなっています。

  • 乾門に向かう道から本丸や天守を見ています。<br />ここからだと本丸を囲む石垣、本丸の上に建つ本壇・石垣、その上に建つ天守など良く見えており、松山城のベストポジションだと思います。<br />乾門から出ている道は、乾一の門跡、古町口塔城路を経て山の麓に通じています。

    イチオシ

    乾門に向かう道から本丸や天守を見ています。
    ここからだと本丸を囲む石垣、本丸の上に建つ本壇・石垣、その上に建つ天守など良く見えており、松山城のベストポジションだと思います。
    乾門から出ている道は、乾一の門跡、古町口塔城路を経て山の麓に通じています。

  • 本壇・石垣を一周して、本壇に接して造られている紫竹門から南側に広がる本丸広場に戻ります。

    本壇・石垣を一周して、本壇に接して造られている紫竹門から南側に広がる本丸広場に戻ります。

  • 本丸広場を通り抜け、最初に通過した大手門跡に来ました。<br />ここからは、ご覧の黒門口登城路と呼ばれている石段の道を下って、藩主の御殿があった二之丸史跡庭園に行きます。

    本丸広場を通り抜け、最初に通過した大手門跡に来ました。
    ここからは、ご覧の黒門口登城路と呼ばれている石段の道を下って、藩主の御殿があった二之丸史跡庭園に行きます。

  • 迷路のようにくねくねした七曲りの坂道を約20分ほどかけて下ってきました。

    迷路のようにくねくねした七曲りの坂道を約20分ほどかけて下ってきました。

  • 城山の麓に広がる二之丸史跡庭園が見えてきました。

    城山の麓に広がる二之丸史跡庭園が見えてきました。

  • 山側に築かれた石垣の角を曲がると、二之丸御殿への公式の門である四足門が左手に見えてきます。通常はこの四足門は閉じられています。<br />かって藩主は、あの四足門を出て黒門口登城道のくねくね坂道を通って、本丸・天守へ登っへ行ったのでしょう。ご苦労な事です。

    山側に築かれた石垣の角を曲がると、二之丸御殿への公式の門である四足門が左手に見えてきます。通常はこの四足門は閉じられています。
    かって藩主は、あの四足門を出て黒門口登城道のくねくね坂道を通って、本丸・天守へ登っへ行ったのでしょう。ご苦労な事です。

  • 四足門を左に見て更に道を下ると、右手山側にご覧の西大砲台石垣が見えてきます。<br />高さ22mの城内で最も高い石垣とのこと、圧倒されます。

    イチオシ

    四足門を左に見て更に道を下ると、右手山側にご覧の西大砲台石垣が見えてきます。
    高さ22mの城内で最も高い石垣とのこと、圧倒されます。

  • 更に進むと槻門があった石垣群が現れます。<br />ここは本丸の大手門に通じる黒門口登城道と、二之丸御殿の搦手へ向かう道との分岐点に当たる重要な場所で、場内で最大の櫓門でした。<br />右手の建物は二の丸御殿の米蔵。

    更に進むと槻門があった石垣群が現れます。
    ここは本丸の大手門に通じる黒門口登城道と、二之丸御殿の搦手へ向かう道との分岐点に当たる重要な場所で、場内で最大の櫓門でした。
    右手の建物は二の丸御殿の米蔵。

  • 二之丸御殿への出入口、多門側に廻ってきました。石垣上に多門櫓とその続櫓が見られます。

    二之丸御殿への出入口、多門側に廻ってきました。石垣上に多門櫓とその続櫓が見られます。

  • 二之丸史跡庭園の案内図です。<br />庭園の山側の北半分は、表御殿跡、西南部は奥御殿跡で、それぞれ区画された間取りが表現されています。<br />

    二之丸史跡庭園の案内図です。
    庭園の山側の北半分は、表御殿跡、西南部は奥御殿跡で、それぞれ区画された間取りが表現されています。

  • 二之丸は、本丸や天守を防備するための施設でもあり、南側や西側は高い石垣と強固な塀や櫓で囲まれています。

    二之丸は、本丸や天守を防備するための施設でもあり、南側や西側は高い石垣と強固な塀や櫓で囲まれています。

  • 内側の塀に設けられている門を潜って庭園内に入ります。<br />紅葉した木々が迎えてくれます。

    内側の塀に設けられている門を潜って庭園内に入ります。
    紅葉した木々が迎えてくれます。

  • 恋人の聖地指標があります。<br />ここにはかって捕虜収容所があり、発掘調査中に1枚のコインが発見されました。このコインはロシア製で、そこには日露戦争期に捕虜となっていたロシア人男性と日本人看護師の女性の名前が刻まれていました。敵対する国にある2人が、1枚のコインに名前を刻む・・恋人どうしとしての深い想いが伝わってくるアナザ・ストーリィーが由来だそうです。

    恋人の聖地指標があります。
    ここにはかって捕虜収容所があり、発掘調査中に1枚のコインが発見されました。このコインはロシア製で、そこには日露戦争期に捕虜となっていたロシア人男性と日本人看護師の女性の名前が刻まれていました。敵対する国にある2人が、1枚のコインに名前を刻む・・恋人どうしとしての深い想いが伝わってくるアナザ・ストーリィーが由来だそうです。

  • 整然と整備された庭園は、戦国の世や戦時中とは別世界です。<br />右側の水面は、奥御殿の間取りを示す流水園となっています。

    整然と整備された庭園は、戦国の世や戦時中とは別世界です。
    右側の水面は、奥御殿の間取りを示す流水園となっています。

  • こちらは庭園の東側にある林泉庭。<br />

    こちらは庭園の東側にある林泉庭。

  • こちらも。<br />岩を背景にした滝や池を配置させたわび・さびを表現しています。

    こちらも。
    岩を背景にした滝や池を配置させたわび・さびを表現しています。

  • こちらも。

    こちらも。

  • 庭園内には有料で使用が可能な施設が3か所あります。こちらは観恒亭で、紅葉したお庭を眺めながら茶会などできます。

    庭園内には有料で使用が可能な施設が3か所あります。こちらは観恒亭で、紅葉したお庭を眺めながら茶会などできます。

  • 庭園の北山側に傾いた堆積層が露出していました。ほじくると化石でも出てきそうな感じです。

    庭園の北山側に傾いた堆積層が露出していました。ほじくると化石でも出てきそうな感じです。

  • 山側に沿って美しい漆喰の壁が続いています。<br />後ろに見えている石垣沿いに天守に登る黒門口登城路があります。

    山側に沿って美しい漆喰の壁が続いています。
    後ろに見えている石垣沿いに天守に登る黒門口登城路があります。

  • 庭園のほぼ中央にある大井戸遺構です。<br />東西18m、南北13m、深さ9mという巨大な石積みの井戸で、防火用水として使われていました。用水を運び出すときに便利なように、石組の階段が備えられています。

    庭園のほぼ中央にある大井戸遺構です。
    東西18m、南北13m、深さ9mという巨大な石積みの井戸で、防火用水として使われていました。用水を運び出すときに便利なように、石組の階段が備えられています。

  • こちらも。

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  • 大井戸に繋がる用水路で浄化装置と説明されています。<br />しかし何を浄化するのかは分かりません。御殿に暮らす大名の心でも浄化してたら凄いですが。<br />

    大井戸に繋がる用水路で浄化装置と説明されています。
    しかし何を浄化するのかは分かりません。御殿に暮らす大名の心でも浄化してたら凄いですが。

  • 正規の四足門と左側は足軽などの詰所であった御徒歩番所、

    正規の四足門と左側は足軽などの詰所であった御徒歩番所、

  • 外側塀と内側塀の間に井戸とそれを覆う井戸屋形があります。こちらは屋敷内での生活用水として使われていたと思います。

    外側塀と内側塀の間に井戸とそれを覆う井戸屋形があります。こちらは屋敷内での生活用水として使われていたと思います。

  • 二之丸への出入口。門の上に多門櫓が乗っています。

    二之丸への出入口。門の上に多門櫓が乗っています。

  • 二之丸史跡を出て、御殿を南側から眺めています。<br />

    二之丸史跡を出て、御殿を南側から眺めています。

  • こちらは更に下って愛媛県庁側から二之丸史跡を眺めています。<br />二の丸御殿も高い石垣の上に造られていたことが分かります。

    こちらは更に下って愛媛県庁側から二之丸史跡を眺めています。
    二の丸御殿も高い石垣の上に造られていたことが分かります。

  • こちらは三の丸(堀之内)側から二之丸御殿を眺めています。<br />高い石垣の上に二之丸御殿が造られており、その背後の山の上に本丸・天守閣が見えています。広大な城構えであることが分かります。

    イチオシ

    こちらは三の丸(堀之内)側から二之丸御殿を眺めています。
    高い石垣の上に二之丸御殿が造られており、その背後の山の上に本丸・天守閣が見えています。広大な城構えであることが分かります。

  • 三の丸は、現在ふれあい広場や、安らぎ広場となっています。<br />かっては、大名が住む御殿や米蔵、会所などが並ぶ一つの町として機能していました。また、明治以降は軍が所有し、兵舎が建てられていました。<br />

    三の丸は、現在ふれあい広場や、安らぎ広場となっています。
    かっては、大名が住む御殿や米蔵、会所などが並ぶ一つの町として機能していました。また、明治以降は軍が所有し、兵舎が建てられていました。

  • こちらは、三の丸・堀之内地区を囲んでいる土塁とお堀で、現在は南側と西側に残っています。<br /><br />1日かけて松山城の天守や二之丸史跡を巡りましたが、天守や本丸、二之丸などを支える石垣が特に見ごたえありました。それに天守からの素晴らしい眺望を堪能でき訪れたかいがありました。<br />最後までお読みいただき有難うございました。

    こちらは、三の丸・堀之内地区を囲んでいる土塁とお堀で、現在は南側と西側に残っています。

    1日かけて松山城の天守や二之丸史跡を巡りましたが、天守や本丸、二之丸などを支える石垣が特に見ごたえありました。それに天守からの素晴らしい眺望を堪能でき訪れたかいがありました。
    最後までお読みいただき有難うございました。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • pedaruさん 2023/01/24 07:07:49
    松山城
    youさん おはようございます

    松山城の見学、中身の濃い旅行記になりました。4トラベルの旅行記の中で、最も詳しい解説付きの見学ができました。
    本丸天守閣をはじめとして、二の丸、三の丸、それぞれ重要な役目を持ち、いちいち感心すること多しです。
    「城主の心も浄化する装置」には不覚にも笑わせてもらいました。

    私も行っているはずなのに、こんなにも見どころ満載だったとは、不覚でした。

    pedaru

    you

    youさん からの返信 2023/01/24 22:55:16
    Re: 松山城
    pedaruさん こんばんは。

    毎度の嬉しいコメント、有難うございます。
    松山城は、NHKさんが是非とも訪れるべき日本のお城の一つ。。。として推薦していました。なので、記憶が確かなうちにと思い、年内に2度目の四国行きを決めて、松山市に行ってきました。

    城内の要所要所に立つ説明版を読みながら、それを写真に撮りながら、そして城主になったつもりで城内を巡って、お城の勉強をしてまいりました。
    お陰様で、今度自分のお城を建つときにはとても参考になると思います。ハイ。
    you

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