2021/10/28 - 2021/10/28
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zenkyou01さん
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低山歩き 城山(標高571M)(標高差登り100M)と勝山城 山梨県都留市 全行程 1時間19分
谷村町駅~(37分)城山山頂(12分)~(30分)城南公園
「日時」2021年10月28日
「アクセス」富士急行線谷村町駅下車
「参考案内書」JR東日本主催駅からハイキングのマップ
城探訪山梨2・都留市内散策 山梨県都留市(勝山城・谷村館・中津森館) 全行程 5時間23分 富士急行線谷村町駅~(城山と勝山城、1時間19分)城南公園(2分)~(分)ミュージアム都留(10分)~(7分)谷村城址碑・谷村陣屋跡碑・八朔祭屋台展示庫・都留市商家資料館(12分)~ (1分)長安寺・金毘羅神社・仲町大神社・都留護国神社(23分)~(2分)円通院・御嶽神社(34分)~(3分)東漸寺・専念寺・西凉寺(38分)~(32分)長生寺(7分)~(24分)桂林寺・若宮神社(21分) ~ (26分)富士急行線都留市駅
「日時」2021年10月28日
「アクセス」富士急行線谷村町駅
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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勝山城堀切 築城主は小山田信有、1704年秋元氏の転封により廃城。築城年は1532年?小山田氏の居館谷村館の詰城であったが現在は城山公園になっている。城山山頂(標高571M)に本丸があり、その他、西麓に外堀、南西隅に櫓台、石垣(山頂手前)、西側の巨大な内堀、土塁、帯郭、北の尾根先に竪堀、堀切等が見られる。桂川は天然の堀になっている
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城山山頂(勝山城本丸跡)歩き始めて37分城山山頂(標高571M)に到着。山頂には、東照大権現、三角点、本丸碑、勝山城址碑が建っている
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富士山 城山山頂から久しぶりにくっきりとした富士山を見ることが出来ました
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東照大権現 創建は十八世紀半ば、ご祭神は徳川家康です。最初は谷村館跡(現在、都留第一小学校一帯)に建てられましたが、昭和時代に女学校拡張の際に城山山頂の現在地に遷宮されました
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城南公園芭蕉句碑 谷村町駅から直ぐにある公園です。健康器具、ブランコ、ベンチ、トイレ、古風な電話ボックスがあります。芭蕉の句碑が建っています。のざらし紀行で甲州に寄った際に読まれた句
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ミュージアム都留 入館料300円、都留市の歴史や文化を学ぶことが出来ます。目を惹くのは八朔祭り屋台です(館内写真撮影禁止です)
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谷村城址碑 築城主は小山田信有、築城年は1532年?小山田氏が代々居住していた中津森館が焼けたため、ここ谷村に居館を構えた。谷村城跡の碑(都留第一小学校南西の場所)が建っています。発掘調査で石列、敷石等が確認されているが明確な城遺構はありませんでした
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谷村陣屋跡 都留郡は谷村藩主秋元氏が川越に転封されたと天領となり、跡碑(甲府裁判所都留支部)付近に代官所が置かれた
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八朔祭屋台展示庫 八朔祭りに使用される屋台4台の内3台が保管されている。ガラス張りですが、中は暗く外の陽がまぶしく見えにくい。1台はミュージアム都留で見ることが出来ました
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都留市商家資料館 織物会社を経営していた仁科家の旧宅で、今は市指定有形文化財に指定され、都留市商家資料館として整備され一般公開されています
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長安寺本堂 浄土宗の一寺で、創建は1585年、開基は徳川十二将の一人鳥居元忠、開山は生誉感貞和尚、本尊は阿弥陀如来像です。寺入口階段左に小山田氏別荘跡碑が建っています。武田信玄・勝頼に仕えた小山田氏の別荘があり、中津森館焼失後ここに一時移転、その後谷村館に移っています。長安寺はその別荘跡に建てられた寺です。山門を潜ると、正面に本堂、右手に観音堂(聖観世音菩薩)と鐘楼があります
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金毘羅神社拝殿 創建は不詳、ご祭神は大物主神です。神社入口に大名行列発祥の地碑が建っています。ここでいう大名行列は、江戸時代に大名が参勤交代で行ったものとは違い、都留市で行われる八朔祭りで実施される大名行列のことです。鳥居を潜り、短い石段を登ると、正面に拝殿、その奥に本殿、左手に境内社があります
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仲町大神社拝殿 創建は不詳、ご祭神は天照大神、須佐之男命、建御名方命です。鳥居を潜り、短い石段を登ると、正面に拝殿、その奥に本殿、境内社(秋葉社)があります
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都留護国神社拝殿 創建は不詳、ご祭神は戦没者の御英霊です。鳥居を潜ると正面に社殿があります
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円通院本堂 曹洞宗の一寺で、創建は1467年、開基は梅岩全芳居士、開山は融山宗祝禅師、本尊は釈迦牟尼仏像です。普段あまり見かけない形の鐘楼、放生池と元坂の石橋、芭蕉堂、都留七福神の布袋孫を見る。中雀門を潜ると正面に立派な楼門(山門)、門の両脇に持国天、多聞天の二体、左に薬師堂、正面に本堂があります。その他、三十六地蔵、五輪塔、地蔵尊、慈母観世音菩薩像、秋元家家臣の墓等があります
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御嶽神社社殿 創建は不詳、ご祭神は豊玉姫命、須佐之男命、少彦名命です。鳥居を潜り、2分程坂道を登ると、境内に入りご神木が立つ。石段を登った先に社殿がある
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東漸寺本堂 日蓮宗の一寺で、十三世紀、北条重時の嫡男勝重が隠遁して当地に堂宇を建てたのが始まりとされる。開基は北条勝重、開山は日目上人です。谷村藩主秋元家の国家老高山氏の菩提寺です。山門を潜るとコンクリート製本堂、日蓮上人像、家老高山氏一族の墓があります
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専念寺本堂 浄土真宗大谷派の一寺で、本尊は阿弥陀如来像です。山門を通ると正面に本堂、右手に鐘楼、鐘楼の前に枯山水庭園があります。本堂裏墓地の中央付近に、江戸時代の甲斐国史の編集者 森嶋基進の墓があるのですが、見つけられませんでした
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西凉寺本堂 浄土宗の一寺、開基は里吉弥次右衛門、開山は信蓮社深誉林徹上人、本尊は阿弥陀如来像です。本堂前に古い石垣(1757年に修理の記録在り)があり、石段を登るとモダンな本堂、左に鐘楼があります
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西凉寺儀誉上人の墓(イボ取り地蔵) 西凉寺歴代住職墓群の中に八世住職(儀誉上人)のお墓があり、お墓には地蔵菩薩が彫られており、墓前の石の窪みの水にイボを漬けるとイボが取れると言われています
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儀秀稲荷社鳥居と社殿 西凉寺の境内の小高い所に建っています。もとは谷村館にあった社で、城主秋元氏が転封の際に西凉寺に遷された。昭和24年都留市の大火事で、お寺は焼けたが、この社は奇跡的に焼け残る。それから厄除け稲荷として毎年5月13日にお祭りが行われる
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愛宕地蔵堂と庚申塔 説明版が無いので詳細は分かりませんが、地蔵堂の脇に古い庚申塔や石仏が並んでいました
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長生寺本堂 曹洞宗の一寺で、創建年は1469年、開基は甲斐国守護武田刑部信昌公、開山は鷹岳宗俊、本尊は釈迦牟尼仏像です。鳥居氏、秋元氏、小山田氏の菩提寺です。中雀門を潜ると桜参道があります。本堂、鐘楼、半僧閣、都留七福神弁財天があります。紅葉が始まっており、綺麗でした
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桂林寺本堂 臨済宗妙心寺派の一寺で、創建は不詳、平安時代弘法大師が御堂を建て、自ら彫った地蔵菩薩像を祀ったのが始まりとされています。中興再建は1390~1394年、中興開基は谷村領主小山田富春(母の供養のため)、中興開山は格智禅師、本尊は薬師瑠璃光如来像です。谷村城主小山田家の菩提寺です。小山田家の代々の墓、小山田氏顕彰碑、小山田家伝世の板碑、万霊塔、叶ケ池、弁財天、薬師堂、鐘楼、本堂、池泉庭園と枯山水庭園、彼岸桜等があります。南側の畑地を含めこの辺り一帯には中津森館(城主は小山田氏)があった所と言われています
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中津森館 築城主は小山田氏、不詳、1530年焼失。桂林寺の南一帯の畑が館跡といわれています。畑に土塁、堀が見られます。桂林寺境内には水源ともいわれる叶ケ池がある。中津森館が焼けたあと谷村館に居を移す
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若宮神社社殿 桂林寺に隣接してある神社で、創建は不詳、ご祭神は応神天皇です。鳥居と社殿があるこじんまりした神社です
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