2022/09/12 - 2022/09/12
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pedaruさん
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浅草の誓教寺に葛飾北斎の墓があるということを知ったのでぜひ見学したいと思った。北斎は不世出の大天才であるが、その行状は変人そのもので、その生き方は興味深い。生涯に30回も名前を変えたり、転居すること93回と言われている。
私たちが馴染んだ西洋絵画のどれ一つをとっても、北斎ほどの自由な発想で
絵を描いた画家を知らない。見た儘をえがくことが絵である、という壁は崩せなかった西洋絵画、それに比べて、なんというか、宇宙に遊ぶという表現を許してもらえるかだが、富岳三十六景の神奈川沖浪裏、砕け散る波の下から見える富士山、別のものに生まれ変わったかのような赤富士、職人が作る大きな樽を通して見える富士、いずれも西洋の画家を驚愕させた作品である。
参考図書 東京都歴史散歩 山川出版社
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- 徒歩
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これは駒形堂の境内にたっている殺生禁断の石碑です。
約10町の隅田川での魚鳥の捕獲を禁じた浅草観音戒殺碑は1693年の建立で、長く土中に埋もれていましたが、1927年に発掘され、補修されました。
しかし、殺生禁断はこれ以前から行われていたそうです。 -
駒形橋簡易船着場
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東武線終着駅浅草駅
群馬・埼玉の田舎の人は東京の第一歩をこの駅から踏み出します。
私の結婚式の時も、親戚友人たちはこの駅からやってきました。
東武浅草駅をはさんで左側の道が馬道通り、右側が江戸通り(旧日光・奥州街道)です。馬道通りは山野堀の日本堤に通じ、新吉原に至ります。 -
浅草寺二天門の東の花川戸公園にある通称「石の船」
恐らく隣の浅草小学校の生徒のものだと思いますが、ブロンズの作品が張り付けられた大きな石がありました。 -
「姥ヶ池跡」の碑
姥ケ池は、昔、隅田川に通じる大池で、明治24年に埋め立てられました。 -
妙音院の石枕にまつわる伝説
昔、浅茅ヶ原の一軒家で、娘が連れ込み寝入った旅人の頭を石枕でたたき殺す老婆がおりました。ある夜、娘が旅人の身代わりになって、天井から吊るした大石の下敷きになって死んだ。それを悲しんで悪業を悔やみ、老婆は池に身を投げて果てたので里人はこれを姥ケ池と呼びましたとさ。 -
助六歌碑
助六にゆかりの雲のむらさきを
弥陀の利剣で鬼は外なり 団洲 市川團十郎自作の歌
歌舞伎十八番の一つ「助六由縁江戸桜」で知られている花川戸はこのあたりです。
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花川戸公園です。
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吾妻橋が出来たので山の渡しはは廃止されました。
その記念碑です。
1774(安永3)年住民の願いでにより橋が完成し、大川橋と呼ばれました。
この橋は武士以外の通行人から渡し賃2文ずつを徴収する民営の橋でした。
武士からはお金をとらなかったのですね。納得いかねぇ! -
おや?こんなところにコンクリートの廃材のようなものがあります。
「言問橋の縁石」
1992年言問橋の欄干を改修した際に縁石を切り取ったものです。
1945年3月10日東京大空襲の時、言問橋は猛火に見舞われ、大勢の人が犠牲となりました。縁石はこの痛ましい出来事の記念石として保存しているそうです。 -
戦没者慰霊碑
東京大空襲で非戦闘員つまり民間人が、犠牲になりました。
B29から雨のように降り注ぐ爆弾の下を、逃げ惑う子供女性老人たち、この世の
地獄を忘れてはいけません。
戦争のない世の中であれと祈ります。 -
平和を願う人々が一羽一羽折った折鶴、ロシアのウクライナ侵攻を思うと
複雑な気持ちです。一人の独裁者の意志で人が殺されていくのです。 -
立派な句碑がありました。
「羽子板や子はまぼろしのすみだ川」 秋桜子
十代のころ水原秋櫻子の「俳句のつくり方」という本を買いました。今でも
本棚に並んでいます。 -
「蟻の街のマリア」
戦災で何もかも失った人々が、肩を寄せ合い、バラックを建て、バタヤと呼ばれる廃品回収で生計を立てていました。そこがこの場所です。
大学教授のお嬢さんの北原怜子さんはこの人たちの悲惨な生活に衝撃を受け、この街に住んで、この人たちを支援し続けました。20歳から28歳で死ぬまで、人のために尽くしました。この話を知り、感動で涙が止まりません。
このお話の一部でも知っていただきたいと思い、URLを貼りました。
https://www.youtube.com/watch?v=5RR3bspKSKM -
春のうららの隅田川という歌は誰でも知っていますね。
「花の碑」
武島羽衣作詞 滝廉太郎作曲
歌詞は羽衣自筆の歌詞を刻んでおります。 -
正岡子規の句碑
「雪の日の隅田は青し都鳥」 -
待乳山聖天(まつちやましょうでん)
隅田川沿いの道を進むと、左側に、妻沼、平井と並んで関東3聖天と言われる待乳山聖天があります。正しくは本龍院と言います。 -
門からは風情ある庭が見えます。
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本尊は歓喜天で、もともとはヒンズー教の神様です。
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公園のある西側から階段を上っていきます。
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階段の横には、巾着や大根のレリーフが彫られてあります。
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本殿に向かって歩いていきます。と
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大根が300円で売られていました。なぜ大根?
正式には二股の大根です。二股の大根は女性の秘部を象徴し、よって夫婦和合の
ご利益があると信じられております。
pedaruも欲しかったのですが、荷物になるので断念しました。 -
本堂等は空襲で焼失しましたが、この建物はどうなんでしょう?
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待乳山というようにここは小高い山になっており、本堂はさらに高いところにたっております。昭和36年に再建されました。
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聖天宮という額がかかっていますが、ここはお寺なのに、きっと意味があるのでしょうね。
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これは巾着の形をした水槽、巾着は富裕と商売繁盛を表しているそうです。
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待乳山は真土山とも書き、小高い丘をなしているため、ふるくから隅田川を一望する景勝の地でした。
万葉集には「亦打山暮越えゆきて蘆前(おほさき)の角太(すみだ)河原
に独りかも寝む」はこのあたりを歌ったものと言われています。 -
おや?これはなんでしょう?
モノレールの駅なんです。 -
なんとここまで上がってくるためのモノレールなのです。
一組のお年寄りが乗ってきました。 -
待乳山聖天さまと葛飾北斎の関連は?
そうです、左に見える家側が、北斎が終焉を迎えた所、聖天町の長屋があった所です。ちょうど聖天公園の向い側です。
さあ、これから巨匠の墓を訪ねたいと思います。 -
浅草通りの南側は仏壇仏具を製造販売する店が沢山並んでいます。さすが近くに寺町があることが実感できます。
この店は開店準備中で脚立などがおいてありました。ウィンドウの中央には黄金に輝く五重塔が展示されてます。 -
ずーっと先まで仏具やさんです。通りの南側は直射が射さないので品物が傷まないそうです。
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金田商店 大都会の中で、かなり年季のはいった店構えですね。
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創業元禄二年の老舗 南部屋五郎右衛門さんです。
奥様が一生懸命、新しい座敷箒で掃除をしてました。 -
南部屋さん御神輿、太鼓などを売っていました。
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葛飾北斎の墓がこの辺にあるらしいので、ぐるぐる走り回って探しています。裏道は風情のある古い家が並んでいます。
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街角にはさりげなくお稲荷さんがありました。
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突然こんなレトロなバスがゆっくり動いてきました。
何に使われるのでしょうか?ご存知の方がおられましたら教えてください。 -
左衛門橋通りに面して、誓教寺がありました。
例に漏れず、戦災で焼けてしまったので、コンクリート造りの洋風の味のない建物です。 -
寺を入ってどんどん奥に行くと墓地があります。中央辺りの覆堂の中に、北斎の墓がありました。
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墓石正面には「画狂老人卍墓」と彫ってあります。晩年の画号です。
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覆堂の側面の扉をこじ開けて(こじ開けて、は言葉のあやです。閂のような棒をはずして)見ると、辞世の句が刻んでありました。
「飛登魂(ひとだま)で ゆく気散じや 夏の原」
私も辞世の句を用意する歳になりました。どうしよう?では、
「4トラの 仲間に 知らせる術もなし 冥土発つ日は タイムラインで」
こんな駄作を後世に残していいのか!!
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玉川兄弟の墓のある聖徳寺のとなりの正定寺には勝海舟の剣の師である島田虎之助の
墓がありました。
花が飾られていました。 -
江戸末期の鏝絵の名手伊豆長八の墓です。
先日千住大橋近くの橋戸稲荷神社に行きましたが、ここには伊豆長八の鏝絵があるそうですが、非公開でした。
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この旅行記へのコメント (12)
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- 旅猫さん 2022/11/16 21:04:13
- 浅草
- pedaruさん、こんばんは。
姥ヶ池の話は知っています。
跡に碑が立っているのですね。
待乳山聖天、以前、一度だけ訪れたことがあります。
二股大根、最近は真っすぐな大根しかスーパーに並ばないので、見かけなくなりましたね。
北斎の墓も、観に行ったことがあります。
彼の浮世絵は、日本の誇りですね。
個人的に、日本画は大好きです。
そう言えば、東武の浅草駅は、今でもあの姿なのですね。
少し綺麗になったようですが。
埼玉県民ですが、私の場合は上野駅からです。
旅猫
- pedaruさん からの返信 2022/11/17 05:38:53
- RE: 浅草
旅猫さん おはようございます
旅猫さんの待乳山聖天の旅行記は憶えております。モノレールがあったのにはおどろきました。北斎の墓もすでに訪問されているのですね。閂のようなものをはずして墓石の側面の辞世の句を見たときは、緊張しました。勝手に開けていいものかと。
北斎美術館は錦糸町駅の近くにありますね。行道山という小さな山が栃木県の足利市にありますが、これを北斎が絵に描いているのを知りました。
故郷の近くですので、昔は有名だったのかな?と驚きと同時にうれしい気持ちになりました。
pedaru
-
- kiyoさん 2022/11/14 08:02:13
- 浅草ですか
- pedaruさん、こんにちは。
浅草には何度か行ったことがありますが、こうした場所があるのかと、pedaruさんの旅行記を拝見して目から鱗の発見続きでした。
妙音院の石枕にまつわる伝説。
言問橋の縁石。
戦没者慰霊碑。
蟻の街のマリア。
どれも痛ましいお話ですね。
私は以前、葛飾北斎が描く「波」からインスピレーションを受けて(要は、真似したって事ですが…)イラストを描いたことがあります。
それ以来、北斎の描くモチーフや表現方法に心惹かれるようになったのですが、その人となりや生涯については全く知りませんでした。
それが、以前、NHKテレビで北斎と娘を描いたドラマを見て以来、30回も名前を変え、93回も転居を繰り返し、死ぬ間際まで作品制作に没頭したと知り驚きました。
その北斎の終焉の地が浅草だったとは、pedaruさんの旅行記で初めて知りました。
ぜひ、今度、pedaruさんの旅行記を参考に私も散策してみたいです。
kiyo
- pedaruさん からの返信 2022/11/15 05:31:02
- RE: 浅草ですか
- kiyoさん おはようございます
昔の江戸は範囲が限られているので、その江戸には武士や商人や職人が住んでいましたから、おのずと小さな歴史が積み重なっておりますね。
私たちが知っている著名な人々の墓も集中しております。
明治以降は多磨霊園や雑司ヶ谷や谷中の墓地などには、作家や芸術家、その他歴史で学んだ人々の墓があります。
墓地を訪れると、知らない人の墓石にも元禄とか文政などの年号を目にすると、ああ、このころは文化が盛んだったころだな、とかこの年に地震があったのだな、などと興味が尽きません。
kiyoさんが絵をお描きになるとは知りませんでした、私の属している4トラのコミュニティ「旅先でスケッチ」にお誘いすべきでした。現在休眠中のような状態で、投稿する人がすくないので、大歓迎なのです。
葛飾北斎はすごい人ですね。90歳まで絵を描き続け、100歳まで新たな分野の絵をかこうと意欲まんまんだったそうです。
私も北斎と同じ歳まで仕事ができるかな?と最近欲がでてきました。と言っても同じ歳はもうわずかしかありません(笑)。
pedaru
-
- norisaさん 2022/10/13 16:47:16
- 戦没者慰霊碑
- pedaruさん
こんばんわ。
戦没者慰霊碑、心を打たれますね。
東京大空襲では原爆投下なみの死者が出たと聞きました。
今のウクライナでの爆撃犠牲者は東京大空襲には及ばないのでしょうが、当事者たちの恐れ、怒りは同じではないでしょうかーー。
とにかく無謀な戦争、攻撃はイヤですね。
それを思い出させてくれる慰霊碑が印象的でした。
norisa
- pedaruさん からの返信 2022/10/17 09:59:26
- Re: 戦没者慰霊碑
- norisaさん こんにちは
パソコンのモニターが壊れてしまったのでスマホで書いております。なかなかうまくいきません。
norisaさんは横網にある戦没者や地震の被災者を慰霊する慰霊堂を訪問していますね。そこにはたくさんの写真やその他遺留品が展示されてる旅行記を拝見しました。
罪もない人たちがなぜこんな目に遭わなくてはならないのか憤りがこみ上げてきます。
パソコンが直ったらまた訪問します。
pedaru
-
- olive kenjiさん 2022/10/13 15:39:00
- 辞世の句
- ペダル師匠 ご無沙汰しております。
何しろ、この頃は文学とか歴史に造詣が深い旅行記が多い様で、私が苦手としている分野にて、いいねだけでコメントまで書く余裕はありませんでした。
でも、ふわっくまさんやチーママさんが熟読して投稿しているのを見ると、これではいかんと筆を取りました。
蟻の街のマリア北原玲子さんの事も知りませんでした。
凄く立派な生き方だったと思います。
私などはウクライナの為に小額を寄付しただけで(ユニセフではなく大使館に武器を買ってと)慈善事業したつもりでいるのですから、とんでもない奴です。
それも、ウクライナ勝利した暁には、招待してくれないかと期待している姑息野郎です(あんな小額で招待もサンキューもないだろう)
師匠は俳句にも造詣が深いのですね。また近寄りがたくなってきました。
その駄作を後世に残しておいて下さい。
私も一句、
4トラベラ 逝ってしまっても 旅廻る
- pedaruさん からの返信 2022/10/17 09:47:29
- Re: 辞世の句
- oleave kenjiさん
こちらこそご無沙汰しております。
辞世の句はその必要性は間近に迫っております。
しかし、気が付きました、死んでも楽しい冥土の旅が待っております。
冥土篇4トラベルには旅の様子をお伝えします。
閻魔様の許可を得てurlをお知らせします。楽しみにお待ちください。
4トラベラ 逝ってしまっても 旅廻る
傑作です、感心しました。
pedaru
-
- チーママ散歩さん 2022/10/13 08:19:19
- 2番目になっちゃった
- やられた~ ふわっくまさん 早い~
おはようございます師匠。
北斎を訪ねて浅草散歩におでかけですか
普段なにも気にも留めずに通っているところ
ですがいろんな伝説や歴史が残っているのですね
姥ヶ池跡の伝説 聞くと恐ろしい伝説ですね。
言問橋の縁石など。
忘れてはいけない歴史ですが、人々の往来の中に
影を潜め、そんなのあることも知りませんでした。
戦争は広島・長崎ばかりを思い描きますが東京大空襲。
多くの犠牲者が出たのでしたね。
近くを通るときは手を合わせたいと思います。
画狂老人卍墓。 画に狂う いかにもって名前ですね。
天才はそれまでの表現法を大きく変えて描写したので
はじめは受入づらい作品だったことでしょうね。
それにしても彼はいくつも画号を変えているのですね。
知りませんでした。
沢山のお弟子さんもいらしたのに北斎を名乗る方はいないのですね。
辞世の句だなんて まだまだですよ師匠。
人生100年なんですから。
50歳寿命と言われた時代に70歳まで活躍した北斎。
師匠も120歳までお迎えが来ないと思いますのでそんなことを
言うのは早すぎますよ。
タイムラインを残せるかどうかは分かりませんが。
もし私のタイムラインを見てもその時だけは
「いいね」だけは押さないでくださいね。
- pedaruさん からの返信 2022/10/17 09:33:44
- Re: 2番目になっちゃった
- チーママ散歩さん おはようございます。
お返事が遅くなって申し訳ございません。実はモニターが壊れてしまってお手上げです。スマホでなんとかやってみているのですが、いざ送信の段になって消えてしまいました。
東京大空襲や姥が池伝説など色々読んでくださってありがとうございます。
葛飾北斎に縁があって、最近錦糸町にある北斎美術館に行ってきました。世界的な画家なのに裏長屋に住んでひと間の部屋で布団に入りながら絵を書いたりしている様子が人形の方でありました。
辞世の句は17文字では難しいですね。今から考えないといけません。
古池やpedaru飛び込む水の音
これじゃ自殺です。
pedaru
-
- ふわっくまさん 2022/10/13 07:53:11
- 蟻の街のマリア
- pedaruさん、おはようございます。
蟻の街のマリアのYouTubeを、拝見させていただきました。
TVで知っているつもり!に出演されている皆様、全員お若いですねー
・・全員なのは、当たり前ですが・・(笑)
さて大学教授の娘さんの北原怜子さんは、終戦後の荒れた町の復興に尽力⇒
肺結核を患って函館に幽閉されても、現地の少年達から手紙が届いたそうで・・
また蟻の街のマリアとして戻ったものの、新しい女性が存在していたのですね。
その後 蟻の街で怜子さんの体調が快復し「蟻の街の子どもたち」という本を、執筆されたようで・・
街の立ち退きを免れて、新しい土地で皆さんが生活できるということがわかった時に短い生涯を閉じられたのですね。
自分の幸せよりも他の方々の平穏を優先させるという一生って、なかなか想像だに及びませんが・・
・・お陰様で、朝から色々考えさせていただきました。
ふわっくま
- pedaruさん からの返信 2022/10/14 16:01:35
- RE: 蟻の街のマリア
ふわっくまさん こんにちは
一番乗りでありがとうございます。
歳のせいか、涙もろくなり、こういう話を聞くと、涙が止まりません。
一人で居ると安心して土砂降りの雨のような涙です。というのは大げさですが、
心洗われる思いです。
クリスチャンだったことと、何不自由なく育てられ、純粋な心を持っていたからこそ、自分より恵まれない人を助けたかったのでしょうね。
戦後のあの時期、ぽーとしていれば、銭湯に履いていった新しい下駄を盗まれる、なんてざらにある時代でした。今ならまだしも、そんな時代に他人のことを思いやる心の人は少なかったと思います。
ありの町に戻ったとき、新しい女性が働いていたことを見て、嫉妬の気持ちが湧いてきたというくだり、人間として正直で素直な心のあらわれですね。
何も感じないというのは、偽りかも知れません。
ふわっくまさんは詳しく調べられて、付け焼刃の私より、北原さんのことをよくご存知なので驚きました。いつも前向きな態度に感心しました。
pedaru
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