2022/09/07 - 2022/09/07
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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん
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《2022.September》あみんちゅなにげに東海街歩きの旅三重そのⅠ~風鈴の音に誘われて曹洞宗龍谷山廣禅寺編~
夏の思い出と銘は打つものの暦上では〝長月〟9月に突入した。しかし半ばになっても相変わらず〝真夏の気温と天気〟が続いている。本来ならば旅行シーズンではあるもののコロナ禍の終息もまだ見えない。巷で言われている〝旅行に行きましょう〟的な流れはコロナ感染しない〝自衛策〟がないために、なったら自己責任と言わんばかりの展開になっている。確かに〝密〟を避けることは鉄則と言われ続けていても、自らの意識通りに進まないことはザラにある。
我が家では医療従事者であるまーさんに泊りがけの旅行に行くと言えば家から締め出されるために、日帰り旅を言い訳しつつ強引に出かけることが精一杯である。仕方がないがその辺りは自らが患者になれない仕事上の責任感だとすれば、感染したからはい隔離となるだけの接客業に就く私らとは次元が違う。そんな背景もあり、計画的に出掛けることをせずその日の朝の状況で行き先を判断するのが当たり前となっている。単発休みの9月13日は火曜日という平日だと言うことを踏まえ少し欲張ったコースを作ってみた。三重県伊賀市の〝曹洞宗龍谷山廣禅寺〟は少しマニアックな選択ではあった。もうひとつは奈良県橿原市の〝おふさ観音〟、こちらはインスタ映えするとの口コミで全国版の〝風鈴まつり〟情報に掲載されているメジャーな場所である。滋賀県から三重県と奈良県を組み合わせたというと、地理的なものがわからなければ〝無謀なルート〟と思われるようだ。しかし石山から伊賀上野、伊賀上野から橿原迄それぞれ50km・1時間の所要時間で到達することが出来、思った程遠くはないことがわかる。おふさ観音の滞在時間は前行程の影響はあるが、帰り道に既訪の宇治田原正寿院に立ち寄ることも出来そうと考え出発することにした。
いつものローソン大津大平1丁目店でナビセット&一服の後出発する。国道422号線をひたすら走り、国道163号線を経て三重県伊賀市のカメラのキタムラ伊賀小田店にまず立ち寄る。勿論フィルムを手に入れるためだが、全ての種類において品切れ状態。しょうがないので店を出る。近隣に写真屋はないかと検索すると、アピタにあるように書かれていたため向かうことにする。しかしそれらしき店舗はなかった。結論としては情報が古いだけなのだが、口コミを利用したGoogleの情報は本当にあてにならない。これ以上時間を費やしても無駄なので、気持ちを切り替えて目的地を目指すことにした。
アピタ伊賀上野から10分程走り、本日の第一目的地である〝曹洞宗龍谷山廣禅寺〟に到着する。曹洞宗中本山として近隣にある同宗寺院の〝総院〟でもある廣禅寺。開山は室町時代応永21(1414)年に永平寺より名を受けた開祖〝快翁玄俊大和尚〟の手により三重県津に開かれたことに始まる。しかし永禄年間に織田信長が侵攻した際に兵火にかかり堂宇を焼失し、八世麒山玄麟大和尚が難を逃れた開山の真像や法衣、法脉を持して伊賀市河北の地に草庵を結ぶこととなる。その後九世利天慶勝大和尚の代に移った天正9(1581)年には伽藍の整備が進められていたが、天正伊賀の乱に於いて再び織田信雄の侵略に遭い伊賀上野の地に難を逃れた。
関ヶ原の戦い後慶長13(1608)年に伊予今治藩主であった藤堂高虎が加増移封され、伊勢津藩初代藩主となる。その際高虎の家臣であった渡辺了(さとる・別称勘兵衛)が上野城城代となり、現在の廣禅寺付近に住居を構えたと伝わる。二千石の采地を有領していた勘兵衛は当時の廣禅寺利天和尚に相見し、大いに入信の念を持ったと言われている。また自らの屋敷がある現境内地に大伽藍の造立に寄与し、加えて多額の寄付を投じて当時の民のために廣禅寺寺を建立し庇護をしたと寺伝に伝わっている。爾来今日に至るまで諸祈願修行菩提の道場として大伽藍愈々の興隆を慶ばれている。勘兵衛の紹介として廣禅寺のサイトでは現代で言う〝大スポンサー〟になると書かれており、今でもその御恩を忘れぬよう400年間毎朝勘兵衛とご家族様の為にお祈りを続けている旨も書かれていた。
この渡辺勘兵衛という人物は旧浅井領であった近江の湖北出身とされている。槍の名手である上に政治手腕にも長けており、加えて忠義と力量の名声の高さから多くの武将より仕官の誘いがあったという。その中で関ケ原戦役後の慶長6(1601)年伊予松山城主である藤堂高虎から2万石という破格の待遇を以て迎えられている。この時高虎の所領は20万石、その1/10にあたる所領を与えてでも手元に置きたかった人物であったことが伺える。そして慶長13(1608)年に高虎が伊勢津藩主として加増移封され、上野城城代となった。この際に自らが治める上野の街での出来事が廣禅寺中興の話となって伝わっているのである。
この後藤堂氏と悠久の江戸時代を過ごして行くと思われそうだが、藤堂軍の軍勢として参戦した慶長19(1614)~慶長20(1615)年の大坂冬・夏の陣に於いて戦い方を巡って藩主高虎と対立し出奔する。浪人になり仕官する藩を探したようだが、津藩から奉公構が出されており、藤堂家の許可なくしては新しい主に仕えることもできない羽目になる。幾度か幕府を介して藤堂家に奉公構を解除するように働きかけるが上手く行かず、最後は勘兵衛も〝喧嘩別れ〟の如く振舞って交渉は終わったと言われている。ただ生活に困ると言った状況ではなく、勘兵衛の才を惜しんだ細川忠興や徳川義直らからの捨扶持を受けていたこともあり、付き従う門人が常に百数十人に及んでいたと言われている。寛永17(1640)年に京で逝去、享年79歳。当初妙心寺塔頭光国院に葬られ後に誓願寺に移されて現在に至っている。
そんな渡辺勘兵衛と廣禅寺の関係ではあるが、今なお寺伝に大きく取り上げられていることを考えれば、勘兵衛様々ということは自然に伝わってくる。また〝大本山〟という呼称はよく聞くが、〝中本山〟という言葉は初めて聞いた。文字から判断するに〝大〟の下の〝中〟であれば近隣の曹洞宗寺院の統括的役割を担う寺院であることは想像がつく。ただ越県の寺院を纏めている訳ではどうやらなさそうなので、知名度的にはお隣滋賀県でも知られてはいない。つまり〝イベント〟そのものが知られていないことも事実なようだ。
コロナ禍のこのご時世、出かける人もあれば躊躇する者も居りそれぞれタイプの違いがあるように思う。記録のように自前のブログを書く者、人に見て貰いたい気持ちが強いSNS、そして仕事の如くライターとして記事を書いてイベントを紹介する者等々色々な立ち位置で書かれているものが溢れ返っている。勿論表現の自由があるために何を書こうが〝誰かを気付付けない〟ように〝本当のこと〟を書く分については他人が批判することでではない。しかし参考にできないもの、例えば昨年のデータ等をさも今年の出来事のように掲載し、それを参考にして出かけた者が〝今年の現実〟を知り、規模や中止、拝観時間等が変わっていることを初めて知り、無駄足踏んだと嘆いていることも残念ながら耳にしている。今年の〝夏〟のタイトルとして挙げた〝風鈴〟・〝風鈴まつり〟。これもこの5年前後で急激にイベントとして行う施設が増えたものである。最初はweb検索で調べていたが、昨年のものが多く取り上げられており、実際今年令和4(2022)年の行われているものなのか?期間等は?拝観・営業時間は?拝観料は?等という基礎的な情報がわからないものが多かった。偶々インスタお姉さんにシャッターを頼まれたことがあり、その様子がupされていることを知り、情報源のひとつに〝インスタ〟を加えたことはラッキーだった。しかしインスタのイケていないところは〝オリジナル性〟に乏しいということ。インスタ映えしそうなアングルはほぼほぼ同じで同じものを何枚違う方がupしているのか?と首を傾げたくなる量である。でも〝定番スポット〟以外は〝ここでやっている!〟という発見もできるところもあり、ほとんど2回同じ投稿を見ることはないが〝情報源〟として捉え、最終的には電話で確認したりして行くことが出来るかどうかを判断する。実はこの〝曹洞宗龍谷山廣禅寺〟もそのひとつで、住職奥さんが広報となってインスタやFacebookを活用して宣伝しておられるようだ。ダイアリーで日々のことを綴る中で〝風鈴まつり〟にも触れておられるため、開催中かどうかもリアルタイムで知ることが出来る。今年の台風14号の折も店の営業や交通機関の運休情報が出ている中で、数少ない9月19日朝から撤去を始め、頃合いを見計らって再掲するという情報も書かれていた。訪れたのが1週間早く天候の影響はなかったが、来年訪れたい気持ちは感じられる場所として、自作の〝風鈴まつりデータベース〟に入力しておくことを決めた。
この廣禅寺は上野の街中にあるため、城下町独特の細い道を走って辿り着く場所となっている。山門手前に駐車場があり、平日だということもあり空いていた。程良い風が吹いていたので軽やかな風鈴の音が駐車中にも聞こえてくる。飾られている風鈴は約1,500個に風車が約300個という数ではあるが、総数はともかく敷地面積を考えるとかなり〝がっつり〟とした展示がなされている様に見える。山門の内外と渡り廊下、そして本堂前広場に風鈴棚が取り付けられ、軽やかな音を響かせている。そして社務所兼住居前には風車棚が、それに花手水といったもので構成されている〝廣禅寺風鈴まつり〟である。伊賀という町は盆地なので海はない。ということは海からの風はない筈だが、近隣の山からの風なのだろうか?結構風鈴も靡き風車も音を立てて回っている。この景色は〝風鈴まつり〟を楽しみにやって来た観光客にとってはこの上なく良い条件ではあるが、運営側としてはそうも言っていられないのであろう。ご住職の奥さんが〝風鈴が割れることがあるので、頭上に注意して下さい〟と次々訪れる観光客に声がけをされていた。
廣禅寺の構成物は入口の山門、花手水、鐘楼堂、輪転蔵、納骨堂、小女郎稲荷、水子地蔵の地蔵様、永代供養塔、香堂、本堂、豊川稲荷、観音様と〝くり〟と書かれた社務所兼住居からなっている。現在の本堂は、檀家や信者の方々の力添えにより200年前に再建されたものだそうだ。本堂内部には大きな提灯が二つ両脇にありお釈迦様が祀られている。敷地面積がそれなりの広さであるがためにそれぞれの建物が隙間なく建てられているように感じた。本堂も開かれた感があり、山門を潜った途端お釈迦様と目が合うことは新鮮な出来事だと思えた。
拝観所要時間等は書かれてはいないが、私より後から来られた観光客は30分程風鈴を眺めては帰って行く。元々風鈴まつりそのものがご家族と檀家さんで行われているため、金にモノを言わせるような〝数勝負〟の展開は出来ない。しかし細やかな手入れは手を抜かずにされており、祭りが始まった頃と現在の様子を写真で比較しても経時劣化は見られない。そんなところも魅力を感じる。令和4(2022)年度の〝風鈴まつり〟にあと何回行けるかはわからないが、少なくとも今年訪れることが出来た〝風鈴まつり〟の中でも一度訪ねる価値はある〝廣禅寺風鈴祭〟であると私には思えるものであった。
約2時間滞在し、見ることができる場所は全て拝観見学できたので、車へと戻り次の目的地へと出発する。距離は約50km、有料道路は通らないが名阪国道を走り、三重県から奈良県へと向かう。
《続く》
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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いつものローソン大津大平1丁目店から本格スタート。
京阪バス (大津エリア) 乗り物
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道を間違い立ち寄ったスーパーフレンド大石店。
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カメラのキタムラ伊賀小田店に立ち寄るもネガフィルム の在庫はなし。
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アピタ伊賀上野店に〝サンフォート21アピタ伊賀上野店〟の情報を見つけ立ち寄るも、店舗自体が閉店している様子。
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やっと辿り着いたのは曹洞宗龍谷山廣禅寺。
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風鈴まつりが行われている隠れた名所でもある。
曹洞宗龍谷山広禅寺 名所・史跡
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廣禅寺石塔。
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廣禅寺、本堂と風鈴。
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廣禅寺、山門の風鈴棚(外)。
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廣禅寺、山門の風鈴棚(外)。
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廣禅寺、山門の風鈴棚(外)。
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廣禅寺、山門の風鈴棚(中央)。
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廣禅寺、山門の風鈴棚(外)。
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廣禅寺、手水舎。
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廣禅寺、手水舎。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、大銀杏。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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イチオシ
廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
広禅寺風鈴まつり 祭り・イベント
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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イチオシ
廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
曹洞宗龍谷山広禅寺 名所・史跡
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴棚。
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イチオシ
廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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イチオシ
廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
広禅寺風鈴まつり 祭り・イベント
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廣禅寺、風鈴まつりに欠かせないくりの風車。
曹洞宗龍谷山広禅寺 名所・史跡
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イチオシ
廣禅寺、風鈴まつりの風車。
広禅寺風鈴まつり 祭り・イベント
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廣禅寺、風鈴まつりに欠かせないくりの風車。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、本堂前の風鈴壁。
曹洞宗龍谷山広禅寺 名所・史跡
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廣禅寺、本堂前の風鈴壁。
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廣禅寺、本堂前の風鈴壁。
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廣禅寺、本堂前の風鈴壁。
広禅寺風鈴まつり 祭り・イベント
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廣禅寺、水子地蔵様と本堂前の風鈴壁。
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廣禅寺、本堂。
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廣禅寺、本堂。
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廣禅寺、本堂。
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廣禅寺、境内から見た山門。
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廣禅寺、渡り廊下。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
曹洞宗龍谷山広禅寺 名所・史跡
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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イチオシ
廣禅寺、渡り廊下の風鈴。風鈴が躍っている~♪
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺境内にて。
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廣禅寺、本堂前の風鈴棚と本堂。
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廣禅寺、くり。
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廣禅寺、風鈴祭の案内。
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廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
広禅寺風鈴まつり 祭り・イベント
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イチオシ
廣禅寺、渡り廊下の風鈴。
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廣禅寺、山門の風鈴棚。
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廣禅寺、フォトジェニックな山門。
さあ次の目的地へと出発しよう。曹洞宗龍谷山広禅寺 名所・史跡
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一般道を走り続けること1時間…。
茶房 おふさ グルメ・レストラン
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やって来たのはここ奈良県橿原市のおふさ観音である。
おふさ観音 寺・神社・教会
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