2022/01/27 - 2022/01/27
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「西南の役」にて戦死した西郷隆盛を悼み、勝海舟が建立した「西郷隆盛留魂祠」勝海舟の死後、遺言により、勝海舟夫妻の墓の隣地にあたる現在地に1913年(大正2年)に移設されました。
多くの方がカメラを抱えて居られたので観光客かと思いましたが皆さんはバードウオッチングを楽しむ面々でした。
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勝海舟記念館へは足元にプレートが埋めかまれています。
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勝海舟別邸(洗足軒跡)
勝海舟(1823~99)の別邸は戦後まもなく焼失しましたが、茅葺きの農家風の建物でした。
鳥羽・伏見の戦い(1868)で幕府軍が敗れると、徳川慶喜より幕府側の代表として任じられた海舟は、官軍の参謀西郷隆盛(南洲)と会見するため、官軍の本陣が置かれた池上本門寺に赴きました。
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「勝海舟と洗足軒」と「旧清明文庫」の案内板
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勝海舟記念館(旧・清明文庫)
私は勝海舟よりもこの建物の歴史に感銘しました。
1928年(昭和3年)建設、2000年に国登録有形文化財に登録、ネオゴシック様式を基調としアール・デコ調の文様などが施されている昭和初期の建築です。 -
留魂祠の前には鳥居、石碑、案内板(留魂祠)、手摺までもあります。
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留魂祠(りゅうこんし)
一、祭神 南洲西郷隆盛先生
一、例祭 毎年九月二十四日
由緒
明治維新の英傑、西郷南洲(隆盛)勝海舟の両先生は、大政奉還後の江戸城の明け渡し交渉によって、江戸の町を戦火より救われ、首都東京の基を築かれたことでも著名ですが勝先生は、晩年、この洗足池畔に洗足軒と呼ぶ別邸を設けられ、南洲先生と日本の将来について歓談されたと伝えられます。南洲先生はその後、明治十(一八七七)年の西南戦役により、故郷鹿児島において子弟三千余と共に逝去されましたが、これを惜しまれた勝先生は、追慕のため南洲先生の漢詩を建碑されさらに明治十六年(一八八三年)、その魂魄を招祠して留魂祠を建立せられました。留魂祠の名は、漢詩「獄中有感」の「願留魂魄護皇城」に由来するものです。
この留魂祠は、もと東京南葛飾郡大木村上木下川(現、葛飾区東四ツ木一-五-九)の薬妙寺境内にありましたが、勝先生の御遺志により、大正二(一九一三)年、石碑とともに現在の地へ移されました。右隣には勝先生御夫妻の奥津城(御墓所)があり、維新の両雄は、いまなほ相並んで我国の将来を見守っておられるのです。(南洲会掲示より) -
鳥居の先端には留魂祠
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西郷隆盛(南洲)留魂祠碑付近案内板
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西郷隆盛(南洲)留魂祠、留魂祠、南洲先生建碑記、勝海舟進幕碑、徳富蘇峰詩碑
が写真、解説文が英文と共に記されています。 -
勝海舟進幕碑
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留魂祠
祭神は南洲西郷隆盛先生。
由 緒
明治維新の英傑、西郷南洲(隆盛)勝海舟の両先生は、大政奉還後の江戸城の明け渡し交渉によって、江戸の町を戦火より救われ、首都東京の基を築かれたことでも著名ですが、勝先生は、晩年、この洗足池畔に洗足軒と呼ぶ別邸を設けられ、南洲先生と日本の将来について歓談されたと伝えられます。南洲先生はその後、明治10年(1877年)の西南の役により、故郷鹿児島において子弟3000余と共に逝去されましたが、これを惜しまれた勝先生は、追慕のため南洲先生の漢詩を建碑され、さらに明治16年(1883年)、その魂魄を招祠して留魂祠を建立せられました。留魂祠の名は、漢詩「獄中有感」の「願留魂魄護皇城」に由来するものです。
この留魂祠は、元東京南葛飾郡大木村上水下川(現、葛飾区東四ツ木1-5-9)の薬妙寺境内にありましたが、勝先生の御遺志により、大正2年(1913年)、石碑と共に現在の地へ移されました。右となりには勝先生御夫妻の奥津城(墓所)があり、維新の両雄は今なお相並んで我が国の将来を見守っておられるのです。
南洲会
西郷隆盛(南洲)留魂詩碑
勝海舟が、親交のあった西郷隆盛(南洲)の死をいたみ、詩とその筆跡を遺すため、三回忌にあたる明治12年(1879年)に自費で建てたものです。もとは葛飾区の浄光寺にあったものが、大正2年(1913年)の荒川開削工事に伴い当地に移設されました。
内容は西郷が沖永良部島の獄中で作った七言律詩で、天皇に対する忠誠心が詠まれています。
朝(あした)に恩遇を蒙り 夕(ゆうべ)に焚カウ(※こざとへん+「亢」)せらる、
人世の浮沈は晦明(くわいめい)に似たり。
縦(たと)ひ光を回(めぐ)らさざるも葵は日に向ふ、
若(も)し運を開く無きも意は誠を推さむ。
洛陽の知已皆鬼(き)と為り、
南嶼(なんしょ)の俘囚独(ひとり)生を竊(ぬす)む。
生死何ぞ疑はむ店の附与なるを
願はくは魂魄を留めて皇城を護らむ。
獄中感有リ 南洲 -
留魂祠
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南洲先生建碑記
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徳富蘇峰詩碑
堂々錦旆壓關東百萬死
生談笑中群小不知天下
計千秋相對両英雄 -
留魂祠
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留魂祠
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勝海舟夫妻の墓
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勝海舟夫妻の墓は正面に洗足が見える様に建てられているので裏側に周った所バードウォッチングをしていたおじさんが私の行く手を遮り、全て無言で手で私を遮り、人差し指を上に挙げていました。
撮り鉄の叔父さんはが罵声で叫ぶのに対し、バードウォッチングをしていたおじさんは無言で威嚇するのです。 -
勝海舟の墓入口 と同時にバードウォッチングの方々の入り口でもあるのです。
多分、勝海舟もカワスミの鳴き声を聞いていると察します。
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