2026/01/21 - 2026/01/21
62位(同エリア93件中)
かっちんさん
武蔵野台地の南側にのびる「池上の台地」に、池上本門寺、佐伯山緑地があります。
今日はNHK学園の東京スリバチ地形散歩「池上本門寺のスリバチ」に参加し、皆川典久講師の興味深い説明を聞きながら歩きます。
台地は標高20~30mで、周りの低地から勾配のある坂や階段があり、まさにスリバチ地形散歩です。
町は閑静な住宅地が続きます。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・こんにちは。O型台風のホームページ「デハ3450形(非貫通車)」
・モハメイドペーパーの 何が出てくるか?「東急、旧型車の最期」
・東京23区凸凹地図
・大田ナビ「池上本門寺のお会式がすごかった! 万灯練行列に感動」
・大田区「旧六郷用水散策路マップ」「佐伯山緑地」「池上地域の坂道」
・文化遺産オンライン「萬屋酒店」
・池上本門寺のHP
・日本の墓「大野晩睦」
・市野倉北町会のHP
・日曜日の初耳学「【初耳】標高たったの10m!東京23区で最も低い山が判明」
・大井町とラックスのHP
・Site Y.M. 建築・都市徘徊「大田区の階段DB」:階段の段数
・池上地区まちおこしの会「桐里梅田町会」
・大田ナビ「馬込の桜並木」
・大田区商店街ナビ「春に向けて、地元大田区で出世を祈願!」
・街てく「馬込文士村商店会」
・ウィキペディア「東急3000系電車(初代)」「東急デハ3450形電車」「東急電鉄」「内川 (東京都)」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
イチオシ
懐かしい池上線「東急デハ3452」(池上駅展示模型)
池上線池上駅ホームから階段を上がると駅構内に懐かしい池上線の電車が展示されています。
東急の旧型車デハ3450形。
当初は正面非貫通の両運転台でしたが、片運転台化されています。
黄色と紺色のツートンカラーは、当初の姿に復元されています。
「T.K.K.」は、東急電鉄のかつての英語略称「Tokyo Kyuko Kabushikigaisha」です。 -
目蒲線・池上線でよく見かけた電車(池上駅展示模型)
ライトグリーンの「デハ3498」です。 -
「東急池上駅の自動改札機」
今日の集合場所です。 -
「スリバチ地形散歩コース」(NHK学園作成の資料)
緑色の部分が台地。
武蔵野台地から続く岬が先端より手前で浸食され、取り残された台地が島のような地形となっています。
歩くコースは、池上駅から出発し池上本門寺、松濤園、佐伯山緑地、黒鶴稲荷神社、出世稲荷、西馬込駅まで。 -
「池上駅周辺の地図」
ここは東京都大田区池上。
最初に訪れるところは「池上本門寺」。
池上駅から本門寺通りを歩き、六郷用水路、呑川を越えて行きます。 -
「本門寺通り」
三角屋根のアーチには、お会式で使われる「花飾りのついた万灯」がデザインされています。 -
「六郷用水物語」
「六郷用水」とは、六郷領(現在の大田区の多摩川沿岸地域)の灌漑を目的として、江戸時代初期に幕府代官「小泉次大夫」により開削された農業用水路です。 -
「六郷用水散策路の大森方面」
現在、用水路は埋め立てられ散策路になっています。 -
「六郷用水散策路の千鳥町方面」
用水路の上流側です。 -
イチオシ
レトロな「萬屋(よろずや)酒店」(池上本門寺参道)
明治8年(1875)築の木造平屋建、瓦葺。
厨子二階(つしにかい)建、出桁造りの江戸時代以来の町家の形式で「国の登録有形文化財」。 -
「井戸の手押しポンプ」(萬屋酒店)
昔使われていたものでしょう。 -
「出桁造りの町家」(萬屋酒店)
鬼瓦と雨樋に「万」の文字。 -
「呑川(のみがわ)」(池上本門寺参道)
呑川に架かる「霊山橋(れいざんばし)」からの眺め。
冬なので水位が下がっています。 -
満開となった「白梅」(中道院のお庭)
外から眺めています。 -
いよいよ「池上本門寺」
スリバチ散歩参加者と参拝します。
「総門」は高麗門形式の門。 -
「九六段の石段」(池上本門寺)
この石段は、加藤清正の寄進によって造営されたと伝えられ、「法華経」宝塔品の偈文(げぶん)九六文字にちなみ、九六段に構築され、別称を「此経難持坂(しきょうなんじさか)」といいます。 -
「高低差25mの石段」(池上本門寺)
スリバチ地形散歩の最初の上り坂。
標高は35m。 -
「仁王門」(池上本門寺)
-
「大堂」(池上本門寺)
池上本門寺は日蓮宗の大本山で、700年余りの歴史を持つ由緒ある寺社で、参拝します。 -
「蟇股の彫刻」(大堂)
-
「力道山の墓」(池上本門寺)
本門寺にある墓地を歩きます。
私が小さい頃、プロレスラーと言えば「力道山」でした。 -
「大野晩睦の墓」(池上本門寺)
岐阜出身の政治家で、新幹線に「岐阜羽島駅」をつくらせたことで有名。 -
「虎の石像」(大野晩睦の墓)
故人にふさわしい石像。 -
美しい「五重塔」(池上本門寺)
-
窪地にある「本門寺公園」
本門寺の端の下は、スリバチ地形の窪地になっています。 -
奥庭の「松濤園」(池上本門寺)
本門寺公園と同じ低地にあります。
名園「松濤園」を眺めながら人形町「今半」の黒毛和牛料理と四季折々の風情と共に楽しめます。
「今半」は定休日だったので、食事はお預け。 -
イチオシ
日本庭園「松濤園」(池上本門寺)
桂離宮の建築と造園で名高い「小堀遠州」によって造園されたと伝えられています。
スリバチ状の名園で、1868年に西郷隆盛と勝海舟が江戸明け渡しの会見をした場所です、 -
「弁天池」(本門寺公園)
「松濤園」の近くにある「弁天池」。 -
「坂道が多い地形」(地理院地図Vedtorに追記)
高台にある「佐伯山緑地」周辺は急な坂道や階段があります。
弁天池からお地蔵通り、佐伯山緑地、黒鶴稲荷、馬込桜並木、出世稲荷の順に歩きます。 -
左手に見える「貴船坂」(北西方向)
坂の名前は、本門寺公園の中にあった東之院の「貴船明神」にちなむといわれています。
「貴船明神」は鬼門除けとして置かれていましたが、明治初年の神仏分離令により同寺院と分離され、その後太田神社に合祀されました。 -
イチオシ
高低差を表す勾配は「14%」(貴船坂)
水平100mに対して、高さ14mの坂という意味。 -
「北東向きの坂」
こちらの坂を上がります。 -
「坂の途中で右へ曲がり南東方向へ」
しばらく水平な道ですが、遠くに急坂が見えます。 -
近くで見る「目の前の急坂」
歩道は手すり付きの階段。 -
勾配は「22%の急勾配」
でも、この坂は上がらず。 -
その代わり「左に曲がり北東方向の坂」
こちらも急坂です。
スリバチ地形を歩く集まりなので、心の中だけで「大変だ~」とみんな思っています。 -
「昭和の面影が残る民家」(坂の途中)
-
高台に上がり交差する坂は「蓬莱坂(ほうらいざか)」
坂の名前は、近くの稲荷社にちなむといわれています。
江戸時代、三代将軍家光のころ、稲荷社の境内で珍しい「黒い鶴」が捕えられ、これを将軍家に献上したところ、「吉兆」であると喜ばれたと伝えられています。
「蓬莱」とは、その「吉兆」を象徴した名です。 -
「下り坂の途中が見えない蓬莱坂」(南東方向の坂)
南東に下る長い坂で、付近は閑静な住宅地。 -
高台の道「お地蔵通り」(東方向)
この道を進むと「佐伯山緑地」。 -
見晴らしのいい「お地蔵通り」
空き地から北側の眺め。 -
北側に下りる階段(お地蔵通りから)
-
「佐伯山緑地から北側へ下りる坂」
22%の急勾配で、歩道は階段です。 -
「佐伯山子育て地蔵」
お地蔵様の名前は「さっちゃん」。 -
「市野倉北町会」掲示板
この辺りは、武蔵野国荏原郡「市ノ倉村」と呼ばれていたところ。
現在は大田区中央○丁目ですが、町会名は昔の名前のままです。 -
「佐伯山緑地 案内板」
佐伯山緑地は栄養学の父「佐伯 矩(さいき ただす)博士」が世界で最初に創立した栄養学校の跡地で、元の所有者である佐伯博士やご遺族により守られてきた貴重な緑が残っています。
通称「佐伯山」と呼ばれています。
2020年に放送された「林先生の初耳学」によれば、中島&ロイが調べた「東京23区低山ランキング」で「佐伯山(大田区)」が9位の標高25.134m。
低山1位は「待乳山(台東区)」の9.990mで最も低い。
国土地理院の地図に掲載されている標高の一番低い山は「愛宕山」標高25.7mです。 -
「佐伯博士の像」(佐伯山緑地)
-
「見晴らし広場」(佐伯山緑地)
大森、蒲田、糀谷、羽田方面が見渡せます。
樹木と金網がありよくわからないので、案内板で見晴らしを代用します。 -
緑地に咲く花「オオキバナカタバミ」(佐伯山緑地)
-
緑地に咲く花「スイセン」(佐伯山緑地)
-
イチオシ
「高低差11mの階段を下ります」
先ほど見たお地蔵通りから北側に下りる奥行きが広い階段。 -
イチオシ
「階段からの眺め」(北東方向)
正面の高層ビルは、2026/3/28開業の大井町駅直結の地上26階建て複合施設「大井町トラックス」。
直線距離で3.6kmのところ。
1/21散歩の時はまだ建設中でビルの名前がわからなかったのですが、最近わかりました。 -
「階段途中のマンホール」(高低差11mの階段)
階段の下に下水管があるのですね。 -
「荷物の輸送が大変!」(高低差11mの階段)
-
「下から見上げる階段」(高低差11mの階段)
階段は50段あります。 -
「汐見坂」(西方向)
階段を下りて左に曲がり「中央五丁目公園」のあたり。
坂の名前は、かつてこの坂から大森の海や舟の白帆、海苔ひび(海苔を付着させるため海中に立てておく木や竹)などがよく見えたことが由来。 -
これから「汐見坂」
何となく緩やかな坂です。
昭和の初めまでは道幅が狭く赤土の坂道。上る左側は畑で池上本門寺への近道でした。 -
「高低差を利用したすべり台」(中央五丁目公園)
-
イチオシ
「ややっ、急階段の難所??」(北方向)
汐見坂の途中で右に曲がるとこの階段!
階段の上に「黒鶴稲荷」の鳥居が見えています。 -
「急階段のふり返り」
階段は44段あります。 -
「黒鶴稲荷」
江戸時代から桐ヶ谷村の鎮守であった「黒鶴稲荷神社」。
1590年に家康が関東に入国した時に、荏原郡桐ヶ谷村に50石余を与えられて「徳川家の鷹匠」となった山本氏が稲荷神社の境内で黒鶴を捕らえ、将軍家光公に献じたところ、吉兆だと大いに賞されたと伝えられて、「黒鶴稲荷神社」と呼ばれています。 -
「黒鶴稲荷の社殿」
明治7年建築の切妻造の古い銅板木造です。
参拝します。 -
「桐里梅田町会」会館
旧桐里町、旧梅田町で組織された「桐里梅田町会」です。
「黒鶴稲荷神社」を町会活動の拠点にしています。 -
イチオシ
斜面に建つ「カラフルな三角屋根住宅」(黒鶴稲荷からの眺め)
-
「鉤型(かぎがた)の下り坂」
「黒鶴稲荷」を後にし、貴船坂上へ向かう西方向の道の途中から右に曲がり坂道を下ります。
この坂道は直角に3回曲がる「鉤型」の道です。 -
「鉤型道のふり返り」
最後は階段です。
この後、右へ曲がり「馬込桜並木通り」へ向かいます。
ここから先は低地です。 -
「宝光園」
「桐里児童公園」の隣にある「宝光園」は、植木栽培農家のようです。
ここは大田区南馬込6丁目。 -
「ヒイラギナンテン」(宝光園)
庭木に使われます。 -
「内川跡」
内川は元々、北馬込付近を水源とした天然の小川でしたが、この区間(東海道本線より上流側)は暗渠化し下水道の幹線となっています。
暗渠は「馬込桜並木通り」と並行した散策路になっています。 -
「馬込桜並木」
昭和28年(1953)に町の有志から寄付された100本の苗木が育ち、現在の桜並木になりました。 -
「桜のプロムナード」
現在いる場所の地図です。
これから「出世稲荷」へ向かいます。 -
「出世稲荷神社」
大田区内には「出世」の名がつく稲荷や観音がいくつかあります。
ここは南馬込の「出世稲荷神社」。 -
「北向きの社殿」(出世稲荷神社)
神社には珍しく北向きに建てられているので「北向稲荷神社」とも呼ばれています。
現役を引退した年金生活者には、もう出世が必要ないが。。。 -
「馬込文士村商店会」(西馬込駅近く)
大正後期から昭和初期、馬込には尾崎士朗や川端康成、萩原朔太郎、室生犀星など、多くの文人や芸術家が暮らしていたので、商店街が「馬込文士村商店会」と名付けられています。 -
都営浅草線「西馬込駅」に到着
これで2時間の町歩きを終わります。
今回は急な坂や階段が多い「スリバチ地形散歩」でした。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
馬込・池上(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
75