2022/04/02 - 2022/04/02
17位(同エリア330件中)
かっちんさん
南信州には、樹齢300年以上の老桜をはじめ樹形の美しい「名桜」が多く残されています。
飯田市には28本の名桜があり、そのうちの17本(昨日8本、今日9本)を訪れます。
今日訪れた名桜は、殿様三本桜、水佐代獅子塚の江戸彼岸桜、龍門寺の枝垂れ桜、毛賀くよとの枝垂れ桜、高松薬師堂の枝垂れ桜、飯沼石段桜、麻績の里舞台桜、麻績の里石塚桜、最ミ塚古墳の江戸彼岸桜など。
飯田市には天竜川に流れ込む松川、毛賀沢川などの支流があるのですが、河岸段丘地形による高低差が激しいため、河川から直接的な取水は限られた場所だけ。
そこで人工的に河川に堰を設けて広域に行き渡るように水路を通した「井水」が飯田市内だけでも60本以上あります。
この「井水」を松尾久井、毛賀、麻績の里で見かけます。
今日は昨晩宿泊した「スーパーホテル長野・飯田インター」から出発。
最寄り駅の切石駅から飯田線に乗り、鉄道と徒歩で桜を巡ります。
お昼は伊那上郷の「ラーメンやひこ」でショウガ味の長岡ラーメンをいただきます。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・南信州観光公社、桜守りの旅「南信州の名桜を巡る」
・飯田市の都市景観構造「景観全体像」「八幡&鼎:段丘坂道」「火の見櫓・半鐘台」
・モジナビ「鼎」
・飯田市立鼎小学校のHP
・PHOTOGRAPH.PRO「矢高諏訪神社の殿様三本桜紀行」
・JAみなみ信州「切石(飯田市鼎切石)」
・サライ「伊那八幡駅(JR飯田線)洋館停車場のスタイルを残す懐かしい駅舎」
・浅野勝義BLOG「外壁の色モルタル搔き落とし仕上げが進んでいます」
・天竜舟下りのHP
・長野県魅力発信ブログ「魅力満載のローカル線!飯田線(31)天竜川を挟む高森町・豊丘村の玄関口市田駅」
・日本樹木医会「カワヅザクラ」
・浜松市「龍門寺」
・筑波大学地域研究年報「飯田市松尾地区における伝統的井水と大規模農業用水路の役割」2013
・南信州お散歩日和「飯田市内は桜が真っ盛り!!」:高松薬師堂、竜西一貫水路
・kenさんのHP「信州飯田市 ラーメンやひこ」2005
・信州諏訪発きまぐれ親父のブログ「飯田市飯沼石段桜」
・座光寺地域自治会、ふるさと座光寺マップ「井水と川除 水と暮らしのかかわりを学ぼう」:竜西一貫水路
・座光寺HP「麻績の里 舞台桜、石塚桜」
・信州いざない街道「麻績の里 石塚桜」
・JR東海「キヤ95系」
・マイナビニュース「211系長野色 中央本線・篠ノ井線の主力に」
・ウィキペディア「切石駅」「鼎駅」「鼎町」「伊那八幡駅」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
飯田周辺の名桜
JR飯田線の元善光寺~伊那上郷~飯田~切石~鼎~伊那八幡~毛賀間にある名桜を訪れます。 -
JR飯田線の中で最も急カーブの「切石駅」
飯田線は切石駅のある「鼎(かなえ)台地」から松川を挟み、飯田駅のある「愛宕・長姫台地」へ渡っており、松川の上流で短い橋を架けるため「Ω(おめが)状のカーブ」を描いています。
「切石駅」ホームは半径160mという急カーブ外側に設置されており、停車時には車両とホームの間に隙間ができます。 -
広い隙間(切石駅)
ワンマン乗車口から広い隙間に気を付けて乗ります。
この電車で一旦、飯田駅へ向かいます。
なお、「切石」の名前は、昔義経と弁慶が刀で真っ二つに切ったという伝説の石が由来です。 -
天竜峡行きの電車(飯田駅)
飯田駅で反対方向の電車に乗り換えます。
青春18きっぷを利用しているのでJR全駅乗降り自由です。 -
車内は豪華なクロスシート(天竜峡行き)
普通電車ですが、特急「伊那路」373系と同じ車両を使用しているのでお得な感じ! -
難読駅名のひとつ「鼎駅」
切石駅の次の駅「鼎(かなえ)駅」で電車を降ります。
鼎駅では「願いをかなえる」という語呂から、入場券がお守りとして人気があったところですが、現在は無人駅となり発売していません。
「鼎」の文字の意味は、「三方が向かい合う、まさに、かなえ、三本の脚と二つの耳を持つ古代中国で盛んに作られた青銅器」など。
象形文字みたいで、目の両隣が椅子の形をした耳などに想像できます。
「鼎」の地名は、明治8年(1875)筑摩県伊那郡山村・名古熊村・一色村が合併して「鼎村」となります。
三村の合併を古来中国に伝わる三脚の器である「鼎」にちなみ、飯田市立鼎にある小学校の初代校長が「鼎村」と命名しました。 -
最初の名桜「殿様三本桜」へ向かいます(鼎)
鼎駅から矢高諏訪神社の「殿様三本桜」までの距離は800m。
登り坂の途中で振り返ってみたところです。 -
矢高諏訪神社の「殿様三本桜」」(鼎)
石段の両側に、3本の江戸彼岸桜「殿様三本桜」が立っています。
名前の由来は
『天保元年(1831)矢高諏訪神社の石段が完成し、飯田藩第10代藩主「堀親しげ」が長姫城(飯田城)から矢高諏訪神社を眺めて
「たいそう立派にできたから桜の木を植えよ」と金壱封を与えました。
村人は天守閣から殿様も花見ができるようにと、石段の両側に3本の大木を植えたものである』と伝えられています。
以来、「殿様三本桜」として親しまれてきました。 -
イチオシ
風越山と火の見櫓(鼎)
鼎駅へ戻る途中、北西方向に飯田市のシンボル「風越山(かざこしやま)1,535m」が見えます。
町中から顔を出しているのは、桜だけでなく「赤い屋根のお洒落な火の見櫓」。 -
天竜峡行きの電車(鼎駅)
この電車で伊那八幡(いなやわた)へ向かいます。 -
「長姫台地」(電車の車窓)
松川を挟んだ正面に、飯田の中心地「長姫(おさひめ)台地」が見えます。
長姫台地には飯田城があったところ。殿様は先ほど見た「殿様三本桜」が眺められる位置にあります。 -
落ち着いた雰囲気の駅舎「伊那八幡駅」に到着
開業したのは大正15年(1926)12月17日。開業当時の駅舎です。
ホーム上屋を支える柱が奇麗に並び、切妻屋根の妻面に通風孔があります。
外壁はモルタルの「搔き落とし」により凹凸があり、ここに光が当たることで陰影ができて独特の風合いが生まれています。 -
お洒落な玄関(伊那八幡駅舎)
玄関の腰折れ屋根(ギャンブレル屋根)と天竜川の波しぶきをデザインしたような壁面がお洒落!
天竜舟下りの乗船場「弁天港」は伊那八幡駅から2kmのところにあります。
舟下りは6km下流の「時又港」まで乗船時間35分。舟は水しぶきをあげながら進み、スリルと渓谷美を楽しめます。
以前は6kmほど上流の「市田港」にも乗船場があったのですが、昭和63年(1988)に天竜川の水位低下により廃止になっています。
ここは飯田市八幡町です。 -
普通列車の交換風景(伊那八幡駅の飯田寄りから)
左側に天竜峡行きの乗ってきた電車、右側に特急車両を使用した飯田行きが停車しています。
これから700mほと離れたところにある「水佐代獅子塚(みさしろししづか)の江戸彼岸」を訪れます。 -
イチオシ
青空に映える「水佐代獅子塚の江戸彼岸」(松尾水城)
大きな前方後円墳の上に立つ老桜は、淡い紅色を咲かせています。
樹周 約5.08m、樹高 約10.5m、枝範囲 東に12m・西に約9m、推定樹齢 350年以上。
天竜川に近い標高の低い地に立つこの桜は、他地区より早く花が咲き、かつては田園と桑畑が広がる地だった水城(みさしろ)地区のどこからも眺めることができ、春の訪れを告げる「お立符(おたちゅー)の桜」として愛されてきました。 -
豪快な桜(水佐代獅子塚の江戸彼岸)
大きなこぶと空洞を持つ老桜。 -
二代目お立符の桜(松尾水城)
老桜の近くにあるのは、親桜(水佐代獅子塚の江戸彼岸)の種子から発芽した苗を採取し、50cmほどになったところでこの地に移植。
発芽から7年目の平成25年(2013)春に初めて紅色の濃い花を咲かせました。 -
紅色の濃い花びら(二代目お立符の桜)
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古墳の後円部(松尾水城)
「水佐代獅子塚」はこの地を治めていた有力な豪族の墓です。
横穴式石室古墳ですが、入口は現在閉ざされていて、石室の詳しいことはわかっていません。
築造は約1500年前の6世紀前半と推定されています。 -
濃いピンク色の桜(水佐代獅子塚周辺)
伊那八幡駅まで違う道を通って戻ります。
萼筒が筒状鐘形で紅紫色、花は濃いピンク色なので河津桜かもしれません。 -
旧飯田城の八間門(松尾水城)
羽根庄(木下家)の門は、元は二の丸(現在の飯田市美術館博物館一帯)の入口にあった門で二の門とも呼ばれていました。
明治4年(1871)に払い下げを受け飯田城から移築した門です。
二階建て三間一戸の櫓門で、脇坂氏時代の絵図にも八間門(はっけんもん)の名が記されています。
左右四間ずつの長屋も城内にあったいずれかの建物を移築したものと伝えられています。 -
お堀(旧飯田城の八間門)
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前庭の桜(旧飯田城の八間門)
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枝垂れ桜と仙丈ヶ岳(前庭から)
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イチオシ
南アルプスの眺望(前庭から)
見晴らしがよく、南アルプスの北岳と間ノ岳が見えます。 -
風情のある「龍門寺」(松尾)
「龍門寺(りょうもんじ)」は、戦国時代、小笠原信貴(信濃国松尾城主)が高僧・文叔瑞郁を勧請開山とする名刹。
境内に立派な枝垂れ桜があります。 -
背の高い松がお出迎え(龍門寺参道)
境内に入りましたが、枝垂れ桜は裏の方にあり、そばに近寄れません。 -
イチオシ
見事な「龍門寺の枝垂れ桜」(龍門寺裏)
龍門寺の外に出て、ENEOS飯田SSのあたりから塀越しに見ることができます。 -
「双体道祖神」(松尾)
長野県に多い「双体道祖神」を見つけました。 -
久井公園の桜(松尾久井)
飯田線の旧上溝踏切を渡り、旧国道256号と思える道を進みます。
右手には八幡台地へ通じる段丘崖があり、その下に満開の桜を見つけました。
小さな久井公園に立つ桜です。 -
美しい彩りの桜(久井公園)
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南アルプスが間近に迫るような飯田線(久井公園から)
踏切の警報音が聞こえ飯田線の電車が通ります。
バックの山は「仙丈ヶ岳」。 -
斜面に佇む桜(松尾久井)
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ラッパ水仙(松尾久井)
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松尾地区を潤す水路「井水」(松尾久井)
飯田市には天竜川に流れ込む松川、毛賀沢川などの支流があるのですが、河岸段丘地形による高低差が激しいため、河川から直接的な取水は限られた場所だけ。
そこで人工的に河川に堰を設けて広域に行き渡るように水路を通した「井水(いすい)」が飯田市内だけでも60本以上あります。
松尾久井地区を流れる「井水」は、毛賀沢川を水源とする「九十九折井(つづらい)」という名前。 -
イチオシ
階段状の「井水」(松尾久井)
河岸段丘の下の地区へ「井水」を分水しています。 -
昭和元年の駅舎とお別れ(伊那八幡駅)
伊那八幡駅に戻り、天竜峡行きの電車に乗ります。 -
降りた駅は隣の「毛賀(けが)」
珍しい駅名ですが、ここには名桜「毛賀くよとの枝垂れ桜」があります。
毛賀駅からの距離は900mほど。
ここは飯田市毛賀です。 -
イチオシ
滝のように咲き誇る「毛賀くよとの枝垂れ桜」(毛賀)
「くよと」とは供養塔のこと。
桜の下を通る道は旧遠州街道で、2基の常夜燈と共に地元の人々により大切に守られています。
樹齢推定は350年。 -
下から見上げた桜(くよとの枝垂れ桜)
桜は八幡台地の段丘崖の中腹にあります。 -
道に覆いかぶさる桜(くよとの枝垂れ桜)
道の脇を流れる水路は、毛賀沢川を水源とする「九十九折井」。
水路の先(写真では手前側)は松尾久井地区です。 -
里山の桜(毛賀)
段丘崖を上がると、名もなき桜が色づいています。
この一帯は里山風景です。 -
「伊那上郷駅」(上郷黒田)
毛賀駅に戻り、次は飯田方面の電車で「伊那上郷駅」で降ります。
名桜「高松薬師堂の枝垂れ桜」までは、駅から240mほど。
ここは野底川の東にある「高松台地」で、飯田市上郷黒田。 -
名桜の大木「高松薬師堂の枝垂れ桜」(上郷黒田)
正明寺(薬師堂)の境内に、飯田市のシンボル風越山を背景に石仏を包み込むように枝垂れ咲きます。
樹齢推定400年。 -
鮮やかなピンク色(高松薬師堂の枝垂れ桜)
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花数の多い桜(高松薬師堂の枝垂れ桜)
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お茶目な石仏(高松薬師堂)
薬師堂の格子扉の隙間から中を覗いてみると何かお説教の声が聞こえます・・・
右側の仏様:「これこれ、修行中は片目を開けてはいけませんぞ」
左側の仏様:「すみせん、正面の扉から覗いている人がいるので、ついつい気になって」 -
薬師如来はどこにいるの?(高松薬師堂)
このお方はもしかして三途の川で衣服を剥ぎ取る「奪衣婆(だつえば)」では・・・ -
お昼は近くの「ラーメンやひこ」(上郷黒田)
地元で人気のお店で、昼時だったので外で順番待ち。
看板を見ると、麺をテニスボールに見立て丼ぶりに「エイヤッ」と打ち返しています。遊び心満載のお店です。
「やひこ」の店名が気になっていたところ、常連客の人がいろいろと教えてくれました。
店主は地元出身。長岡の国立大学在学中にラーメン店でバイトを続け、いつのまにかラーメン修行へ。
地元に戻って来てからはラーメン店を開店し、すでに25年。 -
ラーメンと餃子(やひこ)
メニューはラーメン、チャーシューメン、餃子のみ。
ラーメンは長岡ラーメンのショウガ味より少し薄いスープに中太麺、いい味です。
餃子はボリュームがあり、こちらも美味。
これから元善光寺まで3kmほど歩き、いくつかの名桜を訪れます。 -
火の見櫓と枝垂れ桜(上郷飯沼)
飯田女子高校付近です。 -
高松台地からの眺め(上郷飯沼)
高松台地から眼下に、桜と伊那谷、遠くに南アルプスの景色が眺められます。 -
県道229号(高松台地から)
これから降りる県道229号の先に、「飯沼石段桜」が見えます。 -
色づく桜と仙丈ヶ岳(高松台地から)
-
骨董屋さん?(県道229号沿い)
「ナショナル(現在パナソニック)」の看板が懐かしいですね。 -
屋号の入った鬼瓦(骨董屋さん)
-
土蔵(県道229号沿い)
小さな目と口の顔に見えますね。 -
桜トンネルになる「飯沼石段桜」(上郷飯沼)
飯沼諏訪神社の300段余りの石段の両脇に江戸彼岸、枝垂れ桜、染井吉野などが植えられており、樹齢は100年余り。
石段は幅が狭くて手すりがなく、風雨の強い日には石段からの参拝を遠慮する旨の案内があるので、上るのをやめました。
少し離れたところに車も通れる道があるようです。 -
綺麗な桜(飯沼石段桜)
これは江戸彼岸だと思います。 -
イチオシ
里山を彩る「枝垂れ桜」(上郷飯沼)
民家の裏に佇む「名もなき枝垂れ桜」です。 -
田畑を潤す「竜西一貫水路」(麻績の里舞台桜入口付近)
ここは元善光寺の西側で、昔「麻績(おみ)」といわれた地。現在は「座光寺(ざこうじ)」という地名です。
「竜西一貫水路(りゅうさいいっかんすいろ)」は、食糧増産と産業振興のために、途中、第二次世界大戦・敗戦という混乱を経て、昭和43年(1968)に国営事業として完成しました。
天竜川上流の上伊那郡中川村の南向発電所が放水した水を取り入れ、松川町から飯田市川路まで、沿線6市町村の田畑を潤しています。
総延長23.9km、灌漑面積10,359haで、以来、座光寺の中・下段地域では農業用水の心配がなくなりました。
「竜西一貫水路」は暗渠部が多く、開水路が見えるのは貴重。暗渠の入口には「座光寺隧道一号」と記されています。 -
「麻績の里 舞台桜」(座光寺)
この桜は5弁から10弁の花が交じり合って咲く姿から「半八重枝垂れ紅彼岸桜」と呼ばれています。
旧座光寺麻績学校校舎「舞台校舎」と共に子どもたちの成長を見守ってきた桜です。
樹齢推定350年。 -
ピンクに輝く枝垂れ桜(舞台桜)
-
イチオシ
花が特徴の「舞台桜」
正常なものは5枚、花弁が増えて10枚のものなど、紅彼岸桜の突然変異種です。
「オミノサトブタイザクラ」として品種登録されています。 -
長野県で最も古い「旧座光寺麻績学校校舎」(座光寺)
明治6年に歌舞伎舞台と学校とを兼用するように建てられた「旧座光寺麻績学校校舎」。
昭和59年(1984)まで111年間、学校として活用されていた貴重な建物です。
また、農村の歌舞伎舞台としては県下最大級で、全国的に珍しいものです。
当日は飯田女子高校邦楽班による琴の演奏会が行われており、綺麗な音色を聴きながら「舞台桜」の花見ができました。 -
名桜「麻績の里 石塚桜」(座光寺)
舞台校舎すぐ近く、石塚1号古墳の頂に咲く枝垂れ桜が「石塚桜」。
枝垂れた枝が古墳を守るように包み込み咲き誇ります。 -
天高くのびる桜(石塚桜)
真下から見上げると空を背景に天に向かってそびえています。 -
横穴式石室をもつ円墳(石塚1号古墳)
6世紀後半に造られました。 -
伊那谷を走る飯田線(座光寺)
手前はぶどう畑。 -
カラフルなビー玉(元善光寺)
「元善光寺」の浄水に浮かぶビー玉。
舞台桜の近くに「元善光寺」があります。 -
江戸彼岸桜(元善光寺)
元善光寺は、善光寺(長野市)のご本尊が最初におかれた寺です。 -
「ドクター東海」と「石塚桜」(元善光寺近く)
元善光寺をあとにし歩いていると、飯田線の踏切が鳴ります。
定期列車が来る時間ではないので、何が来るのか待っていると「在来線のドクターイエロー!」
国内初の気動車による在来線用の軌道・電気総合試験車「キヤ95系」です。
画像処理技術を導入し、新しい設備に対応した検測装置を搭載し、線路・電力・信号設備の状態を総合的かつ効率的に検測します。
愛称は「ドクター東海」。 -
春爛漫の「元善光寺」(座光寺)
-
最ミ塚古墳に立つ満開の「江戸彼岸桜」(座光寺)
円墳の最ミ塚古墳(最後塚)は武田氏と知久氏が戦ったとき、戦死した人々を葬った塚であったといわれています。
2本の「江戸彼岸桜」は樹齢300年。 -
風変わりな「火の見櫓」(元善光寺駅の裏)
上段に見晴台と消火ホース干しの吊り金具、2段目に半鐘、外側に昇り梯子があります。
見晴台に屋根や風見鶏がなく、簡易型のようです。 -
桜咲く「元善光寺駅」
-
辰野行きの電車(元善光寺駅)
帰りの電車は淡いブルーと淡いグリーンの帯を巻く211系。
中央本線から飯田線に乗り入れているJR東の車両で、「長野色」と呼ばれています。
これで2日間の飯田の桜めぐりを終えます。
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