2022/05/29 - 2022/05/29
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sallyさん
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「金色堂ってみたことないね」
って話から思い立って岩手県平泉へ行ってまいりました、の2日目。
朝イチで向かったのは、この旅の本題「中尊寺 金色堂」。
って書いておきながら、
旅行記表紙の写真は、中尊寺までに行く途中の”弁慶堂”なんですがね、てへ。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
-
おはようございます。
旅館の朝ご飯は、おかずたっぷり。
@大沢温泉旅館 -
5月の最後の日曜日、
東北地方は快晴、とっても暑くなりそう。 -
9:00 中尊寺 本堂に到着
-
「月見坂」という長い坂道を登ってお参りするのが、“しきたり“かと思うんですが
それをショートカット、
いきなり「本堂」に行ける”坂の上駐車場”からお邪魔したものですから、
気持ちがちょっと追いつかない感じありました。 -
本日の猫さん。
-
本堂、ご本尊様
-
松でしょうか、
型どった”灯り取り”かな?が、なんだかユニークな表情 -
緑が美しく、青いモミジがきれいでした
-
中尊寺というのは、山に開いたお寺”群”なんですね。
「月見坂」というダラダラとした坂が「参道」なんだろうと思うんですが
その1本の坂道の両脇に、お堂が、ぽつん、ぽつんと顔を見せる。
そんな感じなんだなと知りました。 -
このノッポなお堂は鐘を納めておりました。
-
そして、「金色堂」
ここに来たかったのだーーーー! と
”いや、、あれ、、、? 見た目、地味だな・・・”ってなる。
むむ、金色ではないぞ、どうなってるの?
いや、なんとなくだが、うっすらはわかっていたのだ。
その“黄金の建物“は野ざらしにするわけにいかないのだろう、と
何かに囲われているらしい、ってことを。
でも、きっとあの中には、眩いばかりの光景が・・・!
拝観券を購入し、ドキドキ、ワクワクで入りました。 -
そこには、床から天井から屋根に至るまで金箔に覆われたお堂がありました
これは、パンフレットの写真です。(撮影禁止なので)
まずは、この金色堂って何か?って
その時代、今から一千年以上前にこの地を治めた「藤原氏四代」のお墓なんですね。 -
上の写真の御堂の中には、この写真のような”須弥壇(しゅみだん)“と呼ばれる
仏像の祀られている台があリます。
それが中央、左右の三つのパートに分かれております。
そして、それぞれの台の下には、中央パートに藤原氏初代、
左側パートに二代目、
右側パートには、三代目と四代目のご遺体が納められてるんですって。
なんで、右側が3代目と4代目が一緒になっているか?っていう話で。
4代目は、「首級」、、つまり“首だけ“なのですね(!)
3代目、つまりお父さんの所に、4代目の息子が
”スペースをとることなく”一緒に納まっている、
という。悲しい話ですね。 -
ただ、わたしはもっと近くで見たかったー。。
お堂はガラス張りの向こう側でした。
夜光貝を削り嵌め込んで作るという螺鈿(らでん)のデザインがどんなかなぁと。
ただ、この思いは、あとに訪れる中尊寺宝物館で随分解消されるのですが。
前日に見た「毛越寺」や「無量光院跡」、そして、この金色のお堂。
源頼朝が、平泉征伐としてこんなところまでやって来て、この地を破壊しながらも、その高度に進んだ文化に驚いたという話は、まことの事であったろうと思いました。 -
さて、
こちらが、昔の「覆い堂」です。
かつて「金色堂」を覆っていた建物で、こちらに移築されたそうです -
ここは中に入れるんですが、入ってみたら、広いんです、思いのほか。
-
「義経公秀衡将軍対面 五味清吉作」
ちょうど、大河ドラマで前の週くらいに放映したくだりが書かれていました。五味さんというのは画家さんなんですね。そういえば、絵画があった下にこれがあったなぁ。
場面は、都落ちし命からがら平泉に辿り着いた義経。彼を迎え入れた藤原秀衡(ひでひら)が、兄弟の思い偲ぶ様子が書かれていました。
判官義経公、平家討伐の後、梶原景時の讒訴により兄頼朝の怒りに触れて鎌倉の追捕急のため身のおきどころもなく、弁慶その他重臣と共に山伏を粧うて都を落ち、平泉伽藍の御所に着いたところで、秀衡公恰も慈父のように温情至れり尽せりで親ら迎えて長い旅の辛酸を慰めました。
曾ては三軍を叱咤し、平家追討の殊勲を樹てた身が、今や浪々の身となって山河千里馴れぬ旅路に窶れ果てた判官公、さきに公が、兄頼朝公の旗挙げに走せ参うとするのを諌止して出征の不可を説いたのでありましたが、秀衡将軍 今日目の前に見て両者の心情互い尽ない涙を胸に秘めたことだったでしょう。 -
杉なのかな
太いのがズーンと聳えていて圧倒されたり。 -
この横顔の長い建物は何かって、
-
お能を観せる建物でした。
舞台と、袖の建物がこんな風な角度で立ってるんだな、って知りました。 -
緑深く、池の上にたっている方形屋根のお堂。
-
これが「弁財天堂」なんですね、
池の上の中州に立っていて、これって「お水」とか、「銭洗い弁天」とか
なんか関係あるんですかね -
床下の土台組が、すっきり向こうまで見えるので、、
-
よぉく見てしまった。
-
土台の丸い石に、木材を立ててるだけなんですよねぇ、これって。
よく、お屋敷”跡”って呼ばれる土地にある、あの丸く平たい石ですよね、これ。 -
「抜き」と「くさび」
-
いつまででも眺めてられるなぁ
-
暑かったけれど、風が気持ち良かった。
-
中尊寺の宝物館、「讃衡蔵(さんこうどう)」
ここは、すごぉく面白かったです。
金色堂を近くで見れなかった分、楽しめました。
京都の平等院鳳凰堂の「宝物館」で見たものを思い出しました。そして、煌びやかな中に、大らかさがある意匠に、「平安浄土」ってこういうものなんだなぁ、と。この世の極楽を具現化したものがこういう感じなんだなぁ、って思いました。
そして、ここでの発見は、なんといっても
「首桶(くびおけ)」。
大河ドラマ「鎌倉殿の・・・」で“お馴染み“の。
続く↓ -
あのドラマでは、もう幾度出てきたことでしょう?
数え切れませんね。
「“首桶大河“って呼んでもいいいかな?」って話で。
ここにあったのは、
藤原氏4代目(名前は忘れた)のための“首桶“でした(本物か)。
4代目は“源義経“を討ったのに結局、源頼朝に追い込まれ、家臣に裏切られ首をとられた(ひどい)のでしたよね?
続く↓
(写真は”峰薬師堂”) -
(写真は”峰薬師堂”)
-
ただ、
ここで見た漆塗りの首おけが、意外だったのは、
形が筒状で丸いのは一緒なんですが、深さが20センチほどくらい
しかないようで、とても浅かったんです
ちょうど旅館の部屋に置いてあるお茶セットを収納する丸い蓋付きのやつ、
あれより更に浅い感じ。
続く↓(写真は”中尊寺本堂”) -
テレビのが間違いなの?とか、そういうことを言ってるんじゃなくて
ただ、大泉洋さん、というか、大泉さんが演じる源頼朝が、それを胸にかき抱き涙したシーン(とはいえ、あれの中身は、義経さんだけれども)では、高さは30~40センチくらいの深さがありそうな縦長のものでしたよね?
でも、ここで見たものは、ずっと浅くて平たいものだったって話です。
続く↓(写真は”中尊寺本堂”) -
考えたら、顔ってそれほど大きくないですもんね。
昔の人ならなおさら、、
それに、首桶もいろんな種類があるのでしょう。
(写真は”中尊寺本堂”) -
さて、
「念願の金色堂は見たぞ」ってことで、「本堂」から階段を降りて駐車場へ向かえば良いのですが、
せっかくなので、もう少し先まで歩こうと、なりました。
ただし、「坂道を下る」と「登って戻らなくてはいけない」わけですね、
もらった地図を見ると、「月見坂」を下る両脇にまだまだ幾つかお堂がある。
中でも一つ見ておきたいなってのがありました。 -
そして、それは期待を軽く越えてきた(!)
そう、それが、 -
ここ、「弁慶堂」。
中尊寺の本堂もそうなんですが、この「野ざらし」感が、たまんねー!!!って感じの
柱の”木肌”感です。
漆とか塗らないんでしょうね、
風雨にさらされても強い木材なのかなんなのか、
カッコイイんですねぇ、、、 -
お堂を覗くと、あのお二人がいらっしゃった。
-
うん?
縮尺間違ってないか?
弁慶さんと、義経公。
なんか、、、
まぁ、いいか。 -
「中尊寺」は、時代が古いからなのでしょう。
どのお堂も、シンプルな正方形の屋根のてっぺんに丸い玉が乗っている「方形造り」が多いなと思ったのですが、この「弁慶堂」は時代が新しいもののようで、、、 -
屋根は入母屋で
屋根を支える垂木が二重になっていたり、
棟をあげる柱の角の“組み物“が複雑で凝ったものだったりしました。
「宝形造」のシンプルな美しさと安定感もさることながら、やっぱり時代が進んだ建築も見甲斐があるなぁと思うものでした。 -
”横顔”もカッコイイ。
「弁慶堂」で踵を返し、再び坂道を登りました。 -
時刻は12時すぎ、
人も少なく、木陰もあって結局3時間半くらいいた事になります。
中尊寺本堂さんをもういちど眺めて、ここを後にしました。 -
平泉駅前の通りにある「吉野家」さん。
-
和菓子も洋菓子もあるお菓子屋さんです。
前日の「道の駅 平泉」で買ったロールケーキが美味しく、 -
ここのシュークリームも美味しいと口コミにあったので、お茶をしようと寄ってみました。
-
これこれ、
このロールケーキを前日「道の駅 平泉」で買ったのです。
岩手県産の小麦粉で焼いているんだそうです。
美味しかったなぁ。 -
時刻は13時すぎ。
帰りも5時間かかるだろうと見込んで、正午には岩手県を出ようと決めていた
のですが、“なかなか来れないし“と、岩手県から去り難く
前夜、宿のお父さんに伺っていた所まで足を伸ばしてみました。 -
「達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわや・びしゃもんどう)」です。
平泉の中心部から車で15分ほどでした。 -
大きな岩の崖に食い込むようにたっている御堂。
坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)って、名前だけは
聞いたことあるんですが、 -
宿のおじさんのお話によれば、
ちょんまげを結う時代の前の、耳の脇で髪をくるりと巻いていた時代、のおひとが、坂上田村麻呂さんなわけで、
そのお方が、はるばるこの“みちのく“までやってきて、、
何かした、、って話だったけど
あれ?どんな話だったかな。 看板の説明に続く。。。 -
これね。
あれ? 坂上田村麻呂の話は書いてないな、、
ここは中に入らず、通りから外観を眺めて10分ほどで終了。 -
で、
普段は建物に興味を持たないクセに、なぜかこういうときに限って
のんびり古民家を見たがる、わたしの“お連れ様“。
楽しそうだから、まぁ、いいか。
わたしはドライバーなんで、内心、帰り道が気になってるんですけれどもね。。。 -
岩手県。
来たのは、かれこれ12年ぶり、でした。 -
「一関(いちのせき)」のインターチェンジから、
東北自動車道にのることにしておりまして、
その途中の「厳美渓(げんびけい)」という景勝地でちょっと停めて自然を堪能。 -
遠くの大きな、大きな黒いお屋根の家に圧倒される。
きっと、、黒光りしてるが“銅板“だよね?
すごいなぁ、、、大きなお家が多いんですよね、このへん。 -
そして、最後に、岩手旅の〆に、もう一つ寄っていきます。
岩手県って、というか、
このへんはとても平らな土地なんだなぁと思ったりした一枚です。 -
「道の駅・厳美渓(げんびけい)」 -
「お餅とお湯の道の駅」とかって書いてあったかな?
そして、確かに、納豆まぶしのお団子が売っていた。
納豆“餅“ならイメージあるが、納豆の“お団子“かい? -
こちらは、
“凍みもち“ですって。「しみもち」って読むようです
どうやって食べるんだろう?
冬向けの保存食ってことだよね、きっと。 -
帰り道。
岩手県の「一関インターチェンジ」から東北自動車道に乗ったのは、13時半頃だったでしょうか。
「平泉」は、岩手の南部なので、高速道路にのって間もなく「宮城県」に入りました。 -
給油のために「長者原(ちょうじゃがはら)」サービスエリアに入り、
-
さらに南下して、、、
-
宮城県仙台市を通るのだから、
「笹かまぼこは買わないとね!」
となって、
菅生(すごう)パーキングエリアにも立ち寄りました。 -
ここのパーキングエリア内では、
仙台銘菓「萩の月」のコーナーに大きさ、立派さに驚き、、
途中、福島県郡山インターで工事渋滞2キロで、ノロノロ運転になって、
でも、自宅には19時前になんとか着きました。
結局、帰りは、サービスエリア2箇所に加え、「道の駅村田」という所まで寄ったりして、5時間以上かかったことになりました。 -
「大河ドラマ」って、
このウイルス蔓延禍で家こもりが続く数年のうちに、
これまでになくちゃんと見るようになりました。
旅先は国内になり、
歴史や興味を持つものも日本のものに。
国内回帰志向というか、
そんな感じがしているこの数年です。
平泉1泊2日の旅、
おしまい。
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