2018/07/31 - 2018/07/31
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frau.himmelさん
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私がフュッセンで楽しみにしていたこと、それはアンナカペレで「死の舞踏」を見ること。
死の舞踏とは、14世紀から15世紀、ペストが流行った頃にヨーロッパで流布した寓話。
ペストの流行により人々がバタバタと死んでいくさまを、生者と死者(骸骨)が一緒に踊り狂っている図で表しています。
死は、老いも若きも、男も女も、皇帝や教皇、国王やこじきも、健常者や病人も、それらの身分や立場を超えて平等にやってくる、といったことを示しています。
確かに死は誰にでも平等に訪れるもの。
その時がきたら骸骨に踊りに誘われ、楽しくダンスをしながら一生を終えるのなら怖くはないなと思います。
しかしロシアのウクライナ侵攻により、何の罪もない民間人まで犠牲者となったウクライナ、また事情を詳しく知らぬまま、あるいは不本意のまま独裁者により戦場に送られ、亡くなっていくロシア人兵士たち。
このまま戦争が続けばますます犠牲者は増えるでしょう。
骸骨は一体どんな顔をして、それらの人々を踊りに誘わなければならないのか。
早くこんな無為な侵略は止めてほしいです。
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マリエン橋から一人フュッセンに戻ってきた私、道に迷いながら市庁舎にたどり着きました。
市庁舎の壁に掛かっている赤い垂れ幕には「フュッセン市立博物館」と。
右はしに聖マング修道院の時計塔が見えます。 -
入り口はすぐわかりました。
フュッセン市博物館は、ベネディクト修道会の聖マング修道院の中にあります。
門をくぐって中庭に入ると・・・。 -
窓枠やバルコニーにだまし絵が施された美しい建物が目にはいります。
バルコニーなど本物そっくり、でもこれはみんな描かれたものです。
背後には時計塔が見えます。 -
中庭の左側には時計のついた屋根。
只今11時25分を指しています。
息子たちとの待ち合わせ時間までたっぷりあります。
大好きな博物館をじっくり鑑賞いたします。 -
チケットを買って中に入ります。料金は4ユーロでした。
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私が今回どうしても行きたかったところはまさにこっちですね。
St.Annakapelleの「Totentanz」。聖アンナ礼拝堂の「死の舞踏」。
矢印の方に向かいます。 -
発掘中の足場を進みます。
聖アンナ礼拝堂は、聖マング修道院の地下の中世の回廊部分から発掘されたそうです。
その先には・・・。 -
正面には聖アンナ礼拝堂の美しい祭壇。
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黒い色の祭壇は、日本の黒檀のお仏壇のように見えます。
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祭壇に描かれているのは、聖母マリアと幼子イエス、マリアの母アンナ、そしてヨアキムの聖家族でしょうか。
下の像は、聖アンナと、膝の上にはマリアとイエスの3代の像。 -
天井のフレスコ画も素晴らしい。
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聖霊の鳩と父なる神、子なるキリストの三位一体の絵。
下の地球はなぜ縛られているのか? -
「死の舞踏」は別な部屋かしら?と礼拝堂を出ようとしたら、正面に、壁に描かれたパネルが。
これが「死の舞踏」?
私はもっと大きな部屋の壁いっぱいに描かれた絵を想像していました。
こんな小さな壁絵だったとは。 -
そもそも死の舞踏とは、14世紀から15世紀に、ペストが流行った頃にヨーロッパで流布した寓話。
ペストの流行により人々がバタバタと死んでいくさまを、生者と死者(骸骨)が一緒に踊り狂っている図で表しています。
死は、老いも若きも、男も女も、皇帝や教皇、国王やこじきも健常者や病人も、それらの身分や立場を超えて平等にやってくる、といったことを示しています。 -
ヨーロッパの教会では「死の舞踏」をモチーフにした絵が良くみられます。
私もいくつか見たことがあります。そして旅行記にも取り上げています。
これはリューベックのマリエン教会で観たステンドグラス。
(2016年5月) -
同じくリューベック、マリエン教会。
「リューベックの死の舞踏」と言われるもの。
下はペストがヨーロッパで猛威を振るった頃、1463年にベルント・モトケによって描かれたもの。
上は1942年3月29日の空襲で消失したものを再現したものです。 -
2015年6月、偶然立ち寄った中世の街エッピンゲンで見たもの。
ウンゼラー・リーベンフラウ教会のカタリーナ礼拝堂の壁に描かれていました。 -
ベルリンのマリエン教会にもありました。
いろいろな「死の舞踏」がありますね。
共通して言えることは「骸骨」がカワイイこと(笑)。 -
「死の舞踏」のそばにはよく「メメント・モリ」という言葉が刻まれています。
これは、当時流行った言葉で、生者に対して常に「死を忘れるな!」と言う意味です。
フュッセンの「死の舞踏」は
「Sagt Ja Sagt Nein, Getanzt muess sein.」(はいと言え。いいえと言え。踊らなければならない)・・??
はいと言おうが嫌と言おうが、だれしも否応なく骸骨と一緒に踊らなければならない(死は必ずやってくる)、と言うことでしょうか。 -
「フュッセンの死の舞踏」は1602年にヤーコプ・ヒーベラーによって描かれた20枚のパネル画です。
総勢20人のそれぞれの身分や立場が違う人々が、死を前にして骸骨から踊りに誘われている場面がユーモアたっぷりに描かれています。
ではどのような方々なのでしょうか。
ちょっとお遊びで「セリフ」を入れてみました。
なお一部、ベームさんのフュッセン旅行記を参考にさせていただきました。ベームさん、いつもお世話になります。 -
上左:死と教皇、
上右:死とローマ皇帝、(その三種の神器(王冠、宝珠、王笏)を次の皇帝に渡しておいでよ。)
下左:死と医者、
下右:死と商人(商売で儲かっちゃった。お金は持って行けないよね?骸骨くんもらってくれる?) -
上左:死と侯爵、
上右:死と司教、
下左:死とレストラン経営者(骸骨君、まあ1杯ビールでも飲んでいきたまえ)、
下右:死と占い師(骸骨:私が占ってあげましょう) -
上:侯爵夫人、
下:農夫(そうだね、最後くらい一張羅を着こんで行くか) -
上:死と修道院長
下:死と魔女(私も一緒に踊れるの?私魔女よ)。
この中には女性は4人しか描かれていませんが、その中の一人がこの魔女です。 -
上左:死とユンカー(地方貴族)
上右:死と貴婦人(ちょっと待って、お化粧を直すから)
下左:死と手品師(トランプ占いで、そろそろ迎えに来る頃だと思っていたよ)
下右:死と若い女性(骸骨:ねえ、どっちが好み?) -
上左:死と牧師
上右:死と役人(ダンスをする前に戸籍をちゃんとしておかなければ)
下左:死と子供(骸骨:揺りかごもおもちゃも持っていってあげるからね)
下右:死と画家(この画家はヤーコブ・ヒーブラー自身)
なんて勝手にセリフを入れてしまいました(笑)
見当はずれもありますが、お許しを。 -
上部の天井のフレスコ画。
「Maria Tenpelgang」。
聖母マリアは幼き頃、父ヨアキムと母マリアにエルサレム神殿に献上され、マリアは聖人になるまでそこで養われた、という「聖母の奉献」。 -
礼拝堂を出るとそこにはキリスト磔刑像。
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再び発掘中の中世の回廊を通って博物館の方にまいります。
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中世の回廊から発掘されたものが保管してあります。
いろいろなものがありますね。 -
これは石柱の頭の部分
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見事な細工はどこに飾られていたものだったのでしょうか。と言うかそもそもこれは何なのでしょうか。
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この先は修道士の説明。
ヌルシアのベネディクト。
ベネディクトの毒入りワイン。 -
飾られているのは修道士のマント。
入り口の絵入りの象嵌の扉は素晴らしい。 -
パステルカラーの豪華な部屋にやってきました。
窓が張りめぐされたた室内は光がいっぱい射しこんでとても明るい。スタッコで精巧に装飾されたピンク色の天井の美しいこと。 -
この部屋は修道士たちの食堂だそうです。
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壁にはルートヴィヒ2世の肖像画。
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これは暖房装置?
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そしてこんなものも。
どう見ても噴水のレプリカですよね。
バロックとロココ時代の南ドイツの彫刻家アントン・シュトゥルム(1690-1757)作と言われる「聖マグナムの像」ですって。
私には「サタデーナイトフィーバー」に見えますが(笑)。 -
何よりも驚いたのは天井の吹き抜け。
美しい天井から見上げる2階の部屋も美しい~~!
上から修道士たちの食事も覗けるわけですね。今日の食事は何かな~~?って。 -
ここは覗き穴(笑)などではなく、2階は美しい図書館なのでした。
大変残念ながら私は上の図書館には行っていないのです。
皆様の旅行記を拝見して、何で行かなかったの~~!!と悔しくて地団駄踏みました。本当に抜けていますよね。
それにしても、豪華な食堂に豪華な図書館。
修道士の生活って神に感謝し、規律正しく、贅沢とは正反対の生活をしているのと思っていましたが、聖マング修道院は豊かだったのですね。 -
肝心な美しい図書館に行かないで、私はどこへ行ったかと申しますと・・・。
また発掘品が置かれている部屋を通って・・・。 -
これも発掘品。
説明をちらっと見ると、後期ゴシック様式のサクラメントハウスとあります。1463/1469 -
「三日月のマドンナ」彫像。1520年ごろ。
-
ここは宝物庫だったのですね。
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大天使ミカエル。
お決まりの悪(竜)を退治しています。 -
ここにも竜を退治しているステンドグラス。
でもこれは大天使ではありませんね。
修道士のマントを着けていますし、旧市街の噴水でも竜を退治していましたから、もしかして聖マグヌス(聖マング)でしょうか。 -
こちらは「聖ペテロと聖パウロ」
バルトロメウス・シュタインレ(1580-1628)作 -
聖ペテロの指先にある絵はたしか、イタリアの画家ラファエロの「アテネの学堂」。
どうしてこれがここにあるの?
あまり深く考えないことにします。 -
他にもいろいろ素晴らしいおタカラがありました。
-
窓から修道院の中庭を。
向こうに見える小さな建物は聖霊施療教会、右側の木々が茂っているところがレヒ川です。 -
こちらは何のコーナーだったのか?
飛ばして・・・。 -
スタッコ飾りの天井が美しいホールにやってきました。
ここにも吹き抜けが。
ここはコロキウム。修道士たちの会議室、読書室、学習室として使われていたようです。
現在はこの部屋で結婚式、コンサートなども行われるそうです。 -
またアンナカペレの矢印が。同じところをグルグルしていたのでしょうか。
もうなんだか疲れてしまって、そのまま外に出てしまいました。
皆様の旅行記を拝見して、私は聖マング教区教会にも行っていませんでしたし、楽器博物館にも行けませんでした(泣)。 -
博物館を出て、レヒ川沿いを歩いてみます。
聖マング司教区教会。 -
あそこをくぐるとレヒ川に出られそうです。
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レヒ川に出ました。
聖マング教区教会の建物。 -
レヒ川沿いに歩いていくと・・・。
-
博物館の窓から見えた聖霊施療教会に出ました。
と言っても裏側からではわかりませんね。 -
表にまわると・・・。
そうです、昨日「ロマンティック街道終点の地」の途中で見かけたあのフレスコ画の美しい聖霊施療教会です。
15世紀半ばに建てられたゴシック様式の教会がありましたが、1733年の火災で焼失してしまいました。
その後1748/49年にフランツ・カール・フィッシャーによりロココ様式で再建されました。
鮮やかなファサードのフレスコ画は1749年にアントン・ジョセフ・ウェルチにより描かれたものです。 -
上部には「三位一体の図」。
鐘の下の中央に聖霊の鳩が、右には父なる神、左は子なるイエス。
また下の図は、右側は聖クリストフォロス、左は聖フローリアン。
聖フローリアンは消防の守護聖人です。教会が焼失していますから選ばれたのでしょうね。
イエスを背負った聖クリストフォロスは筏(いかだ)の守護聖人だそうです。知りませんでした。
まあ、人や荷物を背負って川渡しをしていましたから、そう言われているのでしょうね。
この二人の聖人が、レヒ川の岸に建つ聖霊施療教会を守っているのですから、適材適所と言うべきか。 -
では中に入って見ましょう。
赤大理石を使った豪華な祭壇です。
祭壇の絵は聖ネポムクだそうです。
どこに聖ネポムクが?
画像は良くないけど探してみました。 -
右端のこの絵ですね。
天使がネポムクに、5つの星の冠を被せていますし、自身の手にはシュロの葉、そしてイエスキリストの十字架がみえます。
聖ネポムクは船員や橋の守護聖人だそうです。
聖フローリアンといい聖クリストフォロスと言い、聖ネポムクといい、水に関係がある聖人が勢揃いで見守っているのですから、教会にとっては心強いですね。 -
祭壇上の豪華な丸屋根。
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幼子イエスを抱きかかえているのは聖ヨセフ(かな?)。
-
天井のフレスコ画はちょっと変わっています。
車輪の形をしています。車軸の間には教会や司教が為すべきこと(例えば洗礼や懺悔など)、歴史などが描かれています。 -
そしてもっとよく見ると、車軸の一つ一つは人物なのです。それも全て女性像。
ヨーロッパの古い建築でよくみますね、女性が頭で支えるカリアティードという様式、その絵が描かれています。 -
内部の装飾も、教会としては私が今まで見たことがなかったような珍しい飾りです。
しばしの間、だれも訪れない私一人の空間をゆっくり楽しみました。 -
それでは、これから駅に行き、息子たちと合流してミュンヘンに向かいます。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- jijidarumaさん 2022/03/21 02:00:23
- 「フュッセンの死の舞踏」
- himmelさん、
今晩は。いつもありがとうございます。
さて、「フュッセンの死の舞踏」を初めて拝見しました。
セリフ入りが興を添えて、面白かったです。
フュッセン市内は何となく見ていないからなのでしょう。
ロマンチック街道は、近年の旅でもハールブルク城で方向を変えたから、
フュッセンまで下っていないのです。次回に是非訪れたいものです。
2009年のバルト三国の旅で、タリンの聖ニコラス教会博物館にある
ベルント・ノトケ作“死の舞踏”を見過ごした事を思い出しました。
そして、2014年に訪れたドイツ北方のシュレースヴィヒのSchloss Gottorf
(Gottorp)ゴットルフ(ゴットルプ)城の博物館で、ベルント・ノトケ作
“死の舞踏”のリューベック作品の複製を見た事も連鎖して思い出しました。
・・・
旅行記を見ると、以下のように書いてありました。
ゴットルフ城の展示はリューベックのBernt Notkeベルント・ノトケ
(15世紀ドイツの画家)の描いた『死の舞踏』、リューベックの
聖マリア教会にあったものの「複製」で長さ十数メートルのものでした。
(文中にも書かれていましたが、聖マリア教会の作品は第二次大戦で
連合軍の爆撃によって破壊されてしまった)
ラヴァル(現エストニア、タリン)の聖ニコラス教会にあった『死の舞踏』
作品は無事だった。
・・・
作品を二つ見比べると、ゴットルフ城の作品は多分残された絵の写真など
から復元した様に思われる現代風の趣のあるものでした。
聖ニコラス教会の『死の舞踏』作品はまぎれもない博物館の至宝、貴重な
ものと云えるようです。
先日も学生時代の同期や先輩の弔報を受け、『死の舞踏』を踊っている
かもしれない年代になって見ると、こうした絵のように皮肉とユーモアー
を楽しんで、笑っていられない気分になりましたよ(苦笑)。
それではまた。
jijidaruma
- frau.himmelさん からの返信 2022/03/21 16:28:58
- RE: 「フュッセンの死の舞踏」
- jijidarumaさん、こんにちは。
いよいよ桜の季節になってきましたね。
さて、いつもコメントありがとうございます。
「フュッセンの死の舞踏」、あの適当なセリフ入り、正統派のjijidarumaさんにみられて恥ずかしい〜〜(/ω\*)。
きっとあそこはそうじゃないよ、と言うのがあったでしょうね。
「死の舞踏」、いろんなところにありますね。
ベルント・ノトケの「死の舞踏」といったら、リューベックのあれですね。といっても複製ですが。
タリンのニコラス教会には本物が残されているとか・・。いつか観たいですね。
実はリューベックも今回のフュッセンも「死の舞踏」を見たくていきました。
フュッセンのはリューベックのものが頭にあるせいか、もっと巨大なものを想像していましたが、意外に小さくて驚きました。
世の中がこんな状態でなかったら、私がもっと若ければ、「死の舞踏」をテーマにした廻る旅も面白そうだと思いました。
まだ、骸骨から踊りに誘われないうちに、早く正常な世界に戻ってほしいものです。
ありがとうございました。
himmel
-
- salsaladyさん 2022/03/08 10:15:19
- 中世の回廊~ロシアへの偽の逃避回廊~
- ☆こんな時に、中欧や東欧圏から遠く離れているだけで、4tra.など呑気に世間を覗いていていいの?と不安を覚えながらの検索ですが。。。
☆ドイツに傾倒するhimmelさんにとってウクライナはどの程度の関心事なのか?来てみました。
☆日本語教室に関わった頃、ウクライナからダンスの出稼ぎに来ていた女性が日本人と結婚できた!と喜んで。。。しかし日本語を習いたいのに赤子がいるから思うように参加できないと~時々出張レッスンに伺った当時から、ウクライナの自然や女性の美しさに反して経済的な不安が付きまとう現状を。。。既に10年経過hしてますが、今のウクライナに帰国したのか否か?(フライトでもtransitを入れれば20時間以上?)。。。
☆今やウクライナだけの戦争ではなく、アメリカ参戦が有れば第三次世界大戦へ❓
- frau.himmelさん からの返信 2022/03/09 15:16:06
- Re: 中世の回廊~ロシアへの偽の逃避回廊~
- salsaさん、こんにちは。
コロナに加えて、今また戦争まで・・・、我々の住む世界は一体どうなっていくのかと恐ろしくなります。
今までのドイツ旅行の中で、私は独裁者の第三帝国やユダヤ人の大量虐殺、そして冷戦時代の東側の恐怖政治、密告社会、世論のシャットアウトなどなど、いろいろ勉強してまいりました。
今回のロシアによるウクライナ侵攻(もう侵略ですね)は、まるでそれに輪をかけた酷い出来事、歴史は繰り返すって本当ですね。
それに今はロシアの独裁者は核をちらつかせていますから、これが使われるとこの地球はどうなるのか、もう滅亡しかありません。
あのロシアの独裁者の目を覚まさせる何か手立てはないものかと切に思います。
テレビを見ていても幼い子供が泣きながら逃げまどっている姿や、家を焼かれて泣き叫んでいるお年よりの姿を見ると、もうたまりません。
どうして、何の罪もない民間人が犠牲にならなければならないのか、もの凄い憤りを感じます。
salsaさんがおっしゃっている「人道回廊」って一体何ですか!!
ロシアに誘導したり、地雷を仕掛けたり・・・。
人道って「人の道」、ロシアのやって入ることは人の道に外れたことをやることでしょうか!!
ロシアの今回のやり方については言いたいことがあり過ぎて収まりませんのでこの辺で止めておきます。
一つだけ。
昔、帝劇で観た森繁久彌さんの「屋根の上のヴァイオリン弾き」。
ウクライナと言うとあの美しい「陽は上り・・、陽は落ちて・・・」の美しい旋律が思い出されます。
himmel
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