2013/08/18 - 2013/08/28
166位(同エリア399件中)
さすらいさん
ご無沙汰しております。約10年ぶりの投稿になります。写真を整理していたら、過去の旅行の写真がありますので、旅行記と言うよりも一つのテーマとしてあげたいと思います。ネガフォトですのでデジタルと違う味がある写真です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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シンドラーのリスト見て、愚かな出来事、戦争とは何だ・・考えたくここに来た。関係者に不快な表現があったならばご容赦ください。
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右に行っても、左に行っても同じ結果だった。
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収容所。今では爽やかな緑の空気が流れている。
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何人の収容された人たちは、この電流有刺鉄線に決死の行動に出たのか。。
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クラクフの街では、静かな佇まい。気のせいか知れないがダークな色あいだ。
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パラダイスと言われ、連れてこられた終着点。
収容所の写真あるが、アウシュヴィッツ収容所実際に来て感じてもらいたい。
次は、数年後訪れた、ドイツ、ベルリンを訪問します。 -
二年後ポーランドに侵攻した、ドイツベルリンを訪ねた。
ブランデンブルク門、カップヌードルの映像が思い出す。 -
あらゆる所に東西の壁の跡がアートで飾ら得ている
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すっかり観光地だ。
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東西真っ二つ。
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有名な壁画。
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次は、日本の戦争の行く末を連合国を会議した所、ポツダム。
ベルリンから40分程の緑囲まれた郊外だった。
改めて、ポツダム宣言とは、1945年7月26日,ポツダム会談で発せられた対日共同宣言アメリカ・イギリスが中国の同意を得て発したもので,日本の無条件降伏・武装解除,民主主義の実現,連合国による管理,日本の領土規定などを内容とする。
すぐ受け入れていれば、原爆はなかった。 -
教科書に目に焼き付いていた。
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約2週間かけて、この会議室でトップ達が話し合ったのだ。
いま、僕はその分岐点に立っている。。70数年前の事だか、日本から飛行機で12時間かかる、このポツダムで決められたんだ。。と感慨にふけた。 -
ここは、ベルリンの郊外の避暑地だ、連合国の主席もリゾート兼ねて夜は美味しいもの食べながら。。なにか複雑だった。
そして、日本は8月15日 ポツダム宣言受け入れ 降伏した。
戦争の足跡を追った旅でした。。終わり
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