2022/01/31 - 2022/01/31
380位(同エリア803件中)
ヘチマさん
GoogleMapの目的地を井野長割遺跡とし、片道3Km程度の長距離散歩をしました。
井野長割遺跡は昭和44年の小学校建設時に発見され、現在まで多くの調査が行われている国指定史跡です。詳細は以下を参照ください。
http://www.inba.or.jp/data/ino.html
ここは縄文時代後・晩期(今からおよそ4,300~3,000年前)の遺跡であり、直径80m程度の遺跡中央の窪み(中央窪地)に沿って高低差2m程度の盛土が環状にめぐる「環状盛土遺構」を特徴とします。
縄文時代の海面は今よりも高く、内陸まで海(汽水域)が複雑に入り込んでいました。(縄文海進の地図は以下参照ください)
http://magnoliachizu.blogspot.com/2014/01/blog-post.html
始めての訪問であり、周囲から眺めるだけでしたが、その場の地形や雰囲気から、海近くの日当たりの良い台地上に住む縄文時代の人々の生活を想像する事ができました。
写真で左側の段丘崖上の森の中に遺跡があります。
遺跡の右側の段丘崖下(谷)は、多分、海(汽水湖)だったと思います。
追記)私は東日本大震災発生よりも10年以上前、出張帰り?の飛行機から地上を眺めていた時、以下の不思議な体験(幻視?)をしました。
飛行機は仙台-成田間(多分、いわき付近)を海岸と平行に飛行中でした。が、それまでの風景と異なり家屋や岸壁などの人工物が見えずに、遠浅の海と波と海岸のみが見えました。不思議な光景なので目の錯覚かと思いながら何回も見直した記憶があります。
その後、大震災が発生し、テレビ報道を見た時、上記の幻視と大津波が似ていた為、予知だったのか?と驚きました。
しかし、最近、幻視は大津波ではなく、縄文海進の頃の景色が見えたのかな?と思うようになりました。
今後も、縄文時代の生活に関して、興味を持って色々と考えていこうと思います。
- 同行者
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- 交通手段
- 徒歩
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周辺は住宅地の造成中でした。
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遺跡を見渡せる場所に小さな公園があります。
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公園から溺れ谷を挟んで、標高約27mの台地の上に遺跡があります。
縄文海進の時は標高8m程度が水面らしいので、多分、段丘崖下の谷も海(汽水湖)だったと思います。
遺跡にある貝塚ではヤマトシジミが多く見つかるそうです。
表紙写真も同じ場所から撮影したものです。
日当たりの良い、海沿いの台地は住みやすそうな場所です。
また、ここの井野という地名は、地下水が豊富で井戸が多い野原という意味のようです。
自然の泉(井野清水)も近くにあります。 -
遺跡の入口は住宅街の中にあり、看板と説明資料が掲示されていました。
しかし、遺跡内は立ち入り禁止らしく、周囲から見ることしかできません。 -
説明資料をスマホで撮影しました。(当日はカメラを持参しませんでした)
後で調べれば、同じ資料が見つかるだろう、と思っていましたが、見つかりません。
さらに詳細な資料は、Googleで色々と見つかります。 -
遺跡内には盛土らしい場所も見えます。
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この辺りが中央窪地でしょうか?
集落の中心にあり、皆で焚火(キャンプファイヤー)や食事をしたのかな?などと想像しました。 -
隣接した道路や公園から見る事ができます。
昔の人々の生活を想像しながら散歩するのに良い場所でした。
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