2021/11/19 - 2021/11/22
4980位(同エリア5543件中)
ルーシーさん
2021年11月は北陸へ
紅葉を楽しみながら100&続100名城を巡る3泊4日ドライブ旅
福井県、滋賀県、石川県、富山県のお城(100名城&続100名城)を巡ってきました。
1日目は福井県
初めての福井県
東尋坊も永平寺も温泉もスルーして
お城4城を巡って戦国時代にトリップしてきました。
スケジュール
9:30-10:35 JL185 羽田-小松空港
11:40 丸岡城
12:50 越前大野城
13:40 ランチ
14:40 一乗谷城
16:00 福井城
16:40 越前北の庄城
17:30 福井市内ホテル
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ジャルパック
-
JL185 9:30-10:35
羽田空港から小松空港へ
本日も快晴なり
富士山がキレイに良くみえる -
機長から
気流を避けるため低空で飛行しています
山が良く見えるので景色をお楽しみください
とのアナウンスが短いフライト中に2回も!
ほんとに山肌まで良く見えるわ~
小松空港までずっと快晴で快適なフライトでした -
10:50
小松空港到着
レンタカーを借りて福井県へGO -
11:40
丸岡ICから5分ほどで到着
丸岡城
北陸に唯一残る現存天守12城の1つ -
お城の特徴の1つは笏谷石
かつて福井市の足羽山で採掘された
青緑色で水に濡れると深い青色に変化する名石で
北前船の交易品 -
屋根は
全部石瓦で6000枚
重さは120トン! -
戦国時代
天正3年に越前一向一揆に勝利した織田信長が
次の戦い 加賀一向一揆と上杉謙信に備えて
拠点だった豊原寺を柴田勝豊(勝家の甥)に
柴田勝家には越前国北の庄築城を命じたのがはじまり -
勝豊は翌年1576年に丸岡に移り築城
現在の建物は寛永年間に作られたもの
明治の廃城令で売却されるも丸岡町に寄贈 -
さすが現存天守
400年の歴史が詰まったお城でした -
丸岡ICから
福井北JCTを経由して大野ICへ
13:00
見上げるこの階段は
亀山公園西登り口
案内板には「急な階段が続きます」の文字 -
息が切れる~~
途中の広場で一休み
こちらにいらっしゃるのは
江戸時代の第7代藩主 土井利忠
19才で藩主になり
飢饉で財政難になった大野藩を立て直した名君 -
紅葉がきれい
-
でも
長い階段がみえる~
まだまだ登らなくちゃ -
やっと。やっと。
階段を登り続けて10分
到着~ -
越前大野城は 続100名城
スタンプは入場後に押印できました
11月は雲海がでて 天空の城 がみれるベストシーズン
12月~3月は冬季休館なので
間にあって良かった -
城下町の眺め
-
石垣は野面積み
-
こちらは初代城主 金森長近
天正3年(1575)越前一向一揆で勝利
織田信長から大野を与えられて
大野城を築城 -
最後にもうひと目
白壁が青空に映えてる -
お腹すいた~
ランチは 名物 越前そば
ボリュームたっぷり
美味しかった~
ごちそうさまでした -
14:40
一乗谷朝倉氏遺跡へ
戦国時代の街並みがそのまま残る貴重な遺跡は
国の重要文化財、特別史跡、特別名勝のトリプル指定 -
復原街並入口で100名城スタンプを頂いて
おすすめ見学ルート
所要時間1時間の
ちょっこしルートを歩いてみることに
復原町並み
だ~れもいない街を散策
塀に囲まれたお屋敷や町屋が計画的に並んでます -
町屋には色々なお店があって
中を覗くと沢山の人がいてびっくり -
VRで再現された街では
応仁の乱から逃れた京の文化人や僧侶が住み
北陸の小京都といわれ
最先端文化と活気で溢れていたと -
復元街並み模型
越前国の戦国大名朝倉氏が103年間治めた城下町は
天正元年(1573)5代目朝倉義景が織田信長に敗れて焼き払われ
発掘されるまで田畑の下に -
一乗谷川を渡って
-
城主 朝倉殿の御殿
-
朝倉館跡を通り抜けて
山を少し登った高台へ
特別名勝一乗谷朝倉氏庭園の4庭園の1つ
湯殿跡庭園からの眺め -
見事な石組のお庭
-
中の御殿跡
-
諏訪館跡庭園
ヤマモミジが庭園を彩ってます -
遠くに城下町の正門
土塁でできた上城戸跡を眺めて
見学ルートは終了 -
下城戸跡
巨石でできた城門
戦国時代にタイムスリップできる一乗谷朝倉氏遺構
楽しかった~ -
16:00
福井城へ
現在は福井県庁
スタンプは福井県庁の1Fロビー受付にあるので
県庁の地下駐車場に駐車したら
どーみても県庁に用があるようにみえない私
スタンプをもらうまでに
たくさんの職員の方のお世話になってしまった
さすが本丸 -
福井の地名の由来になった
井戸 「福の井」 -
山里口御門
-
天守台跡と山里口御門
御廊下橋は藩主専用の橋 -
お堀の周りを歩いて
坤櫓跡と現代の天守 -
御橋
-
石垣は 福井名産の越前青石
丸岡城と同じ笏谷石 -
石垣の上は散策路になってました
-
県庁玄関前にいらっしゃるのは
初代福井藩主 結城秀康
1600年越前68万石を拝領
6年かけて福井城を築城
徳川家康の次男なのに
なぜ徳川じゃないのかって?
結城家に養子に出されたからなんですって -
16:40
柴田神社
雑居ビルが立ち並ぶ繁華街に建つ鳥居
気づかず通り過ぎちゃった -
越前北の庄城址
題字は
柴田勝家の末裔の
平山郁夫画伯 -
柴田勝家像
北の庄城は
天正3年 (1575)一向一揆を滅ぼした柴田勝家が
信長より越前を与えられ築城
本能寺の変、
信長の妹 お市の方を妻に迎えるも
天正11年(1583)賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れ、
北ノ庄城にてお市の方と共に自害。 -
お市の方にあやかって
モテ祈願できます -
お市の方
有名な戦国時代一の美女
美祈願すればご利益は。。
織田信長の妹で
1567年 近江の小谷城主 浅井長政と政略結婚し三姉妹をもうける。
両家は同盟を結ぶも、
1573年 夫は兄信長に敵対して戦いに敗れ自害。
1582年 信長の重臣だった 柴田勝家と再婚
1583年 賤ヶ岳の合戦で秀吉に敗れ、北の庄城で勝家と共に自害。
享年37歳 -
浅井三姉妹
北ノ庄城の落城で救出された娘たち
三姉妹のその後は、
長女「茶々」豊臣秀吉と結婚。秀頼の母。淀殿。
三女「江」徳川2代将軍 秀忠と結婚。家光の母。
次女「初」小浜藩主 京極高次(従妹)と結婚。
大阪夏の陣で対立する豊臣の長女と徳川の三女の間で、仲介に奔走した次女
母に劣らず娘たちの人生も波乱万丈。
美人の代償は数奇な運命かな。 -
11月はカニ漁解禁に沸く福井県
福井駅前にはあちこちにカニの売り場が出現中
越前カニのお値段にびっくりなんですけど。。。
庶民なので「セイコかに」で十分でございます -
今夜は月食
-
晩ご飯はお部屋で食べることにして
奮発して越前カニのお弁当
美味しかった~
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