2021/11/10 - 2021/11/12
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akitaineさん
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隠岐の島考古学ツアーに行ってきました。
はじめて訪れる隠岐の島。古墳・神社・相撲・断崖絶壁の荒々しい自然・日本最古の岩石が採れる場所・巨大杉と見どころ満載でした。個人的な旅行もいいけど、見どころを効率的に回るためと専門家の解説付きのツアーはとても便利でした。
2泊3日の旅程でしたが、実際はもっと長い旅だったように感じられました。
前半は、初日の島後(どうご)の隠岐国分寺と隠岐自然館、2日目の島前(どうぜん)自然と歴史探訪です。
【訪問した場所】
第1日目(島後):隠岐国分寺、隠岐自然館
第2日目(島前):碧風館、黒木御所址、西ノ島ふるさと館、赤尾天望所、通天橋、由良比女神社、美田尻古墳
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通手段
- 観光バス 船 JALグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ストーリーに入る前に、事前情報を。
観光地に行くと、駅や空港、公的な施設などに案内パンフレットがたくさん用意されています。
今回も厚さ3㎝くらい、どっさりもらってきました。
各地の担当者が工夫してアピールしているものなので、その視点を見るのも面白い。
写真は「隠岐島前・島後神社Map」
隠岐諸島は、大きく分けて2つのエリア~島前・島後に分かれていて、総計面積は約346平方キロメートル。人口は19550人。大きい島後で242.8平方キロメートル。これは琵琶湖の36%にあたります。さほど大きくない面積。
隠岐諸島は180の島があるが、それと同じぐらいの神社がある。
今回は、その中で代表的な神社を訪れましたが、特徴的なこととして、神社の近くに古墳が多いことでした。神社は聖域。古墳も昔の人が崇敬していた場所。いわば神社の前身といってもいいかも。
本土にも神社と古墳がセットになってもいいような気がしますが、都市化や長年の歴史の流れの中で隠岐のように近接を意識したことはありませんでした。
島だからこそ、かつての姿を残しているのか、、、。ワクワクします。 -
大阪から飛行機で1時間足らずで、隠岐世界ジオパーク空港に到着。(ジオパークと名打っています!)すでに午後半ば。
最初に訪れたのは空港からバスで10分くらいの隠岐国分寺。
奈良時代741年聖武天皇の詔により全国に建てられたお寺の一つです。古代の国分寺も、ほぼ同じ位置に建てられていたことが最近の調査によってわかってきました。
奈良時代から隠岐は一つの国として認められていたのですね。 -
国分寺の隣にあるドームは、「隠岐モーモードーム」。隠岐は牛突きでも有名です。
-
国分寺の後ろには、後醍醐天皇の行在所とされる地があります。
後醍醐天皇が隠岐に流されたのは、1332年。その翌年には隠岐を脱出しています。滞在期間が約1年間と短い期間ですが、御在所の言い伝えは、この島後と島前の黒木御所があり、各地を転々とされたのか、不明な点も多いのです。 -
この付近にも隠岐諸島最大規模の平神社古墳群が広がる。
さらにその奥には神社がありました。写真の祠は多分、「王城鎮護社(後醍醐天皇像を祀る)」。
個人的には、こちらのほうが神秘が満ちている感じで心惹かれました。 -
神社から戻る道。
国分寺と三角形の山が午後の光にあたっています。
隠岐の島は火山島。 -
本日2番目の訪問地。今日はこれで終わり。
隠岐自然館&隠岐ジオパークビジターセンターの内部。
ワンフロアに地殻変動や動植物の展示があって、事前知識を得ることができました。
2.5億年前、隠岐はパンゲア超大陸の一部であり、そのときに形成された隠岐片麻岩が産出されています。実物展示があります。
ちなみに、宿泊したホテル「隠岐プラザホテル」の浴槽は、片麻岩で覆われていました。そうと知ると太古の地球を感じたお風呂でした。
また、隠岐は海流の関係で、湿度が高く、雨が降りやすい地。古代より人々が住める環境だったのですね。また、2000年の樹齢を持つ巨木杉があります。今回は3日目に見学できるので楽しみです。 -
これが隠岐片麻岩。隠岐自然館に展示。
薄い茶色ベースで、白い筋が入っています。平たく加工すると筋目がきれいに見えます。
くどいようですが、2.5億年前! -
館内の地図。
中少し右側に「岸浜峠の黒曜石と真珠岩」とあります。
黒曜石は、縄文時代に刃物代りに使われた貴重な石。日本国内では限られた場所でしか産出されず、隠岐の島はその一つです。
隠岐の黒曜石は、島根県以外にも山口県、香川県、滋賀県でも発見されているそうです。どのような伝播経路をたどったのでしょうか。ロマンですね。 -
隠岐自然館の前の夕暮れの海。
右側に見える建物は、西郷港フェリー乗り場。
明日は、ここからフェリーに乗って、島前に行きます。 -
第2日目。
フェリー乗り場1階の時刻表。
「フェリーしらしま」西郷港8:30発ー別府港10:05着です。
隠岐諸島内、意外に時間がかかる。 -
しらしまの船体。水木しげるさんの「ゲゲゲの鬼太郎」漫画入り。ねずみ男、一反木綿もいます。
水木しげるさんは、鳥取県境港市出身ですが、ご先祖のルーツは隠岐の島らしい。本名の「武良(むら)」は、島内に旧地名・武良郷としてありました。(現在の中村地域) -
船が出てまもなく白い波が立ってきました。
少し荒れています。晴れたり雨が降ったりの忙しいお天気。
しかし、船の中から虹が見えました。
海面からくっきりと出た半円の虹。
皆で大喜び。 -
1時間半ほどで、島前の別府港に到着。
すぐにバスに乗り込み、10分ほどで黒木御所址に到着。
御所址は、小高い丘の上にありますが、その麓に後醍醐天皇の歴史をまとめた碧風館という資料館があり、立ち寄り。
額の字は後醍醐天皇の手によるもの。
字はその人の個性を表しますね。
隠岐といえば、後醍醐天皇とその100年くらい前に流された後鳥羽上皇が2大スター。 -
この写真は、夕方フェリーに乗る前に対岸から黒木御所方面を撮ったもの。
写真には入っていませんが、左側平地に碧風館があり、右側鳥居の地点まで進み、階段を上って右側の突端近くの山頂に神社と黒木御所址があります。 -
鳥居を御所址へ続く階段側から見ます。
黒木御所址の黒木とは、木を丁寧に建築用に加工したものを白木と言いますが、反対に鉋で削られていない木を黒木といい、そんな簡単な加工でできた建物であったということです。天皇とはいえ、配流された方の住居は簡素なものだったのですね。 -
そして、階段を上ると、、、。
-
雑木に覆われていますが、左側の階段上が御所址。
今は木に囲まれ、眺望はありません。
見学を終えて、次の目的地・西ノ島資料館に行きました。
バスで5分ほどの港前にあります。写真は撮りませんでしたが、縄文・弥生・古墳時代の土器や埋蔵文化物の陳列、島の生活用具などの展示がありました。 -
島前は沈没した火山の一部が残っているリアス式地形です。
写真は、西ノ島の船引運河。全長340m、幅12m、水深3m。
運河があるおかげで、内海と外海を短時間で行き来できます。 -
西ノ島の西側は断崖絶壁の景勝地。
バスがどんどん上がっていきます。 -
荒々しい波の浸食でできた地形。
丘の上は草地で牛の放牧も行われています。 -
本当は鬼舞展望所に行く予定だったのですが、風が強くキケンということで赤尾展望所に行きました。
先にうっすら本土・島根県が見えた。本土との距離は島根半島65㎞、松江80㎞。 -
島前は、島後が一つの丸い形の島であるのに対し、大きくは3つの島に分かれています。500万年前、火山活動により、一つの大きな火山ができ、地下のマグマだまりが空洞化し、陥没。カルデラ形成。その中央に新たな火山が噴火。それが現在の焼火(たくひ)山。その後地殻変動により火山が海に沈み、カルデラに海水が入って現在の形になりました。
丘の上から元カルデラの地形を確認。
島前は現在の3つの島と海を含んだ大きな山の島だったのですね。 -
カルデラ説明板。
-
それでは、次の絶景スポット・国賀浜に向かいます。
丘の上の駐車場から奇岩が見えます。正面の尖った岩が観音岩。
遊歩道を下るとさらに真近に見えます。 -
浜まで下ってきました。
標高で50mくらい下ったでしょうか。 -
振り返ると、先ほどまでいた赤尾展望所が海の向こうに見えます。
台形の右端。 -
行き着く先にあるのは通天橋。
岩が橋のように浸食されています。 -
帰途、道路脇で牛が放牧されていました。
鬼舞展望所では、もっと近くで牛が放牧されていて、観光パンフなとでよく紹介されています。
第2日目は、島前を1日中見学し、夕方のフェリーで島後に戻ります。
島前では、あと2か所、由良比女神社と美田尻古墳がありますが、長くなるので後半に。(続く)
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