2021/09/27 - 2021/09/28
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funasanさん
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秋田観光と言えば‥‥
・奇跡のガン治療「玉川温泉」
・神秘的な「田沢湖」
では、「久保田城」は?
よほど城好きの人でなければ「久保田城」は知りませんよね。
では、「秋田美人」は?
友人に秋田に行ってくる、と話すと、すかさず「秋田美人を探してきて」という返事がきました。それ程までに「秋田美人」の知名度は高いです。
今回は友人のリクエストに答えるべく、久保田城と秋田美人の謎に迫ってみました。
写真:久保田城の「御隅櫓」
私の新著出ました。
『ホテル上級会員の世界ーマリオットのプラチナに憧れ、ヒルトンのダイヤに目がくらんだ、シニア男性の夢物語』
私のホームページに上記書籍の紹介あり。
『第二の人生を豊かに』
http://www.e-funahashi.jp/work/index.htm
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東北周遊のドライブ旅行は終盤にかかりました。秋田市では「ルートイン グランティア秋田SPA RESORT」(写真)に泊まりました。値段は1泊2名朝食込みの総額で13800円(1人6900円)です。
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ルートインにしてはちょっと高めの値段ですが、理由があります。このホテルはスーパー健康ランド「華のゆ(天然温泉)」併設で、13種類のお風呂とサウナが無料で楽しめます。「温泉旅館併設ルートイン」と言えるかもしれません。
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部屋は最上階の広めのツインルーム(写真)でした。弘前から秋田までドライブの時間がかかり、夜になって秋田市内に到着したので、そのままホテルで夕食にすることにしました。
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このホテルには海鮮ダイニング「はなの夢 まぐろや」があり、居酒屋の雰囲気で食事ができます。長旅の疲れを温泉大浴場で癒し、ホテル内の居酒屋で地元の食材を楽しみ、そのまま部屋に帰ってきて寝る。誠に便利で快適です。
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13種類のお風呂とサウナで遊んだ後は、さあ~、夕食です。前菜類として「まぐろ・アボカドシーザーサラダ(790円)、いぶりカキポン酢(590円)、あさりバター(590円)」を注文しました。それぞれの単品の値段が安いので気楽に注文できます。
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メインとして「串焼き盛り合わせ(790円)」「まぐろメンチカツ(590円)」ご飯ももらって美味しい夕食になりました。合計約4000円。我々夫婦はお酒を飲まないので、居酒屋に入ってもお安く仕上がります。
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目覚めの朝、窓からは秋田市街が見渡せます。今日もお天気が良く、絶好の観光日和です。部屋で持参のスターバックスのドリップコーヒーを淹れてモーニングコーヒーを飲みます。その後は「朝風呂」直行です。朝から天然温泉の大浴場を満喫します。
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朝風呂の後は、豪華な?無料朝食(写真)です。ここはルートインでもワンランク上の「グランティア」だけあって、朝食が少しアップしています。ご飯の代わりに、秋田名物の「稲庭うどん」を頂きます。
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「グランティア」とは“壮大な”という意味をもつイタリア語に由来するそうで、普通のルートインでは少し物足りないお客にワンランク上のサービスを提供するホテルコンセプトです。お腹いっぱい、ごちそう様でした。
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さあ、秋田観光のはじまりです。今日も歩け歩けで市内を歩き尽します。まずは久保田城がある千秋公園に向かいます。公園前の「穴門の堀」(写真)がとても綺麗です。
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穴門の堀の前はJR秋田駅に向かう幹線道路「広小路」で、この道路に面して秋田キャッスルホテル(写真左)が建っています。ロケーション抜群のキャッスルホテルです。
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お堀を渡って千秋公園に行く道路沿いに直立不動の青い銅像(写真)がありました。標識を見てみると「東海林(しょうじ)太郎」でした。
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東海林 太郎(1898年~1972年)は秋田市出身の歌手で、ロイド眼鏡・燕尾服を着用し直立不動の姿勢で歌うという特徴がありました。第二次大戦前に人気の高かった歌謡曲の歌手ですが、何故か私は彼の「国境の町」が好きでした。
https://www.bing.com/videos/search?q=%e6%9d%b1%e6%b5%b7%e6%9e%97%e5%a4%aa%e9%83%8e%e5%9b%bd%e5%a2%83%e3%81%ae%e7%94%ba&&view=detail&mid=0C77D5FB87E3B555A6A90C77D5FB87E3B555A6A9&&FORM=VDRVRV -
千秋公園の中にある久保田城の「本丸表門」(写真)に来ました。久保田城を築城した「佐竹義宣(よしのぶ)」の人生遍歴は波乱万丈でちょっと面白いです。
注:私は歴史については全くの素人でネットで調べただけですので、もし間違いがあればご指摘下さい。 -
佐竹義宣は1570年、常陸国 (ひたちのくに:現在の茨木県)名門一族の嫡男として生まれました。当時の佐竹家は、北に奥州の伊達政宗、南に関東の北条家に対峙していました。
写真:久保田城「表門」 -
さらに伊達家と北条家は同盟を結んでおり、挟み撃ちの危険性がありました。ここで義宣は積極的な外交政策に打って出ます。上方の豊臣秀吉に接近し、重臣の石田三成や越後の上杉景勝と気脈を通じるようになりました。
写真:久保田城跡 -
義宣は水戸城に居城を移転し、豊臣政権の下で大活躍します。そして、最終的には、文禄4(1595)年、太閤検地によって54万石が与えられました。戦国末期において全国400近い諸大名の中で54万石を有する佐竹義宣は全国第8位の領主になりました。大成功です。
写真:千秋公園 -
ところが秀吉の死後、事態は急展開します。1600年、関ヶ原の戦いにおいて、佐竹家(義宣)は当初は東軍に属していたようですが、西軍の雄「石田光成」と懇意でもあったので、結局、関ヶ原の戦いは「どっちつかず」となりました。
写真:佐竹義堯公銅像 -
その結果、徳川家康の戦後処理として、佐竹義宣は常陸国(ひたちのくに:茨木県)から秋田へ転封の上、54万石から20万石に大減封されてしまいました。佐竹義宣を追い出して水戸に入ってきたのが徳川家康の第11子の徳川頼房です。
写真:久保田城御隅櫓 -
徳川御三家の1つ水戸藩35万石の基礎は初代の頼房から2代「徳川光圀」の時代に築かれました。そして、幕末になり第9代藩主「徳川斉昭(なりあき)」の尊王攘夷思想で時代の表舞台に出て、最後は、斉昭の実の息子、第15代将軍「徳川慶喜」によって徳川幕藩体制が終わります。
写真:久保田城御隅櫓の中でのパネル「参勤交代」 -
一方で、水戸を追い出された佐竹義宣は、この移転先の秋田で久保田藩の礎を築きました。当時から秋田の主な商品作物は米でした。藩の財政を安定させ、常陸国から同行した家臣達に土地を支給するためにも、新田の開発は藩にとって重要な課題でした。
写真:久保田城御隅櫓の中 -
家臣達は原野を切り開き、水路を通して水田を作り、藩政の初期から100年間にもわたって新田開発は成し遂げられました。また、鉱山の開発も盛んに行われ、金・銀の産出量が増えて藩の財政を支えました。
写真:久保田城御隅櫓の天守からの眺め -
ところで、秋田美人(あきたびじん)とは、「秋田県出身の美人を指す。瓜実顔で鼻筋が通り、目が大きく二重瞼、眉が端ですこし垂れた感じ、背も高く均整がとれていて、肌色が白く透き通っているなどの特徴が見られ、京美人・博多美人とともに、「日本三大美人」と並び賞される。雄物川上流の内陸部には、典型的に色白な美人集団がいるといい、盆地側の大曲、角館を含む仙北郡一帯は特に美人の誉れが高いという」とウィキペディアにまで載っています。
写真:秋田市民俗芸能伝承館・ねぶり流し館の館内展示より -
秋田県内に集団的に美人が多い地区がある。ここから歴史ヒストリアの俗説がはじまります。豊臣政権で押しも押されぬ大名となった佐竹義宣は54万石の領地を没収され東北の秋田に左遷させられてしまいました。
写真:久保田城御隅櫓の天守からの眺め -
自分の優柔不断の身から出た結末ですが、さぞ、悔しかったのでしょう。彼は領内の美人達をかき集め秋田に連れて行ってしまったそうです。この話は三河生まれの旅行家、博物学者として有名な菅江真澄(すがえますみ:1754年~1829年)の『菅江真澄遊覧記』に書かれているという。
写真:大手門の堀 -
斎藤茂吉が秋田を訪ねたとき、「朝、宿の前に立っていれば美人をごらんになれますよ」とすすめられ、茂吉は登校する女学生の列をいつまでもながめていたという。(参考:朝日新聞社編「秋田美人のこと」昭和39年)
写真:大手門の堀に咲く「蓮の花」 -
大宅壮一は「秋田の美人地帯は田沢湖付近、角館が中心となっている。なるほど、色が白く‥」(参考:大宅壮一全集「秋田美人は白砂糖」昭和57年)
写真:秋田駅前の「秋田西武デパート」 -
司馬遼太郎は『アメリカ素描』において 「秋田県には美人がいる、などとことさらに評判になるのは、大正末、昭和初期だと私は思っている。外国映画が入ってきて、西洋美人をふんだんに見ることによって、日本人の美人の基準が変りはじめた。同時に、似たようなのが秋田県にいるではないか、とにわかに気づいたのが秋田美人が喧伝されるきっかけだったのではないかと思うのである。」と記した。(参考:「美人の基準」平成10年)
写真:西武デパートから秋田駅に向かうアーケード -
これだけ多くの文化人が「秋田美人」を語っているので、その真実を知りたい。私は友人からのミッション「秋田美人を探せ!」を実行に移すために千秋公園から歩いて秋田駅まで行き、駅周辺を徘徊してみました。
写真:アーケードの階段のデザイン「白神山地」 -
ところが……
そこで出会った人達は「おばあさん」が多かったです。平日の昼間から、ぶらぶら駅周辺のベンチで休んでいる若い人はいないですね。そして、時々すれ違う若い女性は色白で全員綺麗に思えました。何しろ顔の半分がマスクで覆われているので想像力だけが舞い上がっていきます。真相は不明です。
写真:JR秋田駅 -
でも、遂に秋田美人を見つけました。駅の構内に堂々と美人達の顔写真(写真)が掲示されています。秋田の宣伝用ポスターで、「びのくにあきた」を感じて下さいとあります。大いに感じましたね。デジカメで1人1人の写真を撮らせて頂きました。
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秋田の市内観光はまだまだ続きます。秋田駅から再び千秋公園にもどり、今度は逆方向に歩きます。旭川を渡り「秋田市民俗芸能伝承館」愛称「ねぶり流し館」(写真)を見学します。観覧料100円。
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1階展示ホールでは秋田の祭り、竿燈・土崎神明社祭の曳山行事のパネル・梵天などを常設展示しています。高い天井に届きそうな竿燈(かんとう)は圧巻です。これを1人で持って街を練り歩くそうです。
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竿燈(かんとう)は、毎年8月3日 - 6日に秋田県秋田市で行われる祭り。祭りの正式名称は「秋田竿燈まつり」。竿燈全体を稲穂に、連なる提灯を米俵に見立て、額・腰・肩などにのせ、豊作を祈る。重要無形民俗文化財に指定されており、青森のねぶた祭り、仙台の七夕まつりと並んで東北三大祭りの1つとされる。以上、ウイキペディアより
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興味のある方は以下のサイトをご覧下さい。
◎秋田「竿燈祭り」のホームページ
https://www.kantou.gr.jp/ -
秋田市内観光の最後は「赤レンガ郷土館」(写真)です。赤れんが館は明治45年に建てられた旧秋田銀行本店で、昭和44年まで銀行として使用されていました。紅白のコントラストが美しい外観は、ルネサンス様式を基調としています。
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館内に入るとまず目に飛び込んでくるのが、広大な吹き抜け空間の旧営業室。内部はバロック様式を取り入れた設計で、大理石や漆喰、木彫りの装飾が華麗な雰囲気を醸し出しています。
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2階に上がる階段(写真)には赤い絨毯が敷かれ、周りは純白の大理石です。私達夫婦はこういうヨーロピアン的な建築が大好きで、日本の各地を旅行すると、必ず訪れます。
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秋田美人についての司馬遼太郎の記述にハッとしました。「外国映画が入ってきて、西洋美人をふんだんに見ることによって、日本人の美人の基準が変りはじめた」
私もそうでした。理屈ではありません。西洋美人はきれいで魅力的です。さらに、西洋の建築も、西洋の音楽(クラシック音楽)も、そして、西洋料理も好きになってしまいました。悔しいことですが、私の身も心も西洋に奪われてしまっています。だから、毎年のように妻と2人でヨーロッパに行きます。
→新潟観光に続く
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この旅行記へのコメント (2)
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- kazuさん 2021/11/24 01:08:20
- ルートイングランティア
- ルートイングランティアはいいですね!
石垣島ではいつも泊まります。ドーミーインも温泉と夜鳴きそばがあってよく利用します。四国ならルートインよりドーミーインが断然良いです。一度、泊まってみて下さい。ドーミーインプレミアムなら更に良いです。
- funasanさん からの返信 2021/11/25 06:16:42
- RE: ルートイングランティア
- ドーミーインは以前、小樽駅前で泊ったことがあります。
良かったですね。
マリオットやヒルトンにこだわらなければ、ビジネスホテルで十分です。
実は妻が「全国お城巡り」に乗ってきて、友人と四国の名城めぐりツアーに行くそうです。四国には現存する天守閣が沢山あるのですね。
勿論、松山城も行くそうです。
私は留守番です。
では、また。
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