2021/06/15 - 2021/06/15
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hijunoさん
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芦屋の歴史散歩をしました。
暑い一日でしたが、道端やお店、民家のアジサイが実に美しく、みとれてしまいました。
アジサイって、こんなに種類があったのですね。
阿保親王は平城天皇の子、在平業平の父です。
親王は打出浜の眺めを好まれていたようで、そのあたりに別荘があったとか。
この阿保親王古墳塚は実際の調査では親王没後500年ほど古いことがわかり、実施は近畿地方の有力者の古墳ではないかといわれています。
毛利氏の祖先でもある阿保親王。
芦屋を歩いていて、残念石と呼ばれる大きな石をよく見かけます。
これは大阪城築城の際に西国の大名に課せられた石の拠出により、
芦屋でも石を切り出し、船で運んでいたとか。
在平業平が芦屋に住んでいたという言い伝えから、あちこちに業平の名前がついています。業平橋、業平町、、などです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
まずは、こちらから。
親王寺。
阿保親王の別荘があったところといわれているそう。 -
親王はこちらのあたりからの打出浜の景色を好まれたとか。
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立派なお堂。
ここからは海は近いのですが、このお寺の沖の方を通過するときは、帆を下さなければ祟りがあるといわれていたそう。
「打出沖の海鳴り」といわれていたそうです。 -
扉に一文字に三ツ星の家紋。
阿保親王が一品親王といわれていたことから、この家紋が考えられたとのこと。
鎌倉幕府で活躍した大江広元の四男季光が毛利家初代になり、大江広元の祖先をたどると、平城天皇の皇子阿保親王にたどりつくことから、
長州藩の祖先は阿保親王となります。
長州のお殿様は江戸にのぼるとき、くだるときは、こちらの親王寺と
親王塚に立ち寄り、寄進をしていたそう。 -
ここにも家紋。
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かつて使われていた瓦でしょうか。
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近くのお店前で見かけた紫陽花。
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ブルー系はすがすがしい。。
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お寺から歩きだしますが、途中あちこちで紫陽花。
ピンクの紫陽花も可愛いです。 -
暑さを忘れそうな紫陽花。
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イチオシ
目が覚めそうな色合い。
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全然わかりにくいですが、こちらは古墳の上の部分。
草刈りをされていたので、下の部分、写真とれませんでした。
1500年前の古墳。
前方部は鎌倉時代に削られ、今は4.4mの後円部しか残ってません。葺石、埴輪が出土。珍しい二重の周濠も。
近くに打出小槌古墳もありましたが、室町時代に墳丘が削られ、今は残ってないそうです。
言い伝えがあり、阿保親王が村人たちを愛し、飢饉が起こったときのために、と、この古墳に金瓦一万、黄金一千枚を埋めたといわれてます。
そのことから、この古墳を金津山、黄金塚と呼ぶようになったとか。
阿保親王がこの土地で人々から慕われていたことがうかがわれるような気がします。 -
打出天神社。
菅原道真を祭神。 -
説明の看板。
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夏越の祓。
一年の折り返し、6月30日に神社で行われる行事。
1月から6月までの穢れを落として、残りの半年の無病息災を祈願するもの。 -
すぐ近くにツタに覆われた古い建物。
旧松山家住宅松濤館。
明治時代に大阪ににあった銀行を松山輿兵衛が美術品収蔵のため、購入移築したもの。 -
イチオシ
扉がなんともお洒落。
草が絡まり、その特徴が良く見えないのですが
ルスティカ仕上げの花崗岩が積む重厚な外観と縦長のアーチ窓、内側のロマネスク調の木製装飾が特徴だそう。 -
現在は芦屋市立図書館打出分室。
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阿保親王塚古墳へ。
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4世紀に築造された古墳。
現状は直径約36メートル、高さ3メートルの円墳で周濠が囲んでいますが、もともとは前方後円墳であったようです。
江戸時代に子孫と称する長州藩によって大改修が行われたそう。
8面の銅鏡が出土し、4面は阿保山親王寺の寺宝になっているとのことです。
阿保親王(792-842)の時代とは築造年代が違うので、4世紀ころの阪神地域の豪族の古墳ではないか、、、といわれています。 -
イチオシ
厳かな雰囲気。
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宮内庁管轄。
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ここにも説明看板がありました。
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こんな石碑も。
森、確かに、今はもう森のようです。 -
こんもりと樹々が茂りっています。
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アガパンサス。
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親王塚の名前の橋。
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もうあちこち、紫陽花。。。
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イチオシ
こちらも、はっとするような美しさ。。。
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大阪城築城の際の石材は芦屋などからも運ばれたそうです。
その中で、結局は使われなかった石を残念石と呼んで、
芦屋には残念石をよく見かけました。
こちらにも大名の刻印が見えます。○に十、島津氏。 -
説明の看板。
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こちらにも。
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説明。
芦屋にも石の採掘場があり、大阪城築城に使われていたそう。
こんな大きな石を切り出し、船で運ぶ、、、大変な作業です。 -
業平大神、左に公光大神(写真には写っていません)と書かれてます。
在平業平は阿保親王の5男、芦屋に別荘があったといわれています。
伊勢物語の大ファンであった公光が業平の化身や霊と交信して、能や音楽に興ずるという話があります。
公光も芦屋に住んでいたといいます。
公光は藤原公光という歌人であったとか。
謡曲「雲林院」から、二人の結びつきで、このような祠ができたのでしょうか。 -
近隣の方でしょうか、とても熱心にお参りされていました。
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業平の歌碑。
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業平の説明板。
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最後に芦屋廃寺址に行きます。
7世紀の飛鳥白鳳時代に建てられた古代寺院。
名前は不明のため、芦屋廃寺と呼ばれてます。
今は、あたりは、すっかり住宅地となっています。 -
大好きな山アジサイ!
来年こそは、買ってみよう。。
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