2019/10/13 - 2019/10/13
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frau.himmelさん
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シュテーデル美術館は何度目だろう?
覚えているのは4回。その昔ツアーでさんざんヨーロッパを旅していたころも行ったと思うけど、ツアーの美術館見学ってほとんど印象に残っていないのですね。
さて、いつものようにバシャバシャと写真を撮りながら、ゆったりと至福の時間を過ごしていました。
すると館内放送が。「まもなく閉館時間になります」。
え!うそでしょう?まだ見ていない所がいっぱいあるのに・・。諦めきれない思いで急いで近くの作品を写真に収めます。
コツコツコツ・・・、人がいなくなった館内に響く靴音。そして、
「マダ~~ム・・・」。ついに係員の注意喚起の声。
「ごめんなさい、すぐ出ますから!」(/ω\)。
思えば列車の遅れでフランクフルト到着が2時間も遅くなってしまったのでした。時間も押していたのに、美術館に入ったら絵に没頭して時間を忘れてしまう私の困った習性です。
しかし帰国して、その膨大な名画の写真を前にしてあれこれ調べるのが、私にとってのすばらしい満ち足りた時間なのです。
老化防止・ボケ防止、またこのコロナ禍の外出自粛での余った時間の使い方と、1石3鳥にも4鳥にもなってくれます。
◆◇
足のむくまま気の向くまま館内を見て歩いたので、絵画の順番はバラバラです。一貫性はありませんのでご容赦を。
また題名も私の適当な翻訳のものもありますので、適当にご覧ください。
-
マイン川を散策しながらシュテーデル美術館に着きました。
美術館はシャウマインカイ通りにあります。この通りには様々な博物館や美術館がならんでいることから「博物館通り」とも呼ばれています。 -
1815年にフランクフルトの銀行家ヨハン・フリードリヒ・シュテーデルの遺言によって設立されました。そして1877年にはこの場所に新館が建てられました。
正面にそれを記念して、1815年と1877年のプレートが見えます。
受付でチケットを買って、まずは1階(実際は2階)の1800年から1945年の近代絵画から見て参ります。 -
まず最初に出迎えてくれたのはこの絵。私の中ではシュテーデルの顔だと思っている作品です。
ヨハン・ハインリッヒ・ヴィルヘルム・ティッシュバイン(1751-1829)
「ローマのカンパーニャにおけるゲーテ」1787
よく見るとゲーテの足が変だと思いませんか?
左足が2本あるようでしょう?
それでこの絵は有名なのです。
ゲーテがワイマールの宰相時代、イタリアに滞在していたティッシュバインは、ゲーテと共にイタリアを旅しました。 -
フィリップ・ヴァイト(1793-1877)、
「ベルナス男爵夫人の肖像」1838 -
ヨハン・ダヴィット・パッサーヴァント(1789-1861)
「聖家族とエリザベトと洗礼者ヨハネ」。
養父ヨゼフと聖母マリアとキリスト。
そして聖母マリアの従姉妹エリザベトとその子洗礼者ヨハネ。 -
ヨハン・ダヴィット・パッサーヴァント(1789-1861)
「ローマの風景の前のベレー帽の自画像」1818 -
エルンスト・デガー(1809-1885)、ナザレ派、
「若い女性の肖像」1835 -
ヨーゼフ・アントン・コッホ(1768-1839)
「ハイラス誘拐の風景」1832、ギリシャ神話
「誘拐」と言う題名に驚いてよく見たら、ニンフ(妖精)たちが、魅力的な若者ハイラスを「誘惑」している絵なのですね。 -
ウジェーヌ・ドラクロワ (1798-1863)、シェイクスピア「ハムレット」より
「墓場でのハムレットとホレイショー」(1835)
ドラクロワはフランスの19世紀ロマン主義を代表する画家。
「民衆を導く自由の女神(1830年、ルーヴル美術館所蔵)」は有名ですね。 -
ウジェーヌ・ドラクロワ (1798-1863)
「アラビア的幻想」1833 -
カスパー・ダヴィット・フリードリヒ(1774-1840)
『霧が立ち上る山脈』(1835ころ)
私の好きなドイツのロマン主義の画家です。 -
カミーユ・コロー(1796-1875)
「イタリア少女の肖像」1870
コローはフランス、バルビゾン派の画家。
風景画だけでなく人物画も素敵ですね。 -
カミーユ・コロー(1796-1875)
「早朝のアルバン山脈の眺め」1826-27
コローといったらやはり風景画。 -
カミーユ・コロー(1796-1875)
「イタリア・マリノの秋の風景」1826 -
カミーユ・コロー(1796-1875)
「夏の風景」1855-60 -
グスタフ・クールベ(1819-1877)
『冬の村の出口』1868
フランス写実主義 -
グスタフ・クールベ(1819-1877)
『波』1869 -
ポール・セザンヌ(1839-1906)
「ロッキー山脈の木々のある道の風景」1870-71 -
オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
『昼食の後』1879 -
クロード・モネ(1840-1926)
『昼食』1868 -
マックス・リーバーマン(1847-1935)
『アムステルダムの孤児院の自由時間』1881-82
マックス・リーバーマンはベルリン生まれのユダヤ人。
ベルリン分離派を推奨していた彼は、プロイセン時代は芸術院総裁の地位にあったほどのドイツ画壇の重鎮でしたが、ナチス政権下ではユダヤ人という理由で、地位も絵画制作の機会、作品発表の機会をも閉ざされた。 -
マックス・リーバーマン(1847-1935)
「織工」1882
リーバーマンも私の好きな画家。2016年にはベルリンのリーバーマン・ヴィラを訪ねました。 -
マックス・リーバーマン(1847-1935)
『サムソンとデリラ』1902
私がショックを受けた1枚です。
旧約聖書の「サムソンとデリラ」もリーバーマンにかかると、こんなにも現代的になるのですね。
長い間ドイツ画壇の重鎮だったリーバーマンでしたが、1935年の彼の葬儀にはほんの数名の参列者しかなかったということです。時代はヒトラー政権下でした。 -
ロヴィス・コリント(1858-1925)
「カルメンシータ」1924
モデルは画家の妻。 -
ロヴィス・コリント(1858-1925)
「冬のヴァルヘン湖」1923 -
マックス・スレフォクト(1868-1932)
「開花、ライラック」
マックス・リーバーマンやロヴィス・コリントと並ぶドイツ印象派の一人。 -
マルク・シャガール(1887-1985)
「ラビ:ユダヤ人長老」1912
シャガールはユダヤ系ロシア人。
パリで制作活動を続けていましたが、1941年第二次世界大戦の勃発により、ナチスの迫害を避けてアメリカへ亡命しました。 -
マルク・シャガール(1887-1985)
「聖なる御者(馬車の)」
題名、意味わかりませんね。
私が付けるとしたら「空を飛ぶ聖なる郵便配達人」かな? -
エドゥヴァルド・ムンク(1863-1944)
「嫉妬」1913
「叫び」で有名なムンク、この絵も相変わらず暗い作品です。
ムンクの友人ブシビシェフスキーは自由奔放な女性タグニー・ユールと結婚します。
この絵はブシビシェフスキー(手前の髭の男性)が、妻と他の男性との浮気に嫉妬し苦悩する姿が描かれています。
彼女はムンクとも関係があったといわれていますので、もしかして絵の中の若い男性はムンク?
結局、ダグニー・ユールは嫉妬に狂った愛人のロシア人青年に射殺されてしまいます。 -
エミール・ノルデ(1867-1956)
「暗黒世界のキリスト」1911
ドイツの画家 -
エミール・ノルデ(1867-1956)
「広告」1916
絵と題名がどうしても結びつきません。 -
フランツ・マルク(1880-1916)
「雪の中に横たわる犬」1911頃 -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー (1880-1938)
「カール・ハーゲマン博士の肖像」1928-33
カール・ハーゲマン博士は化学者でフランクフルトの実業家。美術品の収集家でもありました。
第二次大戦中、シュテーデル美術館で多くのコレクションを避難させた感謝の気持ちとして、遺族は多くのハーゲマンコレクションを寄贈しました。その中にはキルヒナーはじめ、退廃芸術の絵画が多く含まれていました。 -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー (1880-1938)とリーゼ・グイエール(1893-1967)
「人生」1928/32。カーペット。
リーゼ・グイエールは織子。この作品はキルヒナーが絵を描いて、それをグイエールが織り上げたもの。
カールハーゲマン博士の依頼で制作され、後にハーゲマンコレクションとしてシュテーデルに寄贈された。 -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー (1880-1938)
「帽子をかぶった裸婦」1910(1929)
キルヒナーはドイツ画家。
「ブリュッケ」や「青騎士」グループに所属。
第一次大戦で兵役に就いたものの精神的に弱く除隊。
1933年頽廃芸術の烙印を押され、そのショックで1938年ピストル自殺。 -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー (1880-1938)
「ソファーに横たわる白い下着姿の女性」1909
モデルはキルヒナーの恋人。 ハーゲマンコレクション -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー (1880-1938)
「ヴァリエテ:イギリスのダンサー」1909 -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー (1880-1938)
「岩石の間の水浴者」1912 -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー(1880-1938)
「盥周りの二人の女」1913 -
エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー (1880-1938)
「ブランデンブルク門」1929 -
パブロ・ピカソ (1881-1973)
「女の頭」 -
パブロ・ピカソ (1881-1973)
「フェルナン・オリビエ像」1909
ピカソの作品も、パリを占領したナチスにより成立したヴィシー政権によって作品を公開することを禁止されました。 -
フリッツ・ベーレ(1873-1916)
「二人の裸の男と馬」1906頃 -
オットー・ディックス(1891-1969)
「画家の家族」1927
赤ん坊の顔が父親にそっくり(笑)。 -
ハンス・ルートヴィヒ・カッツ(1892-1940)
「籐椅子に座る若い女性」1933-34.
フランクフルトで活躍していたルートヴィヒ・カッツはユダヤ人であることからナチスに迫害される。
1936年に南アに逃れ、そこで不遇の死を遂げる。 -
フランツ・ラジヴィル(1895-1983)
「赤い飛行機」1932
これはもしかしてレンドバロン号(赤い男爵号)?!
前日ミュンヘンのドイツ博物館で見た赤い飛行機、第一次大戦の英雄リヒトホーフェンが乗っていた飛行機を思い出しました。
残念ながら年代がちょっと違いました。 -
カール・ホーファー(1878-1955)
「盲目の男と少女」1943.
カール・ホーファーはベルリン美術アカデミーに所属して活躍していました。
しかしナチスにより退廃芸術の烙印をおされ、作品は焼かれ、また1943年の爆撃により残った作品もほとんど焼失してしまった。
この作品はそんな失意の時に描かれた。
盲目の男性は無気力になったホーファー自身。前方を見つめる女性の姿はわずかな希望を表現しているそうです。
終戦後、彼は再び制作に取り掛かり、ドイツの重要な現代画家として復活しました。 -
マクシミリアン・クレヴィル(1891-1963)
「南海」 -
オティリー・レーダーシュタイン(1859-1937)
「腕を組んだ自画像」1926.チューリッヒの画家。
うわぁ、おっかないおばさん!
と思ったら彼自身の自画像なのですね。 -
ヴィルヘルム・ライブル(1844-1900)
「年老いた農夫と若い娘」1876
ケルン生まれで、主に南ドイツで活躍した19世紀のドイツ画壇の重鎮。 -
ヴィルヘルム・トリュブナー(1851-1917)
「菫色の服を着たマダムの肖像」1873 -
ハンス・フォン・マレ(1837-1887)
「座っている二人の子供」1885-87. -
アルノルト・ベックリン(1827-1901)
「海のそばの別荘」1871-74. -
アルノルト・ベックリン(1827-1901)
「新婚旅行」1876 -
アンゼウム・フォイアーバッハ(1829-1880)
「ルクレツィア・ボルジア:白いチュニックと赤いローブを持つローマ人女性の肖像」1861-66
ルクレツィア・ボルジアはルネッサンス期のボルジア家の公妃。
悪女として名高いその人生は小説や映画、オペラなどでも語られる。
モデルはフォイアーバッハのナンナと呼ばれる恋人。 -
ジャン・フランソワ・ミレー(1814-1875)
「ル・クルトア氏の肖像、画家の義弟」1841-48 -
フランツ・フォン・シュトック(1863-1928)
「アダムとイヴ」1920-1926 -
フランツ・ザヴィエル・ヴィンターハルター(1805-1873)
「オルガ・フォン・グルネリウスの肖像」1872
当時、ヴィンターハルターはヨーロッパ貴族に最も人気のある肖像画家でした。
いわゆる実物より以上に美しい肖像画を描いてくれるから(笑)。
この肖像画はオルガ・フォン・グルネウスの夫(フランクフルトの銀行家)によって委託されたもの。 -
オットー・ショルデラー(1834-1902)
「窓辺に腰掛けるバイオリニスト」1873 -
オットー・ショルデラー(1834-1902)
「ソファーの上の画家の妻の肖像」1873.
ショルデラーの妻でしょうか、美しい女性ですね。 -
オディロン・ルドン(1840-1916)
「キリストとサマリア人女性」
仏・象徴派 -
フェルディナンド・ホドラー(1853-1918)
「エレーヌ・ヴェグレの肖像」1888
チューリッヒ美術館でも彼女を描いた肖像画をみました。 -
フェルナンド・クノップフ(1858-1921)
「猟区管理人」1883 -
ジョヴァンニ・セガンティーニ(1858-1899)
「日没のアルプスの風景」1895-1898 -
ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌ(1824-1898)
「砂漠のマグダラのマリア」1869
19世紀のフランス象徴主義の画家 -
モーリス・ドニ(1870-1943)
「沐浴」1907
フランスの画家、ナビ派 -
モーリス・ドニ(1870-1943)
「朝食」1901 -
アンリ・エドモンド・クロス(1856-1910)
「午後の庭」1904-05
点描法で描かれた美しい絵画です。 -
マックス・クリンガー(1857-1920)
「ローマの平屋根の上のローマの女性の肖像」1876 -
マックス・ベックマン(1884-1950)
「フランクフルトのシナゴーク」1919。
マックス・ベックマンはシュテーデルにとって大変重要な人物です。
ユダヤ人ではありませんが、その作風からナチスの『頽廃芸術』とされ、徹底的に弾圧を受けます。
また彼はシュテーデル美術学校で1915年から1933年まで教鞭をとっていましたが、その作品を多く収集していたシュテーデル美術館長もまた、ベックマンの作品を多く購入した件で糾弾されました。
ベックマンは美術学校を解雇され、身の危険を感じてアムステルダムに終戦までの10年間身を隠していました。
その後、フランクフルトに戻ることはなく、アメリカにわたり不遇な生涯を終えました。 -
マックス・ベックマン(1884-1950)
「氷の張った川」1923
フランクフルト時代に描かれた作品。
マイン川のアイゼルナー橋と大聖堂が見えます。 -
マックス・ベックマン(1884-1950)
「二人の肖像」1923
前回2014年の旅行記でこの絵を「双子の肖像」として取り上げました。
その後旅行記を見てくださったトラベラーさんからコメントをいただき、
「とんでもない、双子ではないですよ!。実際はこの二人はシュテーデル美術館のディレクターの「奥さん」と「愛人」ですよ」って。
つまり黒い服の女性は18歳の愛人、手前は奥さん。そしてこの二人は出合ったこともないし、奥さんは愛人の存在自体も知らない。それをわざわざベックマンはすごく近く距離で描いている。別々の場所で二人を描いて、いかにもそれらしく合成したのだと。
どういう意図でベックマンがそれを描いたのか知る由もありませんが、ブルブル・・ですね。
この絵はフランクフルトのシュテーデル美術学校で教鞭をとっていたころの作品です。 -
マックス・ベックマン(1884-1950)
「ケーテ・フォン・ポラーダの肖像」1924.
ケーテ・フォン・ポラーダ(1891-1983)、女性ジャーナリスト。
ベックマンにとっては命の恩人のような存在の女性。
ナチスの糾弾でパリに追われた際の住居やスタジオの手配、またビシー政権になりパリを追われる際にはアムステルダム亡命の手助け、終戦後もベックマン復活の力となりました。 -
マックス・ベックマン(1884-1950)
「サキソホーンのある風景」1926 -
マックス・ベックマン(1884-1950)
「サーカスキャラバン」1940 -
マックス・ベックマン(1884-1950)
「フランクフルト中央駅」1942
フランクフルトを去った後の1942年の作品。
亡命先のアムステルダムでフランクフルトのことを思い出しながら描いたものでしょうか。
画面手前に描かれている黒猫がベックマン自身の仮の姿? -
ヘルムート・コーレ(1899-1931)
「自画像」1892 -
アルベルト・フォン・ケラー(1844-1920)
「殉教者」1892.
何の絵だか理解できませんでした。
十字架にかけられている女性は珍しいですね。 -
ギュスターヴ・モロー (1826-1898)
「ピエタ」1867
仏・象徴主義 -
ハンス・トーマ(1839-1924)
「戦争」1907 -
ハンス・トーマ(1839-1924)
「Die Oed:ホルツハウゼンパークの眺め」1883 -
ハンス・トーマ(1839-1924)
「皇太子フリードリヒ・カール・フォン・ヘッセンの肖像」1892
皇太子と思えない庶民的な服装です。失礼ながら労働者の肖像画かと思いました。 -
ハンス・トーマ(1839-1924)
「イダ・ミューラーの肖像」1877 -
カール・フォン・ピドール(1847-1901)
「ハインリッヒ・パルマンとハインリッヒ・ヴァイツゼッカーの二人の肖像」1893-94
肖像画の二人は共に、シュテーデル美術館の館長と図書館長。 -
カール・フォン・ピドール(1847-1901)
「ヴェネツィアのカ・ドーロ(黄金の館)の前のアンナ・コスマンの肖像」1894 -
オディロン・ルドン(1840-1916)
「ヴィーナスの誕生」1900-1912
「荒野」で誕生したヴィーナス?
確かに海の泡に見えないこともない か。 -
フェリックス・ヴァロットン(1868-1925)
「ロマネル近くのジェラ山脈の風景」1900 -
エドガー・エンデ(1901-1965)
「コンソーレ(Konsole)の下」1933
コンソーレってなに?
辞書で調べるとコンピューター用語らしいですね。
コンソーレの下の防空壕のような狭い空間に、絶望的な表情でひしめき合う裸の男性たち。
指さす方向にある細長い物体は核ミサイル?
この世の終わりを想像させる恐ろしい絵です。
描かれた年にはまだ核はありませんでしたが。
私の乏しい想像です。 -
リヒャルト・エルツェ(1900-1980)
「古風な断片」1935
これも気味悪い絵です。
エルツェルはシュルレアリスムの画家。
絵の中に化石時代の古代生物らしきものが見えます。
古風というより古代ですね。 -
フォルカー・ベーリンガー(1912-1961)
「田舎のIdyle(牧歌的な田園風景)」(1935)
シュルレアリスムにとって牧歌的な田舎って妙にスッキリしているのね、とここでも一言。
フォルカー・ベーリンガーは早くからナチスに睨まれ、絵を描くことも展示することも禁止されていました。
シュテーデル美術館には退廃芸術作品が数多く収蔵されています。 -
マックス・エルンスト(1891-1976)
「アキ・シュブメルシュ」1919
前面に手足のない人物、水の中には逆さまに突っ込んでいる人物、月の代わりに時計。
何だろう、これがマックス・エルンストのシュルレアリスム?
ドイツのブリュールに生まれる。
1924年、彼の作品は「退廃芸術展」にて晒しものにされる。
ドイツを逃れ、パリで制作活動を続けていたが、大戦勃発と共に敵性外国人として監禁と解放が繰り返される。
スペイン経由でアメリカに逃れる。
終戦後パリに戻りパリにて死去。 -
アンリ・ルソー(1844-1910)
「サン=クレの庭園の並木道」1908 -
ヨハン・アントン・ランプー(1790-1866)
「ローマのコロッセオでの説教」1822 -
エドゥアルト・ヴィルヘルム・ポーゼ(1812-1878)
「広い谷間のイタリアの風景」1842-45 -
1階を一通り鑑賞した後は2階へ参ります。
アルテマイスター、古典絵画の部屋です。
主に14世紀から18世紀の絵画が展示されています。 -
2階踊り場の壁にも見たような画家の名画がずらり、凄いですね。
ここを1枚1枚見ていたら時間が足りなくなりますので中に入ります。
2階も全くの順不同。私が気の向くままに撮影した写真です。 -
まず出迎えてくれたのは赤い帽子の青年。
ハンス・メムリンク(1440-1494)
「赤い帽子の男」1470-75頃
ブリュージュのメムリンク美術館が思い出されます。 -
ジュラール・ダヴィット(1460-1523)
「受胎告知」1509.
神の使いの白い鳩もいます。 -
ロベルト・カンピン(ca.1375-1444):フレマールの画家
『十字架上の盗賊』
キリストと一緒に磔になった二人の盗賊のうち右側のほうの盗賊。
この盗賊は十字架上で改心して、「善き盗賊ディスマ」と呼ばれています。
カンピンはネーデルランド絵画を築いたひとりです。 -
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン (1399/1400-64)
「メディチ家のマドンナ」1453-1460
ヴァイデンがメディチ家に依頼されて描いたもの。
メディチ家はイタリアルネッサンス期の莫大な財力をなした一族で、多くの芸術家を支援しました。
絵の下にメディチ家の百合の紋章があります。 -
ヤン・ファン・エイク (1390-1441)
「ルッカの聖母」1437ころ -
デーリック・バウツ(1415/20-1475)
「聖母子像」1475頃
聖母マリアのなんて優しい顔。 -
ヒエロニムス・ボッシュ(1450-1516)
「エッケ・ホモ(この人を見よ!)」1500頃。
荊の冠を被り鞭打たれるキリストが群衆の前に引っ張ってこられた。
キリストの無罪を信じるユダヤ総督ピラトは「この人を見よ!」と群衆に訴えかけるが、彼らは聞く耳を持たずキリストを侮蔑し嘲笑する。
そしてゴルゴダの丘に引き立てられる。 -
ヨース・ファン・クレーフェ(1485-1530)
「嘆きのキリストの三連祭壇画」1524
中央は、十字架から降ろされキリストを囲んで嘆き悲しむ聖母マリアやマグダラのマリア、ヨハネ。
左は聖顔布を持つ聖ヴェロニカ。右はキリストの遺体を引き取って埋葬したアリマヤのヨセフ。 -
バルテル・ブリュイン父(1493-1555)
「キリストの誕生と創設者ペーター・フォン・クラピス(1480-551)とベラ・ボーネンベルク(1528)」1516 -
アルブレヒト・デューラー(1471-1528)
「堆肥の上のヨブ」あるいは「妻から嘲りをうけるヨブ」、旧約聖書ヨブ記より、1505頃。
ヨブはどんなに災厄・苦難がわが身に降りかかろうと決して神を呪わなかった。そんな夫に愛想をつかした妻は、しっかりしなさい!と水を頭からぶっかけている場面・・・。
ではないんです。酷い皮膚病に罹ったヨブに痒みが楽になるように水をかけてあげているのです。ほんとは優しい妻なのです。(ホント?) -
アルブレヒト・デューラー(1471-1528)
「若い女性の肖像」 -
ハンス・ホルバイン・父 (1465-1524)
「フランクフルト・ドミニコ教会高祭壇」
キリストの処刑の一部始終が描かれています。
・ゲッセマネでキリストに接吻するユダ、これが合図でイエスは捕らえられた。
・人々から嘲りを受けるキリスト。
・鞭で打たれるキリスト。
・十字架をかつぎゴルゴダの丘へ。
などなど。
空白の場所にはキリストの埋葬が描かれていたそう。
物語を考えながら鑑賞すると楽しいです。 -
ハンス・ホルバイン・父 (1465-1524)
フランクフルト・ドミニコ教会高祭壇・下段の部分
下段の部分はキリストの布教と最後の晩餐の場面ですね。 -
ハンス・ホルバイン・父 (1465-1524)
上の祭壇画を閉じた状態の扉絵です。 -
クエンティン・マセイス(1465-1530)
『ある学者の肖像』 -
「北オランダのマイスターによる三連祭壇画」1530年ごろ。
中央にはキリストの磔刑図、嘆き悲しむ聖母マリアやマグダラのマリア。
左右には敬虔な祈りを捧げる信者たち。
その中に混じってなぜだか幼きキリストを担ぐクリストフォロスの姿も(左後方) -
ルーカス・クラナッハ・父(1472-1553)
「十字架のキリスト」
キリストと一緒に磔にされたのは二人の盗賊。 -
ルーカスクラナッハ・父(1472-1553)
「ビーナス」1532
デューラーと同時代の同じくドイツを代表する画家。
クラナッハのお馴染みスレンダー美女です。 -
ルーカス・クラナッハ(父)
「トゥルガウの祭壇画」または「聖親族の祭壇画」1509
興味ある構図です。
中央には、居眠りしているキリストの養父ヨセフ、その隣は青い服を着ている聖母マリア、キリストを膝の上に抱いているのはアンナ。
そして背後にいる3人の男性。初めて知った驚愕の事実(?)。
何とマリアの母の聖アンナは3度結婚をしました。
左から1番目ヨアキム(聖母マリアの父です)、真ん中クロバ、右ソロモン。
アンナはそれぞれの夫との間にマリアという名の娘を一人づつもうけた。
しかしアンナも処女懐胎でマリアを授かったのですよね?。
聖書の物語は難しい。
またアンナ3人の夫説を認めたくない別な説では、左ヨアキム、真ん中マキシミリアン1世、右・法学者とも言われています。 -
マルティン・カルテンバッハ(1480-1518)
「聖アンナと聖母子、ヨアキム」1505頃 -
「プフレンドルフの祭壇」4連。
聖母マリアの生涯が描かれています。
左より「受胎告知」、「マリアの帰郷」、「キリスト降誕」、そして4枚目は「マリアの死」だったそうです(トラベラーのベームさんの旅行記で知りました。
「マリアの帰郷」とは。
受胎告知を受けたマリアは帰郷し、無原罪の御宿りをした従姉妹のエリザベトに会い、共に喜び合いました。 -
ストラスブルガーのマイスター。「十字架にかけられる前の刑場ゴルゴダの丘の様子」1510-20頃。
ゴルゴダの丘の刑場で、キリストは二人の盗賊とともに十字架にかけられます。
キリストの右は善き盗賊、左は悪しき盗賊(彼はまだ観念していない)。
処刑の前にキリストは着物を脱がされ、その着物を兵士が奪い合っている(手前の場面)。
ピーターブリューゲルの絵を見ているようで興味深いです。 -
このあたりで館内放送が。
「まもなく閉館となります。」
えっうそでしょう!まだ6時前じゃない?。
今日は日曜日ですから、7時ごろまで開いていると思ってのんびりしていました。
慌てます。ともかく写真を!。 -
まだ見ていない部屋はどこ?
ここはさっき通った。早く早く!
周りには人はもういない。 -
まだ見ていない絵がいっぱいあるのに!!
この絵は見覚えがある、これは撮っておかなければ。
コルネリス・デ・ヴォス、ヤン・ヴィルテンス
「アブラハムの犠牲」1631-35.
年老いたアブラハムは不妊の妻サラとの間に待望の男の子を授かる。
しかしその愛する一人息子イサクを生贄に捧げるよう、神によって命じられる。(旧約聖書より) -
あの祭壇も素敵!まだ見ていなかった。
急いで写真に撮っておこう。
コツコツ・・という靴音。
そして「マダ~~ム」という声は係員さん。
「はいはいごめんなさい。すぐ出ます!」 -
アルテンベルクの祭壇。
中央には聖母子像の彫像。
急いで撮ったので翼側の絵ははっきり見えませんが、聖母マリアの生涯のようです。 -
まだ見たいところがいっぱ~~いあるけど、仕方がない。
後ろ髪引かれる思いで外にでます。
途中で別行動になった夫は入り口で手持ち無沙汰そうに待っていました。 -
シュテーデル美術館の入り口からマインハッタンの眺め。
さあではレーマー広場に行ってお食事をして帰りましょう。 -
おまけ:
今回は時間切れでこの絵までたどり着けませんでしたが、世界に何枚もないといわれるフェルメールの絵、この絵は外せませんね。
2014年の写真を貼り付けます。
ヤン・フェルメール(1632-1675)
「地理学者」
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この旅行記へのコメント (2)
-
- あの街からさん 2022/05/01 14:45:34
- himmelさんのいつもの力作でベルリンを思い出しています
- こんにちは(⌒▽⌒)
himmelさんのいつもながらの力作・旅行記の案内を受けながら
あの「シュテーデル美術館」の階段を上がって
カラーコーディネートされた展示室を見て回りました。
もちろん、視線の中には
カメラを抱えて真剣勝負のhimmelさんの姿が浮かびましたよ♪( ´▽`)
「シュテーデル美術館」なつかしいです。
こんな風に言うのは、これまで自分の中ではあまり良しとしませんでしたが
いかんせん、コロナ禍始まって、こうも長くなると
外国へ旅への思いが募りますよね。
コロナに戦火も重なってしまい残念な気持ちを表すには
(⌒-⌒; ) (⌒-⌒; ) (⌒-⌒; ) このくらい書かないと。笑
それでも
明けない夜はない。と希望を持って!
himmelさんの憧れ「ベルリン王宮」の旅。
晴れてUPされる日を楽しみにしている一人です。
himmelさんのワクワク感が旅行記全編に溢れ、こちらにもいっぱいの
幸せオーラをいただけそうな予感がしています。
あの街から
- frau.himmelさん からの返信 2022/05/03 16:56:01
- RE: himmelさんのいつもの力作でベルリンを思い出しています
- あの街からさん、こちらにもコメントありがとうございます。
観ましたよ〜〜、「ドクトルジバゴ」。
さっき観終って、今興奮しながらこのコメントを書いています。
おっしゃるように、330分というのは、インターミッションとか序曲とか、最近のオマーシャリフさんが、当時の思い出話をしたりとかのいろいろ附属が付いておりました。CDも2枚でしたし。
ちょっと長かったけど、それだけに素晴らしかった〜〜。改めて感激しました。
内容はすっかり忘れておりましたが、戦争による悲劇は「ひまわり」と似ていますね。
そして今回はロシア革命の映画、どうしても今ウクライナで起きていることとと重ね合わせて観てしまいます。
ロシアにはこんなにも感性豊かな作家を大勢出しているのに、どうしてあんな戦争を・・・、と悪の根源プーチンに改めて強い憤りを感じました。(私は単細胞ですから)。
本来ならあちらにコメントしなければならないのに、こちらにすみませんでした。
「シュテーデル美術館」見てくださったのですね。ありがとうございます。
仰るように、こんなにコロナ禍が続くと、「なつかしいです」のなんと虚しいことか。新しく旅が叶わない今はなつかしがることしかできないんですものね。
「ベルリン王宮」・・・、ほんとに懐かしい(笑)。
2019年に訪れた時はまだ工事中でしたが、もう完成したのでしょうね。
いつになったら、安全に「ベルリン王宮」に再会できるのか、←この言葉もいい加減使いたくない言葉です。
次は「屋根の上のバイオリン弾き」を借りて観たいです。
himmel
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