2021/05/22 - 2021/05/23
75位(同エリア621件中)
mistralさん
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「佐原」のイメージは昔ながらの街並みが今に残る町、ぐらいの知識しかなかった。
生まれ育った実家からも、今の住まいからも1時間と少々ぐらいの距離でありながら、実際に歩いてみるまでには随分と長い時間がかかったものだと改めて思った。
平成8年12月、「重要伝統的建造物保存地区」(重伝建)に選定されたのは関東では初めてのことだそうだ。
昔ながらの家業を引き継ぎ、今も営業を続けている商家の数々。
伝統的な建造物を維持し使い続けるための努力は、想像をはるかに超えるものであるように思う。
それゆえに「生きている町並み」として高い評価を受けているのでしょう。
宿泊をしたNIPPONIAでもレストランには若い人の姿が多く見られた。
こんなノスタルジー溢れる宿、街並みに心惹かれるのは私たちシニア世代だけでなく、若い世代の人たちもそうなんだと改めて思った。
これからの日本のありよう、伝統的文化を大切にすること、などなどこの町の姿を見ると多くの可能性を示唆しているように思われた旅だった。
(表紙写真は伊能忠敬旧宅前にある通称じゃーじゃー橋)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
以下の写真は22日、23日、二日間の街歩きの記録です。
街歩きは、行きつ戻りつしたので写真の順序通りではなくなっています。
ご了承ください。
ホテルで頂いたマップの小野川を中心にすると主に左半分(西側)を載せました。
当日歩いたのも主としてこのエリアに当たります。 -
SEIGAKU棟から香取街道に出た突き当りに
昔ながらの赤いポストと雨水をためておく石桶があり目をひく。
(この丸形ポストがある場所は観光マップに印されている。) -
このような床屋さんがあって、、、
中を覗いてみたい誘惑にかられながら
先に進むと -
道は大きく左にカーブしていくが
その突き当りにある浄土宗の法界寺。
写真はその重厚な本堂。
徳川家とのゆかりがあるそうで、葵の御紋があちこちに見られた。 -
すぐそばにある山車を収納しておく蔵。
例年だったら7月に開催される「佐原の大祭」夏祭りは
今年も中止が決まっているそうだ。
大祭は、約300年の伝統を引き継ぎ、国の「重要無形民俗文化財」に指定されている。
夏祭の担当は本宿、小野川をはさんだ東側で10台の山車を所有しているそうだ。 -
一方、10月に開催される秋祭りは小野川をはさんだ西側の新宿地区の担当。
この蔵の中の山車はそばに掲示されている写真によると
「源 義経」のお人形のようだ。
西側地区では14台の山車があるそう。 -
翌23日、すっきりとしたお天気からか
街歩きに出かけようと宿から香取街道に出たら
前日訪れた法界寺そばに「源 義経」の山車が引き出されていて
近隣の方々がなにやら山車の周りを取り巻いていた。 -
秋の大祭に向けて
虫干しを兼ねて点検をされているとのことで
色々のお話しを伺うことが出来た。
小野川沿いの電線は地中に埋められているが
香取街道沿いでは電線が張り巡らされているため(以前よりは高い位置になっているそうだが)ぶつかりそうな場所では台座を下げるとのこと。
その昇降具合の点検と衣装の試着などをされているとのことだった。 -
中心部に向かうために通りかかった
「馬場本店酒造」 -
店舗の様子。
-
敷地内部は、一部ではあるが自由に見学ができるとのこと。
-
昔ながらの酒造り工房の様相。
-
昔の酒造りの道具が展示されていた。
-
ここはお酒の銘柄などを型押しで印刷するための金属の型の展示。
-
いただいたパンフレットの表裏表紙。
昔の酒蔵の煙突の図柄などがクラシックで素敵。 -
内部を見学して戻ってきたら
夫と息子とで大吟醸、海舟散人(かいしゅうさんじん)
という銘柄のお酒と生酒を、いち早く部屋飲み用に購入していた。 -
「最上白味醂」も有名らしい。
国産のもち米を使用し、昔ながらの製法で丁寧に造っているそうだ。
おだやかな香り、自然の甘み、濃厚なうま味と評判で
丁寧につくるお料理の味を引き立てること、間違いなさそう。 -
-
パンフにのっていた
「明治時代の当蔵の風景」 -
小野川の中心にある忠敬橋を目指して、
香取街道をぶらぶらお散歩。
多分ここがかき氷やさんの「いなえ」のようだ。
22日(土)は雨模様で段々肌寒くなってきて
かき氷の気分ではなく、翌日の晴天を期待。 -
「虎屋」菓子舗で足がとまり
あれこれお買い物。
2軒分の購入は結構な量となった。 -
小堀屋本店別館
(旧千葉合同銀行佐原支店)
「黒切りそば」で有名らしい。
本店がすぐ近くにある。 -
県指定化財の町なみ。
未訪問の地も含めて8件(13棟)が小野川沿いや香取街道沿いに
軒を連ねる。 -
保存地区で暮らす方々は、色々の規制を受けるんだろうなあと思い
調べてみたら、以下のように。
伝統的建造物群保存地区(地図の赤色地域)は文化財保護法によって規定される保存地区で、地区内の建築行為は許可性となっている。
景観形成地区(地図中の黄色地域)内の建築行為は届出制で、景観形成への協力を求めるかたちとなる。 -
左側店舗
「福新呉服店」
千葉県有形文化財。
文化元年(1804年)創業
佐原で八代目の老舗。
現在も服飾、雑貨等の商品をそろえている。
店舗は火災に備えて、前面と側面を土蔵造りとしている。
店舗の建築は明治28年(1895年)。
明治元年(1868年)に建築された土蔵が奥にあり、周囲からの火の侵入を防ぐ構造となっているそうだ。 -
左:小堀屋本店、そば屋
千葉県有形文化財。
建築年代 店舗 :明治25年(1892年)
土蔵 :明治23年
創業は店名2年(1782年)
奥の土蔵には蕎麦作りの秘伝書や道具類が残っていたそうだ。
建物は木造2階建てで、店舗、調理場、土蔵が一体となった
明治時代の形式をそのまま残している。
表のガラス戸は明治35年、旧佐原市で初めて使われたもので、
貴重な文化財となっている。 -
左の店舗は
「八木の耳かき」屋さん。
紫檀などの高級木材を削り出し手作りする耳かきは、当たりが優しく長く使えるそうです。 -
正文堂
明治13年(1880年)建築。木造2階建て土蔵造。
千葉県有形文化財。
登り龍、下り龍を配した看板がある。
二階部分の窓は土塗の開き戸、横引きの土戸、板戸と三重の防火設備を施した土蔵。
江戸の町屋に用いられた黒塗りの土蔵作りの店舗の形式を伝える、土蔵作りの書店は全国的にも珍しいもの。
現在は「さわら十三里屋」という名のお芋の専門店となっている。
大学芋、スイートポテト、安納芋のプリンなどなど。 -
2011.3.11東日本大震災の折
被害を受けた正文堂の様子。
瓦や壁の漆喰など大きな被害を受けたそうだ。
(他にも多数の建物が、この折に被害を受けている。) -
小野川沿いの通り角にある
千葉商船ビル。
昭和初期の洋館をモデルに建設されたそうだが、
ここ佐原地区歴史的景観条例はもともと木造を想定していたため、3年に渡り審議会との協議を経て、やっと許可がおりた建物らしい。
外観、建具、内装材料などすべてが特注品とのことで、当日は何気なく通り過ぎてしまったが、改めて良く見てみたいと思った。
平成30年10月に竣工、完成直後の300年の伝統を持つ佐原の大祭の折、山車の背後で街並みに違和感なく溶け込んでいるビルを見た設計者の方は、日本初の重要伝統的建築物群保存地区に建つ洋館の一例になったと、コメントされていた。 -
千葉商船ビルと反対側にある
中村屋商店は、安政2年(1855年)の建築。
土蔵は明治25年(1892年以降)の建築。
千葉県有形文化財。
店舗兼住宅、土蔵からなっている。
代々荒物・雑貨などを商ってきたそうだ。
NIPPONIA、GEISHO棟としてレストラン・フロントの役割を担っていたが、この3月1日からはKAGURA棟にその役割が移転。
現在はカフェとして営業をしているようだ。 -
隣に見えているのが中村商店の土蔵か?
-
小野川と香取街道の交差するところに掛かる橋が忠敬橋で、
伊能忠敬を象徴する測量計のモニュメントが両端に置かれている。 -
旧名称は大橋(佐原大橋)で1882年(明治15年)にアーチ型のめがね橋に架け替え、協橋(かなえばし)となったが、1968年(昭和43年)老朽化と交通量の増加からコンクリートの橋に架け替えられた。
「忠敬橋」は地元の方々は「ちゅうけいばし」と呼んでいるようだ。 -
忠敬橋に立って先を見渡すと
丁度水がジャージャーと流れ落ちていた。
通称じゃあじゃあ橋、「樋橋」と呼ばれる。
元は江戸時代前期に造られた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送る為の大樋だった。300年近く使用され、戦前にコンクリートの橋になってからも、橋の下側につけられた大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ちて「ジャージャー」と音を立てることからこの名前があるそうだ。
30分毎に水が流れ出ている。 -
忠敬橋からジャージャー橋の遠景。
-
中村商店とは小野川を挟んだ反対側の一画に位置する
「植田屋荒物店」 -
お店の全景
-
店舗内部には竹製のかご、ザル、スリッパなど多様な製品がずらりと揃い、
お庭から、裏手にある土蔵に入ると趣味的な手作り品が並ぶ。 -
小野川沿いの
川岸通りをジャージャー橋と反対方向に散策。
色々なお店があって楽しい。 -
並木仲之介商店
明治34年(1901年)創業以来、日用品雑貨荒物卸業を営み、平成10年よりお香と和紙の商いを始めた。建物は明治25年の建築。
昭和30年代、前部分の軒先を切り落とし改築をしたそうだが、再度街並みの景観に合わせ創業当時に修復したそうです。
NIPPONIA GOKO棟もここにあって、
二階部分と大小の蔵をリノベーションして宿泊施設となっている。
小野川沿いの施設は、佐原の大祭の折には部屋に居ながらにして、山車が練り歩くのを見物できるようだ。 -
イタリアンレストラン「ワーズワース」
-
こんなお人形、
どこにあったんだろう? -
フレンチレストラン
「夢時庵」
明治34年建築の、二棟の建造物(木造建築と土蔵造り)を一つの屋根でつなげた珍しい建築工法。正面入り口上部にある「鎧戸」、外壁の仕上げ、柱の修復には「四方かま継ぎ」などを用い、伝統建築保存に努めているそうです。 -
正上醤油店
千葉県有形文化財
「天保3年から醤油業を営む老舗。
店舗は、通りより3尺内側に揚げ戸(鎧戸)を建て込み、奥の住居との境には千本格子障子を嵌める。2階正面に繊細な格子窓を組み、屋根は軒先を大きく張り出した品格ある建物。」
などとの説明板が各建物ごとに掲示されていて読みながら歩いていくのも楽しい。
が、時に読み忘れて買い物に走ってしまうことも、、、 -
多分生上醤油店さんのどこか建物の軒下に嵌め込められていた銅板?
佃煮やに因み、魚をかたどっているのかも。 -
初代は海上郡銚子の出身で、この地で商いを始めたとある。
天保8年、2代目が佐倉藩御用商人となり
3代目が醤油醸造業を開始し正上醤油と名づけたそう。
昭和33年、水郷一帯の川魚を自社製品の特選醤油で加工し、佃煮製造販売を始め、わかさぎいかだ焼が看板商品となっていったとのこと。
現在は10代目。 -
川の反対側からの眺め。
土蔵は明治初期の建築。 -
初日(22日)には店舗は夕刻にはすでに閉店していたので、
翌日再訪。 -
いかだ焼きや焼き蛤など買って帰ったが
ホームページを見ていたら、いろいろ美味しそうなものが見つかった。
次回も再訪したいお店。 -
日本ギフト大賞とかおみやげグランプリ賞状などと共に
商品が並べられている。 -
伊能忠敬旧宅
国指定史跡
建築年代 店舗・正門 :不明
書院 :寛政5年(1793年)
土蔵 :文政4年(1821年以前)
-
内部にある伊能忠敬の銅像とそばにある「この一歩から」という石碑。
ここには、忠敬が佐原で30年余りを過ごした母屋と店舗がそのまま残されている。
母屋は寛政5年、忠敬自身により設計したものと言われている。 -
住まいの中を農業用水路が流れている。
「江戸時代になって、小野川の上流に堰を作り下流の田に用水路から水を送っていた。
用水路の水は、旧宅前にあるジャージャー橋によって東岸から西岸へと送られていった」との立看板が。 -
忠敬は九十九里浜で網元の家に生まれ、幼少時から勉学を好み、星の観測や算術などを師匠について学んだとされる。
17歳で伊能家の養子となる。伊能家は佐原で一、二を争う商家であり、酒造、薪炭、金融などを扱う豪商だった。また佐原村の名主として村政にも携わっていた。
家業の合間には天文学の勉強も行っていたそうだ。
49歳で隠居した時には、資産が3万両(現在の価値で30~35億円)に達していたと言われている。 -
49歳の折り、息子に家督を譲って隠居。江戸に出て、深川に住まいを構えた。
幕府天文方, 19歳年下の高橋至時の門弟となり天文学を本格的に学んでいった。
天文学を本格的に学ぶうちに、地球の大きさを知りたいと思うようになり、更には子午線1度の長さを求めるために測量をするようになった。 -
1800年、幕府から正式に蝦夷地測量の許可が出た。
最終的に幕府から測量の手当として22両ほどを受け取ったそうだが、出発にあたって彼個人で100両を用立て、帰った折にはほとんど使い果たしていたそうだ。
個人での負担金は、後世の試算によれば1200万円ほどに相当するとのこと。
他にも測量器機代として個人で70両を支払っているそうだ。
測量終了後、幕府に地図を提出しこれが評価され、更なる測量の継続が認められていった。
17年もの年月を費やして日本各地を測量してまわり
大日本沿海與地図を完成させた彼の業績は、広く知られている。
いつか五島列島を旅したおり、そこに伊能忠敬の測量の跡地との石碑が立っていて驚いたことがあった。 -
測量器機
-
-
旧宅をでるとすぐ前にかかる
じゃーじゃー橋。 -
伊能忠敬が主に用いた測量方法は人の歩幅だそうです。
自らの歩幅が70cmになるように訓練をしたそう。
この橋はこのことから、12.6mで設計されたそうです。
橋を18歩で渡れたら忠敬を同じ歩幅というわけです。 -
橋を渡ったところにある
「伊能忠敬記念館」
内部はあわただしく見学。 -
小野川の観光船に乗ろうとしていた。
申し込みは緑のハッピを着たおじさんのところで申し込みをする。
13時発の船の申し込みは12時半から始まるということで
近くで待機していた。 -
一艘に12人が乗船して出発。
-
水面近くから街並みを眺めるのも
また違った印象があって面白い。 -
川べりにはあやめが咲き始めていて
「水郷あやめパーク」あたりはこれから賑わうことだろう。。 -
朝から佐原の街歩きを楽しんだので、名残惜しいけれど
帰路につくことになった。
夫は所用があり電車で帰ることになった。
その折りの佐原駅の写真。 -
初めてみた佐原の駅舎。
町並みにも見事に溶けこみ、違和感の感じられない佇まいだった。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- pedaruさん 2021/07/25 07:59:08
- 佐原
- mistralさん おはようございます。
佐原と言えば、なんどか自転車で訪れています。市川からなので、結構距離があり、ママチャリでは一日がかりです。
町に着くころには日暮れになっていて、ホテルを探して泊まるだけになってしまいます。翌朝は早く起きて自転車に乗って帰路につく、どこがいいのか、我ら夫婦はそうしてきました。早朝に寝ている妻をおいて、自転車で街をぐるぐる回ります。でも街の記憶は断片的です。mistralさんの旅行記が優れているので、大変勉強になりました。
今は自転車旅行をしなくなりましたが、mistralさんの旅行記を参考にも一度行ってみたいと、今度は電車で。
旅行記見落としの無いよう、フォローさせていただきました。
pedaru
- mistralさん からの返信 2021/07/25 09:08:37
- Re: 佐原
- pedaruさん
おはようございます。
佐原の旅行記にご投票いただきましてありがとうございました。
おまけにフォローも!ありがとうございます。
私自身、今までずっとpedaru さんをフォロー申し上げていた気分でおりましたが、
そう言えば新作旅行記のお知らせが来なかった?ということに思い至り
調べてみましたらフォローをしてなかったことが分かりました。
今更ですが、フォローをさせていただきます。
さて、かつては奥さまとともに、佐原までを自転車で往復された!とのこと。
佐原といえば千葉から向かっても結構奥にある地です。
距離もかなりのものと思われます。
それでも自転車(サイクリング車?)をこよなく愛されます
pedaru さんにとりましては、きっとたいした距離ではなかったことでしょう。
私も通り過ぎた記憶はありますが、滞在までには至らず、
最近では遠方の方の方が佐原の良さをご存知のようでした。
ゆっくり滞在しましたら、佐原の良さにも触れられて
宿泊施設も充実していて、なかなかの地、ということがわかりました。
是非、涼しくなりましたらお二人でお出かけ下さいませ。
mistral
-
- salsaladyさん 2021/06/24 09:53:47
- 近くて~遠き~は”さわら”かな?
- ☆6月の小野川散策はいかがでしたか?源義経像の虫干し?に出会えた幸運!
☆昨年四月中旬でしたか?千葉に住まいながら初めて訪れたのが「桜祭り中止」の寂しげな小野川沿い歩き~ここが「さわら」佐原なんだと感慨も新たに。。。
☆歴史ではよく知っている伊能忠敬が50歳過ぎてから日本全国の測量歩き、しかも歩幅80㎝?を頑固に守って歩いたのね(疲れたら狭くなりそうなものだけど)~
☆じゃあじゃ橋で、何処も閉鎖中の虚しさを癒し、中村屋の小さな木戸から入った土産屋で良く喋るおかみさんに絆されて?うすいグリーンのスカーフを求めました。
☆スカーフはすでに50枚以上は持ってるのに。。。次男の嫁候補がもらい上手で「腕を通せるスカーフよ!」を喜んで受け取ってくれて良かった!
☆町並みはすでに昭和以前のレトロですが、道に迷って一方通行を逆走する夫と険悪になりつつ、道の駅から戻って歩いた思い出~おっちょこちょいの巻きでした。
- mistralさん からの返信 2021/06/24 12:46:08
- RE: 近くて?遠き?は”さわら”かな?
- salsaladyさん
こんにちは。
書き込みをありがとうございます。
> ☆6月の小野川散策はいかがでしたか?源義経像の虫干し?に出会えた幸運!
まさに晴れ間を狙っての義経さんの虫干し!に出会えました。
梅雨入り前とはいえ、比較的爽やかなお天気に恵まれて小野川沿いの散策は
楽しかったです。
> ☆昨年四月中旬でしたか?千葉に住まいながら初めて訪れたのが「桜祭り中止」の寂しげな小野川沿い歩き?ここが「さわら」佐原なんだと感慨も新たに。。。
salsaladyさんもご訪問済みだったんですね。
それも、やはりコロナ禍が始まってから。
遠方に出かけるのは憚れる折、それなら普段はあまり出かけることのない身近な地に、と
佐原に行ってみました。
香取神宮へはお詣りに行くことはあっても、
佐原は近くても遠い地でした。
> ☆歴史ではよく知っている伊能忠敬が50歳過ぎてから日本全国の測量歩き、しかも歩幅80??を頑固に守って歩いたのね(疲れたら狭くなりそうなものだけど)?
伊能忠敬さん、本当に努力家ですね。
測量は常に一定の歩幅で歩くことが大切だそう。
もし歩幅がまちまちだったら、日本の地図のもとが、かなり歪んだものになったかも。
> ☆じゃあじゃ橋で、何処も閉鎖中の虚しさを癒し、中村屋の小さな木戸から入った土産屋で良く喋るおかみさんに絆されて?うすいグリーンのスカーフを求めました。
そうだったんですね。
昨年よりは、今年の方がお店も観光客も賑わっていたかもしれませんね。
> ☆スカーフはすでに50枚以上は持ってるのに。。。次男の嫁候補がもらい上手で「腕を通せるスカーフよ!」を喜んで受け取ってくれて良かった!
フフフ、お嫁さんに恵まれましたね!
> ☆町並みはすでに昭和以前のレトロですが、道に迷って一方通行を逆走する夫と険悪になりつつ、道の駅から戻って歩いた思い出?おっちょこちょいの巻きでした。
楽しそうな、ハラハラの旅の思い出ですね。
mistral
-
- しにあの旅人さん 2021/06/04 05:20:55
- 雪駄を買ったお店
- 店名は覚えていません。たしかメイン道路に面していて、川との角だったような。
大きめの湯呑み茶碗セットも買っているので、そのお店とごちゃごちゃになっています。普通の湯呑み茶碗より大きくて、ご飯の茶碗より小さい。お茶をたっぷり飲みたいお客さんに出すのに重宝しています。
博多の古いお寺で出してくれたお茶碗で、偶然見つけて即買いました。
ほかではないいい物があったという記憶があります。店構えも本物だけれど、売っている物も本物ということでしょうか。普通の観光地の普通のお土産屋さんではなかった。
畳表の雪駄も、ほぼ同じものを浅草の専門店で見たことがあります。
こういう本物をいつまでも本物のまま維持していくのは、大変だろうなと思います。
- mistralさん からの返信 2021/06/04 15:18:26
- RE: 雪駄を買ったお店
- しにあの旅人さん
こちらにもコメントをありがとうございます。
> 店名は覚えていません。たしかメイン道路に面していて、川との角だったような。
> 大きめの湯呑み茶碗セットも買っているので、そのお店とごちゃごちゃになっています。普通の湯呑み茶碗より大きくて、ご飯の茶碗より小さい。お茶をたっぷり飲みたいお客さんに出すのに重宝しています。
> 博多の古いお寺で出してくれたお茶碗で、偶然見つけて即買いました。
雪駄を買われたお店、
このぐらいのことでしたら、私にも推理ができます。
壬申の乱当時、馬の歩幅で何時間の行軍だと何キロ移動できる、という複雑な計算ではないですから(笑)
メインの道路とおっしゃるのは香取街道かとおもいます。
そして小野川沿いのお店、ということでしたら「植田屋荒物店」ではないでしょうか?
いかにもそのお店には、そんな質の良さそうな雑貨がたくさん置かれていました。
私は裏手にある蔵に移動してしまい充分に店内を見ませんでしたが、夫は竹製の巻き簾を購入しました。
何に使うか?といいますと、だし巻き卵を最後に巻き簾で巻いて、形を整えるんだそうです。
お店は旅行記ですと丁度真ん中あたり、忠敬橋の次にそのお店の写真があります。
> ほかではないいい物があったという記憶があります。店構えも本物だけれど、売っている物も本物ということでしょうか。普通の観光地の普通のお土産屋さんではなかった。
> 畳表の雪駄も、ほぼ同じものを浅草の専門店で見たことがあります。
> こういう本物をいつまでも本物のまま維持していくのは、大変だろうなと思います。
そうですね。
町の方向性を自治体がこうしよう、と決めただけでは先行きは怪しいのでしょうが、
やはり地域で暮らす住民の方々の合意、そして決意が何よりも必要なことと思います。
古い建物や文化は維持することよりは、解体して無いことにしてしまった方がずっと楽な事だと思います。
こんな地が比較的近くにあった事を知った事が、今回の旅の大きな収穫でした。
コロナワクチンの接種は、私は第一回目が済みました。
第二回目は今月末です。
しにあさんご夫妻も、そろそろお済みでしょうか。
今後接種のスピードが加速していけば、安全に旅立てる日もやって来ることでしょうね。
その時まで元気で過ごしたいものです。
mistral
-
- マリアンヌさん 2021/06/02 16:00:29
- 江戸勝り
- mistralさん こんにちは。
NIPPONIAに泊まり、ランチしてサクッと水路沿いを散歩して翌日は香取神宮に行ってしまった私たちと違って、佐原の街をしっかり教えていただきました。
それにしても街並み全体、多くの建物が残っているのですね。
酒蔵や味噌屋さんは現役なんですね。
川越に似た商家もかなり残っていますが、3.11の時にかなりダメージをうけ、修復されたりしていたのですね。
西洋かぶれの私、千葉商船ビルの壁のスタッコ装飾が素敵だなと思いました。
フロントだった中村屋商店は、カフェになっているのですね。
夜は漆黒の闇になるけど街散策は、伊能忠敬だけじゃなく見どころが多そうですね。
NIPPONIAがもう少しお手頃だと良いのですが・・・
海外では石の文化だけに伝統的な建造物を維持し使い続けるのはやり易いのかもしれませんが、京都・奈良に続くこういった地方都市も生き続けて欲しいですね。
マリアンヌ
- mistralさん からの返信 2021/06/02 20:22:15
- RE: 江戸勝り
- マリアンヌさん
こんばんは。
コメント、ありがとうございます。
> NIPPONIAに泊まり、ランチしてサクッと水路沿いを散歩して翌日は香取神宮に行ってしまった私たちと違って、佐原の街をしっかり教えていただきました。
同じ棟に宿泊しても、行動パターンは千差万別ですね。
今回は、息子のお嫁さんが、只今妊娠中でして、ゆっくりペースでの宿泊となりました。
香取神宮にも行きたかったのですが、今回は断念しました。
境内は結構歩きますものね。
> それにしても街並み全体、多くの建物が残っているのですね。
> 酒蔵や味噌屋さんは現役なんですね。
> 川越に似た商家もかなり残っていますが、3.11の時にかなりダメージをうけ、修復されたりしていたのですね。
行くまでは、これ程に残っているとは思っていませんでした。
帰宅後に調べたら、まだまだ沢山の建物があったようです。
> 西洋かぶれの私、千葉商船ビルの壁のスタッコ装飾が素敵だなと思いました。
やはり!
私も、そこを通りかかる折には、壁面などかなり凝った造りのようで気になっていました。
帰宅後にやはりね!と思ったのですが、機会があればもう一度じっくり見たいものです。
> フロントだった中村屋商店は、カフェになっているのですね。
旧中村屋商店、内部には入ってないのですが
どのように変貌したのでしょうね。
> 夜は漆黒の闇になるけど街散策は、伊能忠敬だけじゃなく見どころが多そうですね。
> NIPPONIAがもう少しお手頃だと良いのですが・・・
ハイシーズンを避ければ、比較的リーズナブルなようですよ。
たしかに店じまい、早いですよね。
そして真っ暗闇に。
> 海外では石の文化だけに伝統的な建造物を維持し使い続けるのはやり易いのかもしれませんが、京都・奈良に続くこういった地方都市も生き続けて欲しいですね。
知らないけれど、地方には良質な町並みが残っているように思いました。
おかげさまで思いがけない発見をしました。
mistral
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