2021/04/18 - 2021/04/18
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kojikojiさん
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新潟の十日町にある「ミティラー美術館」の存在を知ったのは十数年前のことだったと思います。ミティラー画について知ったのはその前だったと思いますが、何に由来したものだったかは定かではありません。ただそのプリミティブな絵画の美しさには魅了され、近いうちに十日町まで行こうと思いながらそのままになっていました。今回「たばこと塩の博物館」で展覧会があると知ったのはNHKの日曜美術館の番組でした。妻と話していて日曜日の仕事が終わった後に観に行こうと話しをしていると、会話がかみ合わないことに気が付きました。妻はまだ博物館が渋谷にあると思っていたからです。移転してからは行ったことが無かったので調べてみると東京スカイツリーのある押上から歩いて行くのが近いと分かりました。妻はスカイツリーの近くにも行ったことが無かったので良い機会になりました。ただ久し振りの外出で行ったスカイツリー周辺はコロナ禍とは思えない混雑ぶりで、あまり長居したくない雰囲気でした。たどり着いた「たばこと塩の博物館」は来場者の数も十数人で、落ち着いて見学することが出来ました。何より入館料が100円というのも嬉しいですし、フラッシュを使わなければ写真撮影することが出来ました。一昨年の11月から海外旅行に行くことも叶わず、つかの間でしたが都内で旅行気分も味わえました。博物館の見学の後は地下鉄を乗り継いでまっすぐ家に帰りましたが、久しぶりの人ごみのせいかひどく疲れました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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日曜日の午前中の仕事が終わって、妻と待ち合わせして地下鉄で押上まで移動しました。休日に家を出たのは昨年末の石垣島旅行以来ですし、最後に都心に出たのは1年半前だったと思います。
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スカイツリーに来たのはこれが2回目ですが妻にとっては初めてのことです。ゴールデンウィーク前という事もあってたくさんの鯉のぼりが空に舞っていました。
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40年近く国内の商業施設の設計やデザインに関わる仕事に携わっていますが、他人の仕事にはあまり興味が無いので、都内でも出かけることはありません。今回も「たばこと塩の博物館」へ行く前に通りがかっただけです。
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ちょうどお昼時だったので韓国料理のお店でお昼を食べることにしました。マスク会食にトライしてみましたが正直無理ですよね。店は満席で奥からは楽しそうな大声が聞こえてきます。
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スカイツリーや商業施設の東京ソラマチはものすごい混雑で、ここに長居したら危なさそうなので食事を済ませてすぐに表に出ました。テラスではいろいろなイベントが催されていますが、もうコロナ禍なんて終ったような雰囲気です。
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館内はとても混雑していたので食事の後はすぐに表に出て東京ソラマチから離れることにしました。
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ロラン・バルトは「エッフェル塔」の書き出しで、モーパッサンはしばしば塔のレストランで昼食をとった。とはいえ彼は塔を好きではなかった。「パリで塔が見えないのはこの場所だけだ」と彼は言ったものだった。なんて話を思い出しました。特にスカイツリーが嫌いなわけではありませんが。
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北十間川は江戸時代の明暦の大火後の本所開発の一環として農業用水のため1663年の寛文3年に開削された運河です。果たして名前の通り10間あるのかは分かりません。
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この辺りまで離れると人混みから離れることが出来てホッと出来ました。
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昨年もコロナ禍の真っ最中だったので最後に花見をしたのは河津桜でした。ただ、家の前の大学の通りはソメイヨシノと八重桜が時期をづらして満開になるので日々楽しむことは出来ました。
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大横川親水公園をぶらぶら歩いて博物館に着きましたが、公演側の入口はコロナ禍のせいで閉鎖されていました。大きく回り込んで正面の入口です。なんでこんなところに移転したのだろうかと思いましたが、ググってみたら周辺には日本たばこ産業の施設がいくつかありました。
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押上周辺とは打って変わって閑散とした雰囲気です。
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蔵前仁一著の「わけいっても、わけいっても、インド」やいろいろな本を読んで写真を見て知ったミティラー画の本物の作品に出合うことが出来ます。
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入口に置かれていたのはこの博物館が渋谷の公園通りに開館した際のシンボルモニュメントだそうです。原型は19世紀初めのスウェーデンのたばこ屋の看板だったそうです。
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2015年に開館した博物館なので内部はとてもきれいでした。特別展示ですが入館料は100円という破格の値段です。フラッシュを使用しなければ写真撮影も禁止されていませんでした。
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ミティラー美術館は新潟県の十日町市の旧大池小学校の校舎を利用した私立の美術館で、インドのミティラー地方において母から娘へと3000年にわたって伝承されてきたミティラー画をはじめ、インド先住民族のワルリー族が描くワルリー画やゴンド族の描くゴンド画などを数多く所蔵しています。2006年以来約15年ぶりだそうですが、過去に5回の「ミティラー美術館展」を開催しているそうです。
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「上弦の月を喰べる獅子」ガンガー・デーヴィー
夢枕獏の同名の小説の題名は中身とは別にこの絵画の画題から取られています。絵画の題名は画家本人の命名ではなく、音楽バンドタージマハル旅行団の元メンバーで「ミティラー美術館」の館長を務める長谷川時夫が命名したものだそうです。画家によれば中央にいる獅子はメスで、腹の中に月を呑んでいるではなく子を宿している姿だそうです。 -
インド北部にミティラー地方では地域で3000年にわたり女性たちは家族の幸せや豊穣などを祈って、家の土壁に線描画を描いてきたそうです。母から娘へと伝承されるこの壁画では竹の棒を筆にし、木の実や植物の汁など身近にある画材を使って、自然神やヒンドゥー教の神々の神話が描かれます。元々は壁や大地に描かれていた伝統的な絵画は1967年以降の現地の女性たちの自立と独立の美術運動を通して紙に描かれるようになります。
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「マツヤ」ガンガー・デーヴィー
ガンガ・デヴィ(1928-1991)はインドの画家でマドゥバニ絵画の伝統的な継承者としてインド国外でマドゥバニの絵画を普及させたとされます。 1928年にインドのビハール州ミチラでカヤスタ家に生まれ、カチニ(線画)様式を専門とする伝統的な絵画を制作しています。 -
ガンガデヴィがまだ子供の頃に彼女は稲わらといくつかの糸で作られたブラシを彼女の母親から手渡されました。ガンガデヴィは調理用の鍋の底やランタンや煙突からすすを削り取ってインクとして使用しました。牛の尿や水に溶かしたアラビアガムやヤギのミルクをすすと混ぜるのが一般的でした。彼女はいとこの姉妹や叔母、母親や祖母からこれを学びました。村では紙が足りないため布に接着された学校のノートで作られたキャンバスで練習していました。
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「アシタダル・アリパン」ガンガー・デーヴィー
アリパンとは床絵のことで、神を招来する儀式用の絵画を意味するそうです。なるほど床に描く魔法陣を連想させます。 -
床に描く魔法陣と言えば水木しげるの「悪魔くん」を思い出してしまう世代なので「エロイムエッサイムエロイムエッサイム さぁ!バランガバランガ呪文を唱えよう」なんて歌詞が浮かんできます。
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エロイムエッサイムとは中世期のヨーロッパで流行した「グリモワール」という魔術書にある言葉で、日本にこの言葉を持ち込んだのは澁澤龍彦の「黒魔術の手帖」だといわれています。この本では「エロヒムよ エサイムよ わが呼び声を聞け」と紹介されています。この絵を床に描いて呪文を唱えたらさくらももこのコジコジが出てきそうです。
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「孔雀」ガンガー・デーヴィー
インドでは蛇の毒のために多くの人々が被害を受けるために蛇の天敵である孔雀が神聖視され、ヒンドゥー教において女性神マハー・マユーリーとして神格化されます。これが仏教にとり入れられると孔雀明王となり、蛇毒をはらうだけでなくあらゆる病災を除き天変地異を鎮めるとされます。 -
スリランカを専用車をチャーターして2週間旅している間に何度か野生の孔雀を見たのを思い出しました。
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「クリシュナと牛」ボーワ・デーヴィー
クリシュナを記録する最も古い物語は叙事詩マハーバーラタです。この中でクリシュナはヤドゥ族の長ヴァスデーヴァの息子でバララーマの弟、ヴィシュヌの化身として主要人物の1人として登場します。その名の通りクリシュナの肌の色は通常黒で表現され、横笛(バーンスリー)を演奏する様子が描かれます。 -
マトゥラー地方の一部族の実在の人物が神格化されてヴィシュヌの化身とされたといわれます。バーガヴァタ・プラーナにはクリシュナの誕生が描かれています。ヤーダヴァ族のヴァスデーヴァとデーヴァキーとの間に生まれる子供は次々と魔王カンサに殺されてしまいます。7晩目の息子のバララーマは生まれる直前にヴァスデーヴァのもう1人の妻ローヒニーの体内に戻されます。
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8番目の息子のクリシュナは父のヴァスデーヴァが門番に気付かれないようにマトゥラーから連れ出し、牧人ナンダに預けられます。幼年時代のクリシュナの怪力や悪戯はクリシュナ神話として数々語り継がれています。
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母牛から母乳を飲む子牛の姿が愛らしいです。元々は家々に描かれたミティラー画は紙やキャンバスに描かれることにより商業化されていきます。これらの絵を見ていて以前に旅したインドネシアのバリ島の絵画を思い出しました。
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バリ島にもいくつもの絵画スタイルがあり、ミティラー画を彷彿させるものもありました。共通するのはこれらの絵画も商業化されているということです。1920年代にドイツ人画家のワルター・シュピーズが伝統絵画に西洋絵画の手法を取り込み外国人観光客に販売されることにより現在も残されることになります。
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「月に引かれる汽車」ボーワ・デーヴィー
1942年に生まれたこの作家はミティラー画を伝統的に描く家に生まれ、12歳で描き始めたことにより学校は小学校までで辞めています。村の家々の壁に描き続けて絵を習得します。「太陽」と「着き」と「蛇神」を独特のタッチで描くことを得意とされています。 -
長谷川館長はボーワさんの汽車の絵が気に入り、雲が汽車を引っ張る絵を描いて欲しいと依頼しますが、雲が汽車を引っ張るという事を理解できなかったそうです。そこで月が引っ張るという事を提案するとこの絵が誕生したそうです。
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「馬」ボーワ・デーヴィー
インド神話に登場する7つの頭を持った空を飛ぶ馬のウッチャイヒシュラヴァスのように、神々の乗り物として神聖な生き物として捉えられています。 -
この絵を見ているとエルメスのスカーフの一部分を見ているような気になってきます。
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「クリシュナとラーダー」カルプーリー・デーヴィー
この作家はスジーニーと呼ばれる刺し子刺繡の作家としてもインドでは有名だそうです。地区に人を集めてスジーニー協会を設立して後継者の指導にもあたっているそうです。天然彩色を使い伝統ある村の生活の逞しさや柔らかさを描いています。 -
ミティラー画には大きく分けると「カチニ・スタイル」と呼ばれる黒の線描と「バルニ・スタイル」と呼ばれるカラフルな色を使う物に分かれるそうです。使われる色は元々ホーリーという祭りで投げ合う色の粉を水に溶いたそうですが、外国人が喜ぶ天然色素に変わったそうです。
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「コーワル」カルプーリー・デーヴィー
線画の黒色はすすが利用され、緑はティルコールという葉の搾り汁、青はシッカルという植物の実、赤はサンジャーの花、黄色はウコンやバニヤン(菩提樹)の皮だそうです。 -
結婚式が行われる花嫁の家で花嫁と花婿が最初の5日間を過ごす「コーワル・ガル」という儀式のときに壁面に描かれる絵柄をコーワルと呼ぶそうです。コーワルは7つの蓮華と中央を貫通する竹を中心として、その周りは吉祥と豊穣のシンボルで埋められます。
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花嫁の家では娘の結婚の7日または9日または11日前に女性たちが集まり合唱し、年長の女性が壁に朱色のマークを描き、コーワルの輪郭を描いていくと他の女性が細部を埋めるそうです。蓮華と竹、トータ(鸚鵡)、モーラ(孔雀)、スーリヤ(太陽)チャンドラマ(月)スバリ(檳榔)を描き宇宙を表します。そこは若い2人も結婚儀礼の後に子供を育て子孫繁栄の祈りが込められています。
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「チャクラ」ゴーダーワリー・ダッダ
チャクラはサンスクリットで「輪」を意味し、ヴィシュヌ神は上の右手にスダルシャナ・チャクラと呼ばれる108のノコギリ歯を持つ円盤武器を持っています。 -
ヴィシュヌ神はインド三大神の1つでブラフマー(梵天)は宇宙を創造し、シヴァは破壊し、ヴィシュヌは守護するとされます。この考えは宇宙を3つに分割して三位一体の思想を表します。
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ヴィシュヌには2つのキャラクターがあり、海原で混沌を象徴する船に乗って瞑想していると臍から蓮が生まれ、蓮華からブラフマーが生まれます。ヴィシュヌ神が夢見るものをブラフマーが創り宇宙が生まれます。ヴィシュヌ神は世の中が悪くなると転生を繰り返し、7番目にラーマ王子、8番目にクリシュナ神、9番目が仏陀といわれます。中学生の頃に諸星大二郎の「暗黒神話」や「孔子暗黒伝」を読んで、仏教やヒンドゥー教やラーマヤーナ叙事詩について学んだことが思い出されます。
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「両性具有のシヴァ」ゴーダーワリー・ダッダ
ミティラー絵画を見たピカソが「自分は長い間かかって今に至ったがミティラーの婦人たちは何百年も前から素晴らしい絵を描いている。」と語ったそうです。ピカソが好んで描いた1つの顔に2つの顔を表したのはミティラー画では両性具有のシヴァを描く時に表現されます。 -
画面上の左半身はヒマラヤを神格化したシヴァ神が髪飾りを付け、妻であるパールヴァティは右側に描かれています。シヴァ神の宇宙創造の力の源泉はシャクティ(性力)とされ、神妃パールヴァティ、ヅルガー、カーリーによって発揮されます。またシヴァの想像力は神妃と半身を分けた形で表されます。
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ある時シヴァとパールヴァティがカイラーサ山の頂に座っているときに神々や聖者が敬意を表すためにやってきます。聖者のプリンギィはシヴァのみを崇拝する誓いを持っていたためにパールヴァティを無視しました。パールヴァティは聖者に呪いをかけますが、シヴァは聖者の姿を哀れに思い助けます。パールヴァティはシヴァから恩恵を得るために苦行に励み自分との結合を許します。
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諸星大二郎の「暗黒神話」ではシヴァは超越的な不変絶対のブラフマンであり、同時に世界の根源的なアートマン(自我、魂)であると語られましたが、この絵画ではイラストのような愛らしさを感じてしまいます。
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シヴァは通常トリシューラと呼ばれる三叉槍を持った姿で表現され、砂時計のような形の太鼓ダマルを持ち、右手に数珠を巻いた姿で描写されます。この数珠はルドラークシャ(菩提樹の実)でできているとされます。首に巻いた蛇はナーガで、虎の敷物の上に座ります。生きているように描かれた虎も実は敷物なのでしょうね。
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両性具有というとギリシャ神話ではニンフのサルマキスに恋されて強制的に一心同体にされたヘルマプロディートスの話が浮かんできて澁澤龍彦が思い出されます。ヒンドゥー教での両性具有は子供の頃に見た「マジンガーZ」のあしゅら男爵を思い出させます。この写真はミャンマーのマンダレー郊外のアンティーク店で見つけたもので、左半身がシータ姫で右半身がラーヴァナというラーマヤーナを題材にした彫刻です。頭の上には金の鹿が乗っています。この彫刻が欲しかったことを久しぶりに思い出しました。
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「幼年期のクリシュナ」ゴーダーワリー・ダッダ
ヤーダヴァ族の王カンサは多くの悪行を働いていたため神々は対策を協議して、ヴィシュヌがカンサの妹デーヴァキーの胎内に宿り、クリシュナとして誕生するよう定めました。ある時どこからか「デーヴァキーの8番目の子がカンサを殺す」という声が聞こえ、恐れをなしたカンサはヴァスデーヴァとデーヴァキーを牢に閉じ込め、そこで生まれてくる息子たちを次々と殺します。デーヴァキーは7番目の子バララーマと8番目のクリシュナが生まれると直ちにヤムナー河のほとりに住む牛飼いのナンダの娘とすり替え、2人をゴークラの町に逃がして牛飼いに預けました。 -
クリシュナは幼い時からその腕白さと怪力を発揮し、ミルクの壷を割ったために継母のアショーダーに大きな石臼に縛られた際にはその臼を引きずって2本の大木(ナラクーバラとマニグリーヴァ)の間にすり寄り、その大木を倒してしまいました。またヤムナー河に住む竜王のカーリヤが悪事をなしたことからこれも追い払います。インドラの祭祀の準備をする牛飼いたちに家畜や山岳を祭ることを勧めた際はこれに怒ったインドラが大雨を降らせましたが、クリシュナはゴーヴァルダナ山を引き抜いて指に乗せ牛飼いたちを雨から守りました。そんな怪力には思えない愛らしい姿です。
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「スーリヤ・アリパン」マハー・スンダリー・デーヴィー
女性たちが地面を掃き清めてそこに一種のマントラを描く伝統はインド国内の各地で見られる風習だそうです。米をすり潰したものと朱色の粉で描かれる絵をミティラーではアリパンと呼びます。 -
アリパンは祭りや儀礼の際に描かれますが、そこには特定の祈りがこめられます。そこは神の寄り来る座であり、描かれたものもその過程も重要とされます。
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「村の生活」サンカラー・デーヴィー
楽しそうな森の中の村の生活の一場面が描かれています。その描かれた線の緻密さには驚かされます。 -
左の家屋の中では母親が赤ん坊に父を与えています。一見すると平和そうですが一番左にはヒンドゥー教の女神のカーリーの姿があります。その足元には夫であるシヴァの屍が見えます。
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カーリーは全身青みがかった黒色で3つの目と4本の腕を持ち、4本の腕の内1本には刀剣型の武器を、1本には斬り取った生首を持って、チャクラを開き、口からは長い舌を垂らし、髑髏をつないだ首飾りをつけ、切り取った手足で腰を飾った姿で描かれています。
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広場では家事をする女性たちの前で女の子たちが遊んでいます。
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向かい合う女性たちの上には蓮の花に囲まれたラクシュミーの姿でしょうか。
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女神ラクシュミーが持っている4本の手は人生の4つの目的を表しています。1つは誰しもの持つ天命や使命とも説明される法のダルマで、2つ目は豊かさや繁栄や富を表すアルタ、3つ目は欲望とも訳されるカーマで愛、4つ目は解脱や究極の自由と訳されるモクシャの悟りです。これはこの絵からのイメージで感じた事なので違う解釈かもしれません。ただ、村の生活にヒンドゥー教が結びついていることは間違いないでしょう。
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右下に描かれた牛は富の象徴でシヴァの乗り物だったり、クリシュナは牛使いとして育ったとされています。
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「スーリヤムッキーの木」ガンガー・デーヴィー
ミティラー画の第一人者として高く評価されるガンガー・デーヴィーの作品で、完成を前の1991年に亡くなったため未完ですが彼女の最高傑作といえます。中央の木はクローブ(丁子)で、現地ではコーラルを題材としてよく描かれるそうです。 -
「ドッド・ナハーン・アリパン」ガンガー・デーヴィー
この絵も題名にアリパンとあるので神を招来する儀式用の床絵を意味します。 -
題材は蓮の花の咲き乱れる池の中に大きな魚が描かれています。インドの南東部のチェンナイにある「タラブックス」から出版されている「水の生きもの」という絵本を思い出しました。
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「結婚式」ガンガー・デーヴィー
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新郎新婦と花嫁の付き添いの女性でしょうか。詳しい説明が掛かれてないので想像するしかありません。
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手から腕にかけてヘナで模様を描いたメヘンディやサリーのような衣装から花嫁だと分かります。
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「クリシュナとラーダー」シーター・デーヴィー
牧人ナンダに育てられたクリシュナは多くの女性に囲まれ、クリシュナが笛を吹く度に慕って集まる女性たちの中にアヤナゴーシャの妻のラーダーがいました。牧夫の噂から妻とクリシュナの仲を疑い後をつけます。クリシュナはアヤナゴーシャン企みに気付き、女神カーリーの姿に変わります。 -
ラーダーは年長の既婚の女性であり、クリシュナとの愛は世俗的には不義となります。しかし笛の名手であるクリシュナが夜に吹く笛の音にひかれて外出するラーダーの行動は神への純粋な親愛の表れであって伝統的な社会的義務を超えるものとされ、「人間の最高の精神性である個我の神に対する希求の感情」と解釈されます。
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「36の月神チャンドラマ」ヤムナー・デーヴィー
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チャンドラマはヒンディー語で「月の神様」を意味します。インド天文学やインド占星術が扱う9つの天体とそれらを神格化した神の1つで、中国へは「宿曜経」などにより漢訳されました。ここでも諸星大二郎の「暗黒神話」へ繋がっていきます。
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「ヴィシュヌ神と宇宙創造」リーラー・デーヴィー
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横たわる姿のヴィシュヌの臍から1本の茎が伸びて蓮の花が咲いています。その鼻からブラフマー(梵天)が生まれ、ヴィシュヌが見る夢をブラフマーが創造して世界が生まれます。足をマッサージするのはラクシュミーです。アナンタはインド神話に登場するナーガラージャの1人で、その名は「無際限」または「永遠」を意味します。アナンタはこの世が始まる以前の宇宙が混沌の海だった時に、ヴィシュヌがアナンタを船の替わりにして、その上に寝ていたといわれます。
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「自転車」シャーンティ・デーヴィー
彼女は貧しい家に生まれ4歳の時に父を亡くします。夫のシーワン・パースワンと共に所属するコミュニティの神話「サレーシュ神」を描き高く評価され、夫と共に2012年のナショナル・アワードを受賞しました。この絵を見て何故かバルセロナのクワトロ・ガッツというカフェの壁に架かったタンデム自転車に乗るカザスとルメウを描いた大きな絵画を思い出しました。 -
「バーンズ」ビムラー・ダッタ
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結婚式を終えた新郎新婦はコ-ワル・ガルで花嫁はコーワルの中央の蓮に、花婿はバーンズ(竹)にシンドゥールで朱色の印をつけます。そこには竹のようにたくさん子供が生まれ、子孫が繁栄するようにとの願いが籠められます。
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するとこの顔はタケノコとうことになるのでしょうか。
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「ラーマとシータ」ジャグダンバ・デーヴィー
古代インドの大長編叙事詩「ラーマヤーナ」の重要な登場人物がラーマ王子とシータ姫です。この叙事詩はラーマ王子が誘拐された妻シーターを奪還すべく大軍を率いて、ラークシャサの王ラーヴァナに挑む姿を描いています。左がラーマで中央がシータ、右側はラーマの弟のラクシュマナと思われます。 -
「バス」ジャグダンバ・デーヴィー
村の近くを走る路線バスを描いたのでしょうね。屋根の上にも人が鈴なりです。この絵を見て思い出したのはニューヨークに住むアメリカ人の友人が30年ほど前にミャンマーを旅した話です。早朝の路線バスは満員だったので屋根に乗ったそうです。陽が出る前は気持ちよい風に吹かれていたのですが、太陽が出ると口の中にヘアドライヤーを突っ込まれたような熱風に苦しめられ、挙句にバスのエンジントラブルで近くの民家に避難したそうです。ミネラルウォーターは飲み干していて、このままでは脱水症状で死ぬと思ったそうです。その民家には大きな水瓶があったのですが、その濁った水を飲んだら死ぬとも思ったそうです。どうせ死ぬならと水を飲んだそうですが、物凄い下痢と吐き気に苦しんだうえにアメーバは数十年経っても駆除できないと聞きました。 -
「ホーリー祭」ラリタ・デーヴィー
ホーリー祭はインドやネパールのヒンドゥー教の春祭りで、春の訪れを祝い、誰彼無く色粉を塗りあったり色水を掛け合ったりして祝います。もともと豊作祈願の祭りでしたが、その後クリシュナ伝説などの各地の悪魔払いの伝説などが混ざります。ホーリー祭の特徴である色粉や色水を掛け合う由来は、カシミール地方の伝承でこの日に人家に押し入ってくる悪鬼ビシャーチャを追い払うため泥や汚物を投げつけたのが始まりとされます。そのため黄色は尿、赤は血、緑は田畑を象徴するとされます。 -
「入れ墨画」
ゴーダナ・ペインティング(刺青)は村では階級外とされているハリジャンのドゥサーツ・コミュニティが主に描いているそうです。ミティラー画がインドで注目されるようになった時に近くの村に住むハリジャンのリーダーが絵を描くことを薦め、後に点画とも呼ばれるハリジャンの独特な絵が生まれました。現地に行くと彼らの住む土壁の外側には点のようなものをいくつも使って蕨文様やラインが描かれているそうです。魔よけの意味があるその点を多く使うのでハリジャン画は点画と分類され、この絵のような刺青画が描かれました。ネパールの方からやってくる刺青(刺青師は女性)を生業とするナティンと呼ばれる人に紙を渡して描いてもらったそうです。 -
「アリパン」カルプーリー・デーヴィー
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「船」ボーワ・デーヴィー
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「村の結婚式」ジヴヤ・ソーマ・マーシェ
ここからはワルリー画のコーナーに移ります。ワルリー画はインド西部のマハーラシュトラ州ターネー県に居住する先住民族ワルリー(インドに住む500に及ぶ部族の1つ)によって描かれる壁画です。 -
ワルリー族は農耕で生計をたてていますが、季節的に漁労や狩猟に携わる人々もいます。森羅万象に精霊が宿ると考え万物を育む女神を拝みます。素朴な生活と精神によって描かれるワルリー画の世界はアルタミラの洞窟絵画を彷彿とさせる独特の様式を持っています。
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米をすりつぶし水を混ぜただけの真っ白な絵の具と竹を削ったペンを用いて、赤土を塗った壁に繊細でリズミカルな線描と三角形や矩形や円などの組み合わせによって展開される自然との畏敬に満ちた交感の世界が魅力的です。1972年にこの独特の表現を世に広め民俗画として育てようというインド政府の勧めで紙に描かれるようになります。
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「ヴィール神」サダシ・ジヴヤ・マーシェ
不慮の死で亡くなった人の魂は村の近くに留まり禍を起こすと言われます。家族は男性の巫女ヴァガヴァットを呼んで儀礼をしてもらいます。死者の魂がヴァガヴァットに乗り移るとヴィール(祖霊神)を立てる場所を示します。家族は木製のヴィール神を立てた後に供物を備えます。 -
「タルパーダンス」ジヴヤ・ソーマ・マーシェ
ディバーワリ(ランプの祭り)の碑には昼も夜のダルバーの音色に合わせて男も女もダンスを踊り続けます。ダルバーを吹く人が疲れると他の人が代わって吹き続けます。踊る人はダルバーに背を向けてはいけないので吹く人に合わせて踊りの輪が動きます。 -
タルバーは吹き口の部分が瓢箪で真ん中は竹で先端は棕櫚の葉を巻いて作られます。この楽器は稲が穂をつける時期から虎の神バーグの祀りまでの期間は吹いてもよいが祀りの後は吹いてはいけないそうです。
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「魚を捕る大きな網」ジヴヤ・ソーマ・マーシェ
1人の男が魚を捕るために大きな網を海に放っています。網の中には魚や亀、エビや海ヘビといった身近な生き物がかかっています。女性たちは2人1組で網の端から魚を追っています。 -
ワルリー族の中で魚を捕って生計を立てる漁師の人々はナーリープールニマに当たる7月から8月の満月の日にココナッツを海に投げて儀礼を行います。同じワルリー族でも農耕の民と漁業を生業とする人々では生活の様式が違うそうです。
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海の中にはギラーというプート(霊)がいると言われ、サリーを持って1組になって魚を捕る女性の足元にはギラーが描かれています。ギラーは海に入った者の足を引っ張って溺れさせます。
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「ベールから生まれた娘」ジヴヤ・ソーマ・マーシェ
ある村に1人の男と母親が住んでいました。母親がいろいろな娘を連れてきても気に入りませんでした。男はいい娘を連れて来るといって森の中に逃げました。森の中の木の下で休んでいると小さい頃に修行僧に言われたことを思い出します。「7つの山を越えていくと1本のベールの木がある。それにはたくさんの実が生っているが1つだけピカピカに輝いているからその実を撮りなさい。その中にいる娘と結婚しなさい。」 -
夜になって木の下で寝ているとブルジー鳥のひなを狙う蛇がやってきますが蛇を引き裂いて助けます。そしてブルジー鳥に事情を話して助けてもらい、ベールの実を持って村に帰ります。ベールの実は暗いうちに家に持ち帰らなければならないと言われていましたが疲れて眠ってしまいます。太陽の光がベールの実に当たると実が割れて娘が現れます。
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それを見ていた村の娘はベールの娘を井戸に連れて行き、装飾品を盗んで井戸の中に落としてしまいます。そして自分がベールの実の中に座りました。目覚めた男は自分の家に娘を連れて帰ります。村の娘の母親が井戸に行って水を汲むと美しい花がありました。母親が花を家に持ち帰るとベールの娘に姿を変えて事情を話します。母親は男の所へベールの娘を返してやり幸せに暮らしました。
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描かれたワルリーの村の近くには海があり、魚や海へびやカニやエビ、亀などの身近な海の生物が描かれています。
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「5人の兄妹と一人の娘」サダシ・シヴヤ・マーシェ
娘が川の上流で沐浴していると抜けた髪の毛が下流に流れていきました。下流で沐浴していた娘の5人の兄弟はその抜け毛を拾い、自分の背丈ほどもある美しい髪の持ち主と結婚すると心に誓いました。娘はそれを知ると泣きながらサードゥー(僧侶)に相談しました。僧侶は2粒の木の種(菩提樹の種)を娘に与え「井戸の周りに植えなさい。どうしても結婚を迫られたら木に登って逃げなさい。」結婚を迫られるようになった娘は大きくなった木に登り、村人や兄弟の呼びかけにも降りてこようとしませんでした。 -
村人たちが木を切り倒そうとしたため、神は見かねて自分のパグリー(男性が頭に巻きつける5m程の布)をほどくと娘を天上へ引き上げました。5人の兄弟が全員結婚した1年後に神は娘を家に送り返し、兄妹同士で結婚することはありませんでした。
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「カンサーリー女神(豊穣に女神)」シャンタラーム・ゴルカナ
貧しいながらも他人に食べ物を与える男へカンサーリー女神が米を施す場面を描いていています。女神の持つ竹籠から溢れる米は山を築くように堆く積み上げられています。 -
茶色い土壁に見立てた画面は幅305センチで高さは140センチもある巨大な絵です。
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描かれた米粒はほぼ原寸大なのですが、いったい何粒描かれているのでしょう。描いた作家の忍耐力に驚かされます。
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「月から雪の大地に落ちた枯れ葉」シャンタラーム・ゴルカナ
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ワルリー族の神話に「月に菩提樹がある」という民話があり、右上にその月を描いています。この絵を見て「月から雪の大地に落ちた枯れ葉」と題しました。
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月の中にはビーパル(菩提樹)が描かれているのが分かります。スリランカを旅しているときにアヌラーダプラの「スリー・マハ菩提樹」を参拝した時のことを思い出しました。仏陀が入滅した場所の菩提樹は失われていますが、紀元前3世紀に当時インドで栄えていたマウリヤ朝アショーカ王の娘のサンガミッター長老尼がゴータマ・ブッダの菩提樹の南枝を運び、デーヴァーナンピヤ・ティッサ王が当時の首都であったこのアヌラーダプラに植樹したと伝えられます。信者の方に交じって月夜の晩の参拝をして、菩提樹の葉を母へのお土産にしました。
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「馬とパーンチシラー神」バルー・ジヴヤ・マーシェ
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5人のパーンチシラー神を乗せた馬が夜になると村を見守るとされています。ワルリー族は結婚を取り決めるにあたり花婿側の数人が5本の酒を持って花嫁の家を訪れます。この5本の酒にはそれぞれ5人の神の名前が付けられています。この酒を一緒に飲むことによって婚約が成立し、「パーンチシラー・ホーギヤー(パーンチシラーが終った)」というそうです。
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「きつね」バルー・ジヴヤ・マーシェ
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題材のキツネがどのような意味を持つかは分かりませんが、背や尾の毛並みの表現には惹かれるものがあります。子供の頃にテレビで見た「まんが日本昔話」を思い出しました。
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国や文化が違っても同じような民話は存在するのだと思います。最近の美術展では人気のある芸能人がナレーションをする音声ガイドが流行っていますが、ここでは市原悦子か常田富士男のナレーションで作品を解説してほしいなと思いました。まあ、お二人とも鬼籍に入られていますし、入館料が100円では叶わないことですね。
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「飛行機」ジャンガル・シン・シュヤム
インド中央部マディヤ・プラデーシュ州一帯に居住するゴンド族はインドの500にもおよぶ民族集団の中でも最大の先住民部族です。独自の自然信仰を持つこの民族が祈りの気持ちを表すため、村の儀礼や祭りの際に家の床や土壁に描いていた絵がゴンド画の原点とされます。 -
初来日したジャンガル・シン・シュヤムがミティラー美術館の応接室の壁に描いた飛行機を元に擬似壁に描きなおした作品です。この絵を見て思い出したのがバリ島の絵画とカーゴ・カルトという言葉です。
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カーゴ・カルトは主としてメラネシアなどに存在する招神信仰で、いつの日か先祖の霊や神が天国から船や飛行機に文明の利器を搭載して自分達のもとに現れるという現世利益的な信仰です。直訳すると「積荷信仰(つみにしんこう)」で「海の向こうから神が豊穣をもたらす」という信仰自体は、日本のまれびと信仰や琉球のニライカナイ信仰など、アジアの島嶼地域の信仰としては普遍的なものでもあります。
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「虎」ジャンガル・シン・シュヤム
来日中の日本で描いた作品で、虎を描いた作品は他にも数点あり、画家の中では重要なモチーフだったようです。 -
虎というよりは豹のようだったり巨大なトカゲにも近いような気もしますが、近くから画面を見るとその細かい点描に驚かされます。
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髯の感じが台湾の「黄虎旗」でもありました。
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「虎」ジャンガル・シン・シュヤム
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同じ構図の作品が2点ならんでいます。
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「チャーンディ女神」ジャンガル・シン・シュヤム
チャーンディはプァルワーリー女神の化身の1つとされます。 -
プァルワーリー女神が自分に対する信仰が疎かになっていると思うとこの女神の姿になって村の中を動き回ると言われます。この女神が現れることは村にとって不吉なことで、災難や事故に見舞われたり蛇に嚙まれたりすると考えられます。
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災難が起こるとこの女神に祈りを捧げられます。女神は竹で象徴され祭壇が造られます。村ごとに女神を拝み始めると村長や村の議会のメンバーにこの女神が乗り移ります。女神が村にいる間は竹は持ち上がることが出来ませんが、豚を供物に捧げると軽くなると信じられています。
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「飛行機」ジャンガル・シン・シュヤム
1988年に来日した時初めて飛行機に乗り、その時にこれを描いてみようと思ったのだそうです。 -
村の女たちは車や飛行機は女によって作られたというそうで、その言い分は「素焼きの壷に蓋をしてご飯を炊くが、しばらくすると壷の中からいろんな音がし始める。蓋の隙間からお湯が溢れ出してくる。その時の壷の中でするガタガタ、カシャカシャという音が、車や飛行機の音にそっくりだ。だから、飛行機や車は女の人がご飯を炊くようにしてつくられたのだ。」
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「シーター姫」ジャグディシュ・バンディット
テラコッタで造られたラーマヤーナ叙事詩に登場するシータ姫です。 -
祈る姿のシータ姫はラーマに疑いを掛けられて火焔に身を投じる姿を現したそうです。ラーマヤーナに登場するミティラー王国の姫だったことを思い出しました。魔王ラーヴァナから貞操を守った身の証明のために火に飛び込みますが、火の神のアグニが現れ、清浄なることが証明されます。とても見ごたえのある展覧会でした。改めて十日町の美術館へ行ってみたくなりました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2021/06/16 06:16:14
- 民族的な香りのする作品群
- kojikojiさん はじめまして
経験したことのない芸術を観賞させていただきました。4トラベルをやらない限り、
このミティラー画に出会えなかったと思います。驚くような丁寧な解説でたいへん勉強になりました。ありがとうございました。
私が50年くらい前に京都で世界クラフト会議というイベントがあって、1週間くらい参加していましたが、知り合ったインド人の女性と行動を共にしましたが、記念に持参したスケッチブックに絵を描いてもらいましたが、今思うともしかして、ミティラー画の
流れをくむものかもしれない半抽象的なものでした。
今後ともよろしくお願いいたします。
pedaru
- kojikojiさん からの返信 2021/06/16 10:51:36
- Re: 民族的な香りのする作品群
- pedaruさん
旅行記にお立ち寄りいただきありがとうございます。ミティラー画には以前より興味があり、国内で買い求められる本を買って、いつかは現地にも行きたいと思っていたのですが、いまだに新潟の十日町の美術館にも行けずにいました。今回都内で見る事が出来たので少しホッとしています。解説といっても思いつくままに感じた事と美術館のキャプションや本を読んで知った知識ですので。今年還暦を迎えいろいろなことを忘れてしまう事も多く、備忘録としても旅行記を作成しておりますが、こうやってお便りをいただけると励みになります。
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