2009/05/17 - 2009/05/21
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SamShinobuさん
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2009年2月、この年最大の製作費を投じた大作映画がクランクインした。イランロケから始まり、アフリカのケニアロケを経て、5月になると撮影隊はタイ・バンコクにいた。撮影前に監督やカメラマンから海外ロケに誘われていたので、僕は陣中見舞いにタイロケにお邪魔した。タイは年間を通して4〜5月が最も暑くなるが、この時は想像の遥か上をいく灼熱のバンコクだった。1バーツ=約2.8円。
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2009.5.18
スイスロッジ・ホテル
小さいがその分きめ細やかなサービスが心地好い、お気に入りのホテルだ。スタッフの笑顔にいつも癒される。 -
ホテルからサラディーン駅までは約3分。その間、食堂や屋台が続いている。美味しそうな匂いが漂っているが、この日はあまりの暑さに食欲もなくなっていた。
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このトゥクトゥク、荷物積みすぎでしょう。
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タイは仏教が盛んで町中に寺院がある。特に祠に関して言えば、石を投げれば祠にあたるというくらい(そんなバチ当たりはいないと思うが)、そこらじゅうに存在し土地の神様が祀られている。とは言っても、日本だって負けてはいない。何しろ日本には神社が約8万もあり、約5万と言われているコンビニより多い。それに加えて寺院は7万7千近くあるし、道祖神や庚申塚、お地蔵さんまで入れたらそれこそ数えきれない。さすが日本、八百万の神の国だけある。
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プミポン国王(ラーマ9世)はタイ国民みんなに敬われており、この時はタイの紙幣は全てプミポン国王の肖像画だった。2016年10月に88歳で崩御された時は、国民の多くが老若男女問わず、涙を流してその死を悼んだ。
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突然のスコール。
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スタッフのバンに迎えに来てもらって、撮影現場のドンムアン空港へ向かう。空港のセキュリティが厳しくて、入るのに一苦労だった。
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到着すると、まさに撮影の真っ最中。
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ドンムアン空港は1914年に開港したアジア最古の空港だったが、2006年にスワンナプーム国際空港が開港して、定期便は全てそちらに移転した。撮影当時は、ほとんど使われていなかったと記憶している。現在はLCCの需要の高まりなどにより、再び国際線・国内線のターミナルとして活気を取り戻している。
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このシーン、映画を思い出すなあ。
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この日は曇天だったが、かなりの蒸し暑さで堪えた。
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差し入れに日本から紀州和歌山の梅干を持参した。金粉が塗してあり、食べやすいように個装されたやつだ。うだるような暑さとタイ料理の匂いに参っていた監督やスタッフ達は、たかが梅干しに「おおー!」とハイテンションで喜んでくれた。
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日本とタイの照明チーム。タイの照明スタッフの多さに、皆驚いていた。
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一度ホテルに戻って一休み。
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スタッフが宿泊しているモンティエンホテル。僕の泊まっているスイスロッジ・ホテルからすぐだ。
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夜は監督、カメラマン、照明の方と4人で、グランドチャイナレストラン(中国大酒楼)に中華料理を食べに行った。
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2009.5.19
ホテルの脇道。朝食を求めてぶらぶらした。 -
差し入れの梅干しがウケたことに気をよくして、今日は和菓子を買おうと決めた。JUSCOなら日本の食材があるだろうと目星を付け、撮影現場のスイステル・ル・コンコルドというホテルの近くにあるJUSCOに来た。案の定いろいろ揃っており、大量に和菓子を買ったのはいいが、JUSCOから現場のホテルまで1.5km程ある。頼みのタクシーは捕まらず、荷物と暑さでとても歩けないと困っていた。
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そこへ現れた救世主、バイクタクシー。さっそく交渉して、ル・コンコルドまで行ってもらうことに。バイクの後ろに乗ってロケ現場に登場すると、スタッフの皆さんに「現地の人ですか!」と驚かれた。
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ル・コンコルドはなかなか立派なホテルだった。
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カメラ・照明設備等のレンタル会社、シネレントの車が停まっている。
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劇用車のタクシーの調子が悪そうだ。
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仕方がないので、皆で押そう笑。
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ロビーに入ると、でっかい照明が。
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撮影準備が始まる。
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タイとの混合スタッフで、着々と準備が進んでいく。
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撮影開始。
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監督の厳しい視線。
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映画の中でも出てきたシャンデリアと天井画。
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撮影は午前中で終わったので、カメラマンと照明、チーフカメラマンの4人で食事に行くことになった。皆さん、タイ料理に飽きていたらしく、日本のラーメンが食べたいとのリクエスト。慌てて探すと、近くのカルフールに「8番ラーメン」があることが分かったので、そこへ。
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午後は撮休になったので、チーフカメラマンとふたりで市内観光へ行った。忙しくてどこも見ていないというので、案内することに。
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船に乗って移動。かつてはメナム川と呼ばれていたチャオプラヤ川。
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暁の寺こと、ワットアルン。
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バラック小屋のような船着き場で下船。川の水草が東南アジアっぽくて好き。
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ワットポー寺院の大寝釈迦仏。英語では、リクライニングブッダという。全長46メートル。
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仏様の足の裏。扁平足は悟りを開いた者のしるしだそうだ。螺鈿細工が美しい。
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チーフカメラマンとマッサージを受ける。ワットポー寺院はタイ古式マッサージの総本山で、現在も国が認めた医療やマッサージの教育をしている。なので、ここの施術師はワットポーマッサージを会得した英才が多い。僕もここで何度かマッサージをしたが、その度に最高のひとときを体験させてもらった。
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夜はカメラマンと合流。さすがにお疲れのようで、午後はホテルの部屋でずっと休んでいたそうだ。タイ料理の有名店、マンゴーツリーで夕食。
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マンゴーツリーはタイスキのCOCAグループが運営する一軒家レストランだが、リーズナブルで本格的なタイ料理が楽しめる。日本にもいくつか支店がある。
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食後はオープンエアーのバーで飲んだ。
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ホテル近くのパッポンナイトマーケット。毎日夕方になると屋台や露店の準備が始まり、長さ100メートルほどの道が一大マーケットに変わる。偽物の時計、財布、バッグ、アクセサリー、洋服、お土産等、値切るのが基本のアジアン市場だ。
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ここを冷やかしながら歩くのは面白いが、スリに注意が必要。あとは怪しい客引きや詐欺師も多いので、知らない人について行ってはいけません。この夜は、チーフカメラマンとバーのはしごで痛飲した。
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2009.5.20
ホテル近くのルンピニー公園で朝の散歩。 -
ここは都会のオアシスだ。
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街歩き。何しろ蒸し暑い。少し歩くとぐったりする。
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そんな時はラーメン。以前ガイドをお願いした方が、ここでスーパーバイザーとして働いていたので立ち寄ったのだ。やはり日本のラーメンは無敵だ。
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スワンナプーム国際空港。
23時55分発の全日空NH916便は、翌日、5/21の8時10分に成田国際空港に帰着。
撮影本隊は、さらにその翌日の5/22に帰国した。
この旅から何年も後に、ある映画の完成披露試写会で監督とばったりお会いした。上映後に飲みに誘っていただいて、ふたりで有楽町の中華料理店に行き御馳走になった。今観た映画の話などひとしきりしたあと、このタイロケの思い出話になって、とても懐かしく思ったものだ。監督は2019年、2020年と大作を立て続けに撮って、今まさに日本を代表する映画監督として活躍されている。その2020年に公開された監督の最新作は、あまりにも素晴らしい作品で、ひさしぶりに魂が震えるような体験をした。僕のその年の邦画ベスト1である。
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