2020/12/04 - 2020/12/05
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悠遊人(ゆうゆうじん)さん
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(写真は気比神宮の大鳥居)
敦賀はもっと理解したいところ
不思議なパワー、歴史を感じます。
きっかけは気比(けひ)神宮です。私は北海道神宮から沖縄の波之上宮まで、旧官幣大社や各国一ノ宮を中心に約50ケ所を廻り、最後に残ったのが気比神宮。今回やっと訪問することができました。
かつての大陸との交流窓口は大宰府だけとお思いでしょうが、実は倭と国交があった渤海との窓口はすべて敦賀だったのです。ここに松原客館という使節を迎える館がありました。(使節団は30回以上来日)
考えてみると、清盛が瀬戸内海の航路を整える以前は、大陸から大和や京に至るには、対馬海流に乗って、敦賀から琵琶湖を抜けたほうが早いし、安全(瀬戸内は海賊多し)なように思えます。湖東地域には百済寺など聖徳太子ゆかりの古~い寺や(湖東三山、湖南三山等の寺)も多い。
敦賀の見どころとして、博多の「虹の松原」に対し、「気比の松原」がある(どちらも日本三大松原)。さらにその近くには松原神社があるが、遺跡がもっと出ていいはず、だが何といっても気比神宮がある。
敦賀の後は彦根城に向かいます。
寒くなってきました、が
●縛れるなコロナごときは焼いて食え
ぐらいの気持ちでいきたいですね。
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-
気比(けひ)神宮大鳥居
古く飛鳥時代の創建と言われ、北陸の総鎮守、越前国一之宮である。この大鳥居は厳島神社を連想させるが、この存在感がすごい。
かつて北陸一帯は飛鳥の時代から「越」の国と呼ばれ(越前/越中/越後)、大和や出雲に負けないほど栄えていたのです。古くは越前に邪馬台国があったと主張する者さえいるほど。 -
気比神宮 外拝殿
この奥に内拝殿、本殿、四社の宮と続く
御祭神は伊奢沙別命(全国でここだけ)、神功皇后、応神天皇、日本武尊、玉姫命他さらに武内宿禰命(これも珍しい)が入っている。
そういえば6世紀初め天皇家が途絶えようとしたとき、第26代として即位した継体天皇は、なぜか大和とはだいぶ遠縁の越の地から来たのだった。 -
境内には左から大神下前神社、この宮神社、角鹿神社が並ぶ
左側奥には神が降臨した天筒山がある -
境内の西側には「九社の宮」が鎮座する。
このスタイル、羽黒山神社や下鴨神社を想い起こす
※羽黒山 https://4travel.jp/travelogue/10606005 -
特徴ある鳥の声が聞こえる。見上げればトンビが数羽神社を護っているかのよう
-
芭蕉さんも奥の細道から
●名月や北国日和定めなき 《芭蕉》
・・・北国の天気はどう変わるかわからんもんだ、今はきれいに月がみえているのに・・・ -
「猿田彦神社」がここ神宮内にもありました。
この神は天孫降臨時にニニギノミコトを地上へ案内した地上神
コーヒーの神社ではありませんよ -
金ヶ崎緑地
このあたりに北前船やポーランド孤児、また杉原千畝が発給した「命のビザ」を携えたユダヤ人難民が上陸したようです。そもそも日本海の航行は縄文時代から利用していたわけで、糸魚川のヒスイは青森の三内丸山遺跡や出雲、九州からも出土している。 -
日本三大松原のひとつ 「気比の松原」
敦賀湾は若狭湾の最奥にある
このあたり古代遺跡が出てもいい -
武田耕雲斎と水戸天狗党の終焉地 松原神社
尊王攘夷を唱える水戸天狗党はここで降伏し、耕雲斎以下藤田小四郎(藤田東湖の子)など352名が斬首された。水戸からここまで彷徨ったあげく、なんと無残なこと 幕末期、明治に活躍したはずの優秀な水戸藩士の多くは、水戸藩諸生党との内部分裂のうえ、ほぼこうして死んでいった。以後水戸からは政財界の人材がでないとか(?) -
尊攘の水戸藩士が桜田門外で襲ったのは時の大老井伊直弼(彦根藩城主)
-
その居城彦根城を訪れてみた。
コンパクトながら、地形を活かしたとてもいい城だった -
日本中展示場まがいの城が多い中、城らしい城だった。ただ松江城や松本城もそうだが天守閣への階段がきつい。60度はある。
※松江城(一部) https://4travel.jp/travelogue/11181357
松本城(一部) https://4travel.jp/travelogue/11169125 -
彦根城 西の丸
裏手(琵琶湖側)の守りの要に天秤櫓がある(三重櫓) -
彦根城博物館にて
立派な能舞台がありました。お面を被ってみました -
彦根城博物館にて
対面のお面に睨みつけられました -
かつての宿敵 水戸市(現在は親善友好都市)から贈られた二季咲桜が咲いておりました。この桜は冬と春に二度咲くのです。(と立て札に書いてある)
なお私は水戸城本丸跡にある高校出身なので,ちょっぴり複雑な気持ちです。水戸は黄門さまと納豆だけじゃないんだぞ!
※湖東三山 https://4travel.jp/travelogue/11081131
さて今回の旅では、岩倉具視と尊攘派、清盛と祇王寺、井伊直弼と清涼寺、越と京/大和、敦賀市/彦根市と水戸市などが繋がりました。
※今回の概算(京都を含めた5泊6日)
・JR ¥21,800
・京都&敦賀バス代 ¥4,000
・ホテル代5泊5朝食 ¥22,000
・入場料 ¥4,000
(合計)約5万円ほど
◎写真は同じものを何枚でもプリントできるから一枚一枚には価値がないとお思いでしょうか?
ーバカ言っちゃいけませんよ。なら音楽CDは?小説は?どんだけ刷ってんの?売れるほど価値がないと言われますか?
写真は何枚プリントしようと原版(ネガ)はひとつだけ
、その日そのときの125分の1秒の記録なのです。同じものなど物理的にありえないものであって、捉えた中身にこそ価値はあるのです。
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