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大興寺山門の凄い形相の仁王像に見送られて、次に隣町観音寺市にある第六十八番神恵院、第六十九番観音寺に向かった。この二つの霊場は同じ敷地内に併存している。元々は別個の場所に所在していたが、明治の廃仏毀釈・神仏分離令によって、琴弾山上にあった神恵院は山上の宇佐八幡宮分霊の琴弾八幡宮と分離され、この山の麓にあった観音寺境内に本殿を移した結果、二つの霊場が併存する形となった。開基は二つの霊場ともに、法相宗の高僧・日証証人と謂れ、大宝3年(703年)とのことである。今年の6月愛媛(伊予)を巡礼したが、久万高原の山中に第四十四番大寶寺を参拝したが(愛媛(伊予一国)ドライブ巡礼(33)四国霊場第四十四番札所大寶寺に参拝。https://4travel.jp/travelogue/11637777)、この三つの霊場は丁度同じころの創建である。所謂、天武天皇による大宝律令が発布された頃のこと、弘法大師が活躍した時代よりも凡そ100年ほど前のことである。<br /><br />香川は四国4県の中では面積は一番小さいが、人口は愛媛に次いで2番目に多く、その密度は愛媛の倍、高知の4倍程の人口密度になっている。従って市町村が密接していて、恰も東京都下とか大阪府下のように、中小の都市が隣り合わせに密着していて、三豊市にある第六十七番大興寺からここ観音寺市にある第六十八番神恵院までは10キロも離れていない。車で20分程度の距離だ。駐車場の正面には大きな一つのカラー看板に二つの霊場が仲良く案内されている。事前のガイドブックでは、2つの寺が近いことは近いが、それぞれ別個の境内を持っているかと理解していたが、ここへ来て、2つの霊場は全く同じ境内にあり、山号も又七宝山で全く同じ。それは比喩は悪いが結合双生児、シャム双生児のようにも思えた。<br /><br />第六十八番神恵院(じんねいん)。山門は観音寺と共通のものであり、中の仁王像は先の大興寺同様、荒々しい形相で、悪人は入山できそうにない。先の大興寺の半分ほどの石段を登った先が境内になっていて、2つの霊場は左右に鎮座している。右側が観音寺で、左側が神恵院。愛媛の今治に南光坊という「寺」を使わない珍しい霊場があったが、ここも「院」と称して、寺を使用していない。寺と名の付かないの霊場は八十八ケ寺の中でこの2ケ寺だけだ。何か歴史の中に埋もれた知られざる歴史があるのかも知れない。<br /><br />左手の神恵院は真っ白のコンクリ箱のような感じで、お寺とは思えない、というか随分垢抜けた感じの博物館のようにも思える。誰のデザインか、薄暗い入り口を入り、少し階段を上ると正面に本堂があった。そこの部分は外光が差し込んできて、薄暗い中に何か幽玄な感じがする。ご本尊は阿弥陀如来だ。自身の誕生仏。オンアミリタテイセイカラウン。自分の命・誕生にに感謝した。

四国霊場最後の巡礼(11)次の霊場、神恵院、観音寺へ。

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2020/11/09 - 2020/11/14

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ちゃお

ちゃおさん

大興寺山門の凄い形相の仁王像に見送られて、次に隣町観音寺市にある第六十八番神恵院、第六十九番観音寺に向かった。この二つの霊場は同じ敷地内に併存している。元々は別個の場所に所在していたが、明治の廃仏毀釈・神仏分離令によって、琴弾山上にあった神恵院は山上の宇佐八幡宮分霊の琴弾八幡宮と分離され、この山の麓にあった観音寺境内に本殿を移した結果、二つの霊場が併存する形となった。開基は二つの霊場ともに、法相宗の高僧・日証証人と謂れ、大宝3年(703年)とのことである。今年の6月愛媛(伊予)を巡礼したが、久万高原の山中に第四十四番大寶寺を参拝したが(愛媛(伊予一国)ドライブ巡礼(33)四国霊場第四十四番札所大寶寺に参拝。https://4travel.jp/travelogue/11637777)、この三つの霊場は丁度同じころの創建である。所謂、天武天皇による大宝律令が発布された頃のこと、弘法大師が活躍した時代よりも凡そ100年ほど前のことである。

香川は四国4県の中では面積は一番小さいが、人口は愛媛に次いで2番目に多く、その密度は愛媛の倍、高知の4倍程の人口密度になっている。従って市町村が密接していて、恰も東京都下とか大阪府下のように、中小の都市が隣り合わせに密着していて、三豊市にある第六十七番大興寺からここ観音寺市にある第六十八番神恵院までは10キロも離れていない。車で20分程度の距離だ。駐車場の正面には大きな一つのカラー看板に二つの霊場が仲良く案内されている。事前のガイドブックでは、2つの寺が近いことは近いが、それぞれ別個の境内を持っているかと理解していたが、ここへ来て、2つの霊場は全く同じ境内にあり、山号も又七宝山で全く同じ。それは比喩は悪いが結合双生児、シャム双生児のようにも思えた。

第六十八番神恵院(じんねいん)。山門は観音寺と共通のものであり、中の仁王像は先の大興寺同様、荒々しい形相で、悪人は入山できそうにない。先の大興寺の半分ほどの石段を登った先が境内になっていて、2つの霊場は左右に鎮座している。右側が観音寺で、左側が神恵院。愛媛の今治に南光坊という「寺」を使わない珍しい霊場があったが、ここも「院」と称して、寺を使用していない。寺と名の付かないの霊場は八十八ケ寺の中でこの2ケ寺だけだ。何か歴史の中に埋もれた知られざる歴史があるのかも知れない。

左手の神恵院は真っ白のコンクリ箱のような感じで、お寺とは思えない、というか随分垢抜けた感じの博物館のようにも思える。誰のデザインか、薄暗い入り口を入り、少し階段を上ると正面に本堂があった。そこの部分は外光が差し込んできて、薄暗い中に何か幽玄な感じがする。ご本尊は阿弥陀如来だ。自身の誕生仏。オンアミリタテイセイカラウン。自分の命・誕生にに感謝した。

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
レンタカー
  • 駐車場の正面には二つの霊場が仲良く並んで案内されている。

    駐車場の正面には二つの霊場が仲良く並んで案内されている。

  • 霊場山門だ。この山門は神恵院、観音寺、共通の山門になっている。

    霊場山門だ。この山門は神恵院、観音寺、共通の山門になっている。

  • こちらの仁王像も先刻の大興寺同様、迫力がある。

    こちらの仁王像も先刻の大興寺同様、迫力がある。

  • 共通の境内で、左手が神恵院。

    共通の境内で、左手が神恵院。

  • 神恵院本堂は随分モダンな感じのコンクリートで覆われている。

    神恵院本堂は随分モダンな感じのコンクリートで覆われている。

  • 博物館のような中に入っていく。

    博物館のような中に入っていく。

  • コンクリート覆の中には本堂があり、ご本尊阿弥陀如来が祀られている。

    コンクリート覆の中には本堂があり、ご本尊阿弥陀如来が祀られている。

  • その向かいには交通安全の地蔵さんが祀られていた。

    その向かいには交通安全の地蔵さんが祀られていた。

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