2007/12/23 - 2007/12/28
4位(同エリア59件中)
まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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①12/23(日)東京(950)→NH923→広州(1405) 広州(21:25)→K407→ 列車(軟臥)
②12/24(月) →海口→三亜(12:39) 三亜/東海縁旅館
③12/25(火) 三亜 三亜/金豊海鮮客房
④12/26(水) 三亜(海口日帰り) 三亜/金豊海鮮客房
⑤12/27(木) 三亜(1300)→ バス/車中泊
⑥12/28(金) →バス珠海→マカオ マカオ/Hotel Central
⑦12/29(土) マカオ(世界遺産観光) マカオ/Rio Spa
⑧12/30(日) マカオ マカオ/リスボアホテル
⑨12/31(月) マカオ(9時頃)→珠海(945)→広州(1435)→NH116→名古屋(1910)
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海南島は地理的に何となく興味のあった。中国のハワイともいわれる常夏の島だが、経済特区の先駆けの地として観光でも経済でも発展を続ける。
そして海南島とは別に最近いろんな意味で世界一のカジノ都市となったマカオにも行ってみたい。そんなわけで広東省を中心に中国南部を巡る旅に出ることにした。華南地区には国際空港が3つあり、香港、広州、マカオのいずれかを選ぶことになるが、今回のゲートウエイは広州になる。広州白雲国際空港は中国で最も発着便の多い空港で、そこに日系航空会社が競って就航している。広州線は日系自動車会社の工場関連のビジネス客が多く、ドル箱路線になっている。そのためサービス競争も激しく世界でも希少な独特の航空機「ビジネスジェット」を全日空が就航させている。それを利用するのも今回の旅の目的の一つだ。
出発の2時間前には成田空港。今回から出国審査は自動化ゲートを利用することになる。そのため事前にわざわざ東京入国管理局に出向いたのだ。成田空港でも手続きは可能だが、最近朝早いフライトが多く、手続きの行われている時間にタイミングが合わなかったからだ。それはさておき1ヶ月前に開始されたこのシステムはまだ認知度は低く、比較的混雑している入国審査場とは裏腹に誰も利用している人はいない。長蛇の列を横目にパスポートをかざしゲートに入った。指紋の照合でそのまま審査場を通過することになる。従来の行列の人たちから注目の的だが、今後徐々にこのゲートの利用者も増えてくるのだろう。 -
広州までは所要約5時間。隣にも人が座ってきたが離陸後乗務員が気を利かせて移動させてくれた。こういう場合は窓際優先だ。乗車率は50パーセントといったところだろうか。食事前のスナック。全日空は中国路線就航20周年のキャンペーン中だ。パンダが目を引く。
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今回は洋食をお願いした。牛フィレ肉などが出てきた。まぁまぁ美味しかった。
デザートはパンダの顔のシュークリーム?
14時15分、雨交じりの広州白雲国際空港に着陸した。ターミナルビルは巨大だ。
入国審査は国際線が少ないこともあり、北京や上海のような長蛇の列はなく、荷物が出てくるのを少し待つ程度ですぐに到着ロビーに出ることが出来た。空港バス乗り場もすぐに見つかり、広州駅前へのバスに乗り込んだ。 -
広州の気温は13度で雨。東京より少し暖かいが全く同じような天候だ。広州では何も予定がなく、しかもこの天気。出来るだけバスにゆっくり乗っていたかったが45分ほどで広州駅近くの路上で降ろされた。だだっ広い広州駅前。水溜まりだらけの荒れた舗装道路に大量の人が行き交い、歩きにくいことこの上ない。これから切符の受け取りまでの約4時間どうしようかと思っていたら荷物預かり所を発見した。少しホッとした。4元のところサイズが大きいとかで8元取られたが身軽になり気分も楽になった。
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広州の地下鉄はホームドア完備の最新の地下鉄でアジアでは一般的なスタイルになりつつある。昔からある日本や韓国の地下鉄がますます古くさく感じる。地下鉄で繁華街のある公園前駅へ向かった。
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広州の繁華街、北京路や文明路を散策。モダンで近代的な街並みであると同時にショップハウス風の古いビルも多く残る。ショッピング街には昔ながらの古い中国の風景が残り、広州の街並みも歴史を感じる部分が多い。
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雨さえ降っていなければ歩いていてもっと面白かったかもしれない。
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午後7時前には広州駅に戻ってきた。
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19時半に広州駅前の広場に面した広東国旅酒店(隣がケンタッキーのホテル)のロビーで海南島の三亜へ向かう鉄道の切符を受け取ることになっている。
今回の旅行は海南島への列車の旅からはじまるのだが、現時点で日本で(北京や上海など一部を除き)広州発の鉄道チケットを扱う旅行会社はなく(個人旅行に強いア○ロ△にも断られた)、国際電話で現地の旅行代理店に手配を依頼することになった。
結果ここで受け取る段取りになっている。とにかく鉄道の切符を受け取らないことには今回の旅ははじまらない。
予定より30分早く、19時にホテルのロビーに向かうとすぐに待ち合わせをしていた担当の宋さんを見つけることが出来た。
受け取った切符。 -
広州発の出発案内。
出発まで2時間あるが預けていた荷物を受け取り、宋さんの見送りを受けて駅構内の待合室へ向かった。軟臥用の待合室があり、ソファーでくつろぐことが出来る。 -
客車は最新型の車両を使用している。トイレもタンク式で窓もほとんど開かないタイプだ。
21時25分、定刻通り出発。時間も遅いし、上段なのでそのまま眠ることにした。
写真は軟臥の個室。 -
翌朝夜明け前、車両が前後に行ったり来たりと不自然な動きを始めた。
列車は海南島への鉄道連絡船が出港する海安港に到着したようだ。
ここで車両を細かく切り離し、船に積み込む準備をしているようだ。 -
平行してすでに切り離された広州からの同じ車両が停まっていた。硬座車両の様だが、ずいぶん空席が目立つ。
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船の積み込みを待つ客車
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到着した船から上り列車が積み下ろされる。
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この列車が出た後、我々の列車が船に積み込まれる。
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午前7時過ぎ、いよいよ我々の列車が船に入り込む。
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とにかく今回の旅のハイライトといっても良い列車ごと船に乗り込む。北欧南部でも行われているシステムだが、アジアでは例はなく、僕自身は初めての経験だ。
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船には14両編成の列車が3+4+4+3と4編成に分割されたようだ。
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やがて線路がはずされ、出港の準備が始まった。
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客車と共に海南島へ向け、出港。
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船に乗り込んだものの、乗客は客車から降りられず、トイレもそのまま車両のを利用することになる。そのための最新式タンク式トイレなのだと実感した。
我々の車両は外側の線路のため窓から海を眺めることが出来る。船は少しよれる程度であまり船に乗っている実感はない。 -
客車内にあった安全の手引きには緊急時、客車から船に出てボートに乗り込む手順が記されている。
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本土を出航した船は1時間ほどで海南島の玄関口である海口港に到着した。
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早速、列車の積み出し作業がはじまる。
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海口港での列車積み出し作業。
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切り離した車両を通りの編成に戻し、すぐ先の海口駅のプラットホームへ向かう。
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海南島が属する海南省の省都である海口。
海口駅は市街地からずいぶん離れているが、寝ている間に到着することを考えるとバスより楽な移動になる。
ここで広州以来初めて列車から降りることができ、外の空気を吸うことが出来た。 -
列車は時間に正確な中国にしては珍しく1時間遅れで運行している。海口で降りる人は結構いるようだ。ここから三亜まで利用する乗客もちらほら。
海口駅を出発。 -
海口駅を出発してしばらくするとSLが停まっているのが見えた。海南島は日本統治時代鉄道が敷かれ、近年本土との連絡鉄道工事期間までは島内のみ独自の鉄道が走っていた。連絡船の開通で海南島の運行システムは大きく変わってしまったが、そのため放置されたようでボロボロの客車も多く、スクラップ状態で車庫に停まっている。
車庫への線路は錆びつき今後どうなるのかが気になるところだ。中国では最近までSLが主力機関車として普通に走っているという話を聞いたことがある。あれは海南島のことだったのだろうか。廃止されたなら残念だ。 -
列車は海南島をかなりの高速で快走。
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水田地帯が広がる。
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河を渡る際、鉄橋の橋桁だけが残っている場所があった。
かつて複線だったことなどあり得ないので新しく橋が架けられたのだろう。 -
昼間になっても車内販売はほとんど来ない。
せっかくなので食堂車に行ってみたら弁当しかないといわれた。
結局、食堂車で弁当を食べる羽目になってしまった。弁当代10元(15円)。 -
列車は単調な風景の中、1時間遅れで午後2時半に三亜駅に到着した。
新たに完成した三亜駅は町の中心部からずいぶん離れているようだ。 -
広州からの列車の行き先表示板。編成の一部は上海からの直通だ。
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三亜駅に到着。
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到着した列車からたくさんの乗客が駅前に出るが、市内へのバスは1台しかなく、乗客が殺到している。
タクシーも少なく、いつの間にかすべて客を乗せていなくなってしまった。ずいぶん寂しい駅だ。
でも急ぐことはない。駅前をうろうろしていたらタクシーに乗る客も減り、運転手の方から声がかかった。とりあえず大東海ビーチへ向かうことにした。他にも客がいて相乗りになってしまったが、料金が安くなることもない。40元(600円)と高いがバスでちんたら行くより気楽だ。 -
タクシーは中心部を通過。相当な距離を走って三亜の東にある大東海広場に到着した。
この一体には大東海ビーチというリゾート地になっている。
三亜市街に近く大衆的な雰囲気のリゾート地になっている。
とりあえず広場周辺で安い宿はないか見回したら偶然「東海縁旅館」という文字を発見した。この広いエリアですぐに見つかったのは奇跡に近い。 -
宿はアパートの2階を利用しており、1泊120元(1800円)。
場所を考えるとこの安さは最高だ。 -
部屋もシャワートイレにエアコンテレビ付きでかなり広い。ポットも完備しているのでお茶を買って来ればリラックスできる。とにかく設備的には中級ホテル並みでフロントのねえちゃんも愛想が良く気に入った。
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宿からビーチも近いが、常夏の島とはいえ今は乾期で気温も低く、照りつける太陽の日差しは強くない。
今日はあまり泳ぐ気にはなれない。
周辺にはリゾートホテルが林立していて欧米人の姿もちらほら見かける。その大半はロシア人とのことだが。大東海地区の街並みは人工的で全く面白みがない。でもレストランやショップは多く、滞在中不便を感じることはなさそうだ。 -
夕方バスで三亜の中心部へ出てみた。バスは番号さえ覚えれば使い勝手がよく本数も多くて便利だ。バスは町の中心部に入り解放路北へ進んだ。三亜バスターミナルがあるあたりが中心部らしくマクドナルドなどファーストフード店も多く目につく。
巨大な商業ビルが建ち並ぶ様は典型的な現代の中国地方都市の姿だ。
三亜河沿いはビルの夜景がきれいだ。 -
夕食は鴨とジャガイモの鍋を頼んだが、すごい量だ。しかも辛く、いまいち。
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翌朝は今回の旅行で初めての快晴。
午後から雲が多くなるかもしれないがリゾート地はこうでなくてはいけない。しかし気温は上がらず湿度も低いので日焼けが出来るような気候ではない。
大東海広場の記念碑。 -
水も冷たそうで泳ぐ気にもなれない。朝は人もまばらだ。
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でもビーチ沿いは海水浴客用のビーチパラソルが立ち並ぶが客はあまりいない。
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大東海の街に出たがリゾート地の朝は活気がない。食堂も数えるほどしか営業しておらず、幹線道路から少し入った通りの海鮮料理屋で朝粥を食べることにした。
昨夜宿泊した宿に戻り、もう1〜2泊したいとフロントに申し出た。
日中は昨日と同じ愛想のいいねぇちゃんだ。しかしこの部屋は10日前から予約している客がいるとかで無理とのこと。他の部屋に移動するにもすべて満室。付さんは申し訳なさそうに他の宿に移動してもらうしかないと言ってきた。しかしこの界隈では同じような値段で泊まれる宿は存在しない。
ここで働いている付さんが言うのだからそうなのだろう。
「三亜の市街地なら安い宿があるし、ここまでバスですぐに来られる」。そう言って市街地の宿を勧めてくれた。
三亜で安く快適なリゾートライフを送れると思っていたが、そんなうまい話はなかったということか。悩んでいると付さんは自分の友達の宿が中心部の方にあるとかで電話を掛けて予約してあげると言ってくれた。
当てもなく市内をうろつきたくはないのでお願いすることにした。すると車で迎えに来てくれることになった。ただし有料で10元(150円)だったが、タクシーに比べれば安い。荷物を背負って町中をうろうろする必要がないので有り難い。中国の宿でアットホームなサービスを受けられるとは意外だった。 -
車で向かった先は三亜の中心部にほど近い一軒のレストランだった。場所は比較的バスターミナルに近い。
上の階が宿泊施設になっているようだが、レストランがメインのようで「海鮮金豊」という名がホテルの名前となっている。店員も感じが良い。さすがに知人の紹介による特別な客なので店員が無愛想なわけがない。すでにこの旅館の仲間として扱われているようだ。 -
上層階が宿泊施設になっている。
一泊は昨日と同じ120元だ(1800円)。
レストランは生け簀の魚介類をその場で調理してくれるので食事も不自由はない。ここでも快適な滞在が出来そうだ。付さんに感謝。
案内されたのは最上階の風通しの良い部屋で無駄に広くなく、コンパクトにまとめられていてテレビやエアコン、シャワー・トイレ、そして湯沸器も完備している。
一度市街地に来てしまうと今日はもう海に行く気にはなれない。結局今日一日天気は良かったが風は強く、暑さは感じられなかった。 -
夕方三亜の中心部へ出た。
三亜の市街地も海に面していてリゾート気分が味わえるが、ビーチパラソルなど海水浴を楽しむ設備は全くない。 -
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中心部の海側にある三亜駅の旧駅舎は取り壊され、線路だけが残っていてかつての駅があった面影をとどめている。
ここまで鉄道が来ていればずいぶん便利なのだが、巨大化してしまった中国の鉄道関連施設はこのスペースには収まらないので無理もない。もはやここも再開発を待つのみといった感じだ。 -
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周辺には古い建物が残る。
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一方モダンなショッピングもあり、三亜も中国有数のモダンな街になりつつあるようだ。
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夕食は宿泊している宿の一階で食べることにした。
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生け簀の中で泳いでいるウツボを食べてみたくなったのだ。
スキューバーダイビングをしているとき海底の岩場に隠れているウツボはクマノミなどと共に最高の撮影ターゲットだった。あの時ウツボを食べようなどと考えもしなかった。
でも三亜に来て初めてウツボが食材として売られているのを見て衝撃を受けたのだ。 -
一匹で80元(1200円)と結構高いが経験として食べてみたい。そんなわけでどんな味か楽しみだ。
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出てきたのはショウガで炒めた料理で見た目は白身魚だ。骨が多く少し食べにくいが味はチリで食べたコングリオ(巨大穴子)と同じだ。結果としてウナギや穴子の仲間のようだ。
さすがに全部食べるのは大変だったが、ウツボを食べられたので三亜まで来た甲斐がある。 -
(翌朝)
宿泊している宿の道路を挟んだ向かいに繁盛している飲茶の店があった。そこで朝ご飯を食べる事にした。 -
値段も安く、一品4元〜(60円)種類も豊富だ。
朝から満足のいく食事が出来た。 -
バスターミナルに向かい、明後日のマカオに隣接する珠海行きの切符を予約しようとしたら明後日のバスはない(席がないのかバスがないのか分からないが)とかで明日の出発になってしまった。
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同じ窓口でこれから出発する海口行きの切符も購入することにした。20分に1本出ているのでちょうど5分後のバスですぐに乗り込むことが出来た。
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路線バスなのにバスガイドがいると思ったら車掌らしい。
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海口までは高速道路で約4時間。島の反対側で海南島は九州と同じくらいの大きさの島だが、ずいぶん気軽に行けるものだ。昼過ぎには海口の南バスターミナルに到着した。
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海口の南バスターミナルは空港と見間違うような立派なターミナルビルだ。
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海口は海南省の省都で街の規模はかなり大きく、とてもうろうろ出来るような場所ではない。要所だけ見られればいいのでわざわざ宿泊するほどでもないと思い三亜から日帰りすることにした。
街の中心へは18番の市バスが便利そうなので乗り込んだ。目指す場所は老街と呼ばれる一角だ。
とりあえず海口観光の拠点になる鐘楼前でバスを降りた。 -
鐘楼の南、湖の北側にある華北路、華南路は百年以上前の建物が今でも多く残っている地域だ。リゾート地の三亜は歴史が浅く、古い建物は皆無だった。海南島の歴史を感じるには海口に来る必要がある。そんなわけでこの街を散策してみることにした。
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海南省の省都、海口の老街。
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海口滞在はわずか3時間ほどだった。うち一時間は18番のバスで南バスターミナルと鐘楼間の往復に費やし、車窓見学となった。
急速な発展を遂げる海口の近代的な街並みは、他の発展する中国の地方都市と何らかわらず、眺めているだけで十分で歩き回ろうとは思わない。
夕方4時半には南バスターミナルに到着し、そのまま三亜行きのバスに乗り込んだ。
三亜へのバスは休憩なしで走り続ける。日が暮れ三亜に到着したのは夜の8時。 -
お腹が空いてきたので蘭州牛肉麺の店に入った。三亜に限らず中国各地で見かけるが、ラーメンの発祥地は蘭州なのだろうか。
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注文した蘭州牛肉拉麺。
6元(90円) -
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朝食を食べるために部屋を出ようとしたら鍵が見あたらない。
チェックアウトの12時までに探さなくては。
とりあえず部屋は開けっ放しで昨日と同じ飲茶を食べに行くことにした。鍵がないので落ち着かない。 -
12時にチェックアウトを済ませ、バスターミナルへ向かった。結局僕を車でこの宿へ案内してくれた人には滞在中一度も会うことはできなかった。
残念だが出発だ。
とりあえずバスに乗る前に軽く食事を済ませておきたかったが、バスターミナル周辺の食堂はどこも人でごった返している。マクドナルドも大行列なのでバスターミナルの横の売店でパンを買って食べることにした。食の豊かな中国でパンを食べるほどひもじく感じることはない。 -
三亜のバスターミナルからマカオに隣接する珠海までは寝台バスを利用することになる。所要時間は18時間くらいだ。バスは20分前にすでに到着していたのでそのまま乗り込んだ。
車体は新しい感じだったが、中は湿気臭く、パイプだらけですごい圧迫感だ。 -
十年前に一度(西寧〜ゴルムド間で)利用したときは座席配置が2+2だったがこのバスは1+1+1と各座席が独立しているので多少ゆとりはある。
ただこのバスは身長175cm以上ある人にとってみればかなり窮屈で足を十分に伸ばせない。でも横になれるだけマシなのかもしれない。車内は土足厳禁で靴で上がり込もうとしたら運転手に注意された。 -
バスは半分くらいの乗客を乗せ、定刻通り13時に三亜を出発した。
車内はこんな様子だ。 -
このバスは海口までの間、何度か高速道路をおり、途中の町に立ち寄りながら夕方5時半には海口に到着し、新港に到着した。
ここでトイレ休憩だ。寝台バスの外観。 -
海口の新港。
ここから船に乗るのかと思ったらここで食事休憩があるのみだ。 -
とりあえず軽くもつの煮物を食べることにした。
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バスは再び町中を走り海口・秀英港という場所にやってきた。
なんとか港に到着した。すでに日は暮れ真っ暗だ。バスを降りフェリーターミナルに引率され各乗客に乗船券が手渡された。しばらく待たされたあと乗船が始まった。乗客は全て座席タイプの船室だ。 -
我々が乗船したのと同じタイプのフェリー。
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海口を出航したのは夜8時前だ。三亜を出てすでに6時間以上がすぎている。
さらば海南島。 -
1時間半の乗船の後、9時半に大陸側の海安港に到着した。こちらは海口とは違い周辺は真っ暗だ。下船しバスが船から出るのを待ったあとバスに乗り込みすぐに出発。車窓は辺鄙な農村といった感じで大きな建物もなく、ッそりと人が暮らしている。海南島から来ると別の国に来たような感じさえする。そのまま眠りにつくことにした。
バスはひたすら走る続けた。
翌朝ほとんどの客は終点の珠海を待たずしてバスを降りていった。珠海の街も典型的な中国の新興都市といった感じでだだっ広い大通りに無機質な高層ビル群が連なっている。
ちょうど空が明るくなってきた朝7時、香洲バスターミナルに到着した。 -
珠海の香洲バスターミナルからマカオへの検問所(旧国境)がある抗北に市バスで向かうことになる。珠海の街は広いがターミナルとなる場所は限られているので市バスは利用しやすい。抗北へ向かうバスはすぐに見つかった。
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抗北のターミナルまではバスで15分ほどだ。
途中見慣れたジャスコの横を通過。 -
時間が早いからかバスは比較的空いている。バスに乗り込んできた乗客のほぼすべてが抗北のゲートでバスを降りた。みんなマカオに通勤している中国人だ。マカオは中国人の労働力を頼らないと成り立たない地域になっている。
ゲートを背にした珠海の町並み。中国らしく整然としている。 -
中国側・抗北の立派なゲート。見栄なのか中国は国際的な場所を無駄に巨大な建物にしたがる。とりあえずマカオへのゲートを通過することにした。マカオへの検問所は予想通り中国からマカオに働きに行く中国人で混み合っている。
中国出国は外国人専用レーンがもうけられている。中国の出国審査員は妙に愛想が良い。マカオの役人ならまだしも中国人の役人に笑顔があったのは意外だった。その中国ともしばらくお別れだ。歩いてマカオ側のゲートへ向かった。 -
マカオの入国ゲート。「入国」をはじめ至る所にポルトガル語が併記されているのでマカオに来たと実感がわいてくる。
マカオ入国は中国人と同じ列に並ぶことになる。でも列は長くても進むのは早い。
ほとんどの中国人はフリーパスでスタンプもない。僕のような外国人の方が手続きに時間がかかるようだ。 -
マカオに入国。目の前には香港でよく目にするお化け屋敷のような高層ビルがそびえ立っている。でも建物の細かい部分に器用さが感じられ、一見新しく見えても近づくと雑な中国の建造物とは全く違う新鮮さがある。
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旅行記グループ 2007年 華南を巡る
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