2014/06/19 - 2014/06/23
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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6/19木 成田(1855)~ヒューストン(1710/2105)~ (機内)
6/20金 ~サンパウロ(900) サンパウロ(2215)~ (バス)
6/21土 ~サン・ジョアン・デル・レイ(チラデンチス) HOTEL BRASIL
6/22日 サン・ジョアン・デリ・レイ(915)~ベロ・オリゾンテ(1415)~オーロプレット Pousada Vila Rica
6/23月 旧市街観光 オーロプレット(2200)~ (バス)
6/24火 ~リオ(530) リオ観光 Hostel Ze Carioca
6/25水 リオ(フランスVSエクアドル/マラカナンスタジアム) Hostel Ze Carioca
6/26木 リオデジャネイロ~リオ・ダス・オーストダス Skandalo Pub Pousada
6/27金 リオ・ダス・オーストダス~リオデジャネイロ リオ(2315)~ (バス)
6/28土 ~サンパウロ サンパウロ(2100)~ (機内)
6/29日 ~IAD(640/810)~JFK(923/1230)~ (機内)
6/30月 ~東京(1525)
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2014年のワールドカップはブラジルで開催されることになった。2度目の開催で1950年以来64年ぶりだ。サッカー大国ブラジルでのワールドカップには特別な意味がある。
ブラジルは4年ぶりの訪問になるが今回は今まで行ったことがないブラジル中部の歴史遺産が残る都市を訪問する。ワールドカップ開催に沸く各地の雰囲気はとても興味がある。
【6月19日(木)】
今回はユナイテッド航空のヒューストン経由でサンパウロへ向かう。ユナイテッド航空とコンチネンタル航空の合併から4年経つが、今回のフライトはルートも機材も旧コンチネンタル航空の名残を多く残している。そして成田に到着が遅れた事による遅延もコンチネンタル航空らしい。15分遅れでの出発で乗り継ぎ便にまったく影響はないが、このコンチネンタル航空の嫌な思い出がよみがえる。僕がコンチネンタル航空に関わると常に遅れているイメージがあるからだ。今回も含めて。最後に利用したときもアルバからニューヨーク線でニューヨークの宿泊先の門限に間に合わず、泊まりっぱぐれた経験がある。
機内食はユナイテッド航空スタイルに統合されたようで出された豚丼は案外美味かった。アジア系のアシアナ航空よりも美味いのは皮肉だ。しかしアルコール関係は有料となる。
ヒューストンまでは12時間。夜行便なので寝る体制に入り、乗っている時間は短く感じる。しかし到着後は究極の時差ぼけが待ち構えている。
アメリカでは通常預け入れた荷物は最初の到着地で一度受け取って税関検査を受ける必要がなある。アメリカの悪しき習慣の一つだが、今回ヒューストン空港ではその必要がなく、ダイレクトで目的地まで送られることになった。国内線乗り継ぎの乗客だけ手荷物を受け取り、通常通り税関検査を受けて預けなおすことになる。このシステムは全米に広げて欲しいと思う。とはいえアメリカへの入国審査は相変わらず必要で乗り継ぎなので質問は大してなかったが、国際線乗り継ぎの入国審査もなくしてもらいたいものだ。
荷物はサンパウロにダイレクトで送られるので、そのまま税関を通過し出発ロビーへ向かった。再びセキュリティーを受けて搭乗口へ。サンパウロへの乗り継ぎは4時間ある。ちょうどワールドカップのギリシャ・日本戦が行われていて、空港内のWi-Fiが45分まで無料だったので結果を知ることが出来た。 -
旧コンチネンタル航空のハブ・ヒューストン空港の様子。
21時発のサンパウロ行き。サンパウロまでの機材はB767。 -
【6月20日(金)】
サンパウロには午前9時に到着した。ユナイテッドはワールドカップを機に新たに開業したターミナル3に到着した。入国審査は広々としていたが、この時間各地からのユナイテッド航空便が集中するため入国審査は混雑していた。でも急ぐ必要はないので、のんびり手続きを待つことにした。 -
到着ロビーは真新しく、まだ工事中のレストランなどもある。ターミナル3から市内へはタクシーや空港バス以外は今まで通り昔のターミナル1へ移動してからの移動となり少し不便だ。シャトルバスは頻繁にやってくるので移動は容易でとりあえずターミナル1へ向かった。
空港から市バスで地下鉄の駅があるタツアッぺ駅へ向かい、一度長距離バスタ-ミナルがあるチエテへ向かった。チエテのバスターミナルで今夜向かうサンジョアン・デル・ヘイへのバスを予約しなくてはならない。バスは夜行便が三本あるだけだ。22時15分発を予約することにした。荷物はバスターミナルで預けることになる。夜まで市内へ時間をつぶすことになる。
今回のブラジル旅行も最初からハードなスケジュールだ。午前中に到着して荷物は預けて夜まで時間をつぶさなくてはならない。30時間の移動の直後で昼夜真逆の12時間の時差ぼけにもかかわらずだ。とにかくブラジル到着後も横になるベッドはなく、カフェなどのベンチで座りながら居眠りするのが関の山だ。ブラジルに何回か来ているが、毎回このパターンが定着している。 -
そんなわけで夜まで時間をつぶすため地下鉄でセントロへ出た。日系人街があるリベルターデ。道行く人は日本人の顔立ちをした人が多く、商店なども日本人経営が多い。今では観光地化され日本食レストランのラーメン屋など行列の出来ている店もある。露天なども出ていてサンパウロ有数の人がたくさん行き交うエリアとなっている。なのでスリなどの治安には多少問題はあるかもしれない。
ワールドカップの応援グッズを売る商店が多くみられる。 -
夜のパウリスタン通り。ここかハイソなビジネスエリアでワールドカップ開催を祝う飾り付けが目を引く。
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日が暮れた後、サンパウロのセントロであるレプブリカ広場周辺は閉めている店も多く、その中のカフェテリアのテレビで「ホンジュラスVSエクアドル」の試合を見ることにした。このグループはスイスとフランスが含まれ、この後リオデジャネイロのマラカナンスタジアムで同グループのフランスVSエクアドル」を観戦する可能性がある。
サンパウロ市内はワールドカップに対してそこまでお祭りムードといった感じではないが、町中でブラジル国旗は多く目にする。普通の焦点などでもブラジルの応援グッズを販売する店を見かける。でもその程度で町は通常通りだ。心配した公共交通のストライキも今日は問題なさそうだ。 -
サンパウロからサンジョアン・デル・レイへのバスは22時15分。
快適なバスだが値段は安くない。日中動き回ったにもかかわらず、時差ぼけでバスに乗る頃には目がさえてしまい寝られない気がしてきた。到着は翌朝早朝だ。
【6月21日(土)】
早朝5時にサン・ジョアン・デル・ヘイに到着した。時差ボケのため完全に目は覚めた状態だ。少し肌寒い感じだが、気温は20度弱といった感じだろうか。
ミナス・ジェライス州のサン・ジョアン・デル・ヘイは18世紀に金鉱で栄えたコロニアル・タウンで人口約7万人余りののどかな町だ。旧市街には美しいバロック様式の建物や古い町並みが残されている。
暗闇のなかタクシーで市内に出てもよかったが、6時まで待つことにした。 -
6時を過ぎると空が薄明るくなってきたので市バスで町の中心へと出た。
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サン・ジョアン・デル・レイの駅前の川を挟んだ道路沿いに「ホテルブラジル」という安宿がある。朝早くて施錠されていたため、ベルを押してもなかなか従業員が出てこなかったが無事部屋を確保することが出来た。値段は手話ートイレ付きで45レアル(2000円)と安いがWi-Fiはない。
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歴史を感じる石橋が多く残る。
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サン・ジョアン・デル・レイ駅舎。
サン・ジョアン・デル・レイへ来た理由。それはオエステ・デ・ミナス鉄道に乗るのが目的だ。ここサン・ジョアン・デル・レイからチラデンテスまでの12キロを結ぶ観光用の保存鉄道だ。ブラジル各地にある保存鉄道の一つで蒸気機関車が動態保存されている。ブラジルでは蒸気機関車を観光用に運行されている場所はここを含め数カ所存在する。そんな中、サン・ジョアン・デル・レイからチラデンチスまで30分ほどの距離だが興味深いので来てみた。
この鉄道は外国人観光客は比較的少ないようだ。元々762mmのナローゲージとして1881年に敷設された。1960年にはメートルゲージに改軌された。しかしモーラリゼーションの影響で旅客数は減り、1983年には大半の区間が放棄された状態だったが2つの歴史的な街を結ぶ区間が保存鉄道として復活した。現在4両の蒸気機関車が動態保存されている。 -
サン・ジョアン・デル・レイの駅には博物館があり、過去の機関車や客車などが展示されている。
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それらを見学したあと、10時発のチラデンチス行きに乗りこむことになる。
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列車の運行は金土日のみ。
2時間毎に運行されている。
値段は往復46レアル(2000円)とバスに比べてかなり割高だ。 -
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これがチラデンチスへ向かう蒸気機関車。
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10時に出発する。
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客車は100年ほど前のアンティークなものを使用していて9両の長大編成だ。こんなに乗る人がいるのかと思ったが予想以上に乗客が多いのにびっくりした。車内は8割以上の混雑率だ。
蒸気機関車は定刻通りサン・ジョアン・デル・レイ駅を汽笛を鳴らしながらゆっくり出発。 -
駅を出発すると機関区の修理工場や転車台が見えてきた。円形のドーム状の格納庫の中にはかなりの数の蒸気機関車が置かれているのが見えたが、使用可能なものは4両のみだ。一般公開されていないのは残念だ。それらがもっと見学しやすくなればいいのだが。
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サン・ジョアン・デル・レイから30分。駅前には観光用の馬車が待機していた。
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駅に到着した蒸気機関車は入れ替え作業のため転車台に運ばれ車体を方向転換することになる。
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転車台は手動で4人の鉄道員が手で押して方向転換していた。かなり重そうだ。
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方向転換した蒸気機関車は再び客車を引っ張ってサン・ジョアン・デル・レイへ戻る。
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それにしても観光客の多さにはびっくりだ。
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チラデンチスは案外広い町で石畳のコロニアル調の街並みが広がっている。伝統工芸の町で観光客も多くそれ目当ての小洒落たレストランなども多く物価は高めだ。
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町の丘の上に建つサンアントニオ教会。
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サンアントニオ教会からの眺め。
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2時間ほど滞在。一通りの見所を回った後、列車でサン・ジョアン・デル・レイへ戻ることにした。
帰りの蒸気機関車は来たときと外観が違う別の機関車だった。 -
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サン・ジョアン・デル・レイ駅に戻ってきた。
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サン・ジョアン・デル・レイは土曜日ということで閉まっている店も多く、カテドラルがあるセントロは閑散としている。チラデンチスが週末にもかかわらず観光客で賑わっていたのとは対象的だ。サン・ジョアン・デル・レイは街並みは美しいが観光客の少ない庶民の町のようだ。メキシコのサカテカスを思い出す。
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サンフランシスコ教会。
昼食は営業していた数少ない庶民的なビュッフェで満腹になった。皿にいくら持っても均一料金なのはうれしい。
バスターミナルへ明日移動するオーロプレット行きの時間を聞きに行ったが、直行バスは深夜や夜など都合の悪い時間にしか出発便がない。
明日はベロ・オリゾンテ経由でオーロプレットへ向かうことになる。ベロ・オリゾンテにはまだ行ったことがないので遠回りだが経由するのは悪くない。ただ人口は多いが何もない町なのは察しがつく。 -
宿泊先のホテルブラジル。時差ぼけのため早めに寝ることにした。
【6月22日(日)】
昨夜は日本を出発して以来初めてベッドの上で眠ることができた。かなり熟睡できたが時差ボケの影響で深夜3時頃には完全に目が覚めてしまった。
ベロ・リゾンテへは9時15分のバスで向かうが、それまで駅周辺を散歩してみた。 -
セントロには多くの教会があるがカテドラルではミサが行われていた。
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機関区の中の転車台や格納庫はやはり見学できないようだ。格納庫の中に多くの蒸気機関車が安置されているようにも見えるが確認はできない。
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ホテルをチェックアウトして駅前から市バスでホドビアリア(長距離バスターミナル)へ向かった。
ベロ・オリゾンテへは3時間半。珍しく支払いにクレジットカードの使えないバス会社だった。でもバスはまぁまぁ快適だ。 -
午後1時前にベロ・オリゾンテに到着した。ベロ・オリゾンテは盆地の底に開けたブラジル有数の人口を抱える大都市で高層ビルが林立している。
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バスターミナルはそんな町の中心部にあり地下鉄の駅とも直結している。
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しかしベロ・オリゾンテは歴史の浅い町で見所といえる場所はほとんどない。なので今回は乗り継ぎのための立ち寄りですぐに次の目的地であるオーロプレットへのバスチケットを購入した。
※のちにベロ・オリゾンテのスタジアムでブラジル歴史的大敗の舞台となる。 -
次のバスは午2時15分発。昼食を食べにバスターミナル近くのカフェテリアに入った。
オーロプレットまでは2時間。ほぼ満席の状態でバスは走り続けた。オーロプレットへ向かう乗客はサン・ジョアン・デル・ヘイに比べ英語を話す外国人観光客が多い気がする。世界遺産にも登録されている歴史都市なので知名度が違うということだろうか。
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