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前回のアスマラ1日観光を終え、「紅海の真珠」と謳われる紅海沿岸の古都、マッサワに向かいます。<br />マッサワはエリトリア最大の港湾都市であり、古くから交易の拠点として栄えてきたことで知られていました。現在では美しい紺碧の海を利用したリゾート都市としても知られている他、ここも他のエリトリアの都市同様にイタリア時代の建築が多く残っています。しかし、独立戦争時には激しい戦闘や爆撃が行われ、その結果貴重な建築の多くは破壊されてしまい、旧市街は大きな損害を受けました。現在は復旧が進んでいる場所もあるものの、戦争遺産として「意図的に」そのままの状態で放置されている建造物も多く、見るに痛々しい印象を受けます。<br />また、マッサワ周辺は珊瑚が豊富で、マッサワの旧市街自体も元々は珊瑚で出来た島でした。豊富な珊瑚を使ってブロック状に削り、珊瑚のブロックで建造物を作っていったのです。その一部は現在でも見ることが出来ます。島であったマッサワ旧市街とタウルド(ホテル街)を繋ぐ橋はイタリア支配期にようやく作られました。イタリア植民地時代には南紅海のアッサブに次いでイタリアの拠点となった町として知られ、エリトリア最大の港として、そしてイタリア海軍の紅海艦隊の母港としても重要な拠点として機能し、第二次世界大戦でも英海軍と激しい戦いを繰り広げています。そのため、沿岸部には第二次世界大戦時や独立戦争時に沈んだフネを見ることが出来、タウルドのホテル街からも一部を確認することが可能です。<br /><br />マッサワだけでなく、アスマラ-マッサワ間の様々な小都市にも途中下車の旅をしました。特に魅力的な場所は、ドガリDogaliでしょう。エリトリア戦争(イタリアがエリトリア獲得のためにエチオピアと戦った戦争)では激戦地となったことで知られており、その名は首都ローマの広場や軍艦の名前にもなりました。おそらく、ここのイタリア軍慰霊碑を訪れた最初の日本人になれたと思います。<br /><br />旅の道のりは以下の通りです。<br /><br />12月11日(水)<br />夕方、エリトリア到着→アスマラ泊<br /><br />12月12日(木)<br />アスマラ1日観光、アスマラ泊<br /><br />12月13日(金)<br />アスマラ(マアカル地方・中央州)→マッサワ(北紅海州)途中下車の旅<br />アスマラ→ネファジット→ギンダ→ドンゴロ→ガフテレイ→マイ・アタル→ドガリ→マッサワ<br />マッサワのビーチで海水浴、その後マッサワ市内観光、マッサワ泊<br /><br />12月14日(土)<br />マッサワ(北紅海州)→ケレン(アンセバ地方)<br />朝のマッサワ散歩、昼ケレン着、ケレン市内観光<br />ケレン(アンセバ地方)→アゴルダト近郊(ガシュ・バルカ地方)→アスマラ(マアカル地方・中央州)<br />夕方アスマラ着 アスマラ泊<br /><br />12月15日(日)<br />エリトリア鉄道乗車予定日→10人以上集まらず観光列車が発車せず<br />アスマラ市内ぶらり旅<br /><br />12月16日(月)<br />午前:アスマラ→エリトリア鉄道・ドゥルフォ通信所見学<br />午後:エリトリア鉄道・アスマラ駅構内車両基地見学<br /><br />12月17日(火)<br />出発までアスマラ市内でお土産ショッピング<br />18時、アスマラ出発→アディスアベバへ<br /><br />12月18日(水)<br />帰国<br /><br />

2019年冬:エリトリア紀行 ―「紅海の真珠」マッサワのビーチリゾートと、途中下車の旅!―

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2019/12/13 - 2019/12/14

6位(同エリア9件中)

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Giorgio Bianchi

Giorgio Bianchiさん

この旅行記スケジュールを元に

前回のアスマラ1日観光を終え、「紅海の真珠」と謳われる紅海沿岸の古都、マッサワに向かいます。
マッサワはエリトリア最大の港湾都市であり、古くから交易の拠点として栄えてきたことで知られていました。現在では美しい紺碧の海を利用したリゾート都市としても知られている他、ここも他のエリトリアの都市同様にイタリア時代の建築が多く残っています。しかし、独立戦争時には激しい戦闘や爆撃が行われ、その結果貴重な建築の多くは破壊されてしまい、旧市街は大きな損害を受けました。現在は復旧が進んでいる場所もあるものの、戦争遺産として「意図的に」そのままの状態で放置されている建造物も多く、見るに痛々しい印象を受けます。
また、マッサワ周辺は珊瑚が豊富で、マッサワの旧市街自体も元々は珊瑚で出来た島でした。豊富な珊瑚を使ってブロック状に削り、珊瑚のブロックで建造物を作っていったのです。その一部は現在でも見ることが出来ます。島であったマッサワ旧市街とタウルド(ホテル街)を繋ぐ橋はイタリア支配期にようやく作られました。イタリア植民地時代には南紅海のアッサブに次いでイタリアの拠点となった町として知られ、エリトリア最大の港として、そしてイタリア海軍の紅海艦隊の母港としても重要な拠点として機能し、第二次世界大戦でも英海軍と激しい戦いを繰り広げています。そのため、沿岸部には第二次世界大戦時や独立戦争時に沈んだフネを見ることが出来、タウルドのホテル街からも一部を確認することが可能です。

マッサワだけでなく、アスマラ-マッサワ間の様々な小都市にも途中下車の旅をしました。特に魅力的な場所は、ドガリDogaliでしょう。エリトリア戦争(イタリアがエリトリア獲得のためにエチオピアと戦った戦争)では激戦地となったことで知られており、その名は首都ローマの広場や軍艦の名前にもなりました。おそらく、ここのイタリア軍慰霊碑を訪れた最初の日本人になれたと思います。

旅の道のりは以下の通りです。

12月11日(水)
夕方、エリトリア到着→アスマラ泊

12月12日(木)
アスマラ1日観光、アスマラ泊

12月13日(金)
アスマラ(マアカル地方・中央州)→マッサワ(北紅海州)途中下車の旅
アスマラ→ネファジット→ギンダ→ドンゴロ→ガフテレイ→マイ・アタル→ドガリ→マッサワ
マッサワのビーチで海水浴、その後マッサワ市内観光、マッサワ泊

12月14日(土)
マッサワ(北紅海州)→ケレン(アンセバ地方)
朝のマッサワ散歩、昼ケレン着、ケレン市内観光
ケレン(アンセバ地方)→アゴルダト近郊(ガシュ・バルカ地方)→アスマラ(マアカル地方・中央州)
夕方アスマラ着 アスマラ泊

12月15日(日)
エリトリア鉄道乗車予定日→10人以上集まらず観光列車が発車せず
アスマラ市内ぶらり旅

12月16日(月)
午前:アスマラ→エリトリア鉄道・ドゥルフォ通信所見学
午後:エリトリア鉄道・アスマラ駅構内車両基地見学

12月17日(火)
出発までアスマラ市内でお土産ショッピング
18時、アスマラ出発→アディスアベバへ

12月18日(水)
帰国

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.5
グルメ
5.0
ショッピング
4.5
交通
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
タクシー 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 12月13日、朝10時にアスマラを出発し、紅海沿岸のマッサワに向かいます。<br />標高2350mのアスマラから海抜0mのマッサワまで一気に下るので、耳がおかしくなります!アスマラから115kmしか離れていませんが、高度が全く違うので環境も全く異なります。<br />

    12月13日、朝10時にアスマラを出発し、紅海沿岸のマッサワに向かいます。
    標高2350mのアスマラから海抜0mのマッサワまで一気に下るので、耳がおかしくなります!アスマラから115kmしか離れていませんが、高度が全く違うので環境も全く異なります。

    アスマラ国際空港 (ASM) 空港

  • ガイドさんは引き続きバレハーさんですが、運転手さんは地方都市に行く際は交代になりました。アスマラから外に出る場合、観光客は事前の申請が必要ですが、今回は依頼しておいたので全部やっておいて貰えました。<br />都市間の検問ではその際に書類を渡して通してもらう感じです。<br /><br />アスマラ-マッサワ間の道路の舗装は路面綺麗で快適な乗り心地ですが、狭い峠道なのでトレーラーが走っていると渋滞もしばしば。

    ガイドさんは引き続きバレハーさんですが、運転手さんは地方都市に行く際は交代になりました。アスマラから外に出る場合、観光客は事前の申請が必要ですが、今回は依頼しておいたので全部やっておいて貰えました。
    都市間の検問ではその際に書類を渡して通してもらう感じです。

    アスマラ-マッサワ間の道路の舗装は路面綺麗で快適な乗り心地ですが、狭い峠道なのでトレーラーが走っていると渋滞もしばしば。

    Crystal Hotel Asmara ホテル

  • アスマラを出発して30分くらいで、ネファジット(Nefasit)の町に着きます。<br />アスマラからの観光列車が向かう場所として有名ですね。<br />近郊には14世紀に造られたデブレ・ビゼンの僧院があることでも有名。<br />海抜1,671.65mに位置。

    アスマラを出発して30分くらいで、ネファジット(Nefasit)の町に着きます。
    アスマラからの観光列車が向かう場所として有名ですね。
    近郊には14世紀に造られたデブレ・ビゼンの僧院があることでも有名。
    海抜1,671.65mに位置。

  • 道中にはアスマラからマッサワに向かう鉄道の線路や橋が見えます。これらは全てイタリア植民地時代に敷設されたもので、現在も現役で活動中。植民地時代の鉄道が現在も現役で使われている(それどころか、現存している)例は旧イタリア植民地ではエリトリアのみで、リビアもソマリアも現存していません(エチオピアの場合はイタリアが敷設したものではないのでノーカン)。<br />

    道中にはアスマラからマッサワに向かう鉄道の線路や橋が見えます。これらは全てイタリア植民地時代に敷設されたもので、現在も現役で活動中。植民地時代の鉄道が現在も現役で使われている(それどころか、現存している)例は旧イタリア植民地ではエリトリアのみで、リビアもソマリアも現存していません(エチオピアの場合はイタリアが敷設したものではないのでノーカン)。

  • アスマラから1時間ほどでギンダ(Ghinda)に到着。町全体が渓谷に広がっているため非常に広い町です。海抜888m地点に位置し、マッサワ-アスマラ間の中間鉄道駅があることで知られています。

    アスマラから1時間ほどでギンダ(Ghinda)に到着。町全体が渓谷に広がっているため非常に広い町です。海抜888m地点に位置し、マッサワ-アスマラ間の中間鉄道駅があることで知られています。

  • 峠道を抜けて高低差はあるが緩やかになり始める地点にある町、ドンゴロ(Dongolo)。植民地時代から続く採水地があり、現在もミネラルウォーターの採水地になっています。また、牛飼いの数も多い酪農地でもあります。<br />後ろに見えるのはイタリア植民地時代の採水施設(フォンテ・アックア・テルモ・ミネラーレ)。こんなところにも植民地時代の遺構が残ります。

    峠道を抜けて高低差はあるが緩やかになり始める地点にある町、ドンゴロ(Dongolo)。植民地時代から続く採水地があり、現在もミネラルウォーターの採水地になっています。また、牛飼いの数も多い酪農地でもあります。
    後ろに見えるのはイタリア植民地時代の採水施設(フォンテ・アックア・テルモ・ミネラーレ)。こんなところにも植民地時代の遺構が残ります。

  • 街道沿いの休憩地点、ガフテレイ(Gahtelay)に到着。<br />ここで一旦休憩します。バス停もあり、マッサワを目指すドライバーたちの休憩地点になっているようです。一種のドライブイン的な?<br /><br />ガフテレイは街道沿いに発展した町で、遠くにはモスクが見える他、水不足を補うために政府主導でダムも作られています。アスマラからここまで来ると道も平坦になってきますが、同時に湿度や温度が高くなってくることを体で感じます。じっとしていると手に汗が染み出てくる感じですね。<br />

    街道沿いの休憩地点、ガフテレイ(Gahtelay)に到着。
    ここで一旦休憩します。バス停もあり、マッサワを目指すドライバーたちの休憩地点になっているようです。一種のドライブイン的な?

    ガフテレイは街道沿いに発展した町で、遠くにはモスクが見える他、水不足を補うために政府主導でダムも作られています。アスマラからここまで来ると道も平坦になってきますが、同時に湿度や温度が高くなってくることを体で感じます。じっとしていると手に汗が染み出てくる感じですね。

  • 昼食はこのガフテレイの街道沿いにある「Red Sea restaurant」にて。

    昼食はこのガフテレイの街道沿いにある「Red Sea restaurant」にて。

  • コカ・コーラ。<br />暑いのでスカッとする!とても冬とは思えません。<br />

    コカ・コーラ。
    暑いのでスカッとする!とても冬とは思えません。

  • 昼食はフリッタータ。<br />フリッタータと呼ばれていますが、イタリアのフリッタータとは全く似つかず、トマト入りのスクランブルエッグです。中国料理の西紅柿炒鶏蛋に似ていますね。味は普通に美味しいです。<br />備え付けの酢(アチェート)を入れても美味しい。これに焼き立てのパンが付きました。値段は忘れましたが結構安かった印象。

    昼食はフリッタータ。
    フリッタータと呼ばれていますが、イタリアのフリッタータとは全く似つかず、トマト入りのスクランブルエッグです。中国料理の西紅柿炒鶏蛋に似ていますね。味は普通に美味しいです。
    備え付けの酢(アチェート)を入れても美味しい。これに焼き立てのパンが付きました。値段は忘れましたが結構安かった印象。

  • ガフテレイでは綺麗な小鳥に出会いました。<br />ガフテレイから北の道に行くと、アフリカ大陸で最も北側に位置する熱帯雨林「フィルフィルの森」があります。そのため、この辺りには綺麗な鳥が多いのかも?

    ガフテレイでは綺麗な小鳥に出会いました。
    ガフテレイから北の道に行くと、アフリカ大陸で最も北側に位置する熱帯雨林「フィルフィルの森」があります。そのため、この辺りには綺麗な鳥が多いのかも?

  • こんな美しい姿をしていますが、生態としては鳩と同じで、人間の食事のおこぼれをたかりに来てるだけでした。かわいいからパンあげた。

    こんな美しい姿をしていますが、生態としては鳩と同じで、人間の食事のおこぼれをたかりに来てるだけでした。かわいいからパンあげた。

  • 昼食を食べたらガフテレイを出発!<br />マッサワに向けて走っていきます。この辺りからはあまり建造物は見かけず、ただただ荒野が広がっています。そして暑い!

    昼食を食べたらガフテレイを出発!
    マッサワに向けて走っていきます。この辺りからはあまり建造物は見かけず、ただただ荒野が広がっています。そして暑い!

  • 海抜180,62m地点にある鉄道駅、マイ・アタル(Mai Atal)駅です。<br />1901年、マッサワ-アスマラ線の最初の区間が開通した際、最初の開通期間としてマッサワ-マイ・アタル間の路線が営業を開始しました。<br />当時作られたマイ・アタル駅も極めて良い保存状態で残っており、現役の駅舎として使われています。<br /><br />が、近くに別に何かあるわけでもなく、駅周辺は荒野です。何でこんなところに作ったんだろう。

    海抜180,62m地点にある鉄道駅、マイ・アタル(Mai Atal)駅です。
    1901年、マッサワ-アスマラ線の最初の区間が開通した際、最初の開通期間としてマッサワ-マイ・アタル間の路線が営業を開始しました。
    当時作られたマイ・アタル駅も極めて良い保存状態で残っており、現役の駅舎として使われています。

    が、近くに別に何かあるわけでもなく、駅周辺は荒野です。何でこんなところに作ったんだろう。

  • 海抜約100m地点のドガリ(Dogali)の古戦場に到着!<br /><br />他列強に送れて国家統一を果たしたイタリアは、「後発帝国主義国家」として紅海沿岸に進出。エジプトの撤退と共にマッサワからエリトリアの内陸部に進出したイタリアは、同じく紅海の港を求めたエチオピアと衝突します。この「エリトリア戦争」と呼ばれる一連の両国間の戦争で最も知られている戦いが、この地、ドガリで発生した「ドガリの戦い」でした。

    海抜約100m地点のドガリ(Dogali)の古戦場に到着!

    他列強に送れて国家統一を果たしたイタリアは、「後発帝国主義国家」として紅海沿岸に進出。エジプトの撤退と共にマッサワからエリトリアの内陸部に進出したイタリアは、同じく紅海の港を求めたエチオピアと衝突します。この「エリトリア戦争」と呼ばれる一連の両国間の戦争で最も知られている戦いが、この地、ドガリで発生した「ドガリの戦い」でした。

  • この時のドガリの戦いのイタリア軍戦没者慰霊碑が、ドガリの高台に残っていました!資料写真で見つけただけで詳しい位置は全く知らなかったので、偶然見つけた時はとても嬉しかったです。

    この時のドガリの戦いのイタリア軍戦没者慰霊碑が、ドガリの高台に残っていました!資料写真で見つけただけで詳しい位置は全く知らなかったので、偶然見つけた時はとても嬉しかったです。

  • おそらく、ここを訪れた日本人は私が初めてかもしれません。<br /><br />この戦いでは、ラス・アルラ率いるエチオピア軍は圧倒的戦力差で一方的にイタリア軍に対し勝利したため、イタリア側は「虐殺」としてこれを非難し、その後の戦争を有利に進めました。

    おそらく、ここを訪れた日本人は私が初めてかもしれません。

    この戦いでは、ラス・アルラ率いるエチオピア軍は圧倒的戦力差で一方的にイタリア軍に対し勝利したため、イタリア側は「虐殺」としてこれを非難し、その後の戦争を有利に進めました。

  • 結局、ドガリでの戦闘自体には負けたイタリア軍でしたが、戦争自体には勝利してエリトリア領有をエチオピアに認めさせることに成功したわけです。

    結局、ドガリでの戦闘自体には負けたイタリア軍でしたが、戦争自体には勝利してエリトリア領有をエチオピアに認めさせることに成功したわけです。

  • 慰霊碑には番犬?なのか野犬なのかわからないですけど、犬がいました。大人しいですけど、やっぱり怖いもんは怖いですね。

    慰霊碑には番犬?なのか野犬なのかわからないですけど、犬がいました。大人しいですけど、やっぱり怖いもんは怖いですね。

  • ドガリの「無名戦士の墓」。

    ドガリの「無名戦士の墓」。

  • ドガリの小拠点には鉄道の駅がある他、イタリア軍の旧兵舎(エリトリア軍が現在でも使用している?)や、有名な「ドガリ橋」もあります。<br />橋には「メナブレーア将軍」の文字も刻まれていますが、メナブレーア将軍とはイタリアの首相経験者だった将軍の名前です。

    ドガリの小拠点には鉄道の駅がある他、イタリア軍の旧兵舎(エリトリア軍が現在でも使用している?)や、有名な「ドガリ橋」もあります。
    橋には「メナブレーア将軍」の文字も刻まれていますが、メナブレーア将軍とはイタリアの首相経験者だった将軍の名前です。

  • このドガリ橋をはじめ、アスマラ-マッサワ間にはいくつかのイタリア時代の橋が架かっていますが、これらは2006年に日本企業の協力で修復されたんだそうです。橋の近くには記念碑がありました。<br />ただ、修復された割には橋はの路面は結構ガタガタでしたが...

    このドガリ橋をはじめ、アスマラ-マッサワ間にはいくつかのイタリア時代の橋が架かっていますが、これらは2006年に日本企業の協力で修復されたんだそうです。橋の近くには記念碑がありました。
    ただ、修復された割には橋はの路面は結構ガタガタでしたが...

  • ドガリを出発して20分程度で、遂に沿岸都市のマッサワに到着しました!<br />紅海らしいモワッとした湿気と暑さを感じます。12月だけど暑い!<br />

    ドガリを出発して20分程度で、遂に沿岸都市のマッサワに到着しました!
    紅海らしいモワッとした湿気と暑さを感じます。12月だけど暑い!

  • 紅海を眺めながら、イタリア時代に造られた橋を渡り、タウルド島(ホテル街が置かれた地区)に向かいます。

    紅海を眺めながら、イタリア時代に造られた橋を渡り、タウルド島(ホテル街が置かれた地区)に向かいます。

  • マッサワでの宿泊先、「Dahlak Grand Hotel」に到着!<br />疲れたのでさっそくチェックインして休みます。

    マッサワでの宿泊先、「Dahlak Grand Hotel」に到着!
    疲れたのでさっそくチェックインして休みます。

  • マッサワの最高級ホテルだけあって、設備は結構豪華!<br />敷地内は非常に広く、さながら宮殿です。海水を汲み上げるタイプの屋外プールや、レストランも併設されていました。客室数もマッサワのホテルで最も多いらしく、ホテル内の探検がしたくなる広さでした。

    マッサワの最高級ホテルだけあって、設備は結構豪華!
    敷地内は非常に広く、さながら宮殿です。海水を汲み上げるタイプの屋外プールや、レストランも併設されていました。客室数もマッサワのホテルで最も多いらしく、ホテル内の探検がしたくなる広さでした。

  • スタッフの対応も親切で、公式サイトから予約も可能(イタリア語・英語)。<br />申請をすれば周辺の島への船もチャーターしてくれるそうですが、今回は利用しませんでした。<br />聞いた話によれば、アスマラのAlbergo Italiaと同じオーナーらしいです。ただ、対応の遅いAlbergo Italiaとは違ってこちらのホテルのスタッフさんは親切で対応速くて、この差は一体...

    スタッフの対応も親切で、公式サイトから予約も可能(イタリア語・英語)。
    申請をすれば周辺の島への船もチャーターしてくれるそうですが、今回は利用しませんでした。
    聞いた話によれば、アスマラのAlbergo Italiaと同じオーナーらしいです。ただ、対応の遅いAlbergo Italiaとは違ってこちらのホテルのスタッフさんは親切で対応速くて、この差は一体...

  • ホテルの客室です。<br />まぁ、ホテル全体の豪華な感じに対して、部屋は結構普通です。<br />大分年季が入っている感じはありましたが、設備は整っており、冷蔵庫やテレビもちゃんとあります。何より、暑くて湿度の高いマッサワに必須のエアコンが完備なので不自由はありません!<br />部屋の外と中で湿度・温度が全く違うのでびっくりです。

    ホテルの客室です。
    まぁ、ホテル全体の豪華な感じに対して、部屋は結構普通です。
    大分年季が入っている感じはありましたが、設備は整っており、冷蔵庫やテレビもちゃんとあります。何より、暑くて湿度の高いマッサワに必須のエアコンが完備なので不自由はありません!
    部屋の外と中で湿度・温度が全く違うのでびっくりです。

  • シャワーとトイレ。アメニティは石鹸くらいしか無かったです。<br /><br />マッサワでも停電とか心配しましたが、シャワーも電気も途切れることなく問題なく使えました。コンセントは部屋に2カ所!電力供給も問題なし。

    シャワーとトイレ。アメニティは石鹸くらいしか無かったです。

    マッサワでも停電とか心配しましたが、シャワーも電気も途切れることなく問題なく使えました。コンセントは部屋に2カ所!電力供給も問題なし。

  • 他の宿泊客も割と多かったですが、やはり全員ヨーロッパ人でした。<br />アジア人はアスマラにはいたけど、こっちにはいないなー。<br />家族連れの英国人とイタリア人のおじさんグループ、イタリア人夫婦など。<br />

    他の宿泊客も割と多かったですが、やはり全員ヨーロッパ人でした。
    アジア人はアスマラにはいたけど、こっちにはいないなー。
    家族連れの英国人とイタリア人のおじさんグループ、イタリア人夫婦など。

  • ホテルの屋上からはマッサワ旧市街を一望出来ます。

    ホテルの屋上からはマッサワ旧市街を一望出来ます。

  • ホテルの位置は旧皇帝宮殿の前、タウルド島の北端に位置します。<br />マッサワの観光スポットにアクセスしやすい、便利な立地ですね。

    ホテルの位置は旧皇帝宮殿の前、タウルド島の北端に位置します。
    マッサワの観光スポットにアクセスしやすい、便利な立地ですね。

  • ホテルで一休みしたら、海水浴をしにグルグッサム・ビーチ(Gurgussum Beach)に車で向かいます。写真は道中からのマッサワ港の遠景。<br />グルグッサム・ビーチはマッサワの代表的な海水浴場ですが、市街地からは7kmも離れており、道中は何も無いので徒歩ではなく車が推奨です。<br /><br />道中にはマッサワ国際空港の案内板もありました。現在、定期便はありませんが、マッサワへ空路で来た場合はマッサワ観光だけなら観光庁で書類を発行する必要が無いんだとか(アッサブも同様らしいです)。

    ホテルで一休みしたら、海水浴をしにグルグッサム・ビーチ(Gurgussum Beach)に車で向かいます。写真は道中からのマッサワ港の遠景。
    グルグッサム・ビーチはマッサワの代表的な海水浴場ですが、市街地からは7kmも離れており、道中は何も無いので徒歩ではなく車が推奨です。

    道中にはマッサワ国際空港の案内板もありました。現在、定期便はありませんが、マッサワへ空路で来た場合はマッサワ観光だけなら観光庁で書類を発行する必要が無いんだとか(アッサブも同様らしいです)。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • Gurgussum Beachに到着!

    Gurgussum Beachに到着!

  • このビーチ、「Gurgussum Beach Hotel」というリゾートホテルも併設されているため、ビーチを堪能したい人はこっちを使うのも手です。<br />ただ、市街地からは7km程離れているため、市内観光には向きません。<br />シュノーケリングなどのアクティビティもチャーター出来るようで、沿岸部で遊んでいる人たちがいました。レストランやナイトクラブも併設されており、一通りの設備は揃っている感じですね。

    このビーチ、「Gurgussum Beach Hotel」というリゾートホテルも併設されているため、ビーチを堪能したい人はこっちを使うのも手です。
    ただ、市街地からは7km程離れているため、市内観光には向きません。
    シュノーケリングなどのアクティビティもチャーター出来るようで、沿岸部で遊んでいる人たちがいました。レストランやナイトクラブも併設されており、一通りの設備は揃っている感じですね。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 12月ですが!紅海沿岸はめちゃ暑いです!<br />夏は更に湿度が増す上に気温は40度超えるので更にしんどそうです。<br />12月でも日本の夏よりキツいので、暮らしている人は本当にすごいですね...寒い冬から逃れるための避暑地として使うなら最適ですけれど。

    12月ですが!紅海沿岸はめちゃ暑いです!
    夏は更に湿度が増す上に気温は40度超えるので更にしんどそうです。
    12月でも日本の夏よりキツいので、暮らしている人は本当にすごいですね...寒い冬から逃れるための避暑地として使うなら最適ですけれど。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • この海水浴場、何と言っても名物がラクダと写真撮影出来ることです!<br />30ナクファでお土産の手芸品(貝殻のネックレス)込みで記念撮影してくれました。ラクダはエリトリアの象徴として知られています。

    この海水浴場、何と言っても名物がラクダと写真撮影出来ることです!
    30ナクファでお土産の手芸品(貝殻のネックレス)込みで記念撮影してくれました。ラクダはエリトリアの象徴として知られています。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • グルグッサム・ビーチは遠浅で溺れる心配も無いし、水温も丁度良く、海水浴が楽しめました。

    グルグッサム・ビーチは遠浅で溺れる心配も無いし、水温も丁度良く、海水浴が楽しめました。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • ビーチにはバーテラスが併設されていて、軽食やドリンクを売っています。<br />泳ぎ疲れたらここで一休み。

    ビーチにはバーテラスが併設されていて、軽食やドリンクを売っています。
    泳ぎ疲れたらここで一休み。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 紅海を眺めながら飲むコーラは美味い!<br />海の向こうはアラビア半島です。そりゃ暑いわけだねぇ。

    紅海を眺めながら飲むコーラは美味い!
    海の向こうはアラビア半島です。そりゃ暑いわけだねぇ。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 右がガイドのバレハーさん、左が地方都市周遊の担当だった運転手さんです(運転手さんの名前は忘れてしまいました)<br />バレハーさんはめちゃ日本文化に詳しくて、アニメやゲームを私よりかなり知っていました。まさかアフリカでファイナルファンタジーの話で盛り上がるとは思いませんでした...

    右がガイドのバレハーさん、左が地方都市周遊の担当だった運転手さんです(運転手さんの名前は忘れてしまいました)
    バレハーさんはめちゃ日本文化に詳しくて、アニメやゲームを私よりかなり知っていました。まさかアフリカでファイナルファンタジーの話で盛り上がるとは思いませんでした...

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 一通り泳ぎまくって気が済んだのでホテルに戻ります。

    一通り泳ぎまくって気が済んだのでホテルに戻ります。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • そういえばこんなところでもイタリア語が。<br />アスマラのホテルに会ったイタリア人観光客もビーチに来ていたので、イタリア人観光客は結構来るのかもしれません。

    そういえばこんなところでもイタリア語が。
    アスマラのホテルに会ったイタリア人観光客もビーチに来ていたので、イタリア人観光客は結構来るのかもしれません。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • ホテルに戻ったらフロントの人がオレンジ切ってくれました。<br />謎のサービス!でも嬉しいし美味しい!

    ホテルに戻ったらフロントの人がオレンジ切ってくれました。
    謎のサービス!でも嬉しいし美味しい!

  • 泳ぎ疲れたのでしばらく休んでから、ホテル内を散策!<br />結構広いですが、隅々まで綺麗に掃除されています。驚き。<br />見よ!このピカピカの床を!

    泳ぎ疲れたのでしばらく休んでから、ホテル内を散策!
    結構広いですが、隅々まで綺麗に掃除されています。驚き。
    見よ!このピカピカの床を!

  • ホテル近くの海も綺麗です。このまま飛び込みたいくらい。

    ホテル近くの海も綺麗です。このまま飛び込みたいくらい。

  • ホテル前の道路。タウルド島はホテル街になっています。<br /><br />そういえばマッサワは一応マラリアの発生地帯なので、日本で予防薬のマラロンを買って飲んでいったんですが、そもそも蚊にすら遭遇しませんでした。運が良かったのかな?日本で買うとかなり高いので、こっちで買えばよかったかもしれない...

    ホテル前の道路。タウルド島はホテル街になっています。

    そういえばマッサワは一応マラリアの発生地帯なので、日本で予防薬のマラロンを買って飲んでいったんですが、そもそも蚊にすら遭遇しませんでした。運が良かったのかな?日本で買うとかなり高いので、こっちで買えばよかったかもしれない...

  • マッサワ本島に続く線路とマッサワ港遠景。<br />イタリア植民地時代からずっと使われているマッサワ-アスマラ鉄道の線路で、港の中まで繋がっています。

    マッサワ本島に続く線路とマッサワ港遠景。
    イタリア植民地時代からずっと使われているマッサワ-アスマラ鉄道の線路で、港の中まで繋がっています。

  • 海に浮かんでいるブイのようなものは、イタリア時代の石碑。<br />激戦の中でも破壊されずに残ったようです。

    海に浮かんでいるブイのようなものは、イタリア時代の石碑。
    激戦の中でも破壊されずに残ったようです。

  • マッサワが紅海の真珠と謳われる理由がよくわかる美しい風景。

    マッサワが紅海の真珠と謳われる理由がよくわかる美しい風景。

  • マッサワの観光名所の紹介の看板。<br />嬉しいけど、地図無いと具体的な場所がわからないぞ...

    マッサワの観光名所の紹介の看板。
    嬉しいけど、地図無いと具体的な場所がわからないぞ...

  • さて、しばらく休んだので、マッサワ観光再開!<br />というわけで迎えに来たガイドさんと車で市街地(旧市街ではなく本土側の方)に向かいます。

    さて、しばらく休んだので、マッサワ観光再開!
    というわけで迎えに来たガイドさんと車で市街地(旧市街ではなく本土側の方)に向かいます。

  • 市街地に向かった目的はこちら。<br />「北紅海州立博物館」です!マッサワの市内に位置する、アスマラにあるエリトリア国立博物館の分館。エリトリア大使館のサイトでは「マッサワ国立博物館」として紹介されている博物館ですね。<br />2000年に、マッサワ解放作戦(フェンキル作戦)の10周年を記念してオープンした博物館です。その由来からして、結構軍事色の濃い博物館ですね。

    市街地に向かった目的はこちら。
    「北紅海州立博物館」です!マッサワの市内に位置する、アスマラにあるエリトリア国立博物館の分館。エリトリア大使館のサイトでは「マッサワ国立博物館」として紹介されている博物館ですね。
    2000年に、マッサワ解放作戦(フェンキル作戦)の10周年を記念してオープンした博物館です。その由来からして、結構軍事色の濃い博物館ですね。

  • 博物館では学芸員さんが博物館の前半後半で1人ずつガイドしてくれて、展示物の解説をしてくれます。勿論、英語も対応。<br />入館料は無料なのでありがたい。午後の部は16時半から開館。昼間は非常に暑いマッサワらしい時間帯ですね。<br /><br />内部は5つのブースに分かれており、最初は北紅海州の自然や生物を扱ったエリアになります。周辺海域で採れた珊瑚などを展示。

    博物館では学芸員さんが博物館の前半後半で1人ずつガイドしてくれて、展示物の解説をしてくれます。勿論、英語も対応。
    入館料は無料なのでありがたい。午後の部は16時半から開館。昼間は非常に暑いマッサワらしい時間帯ですね。

    内部は5つのブースに分かれており、最初は北紅海州の自然や生物を扱ったエリアになります。周辺海域で採れた珊瑚などを展示。

  • 続いて、アドゥリス遺跡などで発掘された発掘品を展示する考古学エリア。<br />こちら、撮影制限があって、「1,2枚くらいなら撮ってもいいよ」という感じでした。バシバシは撮れないので、気に入ったやつは撮らせてくれます。

    続いて、アドゥリス遺跡などで発掘された発掘品を展示する考古学エリア。
    こちら、撮影制限があって、「1,2枚くらいなら撮ってもいいよ」という感じでした。バシバシは撮れないので、気に入ったやつは撮らせてくれます。

  • 次に紅海沿岸の多様な民族を紹介するエリアで、民族衣装や装備品なども飾っていましたが、写真を撮り忘れました。<br /><br />第四エリアは「他国勢力のマッサワ支配期の歴史」を紹介するエリアですが、基本的に大半はイタリア植民地時代の展示になっています。<br />ダフラク諸島に設置されていたイタリア軍の沿岸砲台の写真なんかもありました。第二次世界大戦時には英海軍を苦しめたことで知られています。

    次に紅海沿岸の多様な民族を紹介するエリアで、民族衣装や装備品なども飾っていましたが、写真を撮り忘れました。

    第四エリアは「他国勢力のマッサワ支配期の歴史」を紹介するエリアですが、基本的に大半はイタリア植民地時代の展示になっています。
    ダフラク諸島に設置されていたイタリア軍の沿岸砲台の写真なんかもありました。第二次世界大戦時には英海軍を苦しめたことで知られています。

  • エチオピア支配期の展示としては、爆撃されて破壊された旧皇帝宮殿から移動されたハイレ・セラシエ1世(エチオピア帝国最後の皇帝)のベッドが展示されていました。

    エチオピア支配期の展示としては、爆撃されて破壊された旧皇帝宮殿から移動されたハイレ・セラシエ1世(エチオピア帝国最後の皇帝)のベッドが展示されていました。

  • 最後のエリアがこの博物館の真骨頂。独立戦争期を紹介するエリアです。<br />博物館設立のコンセプトとしても、このエリアが最も重要でしょう。学芸員さんはここで専門の人に代わります。

    最後のエリアがこの博物館の真骨頂。独立戦争期を紹介するエリアです。
    博物館設立のコンセプトとしても、このエリアが最も重要でしょう。学芸員さんはここで専門の人に代わります。

  • 独立戦争期にエリトリアのゲリラ兵が使っていた色んな兵器や、当時の写真、作戦地図やジオラマなどが展示されています。<br />独立戦争期を語る時の学芸員さんはめっちゃ熱心でした。熱の入り方が今までのエリアとは全く違う...

    独立戦争期にエリトリアのゲリラ兵が使っていた色んな兵器や、当時の写真、作戦地図やジオラマなどが展示されています。
    独立戦争期を語る時の学芸員さんはめっちゃ熱心でした。熱の入り方が今までのエリアとは全く違う...

  • 現在のエリトリア大統領であるイサイアス大統領の独立戦争時の写真。若い!

    現在のエリトリア大統領であるイサイアス大統領の独立戦争時の写真。若い!

  • 「フェンキル作戦」の地図。<br />重要拠点であるマッサワの大規模な奪還作戦。

    「フェンキル作戦」の地図。
    重要拠点であるマッサワの大規模な奪還作戦。

  • 博物館を見終わったら結構暗くなってきました。<br />博物館前に置かれているこれらの船は、エリトリア海軍黎明期の艦船だそうです。どうみても普通のボートにしか見えませんが、これで港湾の奪還作戦したって凄いですね...(対するエチオピア海軍は世界的にも優れた海兵部隊を擁していた)

    博物館を見終わったら結構暗くなってきました。
    博物館前に置かれているこれらの船は、エリトリア海軍黎明期の艦船だそうです。どうみても普通のボートにしか見えませんが、これで港湾の奪還作戦したって凄いですね...(対するエチオピア海軍は世界的にも優れた海兵部隊を擁していた)

  • 市街地からタウルド島に戻ってきました。<br /><br />こちらはマッサワ戦没者追悼公園。<br />エリトリア独立戦争時にエチオピア軍からゲリラ兵が鹵獲した戦車をモニュメントとして飾っている一風変わった公園です。<br />

    市街地からタウルド島に戻ってきました。

    こちらはマッサワ戦没者追悼公園。
    エリトリア独立戦争時にエチオピア軍からゲリラ兵が鹵獲した戦車をモニュメントとして飾っている一風変わった公園です。

  • 戦車を後ろからパシャリ。

    戦車を後ろからパシャリ。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 正面にはイサイアス大統領の碑文が刻まれています。<br />

    正面にはイサイアス大統領の碑文が刻まれています。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • マッサワ戦没者追悼公園に隣接する、聖マリア聖堂。<br />ステンドグラスが美しいエリトリア正教会の教会です。1953年完成。<br />エチオピア支配時代には皇帝ハイレ・セラシエが毎年参拝に来ていた教会なんだとか。<br />大使館で紹介されている写真とは外見が異なるので、正面の絵は最近書き加えられたものだと思われます。

    マッサワ戦没者追悼公園に隣接する、聖マリア聖堂。
    ステンドグラスが美しいエリトリア正教会の教会です。1953年完成。
    エチオピア支配時代には皇帝ハイレ・セラシエが毎年参拝に来ていた教会なんだとか。
    大使館で紹介されている写真とは外見が異なるので、正面の絵は最近書き加えられたものだと思われます。

  • エリトリア大使館の紹介には、タウルド島の入り口にある「Red Sea Hotel」から沖合の沈没船が見えるようなので、中に入らせて貰いました。

    エリトリア大使館の紹介には、タウルド島の入り口にある「Red Sea Hotel」から沖合の沈没船が見えるようなので、中に入らせて貰いました。

  • ホテルからは、沖合の浅い場所で第二次世界大戦時や独立戦争時に沈んだ艦船が見れます。ただ、風化が激しいため本来の姿はこれじゃわからないですね。

    ホテルからは、沖合の浅い場所で第二次世界大戦時や独立戦争時に沈んだ艦船が見れます。ただ、風化が激しいため本来の姿はこれじゃわからないですね。

  • 後ろのタンカーは航行している船で、手前のが沈没船ですが殆ど原形を留めていません。

    後ろのタンカーは航行している船で、手前のが沈没船ですが殆ど原形を留めていません。

  • 「Red Sea Hotel」は屋外プールやレストラン・バールを併設しているホテルでした。こっちのホテルもロンプラに載っていましたね。<br />ただ、設備がだいぶ古いので老朽化が進んでいるそうです。

    「Red Sea Hotel」は屋外プールやレストラン・バールを併設しているホテルでした。こっちのホテルもロンプラに載っていましたね。
    ただ、設備がだいぶ古いので老朽化が進んでいるそうです。

  • マッサワの観光名所の一つ、旧皇帝宮殿。<br />16世紀にこの地を支配していたオスマン帝国によって作られた宮殿で、イタリア植民地時代にはマッサワの市庁舎として使われました。エチオピア支配期にはハイレ・セラシエ帝がマッサワに滞在するときの宮殿として使われた他、周辺の宮殿も全て皇族の所有物になっています。<br />

    マッサワの観光名所の一つ、旧皇帝宮殿。
    16世紀にこの地を支配していたオスマン帝国によって作られた宮殿で、イタリア植民地時代にはマッサワの市庁舎として使われました。エチオピア支配期にはハイレ・セラシエ帝がマッサワに滞在するときの宮殿として使われた他、周辺の宮殿も全て皇族の所有物になっています。

  • 独立戦争期のエチオピア軍による爆撃によって、現在のような無残な姿になりました。この時、内部に残っていた旧皇室の家財は燃える前に運び出され、現在は州立博物館に展示されています。

    独立戦争期のエチオピア軍による爆撃によって、現在のような無残な姿になりました。この時、内部に残っていた旧皇室の家財は燃える前に運び出され、現在は州立博物館に展示されています。

  • 廊下も崩落して渡ることが出来ません。<br />現在はエリトリア政府の所有になっており、戦争時の悲惨さを語り継ぐために廃墟のまま保存されています。日本の原爆ドームに近い感じでしょうか?

    廊下も崩落して渡ることが出来ません。
    現在はエリトリア政府の所有になっており、戦争時の悲惨さを語り継ぐために廃墟のまま保存されています。日本の原爆ドームに近い感じでしょうか?

  • マッサワ・タウルド駅。<br />ホテル街のタウルド島に位置するマッサワのターミナル駅です。<br />マッサワ-アスマラ線の始発駅でもあり、全イタリア植民地の鉄道駅舎でも最も最初期に造られた駅。また、植民地の駅舎でも特に巨大でもあります。<br />大きすぎて全体を撮ることは不可能でした。

    マッサワ・タウルド駅。
    ホテル街のタウルド島に位置するマッサワのターミナル駅です。
    マッサワ-アスマラ線の始発駅でもあり、全イタリア植民地の鉄道駅舎でも最も最初期に造られた駅。また、植民地の駅舎でも特に巨大でもあります。
    大きすぎて全体を撮ることは不可能でした。

  • マッサワの旧市街の建築を暗くなる前に見に行きます。<br />こちらは旧イタリア銀行。<br />1920年代に造られたイタリア植民地時代の豪奢な造りの銀行で、現存するアフリカ最古の銀行建築なんだとか。戦時中の被害で無残な姿に。<br />修復されて高級ホテルに改装する案がクウェート企業によって立ち上がっていましたが、2019年12月ではそのままの状態になっていました。<br />ホテルに改装するなら当時の状況のまま「戦争遺産」として残しておいた方が良いのかもしれませんね。

    マッサワの旧市街の建築を暗くなる前に見に行きます。
    こちらは旧イタリア銀行。
    1920年代に造られたイタリア植民地時代の豪奢な造りの銀行で、現存するアフリカ最古の銀行建築なんだとか。戦時中の被害で無残な姿に。
    修復されて高級ホテルに改装する案がクウェート企業によって立ち上がっていましたが、2019年12月ではそのままの状態になっていました。
    ホテルに改装するなら当時の状況のまま「戦争遺産」として残しておいた方が良いのかもしれませんね。

  • シャヒ・モスク。<br />11世紀に造られた現存するアフリカ最古のモスクの一つ。<br />1920年代の大地震でマッサワの殆どの建物が倒壊した際、このモスクも倒壊してしまいましたが、その後イタリアの手によって再建されました。

    シャヒ・モスク。
    11世紀に造られた現存するアフリカ最古のモスクの一つ。
    1920年代の大地震でマッサワの殆どの建物が倒壊した際、このモスクも倒壊してしまいましたが、その後イタリアの手によって再建されました。

  • シェイル・ハマル・モスク。<br />1580年に造られたモスクで、創建当時からの碑文や経典が残っています。<br /><br />これらのマッサワ旧市街の古建築群は、マッサワ島自体が珊瑚によって形成されていることに由来し、珊瑚をブロック状に削り、まるで石材やレンガのように建物を作っていったんだそうです。<br />なお、初期の建築は採れた珊瑚をそのまま削らずに積み上げただけだったとか。住むの大変そう。

    シェイル・ハマル・モスク。
    1580年に造られたモスクで、創建当時からの碑文や経典が残っています。

    これらのマッサワ旧市街の古建築群は、マッサワ島自体が珊瑚によって形成されていることに由来し、珊瑚をブロック状に削り、まるで石材やレンガのように建物を作っていったんだそうです。
    なお、初期の建築は採れた珊瑚をそのまま削らずに積み上げただけだったとか。住むの大変そう。

  • マッサワの旧市街もだいぶ暗くなってきました。<br />奥に見えるのが、イタリア建築の「オテル・トリノ」です。

    マッサワの旧市街もだいぶ暗くなってきました。
    奥に見えるのが、イタリア建築の「オテル・トリノ」です。

  • 「オテル・トリノ」は1930年代後半に造られた、マッサワ旧市街に入って最初に目に入るイタリア建築です。イタリア人建築家、ウーゴ・ラーマの設計。イタリア植民地時代からホテルとして使われており、第二次世界大戦や独立戦争といった激戦の中でも他の建築とは異なり、奇跡的に倒壊の被害を免れた「幸運」な建物です。<br />独立後もホテルとして営業されていましたが、2019年12月の段階ではホテルは閉業しており、看板も取り外されていました。悲しい...

    「オテル・トリノ」は1930年代後半に造られた、マッサワ旧市街に入って最初に目に入るイタリア建築です。イタリア人建築家、ウーゴ・ラーマの設計。イタリア植民地時代からホテルとして使われており、第二次世界大戦や独立戦争といった激戦の中でも他の建築とは異なり、奇跡的に倒壊の被害を免れた「幸運」な建物です。
    独立後もホテルとして営業されていましたが、2019年12月の段階ではホテルは閉業しており、看板も取り外されていました。悲しい...

  • さて、一通りマッサワ観光が済んだので、夕食を食べに行きます。<br /><br />マッサワ旧市街の中心部にある「Sallam Restaurant」!<br />ロンプラに載っていたレストランで、倉庫を改修したその見た目からは想像出来ませんが、港町マッサワのNo.1海鮮料理店と人気が高いお店。<br />ディナータイムのみの営業です。

    さて、一通りマッサワ観光が済んだので、夕食を食べに行きます。

    マッサワ旧市街の中心部にある「Sallam Restaurant」!
    ロンプラに載っていたレストランで、倉庫を改修したその見た目からは想像出来ませんが、港町マッサワのNo.1海鮮料理店と人気が高いお店。
    ディナータイムのみの営業です。

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • アファル人のご主人が振る舞うアファル伝統の魚料理はマッサワに来たなら是非食べておきたいところ!<br />今朝紅海で獲れたばかりの新鮮な魚から好きなモノを選んで調理してくれます。私はチェルニア(ハタ)を選びました。

    アファル人のご主人が振る舞うアファル伝統の魚料理はマッサワに来たなら是非食べておきたいところ!
    今朝紅海で獲れたばかりの新鮮な魚から好きなモノを選んで調理してくれます。私はチェルニア(ハタ)を選びました。

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • 調理時も見学させてくれるのが嬉しい!<br />捌いたチェルニアにベルべレ(エリトリアのスパイス)を刷り込み、アツアツの窯の中へ。そこでじっくり焼きます。

    調理時も見学させてくれるのが嬉しい!
    捌いたチェルニアにベルべレ(エリトリアのスパイス)を刷り込み、アツアツの窯の中へ。そこでじっくり焼きます。

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • 見るからに熱そうな釜。

    見るからに熱そうな釜。

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • 魚が焼けるまでは焼き立てパリパリの薄いパンを食べて待ちます(サルデーニャ風のパンみたい?)<br />青唐辛子の辛いソースに付けて食べると美味しい!<br />

    魚が焼けるまでは焼き立てパリパリの薄いパンを食べて待ちます(サルデーニャ風のパンみたい?)
    青唐辛子の辛いソースに付けて食べると美味しい!

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • 美味しそうな匂いにつられたのかねこちゃんが集まってきました。

    美味しそうな匂いにつられたのかねこちゃんが集まってきました。

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • 来たー!チェルニア(ハタ)のアファル風!<br />香ばしくスパイシー!外はカリッと中はふわっふわの身。<br />スパイシーだけど辛くない!最高の味でした。<br />エリトリアで食べた食事で一番おいしかったし、また食べたい!<br />しかも値段もドリンクのコーラ込みで200ナクファとお手頃。えっ、安くない?こんなに美味しいのに!もっと払いたいくらい。

    来たー!チェルニア(ハタ)のアファル風!
    香ばしくスパイシー!外はカリッと中はふわっふわの身。
    スパイシーだけど辛くない!最高の味でした。
    エリトリアで食べた食事で一番おいしかったし、また食べたい!
    しかも値段もドリンクのコーラ込みで200ナクファとお手頃。えっ、安くない?こんなに美味しいのに!もっと払いたいくらい。

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • あまりに美味しそうな匂いだからか終いにはねこちゃんだけじゃなく、野犬まで現れました。ただ、この子たち大人しい...<br />食事を済ませて大満足になったのでホテルに帰りました。

    あまりに美味しそうな匂いだからか終いにはねこちゃんだけじゃなく、野犬まで現れました。ただ、この子たち大人しい...
    食事を済ませて大満足になったのでホテルに帰りました。

    サラームレストラン その他の料理

    マッサワのNo.1海鮮料理レストラン! by Giorgio Bianchiさん
  • 翌日、12月14日の早朝。<br />ホテルの屋上から見える早朝のマッサワ旧市街。

    翌日、12月14日の早朝。
    ホテルの屋上から見える早朝のマッサワ旧市街。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • マッサワの日の出。<br />日の出と共にマッサワの人々は行動を開始します。

    マッサワの日の出。
    日の出と共にマッサワの人々は行動を開始します。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 朝6時半のお散歩。<br />ただ、この時間から既に蒸し暑いです。

    朝6時半のお散歩。
    ただ、この時間から既に蒸し暑いです。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • エリトリアの女性ゲリラ兵の絵画。

    エリトリアの女性ゲリラ兵の絵画。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 昨日見たオテル・トリノ。

    昨日見たオテル・トリノ。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • よくパンフレットとかに載ってるマッサワ旧市街の建物。<br />何の建物かはわからないですが...

    よくパンフレットとかに載ってるマッサワ旧市街の建物。
    何の建物かはわからないですが...

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • スーク(市場)の跡。<br />かつてはマッサワの中心地として市場が置かれていましたが、戦争で破壊されて以降、未だに復旧されていません。

    スーク(市場)の跡。
    かつてはマッサワの中心地として市場が置かれていましたが、戦争で破壊されて以降、未だに復旧されていません。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 旧市街中心部にある「Nakfa Snack Bar」というバール。<br />軽食やドリンクを売っていました。

    旧市街中心部にある「Nakfa Snack Bar」というバール。
    軽食やドリンクを売っていました。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 変わった見た目のバルコニー。珊瑚ブロックの建物から突き出るように木造のバルコニーが付けられています。

    変わった見た目のバルコニー。珊瑚ブロックの建物から突き出るように木造のバルコニーが付けられています。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • マッサワ島の入り口に位置する「Savoya Hotel」。<br />バール・レストラン併設のホテルで、料理がおいしいと評判です。<br />ホテルとしては最低限度の設備が揃っているのみらしいですが。

    マッサワ島の入り口に位置する「Savoya Hotel」。
    バール・レストラン併設のホテルで、料理がおいしいと評判です。
    ホテルとしては最低限度の設備が揃っているのみらしいですが。

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 港方面をぶらぶら。<br />港は観光客は立ち入り禁止ですが、外からの撮影も禁止されています。<br />町の人に英語で話しかけられて、日本から来たと言ったら色々話してくれました(ただ、訛りが凄くて何言っているかあまりわからんかったですが)

    港方面をぶらぶら。
    港は観光客は立ち入り禁止ですが、外からの撮影も禁止されています。
    町の人に英語で話しかけられて、日本から来たと言ったら色々話してくれました(ただ、訛りが凄くて何言っているかあまりわからんかったですが)

    マッサワ国際空港 (MSW) 空港

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  • 早朝の旧皇帝宮殿。

    早朝の旧皇帝宮殿。

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  • 日が昇るに連れて町の人も増えて活気が出てきました。

    日が昇るに連れて町の人も増えて活気が出てきました。

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  • 朝食は旧市街の港側にあるバール「Yasmin Cafeteria」で頂きました。

    朝食は旧市街の港側にあるバール「Yasmin Cafeteria」で頂きました。

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    紅海沿岸の空港 by Giorgio Bianchiさん
  • 「Yasmin Cafeteria」の朝食。<br />昨日の昼食と同じ、フリッタータ・コン・ポモドーロです。<br />ここのフリッタータはチョイスした具材以外にも追加で具材調整出来るのが嬉しい(青唐辛子・玉ねぎ・トマト)。どの野菜も新鮮で美味しい!<br />玉ねぎも生でしたが、甘くておいしかったです。<br />パンも勿論焼き立てのアツアツ。

    「Yasmin Cafeteria」の朝食。
    昨日の昼食と同じ、フリッタータ・コン・ポモドーロです。
    ここのフリッタータはチョイスした具材以外にも追加で具材調整出来るのが嬉しい(青唐辛子・玉ねぎ・トマト)。どの野菜も新鮮で美味しい!
    玉ねぎも生でしたが、甘くておいしかったです。
    パンも勿論焼き立てのアツアツ。

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  • ハトがめっちゃ集まってきました。コイツらもおこぼれ狙いか~

    ハトがめっちゃ集まってきました。コイツらもおこぼれ狙いか~

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  • 食後はエスプレッソ。<br />う~ん、マッサワのエスプレッソも美味しい!<br /><br />マッサワ、暑いですがとても良い町でした。1泊しかしなかったので、押せ押せな感じだったので、次はもっとゆっくりしたいですね。願わくば、アッサブも一緒に行きたいところ!<br /><br />さて、8時半にはマッサワを出発し、アスマラ経由でケレンに向かいます。<br />ケレンの旅行記は次の旅行記で!

    食後はエスプレッソ。
    う~ん、マッサワのエスプレッソも美味しい!

    マッサワ、暑いですがとても良い町でした。1泊しかしなかったので、押せ押せな感じだったので、次はもっとゆっくりしたいですね。願わくば、アッサブも一緒に行きたいところ!

    さて、8時半にはマッサワを出発し、アスマラ経由でケレンに向かいます。
    ケレンの旅行記は次の旅行記で!

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