2020/09/19 - 2020/09/20
175位(同エリア1618件中)
へびおさん
9月の4連休、特にどこに行こうとも考えていなかったのですが、「GoToトラベルで何かお安いツアーとかあるのかしら」と検索してみたら東海道新幹線が超安い値段で設定されているではありませんか!
4連休の初日の土曜でも東京⇔京都の日帰りで往復14400円・・・片道7000円台なんて、週末の深夜バスと遜色ない金額設定に、俄然京都方面に行きたくなる。
というのも、3月・8月と近畿方面への旅の計画を立てていたのですがコロナ禍でキャンセルしていたんですよね。
これは行くっきゃないでしょう、と旅の1週間前に急遽申込み計画を立てました。
当初は日帰り予定だったのですが、さすがお値打ツアー。
選べる新幹線の時間が微妙なものしかない!
これなら1泊して体力温存しながら帰ったほうがいいな、ということで1泊2日の旅にすることに。
急に立てた計画だったので下調べが充分ではありませんでしたが、今回も歩き回りすぎて疲労困憊の旅となりました。
★JR東海ツアーズ ひさびさ旅割引 20900円(ツアー代金 18700円+グリーン車代 2200円)→ 35%値引き(-7315円)で 13585円!
<往路>東京 6:30 → 京都 8:45 のぞみ(グリーン車)
<復路>京都 10:30 → 東京 12:45 のぞみ
<宿泊>ダイワロイネットホテル京都八条口 禁煙ダブル 素泊まり
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
8月下旬に母が入院したりしてバタバタしていたので今回の4連休は特に予定を入れていませんでした。
ところが弟が「連休どっか行かないの?」と、自分たちはちゃっかり1泊旅行するらしい。
それなら私もどこかに行ってしまおうかしら、と急遽立てた今回の旅。
東海道新幹線がこんなお値段で使えるなら京都方面に行こう、そしてキャンセル続きだった天智天皇陵を見に行こう!と決めたのです。 -
送られてきた新幹線の乗車券。
「GoToトラベル」ではなくて「夏季需要喚起」って書いてあるのがなんとも・・・
始発の新幹線に乗ろうか迷ったのだけど、今回はそんなに頑張らない旅にしようと思って6:30のを予約したのですが、後々やっぱり始発のにしておけば良かったと大後悔。 -
9/19(土)
6時を過ぎたところで東京駅に到着。
東京までの電車にはスーツケースを持った方たちが結構乗っていました。
ニュースを見て知ったのですが、羽田空港は手荷物検査で50mもの列が出来たのだとか。 -
いつもなら近畿方面への旅は深夜バスで行ってしまうので東海道新幹線に乗るのは本当に久しぶり。
第1希望の普通指定席が予約いっぱいのため、+2200円でグリーン車になったのですが、グリーン車に乗るなんていつ以来かしら。 -
座席の広さは普通車とそう違わない感じでしたが高級感はあり。
使い捨てだけどお手拭きが配られたり、ゴミ収集のお姉さんが何度も来たりと割増料金払っているだけのことはあるのかな?
いやいや、2000円以上も割増料金払っているのだから、もうちょっとグレードアップ感を感じさせてくれる何かがないとな~
乗った新幹線は満席だったようです。 -
東京 6:30 → 京都 8:45
久々に来たゼ 京都~
まずは地下鉄に乗換。 -
おっと、その前にスーツケースをコインロッカーに預けます。
この時間、八条東口のロッカーはまだたくさん空いていました。
現金でもICカードでも支払えて、しかもこの大きさで1つ500円はコインロッカーとしては安い値段設定です。
京都駅は広くてロッカーもたくさんあって迷いやすいため、お花の名前でどの場所のを利用したかが分かるようになっていました。
私が利用したコインロッカーは「すいせん」。 -
身軽になったら地下鉄の観光案内所へ。
ここでフリー切符を買うのです。 -
その名も『京都・びわ湖チケット』。
京阪大津線と京都の市営地下鉄の利用ができて1300円です。
受付のお姉さんにお願いしたら「びわ湖チケットですか(!?)」と若干驚かれたのは何故だろう。。 -
地下鉄 烏丸線に乗ります。
-
烏丸御池で東西線に乗換えるのですが、乗り換えの仕方が分からなくてドキドキ。
地下鉄ってどこも複雑ですよね。 -
地下鉄 東西線は東京の南北線に似た雰囲気のホームでした。
-
京都 9:01 → 烏丸御池 → 御陵 9:20
出口2で地上に出ます。 -
御陵駅。
「ごりょう」と読むのかと思っていたのですが、「みささぎ」と読むのですね。 -
最初に目指すのは天智天皇陵。
ここから歩いて12分くらいらしい。 -
それにしても京都は天気がいいな~
日傘を持ってきて大正解!
同じ時間帯、住んでいる さいたま市は雨が降っていたらしいです。 -
ひたすら真っすぐ歩いていると、探していた石碑がひっそりと建っている!
危うく通り過ぎる所でした。
チェーンが張ってあって傍に寄れないし・・・ -
日時計の石碑です。
象形らしき文字が刻まれているので何と読むのか分かりませんが、これは天智天皇が水時計(漏刻)を作ったことに由来する碑なんです。
天智天皇が時計に関係しているなんて知りませんでした。 -
そしてその石碑からすぐに天智天皇陵の入口があります。
-
第38代 天智天皇 山科陵(やましなの みささぎ)・御廟野古墳(ごびょうのこふん)。
-
ここには以前から来たい来たいと思っていて、今回ようやく来れて感動ひとしお。
それにしても随分広い敷地だ。 -
そしてとても暑い。
ここまで来るだけで汗だくです。 -
え!
こんな住宅街にもイノシシが出るんですね。
最近観光に行くとイノシシ注意の看板をよく見かける。 -
なんと!遙拝所までの道に門がある。
いくつも天皇陵を見て来ましたが、参道途中に門がある天皇陵なんて今まで見たことが無いです。
この立派な造りは今上帝が天智系であることと関係があるのでしょうか。 -
参道はまだ続く。
-
ようやく遙拝所が見えました。
-
遙拝所の真ん前に木が植えられているのも初めて見ました。
-
なんの木でしょう。
椿かな? -
「天智天皇陵兆域原標」と書かれた石碑。
兆域原標とは「ここまでが墓地ですよ」という目印のことだそう。 -
この古墳は被葬者の実在性・天皇陵古墳に比定することにも問題がない、「天智天皇陵」と呼称してもほぼ間違いのない古墳だそう。
このような古墳は非常に稀で、他には天武・持統合葬陵の野口王墓があるだけです。
形状は八角墳ですが、昔は上円下方墳と考えられており、明治天皇陵以降の天皇陵(上円下方墳)はこの古墳が手本となっているのだそう。 -
天智天皇は病死とされていますが実は暗殺説もあって、扶桑略記に「天皇は山科の郷に遠乗りに出かけたまま帰ってこなかった。そして、その沓(くつ)が落ちていたところを陵とした」と書いてあるらしいのです。
当時の山科、現在の宇治市には「天智天皇の墓は御陵とは別のところにあった」という伝承があるそうです。
京都市宇治市小倉町 に『天王(てんのう)』という地名があり、かつて 「天智天皇」と名のみ刻まれた不思議な石碑があったのだとか。
歴史家の中には、天智天皇は扶桑略記にある通り山科の野で殺された後、「天王」の地に葬られたのだと唱える人もいるのだそうですよ。 -
山科の御陵より退(まか)り散(あら)けし時に、額田王の作れる歌一首
やすみしし 我(わ)ご大君の 畏(かしこ)きや 御陵(みはか)仕(つか)ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭(ね)のみを 泣きつつありてや ももしきの 大宮人(おほみやひと)は 行き別れなむ
<訳>
我らが大君の畏れ多い御陵にお仕え申し上げる山科の鏡山で、夜は夜通し昼はひねもす声をあげて泣いてばかり。こんなままで宮廷にお仕えする人は皆、散り散りに別れてゆくのだろうか。
額田王が天智天皇の死を詠ったものです。
哀しみが伝わってきますね。 -
ではこれから天智天皇ゆかりの地を巡るため滋賀県に移動します。
せっかくなので琵琶湖疎水を通って行ってみよう。
参道途中にあった案内板。
看板の字が薄すぎて、これじゃ見落としてしまうわ。 -
矢印の示す方向へ進みます。
が、道が十字路になっていてすぐに迷う・・・ -
人が1人通ったら擦れ違い出来ないほど細い通り。
向こうから来た方が通り過ぎるのを待って進みますが、こんな道で合ってる?
ここを抜けたら広い通りに出ましたが、方向音痴のため不安になる。 -
なんだか上り坂になっているんですけど・・・
-
更に上へ。
-
着いたー!
これが琵琶湖疎水です。
水路だから下方にあるのかと思っていたのですが、住宅街の上を流れているんですね。 -
意外に流れは速かった。
そして濁っている・・・
でもこれが京都の生活を潤す水源になっているんですね。
滋賀の人が京都の人に「琵琶湖の水を止めるぞ」と言う理由が分かりましたww -
旅の計画段階では南禅寺まで疎水散策でもしようかと思っていたのですが、時間がなくて諦めました。
京阪電車が作成された下記のWEBサイトがとても分かりやすく歩きたくなってしまうものになっていたので、興味のある方は参考に見てみると良いかと思います。
https://www.okeihan.net/recommend/mizunomichi/biwakososui/01/ -
疎水は高台にあるので眺めが良いです。
キモチイー
たくさんの地元の方がウォーキングやランニングをしていました。 -
疎水沿いの展望所。
-
疎水よりも少し下がるので見晴らしはこの展望所よりも疎水沿いのほうが良いです。
-
コスモスが咲いていた。
もう秋だなぁ。 -
目安にしていた安祥寺橋を見つけたので、疎水沿いから離脱します。
-
ここからJR山科駅へ。
-
安祥寺橋から5分ほど歩くと地下道があります。
そこをくぐって・・・ -
JR山科駅に到着~
京阪線も通っているので、お店もたくさんあり駅前は賑やかな感じでした。 -
ではいよいよ滋賀県入り。
山科 10:21 → 大津 10:25
私の好きな大津皇子(天武天皇と天智天皇皇女・大田皇女との息子)はここで生まれたのかと思っていたら、現在の博多港あたりにあった宮「那大津」という場所で生まれたらしい。
いつか博多港へ行かねば。 -
改札に向かって階段を下りていたら壁に貼ってあった案内板が目に入る。
モニュメント?? -
なんか分からんが見に行ってみよう!とホームに戻りますが・・・
一番端っこじゃん! -
『北緯35度線と大津駅』のモニュメントがこちら。
アメリカのメンフィスやオクラホマ、バグダッドやテヘラン、チベット高原、西安と同じ緯度であり世界規模の線上にあることを知ってもらうために設置されたのだそう。
だから地球儀があるのね。 -
JR大津駅。
滋賀県の県庁所在地であり、大津市の代表駅だそう。 -
琵琶湖との位置関係図。
大津駅から琵琶湖までは歩いて10分ほどの距離で、周辺には琵琶湖を望めるホテルがたくさんあるそうです。
宿泊も滋賀にしようか悩んだのだけど、帰りの新幹線のことを考えて止めたのでした。 -
お昼をここで食べようかと思っているのですが開店までまだ時間があるのでお土産を買います。
『ビエラ大津』という複合施設があるらしいので、そこで買い物をする予定だったのですが、思っていた規模ではなかった。 -
観光案内所で滋賀県の特産品が色々売られていたので物色~
レンタサイクルもあるようでしたが、この日はもう予約がいっぱいということでした。 -
お土産を買う時間がここでしかとれないので大量購入。
レジを担当してくれた観光案内所の方は悪い方ではないのですが、余程袋詰めが大変だったのか(?)私が出て行こうとした背後で「あー疲れた」と同僚に言っていたのを聞いてしまい、ちょっとビックリしました。 -
観光案内所の方に「疲れた」と言わしめた、私が購入した物たち。
-
・えび豆(500円)
・長等漬 胡瓜2本(990円)×2
えび豆は琵琶湖で獲れる小エビを使った琵琶湖周辺の伝統料理。「エビのように腰が曲がるまで、そしてずっとマメに暮らせるように」とお正月に食されているお料理だそうです。
どうやって食べるのかしら・・・
『長等』は大津市にある地名。
長等漬は近江の特産で、この『八百与』さんの長等漬は宮内省御用達らしい。
胡瓜の他に西瓜なども置いてありました。
値段を見ないで弟夫婦の分と2袋買ってしまったのですが、結構良い値段ですね・・・ -
・近江茶箱 にほのうみ煎茶(432円)
・鮎甘露煮(3尾540円・1尾194円)
とりあえず「近江認定」シールの貼ってあったものをww
お茶は煎茶の他に紅茶とほうじ茶も売っていました。 -
滋賀と言ったら近江牛でしょ!
・滋賀 ぽてっち(380円)
・じゃがポー(270円)×2
・近江牛しぐれ(594円)×2 -
・びわ湖サイダー(230円)
喉が渇いていたので駅前で早速飲んじゃいました!
って言うかー、、
これから本格的に歩くのに、初っ端からこんなにお土産買ってどうすんだ~ -
ビエラ大津内にトイレがあるのかと思っていたら、駅構内か外にしかないということ。
駅南口そばのトイレをお借りしましたが、とても綺麗でした。
(この後休憩を取る暇がなく、ホテルに着くまでトイレはこの1回のみとなる・・・過酷!)
大津市のマンホール①
市制施行から100年目の大津市の景観をモチーフにした琵琶湖・琵琶湖大橋・ミシガン船・ヨット・観覧車・市の鳥ユリカモメ・市の花エイザンスミレ・市の木ヤマザクラ・花火大会・レガッタ・びわ湖花噴水・犬などと、市章に下水の「下」を組み合わせたマークが描かれています。
色々盛り込んだデザインだわ。 -
11:00
開店と同時に観光案内所に隣接する近江牛料理を食べられる『OKAKI』へ入店! -
まだ誰も居ないのに、1人だとカウンター席になりました。
店員さんは愛想がなかったです。
当初の計画では堅田にある『農家レストラン だいきち』さんで近江牛の焼肉ランチを食べたいと思って予約をしてみたのですが、生憎満席ということでこちらにした次第。
まぁ時間が無いのに堅田まで行っていたらかなり大変なスケジュールになっていたと思うので、ここにして正解だったかな。 -
料理を待っている間に天気の確認。
暑いけど、30℃まではいってないのか。 -
そしてもう1つ確認。
志賀にある『びわ湖バレイ』の山頂カメラのライブ映像です。
行きたくて行きたくて、でも時間が無くて泣く泣く諦めたんですよね~
この天気だったらさぞかし素晴らしい景色が見られたんだろうな。 -
そうこうしているうちにお料理が運ばれてきました。
注文したのはランチ限定の近江牛焼肉セット(2900円)。
まず来たのはコーンスープとローストビーフのサラダです。 -
ローストビーフはそこまで好きじゃないんですけどね。
お洒落なサラダって感じ。 -
パンとメインの近江牛の焼肉。
-
お肉は柔らかかったですが味が濃い。
-
最後にデザート。
ドリンクはセットに含まれていないし、そもそも注文するのか訊かれもしなかったです。
値段の割に満足度は低し。 -
テイクアウトは充実していて、イートインよりテイクアウトで訪れるお客さんが多かったです。
-
ふー
おなかいっぱい♪
ではメインの散策スタートします。
大津は寺町なんですね。 -
大津市のマンホール②
マンホール蓋リニューアル選挙で決まった飛跳ねまん蔵マンホール。
『ホール・まん蔵』は大津市下水道事業マスコットキャラクターで、デザインの観覧車の場所で飛び跳ねています。 左下にいるのが「おおつ光ルくん」。 -
JR大津駅から京阪京津線の上栄町駅まで歩いて7分ほど。
ここから近江神宮前駅に移動します。 -
可愛い車体の電車。
このデザインに会ったのはこの1回のみでした。 -
11:57 上栄町駅を出発。
-
たまたま一番前の車両に乗ったのですが、乗客の何人かが噛り付くように前方を見ている。
-
何かと思い、私もカメラを構えていましたが・・・
なんとこの路線、隣駅・びわ湖浜大津までの区間を路面電車のように道路を走るのです!
思いがけずで興奮しちゃった☆ -
びわ湖浜大津駅で京阪石山坂本線に乗換。
比叡山口行のせいか、来たのはNHK大河ドラマ『麒麟がくる』のラッピング電車でした!
まさにタイムリー☆ -
思わず撮ってしまった写真。
周りの方も撮影していました。
足利義昭役の滝藤さんが麗しいんですけど・・・
明智光安演じる西村さんも良かったなぁ。 -
車内もカラフルで、吊り革には明智家の家紋・桔梗紋があしらわれていました。
-
12:12 近江神宮前駅に到着。
-
大津市観光キャラクターの『おおつ光ルくん』・・・
光源氏ファンの方に怒られないか、コレ。 -
近江神宮までは20分くらい。
その道すがらにある近江大津宮錦織遺跡を見ながら歩きます。 -
まず見つけたのは交差点すぐのところにある遺跡の第八地点。
-
この第八地点はまだ発掘調査中ではありますが、内裏南門の一部が存在するものと考えられ、大津宮中枢の入口にあたる重要な地点だそう。
-
現在地と周辺の空撮図。
ここ一帯が天智天皇の近江大津宮だったのだと思うと感慨深い。 -
案内板の傍にはザクロの木が立派な実をつけていました。
-
遺跡の第八地点のすぐ隣には第一地点があります。
この場所は大津宮の中心である内裏の東南隅に当たるそう。 -
向こうに木の柱が埋められています。
-
この一列に並ぶ柱は回廊から北に延びる塀の一部と考えられているそう。
-
大津宮は京とは呼べない規模だったそうです。
古代の大王たちが宮を築いていった明日香の地から、なぜ天智天皇はこの近江に遷り住んだのか。
一説によると白村江での敗戦後、本土侵攻への危機が深刻になったことから国土防衛の根幹として、天然の要塞であり交通の要衝でもある大津に遷都したものと考えられているのだそうです。
因みに兵庫の県名は天智天皇の御代に武器庫「兵(つわもの)庫(蔵)」があったことが由来なんですよね。
近江大津宮は長くは続かず、壬申の乱で息子・大友皇子が大海人皇子(天武天皇)に負けてしまい、5年半ほどで廃宮になっています。 -
第一地点の奥にはカフェがあったので休憩に立ち寄られるもの良いかもしれません。
-
第一地点の入口にあった石碑。
かろうじて「志賀宮」と書かれているのが分かる。 -
柿本人麻呂の歌碑もありました。
長い歌なので一部訳だけ載せますと、
「楽浪(ささなみ)地方の大津の宮で天下を治められた天皇の宮殿はここだというけれど、御殿はここだというけれど、春草の生い茂っている霞がたって春の日ざしもおぼろに見える、荒涼としたこの宮殿の廃墟を見るとなんとも悲しいことだ」
切ない歌ですね。
’ 近江の荒れたる都を過ぎし時、柿本人麻呂朝臣の作れる歌 ’ ということで全部で3首、大津宮の荒廃を嘆く歌が万葉集に載っています。 -
志賀皇居遺跡の石碑が草陰にありました。
-
遺跡の真ん前にバス停あり。
地名の「錦織」ですが、読みは「にしこうり・にしこおり」です。
古代からある地名で、機織り関係の職に就いていた朝鮮からの渡来人・錦部氏が、奈良時代よりも前から居住していたことが由来だそうです。 -
さらに隣接する第二地点。
-
ここは天智天皇が政(まつりごと)を執り行った内裏正殿のあった場所、つまり大津宮の中心地と推定されているとのこと。
内裏正殿の建物は、道を挟んだ第七地点と第九地点まで広がっていたと考えられているそうです。 -
ここが道路を挟んで第二地点の向かいにある第九地点。
草ぼうぼうで何がなんだか・・・ -
その向かいにある第七地点。
ここだけフェンスがあり入れないようになっていました。
しかしこれだけ点々と小さく分割された遺跡が保存されているのも面白いですね。
天智天皇の政治の中心地に来れたことが感慨深いなぁ。 -
ではそろそろ近江神宮へ進みますか!
-
神宮そばを流れる柳川は澄んでいて綺麗でした。
-
12:30
近江神宮に到着!
・・・②につづく・・・
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