2020/07/17 - 2020/07/17
13位(同エリア138件中)
服務員さん
旅の後半は太原と五台山の麓にある唐代の建築が残る古寺を訪問しました。
訪れる人も少ないようで日本での情報はペリカン社の「中国名勝旧跡事典」程度しかなく難儀しましたが、太原のホテルの旅行社でいい出会いがあり目的を達することができました。
あれから18年、もう当時のような気力も体力もありません。
「旅行は行けるときに行っておく」これは大事です。
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石家庄から半日をかけて太原に移動。太原の宿は迎沢大街沿い(名前は失念)。太原駅からほど近くこぎれいなホテルでした。
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ホテルの中に山西省黄河国際旅行社という看板があったので情報収集のつもりで訪ねました。当初服務員は斤州まで行きそこからタクシーをチャーターしようと考えていたのですが、所長のRさんからいろいろ話を伺うと斤州は危険だから独力では行かないほうがいいとのこと。
目的地は五台山でも中心ではなく外れのマイナーなところでもあり財布にはちょっと痛かったのですがこの旅行社で車をチャーターすることにしました。
Rさんとの出会いがなければ訪れることができなかったかもしれず、今でも感謝することしきりです。 -
ということで車に揺られ第1の目的地の仏光寺を訪問。霞がかかりイイ感じです。
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仏光寺東大殿、唐の大中11年(西暦857年)の建築です。
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仏殿を近くから。かなり大きな建物で近くに寄ると全体を移すことができません。
壁のほとんどが木でできていて窓は連子窓、まるで奈良の古寺のようです(といってもこちらは骨太の感じがしますが)。 -
いよいよ殿内に入ります。
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扁額のアップ、服務員の身長より大きい。
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こちらが殿内の唐時代の仏像、極彩色に彩られています。
いま日本で見る奈良時代の仏像は当時の色合いが退色しほとんどが枯れた感じですが、創建当時はこんな感じだったのでしょうか。
(この写真はチケットに印刷されていたものです。現場は監視員がにらみを利かせて写真を撮れる状態ではありませんでした) -
続いて文殊殿を参観。
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金の天会15年(西暦1137年)の建築。内部にが文殊菩薩の像があるんですが残念ながらこちらも撮影禁止。
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こちらはシ尾、奈良のお寺の屋根にもありますね。
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仏光寺を後にし、しばらく車に揺られ中国最古の木造建築が残る南禅寺へ。
この名前、京都五山の南禅寺のもとになった寺名です。 -
こちらが中国最古の木造建築の南禅寺大殿。
唐の建中3年(西暦782年)の建築です。
飾り気はないけれど優雅で伸びやかな屋根のライン、うーん感動です。 -
素朴で力強い斗共(本当は木遍に共)。
朱塗りの木材部分と白壁。奈良時代の建築がどれほど党の建築の影響を受けていたのでしょう。 -
3か所目は定襄県にある「関王廟」。元代至上6年(西暦1346年)の建築。関羽が「帝」の称号を得たのは明代以降。
関王廟として現存する建物の中で最古の部類になるとのことです。 -
夕方太原に戻り駅で北京行きのチケット(運よく軟臥をゲット)を購入しました。
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太原と言ったら崇善寺の大悲殿。
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お坊さんと1枚、当時お坊さんと写真を撮るのがわが夫婦のブームでした。
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同じく大悲殿
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太原観光で欠かせないのが晋祠。
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斜め横から
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ご本尊たる唐淑虞像?
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元代の妓女像
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難老泉、1989年に訪問した時は水量が少なかったのですがこの時は派手に水が湧き出していました。ひょっとして人口泉?本当はどうなんでしょう。
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双塔寺を訪ねました。よく見ると左右で形が違うんですよね。
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無梁殿。石と煉瓦でできています。明代の建築ですがこのころになると木材が枯渇したんでしようか?
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これから北京に戻ります。
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無事北京に戻り最後の夕食は「鴨王」で北京ダックをいただきます。美女を従え鼻の下が伸びる服務員。
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存分にダックを食べ大満足でした。
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最終日は新橋飯店に泊まり旅の疲れをいやしました。
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