2019/04/28 - 2019/05/04
10位(同エリア138件中)
尖椒土豆絲さん
- 尖椒土豆絲さんTOP
- 旅行記30冊
- クチコミ0件
- Q&A回答6件
- 71,577アクセス
- フォロワー18人
山西省を貫く大同-西安を結ぶ大西高鉄の未開通部分 大同-太原北段の開通時期はいつだろう?
気になってネットで調べてみると、今年2019年の秋10月に全線開通らしい・・
ということは、今年の労働節に行きたい代州古城や雁門関周辺へのアクセスは、相変わらず不便のままなんだ~~!
ところが、T-tripで列車検索してみると、太原ー原市間が部分先行開業していることが判明!
全線開通後、便利になってから訪れるべきか?
開通前で、観光客が少ない間に訪れるべきか?
思案・熟考・苦慮の結果、善は急げ!との結論になった途端に我家の中国山西省暢游モードは全開です。
早速、先人達の様々な旅行記を拝読、独自行程を組み立てて、労働節真っ只中の中国山西省に突撃、初日の北京便遅延による暢游行程の緊急組替を行いながら、何とか無事に帰国しました。
魅力たっぷりの山西省の様々な史跡群、私たちと一緒に旅をしましょう。
それでは、北馬南舟の歴史を鑑みながら、いざ出発!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今年も我家恒例の労働節の中国暢游旅行の始まりです (o^^o)。
世間では、何でもかんでも、“平成最後の●●●”の話題で持ち切りです。
もう直ぐ新元号“令和”が幕開けですね。
その話題通り、今日は我家にとって、平成最後のフライトです。
さあ、9:05発の日本航空JL021便は、躍動感・期待感・高揚感を乗せて、東京羽田国際空港から北京首都国際空港に向かって出発です。
近くの搭乗ゲートでは全日空の北京便が3時間の出発遅れと表示されています。
なんて気の毒なのだろうと思っていたところ・・・ -
離陸前の誘導路途中で突然ストップ!!
機長からのアナウンスが流れます。
“北京航路大混雑に伴い、中国管制からのフライト許可が取り消された為、駐機場に引き返して待機します”
えっ!!何?何?遅延なの??
さらに、駐機場で燃料補給中にアテンダントのアナウンスが流れます。
“新たなフライト予定は13:00です。それ迄の間、機内食をお楽しみ下さい”
まさかまさか・・・駐機場で機内食を食べることになるなんて・・・ -
約4時間、駐機場で待ちます。
皆さん、お疲れモードです。
ここで我家は旅游日程変更の戦略会議です。
このフライト遅延により、今日中に山西省忻州まで行くことが出来なくなりました。
取り敢えず、事前にT-tripで予約した北京西ー忻州西間の高鉄切符や忻州市内のホテルのキャンセルや変更・再予約に迫られます。 -
さあ、13:00過ぎになり、4時間の遅延を経て、再出発です。
前の席に座っているカップルから落胆の声が聞こえます。
今日の北京乗継でインドネシアのバリ島に行くようですが、北京発デンバサール行きの乗継便に間に合わなくなり、今夜は北京での宿泊を余儀なくされました。
我家も山西省忻州まで行けなくなり、省都太原での宿泊に変更しました。 -
遅延を嘆いても仕方が有りません。
気分転換に映画を観ようか・・・アララ、気になるハリウッド映画 QUEEN伝記“ボヘミアンラプソディー”が愉しめるではあ~りませんか!(*^_^*) -
尖椒土豆絲が学生だった1985年、LIVE AIDという12時間にも及ぶ歴史的チャリティイベントが、英国ロンドンと米国フィラデルフィアを衛星生放送で繋いで開催され、全世界に中継されました。
アフリカの飢餓を救うべく、当時の英国と米国の超有名スター達が、ノーギャラで出演しました。
QUEENの亡きボーカルの“フレディマーキュリー”の熱唱は鮮明に覚えています。
映画とはいえ、その完璧な再現シーンに感動しっ放しです。
LIVE AIDって、素晴らしかったなぁ~ -
北京首都国際空港着陸は16:00頃でした。
機内に8時間も滞在したことになります。
流石に疲れましたね~((+_+))
何はともあれ今日の我家は山西省まで行かなければなりません。
急いで机場快線站に向かいます。
高鉄列車が発車する北京西站まで、机場快線と地下鉄を乗り継ぎます。
先ずは机場快線(25元)で東直門站へ、ここから地下鉄1・2・9号線(5元)を乗り継ぎ北京西站まで約90分かけて移動です。 -
北京西站の南広場から眺めた站舎です。
まだ労働節(5月1日~4日)前ということもあり、大混雑とは無縁でした。
今年は4月中旬になってから、労働節の日程変更発表が有りました。
寸前になってからの急な休日変更、日本では考えられないことです。
中国では、あるある~なのかな? -
事前ネット予約&決済した中国人民の方々は、専用端末機で人民カード照会と予約番号入力を行い、切符を受け取っています。
その仕組みが普及してきた為か、窓口に並ぶ人達が減りましたね。
しかし、個人を証明するパスポートは、この専用末端機では読み取れません。
私達外国人は窓口に並ぶしか方法は有りません。 -
羽田空港離陸寸前に、スマホのT-tripアプリで予約&決済した太原南站までのG623高鉄切符(197元)です。
本来ならば、部分先行開業した大同-太原北段の忻州西站迄、G683高鉄で乗換無しで行く予定でしたが、フライト遅延の為、泣く泣くキャンセルせざるを得ませんでした。 -
待合室内の中国農業銀行ATMに遭遇です。
早速、キャッシュカードを使って軍資金の調達です。
因みに4月28日のSMBC信託銀行レートは、1元 = 17.143円でした。 -
北京西站18:45発のG623高鉄です。
いよいよ山西省に乗り込みます。
どんな人達に会えるのかな?
どんな景色に逢えるのかな??
どんな興奮に遇えるのかな??? -
21:50、無事に太原南站まで辿り着きました。
フライト遅延の影響で、今日中に忻州まで移動するという当初の旅游プランは崩れました。
まあ、取り敢えず、太原まで来れたことで良しとしましょう。 -
太原市中心部迄への移動ですが、51路バスが23時まで運行されています。
流石に山西省の省都だけあって、公共交通機関が整備されていますね。
いやはや助かるなぁ~(=^・・^=) -
51路バス(1元)です。
南大門站まで乗車します。
ここ太原ですが、かつては強固な城壁に囲まれた城郭都市でした。
今では城壁は撤去されて残っていませんが、降車した南大門站は、この太原府城の南城壁に2箇所あった城門の西側に当たります。 -
解放路は地下鉄建設中で大きく規制されています。
その建設中の地下鉄鐘楼街站脇の太原五州大酒店(ツイン・朝食付き339元)に無事にチェックインです。
さあ!!遅めの晩餐に出かけます。
向かった先は、太原府城の鼓楼街と鐘楼街を南北に結ぶ食品街です。
老街として街並みの整備が進められていました。 -
食品街の夜景を楽しみます。
遅い時間まで営業している屋台や食事処が散見されました。
助かるなぁ~(^○^) -
その中の1軒で、過油肉・尖椒土豆絲・醤油炒飯を注文、雪花ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
前回の貴州省暢游の時、全く食べなかった大好物の尖椒土豆絲ですが、今回の暢游では、いきなり初日から舌鼓です。
尖椒土豆絲!!ハオツー 好吃!
長い移動だった暢游初日の4月28日が終わろうとしています(晩安)。。。。 -
早上好!!!暢游2日目、4月29日が始まりました。
ここは麺の本場山西省です。
やはり刀削麺を食べなきゃ (^○^)。
目の前の職人技に目が釘付けです。 -
昨夜、晩餐した食品街を北上します。
-
静かな朝です。
今回の中国暢游で、3日後の労働節真っ只中の5月2日の夜、食品街に再訪しました。
今朝の静寂さが嘘の様な大混雑・大賑わいに驚くことになるとは予想だにしませんでした。 -
古緩鉄路銀行旧址です。
老街内でも目立つレトロな洋館です。 -
太原府城の鼓楼跡地の唱経楼です。
近くに鐘楼街という地名が確認出来ます。
時を知らせる太鼓や鐘の音は、府城の隅々まで響き渡っていたことしょう。 -
鼓楼広場の牌楼前で、水筆で字を書く老人に遭遇。
上手いものだ・・・!! -
府東街の鼓楼広場前の山西省眼科医院站で863路バスを待ちます。
-
待つこと10分、太原汽車客運東站行きの863路バス(1元)が到着です。
-
乗車約30分で太原汽車客運東站が見えて来ました。
多くの長距離バスの発着場になっています。 -
時刻表です。
太原から様々な方面へのバス路線が確認出来ます。 -
集票処で忻州迄の切符(28元)を購入時にパスポート情報を提供しました。
最近は境界を越えるバスに乗る際、必ず、身分証明を求められます。 -
忻州迄の所要時間は約1時間とのことです。
つまり、全線高速道路利用です。 -
忻州行きバスは、黄土高原を南北に貫く二広高速を爆走、車窓には大陸的風景が広がります。
-
乗車約70分で忻州客運中心站に到着です。
新バスターミナルは、二広高速忻州インターチェンジを降りた和平西街に移転・建設されました。 -
忻州客運中心站前のバス停で路線を確認です。
どうやら、忻州古城方面への直通バスは無いようです。
站から少し東に歩いた牧馬南路(国道108号線)にて、303路バスを待ちます。
この303路バスですが、当初は暢游初日の4月28日に、高鉄忻州西站到着後、利用する予定だった路線です。
待つこと約10分、高鉄忻州西站発の303路(1元)が到着です。 -
乗車約20分、北城門楼站で降車です。
昨日の北京便遅延の影響で、忻州到着が初日から2日目にずれ込んでしまいました。
時計は11:30を指しています。
さあ、忻州暢游の開始です。
し・か・し、北城門楼=拱辰門に上れないようで暢游モードが下降です ((+_+)) -
忻州古城拱辰門を南北大街から振り返ります。
ここ忻州の古称は秀容といいます。
別称秀容古城とも呼ばれています。
台座の上の楼閣は、高さが12mも有ります。
その赤い壁の重厚な拱辰門は忻州の象徴的存在です。 -
南北大街を南下すると、いきなり街全体の大改造・大改修の工事現場にぶつかります。
ここにで暮らしていたであろう人々は、立ち退きをさせられたのか?工事関係者しか見当たりません。
数年後には新しい忻州古城(秀容古城)が姿を現すことでしょうね。 -
草市巷はレトロな街並みに造り替えられるようです。
-
大通りを全面封鎖して、街ごと作り替えるなんて、中国ならではの進め方ですよね。
やり方が大胆過ぎですよね。 -
泰山廟です。
俗称を岱岳廟といいます。
街ごと大改造中の最中、既に完成しているようです。
しかし、入口は閉鎖され、入場出来ません (≧∇≦)! -
財神廟です。
俗称を老爺廟といいます。
こちらも入口が閉鎖され、入場出来ません。
残念・無念・悔しいねん!!! -
至る所で古い街並みを壊して、新たに様々な建物を建設中です。
かなりの砂埃が舞い上がります。
龍角散が効きそうだなぁ~ -
秀容書院です。
清代の乾隆四十年(1775年)に創建されています。
現在、修復・再建中で、入場無料!(*^_^*)!
折角です!!免費開放の恩恵を受けましょう。 -
忻州古城を南の空から俯瞰した完成図パネルが設置されていました。
新しい古城が完成する訳ですね!! -
文昌寺山門・戲台・文昌寺大殿・白鶴大殿・孔子祠・廖天閣・望萱閣等が修復・再建されていますが、いかんせん、説明・解説ボードが設置されていません。
従って、どれが何なのか分かりません。
まあ、免費での見学です。
贅沢は言えませんよね(^○^) -
忻州古城を取り囲む城壁上に、烽火台が残っているようです。
何か、イイ感じ~~~!! -
秀容書院敷地内で最も高い場所まで登って来ました。
忻州古城全体が見下ろせます。
障害物が無く、ナイスビューですよ!! -
その高台にある秀容書院から、瓮城を伴った忻州古城南城門つまり景賢門が見下ろせます。
この南城門に続く左右(東西)の城壁が、延伸工事により拡張していくようです。
後ほど行ってみましょう!(^○^)! -
工事中の東大街の彼方に、東城門つまり永豊門が確認出来ます。
忻州古城の東側の城壁は、既に修復作業が終わっているのかな・・・?
後ほど行ってみましょう!(^○^)! -
秀容書院と刻まれた煉瓦壁が有りました。
訪れた証拠にするべく、写真をパチリ!! -
秀容書院は四合院つくりの建物が並びます。
まだ、建物内に展示物は無く、箱ものです。
全面完成は、いつ頃なのかな・・?
今回は建物外観だけの見学になりました~ -
関帝廟です。
俗称を武廟といいます。
こちらも他の廟同様に入口が閉鎖され、入場出来ません。
残念・無念・悲しいねん!!! -
大改造の南北大街を、工事車両に注意しながら進みます。
やがて、忻州古城南城門楼つまり景賢門に突き当たります。
大きな大きな城楼です。
いいなぁ~城壁を伴う古城って!!! -
忻州古城南城門楼を瓮城内から見上げます。
攻めて来た外敵をこの瓮城に誘い込んで、一網打尽・殲滅作戦が断行されたのでしょうね~!
痛いのイヤだよ~! -
忻州古城東側の城壁修復は、かなり進んでいました。
敵楼の再建が終われば、城壁暢游も可能になることでしょう。
城壁外の堀は残っていませんが、遊歩道を伴った公園として整備されていました。 -
忻州古城東城門楼つまり永豊門です。
城楼の完成が待たれます。
洞門の開放も待たれます。 -
興国寺(免費)です。
山門を潜ると天王殿・亭子・大雄宝殿と続きます。 -
大雄殿の左側には観音殿、右側には地藏殿が建てられています。
興国寺の創始は唐代武徳・六年(623年)、当初は径国寺と呼ばれていたようです。
さあ、忻州暢游を終えますよ~ -
大改造中の忻州古城暢游を終え、代県に移動します。
興国寺東側の紅旗広場站で、往路同様、303路バスを待ちます。 -
303路バス(1元)で忻州客運中心站近くの交通小区站で降車です。
往路と同じ路線ですね。 -
代県に移動する前に、忻州客運中心站近くで昼餐です。
揚州炒飯・尖椒土豆絲を注文、青島ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!! -
忻州客運中心站内に取り付けられていた時刻表です。
行先・距離・発車時刻が一目瞭然で分かります。
代県行きは、20分毎に発車しているようです。 -
代県迄の16:30発の乗車券(30元)です。
-
代県行きバスが入線して来ました。
・・・乗客は私達を含め6名しか居ません(+_+)
しかし、中国方式なのか、道路の至る所で乗車希望の人民が、手を挙げています。
乗客は増え続け、7~8割の座席が埋まりました。
ここで気付きました。
高速道路を使わないの・・・?(+o+)! -
忻州から代県まで、2時間40分を費やしました。
結局、全て一般道を走行です。
途中、原市客運站にも寄り道します。
忻州ー原市間のバスも有りましたが、代県行きのバスでも全く問題が無いということですね。
一般道走行は地元人民にとっては便利な仕組みですね。 -
代県汽車站に到着後、群がる白タクの声掛けを振り切って、すぐ近くの開普頓快捷酒店(代県大南街店)に無事にチェックインです。
ツイン・朝食付き150元という安価なホテルですが、チェーン店ならではの強みを活かした運営をしているようです。
-
さあ、代県の中心部の代州古城散策を開始します。
大きな牌坊が大南街を跨いでいます。 -
大南街を北進すると、ライトアップされた辺靖楼に辿り着きます。
代州古城の鼓楼に相当します。
う~ん!何という重厚感・威圧感なんだろう・・・ -
辺靖楼の北側に回り込んでみます。
過度な光量では無く、少し遠慮気味なライトアップに好感度アップです。
さてさて、何処かに露天飲食場・食事処は無いかな~と探しますが、見当たりません。
う~ん、何処で何を食べようか・・・ -
宿泊している開普頓快捷酒店近くで、紙包魚という電光掲示板を付けた食事処に遭遇しました。
山西省や河北省等の中国北部を旅游すると、気付かない内に、家常菜が増えてしまいます。
気分一転、山西省以外に頭を切り替えて晩餐しましょう!!
安徽省出身の気さくな店主が、網を持って、水槽から魚を獲り出しました。
重さで料金を決めるのでは無く、1匹いくらという販売方法のようです。
早速、紙包魚・白飯に舌鼓、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
暢游2日目の4月29日が終わろうとしています(晩安)。。。。 -
早上好!!!暢游3日目、4月30日が始まりました。
チェックアウト時、ホテルカウンターに雁門関への路線バス情報が掲示されているのを見つけました。
これは助かります~ \(^o^)/
5月2日は雁門関観光後に、代県まで戻る予定です。
13:40発の復路バスに旅游日程ロックオンです。 -
代州古城散策前に、広武や太原へのバス路線情報収集を目的に、代県汽車站に寄りました。
昨日同様、白タクの運転手達の“●×▲◇■◆◎×”という勧誘攻勢を受けますが、我家は気にせずに汽車站内の時刻表確認を行います。 -
今日は午前中に代州古城暢游をした後、午後のバスで広武に向かう予定です。
広武に行くには、14:00発の大同行きか、14:30の朔州行きに乗り、途中降車することになりそうです。
汽車站内に設置されている時刻表・運賃表を見ると、様々な方面へのバスが発着していることが分かります。 -
大南街の牌坊を潜り、代州古城暢游開始です。
ここ代州古城は、李牧・楊業・薛仁貴・郭子儀といった名将が代州鎮守として赴任しました。
今迄の2,000年間に、100回以上の戦さの舞台となっています。 -
老爺廟街の武廟(免費)です。
いわゆる関帝廟です。
関帝廟は、孔子を祀る孔子廟(文廟)に対比させて、武廟と呼ぶ場合が有ります。
直ぐ近くの南東隣に文廟が建っている為、敢えて武廟と呼んでいるのかも知れませんね。 -
右側の開放された扉から廟内に入り、奥へと進むと・・・
-
息子の関平と配下の周倉を従えた関羽像が鎮座しています。
お決まりのパターンですね (^^♪
よし!詣ろう!
お金を沢山稼げますように!! -
西大街を西へ歩いて行くと、代州古城の西城門が現れます。
正式名称は康阜門と呼ばれています。
今は既に撤去されてしまいましたが、ここ代州古城には東西南北にそれぞれ城門が有りました。
他の3箇所の城門ですが、それぞれ北城門:鎮朔門、東城門:熙和門、南城門:迎薫門と呼ばれていました。 -
城門の傍らに馬面階段が有ります。
残念ながら、扉は施錠され、城壁には上がれません (≧∇≦)。 -
代州古城の西城壁です。
城壁の高さは12mで、城壁が残っていた頃の一周の長さは、4,310mだったそうです。
外堀は埋められて残っていませんが、水深7mも有ったそうです。
今では立派な畑になっていました。 -
西北角の城角楼です。
外城から見上げると、何だかとても威圧的に感じませんか? -
西城門(康阜門)門洞を潜って甕城越に城楼を見上げます。
さあ、古城内に戻りますよ!!! -
西大街沿いに代県旅游商品市場なる建物が有りました。
いわゆる観光協会の役目なのかな・・・? -
館内は、いくつかのパネル展示が有るだけでした。
代県全域旅游地図と・・・ -
代州古城中心部の地図は役立ちそう!
そう思い、写真撮りしました。
皆さん、役立ちそうですか?
代県だけでも、沢山の様々な観光地が有るようですよ!!! -
西大街を辺靖楼方面に(東に)歩いて行くと、趙国の李牧将軍を祀った将軍廟が有りました。
特に解説が無く、よく分かりません。
つまり、観不問ですね。 -
代州古城のシンボル辺靖楼が見えて来ました。
聲聞四達という扁額が掛かっています。
楊家将の不朽の功績を称えるものだと言われています。 -
北側に回り込んで登楼しましょう。
門票(20元)です。
入口は施錠されており、門票購入に合わせて解錠してくれます。 -
台基に上り、楼閣を見上げます。
上の扁額には威鎮三関、下のそれには万里長城第一関と書かれています。
明時代、代州古城北部の恒山脈雁門関は、瓦刺(オイラート)や韃靼(タタール)の南下に対処する上での防衛要衝として重要視されるようになり、寧武関、偏頭関と共に外三関と呼ばれるようになりました。 -
2階に上がってみましょう。
4体の塑像が背を向けあって円形に並んでいます。
楊延昭という人物が祀られています。
誰だろう・・・?
おそらく楊家将の登場人物なのでしょう! -
あらら・・・3階は閉鎖されています。
中国四大美人として知られる王昭君は、西域懐柔を目的に匈奴の王に嫁ぎました。
その嫁ぐさまを表現した人形展示が有るはずなのですが・・・
残念・無念・何でやねん (●´ω`●) -
辺靖楼から南大街を見下ろします。
南城門を模した建物が確認できます。
実際は単に模しただけの商業施設のようです。 -
辺靖楼から、先程、西側城壁の城外から見上げた角楼が見えています。
代州古城北側の城壁修復は行われていないようで、土塊が確認できますね。
この背後の山々ですが、その向こう側は異民族・遊牧民族の地です。
そう!ここ代州古城は漢族防衛拠点なのです。 -
西大街先の西城門も見えています。
-
故楼を降りて、東大街から辺靖楼を振り返ります。
-
鼓楼(辺靖楼)から東大街を歩いて行くと、鐘楼が建っていました。
今は工事中で見学・観光不可でしたが、しっかりした台基の上に、楼閣が再建されたようです。 -
代県人民政府の建物の裏庭に目的の阿育王塔は建っています。
遠慮せずに敷地内に切り込みます。 -
阿育王塔は隋の仁寿元年(紀元601年)に建造されました。
40mの高さの塔は円錐体で、仏教の蔵式造型です。
少し風が吹いており、塔頂の鐘が恍惚な心地よい音色を奏でています。 -
阿育王塔向かい側の毛主席路居紀念館です。
閉門していました。
中国共産党委員会敷地に建っていましたが、何なのか?よく分かりません。 -
続いて文廟に向かいます。
その道中、辺靖楼南東近辺に市場街が有りました。 -
露天市場は見て寄って楽しい空間です。
50年前の実家の四九市場(4と9が付く日に開催)を思い出させます。 -
大南門街に戻って来ました。
振り向けば辺靖楼が威圧的だね!! -
代県文廟です。
かなり傷みが激しく、近い将来、修繕・復元工事で閉鎖されるような環境・状況ですかね。 -
門票(20元)です。
-
創建は唐朝時代で,元・明・清朝時代に修復工事を受けています。
文廟定番の櫺星門を潜ります。 -
1本の木をくり抜いて彫られた孔子様です。
-
大成殿です。
孔子廟の正殿を現わします。
日本では東京の湯島聖堂が有名ですね。
大成殿内は撮影禁止でした。
真正面に孔子彩塑像,左右に曾子・孟子・顔子・子思“の四配彩塑像が並んでいます。 -
東廊房は歴史文物陳列室になっています。
その中に代州古城の古地図が展示されています。
代州古城は全4箇所の城門は、甕城を伴った堅固な城郭都市だったことが分かりますね。
しかし、何故??右上の角、つまり北東の角楼部分だけ曲線の城壁になったのだろうか? -
代県汽車站近くの刀削麺という看板の有る食事処に入ります。
尖椒土豆絲・刀削炒麺を注文、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
さあ、食後は広武鎮への移動です。 -
辺靖楼から南に延びる大南街の途中、教場后巷を東に入った処に代県汽車站が有ります。
何の表示版も無く、非常に分かりにくい場所です。 -
またまた、熱心な白タクの運転手達の“●×▲◇■◆◎×”という勧誘攻勢を受けながら、集票処に突進です。
“今天広武二張14:00発”と紙に書いて見せ、パスポートを渡せば、意図も簡単に切符を購入出来てしまいました \(^o^)/。 -
広武までの門票(17元)です。
-
代県発大同行きの長距離バスに乗り、途中の広武で降りることになります。
-
代県から大同までの長距離バスは、予想を裏切る高速道路走行でした。
てっきり国道208号線経由、つまり雁門関后腰舗駅站を通るものだと勝手に思い込んでいました。
ひょっとしたら国道208号を走る路線バスって無いのかも・・・
つまり5月2日の広武から雁門関までの移動手段が無いのかも・・・
嫌な予感が過ぎります。
白タクの運転手が、我家が広武行き切符を購入したのを見て、紙に“去雁門関没有”と書き込んできましたっけ・・・
まあ、何とかなるでしょう!(^_-)-☆ -
二広高速を爆走するバスの車窓からの眺めです。
ここは中原支配者側つまり漢族支配地です。
新たに貫通した長いトンネルの雁門関遂道は、北方民族支配地まで一気に突き抜けます。
時代は流れ、関所という難所は、新たなトンネル貫通により、その影響力が消えていきます。 -
長い雁門関遂道を抜けた二広高速は、一気に坂道を下ります。
下り切った広武インターチェンジの料金所を抜けた長城商務酒店前でバスは停車、私達の他に2名の乗客が降車しました。
広武は最初の停留所地点のようですね。
ちょっと気になったのは、私達4名を降ろしたバスは、国道208号線を大同方面に走り去りました。
大同迄の距離は、まだ120kmも残っているというのに、高速道路を走らないのかな・・・ -
取り敢えず、今夜の宿を確保しなきゃ!!!
取引先の華人の方に、この広武長城商務酒店に外国人が宿泊可能なのか否か、確認して頂きました。
フロントに着くなり“明天和后天2晩有空双人房”と書いた紙を渡すと・・・
“要◎●×▲●◆×◎”と言っているような・・
更に“×▲◇■◆◎×▽”と言っています。
多分、部屋を見せると言っている・・・多分・おそらく・きっと・・・
結局、1泊朝食付きツインルーム158元×2晩で交渉成立です。
日本での事前予約無し&現地交渉という初めての体験は、無事に宿泊先確保という結果で終結しました。
あ~~~もし泊まれなかったらどうしよう!!という不安・心配・懸念を一気に払拭しました!!!
良かった~助かった~ (●^o^●)
有難う!聞さん!! -
さてさて、部屋を確保したからには暢游再開ですね。
ホテルの部屋から明広武長城が見えます。
しかし、既に時計は16:00を指しています。
当初の予定通り、旧広武古城に向かいましょうかね (^^♪) -
長城商務酒店から旧広武古城迄の路線バスが有るようですが、運行時間もバス停の場所も分かりません。
歩けば僅か20分程で旧広武古城に到着です。 -
東城門です。
登楼は出来ません。 -
ここ広武古城は雁門関の北側、つまり万里の長城の外側に建造されています。
長い歴史の中で何度も戦闘・戦乱にさらされた軍事拠点です。
戦闘・戦乱時には、激しい抗争が繰り返されたことでしょう。
その古城の城内散歩を開始します。
東城門から城内に入り、西城門まで行ってみましょう。 -
西城門です。
城壁上部に電飾装置が取り付けられています。
ライトアップが有るかも知れません。
これは夜も再訪しなきゃ!!! -
西城門外から北側に連なる城壁を眺めます。
ん・・・高い城壁上にニレの木(楡の木)が根付いています。
ニレの葉や若い実は飢饉の時に食用となり村民を救ってきた神木なんだそうです。
そんな思いから、城壁修復時にも切られずに残されているのかな??? -
西城門の脇に門楼上に上がる階段が有ります。
上って古城全体を俯瞰します。
写真は東城門から西城門まで我家が歩いて来た通りです。 -
こちらは西城門から南に続く城壁です。
城壁の上を歩くことは出来ませんネ。 -
北に続く城壁上を注意しながら北西角まで歩いて見ると・・・
新たに何か工事をしています。
城壁の厚みを確保した堅固な城壁に仕上げているようです。
いつかは有償の古城になるのかな? -
厚みを加えた北城壁から眺めた旧広武古城です。
-
城壁上で我家城壁大好きポーズで記念撮影です。
まさか城壁散歩が出来るとは思いも知らなかった我家にとってはサプライズな保護工事でしたね。
北方民族・遊牧民族つまり敵は北から攻めて来ます。
そんな理由からなのか?ここ旧広武古城には北城門が有りません。 -
歩ける城壁は、この先は築城中です。
城壁から降りるポイントが有りません。
ここで引き返します。 -
ここ旧広武古城は軍事城堡です。
堅固な城壁が我家を興奮させます。
踊躍させます。
そして陶酔させるのです。 -
南城門です。
東西南の3箇所しか城内外を結ぶ通路は有りません。
3箇所の洞門すべてが自動車も通れるようになっていました。 -
旧広武古城内の巷散策をしていると、何か土塊の台座に遭遇しました。
何の案内も無く、詳細は不明ですが、おそらく鼓楼台か鐘楼台なのかなと推測されます。 -
その近くで、広武客桟という看板を上げた住宿が有りました。
もし、長城商務酒店での宿泊が不可だったら、こんな隠れ宿にお世話になっていたんじゃないかな・・・
それにしても傷みの激しい住宿だこと!!!! -
ホテルに戻るべく、旧広武古城前の朔広線に出たところ、岱岳ー広武と電光掲示板に記したバスが通りかかりました。
山陰県と広武鎮を結ぶ路線バスが運行されているようです。 -
その路線バスには乗らずに、朔広線を歩いて戻ります。
広武長城商務酒店手前の広武漢墓群に立ち寄ります。
潜り抜けた石牌坊には“廣武”と刻まれています。 -
漢7代皇帝・武帝の劉徹(紀元前141年~紀元前87年)の石像です。
将軍衛青と霍去病を擁し、北方の異民族・遊牧民族と激しく戦いました。 -
武帝を取り囲むように、左右に10体づつ文臣や武将の石像が並びます。
神道というより、神広場なのかな??? -
漢代の将兵の墓丘です。
高いものは10数m、低いものでも3~4mは有ります。
全部で293座が確認されています。 -
ホテルで小休止後、広武鎮で平成最後の晩餐です。
刀削麺・広武野山姑・広武豆腐を注文、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
暢游3日目の4月30日が終わろうとしています(平成再見&晩安)。。。。 -
早上好!!!暢游4日目、5月1日が始まりました。
令和元年、おめでとうございます。
宿泊者は朝食付きとのことなので食堂に行ってみます。
運ばれて来たメニューは、粟粥・人参冷菜・饅頭・ゆで卵でした。
中国式朝食を済ませて、さあ!出発だぁ~!! -
広武長城商務酒店フロント近くに飾られていた月亮門の写真です。
今から、この月亮門に行って来ま~す!(^'^)!
広武漢墓群を門洞内を通して眺めることが出来るかな? -
広武鎮(新広武古城)を貫く国道208号線を歩いていると、至る場所で、トウモロコシが備蓄されています。
家畜の飼料なのか?
お酒の原料なのか??
まさか人の食用じゃ無いよね??? -
国道208号線を南進すると、広武明長城入口に到着です。
-
あらららら・・・広武明長城に繋がる車道は閉鎖されています。
大型観光バスで到着した美術学校の生徒達を引率して来た先生方も、道路閉鎖に困惑しています。
長城観光は歩くしか手段が有りません。
さあ、どうするんだい??? -
車道を少し進むと広武明長城が現れました。
長城沿いの登山道を歩くか?
車道を歩くか? -
我家は長城沿いの登山道を選択、一気に直線的に登ります。
長城の東側、つまり北方民族側の登山道を歩いていることになります。
先程、国道208号線入口で一緒になった少年少女の美術学校の団体さんは、車道を隊列を組んで登って来るようです。
追い抜かれないように頑張んなきゃ!!! -
前方に烽火台が見えて来ました。
異民族・遊牧民族来襲時、この烽火台から煙が上がった訳です。
一体、何回の煙が立ち上ったのでしょうか・・ -
広武明長城は白草口長城とも呼ばれています。
元々は煉瓦貼りでは無く、版築で造られた土の城壁の為、風化・浸食が進んでいます。 -
車道終点の大駐車場です。
当然ですが、閉鎖された車道を登って来る車は有りません。
国道208号線から自力で登るしか方法は有りません。
何はともあれ先に進みましょう。
烽火台を模したトイレの横から、更に上へと上へと散策道が伸びています。 -
箭楼台基と案内板です。
明広武長城は長さ20kmで東は雁門関、西は寧武旧城に繋がっています。 -
途中から、散策道は中原側(漢族側)に敷かれます。
-
登りやすいように木製の階段が連なります。
途中までは誰でも簡単に訪れることが出来ますね。 -
あらららら・・・箭楼台基上の月亮門が崩れてしまっています。
広武長城商務酒店フロントに飾ってあった月亮門の写真とは、似ても似つかぬ姿になり果てていました。
全く過去の面影はありません (@_@;)
月亮門洞からの眺めを楽しみにしていただけに無念・残念・悔しいねん! -
登って来た散策道と登山道が見えます。
異民族側に箭楼台基が出っ張っています。 -
昨日訪れた広武漢墓群が見えます。
偶然なのか?
月亮門は神道の延長線上に有ったのでしょうか? -
昨日訪れた旧広武古城も見えます。
四角い城壁で囲まれていることが一目で分かります。 -
広武明長城は、風化が激しく、至る処で崩壊しています。
看板が示す通り、ここから奥は、自己責任での暢游(登山)になります。 -
観光地化された長城とは違い、落下防止の手摺も何も有りません。
注意安全!!! -
今迄訪れた、どんな長城よりも侘び寂びに浸れますね。
いいなぁ~日本的美意識が通じる景色って!!! -
おっと~先程の美術学校の生徒さん達が追い着いて来ました。
先頭の子供は、校旗を揚げてたまま、元気に登って来ます。 -
何処までも続く広武明長城に感嘆・感動・感激です。
-
箭楼からの眺めです。
カメラアングル!如何ですか? -
風化が激しくなって来ました。
長城上を歩くのは諦め、城壁沿いの登山道を歩きます。 -
洞門が有る場所で引き返すことにしました。
ここを漢族側に潜ります。 -
今度は、どんどん長城を下り、高度を下げます。
反対側の山の斜面に城壁が見えています。
広武鎮を広域に囲むように城堡が連なっているのが分かりますか? -
遠方に土塊の台座が見えています。
何なのだろう・・・???
さてさて、国道208号線まで下り、国道沿いの食事処に入ります。
ところが、何処もかしこも満杯で入れません。
そうなのです!今日は労働節初日つまり休日なのです。 -
何軒も店内を覗き込み、やっと空席の有る食事処に落ち着きました。
ここは麺の本場の山西省です。
莜麺栲栳栳(カオラオ麺)・尖椒土豆絲・過油肉を注文、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!! -
さあ、後半戦の暢游開始です。
食事が終わり、国道208号線を歩いていると、昨日見かけた岱岳ー広武と電光掲示板に記したバスが通りかかりました。
岱岳から広武に到着したバスは、どうやら旧広武と新広武の両方に立ち寄る運行ルートのようです。 -
新広武古城の中を散策していると、ロバに引かれた荷車が通りかかりました。
何て長閑で閑静なのだろう・・・ -
新広武古城の北端の台座?土塊?です。
原型は分かりませんし、これが一体何なのかも分かりません。
誰か教えて下さいませ!! -
これは城門なのでしょうか?
門洞を潜って南進すると・・・ -
新広武古城北門と思われる台座?土塊?に辿り着きます。
左右に東西に長城・城壁が連なっています。
西側は、国道208号線貫通部分は切断されているものの、先程まで歩いていた広武明長城に繋がっています。
う~ん、この城門の南面は崩壊が進んでいますね。 -
その北門楼に続く城壁です。
この寂れ感に、荒城の月の歌詞が頭を過ぎります。
春 高楼の 花の宴
めぐる盃 かげさして~だったかな!
実際、あちらこちらで花が咲いていましたっけ!! -
様々な歴史を見つめて来たであろう門洞を潜ります。
-
そのまま北城門に登り、南側を俯瞰します。
この通り名は南街とでも言うのでしょうか? -
城門の北面は崩壊せずに原型を留めていますね。
-
新広武古城南城門です。
城堡の一角を担っています。
何処もかしこも詫び寂びの世界です。 -
広武明長城に上がる車道が閉鎖されている為、皆さん、国道208号線に自動車を駐車して観光しているようです。
最初から道路閉鎖と分かって来ているのか?
到着してから道路閉鎖を知り、止むを得ずに登っているのか?
何にせよ、皆さん、お疲れ様!!! -
新広武古城東側斜面に続く城壁(長城)です。
城堡構造になっています。
こちら側の城壁を歩く体力は残っていません。
当然、時間も残っていません。
はは、気力も残っていません。 -
箭楼台基です。
展望台になり得そうです。
ナイスビューを求めて登ってみましょう!!! -
崩れかけた階段に足元を注意しながらよじ登ります。
NICE VIEW 眺望が開けます。
写真は箭楼台基西側の景色です。
手前から奥に広武民長城の城壁が伸びているのが分かりますか? -
箭楼台基東側の景色です。
この長城、一体、何処まで続いているのでしょうか??? -
一旦部屋に戻り、暫く休憩です。
CCTV13chで、徳仁新天皇陛下即位の報道が流されています。
我家は中国の片田舎に居て、日本の情報が枯渇しています。
きっと、日本は大騒ぎなのだろうなぁ~ -
日本最古の歌集の万葉集から典拠された令和です。
中国の漢籍に出典を求めなかったことが話題になりましたよね。 -
さあ、小休止後の旧広武古城の夜景観賞で再始動です。
旧広武古城入口近くの食事処に入りました。
炒麺・尖椒土豆絲・熱魚を注文、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
この熱魚、魚の出汁が出て、超美味しい~ -
お腹が満ちたら夜景散策開始です。
旧広武古城北東角から時計回りで城壁沿いの城外を歩きます。
期待以上の荘厳度に感服・感銘・感嘆です。
中国は、まだまだ訪れるべき史跡が山ほど有るのでしょうね~(^^♪ -
東城門です。
昼間の明るい時間帯とは全く違った顔を見せますね。
ばってん、二度来て美味しいとはこのことばい!! -
そこから南に連なる城壁です。
優しい光が、古城を幻想的に浮かび上がらせます。
暖かい光が、古城を魅惑的に輝かせます。
温和な古城の表情を前に情緒的気分に浸ります。 -
朔広線をホテルまで歩いて戻る途中、昨日登った広武明長城のライトアップを眺めます。
車道が閉鎖されている訳なので、このライトアップされた長城を間近で見ることは難しいでしょうね。 -
ホテルに戻り、CCTV13chを見ていると、明日の天気予報が流れていました。
明日も晴れるようです。
やったネ!(^_-)-☆!
暢游4日目の5月1日が終わろうとしています(晩安)。。。。 -
早上好!!!暢游5日目、5月2日が始まりました。
労働節の大混雑が報じられています。
雁門関への国道208号線の混雑は大丈夫かなぁ~と気にしながらチェックアウトです。
フロントの服務員の女性に、“有去雁門関汽車”と紙に書いて聞いてみると、“没有”と言いながら、国道208号線を歩けというゼスチャーが示されました。
やはり、公共交通機関で雁門関に行くことは出来ないのかも知れません。 -
新広武鎮から雁門関まで、百度地図によると、約6kmの距離が有ります。
歩けない距離でも無いし・・・
時計は8:30を指しているのか・・・
よし!決めたぞ!!! -
北方異民族・遊牧民族が、漢族支配エリアを攻める時と同じ道を進むのも悪くないと考え、雁門関まで歩くことにしました。
国道208号線は緩やかな上り坂が続くものの、舗装された綺麗な道路です。
約90分で踏破可能でしょう。 -
労働節は至る所で混雑が発生します。
国道208号線も雁門関1km手前から渋滞の車列が国道を埋めていました。
トロトロ運転の自動車を横目に、徒歩の私達はスイスイ進みます。
予定通り90分で雁門関に到着です。 -
雁門関入口に立つ塔です。
-
入場券を購入するにも大混雑です。
しかし、ネット予約&ネット決済の旅行者も多いようで、自動賜票区の機械の前にも沢山の行列が出来ていましたネ。 -
雁門関の門票(90元)です。
-
入口に雁門関全景図が有りました。
我家は左上の后腰舗駅站つまり北側(北方民族側=攻撃側)から入り、右下の前腰舗駅站つまり南側(漢族側=防衛側)に抜けるルートを辿ります。 -
后腰舗駅站から景区入口まで、ピストン輸送バスが運行されています。
1回5元だそうです。
我家は北方民族側から漢族側まで、全程を歩いて関所越えしたいが為に乗車しません。 -
歩くこと約20分、景区入口の石像群に到着です。
雁門関の守備についていた楊業の石像です。
楊業は、“三国志”や“水滸伝”と並び、中国で好まれている“楊家将”の代表的な登場人物です。
戦に強かった楊業は楊無敵と言われていたそうです。 -
雁門関入口のモニュメントです。
歴史・史実に名を残した人物が刻まれています。 -
この雁門塞・明月楼から有償景区に入ります。
いよいよ漢族地域に攻め込むぞ~!!! -
雁門関民族村です。
事前情報では住宿が有り、500名程の収容能力が有るとのことでしたが、泊まれるのか否か?定かで有りません。
門票の有効期限が当日のみになっており、景区内に泊まって雁門関のライトアップを愉しむプランは無謀と感じました。 -
辺貿街を抜けると地利門の甕城入口です。
広武鎮から歩き通した関所への道程も、いよいよクライマックスです。
雁門関迄の公共交通機関が無かったことは想定外でした。
騎馬が有れば、楽しかったのになぁ~~~な~んてネ!(^○^)! -
門洞上の扁額は則天武后が書いたと紹介されています。
昔から残っている城門の煉瓦と、修復で継ぎ足された煉瓦の色の相違が分かりますか? -
先程、通り抜けて来た辺貿街です。
今は中国に統一されていますが、ここ雁門関が北方異民族と漢族の国境だった頃は、関所は一大貿易拠点として、重要な機能を持っていたことでしょう。 -
漢族側から見れば、地利門の洞門の石畳を抜ければ中華の地ではない異国の地でした。
中国四大美人として知られる王昭君は、漢の時代、北方民族・異民族懐柔を目的に、匈奴の王に嫁ぎました。
関越えの途中、故郷中華の地向へ飛んでいく雁を見ながら琵琶を奏でたと言われています。
王昭君の嫁ぐ姿と悲しい琵琶音に魅せられたのか、東西の峰が対峙している門のような地形のこの場所を飛んでいた雁が次々に落ちてきたと言われています。
この関所“雁門関”の謂われだそうです・・・(/ω\) -
地利門とその上に建つ寧辺楼です。
雁門関は“天下第一之関”や“兵家必争之地”と呼ばれています。
歴史上、ここで大小1700回にも及ぶ戦闘・攻防が有ったようです。
日中戦争(中国呼称:抗日戦争)もその例外では有りません。
北方民族は、この門洞を突破し、漢族側を攻める訳です。
こりゃあ大変だぁ~(=_=) -
寧辺楼は別称六郎廟と呼ばれています。
北宋時代の守関の名将楊六郎を祈念して建てられました。
地利門から西側の烽火台に続く城壁が見えます。
その先の烽火台を目指します。
古砲台を通り、老体に鞭を打ちながら城壁を登ります。
・・・まだ登るんだぁ~(*_*) -
烽火台に近づき高度を上げると、眼前に素晴らしい眺望が現れました。
彼方には地利門から東側に続く城壁や雁塔が見えます。
雁塔の麓まで行きたいのですが、体力的にも時間的にも、ちょっと厳しいかな・・・
我家は夫婦合わせて今年令和元年に107歳になります。
国内ならフルムーンパスが利用できますよ。 -
烽火台を過ぎ、西城門に向けて城壁を降ります。
ここでも我家城壁大好きポーズで記念撮影です。
ん・・・疲れがピークに達したのか?手足の上がり具合が良く無いですねぇ~(@_@;)
ん・・・西城門から続く城壁の彼方に、もう一基の烽火台が見えています。
ここにも登りますよ!! -
西城門と威遠楼です。
写真左側に、たった今、降りて来た城壁階段が見えています。
登るも降るも体力勝負・気合勝負です。 -
西城門前の広場から地利門を見降ろします。
山々の間に位置する雁門関ですが、正に要塞ですね。 -
西城門南側の2つ目の烽火台から城壁を降って行くと、天剣門と雁楼が見えて来ました。
雁門関の主城門です。 -
天剣門を城内から眺めます。
異民族にとっては、この洞門を抜ければ、目指す中華の地ということになります。 -
天剣門と鎮辺祠です。
こちらの門洞上の扁額も則天武后が書いたようです。
“天剣”と刻まれているらしいのですが、よく見えません。
また、楼閣には中華第一関という大きな扁額も取り付けられています。 -
鎮辺祠は、日中戦争(中国呼称:抗日戦争)最中の1937年、日本軍により破壊され、時を経た2009年に再建されました。
ここ鎮辺祠は趙国の国境駐屯軍大将の李牧を祈念して建てられ、俗称李牧祠とも呼ばれています。 -
李牧といえば、キングダムに登場する趙国の国境駐屯軍大将です。
秦の始皇帝の中華統一に抵抗した趙国の名将です。
何度攻めても李牧に勝てない秦国は、趙国の幽繆王に対し、“謀反の恐れ有り”との計略を使って李牧を処刑に追い込みます。
名将李牧を失った趙国は、この3ヵ月後に秦国によって滅ぼされてしまいます。
疑心暗鬼・栄枯盛衰は世の常ですね。 -
この建物は帝王洞といって、訪れた歴代皇帝の宿泊・休憩所だったようです。
日中戦争(中国呼称:抗日戦争)時代、毛沢東は延安から北支への移動で雁門関を越えています。
毛沢東が泊まったというヤオトン部屋も公開されていました。
“貧しき事を憂うのでなく、等しからざるを憂う”という毛沢東の言葉ですが、その理想・理念を今の中国は実現出来たのでしょうか・・・ -
さあ、前腰舗駅站に向けて、関道を降ります。
途中、轍(わだち)が残されていました。
長い歴史の間、様々な馬車や荷車が通ったことでしょうね。 -
阜伐塞民俗村を通り過ぎると・・・
-
輸送バス乗場がある雁靖坊を過ぎます。
前腰舗駅站発代県行きの路線バス発車時刻は13:40です。
間に合うかな??? -
雁門関大酒店が見えて来ました。
本当は、ここに宿泊し、漢族側からの雁門関越え暢游日程コースを予定していました。
ところが、雁門関大酒店は宿泊営業停止中で、日程変更止む無しになってしまいました。 -
前腰舗駅站に到着です。
13:40発と思っていた代県行きバス(12元)は、なかなか発車せず、結局、14:00になって発車しました。 -
長閑な田舎道を走行します。
途中の村々で乗客を拾い、代県汽車站到着の頃は満席になっていました。 -
代県汽車站到着後、近くの食事処に入ります。
最初に質問することは“有没有冰鎮卑酒 ”です。
“有”との回答に安堵し、店内卓に座ります。
すると、他のお客さんが頼んだ料理が気になりました。 -
鰲魚という料理らしいです >゜))))彡
厨房に入り、調理するところを見せて頂きました。
これは美味しそう・・・(^○^) -
鰲魚・尖椒土豆絲・白飯を注文、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
私達が日本人と気付いた店の服務員やお客さん達に囲まれ、“●◎▽◇▲×◎”と言って来ますが理解不能。
紙を手にし“我想看日本紙幣”と書き込んでこました。
日本のお金が見たいんだぁ~
1円玉から1万円札まで、全てのコイン&紙幣を見せると、その場にいた子供達2人は、穴の開いた5円玉と50円玉に興味津々です。
1角コインを渡された為、思い切って交換しました。
大人も子供も大喜びで、楽しい日中友好になりましたかね (^'^) -
さて、代県汽車站に戻ります。
周辺に待機している白タクの運転手達の“リーベン●×▲◇■◆◎×”という嘆き声が聞こえます。
“この日本人は誘っても無駄だ!!”なんてことを言っているような気がしました。
集票処に行って、太原行きの高速バスを申し込みます。 -
太原迄の16:40発の乗車券(50元)です。
汽車站内の料金表には、太原:55元と記されています。
何故、5元安いのか?
ひょっとして高速道路を使わないんじゃないのか・・・
不安が過ぎります(*_*) -
峨口ー太原との看板を付けたバスが到着しました。
始発じゃないのかな? -
太原行きバスは、原平手前の惇陽インターから二広高速道路に乗りました。
一気に太原に向けての爆走が始まりました。
ところが・・・ -
労働節の影響なのか?
途中で大渋滞に巻き込まれ、太原汽車客運東站までの所要時間は3時間20分もかかってしまいました。
労働節!!恐るべしです!!! -
太原汽車客運東站から863路に乗るべく、停留所の表示を見ると、最終バスは20:00となっています。
時計は20:00を指しています。
えっ!!!863路バスは、まだ運行中なのかな? -
数分後、863路バス(1元)が到着し、安堵・安心です。
4月29日の旅游2日目に乗車した山西省眼科医院站で降車し、食品街を通り抜けて、今日の予約済ホテル:愉園大酒店まで歩きます。 -
労働節2日目の太原府城食品街は、もの凄い人出です。
屋台は大行列、通路は大渋滞です。
美しい光で装飾された食品街は太原の有名な食べ歩きスポットのようです。
ぶつからないように気をつけてね!! -
食品街を歩いていると、赤提灯に囲まれた巷が有り、多くの旅行客・観光客・地元民で賑わっていました。
SNS投稿向きの場所らしく、皆さん、スマホで撮りまくりです。 -
余りの人の多さに、少し酔ってしまいそうです。
食品街南端の牌坊が見えて来ました。
取り敢えず、ホテルにチェックインしなきゃ!! -
愉園大酒店(ツイン・朝食付き309元)に無事にチェックインです。
小休止後、晩餐に出かけましょう!!
その晩餐の前に、近くの迎澤公園の夜景観賞を愉しみます。
光り輝く牌坊から迎澤公園に入ります。 -
迎澤公園内東暇山に建てられた情緒のある塔です。
歴史的背景等は何も分かりませんが、綺麗にライトアップされ、人々を和まして・癒していることでしょう。
さあ、晩餐会を催すべく、食品街に向かいますよ。
尚、明日、太原晋商博物館見学の為に、再び迎澤公園を訪れる予定です。 -
4月28日に続き、再び、食品街で晩餐狙いです。
-
今日は気温も快適の為、食品街で露天食事処を探します。
すると串焼の香りに引き寄せられました~。
各種串焼などを注文、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
いいなぁ~屋台や露店って!!
暢游5日目の5月2日が終わろうとしています(晩安)。。。。 -
早上好!!!暢游6日目、5月3日が始まりました。
今日は何だか暑くなりそうな予感です。
太原は、日中の最高気温と最低気温の差が大きい都市です。
山々に囲まれた盆地地形だからでしょう。 -
昨夜の牌坊から迎澤公園に入ります。
公園内の迎澤湖の小島に塔が建てられています。
労働節で人が多いものの、湖畔でゆったりする人民が多いですね。 -
迎澤公園内の古藏経楼です。
残念ながら入楼出来ません。 -
太原晋商博物館入口です。
敷地内から京劇?戯曲?と思われる音楽が聴こえて来ます。 -
中国の博物館は、見所満載にも関わらず、大半は無料(免費)です。
パスポートを示すだけで、門票2枚を渡されました (^○^)。
ロハ~ですよ~!! -
戯台で京劇が演じられていました。
京劇のお面の色には、白は陰険で腹黒い憎まれ、赤は忠実で勇敢男気に富む正義、黒は素直で意志が固い等などの意味があります。
そっか~だから僕の顔は赤黒いんだぁ~!(^^)!
中国語が理解出来れば、もっと面白くなるのでしょうネ!! -
戯台を過ぎ、館内に入ると関羽像がお出迎えです。
流石、関羽出身地の山西省ですね。
昨年訪れた山西省運城暢游を思い出します。
楽しかったなぁ~(*^_^*)
元々、同郷の関羽を信仰し始めたのは山西商人です。
現在では中国全土に留まらず、華僑の住む世界各地で関帝廟が建てられるようになりました。 -
山西省は銀行発祥の地です。
清代には票号(為替)・銭舗(両替)・炉房(貨幣銭造)・当舖(質屋)の経営等の金融業を独占していきます。
館内に、様々な時代の算盤が展示されています。
山西商人が奮闘したんでしょうね! -
石敢當:魔除けです。
中国各地で見られます。
日本へは琉球(沖縄)や奄美(鹿児島)に伝わっています。 -
迎澤公園を出て、歩き歩きです。
やがて、次の暢游地の純陽宮に到着です。
ここは、道教寺院で山西省芸術博物館でもあります。
・・・?? あれれれれ!扉が閉じている・・・
イヤな予感!! -
・・・・・SHOCK!!
何と、5月18日迄、暫く休館です。
ツキが無いなあ~(≧∇≦)!
運が無いのかな~ (=_=) ! -
五一広場を横切ります。
かつて、ここは太原府城の小南城門が有りました。
甕城の跡地を公園として整備したようです。 -
太原文廟に到着です。
ん・・・門が閉じています・・・
まさか!閉鎖中?? -
あ~ビックリした~!
ここも休館日かと思いました。
貼られた告知には、労働節は休館せずに開放すると記されています。
但し、館内は大修復工事中です。 -
門票(20元)です。
-
文廟お決まりの櫺星門を潜ると・・・
-
大成殿です。
今の太原文廟は、山西省民俗博物館として存続しています。
殷代の青銅器、戦国期の戈等の貴重品が収蔵されています。 -
数多くの個性豊かな石獅子が並びます。
孔子様は、まだまだこの先かな? -
山西皮影芸術館が設置されていました。
いわゆる動く影絵芝居の博物館です。
これは面白そう!! -
影絵って知ってますか?
分かりやすいように、牛・馬・ロバ等の動物の皮を鞣し、彫刻を施し、繊細に彩色し、桐油を塗られた色彩豊かな人形が飾られています。
その繊細に切り込まれた人形は、関節部が動き、その表現も豊かですね。 -
文廟北隣の崇善寺に到着です。
ここ崇善寺の歴史は古く、宋代に創建されました。
元代は宋延寿寺、明代に崇善寺と改称されています。
清代の大火災で多くを焼失、大悲殿のみが現存しています。 -
その歴史ある大悲殿に入ってみましょう。
巨大な3体の菩薩像が安置されていました。
中央に千手千眼観音、左に文殊菩薩、右に普賢菩薩が並んでいます。
これらは明代の貴重な仏教芸術作品ですね。
残念ながら殿内は撮影禁止でした。 -
さてさて、太原站近くの食事処に入り昼餐開始です。
猫耳麺・過油肉・麻辣豆腐を注文、雪花ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
一風変わった猫耳麺ですが、麺と言うよりマカロニと言った方が分かりやすいかな!
具材が沢山入って、とても美味しい猫耳麺に超納得ですo(^-^)o -
2009年、まだ高鉄ネットワークが整備されていない頃、苦労・心労・辛労して、平揺へ行きました。
その時、この太原站を利用したことを思い出しました。
何だか懐かしいなぁ~(*^。^*) -
さあ、今日は北京まで戻らなくてはなりません。
高鉄ターミナルの太原南站行きの861路バス乗場が分からず、站周辺の建設路を右往左往しました。
すると、地下道に導く道標を発見、まさか、地下貫通道にバス停が有るなんて・・・ -
分かりにくい地下貫通道で待つこと数分、目的の861路バス(1元)が到着です。
-
太原南站です。
昨年、王家大院を暢游した後、高鉄霊石東站から高鉄北京西站に戻る際、ここ太原南站で乗り継ぎました。 -
G622号が入線です。
始発という事で20分前に改札が始まりました。 -
太原南站から北京西站迄の切符(197元)です。
途中、陽泉北・石家荘・保定東の3箇所に停車、僅か2時間53分で省都と首都の両都市間を結びます。
時速300kmの爆走、車内は快適です。 -
地下鉄北京西站は、駅構内に入る為のセキュリティーチェックが厳しいことと、労働節の人民大移動が重なり、それなりに並びました。
皆さん、中国大型連休時の移動には充分留意して下さいネ!!! -
さあ、あと一息!!
地下鉄7号線で珠市口站まで移動(4元)です。 -
毎年利用している珠朱口站近くの北京貫通現代酒店(ツイン・朝食無し 388元)にチェックインです。
さあ!荷物を部屋に置いて、前門界隈に繰り出しましょう!!
前門歩行街を北進すると、その正面に正陽門の箭楼がライトアップされ、その巨大な姿を闇夜に浮かび上がらせています。 -
箭楼前の前門歩行街の牌坊です。
多くの観光客が記念撮影をしています。
北京に戻って来た~と実感します。 -
流石に中国の首都北京です。
周りの観光客から様々な言語が飛び交います!
以前から英語・フランス語・ハングルは多いと感じていました。
今回、特に耳に聴こえて来るのはロシア語です。
確かにロシア人が増えたよね。 -
さあ、晩餐です。
毎年通っている粮食店街の客満堂湘菜館です。
懲りずに今年も利用しました。
店内に入り、我家2人の顔を見た女将さんが“リーベン”と叫びました。
どうやら覚えて頂いていたようです。 -
昨年と同じメニューを食べようかな!
という訳で、水餃・尖椒土豆絲・焼鴨を注文、燕京ビールで( ^^)/▽▽(^^ )乾杯!!乾杯!!
暢游6日目の5月3日が終わろうとしています(晩安)。。。。 -
早上好!!!暢游最終日7日目、5月4日が始まりました。
北京貫通現代酒店で朝食タイムです。
1人25元でブュッフェが楽しめます。
例年、楽しみにしていた焼餃子が蒸餃子に変わっていました。
ちょっと残念!!! -
よっしゃ~~~最終日の暢游開始です。
前門歩行街を散策し、大柵欄を横目に見ながら北進、地下鉄1号線の前門站に向かいます。 -
正陽門箭楼です。
通称、前門ですね。
昨夜、ライトアップされていましたね。 -
此方も正陽門です。
昔は箭楼とは甕城で繋がっていました。
今では甕城は取り払われ、前門大街が東西に走っています。 -
地下鉄前門站に到着しましたが、例年人混みが有りません。
何と労働節期間中は、ここ前門站だけで無く、天安門東站と天安門西站も閉鎖されていました。
う~ん!!これじゃあ地下鉄に乗れないなぁ~困ったなぁ~! -
悩んでいる時間は有りません。
即座にホテル側の珠市口站に戻りました。
ここから地下鉄7・4・10号線・西郊線を乗り継いで、香山に行きます。
ところが、西郊線内の站迄の切符は買えません。 -
地下鉄10号線から西郊線に乗換ます。
-
西郊線へは地上乗換です。
目的地香山站迄の切符(4元)を買いました。 -
西郊線は地下鉄というよりは、路面電車といった表現が合いますね。
この西郊線沿線に頤和園・北京植物園等の観光施設が有る為か、沢山の人が利用していますね。 -
西郊線終点の香山站で、路線バスに乗り換えます。
あれ? 香山站周辺は一方通行になっています。
当然、路線バスも一方通行運行です。
行きは良い良い、帰りは怖い~じゃあ有りませんが、香山站まで戻る方法が分かりません。 -
360路バス(2元)で、紅旗村站まで移動します。
-
地下鉄2号線前門站閉鎖という思わぬ事態から立ち上がり、約2時間弱かけて団城演武庁に到着しました。
しかし何と何と、ここも閉鎖という結末が待っていました・・・(≧∇≦) -
団城演武庁の集票処にいた服務員に、入場希望を示唆しましたが、“●×△◇◎×”とい言われ、理解不能。
諦めざるを得ません・・・ -
仕方ありません。
入口の門外から団城演武庁西城楼門の写真を撮りました。 -
塀越しに修復中の団城演武庁北城楼の写真も撮りました。
はあ~~~(●´ω`●)~~~これで、今回の中国暢游は、全て終了です。 -
西郊線香山站に戻る路線バスは有りません。
隣の北京植物園站行きの路線バスが頻繁にやって来ます。
団城演武庁の暢游が無くなったことで時間に余裕が出来、植物園站まで歩くことにしました。 -
まるで路面電車のような地下鉄西郊線(3元)が入線です。
往路同様に巴溝站で、地下鉄10号線(5元)に乗り換え、三元橋站まで乗車です。 -
三元橋站で机場線(25元)に乗り換え、一気に北京国際空港に戻ります。
-
北京国際空港ターミナル3に到着しました。
6日前、ここから中国暢游が始まったんだなぁ~
そうだ!そうだ!4時間も遅延したんだなぁ~
と感慨深い思いを募らせながら、日本航空カウンターへと向かいます。 -
団城演武庁が閉鎖されていた影響で、北京暢游が早く終わりました。
結果、北京国際空港日本航空カウンター到着が13:00と早くなってしまいました。
搭乗手続開始時刻13:50まで、ターミナル3内で時間調整します。 -
広い北京国際空港ターミナル3を、上階のフードコートから俯瞰します。
料金は少し高めですね (*_*) -
定刻16:20に北京国際空港を離れ、一路、日本帰還です。
今回の中国暢游7日間、毎日々、晴れ~晴れ~と天気に恵まれました。
晴れ男・晴れ女の本領発揮です。 -
山西省史跡巡りの旅・・・如何でしたか?
終わってしまえば、あっという間の7日間でした。
気が付けば間もなく東京羽田国際空港到着です。
またまた中国旅行に行けたらいいなぁ~・・・いやいや、今年も何回か、絶対に行くぞ~!!
大好き中国暢游に万歳!!!!
と言う訳で お・し・ま・い (-^〇^-)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- メイリンさん 2019/05/25 10:40:05
- 機動力がすごい!
- 尖椒土豆絲さんはじめまして
メイリンと言います
GWは4月27と28の北京行きが大変だったようですね。
でも突然のフライト遅延でも旅程・交通機関・宿の変更をする意思決定の素早さに感服します!
尖椒土豆絲さんの旅行記を読むときはいつも1時間ぐらい時間かけて見ています。自分も旅をしているような感じになります。自分にはこんな機動力はないですが^^;
あの城壁のポーズが何気に好きです。今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m
- 尖椒土豆絲さん からの返信 2019/05/26 00:46:59
- Re: 機動力がすごい!
- 実はメイリンさんの2018貴州旅行3を読んで、今年3月に貴州省青岩古鎮に行きました。
我家の中国旅行は、先人達の旅行記情報に助けられています。
そこで、これから旅行を計画する旅人達の参考になればと思い、今後も旅行の度に投函しようと考えています。
今度は何処の城壁でポーズをしようかな・・・!(^^)!
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